〜星 Side〜

槍を繰り出しながら、一歩踏み込む。

しかし、簡単に躱され、槍を引くのと同時にこちらへ接近してくる。
槍は、ある一定の距離を保っていることが前提となる武器だ。
その距離を詰められてしまうと、相手の獲物の方が格段に有利になってしまうだろう。

「そうはさせませんぞ、主!」

槍を引ききって居ない状態で、再度槍を突く。但し、地面を。
その反動を利用し、後方へ大きく飛ぶ。

「ちぃ、やるねぇ。これで決められると思ってたんだが、流石にそう簡単にはゆかんかね」

主は楽しそうに嗤っている。

「当然!この星の槍術を甘く見て貰っては困りますな!」

そう言いながら、再度突きを放つ。今度は、突き殺すことを目的とせず、唯々速さだけを追い求めた突き。流石にこの突きに合わせて飛び込んでくることは出来ない。なぜなら、主には瞬動とやらを使わないという約束で立ち会って貰っているからだ。

「ちぃ、だが当たらなければどうと言うことはない!」

なにやら赤い彗星だの鍬吐露?だのとぶつぶつ仰っておられるが、恒例のお巫山戯時間なのだろう。

「我が主ながら、頭蓋の中身が腐っているのではないかと疑いたくなる時が多い」
「……おい星、そういうことは考える物であって口に出す物ではないなぁ」
「おお、口の端に乗せてしまっておりましたかな?」
「馬鹿が、その手には乗らねぇよ」

そういってニヤリと嗤う。
普段は単純な主らしく引っかかるが、立ち合いになると挑発など主には全く無意味なものになる。今の悪態など、多少突っかかって来てもいいと思うのだが。どういう鍛錬をしていたのだろうか。

「まぁ、いいさ。今の言動、後悔させてやるぜぇ、星?」

主がその気になったようだ。
こちらも全力で打ち倒させて貰おうか!

槍を小脇に抱え、奔る。槍を繰り出す。主目掛けて一度突き、二度目の突きは地面へ。狙いは主の……

「背後なんだろう?」

槍を支点に跳躍して空中にある私に、地面を確と踏みした主がニヤリと嗤いかける。
──あぁ、これは負けだな。
そう思った時、脇腹に鈍痛を感じ、私は意識を失った。














「んっ」
「……気がついたか」

目を覚ますと、主に膝枕をされていた。目の前には主の顔。その後ろには蒼空が広がっている。
……なかなかに心地よい。今暫くこのままで居るとしよう。

「……またやられてしまいましたな」
「星はな、少し素直すぎるなぁ」
「は?」

ひねくれていると言われることはあるが、素直だと言われたことはない。
どういう事かと考えていると、

「ばぁ〜か、性格じゃねぇよ、槍捌きのことさ。……例えば今の立ち合いで言えば、地面を付く時必ず躰が前傾姿勢になる。槍を繰り出す時の基本の型としては確かに突く点に対して躰の前面、正確に言うと右肩と左肩を結ぶ線が正対するようにするのが正しいんだろうさ。槍が腰で突くものである以上な。だがそれを知っている人間からすれば、何を目的にしているのかを簡単に推測できるだろ?」

成る程、そういうことか。次はそれを利用して主を嵌めてやるとしよう。

「しかし主はいろいろなことをご存じですな」
「太刀というものはなぁ、武芸百般に通じるものなんだねぇ」
「それほどに強ければ、瞬動など必要としないのではありませんか?何故あれを極めようと思ったのです?」
「……極めようとして努力した訳じゃない。極めさせられたんだよ。爺共に」

心底忌々しそうに吐き捨てる。

瞬動、というものを見てみたいということで主と立ち合った際、あっという間に負けてしまった。
私の突きが戻るのに合わせてこちらに突っ込んできた。それは分かった。だが問題は、私の躰はその速さでは動かないということだった。
……あれは些か卑怯だと思う。

「主、あれは卑怯ですぞ」
「何が卑怯なものかよ。あれは弛みのない鍛錬の末に身につけた、謂わば武技の頂の一つだ。詐術でも奇術でもない、種も仕掛けもないただの技なんだよ。お前さん、自分の突きが速いことに文句を言ってくる人間がいても、歯牙にも掛けんだろう?それと同じだ。その手の苦情は受け付けていないんだよ」

確かにそうだが、それでも物には限度というものがあるだろうに。
私の槍捌きが速いことを引き合いに出しているが、理不尽さにおいて比較対象にもならないではないか。……だが、弛みのない鍛錬を続ければ、私でも身につけることが出来るということなのか?

