俺は出会った。


その幼い少女に


桜の舞い散る中


一人佇む、その少女に…


そして声を掛けた。


『誰…?』










Catharsis

第三十八編 Missing Link
(?月?日 ?)










「ほら、祐一、気を付けなさいよ」
「分かってるよ」

と言いつつも子供と言うものは親の忠告にはそうそう耳を貸さない。
何より、子供にとっては格好の遊び場である広大な土地の前では親の声など蚊の羽音並みに小さいものだろう。

「ひろーい」

小さい丘の上にある桜を目指して少年は走っていた。
大人の足ならば、ほとんど掛からない距離だったが子供の足ではそれなりに時間が掛かる。
やっとたどり着いた桜の下で祐一は下を眺めた。
子供ながらその光景に釘付けになるのは、それだけ魅力的であるからだろう。
祐一もその光景に見とれていた。

「おおー」

感嘆の声を上げる祐一の声は広大な空の下に消えていった。
祐一の家から大人の足で数分の距離にある小高い丘。
引越しの片付けなどで、外で遊ばせてやれなかったと言うことでピクニックが企画された。
近くに丘があることを知っていた祐一の両親はそこで遊ばせる事にしたのだ。

「うんうん、良い眺めだな」

そうやって一人うなずいていると、視線を感じた。
幼い頃というものは第六感が優れている。そんな祐一のレーダーに引っかかるものがあった。
右に視線をやると、大きな桜の幹から覗かせている顔に気が付いた。
一方、覗いていた方は祐一が気付いた事に気付き、姿を隠した。ただ、少しのラグがあったため、祐一に姿を見られた。

「誰?」
「……」

祐一はゆっくりと近寄るとその顔があった場所を覗き込んだ。
そこにはしゃがみこんだ黒衣を纏った少女が居た。

「……?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」

小動物を連想させる少女は少年の出方を伺ってか上目づかいで見つめていた。
祐一は持ち前の好奇心からその少女が何者かを探ろうとしていた。
ただ、ちょうど恋などという文字に興味を持ち始める年頃。少しのドキドキもあった。

「えっと…誰?」
「………」
「僕は相沢祐一。君は?」
「……やみ……ん」
「えっ?」

聞こえなかったために聞き返した祐一の言葉にビクッと身体を震わせると小さく丸めていた身体を
更に小さくした。アルマジロ? と一瞬、祐一の頭にそんな事がよぎった。

「あ、いや、聞こえなかったんだ。もう一度お願い」

やはり上目遣いなのは変わらず、そんな状態で息を少しばかり吸い込むと、言い難そうに口をパクパクさせていた。
そして、意を決したように

「み…やみ……れん」

と言ったが、結局聞き取れず。
祐一はしゃがみこんで少女と同じ視点になると、もう一度たずねようとした。
しかし、しゃがみこむと同時にまた身体を振るわせたあたり、どう扱えばいい物かと思うのは当然だろう。

「ごめん。もう一回、お願い」
「……」
「名前、聞きたいんだ。教えて」

少女は祐一の説得に応じたのか、もう一度大きく息を吸った。
さっきよりもほんの少し多く、そしてほんの少しパクパクの回数を増やして答えた。

「みはやみひれん」
「みはやみひれん?」

こくん、とうなずいた。祐一としてはある種の達成感を胸に心の中ではガッツポーズをとっていた。
誰かさんが取ったポーズだからガッツポーズと言う、と心の中で一人、豆知識を披露していた。

「で、翡憐はここで何をしてたんだ?」
「……」

どうも翡憐は喋るのに大量の酸素を消費するらしい。またまた大きく息を吸って、パクパクをしてから答えた。

「眺め…てた」
「何を?」

再び、息を大きく吸い込む。そしてまたパクパク。祐一としてはそのパクパクの打開策を見つめながら考えていた。

「街……」
「ふーん、楽しい?」

こくん、とうなずいた。そして、祐一の中ではこれからはYES、NOクエスチョンでいこう、解決方法が出来た。

「いつもこうしてるの?」
「(こくん)」
「友達は居ないの?」
「(こくん)」
「一人で寂しくない?」
「(こくん)」

ある種の異常な会話が繰り広げられていたが、当人たちは異常とは思っていなかったようだ。

「祐一ー! ご飯よー!」
「あ、呼ばれてる」
「……」
「ねぇ、一緒に食べない?」
「(ふるふる)」
「そっか、それじゃ、また後で」
「(ふるふる)」
「えっ?」

