〜教経 Side〜
基本方針を皆で確認した後、それぞれがそれぞれの持ち場で自分の本分を果たすべく準備に明け暮れた。
兵達ににわか作りの槍を持たせ、俺が考える現状で彼らが出来る最良の槍術を教え込み、星は志願してきた兵達に殺気を容赦なくぶつけて兵を選別・再編し、稟と風は木の杭で柵を巡らせ堀を作り、盾のようなものを作る作業の監督をしていた。
「やれやれ、漸くおいでなすったか」
二日後くらいに来る、といった風の予測が当たった。
どうやって予測したのかねぇ……後で聞いてみるか。
「星、上手くやれよ」
町の南、比較的近い位置にある山を見ながら、そう呟く。
今回の戦の是非を担うことになるのは、星。彼女が戦略上の目的を達成できるか否かでこの戦の勝敗は決するだろう。
稟と風で出してきた案は、こうだ。
1.まず星が率いる、比較的頑健な体つきをし、戦う意欲が旺盛な者30名を町近くの山に伏する。これは、星の殺気を受けて比較的まともに動くことが出来た者達であり、戦力として一番期待できる人間だ。
2.この町の入り口である東と南をそれぞれ兵を配置して守り、賊共に出血を強いる。兵の分配は東に350程度、南に100程度。賊は東から来る、という情報からそのように兵を分配する。将は最初東に全員を集め、南には配さない。
兵の配分については、風が言い出したことだ。賊共がすぐに襲いかかって来ずに様子見をしたことから、街道が近い東側に兵を集中させ、その上で手薄になった南から本隊が来るだろう、というのが風の見通しだった。稟もその見通しに全面的に賛成している。
将の配置については、弓で東から来る部隊の部隊長を狙撃できないかと俺が言い出し、まずは全員東に居て、本隊が出てきたことが遠目に見えた時点で俺が南に移動することにした。
3.敵本隊が南から押し寄せた際、戦線を膠着させ、なおかつ押し上げることで混戦状態を作り出す。これは俺の役目になる。この成果次第で星の戦果が左右されることになるだろう。一番重要で、一番危険な役だ。これを俺がやるといった時星が自分がやると言い返してきたが、一番人死にが出ることが分かっている箇所だ。俺がやるべきだと言い張った。
今後はいざ知らず、事始めになるのだ。自分が安全な場所にいる、というのは耐えられないし、なによりいい運試しになるだろう。これを乗り越えられないで天下は手に入らない。人生には賭博を行わなければならない時がある。今が最初のそのときだと俺は思う。
そういったことを言うと全員が呆れた顔をしていたが、不承不承ながら賛成してくれたのでそのようにした。
運試しをする前に死ぬことになるかと思ったが、それは置いておこう。
4.南の戦線を混戦状態にしたら、星が率いる30人が山から駆け下り、頭を一気に殺る。頭を殺されれば士気は低下するだろう。そこを全軍で叩きに出る。
これがすべてだ。
さて、上手く行けばいいんだが。出来れば、人死にが少ない形で、ね。
〜星 Side〜
「それは危険ですぞ、主!その役目、この趙子龍に御命じ下さい!」
「教経殿、何を考えていらっしゃるのです。今回貴方は天の御使いとして決して倒れてはならぬ立場にあること、理解していないとは言わせませんよ?」
「お兄さん、それは少し無謀だと思うのですよ」
どのように戦うか、と話し合う中で、今回最も危険な役割を主自身が担う、と宣言した。
それに対する私達の反応は、当然こういうものになる。
「あのなぁお前ら……まぁいいや、全部論破してやるよ。
星。俺が山の中に隠れちまったら、兵の士気が落ちるだろうが。苦境になればなる程、逃げたんじゃないかって思うのが人の性というものだろうに。士気を維持するには俺は町にいるべきなんだよ。そうなると軍師二人は戦闘民族じゃないんだし、俺が前線に立つって結論になるだろうに。
