〜教経 Side〜
戦が終わった。稟と風が戦後処理に右に左に飛び回っている。
俺も何かしようと二人に近づいてはご用はないかと聞いてみたが、大将なのだからどっかり構えていて下さいの一点張りでとりつく島もなかった。
一人になり、稟が纏めてくれた今回の戦の結果を見る。
戦場に投入した俺たちの兵は、482名。
そのうち戦場に華と散ったのは138名。
死傷率は60%を越えている。正に激戦と言っていいだろう数値に、思わず頭を抱える。
特に南門では92名死んでいる。
死んだ人間の約7割が南門付近の戦闘で命を落としたことになる。
町を守りきり、賊も追撃によってかなりの数を討伐したようで、生き残った人間の顔は大概明るいものだ。だが、兵として戦い、死んでいったもの達の肉親は悲嘆に暮れている。
これが自分の行動が招いた結果である、と態々ご丁寧に目の前に据えられている様で、少々居心地が悪い。はっきり言って、認識が甘かったとしか言えない。策が、ということではなく、この世界が現実のものである、ということについて。
間違いなく彼らは生きていた。
その彼らを、天下争乱に名乗りを上げたいという極めて個人的な顕示欲によって殺してしまったようで。勿論、顕示欲だけじゃない。賊などが居ない、安寧な世の中を作り出したいという気持ちはある。だが、根本には顕示欲がある。自分の力をこの世界で試してみたい、自分の力を世に示したい。その傾向を、俺という人間は強く持っていると思う。
せめて、死んでいった人間の為に出来ることはないのか。罪悪感を和らげるための、逃げとしか思えない思考だが、それでも何もしないよりは遙かにましに思える。
何をするか考えた結果、遺体を集めて神葬祭をすることにした。
自分が殺したも同じなのだ。神道の作法ではあるが、あの世とやらがあるならそこに導いてやるのも自分の仕事だろう。
「主」
神葬祭を終え、広場に座り込んで焚き火にあたっていると星がやってきて隣に座った。
「ん、どったの?」
「主、様子がおかしいですが、どうかしたのですか?」
「……」
何とも答えにくい質問だな。
「……大方自分の業の深さに思いを致しておられたのでしょう?」
「……星は鋭いねぇ。そうだよ、その通りだ」
「で、ご自分の業の深さに絶望されましたか?」
少し厳しい顔をして、星はこちらを見つめている。
……不謹慎だが……可愛いねぇ
「いいや、そんなことはない」
「では、何を思い悩んで居られる」
「嗤ってくれて構わんが、俺は怖いのさ」
そう言って星を見る。何も言わず、じっとこちらを見つめている。
「……この戦で俺の理想のために多くの人間を殺した。もう、俺には立ち止まることは許されない。例えどんなことがあろうとも、だ。俺が理想を途中で投げ出せば、何故自分たちは死なねばならなかったのかと毎夜俺の枕元に立って恨み言を言ってくるだろう。だから俺は立ち止まらず、ただただ邁進するしかない。より多くの人を殺し殺されながら。
……なぁ、星。俺はそこまでは強くなれそうにないんだよ。自分の大切な人が死んでしまった時、俺の心は間違いなく折れてしまうだろう。そんな脆弱な心の持ち主が、このまま人殺しを続けていって良いのかな……」
星はまだ、じっとこちらを見つめている。
……幻滅させちまったかなぁ。
〜星 Side〜
「……この戦で俺の理想のために多くの人間を殺した。もう、俺には立ち止まることは許されない。例えどんなことがあろうとも、だ。俺が理想を途中で投げ出せば、何故自分たちは死なねばならなかったのかと毎夜俺の枕元に立って恨み言を言ってくるだろう。だから俺は立ち止まらず、ただただ邁進するしかない。より多くの人を殺し殺されながら。