翡憐は再び息を大きく吸い込んで、口をパクパクさせると言葉をつむいだ。

「帰る……」
「そっか、それじゃ、また明日」
「祐一ー!」
「今行くーー!」
「じゃあね。翡憐」
「あ……」

それだけ言うと、祐一は走って両親のもとへ向かった。
取り残された翡憐は祐一の言葉を心の中で反芻していた。
(また明日…明日も来ると言う事?)
ただ、口に出していない以上、誰もその問いには答えられなかった。
しかし、声に出していても聞き取れる人間がどれだけいるかは不明だが…。












次の日。
翡憐はいつものように桜の下で街を見下ろしていた。
一望できるその場所は翡憐にとってお気に入りであった。これだけ見晴らしの良い場所なのだが、
人はめったにくる事は無い。理由はいまだに不明であったが、翡憐にとっては最高の場所だった。

「……」

春にもなれば動植物問わず、盛んに行動を始める。
翡憐の横には捨てられたのか黒い野良猫が丸くなり、翡憐に背中を撫でられていた。
柔らかい視線を向けているその姿は、幼いながらも聖母を連想させるものがあった。
ただ、黒衣と言うのがそれを打ち消していたのだが。

「よぉ」

“ビクッ”
“ピクッ”

いきなり掛けられた声に翡憐は身を縮め、猫は急激に覚醒した。

「あ、ごめん…。驚かせた?」
「(こくん)」

相手が祐一と分かると素直にうなずいた。ちなみに黒猫はどこかへ走り去った。

「いやー、ここって眺めが良いからね」
「(こくん)」
「うー、なぜか眠たくなる」

そう呟く祐一に翡憐は首を傾げるだけで返答はしなかった。
喋る事すら間々ならない彼女に祐一の不可解な発言に返答は難しいだろう。

「いつも一人?」
「(こくん)」
「どうして?」
「……」

翡憐は祐一の真意を探ろうとして瞳を覗き込んでいた。
一方、祐一は普段に無い状況にたじたじであった。
黒い瞳に映る自分の姿を見ることがあるとは祐一も初めての事であった。

「あ、あの…翡憐?」
「……」
「えーっと…」
「知り……たい……?」

ゆっくりと紡がれた言葉には年不相応の重みが感じられた。
ただ、それは大人が聞いた場合である。子供が聞いたところで大して問題は無かったようだ。
祐一も物事を深刻に考える人間じゃないため、軽い気持ちで頷いた。

「相手……の…思って…いる……ことが……分かる…から」
「へっ?」
「それで……みんな……嫌…がる…」
「…マジ?」

翡憐はそういう祐一を見つめた。
すぐに話した理由は幼いながらも拒絶されるなら早い目が良いというのが、経験で身についていた。
だから、まだ関わって二日目でもあるにもかかわらず、本当のことを話したのだ。
翡憐はさっさと祐一が去ることを願っていた。
そうすれば二度と関わってこない。

【本当か? それとも電波を受信してるとか?】

祐一の本心や考えている事が翡憐には確実に聞こえていた。

「むむむ… これは確かめる必要があるな…」
「……」
「……」     【って、どうやって確かめたら良いものやら…】
「別に試さなくても分かる」
「おお、そっか……って、俺、何か口にした?」     【言った覚えは無いんだが…】
「何も口にしてない」
「……わかってる……」    【本物…か?】

祐一は驚きの余り、固まっていた。
そして翡憐もまた祐一の思考に驚いていた。普通なら怖がるのだが、祐一の思考の大半を占めていたものは
好奇心だった。

【むむ、一体どうなってるんだ? って、今考えている事ももろバレ?】

「……」
「あー、翡憐さん?」     【だ、黙った…】
「何……」
「俺の考えてる事、分かるんだよな」     【何が起きてるんだ?】
「(こくん)」
「……やべっ、ヘンな事考えられねぇ……」    【な、何考えときゃ良いんだ? よし、ここは知的にモナリザの作者はゴッホ】
「……モナリザの…作者は……レオナルド・ダ・ヴィンチ……」
「へっ?」     【ゴッホじゃなったか?】
「ゴッホ……じゃない」
「……」     【はず!】

