〜教経 Side〜
「教経殿」
趙雲と少々恥ずかしい話をしていると、戯志才と程cが帰って来た。
戯志才は何とも微妙な顔をしている。程cに至っては嬉しそうな顔をしてこちらを見ている。
……まさかこいつら、さっきの話を聞いていたんじゃ有るまいな……
そう思って趙雲を見やると、ククッっと笑っていた。
……分かってるよ、柄じゃないって。だからそんな態度取るな。恥ずかしいだろうが。
「……首尾は?」
「上々ですよ〜」
「上々?」
この町の人間には全く戦意がなかった。それはこの二人も感じているはずだ。
それでいてなお上々と言い切る何かが程cにはあるらしい。
「……教経殿、教経殿には天の御使いになって頂く必要があります」
「はぁ?」
「風が先程この町の長老格の老人に、貴方が天の御使いである、と断言したのです」
「……ふ、そういうことか」
趙雲も得心したようだ。無論俺も。そこまで鈍くは出来ていない。
「演じろ、ということだな。偉大な天の御使い様とやらを」
「はい、そういうことです」
「どうやら賊さん達はまだ周辺でこちらの様子を窺っているだけのようですので、あと二日ほどは時間があると思いますよ〜」
どこからその二日っていう猶予をはじき出したのか分からんが、程c様のお言葉だ。
ここは信頼して、それを前提に動いた方がいいだろう。
「まぁいい、とりあえず広場に移動しようか」
「それが宜しいでしょうな。戦うにしても、やる気にさせなければ勝てるものも勝てません。期待して宜しいのでしょう?」
趙雲がいたずらっぽくこちらをみて笑う。
とりあえずむかついたので頭を撫でながら答えてやる。
「まぁ、期待に添えるかどうかは分からんが思っていることを伝えるだけだ。結果は天のみぞ知るってね」
「む〜……お兄さん、風も期待していますからね〜」
程cは何故か不機嫌そうだ。なぜ自分が期待している、とアピールする必要があるのか。
とりあえず頭を撫でておこう。
「ふふ〜」
「むっ」
程cは嬉しそうに笑っている。どうやら正解だったようだ。が、今度は趙雲が……ええぃ、めんどくさい。
「では、行きましょうか」
戯志才は相変わらずクールだねぇ。クール+眼鏡……萌えるぜ。
広場に行くと、結構な数の人間がいた。そして、混乱はしていないがざわめいてはいた。
これだけの人間がいる前で今から話をすると思うと、なかなか緊張してしまうな。
高校生の時分に全校集会でよく挨拶をさせられていたが、あの時とは掛かっているものも何もかもが異なるから仕方がないことだと自分に言い聞かせる。
俺が一段高い場所に立っても、民達はざわめいていた。
「皆、聞いてほしい」
ざわついていた民達が一斉にこちらを見る。
……ちょっと怖いぜ、あんたら。
「俺は天の御遣い、平教経だ。この度、この町を賊が襲おうとしているという話を聞いて皆の力になるために自分に出来ることをしようと思っている」
「助けてくれるんじゃないのかよ!」
成る程、天の御遣い様は偉大だな。一声ですべての人間を助けることが出来ると思われているらしい。
「なにを馬鹿なことを」
「なんだと!」
「この町には自分の大切なものを守るのに、すべて他人に任せないと守れない腑抜けばかりと見える」
こういうのはまず怒らせて、言いたいことを言わせてみるに限るな。
「うるさいぞ!テメエに何が分かるんだよ!大体どうやって俺たちが賊からこの町を守るんだ!県令だって逃げ出したんだぞ!」
「そうだそうだ!」
「大体天の御使いなんてもんに何が出来るってんだよ!」
「ふざけたこと言っているとぶっ殺すぞ!」
仕掛けは上々。いい具合にFish!できた。
さて、後は話の方向を自力で何とかする方に持って行くだけだな。
「貴様らが言っているのは、逃げるための口実に過ぎないだろうが。
守りたいものがそこにあるのに、貴様らはいつ来るかも知れない他人をずっと待ち続けるのか?