……なぁ、星。俺はそこまでは強くなれそうにないんだよ。自分の大切な人が死んでしまった時、俺の心は間違いなく折れてしまうだろう。そんな脆弱な心の持ち主が、このまま人殺しを続けていって良いのかな……」
主の様子がおかしいから様子を見るように、と稟や風から言われて広場に座り込んでいた主を捕まえて話をしてみると、主がこのようなことを言った。
成る程、確かに主が悩んでいることは理解できる。だが、私のような一介の武辺でも、稟や風のような軍師でも、主の悩みの内容は理解できても共有することは叶わぬだろう。
今主が悩んでいるのは、人主たる者がぶつかる壁のようなもの。臣たる我らには全く切実さを伴わぬ悩みだ。我らは主のために、主が命じたことをするだけだから。
己がすることを己で考え己で実行する立場の者にしかない悩みと言える。
だが、弱い人間で何が悪いのだろうか?弱いからこそ理解できることもあるのではないか?普段の主であればそう考えることが出来るであろうに、今の主では思いつかないらしい。
どのように答えたものか、少し悩ましいが。このまま黙っていても要らぬ誤解を受けそうだし、話してみることにする。
「主」
「……ん」
「主は弱い、ということを自覚なさっておられるのでしょう?」
「そうだねぇ」
「自覚があるなら、それを補うべく行動すれば宜しいではありませんか。幸いにして主には私も、稟も風も居ます。我ら3名で不足であればその他のものもおりましょう。皆で乗り越えていけば良いではありませぬか」
「だが……」
「だが?」
「だが、人が死ぬよ、星。途中で事業を投げ出してしまいそうな人間が、その可能性があるにも関わらず事業を継続しても問題無いのかってことが悩みなんだよ」
……少々荒療治が必要なようだな。
「主!」
「ん?」
「目を瞑って歯を食いしばって頂きましょう!」
怒気を漲らせて言うと、素直に目を閉じ歯を食いしばっているようだ。少し可愛い。
覚悟を決めた主に、こちらも覚悟を決めて……
口吻をする。
「……んっ」
「……んっせ、星!」
「ふふっ、目が覚めましたかな?」
……恥ずかしい。が、そのまま話を続ける。
「主よ、先程も言いましたが、主は弱くとも構わないのです。主が挫けそうになった時、それを支えるために臣たる我らがいるのです。それに、主が何もかも嫌になって投げ出してしまいたくなったら、私も稟も風も、それこそ全力でお説教し、なだめすかし、ケツを蹴り上げて事業を継続させて差し上げます。嫌だ嫌だと言ったとしてもそれは受け付けませぬ。私をその気にさせたのです。最後まで男として責任を取って頂かなければ困るというものですからな」
そう言うと主は黙り込んでしまった。
やはりいきなり接吻はまずかっただろうか。
しかし、出陣前にからかわれた事もあるし、何より賊将の首級を挙げた褒美も貰っていなかったのだ。この位は許して貰わなくては困る。
「……はは」
主が笑う。
ご自身の中で、一応整理を付けることが出来たようだ。
「そうだな、稟も風も星も居る。投げ出しそうになった時は宜しく頼むさ」
そう言って微笑んでくれた。
……が。
「……主?口で情を交わした女が目の前に居るにも関わらず、他の女の真名を先に呼ぶとはどういうことですかな?」
「えぇ!?そこ!?この流れで今そこが問題になるの!?」
「当たり前でしょう!」
「ちょ、じゃぁ言い直すからさぁ」
「今更遅い!問答無用ですぞ!」
「だからさぁ、出陣前でも戦後でも槍振り回して追いかけ回すの止めてくれ!」
そう言って主は走って逃げ出す。
やはり、こういう精神状態の主の方が面白くて好きですぞ?