思考を読まれることで間違った思考まで読まれてしまった祐一は思いっきり凹んでいた。
翡憐はそんな不思議な祐一の性格に戸惑っていた。
普通なら、逃げる事を考える思考が大半を占めるのだが、彼の場合は対策を練っていた。
どうやってこれから付き合っていくかと言う思考だった。

「……」
「むむむ… 何を考えるべきか?」     【マシな事考えとかないと…】

桜の下で一人の男の子が腕を組んで必死になって考え事をして、一人の女の子がそんな男の子の様子を眺めていた。

【有名な第九はベートーヴェン。そんでもって『エリーゼの為に』は……誰だっけ?】

「……『エリーゼの為に』……も…ベートーヴェン……」
「ぬお? そうだったのか?」    【あまり知らん事は考えないほうが良さそうだ】
「(こくん)」
「……なぁ、翡憐って物知りだよな?」     【俺より物知り…】
「そう……?」
「おう、と言うか、俺は何を考えても翡憐に突っ込まれる気がする」     【よし、翡憐を突っ込みとして育てるとか】

祐一はまた一人で思案を始めた。もちろん、彼の考えている事は手に取るように分かっている。
ただ、思考の面白さは今までに無かった。
大抵は気持ち悪いとか、関わるとろくな事が無い、などと否定的な意見だった。
それを祐一は全く考えていなかった。

【次は……やはり、ジュースは果汁100%に限る。10%とか身体に悪いぞ?】

「祐一……」
「ん?」     【読まれたか?】
「ジュースに……こだわり……がある…の?」
「おお、身体に良いほうが良いからな」     【何か、これはこれで面白いかも】
「……くす…」
「お?」     【わ、笑ったぞ? むむ、やはり笑顔の方が良いな】
「年寄り…くさい……」
「……ショック…」     【若い者を捕まえて何を言いやがる。若者ってことをアピールせねば】
「アピール……しなくても…分かってる……」

翡憐は笑顔を浮べながらそういった。
先ほどの祐一の思考より、笑っているほうが祐一に対して良いイメージを与えることが分かった。
祐一なら受け入れて貰える… そんな考えが翡憐の中に出てきた。

「ねぇ……」
「ん?」     【何だ?】
「どうして…私を……受け入れて…くれるの?」
「いや、実は従姉妹の家に遊びに行ったときに、翡憐と同じような力を持った子と出会ったから、特には…」

【同じって言うか、舞はちょっと違うな。舞は特に強い力は無かったよな】

「舞?」
「何で知ってるんだ? って、思ってることが分かるんだったな」     【雰囲気は舞より暗い感じだな】
「(こくん)」
「まぁ、そんな所だ」     【言葉にし難い事も伝えられて便利だな】
「(こくん)」
「と言う訳でだ。遊ぶぞ?」     【まぁ、いつまでも話しばっかじゃ面白くないし】

どういうわけ? と言うのが翡憐の心うちだったが、翡憐みたいに思ったことが祐一に理解されるはずがなく、
見つめてくる翡憐を祐一は見つめ返すだけだった。
(一体、この人は何がしたいの?)

「でだ、何して遊ぶ?」     【何すれば良いんだ? かくれんぼ?】
「無理……考えて…いる事が……分かるから……」
「かくれんぼは無理か…って、その能力は制御できんのか?」     【無制限解放?】
「(こくん)」
「…致命的だ……」     【あとは鬼ごっことか……って身体弱そうだしな】

祐一はそんな事を考えながら、昨日と同じ黒衣を纏っている翡憐を見た。
スカートと言う時点で走る事に向いていなかった。

「そんな事…無い」
「そうか?」     【まぁ、ちょっとは手加減してやるか】
「(こくん)」










「はぁ、はぁ、はぁ…」     【は、速すぎる……ど、どこにあんな体力が秘められているんだ?】

現在、祐一は翡憐と鬼ごっこしていた。
翡憐の言う事を真に受けていなかった祐一は自分が先に鬼をやるから、といって翡憐を追い回していたのだが、
翡憐の足には全く及ばなかった。
ズボン対スカート。男対女。
明らかに祐一のほうが有利であったはずだったが、全く歯が立たなかった。
一定の距離を置いて翡憐が祐一の方を全く呼吸に乱れの無い状態で見ていた。

