〜第三者視点 Side〜

「待ってください!」

教経と趙雲の間の緊張がまさに爆ぜようとした時、外部から声がかかった。

「待ってください。こちらにあなたに危害を加えようとするつもりはありません」
稟が教経に声をかける。

「いやいや、危害を加えられたばかりで、今から危害を加えられるかもしれん所なんだが?」
そう答えながらも、教経は既に続きを行うつもりを失っていた。
見るからに武技に長けていない二人の少女が自分たちに声をかけてきたには理由があるだろう。
まずその理由を聞いてみようという雰囲気を醸し出している。

「申し訳ありませんが、少し状況を整理させてください」
「俺は構わないよ。そっちの姉ちゃんがいいならね」

「星ちゃん、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ、風。稟も有り難う」

趙雲は構えを解き、胸元を隠しながら槍を地に立てた。

「なかなか扇情的な光景だな」
「っ」

その言葉に、趙雲は両手で胸元を隠す。

「いや、すまん。言ってみただけなんだよ。とりあえず、服を変えるなりなんなりして貰えるとこちらとしても助かる」

そう言いながら、教経は女を見ないようにそっぽを向いた。
教経としても、夢とはいえさすがにやり過ぎたと感じており、一旦落ち着いて話をするつもりになっていた。







〜教経 Side〜

「ということは、あれか?俺が賊だと思ったってのか?」
「申し訳御座らん」
「で、いきなり突いてきたけど俺じゃなかったら死んだんじゃないかね?」
「重ね重ね申し訳御座らん」
「どう見てもあっちの世紀末スタイル的な三人の方がむさ苦しい顔をしているし、
 賊っぽいと思うんだがなぁ……『新鮮な水だぁ〜』とか『ヒャッハー』とか
 言いそうだったし……モヒカンじゃなかったけれども……」
「申し訳……世紀末スタイル?」
「ああ、いい、こっちの話だよ」

あれから俺の相手をしていた姉ちゃんが服を着替え、4人で改めて話をした。
姉ちゃんが言うには、俺が刀を突きつけ、かつ太平要術の書を受け取っていた為に
無辜の民を恐喝しているのだと思い、それを阻止しかつ俺を懲らしめてやろうと思って
ああいう行動を取ったらしい。

「?ま〜何事もなくて良かったですね〜」
「いや、無かったことにするなよ」

ちっちゃい金髪の女の子がさらりとすべてを無かったことにしようとした。

「おうおう、男が小さな事にこだわるんじゃねぇよ!男だったら、
 『大丈夫だぜお嬢さん。俺は全く気にしてないから。ついでに俺と結婚してくれ。』
 くらい言うもんだぜ!」

……腹話術まで使ってなに言ってくれっちゃってるのこの娘。

「風!……すいません。後で言って聞かせておきますので……」
もう一人の眼鏡っ娘が言う。
結構苦労してそうだな、この空気の読めなさから考えて。ご苦労さんです。

「とりあえず、自己紹介から始めませぬか。私は姓名を趙雲、字を子龍と申すもの」
「風は程立、字を仲徳といいます〜」
「私は戯志才と申します」
「俺は平教経、字はないよ」

趙雲とはねぇ……そりゃ強いわ。あれだけ俺の太刀を躱せる理由としては一番納得できる回答がまさか自己紹介で得られるとはねぇ。
で、程立ってあれか、程cか?戯志才って確か曹操の所の、最初の軍師らしい軍師だったよな。郭嘉が旬ケの推挙で仕える前までの。というか、年齢的に3人とも同じ感じに見えるけど……
まぁ、夢だからな、その辺もご都合主義なんだろうさ。

で、なんでこいつら全部女?
よく分からんが俺は溜まってるのか?溜まっててもこんな幻想生み出すなよ俺……自信なくなるな。

「字がない?」
「珍しいですね〜」
「確かに。そのような風習がある地方の方ですか?」

あまりにひどい妄想の内容に自分の脳みその中身が腐ってんじゃないかと悲観的になりそうになっていると、名前について質問が来た。

「いや、なんというか、俺は……」

むぅ、どう説明すべきかな。
ここは俺の夢で、お前らは俺の妄想の産物に過ぎなくて、とか言えないしなぁ。
でも俺の夢なんだからその辺もご都合主義になってるべきだろうになんなんだよ。
主人に優しくない夢だな。

「……そうだな、こことは全く違う、近いようで全く遠い世界から来たのさ」

とりあえず正解が分からないので意味深な言葉で逃げることに決めた。
どうせ夢だ。厨二的な回答で問題ないだろう。

「「「……」」」

おお、なんか知らんが痛い人を見るような目では見られていないから問題ないのか?