おい、オッサン。
あんたの子供が目の前で井戸で溺れている。あんたはいつ来るかも分からない他人を待って、自分の子供にただ頑張れと声を掛けることしかしない腐れ野郎なのか!」
「なんだと!」
「どうなんだ、お前は腑抜けなのか?」
「ふざけるな!なんとしてでも自分で助けるに決まっているだろうが!」
「では改めて訊くがな、オッサンよ。自分の子供の危急を自分で助ける気概を持っているのに、何故今回だけ自力で何とかしようとしない?」
「そんなこと言ったって、具体的にどうしたらいいのかなんて分からない!
本来俺たちがこういう目に遭わないために県令がいて、税を納めているんだ!
その税金で立派な将軍なりなんなりを養っていて、有事の際に俺たちを率いて戦ってくれるはずだろうが!
そういった存在がいないのが問題なんだよ!だから逃げるしかないんだ!」
オッサン、全くいいこと言ってくれるよ。取っつきやすくなった。
思わず笑みがこぼれる。
「……話を聞いていなかったのか?その戦うための将を御遣いである俺とその配下でやろうというのだ」
広場で民が隣のものと話をし始める。少しざわめいているが嫌な感じはしない。
ここが勝負所だろう、こいつらまとめて釣り上げてやるさ。
「聞け、民よ!
我が後ろに控えているもの達、一人は一騎当千の武を持つ武人でありこの国で五指に入る英傑だ!その横にいる二人は、神算鬼謀、奇計百出と言って良い程優秀な、これまたこの国で五指に入る英傑だ!
そしてここに天の御使いである俺がいる!
貴様らの勝利は約束されているようなものではないか!
聞け!民よ!
貴様らには天がついている!
たかが匪賊共に後れを取るような私ではない!
私を信じ、武器を手にするのだ!皆の手で、貴様ら自身の手で大切なものを守ってこそ、人が人として人らしく生きていける第一歩となるだろう!
立てよ民人!
貴様らが貴様ら自身の手で自らの安寧を勝ち取った時、私は天に召されるであろう!」
最後は何となくジーク的な何かになっている気がする。
逆襲もしそうな感じですね、わかります。
どこかで聞いたことのある台詞の羅列に、民達は静まってしまった。
これは……やり過ぎたのか?
「「「「「……うぉー!!!!!!」」」」」
「「「「「「御遣い様〜!!!俺たちついていきますぜ!!!!!」」」」」」
……うるさい。めちゃ盛り上がってるな。
むさ苦しいったらありゃしない。まぁ、女性がこのテンションで同じ事叫ぶより遙かにましな気がするけど。
が、悪い気はしないな。
「……ご苦労様でした」
「お兄さん、かなり慣れた感じでしたね〜」
「ふむ、人の上に立つべく教育を受けてきた、というのは本当のことのようですな」
「かなりやっちまった感があるが、戦意としてはこれで問題ないだろう。後はどう戦うか、だな」
「そうですね。その辺りの方針を決めるために、一旦宿で話し合いを持ちましょう」
まぁ、戯志才と程cがいるんだ。策の方は問題なし。
将も俺と趙雲がいる。民に持たせる武器を槍にすれば、俺にも考えがあるから現場も問題にはならんだろう。
あとは、どうやって士気を維持しつつ戦を展開するか、だな。
〜稟 Side〜
「皆、聞いてほしい」
教経殿は静かに語り始める。
声を張り上げているわけではないが、その声は万人に染み渡るような声だ。
その声には、人主たる器を持つ人間だけがもつ、圧倒的な存在感はない。
だが、それを無視することも叶わぬ、不思議な声だ。
「俺は天の御遣い、平教経だ。この度、この町を賊が襲おうとしているという話を聞いて皆の力になるために自分に出来ることをしようと思っている」
「助けてくれるんじゃないのかよ!」
そう民が応じる。確かに、風の言葉が民に行き渡っているなら、無条件にすべての人間を救ってくれると考えるのも無理はないだろう。
「なにを馬鹿なことを」
「なんだと!」
「この町には自分の大切なものを守るのに、すべて他人に任せないと守れない腑抜けばかりと見える」
その言葉を聞いて、民は激高している。
どういうつもりかと教経殿を後ろから見ているが、どうやら落ち着いているようだ。これは彼の計算らしい。交渉ごとには長けていない、と言っていたが、なかなかどうして長けている。
「貴様らが言っているのは、逃げるための口実に過ぎないだろうが。
守りたいものがそこにあるのに、貴様らはいつ来るかも知れない他人をずっと待ち続けるのか?