「主、鍛錬とはどのくらいの期間行ったのです?」
「……なんだ、身につけたいのか?」

それはそうだろう。もしあの動きを私が出来たなら……天下無双の槍であると自他共に認められる存在になることは疑いようのないことのように思える。武人であれば当然、それは望むところだろう。
見ると、主は指を折ってなにやら勘定をしているようだ。

「……ざっと数えてみたが、15年くらい掛かってるぞ、おい。
爺共め、それを見越して3才というご幼少のみぎりから無茶ばかりさせてた臭いな……糞!忌々しい爺共め!何かの拍子にこっちの世界に来やがったらキッチリお歳暮届けてやるからなぁ、楽しみしてろ!この化け物爺め!」

……なにやら主の機嫌の雲行きが怪しいな。
が、どうやら主の祖父殿とその友人たる剣の師匠は主になにやらとんでもないことをさせていたらしい。

「主」
「……あぁん?なんだ、星。俺は今何故だか急に機嫌が悪くなったんだよ」

それは貴方のご尊顔見れば一目で分かりますとも。
ぱっと見で極悪非道な山賊間違いなしという尊いお顔をしておりますからなぁ。
道行く人間全てが思わず手を合わせて拝むでしょうな、命ばかりは、と。

「どのような鍛錬をしていたのです?主は」
「していた、じゃねぇんだなぁこれが。『させられていた』んだよ。……あぁ〜全く糞爺め!絶対半殺しじゃ済まさねぇからなぁ!殺ぁぁぁってやるぜ!!!」

なんなんだこの殺気は……話を聞くには先ず主を落ち着かせる必要があるようだ。
己が主といえど、流石にこんな物騒な殺人兵器と同じ空間に居たくはない。



















「で、落ち着かれましたかな?」
「……ああ、いきなり頭を抱き抱えられて胸に埋められたら爺ぶっ殺すとか言ってる場合じゃないだろうが」

ぶっきらぼうに答える。いけませんなぁ、主。もっと素直にならなくては。
まだ学習できていないようですが、他の者ならいざ知らず、似たもの同士である私には全く通じませんぞ?

「……嬉しいくせに」
「……五月蠅いんだよ」
「ふふっ、主。もっと楽しいことを致しますかな?」
「絶賛ご遠慮中だよ」
「おお、お堅い御仁だ」
「全盛期の俺に近づくためには禊ぎする位じゃなきゃ無理なんだよ」

全盛期の主、か。
ん!?これで全盛期ではないのか!?

「全盛期ではないのですか?今のこの強さで?」
「たりめぇだろうが。ちっとぬるいんだよ。今の俺は。『常在戦場』地でいってた基地外高校生だったんだよ」
「高校生?」
「あ〜……私塾の学生のようなもんだ」
「成る程」

なんともまぁ、武に関しては本当に世に隔絶している感があるな、主は。














「で、俺が何させられてたか、だったな」
「そうです」
「……とりあえず4歳くらいの時に身の丈越える木剣持たされてだな」
「ほう」
「物干し竿に吊された布きれを、『斬れ』って言われて毎日それを斬るために剣速を上げようと努力してた」
「はは、主。面白い冗談ですな。木剣では『破る』事は出来ても『斬る』事は出来ますまいに」
「……できるぞ?圧倒的な剣速を以て、間合いさえ間違わずに振るえば意外に簡単だ」

……馬鹿な……

「後はねぇ……そうそう、『人の気配を感じるためには先ず大自然と一体となる必要がある』とか言われて、目隠しされた上でよく分からん山に放り投げられて1週間瞑想してろって言われてやってたな」
「……効果があるとは思えませんが?」
「いやぁ、意外や意外、これがちゃんと続けているとあるんだよねぇ。山ん中にいる、例えば猪であるとか熊であるとかの発する気配って言うのが分かるようになるもんなのよ」

……目の前に居るのは本当に人間なんだろうか……

「あと、『能く剣を使うためには良い目を養わなければならない』とか言われて、これまたよく分からん山に連れて行かれて3週間くらいずっと流れ落ちる滝を見続けていろって言われてずっと見てたな」
「……それで何が見えるようになるのです」
「星、滝ってなぁ、水が一粒一粒集まって出来ているんだぜ?」

……何を言っているんだこの人は。

「そんなことは私でも分かります」
「いやいや、分かるんじゃないんだって。見たらそうなってるもんなんだよ」

つ、疲れる……常識がぶっ飛んでいる回答にも程がある……
あぁ、だから主には常識がないのか……

「あとはそうだなぁ……躰の重心が常に臍の下に来るようにしなきゃならんとかで、今俺が佩いている清麿と同じようによく斬れる剣の上を素足で歩かされてたな。それが丁度5歳くらいか」

なんなんだその鍛錬方法は。

「主、それは一歩間違えると足が斬れてしまいますぞ?」
「あぁ、一度右足の小指がおさらばしたよ?すぐに小指持って医者に駆け込んだらしいが俺は覚えてない」

……それは幼児虐待以外の何物でもないと思うのですが……
……主がああなるのもうなずける。

ただ、何気にいい思い出を語っているような楽しげな主の表情ははっきり言って怖い。
これをいい思い出として消化してしまっている時点でこの人はもういろいろと手遅れだと思う。

お師匠殿、一体貴方は何を育てようとしていたのですか……人型決戦兵器か何かですか?

















「後はねぇ……」


主、もうおなかがいっぱいです……私はそのような鍛錬には耐えられそうにありません。まず精神的な意味で。