〜教経 Side〜

「さてお兄さん、風から質問があります」

稟も落ち着いたところで風が切り出してくる。

「ああ。何だ」
「お兄さんは、何故風の名前を程cと呼んだのですか?」
「ん?」

どっかで失敗でもしたか?

「惚けても無駄ですよ〜お兄さん。この町に来る前に、お兄さんは風のことを『程c』と呼んだのですから」
「間違い有りません。私も、後で教経殿にあると言った話はその話でした」
「そう言えばそうでしたな」

……どうやら失敗していたようだ。
ごまかすことも出来るが、俺に仕えると言っている三人に嘘をつくのは気が引ける。

「……今から言うことは嘘でも何でもない。他言は無用だ。……それと、誓って言うが俺は正気だ」
「はい」

これを言った時にどうなるのかわからないが、とりあえず話をしてみる事にした。
これは夢であろうと言うこと。
俺は彼女たちの生きているこの時代よりも、ずっと将来の時代で生きている人間であると言うこと。だからこそ、彼女たちの名前は知っていたのだ、ということ。
程cの改名についても、当然理由を知っているということ。

「流石に夢の中の存在だ、と言われては納得がいきませんな」

と、星。
そりゃそうだろう、妄想の産物だってことだからな。

「だがなぁ、証明するにしてもなぁ……」
「お兄さん、お兄さんが勝手にそう考えているだけではないのですか?」
「いや、それはないだろうさ。これが時を遡ったと言う状況だとしても、流石に知っている武将が全員女性のワンダーランドが実際にかつてあった、というのは非現実的すぎる。それはあり得ないだろう」
「……ここが教経殿の夢の世界であるかどうか、はひとまずおいておきましょう」

稟は落ち着いているなぁとしみじみ感じる。出来る人間ってのはこう、雰囲気が違うねぇ。

「ですが、教経殿が未来の人間である、ということも証明できていないと思うのですが?」

ん〜。どうするべきか。証明できるものって……携帯もないしな。
ライターもない。何か文明の利器的なものが有れば一発だと思うが。

「この衣装はどうだ?この時代では無いと思うが」
「確かにそうかも知れませんが、それでもどこかで作られたものである、と言われると技術的に無理なものではないと思います。外套の素材はよく調べないと分かりませんが」

むぅ、流石郭嘉だ。論理的だね。
何か無いのか、証明できるものは。夢なんだから都合のいいものがあってしかるべきだろうが、俺!

「あ!」
「なんですかな、主よ」
「そう言えばあの賊の三人組から取り上げた書物に、この時代の説明がしてあったんだよ!俺が生きている時代より1800年昔である、とね」
「ほう、その書物はどこに?」
「ここにある。これを見ればきちんと理解できるはずだ」

そう言って太平要術の書を懐から取り出して渡す。
これで理解はして貰えるだろう。

「……主よ、この書はすばらしいものです。が、主の言ったようなことは述べられていませんが」

すばらしいもの?何が?壺か?

「どういうこと?」
「槍術について詳細に記載してありますな、私が改良したいと考えていた槍術について、事細かに説明がしてあります」
「またまた、星、嘘ばっかり」

そう言って中身を見ると、確かにあの時のままだ。
この世界は夢じゃない、後漢の時代、1800年昔、男にとっては夢の世界。

「星、貴女は何を言っているのです?」

稟から突っ込みが入る。流石稟、ふざけないで真面目に話をしてくれてようとしている。

「これは孫子が記述したと言われている兵書十三編について、詳細に記載してある書物ではないですか」
「はぁ?」

駄目だ、稟もふざけている。
……そうだ、風だ!それでも風さんならやってくれる!

「星ちゃん、稟ちゃん。何を言っているのですか〜。これは太公望と召公の、政に関する会話を記述した、歴史的にも価値の高い書物ではないですか〜」

……みんな思い思いに違うことを言っているようだ。
マジックマッシュルームを全員で食べたのか?
いや、そもそもキノコ的なものを食べてない気がするからそれはないか。

「二人とも何を言っているのだ!ここを見ろここを!槍を如何にして己が四肢の如くに振るうのか、その極意が記載して有るではないか!これだ、これを知りたかったのだ!」
「星、馬鹿なことを。そこには孫子十三編の虚実篇が記述してあるではないですか!」
「みんなお馬鹿なことを言っていますね〜そこは召公が太公望に小義と大義の差とそれを取り違えた時に起こる悲劇について語っている箇所ではありませんか〜」
「いやいや、だからこの世界は夢じゃないって書いてあるじゃん」