稟。御遣いだからこそ前に立たなくてはならんだろうよ。兵として訓練を受けた者どもならまだしも、鋤や鍬を手に持っていた普通の農民だったんだ。自分を奮い立たせるに、厳しかった訓練という経験による裏打ちがない以上、御遣いという存在が必要とされるのは目に見えているだろう。
風。俺は無謀だと思っていない。出来ないことを出来ると思い実行するのが無謀だ。これは多少の無理に過ぎないんだよ。何とかなる、そう思っているから出るんだ。俺は自殺願望バリバリの変態さんじゃない。余程の傑物が出てこない限り、後れを取るつもりはない。星を相手にしていたのを見ていたんだろ?それは分かるはずだ。
それにな、人生ってのは安全に行ける時は安全に行くのが最良なんだろうが、博打をしなきゃならん時があるだろう。俺はそれは今だと思っている。俺たちの事始めだし、天下を取る云々抜かしている訳だからどこかで運試ししとくべきなんだよ。これで死んだらそもそも天下なんてちゃんちゃらおかしい話だろうが。
だから、頼む、やらせてくれないか?」
むぅ、我が主ながら弁が立ちすぎるな。もっとこう私を頼ってくれても良いと思うのだが。
そう言われると何も返す言葉がないではないか。頑固な人であるし、間違いなく自説を曲げることはしないだろう。そのくせこうやって頭を下げてくるのだ。我々が折れるしかない、ということが分かっていてやっているのではないかと勘繰ってしまう。
横を見やると、稟も風も同じように呆れたような顔をしていた。
「……仕方がありませんね〜。お兄さんの言うことは正しいようですからそのようにしましょう」
「風!」
「但し、必ず生きて帰って貰いますからね?」
「……まぁ、努力はするさ」
「努力では駄目です」
「分かった分かった、必ず帰ってくるさ」
全く、我々の心配を袖にするなど、何という主であろうか。
ここは懲らしめてやらなければ……クククッ主よ、自らの言動を悔いることですな。
「では、主たっての願い故に、やらせて差し上げましょう。さぁ、この星の躰を存分に味わうが宜しい」
さて、どういう反応をするか……楽しみだ!
「ふむ、ここには稟も風もいるが……星がそういうなら仕方がないな」
……ん?思っても見なかった反応が返ってきたな……だがそれならそれで……いやしかし、私はまだそういった経験はないわけで……
そう思っていると主は私のあごを手で掻い摘んで上を向かせる。
すぐ目の前に主の顔がある。主の唇がすぐそこにある。これは……その……
ここでか?
いま?
ここで?
稟や風の前でか?
確かに二人に差を付ける良い機会だがその、
ちょっと、
恥ずかしいというか、
なんというか、
その、
あの、
とにかく、
あ、主ぃ……
目を瞑り、そのときを待つ。
が。
「ぷっ」
ぷっ?
「ふははは!星、一本取ってやったぞ!風、見たか今の顔!稟、どうだ、傑作だっただろう!いやぁ〜仕返ししてやろうと機会を待ってたんだよ!」
……ほう……主……私を弄んだということですな……
「ははははは……って、風、稟。どうした?」
「あ〜、教経殿」
「ん?」
「この度はご愁傷様でした、なのですよ〜」
思い知って貰いますぞ、主よ!!!
「この趙子龍の純情を弄んだ罪、その身で償え−!!!!!」
「ちょっ、お前、それ死ぬだろ!」
「五月蠅い、死んでしまうが宜しい!」
「いやいやいや、これから運試しとか言ってるのに試す前にここで死んでどうするよ!な、星、話せば、話せばきっと分かるからさぁ〜って、死ぬ!ヤヴァイ!それは本当にヤヴァイって星!星さんってば!」
……此度は弄ばれただけで終わりましたが、次回はこうはいきませぬからな、主よ。
そうですなぁ、戦が終わって私がきちんと役目を果たしたら褒美を頂かなければなりませんかなぁ、主?
