〜教経 Side〜

あの後しばらくして程cが帰って来た。
結果は……

「お兄さん、風に感謝してくださいね〜」
「風……かなり吹っ掛けてきましたね……」
「ですが相手も納得しての取引ですからね〜風が悪いわけではありませんよ〜」

上々だった。
よく分からんが、しばらくお金に困ることはないだろうというのが稟の言葉だ。

「ああ、感謝しているよ」

いや、実際に価値は分からないが、それでもこの娘が見ず知らずの俺のためにかなり難しい交渉をしてきたのだろうということは分かるからな。

「教経殿?何故頭を撫でているのです?」
「いや、そこに頭があったし、感謝してるんだよ、とね」

気がついたら程cの頭を撫でていたらしい。無意識で撫でているとは恐るべし俺。
程cは撫でられて嬉しそうにしている。
……あれか、いつの間にか俺は「撫でポ」スキルを身につけたってことか?

「さて、話の続きをしよう。只その前に聞いておきたいことがあるんだが?」

程cの頭を撫でるのをやめ、進行役を担うであろう戯志才に質問する。
程cは少し残念そうな顔をしていたが、気のせい……だよな。

「なんでしょうか、教経殿」

戯志才が眼鏡を中指で押し上げながら答える。眼鏡萌え属性持ちだからたまらんな、おい。こんな夢を見るなんて、よくやった俺!そこに痺れる!あこがれるぅ!

「さっきから3人はお互いのことを名前と違う形で読んでいるが、渾名か何かか?」
「……真名です」
「真名?」

なんだそりゃ?

「その人の本当の姿を表す名前のことです。神聖なもので、本人の許しがない限りはその名を口にしてはいけません。口にすれば、即座に殺されても文句は言えない程のものです」
「……そりゃとんでもないな」

良かった、言わなくて。渾名で呼ぶほど親しくないから、という理由で遠慮してて本当に良かった……
そして何でそんな面倒くさい設定をしてるんだよ俺。どんな夢だ?

「真名をしらないのですか?」
「知らんよ」
「ふむ……」

そういって戯志才は黙ってしまった。

「では、お兄さん、風からも質問があるのですが」
「ん?どうぞ」
「お兄さん、あそこで何をしていたのですか?あそこには流星が墜ちたと思うのですが、お兄さんもそれを見に来たのですか?」
「流星?」
「はい、私達3人はそれを見ています。おそらく、賊達もそれを見てあそこに行ったのだと思うのですが」

お、復活の戯志才。

「いや、俺は見てないな」
「……ふむ〜、そうですか」
「……どうしたのだ、風?」
「……ぐぅ」
「「寝るな!」」
「おぉ!風としたことが陽気に誘われてついつい寝てしまいました」