「はぁ、はぁ、はぁ…」     【こ、根本的に体力で負けてる?】
「……」

なにやら、もごもご口が動いていたが、距離が離れているため声の小さい翡憐の声は聞こえなかった。
結局、祐一がギブアップするまで行われたが、一度も翡憐が鬼になることは無かった。

「……翡憐、反則だ」     【マジで速過ぎる…】
「祐一…が……遅い」

草原に横たわって青空を眺めている祐一の隣で翡憐が座っていた。
疲れ果てている祐一とは対照的に翡憐は初めて出会った時と同じように三角座りで一緒に
空を彼女も眺めていた。

「お前が速過ぎるんだ」     【体力的に俺が負けてるってどうよ?】
「祐一が……遅い」
「お前が速過ぎるんだ」     【学校でも一位、二位を争うほどの俊足を誇る俺様以上とは】
「祐一が……遅い」
「お前が速過ぎるんだ」     【って、無限ループに嵌ってないか?】
「祐一が……遅い」
「ここで、ストップ。俺が遅い事で良いから」     【翡憐だったらいつまでも続けそうだ。そういう面では鈍そうだし】
「……祐一…私……鈍くない」
「はっ!」     【しまった…忘れてた!!】

翡憐の冷たい視線を感じながら祐一は冷や汗をかいていた。
普通に会話をしているつもりだったが、しっかり翡憐は祐一の思考を読み取っていた。
解放されている翡憐の力は祐一を捕らえていたが、不意にここで一つの疑問がわいた。

「……」     【どれだけ離れたら聞こえなくなるんだろうな?】
「知ら…ない」
「試すか?」     【俺の好奇心を擽るぜ】
「(こくん)」

祐一の提案より、翡憐の思考を読み取る能力はどれだけのものかを計測する事になった。
まず、数メートル離れた位置からの実験。

「……」     【読めるか?】
「(こくん)」

更に離れて…

「……」     【読めるか?】
「(こくん)」

めんどくさくなった祐一は一気に距離を離した。

「……」     【読め…か?】
「(こくん)」
「……」     【確認…き……んだ…ど…】

翡憐は微かに聞こえる祐一の声を聞き取った。
腕で丸の表示を作る。

「……」

祐一の姿が2、3センチの大きさで見える距離が彼女の限界だったらしい。
距離にして約50メートル。
かなりの長距離まで能力は届くらしい。

「か、かなりの……距離だな……」     【確かにかくれんぼは無理だな】

その距離を全力疾走で戻ってきた祐一は息も絶え絶えだった。約7秒。早いほうだった。

「(こくん)」
「ところでそれって一人だけの思考が読めるの?」     【多人数居たらどうなるんだろ?】
「分から…ない……」

確かに祐一の考えはごもっともだった。
普段の丘には祐一と翡憐しか居ない。だから、もし何人も居た場合はどうなるのか?と思うのは
祐一自身の好奇心からだった。

「試してみる?」     【どうなるんだろ?】
「……」
「嫌か?」     【怖いのかな?】
「祐一が……傍に居て…くれるなら……試す」
「お、おう」     【もしかしてすげー頼りにされてる?】
「頼りに……して…いる」

そうして二人はその丘を下山する事にした。
ただ、二人が下山した場所は選択ミスだった。普段、祐一が上ってくるほうならまだ良かったものの、
彼らは反対に降りてしまった。
そこは商店街があり、人が丘に比べると量は半端になく多かった。

【今日の献立は何にしようかしら?】【あいつウザイな】【どこで遊ぼっかな】【宿題、面倒だなー】
【お、あの子可愛いな】【金、足りたかな?】【次はあの本でも買うかな】【あの人は確かコロッケが好きだったわね】


「……!!!」

翡憐が今だかつて経験した事無いほどの膨大な思考を読み取った。
人間の使われていない部分、と言われている部分を使ってでもその量は膨大すぎた。
小さい子供にとって、それほど綺麗ではない思考を読み取る事は毒でしかなく、気分が悪くなるのは当然だった。

「どうだ?」     【なんか、顔色悪くないか?】
「だ、駄目……気分…悪い……」
「ちょ、ちょっと」     【お、おい、気分悪いって…どうすりゃ良いんだ?】
「あら、祐一。可愛い子、連れてるわね」     【相変わらず、女の子と一緒に居るんだから】

