〜星 Side〜

私は姓を趙、名を雲、字を子龍、真名を星という。
仕えるべき主を見つける為に旅をしている。
といっても、一人旅では何かと不便であり、似たような目的を持つ二人と一緒の旅である。

「は〜、いい天気ですね〜」
と、風。姓を程、名を立、字を仲徳。真名は風。
その真名の通り、飄々とした風を思わせる女性である。
「ええ、そうですね」
とは稟。姓を郭、名を嘉、字を奉孝。真名は稟。
これまた真名の通り、凛然とした雰囲気を持った女性である。

共に知謀に長けており、旅をする中で何度も世話になっている。

「ですが風、いくら次の町まで距離がないとしてもいささかゆっくりしすぎなのでは?」
「む……ぐぅ〜」
「寝るな!」
「やれやれ、日暮れまでには次の町に到着できそうだな」

いつも通りの二人の遣り取りを見ていると、今が荒廃した時代であることを忘れそうになる。

「ん?あれは……」
「おぉ〜、流れ星ですね〜」
「こんな昼間にか……面妖な」

「あの流れ星、この先に墜ちていくように見えますね〜」
「そうだな」
「そうだな、じゃなくて……あれは墜ちているんですよ!」
「相変わらず的確な突っ込みですね〜」

流星は眩い光を発しながら、我々が向かう先へ墜ちていった。

「二人が良かったら、見に行ってみないか?」
「星!」
「風は賛成です〜」
「ちょっと風!」
「と、言うことだが、稟はどうする?」
「……二人が行くのに私だけ行かないというわけにはいかないでしょう」
「といいつつ、しっかり体は反応してしまうおぼこな稟ちゃんなのでした〜」
「ちょっと風!あ、星、待ちなさい!」

騒いでいる稟と風をおいて、私は流星が墜ちたとおぼしき場所へ向かったのだった。










「!」

感じたことのない威圧感に先を見ると、一人の男が剣を突きつけて三人組の男達を脅迫している。剣を突きつけられた男が、懐から何かを取り出し、それを男が取り上げていた。

「賊か!」

「ん〜、どうですかね〜って、星ちゃん」
「……行ってしまいましたね」
「稟ちゃんはどう思いますか?」
「衣服からして、剣を突きつけている男性が賊に襲われたが返り討ちにした、というところでしょうか」
「ですね〜。大事になる前に星ちゃんに追いつきましょう〜」









このような時代だ、賊が旅人を襲うなどありふれたことで、襲われた人はそれこそ五万といる。だが、だからといって目の前での無法を見逃すほど私の槍は無力なものではない。あの男にはこの趙子龍の前で無法を働いた罪を償って貰うとしよう。その身を以て。


「まてぇい!」

男の注意をこちらに引くべく声をかけながらその背後に走り、一撃を放つ。

「危ねぇよ!」

私が繰り出した槍をかわし、男が怒鳴った。
私の鍛錬もまだ不足しているようだ。手加減したとはいえ、まさかかわされるとは思っても見なかった。

「なかなかやるようだが、この私の槍の前で無法は許さん!
 そこの三人組、疾く逃げるがいい!」

「ひぃっ、お助け〜」
「兄貴、まってくれよ」
「なんだな」

とりあえず3人は逃がした。
後はこの男に少々教育してやるだけだ。









〜教経 Side〜

「なんだこの状況は」

賊共を引き渡して情報を得る云々言ってる状況じゃないってことだけは理解できるが。
にしても、すごいなこの槍捌きは。
突く、薙ぐ、払う。
すべての動作に無駄がなく、常に次の動作を念頭に置いた体捌きを行っている。
が、師匠ほど容赦がない訳じゃない。

「おいあんた、自分が何をしているのか分かっているんだろうな?」
「貴様こそ、無辜の民を虐げるだけしか能が無いようだが私が相手では不満か!」
そう言いながら目の前の女はどんどん突いて来やがる。

「そういうことを言ってる訳じゃねぇだろうが……よっと」
目の前に突き出された槍を清麿で左に払い、相手の体勢を崩す。
が。
はね除けられた反動を利用してそのまま回転し、今度は右から槍を横薙ぎに薙いできた。
槍は的確に俺の右足の太股を狙っている。

避けるとしたら飛ぶしかないが俺を空中に飛ばすことを目的にしているのは間違いない。
普通なら右足が前になるはずの横薙ぎの動作なのに、次の動作に遷るために「左足を前に」しているからだ。
跳躍したら最後、正面から突き殺されることになるだろう。
そうなると、ここは……前に出るべきだ。
幸いにも槍というものは持ち手の箇所だけ刃がないという武器ではないからな。
穂先でなければ殴られる程度のものだ。それでも鉄で出来ていた場合痛い思いをするだろうが。
遠心力の関係で考えても、根本で打撃を受ける方が遙かに衝撃が少なくてすむ。
それを予測しての動作であれば命がないかも知れんが、それは御運の尽きというやつだろう。

「ちぃっ」
「うぐっ」

槍を受けた脇腹で少し鈍い音がしたが、こちらも女の鳩尾に刀の柄で一撃を見舞ってやった。かなりきつめに入れてやったが、なかなかどうして、女もやるようだ。気を失わなかったばかりか、槍を構えて次の攻撃に備えている。

これは本気でやらないと駄目かもわからんね。
俺は師匠を超える強さを手に入れたはずなのに、すっかり鈍っちまったみたいだ。

「なぁ姉ちゃん」
「なんだ!」
「これから少し本気出すからさ、楽しませてくれよ?」
師匠以外の人間に本気になるのは初めてだ。世界は広いねぇ……って夢の世界か。
まぁ、何でもいい。師匠に勝つようになってから本気を出す事なんて全くなかったから
もの凄く楽しみだ。

目の前の女がかなり痛い思いをするだろうが、そこはそれ、夢なんだし、いきなり俺に槍付けてきた訳だから仕方がないよなぁ?