おい、オッサン。
あんたの子供が目の前で井戸で溺れている。あんたはいつ来るかも分からない他人を待って、自分の子供にただ頑張れと声を掛けることしかしない腐れ野郎なのか!」
まず身近で、自分一人の力で何とかなりそうな大切なものの危機について説いている。すべての人間が自分に置き換えて考えることが出来るという点で、この話は良くできている。
そう判断する。
「なんだと!」
「どうなんだ、お前は腑抜けなのか?」
「ふざけるな!なんとしてでも自分で助けるに決まっているだろうが!」
「では改めて訊くがな、オッサンよ。自分の子供の危急を自分で助ける気概を持っているのに、何故今回だけ自力で何とかしようとしない?」
問題点がなんなのか、それを民に理解させようとしている。
……論理的で、かつ感情的にも理解しやすい状況と、今回の出来事を結びつけて考えさせる。
そう簡単にできることではないだろう。彼はこういった状況を何度か経験しているのだろうか。
「そんなこと言ったって、具体的にどうしたらいいのかなんて分からない!
本来俺たちがこういう目に遭わないために県令がいて、税を納めているんだ!
その税金で立派な将軍なりなんなりを養っていて、有事の際に俺たちを率いて戦ってくれるはずだろうが!
そういった存在がいないのが問題なんだよ!だから逃げるしかないんだ!」
その言葉に、多くの民がうなずいている。
彼の思い通りに話が進んでいるのだろう。彼は笑みを浮かべる余裕さえある。
さながら、魚が餌に食いついたことを喜ぶ太公望のようだ。
「……話を聞いていなかったのか?その戦うための将を御遣いである俺とその配下でやろうというのだ」
上手い。正直に感心する。
最初から彼はこの方向で話をするつもりだったのだ。
自分では理詰めすぎる話になり、民に現状の問題点を認識させることは出来ても結局納得させることは出来なかったかも知れない。ここで一気に声の質が変わった。時代の覇者たるにたる、威厳に満ちた声。
こういう声を持つ人間に、私は未だ遇ったことがない。
「聞け、民よ!
我が後ろに控えているもの達、一人は一騎当千の武を持つ武人でありこの国で五指に入る英傑だ!その横にいる二人は、神算鬼謀、奇計百出と言って良い程優秀な、これまたこの国で五指に入る英傑だ!
そしてここに天の御使いである俺がいる!
貴様らの勝利は約束されているようなものではないか!
聞け!民よ!
貴様らには天がついている!
たかが匪賊共に後れを取るような私ではない!
私を信じ、武器を手にするのだ!皆の手で、貴様ら自身の手で大切なものを守ってこそ、人が人として人らしく生きていける第一歩となるだろう!
立てよ民人!
貴様らが貴様ら自身の手で自らの安寧を勝ち取った時、私は天に召されるであろう!」
……神算鬼謀、奇計百出。
どちらがどちらの評価かは分からないが、それはどちらでも構わない。
教経殿の目に、私はそのような、この国で五指に入るような英傑として映っている!
そのことに感動を覚える。
私は自分の才能に自信がある。事戦場における軍略に関しては、風にも勝ると自負しているが、この国で五指に入るような人間であるとは思っていなかった。
それをこの人は!
何という人なのだろうか。風や星がこの人に惹かれていることは気付いていたが、ここまで信頼をされて初めて、彼女たちの気持ちというものが自分も理解できた気がする。
人はよく自分を知るものに仕える、と言うのが理想の君臣論であるが、彼はまさしく理想の君主像を私の目の前に提示して見せている。
この民の士気の高さはどうだろう。
人を惹き付け、導き、決して信念を曲げず、困難に負けない志操を持ち続ける。
彼は英雄と呼ぶにふさわしい人なのかも知れない。
〜教経 Side〜
「今後の話をする前に、一つ教経殿に謝らなければならないことがあります」
宿の一室に入った瞬間、戯志才がそう言いだした。
謝らなければならないこと……なんだ?