〜風 Side〜
遂に賊さん達がやってきました。
「皆さん、では始めて下さい〜」
風の号令で兵隊さん達が盾を持って門付近に立てた柵の後ろに構えています。
「なんだ〜糞共、びびっちまったのか?」
そう言った賊さんの口に弓矢が刺さっていました。
恐らく、お兄さんが城壁の上から射殺したのでしょう。
なぜ、弓が使えるのか?と聞くと、精神鍛錬の一環としての弓術というものは非常に優れたものなのだ、という全く関連のなさそうな回答をされました。
それでは答えになっていません、と重ねて質問をしたところ、自分は太刀?を使うが、太刀を振るう際の精神状態と射を行う際の精神状態とが同一になるように鍛錬をすることを強いられていた為、射の訓練もやっていたからなのだそうです。
……お兄さんに強いる事が出来るというのは本当にすごい人がいたものです。
「風、惚けている暇はありませんよ?」
稟ちゃんはそう言うと、盾の後ろ、正確には盾を持って立っている人の左右に槍を持った人を配置し、残りのすべての兵隊さん達に弓を射掛けさせました。
「ちっ、テメェら!こっちも反撃してやりやがれ!」
相手は柵でなかなか前進できない様で、ただ弓だけを射掛けてきます。
が、それは盾に防がれ、それを越えてくるものも城壁からある程度垂らした布を地面に突き立てた棒に括り付けた、即席の幔幕のようなものに阻まれています。
これで本当に防げるのが不思議ですが、お兄さんが言うことですから根拠があるのでしょう。
「柵を越えてきた賊さんに、対応をお願いします〜」
何人か柵を越えてきましたが、槍を持った兵隊さん達に思い切り上から頭を叩かれています。
それを防ごうと手に持った獲物で頭上を守った瞬間、兵隊さん達は槍を叩き付けるのではなく、胸を突いてどんどん賊さん達を倒していきます。
非常に理にかなっていて、そして短期間でも習得できる槍術であると、星ちゃんが感心していました。
お兄さんの知識はとても面白いものです。
この分だと、かなり楽に撃退できそうですね〜
〜稟 Side〜
戦闘が始まって随分時間がたったような気がするが、辺りの喧噪は鎮まる気配がない。
「郭嘉様!新たな敵兵が近寄ってきます!」
「了解しました。では手筈通りに。……御遣い様が居られるのです、何の心配もいりませんよ」
「はっ、はい!」
決められていた通り、風の盾隊の後ろに槍隊を配置し、弓を射掛けさせる。
もう何度も繰り返している動作に、兵達は慣れてきている様だ。
だが、このくらいの時が一番危ないだろう。ちょっとした切っ掛けで戦線が混戦状態になることは兵書によく記されていることだ。
「なんであっちは矢があんなにあるんだよ!」
そう怒鳴っている人間がいる。あれがこちら方面の前線指揮官であろう。
矢があるのは当たり前だ。幔幕に当たって落ちた矢を拾って射掛けているだけなのだから。その簡単な絡繰りさえ見抜けない賊共は、どんどん弓を射掛けては私達に矢を補給してくれる。
「射掛ける矢はたくさんあるのです。さぁ、どんどん射掛けて下さい」
「「「「お〜!!!!」」」」
作戦は順調だ。士気も非常に高いものがある。
このまま推移すれば、我々の勝利は間違いないだろう。それも、圧倒的に少ない被害で。
「!テメェら、何やってやがる!弓を射掛けるのを……」
件の前線指揮官らしき男が、絡繰りに気がついたようだが、それが彼の発した最後の言葉だった。
……教経殿は異常だと思う。
敵の前線指揮官を一矢で射貫く。
弓の達人なら簡単にできる、と思うだろうが戦場ではそうも行かない。
まず的は動いている。そして飛び交う矢から身を隠すことを念頭に置いて行動している。
また、風もある。射掛けた弓が風に流されることなどよくあることだ。
だが、教経殿はそれを軽々と、傍目には飄々と行っている。
無造作に。
何の苦労もないように。
これだけ騒がしい戦場において、集中力を保つことがどれほど難しいことか。
あの顔の下で、実際にはかなり苦労をしているのだろうな、と思うと、少し可愛く思えてしまう。
「流石御遣い様だ。簡単に賊共を殺していくぞ!」
……周辺の兵の士気は非常に高い。
これも計算の内なのだろう。その為に、あのような涼しい顔をして賊を殺し続けているのだろう。
君主としての度量、将としての器、武芸者としての実力。
このすべてを兼ね備えている人間が果たしてこの大陸に幾人いることだろう。
私は恵まれているのかも知れない。
そう思いつつ、周辺の兵に気を引き締めるように通達する。
〜教経 Side〜
「2」
「3」
懲りもせずによく前線に出てくるもんだね、指揮官ちゃん。
その見通しの甘さの代償は、自分の命で支払って貰うことにしようか。
「4」