ついつい俺も突っ込んじまったが、大丈夫かこの程c。

「流星を確認するために行ったあの場所で、まぁ、ああいうことになってしまったわけですが」

少し気まずそうに趙雲が言う。

「だから気にしなさんな。あれはまぁ、俺も悪かったんだろう。今度から周囲には気をつけるさ」

こういうとあれだな、恐喝してたっぽいな。

「……やはり恐喝を?」
「分かってて聞くのは良くないなぁ、趙雲」
「ふふっ、すみませぬな」

艶やかに笑うものだな。男なら凛々しい、女なら妖艶、か?どういうイメージなんだろうな、俺の中の趙雲って。


「ではお兄さんは、天の御遣いなのですか〜?」

文字だけ見ると「初めての〜」的なものかと突っ込みを入れてみたい。
が、メタなのでやめとく。

「御遣い?」
「都で噂になっているのです。簡単に言うと、流星に乗って御遣いがやってくる。その御遣いが乱世を鎮めるであろう、という予言があったのです」
「へぇ。予言ね。俺は占いは嫌いでね」
「ほう、何故です?」
「剣を交えたお前さんなら俺がどういう人間であるか大体分かるであろうに。
予言なんてものは一種の呪いと同じだ。それあるが為に人はそのことを意識して行動してしまう。「予言があるから、それを意識して行動する」、当たり前のことで不自然じゃないと思うかも知れないが、予言を意識しているからこそ取れる行動と、予言を意識しているからこそ取れない行動が出てくる。
『今日西の方へ行けば、貴方は死ぬことになる』
なんて言われたら、そんなことあるかと思って西に行っても、びくびく警戒してしまうだろう。それが結果的に大金を持っているように見受けられた場合、殺されてしまう可能性がある。
もちろん、西に行く用事を明日以降に持ち越したりする人間だって出てくるだろう。
そういう意味で、呪いと同じなんだよ。
大体が悲観的なものであるにも理由があるしな。
結果として実現した結果が予言と同じようなものであれば予言通りであるといい、そうでない場合は予言のおかげで回避できたというのさ。そうやって人の意識から本来取れる選択肢を狭めておいて、選択した行動の結果によらず予言のおかげ云々抜かすのが予言屋だ。ただのペテンさ」
「ペテン?」
「ああ、詐術を行う人間の一つの手管、さ。
だから俺は嫌いなんだよ。俺は自由に生きたい。俺は自分の意志で選択する。俺が好きな時に飯を食い、好きな時に酒を喰らい、好きな時に寝て、好きな時に好きな女を抱きたい。選択肢を限定しようとするような奴らは大嫌いだ」
「成る程、共感できる部分ばかりですな」
「まぁ、そうだろうな。あんたも自由人っぽいしな。
……まぁ、結果からいうと、俺は御遣いじゃないと思うよ。品行方正でもないだろうしな」
「教経殿が天の御遣いであるかどうかはひとまずおいておきましょう。私から後1つ質問があります」
「ほい、どうぞ」
「では、教経殿。貴方はこの町に移動する前に風のことを……」

「逃げろ〜、賊が来るぞ〜!!!!」
「!」

「おいおい、何だよ。ゆっくりしてたってのにゆっくり出来ないじゃないかね」

さっきの今でまた賊かよ。

「……とにかく状況を確認しましょう。星、貴女は教経殿と共に混乱を収めてきてください。風、私と共にこの町の状況の把握をしましょう。教経殿、話はまだありますので後で」

さすが戯志才、落ち着いているねぇ。郭嘉ってこれを超えるのか。すげぇもんだ。
なにげに俺が勘定に入っているところがまた優秀だねぇ。

「わかった、教経殿、行こう」
「あいよ」
「じゃぁ稟ちゃん、行きましょうか〜」

いつになったら落ち着くのかねぇ……




















「大変だ〜、賊が、賊が来るぞ〜!!!今度の賊は1000人を超えているぞ〜!!!!」
「もう駄目だ!賊に逆らわずに金目のものを出して命乞いをした方がいいぞ!!!!」

このオッサン達うるさいな。
というか、最初から逃げ腰でどうするよ。頑張れよ!もっと頑張ってみろよ!
……テンションがおかしい。

「おい、オッサン共」

「なんだあんたは!聞いていなかったのか!?賊が来るぞ。命乞いした方がいいぞ!」
「うるさいなぁ。落ち着けよオッサン。むさ苦しい」

思いっきり殴ってみた。
飛んだ。
スイーツ(笑)
さすが俺の夢補正、おもっくそ殴ったのに死んでない!ビバ!夢!

「な、何しやがる!」
「いや、あまりに取り乱していたからな。あのまま町中を駆け回られても困るだろ。収拾が付かんし」
「確かにそうですな」

ククッと趙雲が笑う。
これが本調子の趙雲か。なかなかかわいいな……じゃなくて。
事態を一旦収拾するならともかく、本格的に収拾するとなると賊共をお掃除しないと駄目だな。

「で、オッサン。今町中にいる青年〜壮年で戦えるものはどれくらいいるんだ?」
「500が精々だ。1000を超える賊共に渡り合えるような数はいない。大体県令が逃げ出しているんだぞ!」

うわぁ、最低のドカスだな、県令。
まぁ、騒いでるオッサンをうるさいからって殴った俺もなかなかのものだという自負があるけど。

「まぁいい。とりあえずオッサンよ、町中を駆け回ってそいつら集めてくれんかね?広場的な場所に」
「ど、どうするつもりだ?あんた、そもそも何者だ?」

もの凄く不審な顔してるな。まぁ、服装からしてこの世界じゃあり得ない格好してるから仕方がない事かもしれないけど。
なんて説明するかな……まぁ、後で適当に出任せ言えばいいだろ。