全く以て収拾がつかない状態だ。





















「ふぅ〜、とりあえず、全員巫山戯ているわけではないようですね」
「確かに」
「そうですね〜」
「お巫山戯であれだけ熱くなってたらいろいろ怖いわ」

稟が進行役に戻った。

「……教経殿、現状から推測したこの書の正体について、話しても構いませんか?」
「ああ、宜しく頼むよ、稟。俺には考えられない」
「……では。あり得ないことだと思いますが、これはこの書を手に取った人間が知りたいと思った情報を教えてくれる、そういった妖のようなものではないかと思うのです」
「成る程〜、それであれば全員違うものが見えているのも理解できますね〜」

確かに、色々と辻褄があうな。
だがそうなると問題がある。

「どうしたのです、主?難しい顔をなさっておられますが」
「いやな、星。これがもし自分が知りたい情報を与えてくれるものだとすると、だ」
「……成る程」
「そういうことですか〜」
「稟、風。主が考えていることが分かるのか?」
「ええ。つまり、『この世界は夢である』という教経殿の言は誤っている、ということになります。教経殿が未来の人間である、と言うことの証明にはなりますが」

そう。
この世界は夢じゃないってことになる。

「ふむ。それで何か問題がありますかな?」
「星ちゃん、いきなり知らない時代、例えばですが秦の始皇帝の時代に星ちゃんが何かの拍子に行ったとしたら、こちらの世界に戻りたいとは思いませんか〜?」
「成る程、生きて行くには問題ないが郷愁の念からは逃れられそうにないな」
「そういうものでしょうね。教経殿もそう言う状況にある、ということです」

稟はそこで一旦言葉を切って、俺に問いかけてくる。

「教経殿、この世界が夢ではない、ということが事実だとして、貴方はどう生きていくのです?
星に言ったとおり、天下統一を目指して邁進するのですか?
それとも、教経殿が生きる時代に戻るための方策が見つかったら、すべてを投げ捨てて本来自分があるべき場所へ帰ってしまうのですか?」

真剣な目で三人が俺を見つめてくる。
こんな時になんだが……かぁいいなぁもう。

「俺は……帰らないと思うよ」
「何故そう言いきれるのです?」
「そうだなぁ……。あっちの世界はさ、俺が居なくても間違いなく回っていく世界だよ。あっちじゃ俺はただの一般人だ。民の一人でしかないのさ。だから責任も個人が負担すべき程度のものでしかない。
だが、この世界では……いや、今この時点での俺自身はそうはいかない。
稟、君や星、風に仕えて貰うことになり、どうなるかは分からないがうまくいけばこの町を足がかりに義勇兵団を興して天下争乱へ乗り出すことになるだろう。その状況ですべてを投げ出すことは出来ないし、何より、俺自身が天下争乱の中で一体何ほどの事が出来るのかを確認したい。その上で天下統一できるならこれに越したことはない。
男児の本懐ここに極まれり、だ」

そういうと、三人は安心したかのような笑顔を浮かべた。
やはり、心配だったのだろう。そりゃそうだよなぁ。
自身が仕えるべき主が見つかった、と言っていた矢先に居なくなるかも知れないなんて言われたら。

「……そのお言葉を信じています」
「風はお兄さんを信じていますからね〜?」
「主、帰るとしたら私もお供致しますからな」

約一名、問題発言をしている人間が居るが、それは放っておくとしよう。






「お兄さん」
「ん?何だ風」
「お兄さんはこの書物をどうするおつもりですか?」

さて、どうするかね。恒例の三択だ!
1.ファイヤー!
2.なぎ払え!
3.見るがいい、ラピュタの雷を!
ここで俺が選ぶのはなんと1番だ!というか2番も3番も無理だろう。必要なもの的に考えて。

「こうするのさ」

そう言って書物を暖炉の中にぶち込んで燃やしてやった。

「あぁ!槍術の秘伝書が!」
「孫子の兵法が!」

なんてことをしてくれたんだというような声を星と稟が挙げている中、風だけは笑っていた。

「さすがはお兄さんですねぇ〜」
「確かに頭の悪さは流石ですが、一体どういうおつもりですか!」
「主、事と次第によっては許しませぬぞ!」

稟にもの凄くひどいことを言われている気がするんだが。

「はぁ……星、稟、聞いていいか?」
「何なりと」
「何でしょうか?」
「答えが分かっている状態でこれから先の人生を歩みたいのか?お前らは」
「?」
「!」

星は分かっていないみたいだな。稟は分かったようだけど。

「星、自分で見つけた理でない、他人の理、しかもずるをして得たそれを以て天下無双の槍である、と名乗りを上げるつもりかね?俺なら御免被りたいな。俺は俺自身が鍛錬によって得た剣術を以て天下に剣聖と謳われるような男になりたい。星はどうなんだ」
「……なるほど、私としたことが武芸者としてあるまじき心得違いをしていたようですな」

