〜教経 Side〜
賊共からの激しい求愛行動をはね除けてからそろそろ一月が経過する。
あれから、県令とやらに祭り上げられた俺は、適当にぶらぶらして遊んでいるわけにもいかず、稟と風が持ち込む案件について判断を下し、必要な書類に押印し、兵を募集し、商人共に資金提供を持ちかけ、とまさしく八面六臂の大活躍をしている。
それ+αとして、自己鍛錬も当然行っている。最近躰を維持することしかしていなかったからなぁ。思いっきり躰をいじめ抜いて全盛期の肉体を取り戻せた、とは言えないがそれなりに鍛えることが出来たと思う。
……実はもう既に全てが面倒くさくなってしまってたりするんだよねぇ。俺はほら、飽き性だからねぇ。仕方がないよねぇ。もういいよねぇ。パトラッシュェ……
「お兄さん?」
やぁ、いい笑顔だね、風。
本当、その笑顔が黒い、瘴気的なものを纏っていない可愛らしい笑顔で、かつ俺の頭ん中覗かなきゃすぐにでも嫁に欲しいくらいなのにねぇ。
「仕方がないですね〜ではすぐにお嫁さんにして貰いましょうか〜」
恒例の爆弾発言、いつもお勤めご苦労様です。
それはともかくその頬を染めた天真爛漫と言っていい笑顔は、お兄さんの心のドストライクで御座いますね。いやぁ、いいモン見れたわ。これ計算じゃないだろうな。
……何で会話が成立しているのかは全く理解できないし、触れないからな。
傍目的には間違いなく風は不思議少女の枠を大きく飛び出した、アダムスキー型からの電波受信機にしか見えないだろうねぇ。太陽の塔的なアンテナが立っている事も踏まえると。
「まぁ、冗談は置いておいて、だ」
「……ぐぅ」
「寝るな!」
「おぉ!お兄さんがお嫁さんにしてくれないなどと言うものですから、あまりにも辛い現実を目の当たりにして現実逃避をしてしまいました〜」
現実逃避=寝る。
いやぁ、風さんって、ほんっとにすばらしいものですよね。普通意識が覚醒してる状態だったら繋がんねぇだろうがよその二つはよ。
ここは対抗して全力でスルーだ!
Q:急に
B:ボール(嫁さん候補)が
K:来たので
必殺のQBKだ!世界を(ある意味)驚かせる自信がある!ゴール前にサイクロンが吹き荒れるぜ?このサイクロンってのは掃除機のことじゃないんだねぇ。ダイソンなんて目じゃないんだねぇ。詳細は『へなぎさわ』で先生に聞いてみるといいんだねぇ。
「実は最近気がついたことがある」
「何ですか〜?」
流石日本が誇るへなぎサイクロン、華麗にスルーできた。
「俺さぁ、確かに向こうで白文を読む機会があって勉強したことがあるけど、全く理解できなかったんだよねぇ……」
「……はあ〜、なんですか〜それは?」
「要するに、だ」
「はい〜」
「……この書類に書いてある内容が全く読み取れないってことだよ」
「成る程〜それは困りましたね〜」
「そうですね〜」
全く困った感じがしないな、うん。
「ではお兄さん、立派な風のご主人様になるために文字のお勉強でもしましょうか〜」
「立派な風のご主人様ってのが意味不明だけど、教えて貰えるなら教えて貰いたいねぇ」
「お兄さんは本当に照れ屋さんですね〜。大丈夫ですよ〜痛いのは最初だけですから〜」
風さん、イタいのは貴女の頭の中身が、だねぇ。
ついでに言うと、痛いのは貴女の方なんじゃないかねぇ、勿論、性的な意味で。
……ケツは貸さんぞ、ケツは。生憎あ〜あ〜言うのは趣味じゃないんでなぁ。
とりあえず、真面目に風から文字を習っている。
教師として、かなり優秀なようだ。結構な時間こうやって教えて貰っているが、文字の由来について教えてくれたり、その文字が本来持つ意味を教えてくれたりするから、飽きが来ない。
他人にものを教える際に、相手の興味を惹き付けて集中力を持続させる。こんな事さえ出来ない教師ってのは本当に居るだけで迷惑な、給料泥棒以下のドカスだ。教科書見て読み上げるだけなんて、低能どころか無能に分類されても文句は言えんだろうさ。
稟も頭がいいが、風もやっぱり頭がいいな。
「ではお兄さん、この文字は?」
「我、だな」
「おぉ〜、お兄さん、きちんと読めるじゃないですか〜」
「まぁ、知っている文字とよく似ているから類推しているだけなんだけどな」
「では、これはなんでしょうか〜」
「愛、だね。直江兼続の涎掛け的に考えて」
「??」
「いや、こっちの話だよ」
「お兄さん、お巫山戯はほどほどにして下さいね〜」
巫山戯てるのは分かるのか。
「では、これはなんでしょうか〜」
「風、だな。風の真名だろ?」
「そうですよ〜良くできましたね〜」
「いや、流石にそれは分かるよ」
「では、今の文字を続けて書いてみて下さい〜」
「へいへい」
我、愛、風、っと。
「ほれ、出来たぞ」
「おぉ〜、お兄さん、それを風に頂けますか〜?」
こんなモン欲しいのか?