「んなこと言ってる場合じゃないだろ?さっさと行った行った」

とりあえずオッサンはおっかなびっくり?振り返り振り返り走っていった。
まぁ、俺に警戒心を抱けるようになったのなら、動転せずに状況を連絡できるようにはなっているだろう。騒ぎ立てる前に長老的な人に報告に行くなりすりゃいいのに。

とりあえず一通り巡って事態の沈静化を図らないとな。まずは俺から話をするまでの間だけでも。















「さて、どのようなお話をなされるおつもりか?」

一通り巡ってある程度町が落ち着きを取り戻したと思える頃、星がそう話しかけてきた。
どうでもいいが、そのニヤニヤやめろ。

「さて、な。俺が大層なことを言ったところで、奴さん達がやる気にならなきゃどうにもならない」
「やる気になったら?」
「俺の夢を実現させるさ。その為にいま夢見てんだろうしな」
「夢?それはどのような?」

馬鹿にするかと思いきや、意外に真面目に聞いてくるな、趙雲。
てか、今夢見てるってネタバレしたんだがやっぱり気付かないか。そりゃそうだよなぁ。どっちにでも取れるもんな。
でもな星、俺の言う夢は寝てみる夢なんだぜ?

「ああ、夢はでっかく天下統一さ」
「ほう、天下統一」
「で、平和な世の中にして、みんなでヘラヘラしてられる世の中にしたいね。悪ふざけ推奨で」
「その為の足がかり、ということですかな?」
「そうだな。ここの人たちには迷惑だろうがな」
「何故迷惑なのです?賊共から守って貰えるではありませんか」

こういうのは面倒だから嫌なんだが、真面目に話をするかね。

「……その後でつらく長い戦が続くさ。そしてその中で幾人も死んでいく。それでも幸せか?愛する人に死んでこいと言い、喜んで死にに行かせる人間を恨まないなんて無理じゃないかね?」
「しかしそれは必要な犠牲でしょう」
「確かにそうかも知れんが、それでも人の感情は論理では割り切れないものだと俺は思うよ。それに、自分の行動や理念のために人が死ぬという事実を、『必要な犠牲』という便利な言葉で片付けて、その事実について深く考察しないというのは頂けない。
もしこの町の人が俺にきっかけを与えるなら、それはご愁傷様でしたとしか俺には言えない。やっかいなもの抱え込みましたね、とね。
 趙雲、人の理想は人を殺すよ。人の理想は、その人とそれに共感する人にとってはとても大切なもので何よりも価値を持つものだけど、それを理解しない人、共有できない人にとっては何の価値もないものだ。それを踏まえた上で、出来るだけ多くの人が納得できる、よりよい選択が出来るといいんだけどね……」
「なかなか考えるものですな。ただの武辺かと思っておりましたのに」
「それはひどいな。これでも人の上に立つべく教育されてきた自負があるんだが?」
「偶にふざけるのをおやめになればらしいのですが」

わかってるんだよそんなこと。
ニヤニヤ復活するな。










〜稟 Side〜
「1000人を超える賊、ですか」
「そのようですじゃ」
「ではこの町で戦えそうな人はどの程度いますか〜?」

風が質問をする。ここは風に任せよう。交渉ごとに強い、と教経殿もおっしゃっていたし、現にそれを証明するに足る結果を出して見せたのだから。

「……500人に満たない程度じゃ」
「今すぐに襲ってくるわけではないのでしょう〜?」
「そのようですが……」
「では、防備をすれば防げるのではありませんか〜?」
「……じゃが県令様は真っ先に逃げてしもうたらしいし、儂らに出来ることは……」

駄目ですね、防備をしようにも完全に戦意をなくしているこの人達を率いて戦うことは無謀としか言いようがない。戦意を持っているならいかようにも出来る自信があるが、残念ながら……

「そうですか〜。残念ですね〜。せっかく天の御遣い様がいらっしゃるのに」

ちょっと風?