どうやら気がついてくれたようだ。

「分かってくれたようで安心したよ」
「さすがはお兄さんですね〜。そういう矜持を持つ人は風はとても好きですよ〜」

風、なにげに問題発言というか、爆弾発言だと思うんだが。
というか、何歳だ?外見からすると……やめとこう、背筋が寒い。

「主は常に我々のことを考えてくれているのですな。この趙子龍、感服致しました。そのご高恩に報いる為に、今宵私が夜伽をつとめさせて頂きましょう」

……あぁ、この人もこの人で何も分かってない気がする。星よ。何故そうやって俺をからかうんだ。
あれか、好きな人の気を引きたいけどはっきりは言えないからこうやってからかって好意を持っているって事を暗に伝えているつもりだってか?
どうせ何も出来ないと思っているんだろうがなぁ……何も出来ないんだよ!

星のちょっとアブない発言に稟を見ると……

「教経殿が書を焼いたのは星と私の気を引くためで……そ、そうなると教経殿は私にもそういうことをするつもりであって……ああ、駄目です教経殿、確かに好ましくは思っていますがそういうことはその……あぁ、そ、そこは……の、教経殿、ふ、服を……」

……はい、発射準備OKなご様子ですね。
いやぁ〜稟さんって、ほんっとにすばらしいものですね。
普通電車の発車時刻、快速電車の発車時刻、稟の鼻血の発射時刻って感じで時刻表作るべきだろこの頻度は。
1番線、稟が発射します。ご注意ください。

「ブーッ」

……彼女の妄想の中の俺は、何をやらかしたんだろうか……
出来れば一生知りたくもない。

「はいはい、稟ちゃん、トントンしましょうね〜、トントン」
「フガフガ」

さっき見たのと全く同じ光景が再現されているな。
ああ、血の虹の向こうに時の涙が見えるよ……












で、稟さん復活しました。

「こうなると教経殿は天の御使いである可能性が高いわけですが」

稟さん、鼻血出し過ぎて頭に血が回っていませんか?何を言っちゃってるんですか?

「確かにそうなりますね〜」
「うむ。間違いないだろうな」

全員納得して居るみたいだが残念。俺は納得していない!
この先に進みたかったらこの俺を倒してからにすることだな!
……若干死亡フラグっぽいから撤回させてください。

「なんで?」
「いや、教経殿、なんで?ではないでしょう」
「いやいや、稟さん、そう言うわけにもいかんでしょう。全く理由が分からないんだけど?」
「……未来から来た、と言うことが事実であるとすると、貴方は今後この世界がどういう道をたどるのかを知っていることになります。その知識を以てすれば、この世界に安寧をもたらすことが出来るのではありませんか?そういった意味で、予言にあった天の御使いとは教経殿のことだと思うのです」
「なるほどねぇ」

頭の回転が速い、というより、よくそっちと結びつけて話を構築できるな。
そもそもの出来がどうやら違うらしい。

で、そうだとして何か変わってくるんだろうか……ああ、徴兵というか、募兵がしやすくなるのか。
金も集まりそうだな。その代わりに面倒くさいことも増えるんだろうが。
認めたくない奴は絶対にいるだろうからな。特に漢王朝の人間は、だ。天命我にあり、を地でいっている奴らばかりだろうしな。

「天の御使いを名乗り続け、知名度を上げていけ、と。そう言うわけだな?稟」
「その利点に気がつかれる辺りは流石です」
「欠点もあるが、それはとりあえず置いておいていい、ということだろ?」
「……その通りです」

眼鏡をこう、クイックイッと中指で押し上げながら答える稟。
グッと来るものがあるねぇ。重ねて言うが俺は眼鏡属性持ちなんだよねぇ。
120%中の120%〜!!!って人に何となく口調が似ちゃってるねぇ。
まぁ、俺は麦茶が好きなんだよねぇ。

「では今後の大方針が決まったようですから、さしあたって迫っている目の前の危機に対応する策を考えることにしましょうか〜」
「そうだな。まぁ、稟に風がいるから私としては全く心配していないが」
「教経殿もそうですか?」

そりゃそうだろう。
郭嘉に程cだぜ?烏桓討伐と十面埋伏だぜ?
あれが思いつく人間なんだ、思い切りの良さも緻密さも兼ね備えているわけだからな。

「あぁ、全く心配していないよ。これ以上ない軍師殿が二人もついているし、将として国で1,2を争う星もいる。現状で望める最高の人材がここにいる訳だ。第一、君らを信頼できない、となるとこの段階で俺は君主失格だろうぜ」

当たり前だ、とか言われるかと思ったんだが。
そう言うと三人ともうつむいてしまった。かわいいねぇ。

「と、とにかく方針についてこれから話し合いましょう」

稟がそう言うと他の二人もそれに同意し、夜を徹して基本方針と兵自身の戦い方について話し合った。
お掃除の時間まで、あと少しだ。