悩んでいるところに祐一の母である七夜が姿を見せた。
翡憐は吐き気と戦いながら、ふらつく身体を必死に制御して立っていた。
思考は相変わらず流れ込んできていたが、翡憐は七夜の思考も綺麗に読み取る事が出来た。
近くにいる人間のほうが強く聞き取れる様だ。

「か、母さん!」     【や、やべ! どうしよ…】
「どうしたの?祐一?」     【こっちで知り合った子かしら?】
「い、いや、あの…」     【ど、どうすりゃ良い?】
「祐一…の……思う…とおり…に……」
「翡憐」     【わりぃ…】
「祐一、この子…体調、悪そうよ?」     【随分とおとなしそうな子ね】
「母さん。家に連れて行っていい?」     【すまん】
「え、ええ、体調、悪そうだから構わないけど」     【大丈夫かしら】

翡憐と祐一は一路、相沢宅に向かう事になった。
祐一の母、七夜も一緒に帰っていたが、祐一と翡憐、そして七夜の間に会話は無かった。
翡憐は祐一の考えも七夜の考えも読み取る事ができたが、まだ気分の悪さが残っているので
しんどそうに歩いていた。

「……」     【この子は一体、何なのかしら?】
「……」     【僕がこっちに連れてこなけりゃ良かったんだ…】
「……」
「……」     【祐一も元気が無いわね】
「……」     【人が多いところが苦手だから翡憐はあの丘にいたんだ。それを気付かないなんて】
「……」

まだ痛む頭を抱えつつ、七夜と祐一の思考を読み取る翡憐。
祐一が自分を責めている事に心を痛めていた。
翡憐の事を自分のことで迷惑を掛けたと思っている人間と出会ったのは初めてであった。
大抵は翡憐を非難するか、遠ざけるかであるにも関わらず、近寄ってきて自分と遊んでくれたのだ。
そんな祐一に対して何も出来ない翡憐もまた祐一と同じように自分を責めていた。
(祐一が悲しんでいる… 私のせいだ…)

「着いたわよ。祐一」     【何か訳ありかしら?】
「え、あ、うん。大丈夫、翡憐?」     【大分、マシになったかな?
「(こくん)」

祐一に先導されて、翡憐は家に入って行った。
前の階段を上がり、祐一の部屋へ。七夜は後で飲み物を持っていく事を告げて、台所へ姿を消した。
祐一の部屋に入って、初めてあたりの心の声が聞こえない事に気付いた。

「……」
「ん?どうした?」     【何かあったのか?】

入り口付近で立ったままの翡憐に祐一は疑問を持った。

「…声が……聞こえ…ない」
「えっ?」     【声が聞こえないって?】
「祐一の……声と…七夜…さんの……声以外…聞こえ…ない」
「それって…どういうことなんだ?」     【何で…あの時は苦しそうにしてたのに…】

翡憐は入り口に立ったまま考えていた。
一体、何故、自分は祐一と七夜の声しか聞こえないのか? 共通点は何か…
(まさか…意識をした人間と見える人間だけ?)
そう、商店街のときは当たりに人が多く存在したため、彼女はそれらを目で認識してしまった。
だから、それらの人たちの声が一気に伝わってきたのだろう。
ただ、見える人間なら七夜の思考が読み取れるのはおかしい。現に

【あの女の子はどんな飲み物が好みなのかしら?】

と考えているのが聞こえた。
翡憐は『この家には祐一と七夜さんが居る』と認識しているためにその声が聞こえたのだろう。

「……」
「なぁ、どういうことなんだ?」     【まさか、制御できるようになったとか?】
「制御は……出来て…いない」
「なら、何で?」     【脳みそがイカレたとか?】
「意識…した……人間と……見える…人間は……聞こえる」
「ってことは、俺と母さんの思考は読めるのか?」     【…忘れてた】
「(こくん)」
「…そうか……って事は学校とかは行ってないのか?」     【今は休みだけど、学校が始まるとどうなるか分からないしな】
「(こくん)」

翡憐の途切れ途切れの言葉を聴いて何とか理解したのだが、彼女曰く、家の事情と彼女自身の能力のせいで
学校に通っておらず、年中あの丘で過ごしているとのことだった。
しかし、親もその能力を知っているのか、家庭の事情は能力とは関係ないらしい。
ただ、翡憐本人の弁である以上、疑いもあるだろう。