「天の御遣い様ですと?」
「そうですよ〜?この町にいらっしゃっていますよ〜。風達は御遣い様に仕える軍師なのですよ。都で噂になっている御遣い様……ご存じないわけではありませんよね〜」
「おお……!では……!ではこの町は救われると言うことですな!!」

成る程、戦意向上のために教経殿を御遣いに仕立て上げる、ということですか。
それであれば何とかなるかも知れませんね。

「長老!なんか変な格好をした旦那が広場に集まれって……」

変な格好……教経殿、ですか。
何を言うつもりなのでしょうか。

「おお、その方が御遣い様ですな?」
「見慣れない格好をしていたのなら、御遣い様ですね〜」
「御遣い?」
「そうじゃ。とにかく全員に連絡をするのじゃ」
「は、はい」

平教経。

星を剣で打ち負かした男性。
男性でありながら、かなりの武人である星を打ち負かすなど、考えられないと思った。

この町に移動する際に、風のことを「程c」と呼んだ男性。
何故風が改名しようとしている名前を知っていて、かつ風をその名前で呼んだのか、非常に怪しいと思った。

私より風のことを正しく評価している節がある男性。
私の方が一緒に旅をし、長い時間風と共にあるというのに、真名を預けて貰っているというのに、教経殿の方が風のことを高く評価していて、そしてその評価の方が正しかった。

物事や人を見抜く目について自信があった。それなのに、私はそこまで深くは見抜けなかった。

なぜ、教経殿は風を正しく評価できたのだろう。
そして、その教経殿の目に、私の才はどのように映っているのだろうか?

正しく評価をして貰えるのだろうか?
それとも、私は自分が思っているほど才能はないのだろうか?














長老と話をして星や教経殿と合流すべく風と道を急いでいると、前方にその捜し人達がいた。
何か話し込んでいるようだ。

「ああ、夢はでっかく天下統一さ」
「ほう、天下統一」
「で、平和な世の中にして、みんなでヘラヘラしてられる世の中にしたいね。悪ふざけ推奨で」

……なかなか面白そうな話をしている様だ。星は気がついているが、教経殿は気がついていない様だ。どのような価値観を持っているのか、少し様子を見させてもらうことにする。

「その為の足がかり、ということですかな?」

民を自分の立身出世の足がかりとしか考えていないようなら、教経殿は駄目だな。

「そうだな。ここの人たちには迷惑だろうがな」

足がかりとしか思っていないのか!
罵声を浴びせようとした私を風が止める。
なぜ?
「お兄さんは「ここの人に迷惑」と言っていますよ〜稟ちゃん。最後まで聞いてみましょう」
……確かにそうだが、もし納得いかない場合は罵声を浴びせることにする。


「何故迷惑なのです?賊共から守って貰えるではありませんか」

さて、どう答えるだろうか。

「……その後でつらく長い戦が続くさ。そしてその中で幾人も死んでいく。それでも幸せか?愛する人に死んでこいと言い、喜んで死にに行かせる人間を恨まないなんて無理じゃないかね?」
「しかしそれは必要な犠牲でしょう」
「確かにそうかも知れんが、それでも人の感情は論理では割り切れないものだと俺は思うよそれに、自分の行動や理念のために人が死ぬという事実を、『必要な犠牲』という便利な言葉で片付けて、その事実について深く考察しないというのは頂けない。
もしこの町の人が俺にきっかけを与えるなら、それはご愁傷様でしたとしか俺には言えない。やっかいなもの抱え込みましたね、とね。
 趙雲、人の理想は人を殺すよ。人の理想は、その人とそれに共感する人にとってはとても大切なもので何よりも価値を持つものだけど、それを理解しない人、共有できない人にとっては何の価値もないものだ。それを踏まえた上で、出来るだけ多くの人が納得できる、よりよい選択が出来るといいんだけどね……」

……どうやら私が思って以上に教経殿は物事を深く考えることが出来る人らしい。
犠牲が出ることを承知の上でなお、天下安寧のための天下統一という戦乱の世を現出しようとしている。今の吐露を聞く限りにおいて、必要な犠牲と自分が背負わなければならない業というものを理解した上で、前進しようとしている。

内心でホッとしている自分がいるのを訝しく思いながら、彼らの方へ歩いていった。

「なかなか考えるものですな。ただの武辺かと思っておりましたのに」
「それはひどいな。これでも人の上に立つべく教育されてきた自負があるんだが?」
「偶にふざけるのをおやめになればらしいのですが」

風が彼を「天の御遣い」に仕立て上げようとしているが、実は本当にそうなのではないか?
自分の才を預けるに足る人間は、曹操殿だけだと思っていたがそうではないのかも知れない。