「ほい」
「……お兄さんは本当に大胆ですね〜」
「はぁ?」
「風のことを愛しているなんて、そんなことは知っていますが、改めて恋文として頂けると本当に嬉しいものなのですよ〜」
OK、落ち着け、まだだ、まだ慌てるような時間じゃない。
もう一度最初から考えてみよう。
我。うん、俺。
愛。うん、直江兼続。
風。うん、風。
直訳すると?
俺と直江と風。
俺と直江と風。
俺と直江と風。
俺と直江と風。
俺と直江と風。
俺と直江と風。
俺と直江と風。
俺と直江と風。
俺と直江と風。
俺と直江と風。
♪俺とお前とっ、大五郎〜♪
俺は俺で、直江がお前で、風が大五郎ってことになるな!
いやぁ、確かにダイターン3だ!もとい、大胆なスリだ!
……いや、本当は分かっているんだが……認めたくないというか。
ほめられて調子に乗せられ、見事に策に嵌ってしまった。
これは程cの罠だ!
「あぁ〜、風?」
「はい〜なんですか〜?」
「それを返して……」
「オ ニ イ サ ン?」
風・・さん・・的な何かが俺の目の前に居る。圧倒的な存在感だ。俺は操作系だ、強化系とは相性が悪い。ここはおとなしく引き下がることにしようか。
「……いえ、なんでもありません」
「そうですか〜それならいいのですよ〜。では、続きをしましょうか〜」
……何となくだが、後何枚か余計なものを書かされそうだな……俺の単純さから考えて。
その日から暫く、風は上機嫌だった。
その理由を知った稟と星が、文字を教えてあげるだのなんだの言い出すのはまた別のお話だ。
金輪際、俺は誰かから文字を習ったりしないからな、絶対だからな!
あ、稟、この文字なんだけどさ、ちょっとよく分からなくてさぁ。
困っちゃってるんだよねぇ。
なに?文字教えてくれるの?眼鏡クイクイさせやがってこの野郎!いや、女だが。
いいねぇ。さすがは郭奉孝、俺の弱点をよく分かっているねぇ。そこに痺れる!憧れるぅ!
〜風 Side〜
お兄さんが県令に就任してから、一月が経過しました。
お兄さんは、県令としての仕事をこなすだけでなく、『天の御使い』という名声を利用して兵を募集し、商人達に資金を提供させていました。
『天の御使い』で在ることの利点を十分に理解しての行動に、驚かないで納得している風が居ます。
お兄さんは面倒くさいと言ってすぐに風や稟ちゃんに政関連の書類を投げつけてきますが、決して頭が悪くてそれが出来ないからではなく、本当に面倒なことをしたくないからのようです。むしろ、頭の中身は私達二人でも敵わない様な、突飛な思考回路に満ちあふれています。
破損した町の外壁の修理をどうするのか、稟ちゃんと話をしている時に偶々お兄さんが通りがかったので何となく聞いてみました。
「日雇い労働者でも集めてパパッと片付けちまえよ」
「日雇い労働者?」
「要するに、外壁修理しますよ、お給金これだけ出しますよ、働きたい人はいませんかって貼り紙貼ってやりゃ一発なんじゃねぇの?」
……成る程、中々理に適っていますね〜。最初からお給金を決めているから、それ以上にお金を使うこともありませんし、働きたい人間を集めるわけですからやる気が無くて進捗がはかどらない、なんてことも起こりそうにありませんね〜。
「しかし教経殿、民は応募してこないでしょう」
稟ちゃんがそう指摘します。勿論、風もそう思います。
「何故に?結構おいしい話じゃないか?絶対金持ってるお上が募集してるんだぜ?」
「正にそこが問題なのですよ、教経殿」
「はぁ?」
「お兄さん、今この国で、自分が約束した事を守る県令が何人いると思いますか?」
「……あぁ、信用問題って事か」
「はい〜」
「でも俺たちはこの町を救ってやっただろうに」
「それとこれとはまた別問題でしょう。