ククッ
〜教経 Side〜
星を何とか振り切って、再び広場に戻ってきた。……瞬動使うかどうか本気で悩んだぞ……
あんなに悩んでいたのに、吃驚させられ、その上走り回らされたらすっかり精神的にリフレッシュ出来たようだ。今にして思えば、その辺りは『ある程度』割り切って置かなければならないことで、既に割り切ったはずのことだ。そのことを思い出させてくれた星に、感謝している。
にしても、キス、したんだよなぁ。好かれているとは思ってたけどまさかいきなりあんなことをしてくるとは思ってもみなかったわけで。……いい香りがしたな、星。
「はぁ……」
思考が桃色に染まりそうだ。頭を振る。
「御遣い様」
頭を振っていると、町の長老的な爺さんが何名か連れてこちらに来る。
その中に、稟と風も居るようだ。
「風、どういう状況なの、これ」
「今後、この町を中心に募兵を行って義勇兵団を立ち上げようと思っていることをお話ししたのですよ〜。そうしたらお兄さんに会わせて欲しいと仰いましたのでお連れしました〜」
「そいつはまたご苦労様」
風と稟の頭を撫でる。
風は満面の笑みだ。稟は恥ずかしそうに、だが嬉しそうにこちらをチラチラと見ている。
……萌えるねぇ。この眼鏡っ娘、俺の弱点を全て知り尽くしているねぇ。恐るべし郭奉孝!正に神算鬼謀!そこに痺れる!憧れるぅ!
大切なことだから2回と言わず何回も言うが俺は眼鏡属性持ちなんだよねぇ。好きな飲み物は麦茶なんだよねぇ。
そろそろ本当に120%中の120%状態になっちまうかも知れないねぇ。
じっと稟を見ていると、風に頭を強めに殴られた。太陽の塔的なオブジェで。
ふっ……世話ぁ掛けちまったな。
「……御遣い様、この町に住まう者の総意として、貴方様を県令として戴きたいと思うのです」
若干引きながら、爺がそう言ってくる。
眼鏡っ娘属性も持たないオールドタイプが!のこのこと前に出てくるから!
……危ない、ここでこの爺殴り殺しちゃったら大惨事だ。自重しよう。
「へぇ。そりゃまたどうして」
「……郭嘉様と程c様から、御遣い様がこの乱世を鎮めるために遂に立ち上がる決意を為された旨、既に聞き及んでおります。義勇兵団を立ち上げるとのお話でしたが、義勇兵団というものは根拠地を持たぬ流浪の集団で御座います」
「……まぁ、そうだな」
「で、あれば、この町を根拠地として活動為された方が流浪する必要もなく、税の名目で一定の収入も確保でき、名のある人材も集まって来易くなると思います。御遣い様には利益こそ在れ損はないと思うのですが、如何でしょうか」
いかにも俺のために言ってくれているようだが、中々どうして食えない爺さんのようだなぁおい。
「爺さん、建前なんかどうでもいい。『貴方様のためで御座います』なんて気持ち悪い事言ってんじゃねぇ。本音を言え、本音を。……俺たちにそれだけの利益を提供する代わりに、何をやって欲しいんだ?」
「……単刀直入に申しますと、近隣の賊共からこの町を優先的に守って頂きたい」
「成る程、それで根拠地に立候補したわけだ」
根拠地として税を納める。支配範囲が大きくなっても、ここを根城としてやっていって欲しい。そして守って貰いたい。中々頭がいいじゃねぇか、この爺。無駄に歳食ってるわけじゃない爺のいい見本だな。ホルマリンに漬け込んで標本にでもするか?
「……如何でしょうか?」
「爺さん、流石に俺の一存で即答できるわけがないだろうが。我が子房達に確認しないとなぁ」
そう言って二人を見やる。
稟も風もうなずいている様だ。いつの間にかやってきていた星も頷いている。
「……というわけだ、爺さん。爺さんは交渉に成功したってわけだな」
「有り難う御座います」
「具体的な話は稟と風の二人としてくれ。俺はそういう面倒なのはしたくない」
そう言った俺を、稟も風も苦笑いをしつつ見ている。
……漸くだ、これからだ。
ここから、俺が俺であることを、どのような人間であるのかを、この世界に刻みつけてやる。