「じゃぁ、いくぜっ」
「!」

とりあえず少し深めに、抜き打ちに斬りつけてみる。
女だから胸斬られるのはつらいだろう。だからこそ、斬ってみたい。
俺の夢で俺に絡んできたんだ、非道は容赦して貰う。

女は俺の太刀筋を見極めたのか、少しだけ後ろに下がって躱した。
斬れたのは服だけだ。
あぁ、やはりこの女はかなりの遣い手だ。

「あっ」
と、思ったら胸を片手で隠している。

「むっ」
今の恥じらった顔はかわいいな……
じゃない、油断は禁物だ。今のが罠でないとは限らない。気を引き締めて太刀を振るう。

「くっ」
これも躱される。しかも、前に倒れるように、だ。動きが不自然すぎるぜ?後ろに下がる。危ないねぇ、躱しながらこちらを突き殺そうとしてくるとは、ね。
今のもかなり疾く斬りつけたんだが、それでも躱され、かつ反撃しようとする。
面白い、世の中は本当に広い。

「ならば全力でやらせて貰うぞ!」

瞬動を行う中で抜刀切りを行う。
疾さを極めた太刀、躱し続けることが出来るのか?師匠を超える存在であれば、
間違いなく何度かは躱せるだろう。問題は、どれくらい躱し続けることが出来るのか、だ。
いや、もしかしたら反撃をしてくるかも知れんが、それはそれで面白い。

あとは、根比べということになる。俺自身、瞬動を続けるのは10分がせいぜいだ。
すべてを躱して反撃をしてくるようであれば、俺の負けだろう。
三国時代で武将でわっしょい物語はここで終焉を迎えるわけだ。
まぁ、それもいい。所詮夢なのだから。

「では……」
「待ってください!」

また女が出てきた。しかも今度は二人だ。











〜星 Side〜

どうなっている?

長年積み重ねてきた研鑽から来る自信がどんどん削られていく。
私は確かに手加減はしているが、それは力の加減であって疾さに関しては一切手加減していない。

「なんだこの状況は」
これだけ攻め立てているにも関わらず、目の前の男には言葉を発する余裕があるようだ。

「おいあんた、自分が何をしているのか分かっているんだろうな?」

無論、賊を討伐してやろうとしている!
だが、相手は冷静に彼我の距離を測り私が繰り出す突きを躱し続けている。

「貴様こそ、無辜の民を虐げるだけしか能が無いようだが私が相手では不満か!」

単なる賊であればこの挑発に易々と乗ってくれるのであろうが、どうやらそう簡単にはいかない相手らしい。
攻めは知らんが、躱すことに長けているようだ。

「そういうことを言ってる訳じゃねぇだろうが……よっと」

私の突きを戻す前に槍を払っただと!?
面白い、だが私を本気にさせたことを後悔するがいい。
槍を払われた反動を利用し、そのまま体を回転させる。
狙いは男の右足の太股だ。

薙げればよし、薙げなくとも避けるには跳躍して槍を躱すしかないはずだ。
そこを正面から突いてやる!

回転して正面を向き、槍を薙ぐ。
確かに男はそこにいた。そして、跳躍していなかった。

やった、これで男を打ち倒すことが叶うだろう。
だが、この男はこんなに近くに立っていただろうか?

次の瞬間、鳩尾に衝撃を感じた。
「ちぃっ」
「うぐっ」

私の手元に体を移動させ、受ける衝撃を軽減しただと!
多少の手応えはあったが、せいぜい肋骨にヒビを入れた程度でしかないだろう。鳩尾にかなり強い打撃を受け、吐きそうになっているが、何とか体制を整える事が出来た。
こちらは肋骨が折れている。正直痛み分けどころではない。

……どうやら私よりこの男の方が強いらしい。
通常、相手の手元に飛び込もうという考えは出来ても、それを実際に行う人間はいないだろう。
理屈は確かに分かるが、私が看破していた場合、間違いなく死ぬことになる。
この男は既に幾度も死線を越えているに違いない。

「なぁ姉ちゃん」
「なんだ!」
「これから少し本気出すからさ、楽しませてくれよ?」

そう言った男は嬉しそうに嗤う。
あれで本気でないとは一体この男は何者なのだろうか?
その全身から隠しようのない殺意の塊が私に絶え間なくぶつけられる。
たかが賊だと侮ったつもりはないが、まさかこれほどの男がこの世界にいるとは思っても見なかった。
賊どころか、この男は……。戦っていて思う。恐らく、最初に想像していた人間像からかけ離れた人間なのではないか。

「じゃぁ、いくぜっ」
「!」

脅威を感じ、一歩後ろに下がった。
気がつくと、服の胸の部分が斬られている。

「あっ」
命の遣り取りの最中であるが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。
片手で胸を隠してしまう。

「むっ」

目の前の男は私の顔を見て、意外そうな顔をした。
確かに、今武人として立ち会っているにも関わらず、「女であるが故の所作」をした。
私は少々恥ずかしくなり、腕を外して槍を構え、前に出ようとした。
が、足下にあった石に躓いてしまった。

「くっ」

躓いた状態から体制を急いで立て直すと、男は私から距離を取っていた。
どうやら追撃をされずにすんだようだ。

「ならば全力でやらせて貰うぞ!」
何がならばなのか全く分からなかったが、どうやら男は全力を出すらしい。
まだ上があることに驚きを感じるが、それはどうでもいい。
私の命数はここで尽きようとしている。だが、私も武人。全力でそれに抗ってみせる!


「では……」
「待ってください!」


気がつくと、風と稟がやってきていた。