賊の指揮官を一矢で殺す。中々に難しい。が、涼しい顔をしてやり遂げなければならない。
……本当は肋骨が痛いんだよね。まぁ、星はもっと痛いだろうけど。
一応稟と風に包帯でテーピングのようなものをして貰ったが、大丈夫だろうな?星。
「流石御遣い様だ。簡単に賊共を殺していくぞ!」
……周りの兵の視線が痛いです。
それにしても。
人を殺すのは初体験なんだが、意外や意外、最初あり得ない位緊張していたが一人殺してからは全くそんなこともない。罪悪感もほとんど無い。
殺さなきゃ殺される。
そういう状況ならば迷い無く殺れ。
実際の世界がどうあれ、俺にとっては俺の主観が世界そのものであり、それが正しいのだ。それを疑う余地はない。なぜなら、俺にとって世界とは俺の主観を通してしか眺めることが出来ないものであるからだ。だから、俺の目に映える世界は俺のためにある。俺が生きている限り、俺にとっては。
全部俺の周りの爺共に幼少期から聞かされた、有り難いお説教だ。
……師匠や分家の爺共に感謝しなきゃならないねぇ。死んでも頭が上がらないよ。全く。
ここまで既に4人も指揮官を射殺している。偶に気が向いたら雑兵ちゃんにもお歳暮がてら届けているけど。
「そろそろこっちの責任者が出てきてもいい頃だと思うんだけどな……」
今回の目的は、東門方面軍の司令官的な賊さんをさくっと殺っちゃうことだ。
それをすれば、遠巻きに申し訳程度に攻撃して兵力を惹き付けようとするだけで、今のように柵を越えて町に乱入しようとする事はなくなるだろうと思っている。兵というものはそれを率いて効率的に運用できるものが居て初めて脅威となりうる。
「いい加減に出てきてくれないと、集中力が持たんよ」
賊に突入して殺してきてもいいが、多分無事じゃ済まないだろう。まだ500人程度の賊が残っている。
……うん、賊っていう言葉の響き的に行ける気がしてきたが絶対嫌だね。今そんなことをする必要はない。
「おっと〜?お待ちしておりましたよ〜ご主人様〜」
馬鹿が、馬に乗って偉そうに死にに来やがった。
あの辺りだとまだ遠いが、射殺せない距離じゃない。現に4人目はあの辺りで殺してる。ここで射殺すことが出来ればかなりこちらが楽になる。そうなれば、早いうちに南側へ移動できる。ひょっとすると、幾人かの兵も連れて行くことが叶うだろう。
だが。
失敗すればそれまでだ。
ここは慎重に行くべきでないのかと考える。
確かに、もう少し出血を強いればもっと近寄ってきてくれるかも知れない。
だがそれはいつになるか分からない。
そうやって暫く悩んでいると、馬上の男が他の男に引き摺り下ろされた。
「危ねぇ。射掛けたらまずかったな」
賊さんも頭が不自由なりに頭を使ったらしい。
要するに身代わりを立てて殺されないことを確認した、ということだろう。
……あれが指揮官なんだろうな。
雑兵を身代わりに、自分の一存で殺させる事が出来る権利を有する人間。
使う頭があったこと自体が驚きだが、そうなると近づいてきてくれる、というのは絶望的な確率だな。あそこが安全だ、と確認したのだから。
「まぁでも自分が指揮官だってのを分からせちまったのは、御運の尽き、だねぇ〜」
そう言って城壁の上に立ち、弓に矢を番え、狙いを定める。流石に遠いので今までのように物陰に隠れて弓を引いていたのでは当たらないかも知れない。また、当たったとしても致命傷足り得ないかも知れない。万全を期すためには、城壁の上で敵の視線に己をさらしながら射を行うしかない。こちらに気がついた賊さん達が弓を射掛けてくる。左腕と左肩に矢が刺さったようだが、残念だねぇ。
射を行う、というのは無我の境地にあるってことさ。確かに後で痛い思いをするんだろうが、今は関係ない。
「お前さんの認識の甘さの代償、お前さん自身の命で『確かに』支払って貰った!」
今最高に調子がいいみたいだ。
奴さんの顔がはっきりと見える。
こちらを見て怒鳴っていた奴さん。
驚愕した顔。
信じられないという顔。
死に魅入られた、惚けた顔。
馬から落ちた奴さんの周囲の兵が我先に逃げ始める。
……おいおい、逃げるには早いんじゃないか?お前さん達の大事な大将がまだ南にいるんだろうに。
何にせよ、こちらでの俺の仕事は果たせたようだな。
そう思い、左腕、左肩から矢を抜きながら、城壁を後にする。
……周囲の兵の視線が在らぬ方に向いているのは何故だ?何でそっぽを向いている?
と。
「教経殿!危ないことはしないで下さいと申し上げたではないですか!」
「お兄さん?風も稟ちゃんと同じく、東側では危ない真似はしてはいけませんとお伝えしたはずですよね?」
……OK。説教という仕事が残ってたみたいだ。
勿論、受ける側さ。