「なんだ?戯志才」
「その、戯志才という名前は偽名なのです」
「ふぅん」
「な……それだけですか?」
「物騒な世の中だ。偽名を使う人間だっているだろうし、それを明かしてくれたって事は俺のことを信頼してくれた証だろう。喜びこそすれ、責める所以はないな」
そういうと、戯志才は頬を赤く染めてうつむいた。
……やべぇ、クーデレか、最高じゃないか!
「では改めまして。私は姓を郭、名を嘉、字を奉孝。真名は稟と申します」
「稟!?」
「稟ちゃん!?」
成る程、郭嘉その人だったのか。こりゃ神算鬼謀ってのは間違いじゃないな。
一層安心度が増した。というか。
「なぁ、郭嘉。真名ってのは神聖なものなんだろ?俺に教えるって事は、そう呼んでもいいって事なのか?」
「構いません。これから共に賊と戦う同志に、真名を預けない、と言うことの方が問題だと思います」
「まぁ、それもそうか」
「では私も改めて自己紹介致しますかな。
姓を趙、名を雲、字を子龍、真名を星といいます。これから宜しくお願い致しますぞ、主よ」
「風も自己紹介しますね〜
姓を程、名を立、字を仲徳。真名は風。ですが本日より名前を『c』に改めます。星ちゃんと同じく、これから宜しくお願い致しますね〜、お兄さん」
なんか物騒な言葉が聞こえた気がするなぁ、おい。
「主ってなんだ?」
「おお、主よ。天下の五指に入る武人が主にお仕えすると言っているのに何という顔をされているのですか。嬉しい時は笑うものですぞ?」
そう言いながら趙雲は俺の顔を引っ張りやがる。
「ぷっ、主、なかなか傑作な顔をされていますな」
「ひゃめろ、ひょううん」
「星、です。真名を預けた以上、呼んで頂かなければ困ります」
「はかったよ、ひぇい」
「宜しい」
ったく、いてぇじぇねぇか。
「で、いいのかよ?」
「何がで御座いますかな?」
いや、趙雲って劉備に仕えるんじゃなかったか?程cに至っては曹操だろうに。
「……俺に仕えるってことだが、本当にそれでいいのか?見たとおり、俺は結構いい加減な男だ。世の英雄たる資格もないように自分では思っているんだが」
「風はそんなことは思いませんよ〜。先程の話といい、星ちゃんと話していた夢の話といい、風がお仕えするにふさわしい人物であると思っていますので〜。お兄さんはもっと自分に自信を持ってもいいと思いますよ〜?」
「そう言うがな、程c」
「風、です」
「いや、て……」
「風、ですよ〜?お兄さん」
「……風」
「はい〜」
なんて顔で笑いやがるよ。何も言い返せないじゃないか。
「はぁ、まぁ、いいや」
「それで、稟ちゃんはお兄さんにお仕えしないのですか〜?」
「……私も教経殿にお仕えしようと思います。人主たる器であることを、この目で見させて頂きましたから」
「郭……稟もか」
一瞬すごい目をしたなこの娘。ヤンデレの気でもあるのか……?それは怖いな。
刺されないように気をつけないとな。
「じゃぁ、俺も改めて。姓は平、名は教経、字はないし真名もない。好きに呼んでくれて構わない」
「では、教経殿、と」
「お兄さんはお兄さんですね〜」
「主、夜伽の際は教経と呼ばせて頂きましょうかな」
なかなか過激だなぁ、おい、星。夜伽って……かわいいからそれもありかな。
「おやおや、既に主殿は私との情事に思いを馳せておられるようだ」
「よ、夜伽……あられもない星の姿に発憤した教経殿がそのままその怒張を星に押しつけ……ブーッ」
なっ、なんだこの鼻血のアーチは!
虹が……嫌な虹だな……
「はいはい稟ちゃん、トントンしましょうね〜。トントン」
「フガフガ」
やたら手慣れた対応だな。
「……これ、いつもなのか?」
「そうですな。稟は想像力が豊かですので」
そういう問題じゃないだろうこれ。一見して致死量の血が出ているように見えるんだが何故生きてる……
ああ、夢だからか。
だけど、これからのことを考えると能力面で全く文句が出ない人間が自分に仕えてくれるって言ってるのは正直有り難いな。何にせよ、賊共を殲滅してからなんだが。
この夢もなかなか楽しくなってきたじゃないか。