賊から自分たちを守ってくれる、それは分かっているでしょうが、だからといってお金に汚くない、とは限りません。特に、教経殿。教経殿は面倒くさいからという理由で政にあまり首を突っ込んでいません。
ですから、この通達も『天の御使い』たる教経殿から出たものではなく、その臣である我々から出されているものだと思うでしょう。『天の御使い』は自分たちをだまさないと思っているでしょうが、私達は別物なのです」
そこが問題なのですよね〜
「そんな簡単な問題かよ。解決してやるさ」
そう言うと、教経殿は町の広場の方へ歩いていった。
「何を考えているのでしょうか?」
「わかりませんが、お兄さんについて行ってみましょう〜」
そう言って風達もお兄さんの後を付いていきました。
「よう、元気か貴様ら!今日は貴様らにおいしい話を持ってきてやったぞ!」
教経殿が大きな声を張り上げると、たくさんの人が集まってきます。
「ここに大きな丸太ん棒がある。こいつを南門まで担いで運んだ人間に百金を与えよう!簡単なモンだろうが!誰かやってやろうという奴は居ないか!」
……百金とは、また大金ですね〜
突然の話に町の皆さんは訝しんでいますが、『天の御使い』たるお兄さんが言っているのです。ひょっとすると本当に百金貰えるのかも知れないと悩んでいるのが手に取るように分かります。金額が金額だけに、なかなか信じ切れない様子ですね〜
「ほ、本当に百金貰えるんだろうな!?」
「たりめぇだろうが!俺は嘘は言うが、人を騙して弄ぶような真似はせんぞ!」
……星ちゃんが思いっきり被害者になっていた記憶があるのですが、ここは触れないでおきましょう。
「……よぉぉし、やぁってやるぜ!!!!」
……ぴすとるの発射音が云々という電波を受信しましたが無視します。意味が分かりませんからね〜
自分が運ぶ、と言った人は丸太を肩に担ぎ上げて南門まで移動していきます。
その後を、お兄さんと群衆が付いていきます。
「……ぶはぁ〜、つ、疲れたぁ〜」
やぁってやるぜ!さん、改め忍さん(お兄さん命名)は、無事に丸太ん棒を南門まで運びました。
「おぉ〜中々やるじゃんダンクーガ。ほれ、約束の百金だ」
そう言って大金を彼に渡します。
早速名前が変わっている気がしますが、もうどうでもいいのでおいておきましょう。
「ほ、本当にくれるのか!」
「当たり前だ、そう言っただろうが」
お兄さんはそう言って苦笑いします。
「さて、諸君!明日、広場に仕事をして貰いたい、という張り紙がなされる!そこに書いてある報酬は、今こうやってダンクーガに金をくれてやったように、間違いなく支払いが履行される!安心してくれて構わない!詳細は明日の朝を楽しみに待っていることだ!
もう解散していいぞ!」
あの様子だと町の皆さんは、明日の朝広場に集合するでしょうね〜
……お兄さんは何故このようなことを思いついたのでしょうか。
「お兄さん、今のをあの一瞬で思いついたのですか?」
「いいや」
「どういう事なのです?」
「今のはな、秦の商鞅が法を導入した際に、その利益を説くために実際に行ったとされていることさ」
お〜、成る程〜実績のある手法だったのですね〜
しかし何故お兄さんはそのことを知っているのでしょうか?
「その手の史書が大好きでねぇ。よく読み漁っていたものさ」
史書……春秋でしょうか。ただ読んだだけでは覚えていないものですし、読んだ人によって覚えていることはまちまちです。どうやらお兄さんは『人を統率する』ということに関連した箇所について読み拾っているようで、非常に豊かな知識を持ちそれに裏打ちされた柔軟な発想が出来る人のようです
やはりお兄さんはすごい人です。
……後はこれで風に手を出すことを躊躇するような腑抜けでなければ、理想のご主人様なんですがね〜
でも、風はしつこいんです。覚悟して貰いますからね〜
ふふっ
……大切なことだから何度も言うのですよ〜