「じゃ、学校とかに興味とか無いのか?」     【一回、連れてってもやりたいんだがな…】
「ある…けど……祐一に……迷惑…掛かるから…いい」

そう呟く翡憐の姿に年頃の祐一は思わず、見惚れた。
遠くを見つめる翡憐の瞳が余りにも現実離れをしており、黒い服装もまたそれを際立たせた。
立っているのも何だから、と祐一に連れられてベットに腰掛けていた。
七夜が部屋の換気の為に開けた窓はそのまま開けられっぱなしで心地よい春風が入り込んできている。
翡憐の髪がその風になびく。

「あ……」     【すごい綺麗……】
「……」

祐一の心の呟きが聞こえた。
顔に血が上ってくるのが分かった翡憐は俯いた。
なるべく、祐一に見られないように…。ただ、それを祐一は気分が悪くなったものと思い込んでしまった。

「だ、大丈夫?母さん、呼んでくる」     【また、体調を崩したのかな?】
「……待って…」
「えっ?」     【なんだ?】
「…大丈夫…だから……」
「でも、顔赤いよ?」     【熱があるのかな?】
「…熱……無い…から」
「なら、どうして?」     【何かあったのかな?】
「祐一の……考えて…いた事……」
「あ……」     【も、もしかして…】

さらに俯いて髪が完全に顔を隠した。
祐一もつられて顔が赤くなるのが分かった。迂闊に考えてはいけないと思いつつも、やはり考えてしまうのが
日ごろの習慣であり、『考える葦である』という人間の特性だった。
気まずい空気が部屋に充満していた。換気の為に開いていた窓も気まずさは換気できなかったようだ。

「……」
「……」     【は、はずかしい…】

“コンコン”     【部屋に連れ込むなんて祐一もやるわね】

『祐一、入るわよ?』
天の助け、とも言える七夜の登場で気まずさは吹き飛んだ。
ただ、翡憐としては七夜の思考は読めるために、また気恥ずかしさが出てきていた。












「祐一、送っていきなさいね」     【可愛い子ね。彼女、あとで祐一に名前を聞いとこうかしら】
「分かってるよ」     【母さんはうるさいな】

結局、日が傾くまで祐一の家で世話になった。
翡憐としてもはじめての他人の家で緊張したものの、温かさを感じていた。

「お邪魔…しました……」

ペコリとお辞儀する翡憐に七夜は笑顔で「また来てね」と返した。心からもまたその声が聞こえた事に社交辞令で無い事が分かった。

「家まで送るよ」
「いい……丘…までで……」
「そうか? 分かった」

七夜に見送られて祐一と翡憐は丘に向かった。
丘までのほんの少しの時間。
祐一は些細な事でも話していた。それはほんの少しでも長い間、翡憐と居ようとする祐一の思いであり、
翡憐もその心の声をしっかりと聞いていた。
だからだろう。祐一に丘に送って貰ってからも、心の声が聞こえなくなるまで祐一の声を聞こうとその場で立っていた。
そして、聞こえなくなってから初めて、その丘を去った。










学校が始まってからというものの、祐一は丘に行くことなく、学校の友人を遊んでいた。
それも当然であろう。
新しく出来た友人で活発に遊べるならそれだけにぎやかに騒げるもののである。
そして、今日も祐一は友人と一緒に出かけていた。
夕暮れ時、祐一は他の友人と別れて、一人家路についていた。
商店街の人の多さに小さい祐一はうんざりしながらも、もっとも安全な道として親からその道で
帰ってくるようにと釘を刺されていた。そんな多くの人ごみの中、目の隅に動くものを捉えた。
商店街で動くものに目が行くのは当然だった。しかし、その祐一が捕らえたものは特別だった。
微かに見えたものは黒のスカートの裾。
それだけで十分だった。うずもれた記憶の中から一つの記憶を掘り当てた。

「翡憐?」

しかし、これだけの人ごみを彼女が歩けるはずが無かった。
かつて一度、この商店街に連れてきて気分を悪くした記憶があるからだ。
ならば、一体、誰だろう?
ここまで考えて、祐一は何故、さっきの女の子を翡憐と結び付けようとしているのか? という事である。
別に黒いスカートをはいている女の子など他にいても不思議ではない。ならば……。
簡単な事だ。
ただ、翡憐が気になっているから。
それだけのこと。
祐一は少し恥ずかしい想いを胸に秘めて、久しく丘に足を向けた。
居て欲しいという期待もまた胸に秘めて。
夕焼けに照らされた丘。
すでに桜が散ってしまった木の下で、一人の少女が街を眺めていた。
黒衣の姿は変わらず、凛と伸ばした背中はなぜか圧倒された。