「その服装……我々のものとは全く違いますな」

いや、今気がついたのかよ……

「もしかしたら、お兄さんは……」

厨二病じゃねぇよ。

「ん?風っ」
「どうしたんですか、稟ちゃん?」
「あれを」

眼鏡っ娘が指さす方を見ると、旗を立てて馬に乗っている人間が数十名、駆けている。

「ん〜、この辺りの官軍でしょうかね〜
 見つかると面倒なのでさっさと逃げましょうか〜」
「なんか悪いことでもしてんのか?程c?」
「いえいえ〜私たちは悪いことは何もしていないですよ〜?」
「ただ今はまだ、官軍に遭遇したくない、というわけでして」

なんか釈然としないが、まぁいいか。積極果敢に犯罪行為をしていそうにはないしな。
「面倒になるなら俺もごめんだな。今日は疲れたし」
「……それは申し訳御座らん」
「いや、責めてないって。楽しかったし、そっちも恥ずかしい思いしてるわけだしお相子でいいさ」
「そう言って頂けると……。ではひとまず最寄りの町へ行きましょう」
「ラーサ!」
「?」
「了解ってことさ」
「お兄さんは変な言葉を使いますね〜」
「まぁ、そういいなさんな。そのうち慣れるさ」

とりあえず町で情報収集して、それからこの夢が覚めるまで何をするか話をする方がいいな。













とりあえず町にやってきたが、これは村の間違いじゃないのか?
まぁ、三国時代の町なんだから、こんなもんかも知れないけど。

「さて、まず宿を取りましょうか」
「そうですね〜それからゆっくりとお兄さんのお話を聞きましょう〜」

簡単に言ってくれちゃってるが、俺は問題に気がついてる。

「……なぁ、ここってこのお金使えるのか?」

そう、お金の問題だ。
俺が持っているのは4万8千999円。
さっきの頭が不自由な3人組に千円あげた時の反応からして、間違いなく使えないだろう。

「これは……綺麗な意匠が施してある硬貨ですね〜」
「この紙はお金なのですか?」
「この硬貨には穴が開いているな」

3人は思い思いに俺の財布から金を取り出して眺めているが、やはり使えないようだ。

「どうやら使えないらしいな。そうなると、俺は文無しなんだけど」
「あぁ、それであれば私が貴殿の分を払いましょう。迷惑をかけましたからな」
「そう言ってくれるけどな、趙雲。俺は金を人から借りるのは大嫌いなんだよ。
 ついでに言うと貰うのももっと嫌だ」
「では、この硬貨を好事家に売ってみては?かなりの意匠ですし、これは高く売れると
 思いますが」
「戯志才さんよ。俺はこの手のものが好きな好事家がどこにいるか知らないし、そういう
 交渉ごとに長けているとも思えないんだが」
「そういうことであれば、風に任せるのがよいと思います。
 あれで一番抜け目がないですから」
「お兄さんさえよければ、任されますが〜」

程cか。確かに抜け目のない老人のイメージが強いな。

「……なら全面的に任せようか」
「宜しいのですか?言い出した私が言うのもおかしな話ですが、なぜ全権委任するのですか?」

程cが偉人だって知ってるからって答えられないよなぁ。
適当に言っておこう。

「口調はともかく、先程から会話の最中に俺がなんたるかを注意深く伺っているし、洞察力に自信があるんだろう。ついでに俺が使う言葉についていち早く突っ込んだりと、注意力も、頭の回転が早いことも分かる。もっと言うとこの口調だと真意が測りにくいし、はっきり言って交渉ごとに向いているだろう。国でいうなら一流の外交官だ。そう言った人間にものを依頼するなら、条件付きではなく自由に手腕を振るって貰う方が大体いい結果が出るものだよ」

なかなかいい出任せだな、俺。詐欺師でもやっていけるんじゃないか?
就職先間違えたかな……

「良い結果が出る、とは限りませんが」

食い下がるねェ。

「ふむ、さっきあったばかりの俺が彼女の才能を信頼しているのに、君はそこまで信頼していないのか?」
「!」
「まぁ、任せるさ。それで結果が出なかったら、それは俺の責任でこの仕事を請け負ってくれた彼女の責任ではない」
「そこまで言われては張り切らないわけにはいきませんね〜。稟ちゃん、風はこれを頑張って売ってきますよ〜」

 そういって程cは町の中へ消えていった。

「我々はさしあたり宿に部屋を取ってきます。風がああいった以上、それなりの結果は出るでしょうから」
「んじゃ、俺も一緒に待たせて貰おう」

まぁ、果報は寝て待つさ。












〜風 Side〜

星ちゃんが掛かっていった男の人は、とてもとても強い人でした。
風にはよく分かりませんが、その剣捌きはとても美しいものでした。
来ている服も異国のもので、とても似合っていました。

「俺は平教経、字はないよ」

何とか争いを収めて自己紹介をしたお兄さん。
傍目であれだけ尋常ではない動きをしていたにも関わらず、息一つ切らしていません。
星ちゃんが無事であったのも、恐らくお兄さんが加減をしていたからだと思いました。

それにしても、字がない、とは珍しいものです。
どこの出身なのか、非常に興味があります。

「……そうだな、こことは全く違う、近いようで全く遠い世界から来たのさ」

お兄さんは少し困ったような顔で答えてくれました。
流星が墜ちた場所にいた人。どこから来たとははっきり言えない事情を持つ人。
ひょっとするとお兄さんが今噂になっている天の御遣いなのかもしれません。

それであれば、星ちゃんが負けたのもうなずけます。

話をしていると、遠方より軍旗を掲げた一団がやってきました。
「ん〜、この辺りの官軍でしょうかね〜
 見つかると面倒なのでさっさと逃げましょうか〜」
「なんか悪いことでもしてんのか?程c?」

……私の名前は程立だと紹介したのですが、何故お兄さんは風が改名しようとしている「程c」という名前で風を呼んだのでしょうか?星ちゃんは名前を間違った程度にしか思っていないようですが、稟ちゃんはちゃんと気がついているようです。

これは後できちんとお話をしないといけませんね〜。
ふふっ、お兄さん、風はしつこいですから覚悟してくださいね〜













「……なら全面的に任せようか」
町に到着してまずお兄さんが言ったのは、自分が文無しだ、ということでした。
では、ということで、稟ちゃんがお兄さんが持っていた硬貨を好事家に売却してはどうか?そしてそれを風に任せてみてはどうか、という提案に、お兄さんは全権委任すると答えました。

それを疑問に思った稟ちゃんがお兄さんに、何故、と質問をすると、
「口調はともかく、先程から会話の最中に俺がなんたるかを注意深く伺っているし、洞察力に自信があるんだろう。ついでに俺が使う言葉についていち早く突っ込んだりと、注意力も、頭の回転が早いことも分かる。もっと言うとこの口調だと真意が測りにくいし、はっきり言って交渉ごとに向いているだろう。国でいうなら一流の外交官だ。そう言った人間にものを依頼するなら、条件付きではなく自由に手腕を振るって貰う方が大体いい結果が出るものだよ」

と答えていました。
……正直風は自分でも自信がありましたが、一流の外交官だ、と断言される程経験は積んでいません。ですが、こう評価されると嫌な気持ちはしません。むしろ、嬉しい感情が先に立ってしまいます。

「良い結果が出る、とは限りませんが」
確かに、稟ちゃんの言うとおりです。最善の努力が最良の結果をもたらすわけではありません。
結果が出なかった際に、全権委任したことの意味を踏まえた対応がお兄さんに出来るのでしょうか?

「ふむ、さっきあったばかりの俺が彼女の才能を信頼しているのに、君はそこまで信頼していないのか?」
「!」
「まぁ、任せるさ。それで結果が出なかったら、それは俺の責任でこの仕事を請け負ってくれた彼女の責任ではない」

……風の目もまだまだなようですね〜。
うまくいかなかった時の責任はすべて自分にある、ですか〜。なかなか言えることではありません。遇ったばかりの風を信頼してくれるというのが、才能があるから、というのもよく分からない人です。持ち逃げしたり嘘をついて少なめにお金を渡すとか疑わないのでしょうか?

ですが風はここまで信頼をされて裏切るような人間ではありません。
お兄さんの期待と信頼に応えられるように、風も最善を尽くすだけです。



……仕えるべき主、というものがひょっとしたら風にも見つけることが出来たのかも知れませんね〜



ただ、それと名前の件とは別問題ですよ?お兄さん。
風は、しつこいんです。いろんな意味で逃がしませんからね〜、ふふっ。