「翡憐…」
「……」

祐一の呼びかけに翡憐はゆっくりと振り向いた。
逆光のためはっきりと見えなかった。しかし、なぜかその姿が小さく切なく見えた。

「翡憐?」     【何で、こんなに不安なんだろ…】

不安になった祐一は少し強く呼びかけた。
それを感じ取ったのか、それとも祐一と再会できたことがうれしかったのか、少し駆け足で近寄ってきた。
微かに彼女から季節外れの沈丁花の香りがした。

「どう…したの?」
「いや…どうしてるかなって…」     【どうしたんだろうな、俺】
「……学校……楽しい…?」
「えっ…あ、ああ、新しい友達も出来たからな」     【そういえば、翡憐を学校に連れて行くんだっけ?】
「祐一」
「お、おう」     【な、何だ?】
「私のこと……気に……しなくて…良い」
「へっ?」     【な、何のことだ?】
「学校……祐一が…楽しいなら……それで…良い」

久しぶりに会った祐一は翡憐の能力のことを忘れていた。
そこまで言われて、初めて思い出した。

「そ、そっか…。ところで翡憐も何か変わったことあったか?」      【何かすごく緊張する】
「特に……無い…」
「そ、そうか……」      【…なんか昔と少し雰囲気が変わってる?】

久しぶりの会話に祐一は戸惑いがあった。昔ならばそう思わなかったのだが、どこか翡憐を異性としてみてしまうところがあった。
というのも、祐一が触れた異性の中でも一際、大人っぽさを備えていたからである。
ある種の憧れが「好き」という感情に変換されているのだろうか?

「祐一……また…北に行くの?」
「ん? ああ、この冬にな。それがどうかしたのか?」      【そういえば、名雪とまた会うんだったな】
「北での……話を……聞かせて…欲しいから……」
「おお、分かった。北から帰ってきたら一番に聞かせてやるよ」      【ネタなことをしてこないと】
「楽しみに……して…いる」
「おう」

たったそれだけの会話だった。
それだけの会話だったが、祐一も翡憐もどこか心がほっとしていた。
どこかが埋まったような感覚。二人はそれだけの会話を交わすと祐一は家に帰り、翡憐は丘で街を見続けた。










それから夏が過ぎ、秋が過ぎて冬になった。
あれから祐一と翡憐は、一週間に一度の割合で出会っていた。
学校であったことを祐一は翡憐に話、翡憐はそれを楽しみにしていた。
週に一度の逢瀬。
だからこそ、飽きることなくそれが習慣として長く続いたのだろう。

「それでな……」
「……」
「あいつが……」
「……」

祐一が一方的に話す形だったが、翡憐は気にもしていなかった。
むしろ祐一の話が聞きたくて、ただずっと聞いていたのだ。
翡憐にとって自分が体験できない丘以外の出来事を祐一が話してくれる。
それが楽しみで仕方なかったのだ。

「あの先生は実は…」
「……」

そんな楽しい会話がいつまでも続くと思っていた。
そう、あの祐一にとって分岐点ターニングポイントとなったあの出来事が起きるまでは……。




祐一が北国に行くといっていた日から数日がたった。
そろそろ帰ってきているはずなのだが? と翡憐は思っていた。
『一番に聞かせてやるからな』
祐一のその言葉を思い出して、まだ帰ってきていないのだろうと思っていた。
しかし、それから数日が経っても祐一は姿を現さなかった。
おかしい。翡憐はそう思った。
一番に話してもらわなくても良い。
自分のところに来て欲しい。
今まで来ていたのに急にこなくなるのは何かあったのかもしれない。
翡憐は意を決すると丘を下った。
前の経験上、意識した人間以外は考えが入ってこない。ならば…
自分の持っている最大限の集中力を使って祐一のことだけを考えて街を歩いていた。
人の声が聞こえてくる。しかし、それは以前に比べると遥かに小さい声だった。
我慢できないほど大きい声ではない。
翡憐は昔、一度だけ行った祐一の家までの道のりを思い出しながら向かった。

【………】
「……!!」

翡憐がある程度、祐一の家に近づくと声が聞こえた。
しかし、昔に聞いた祐一とは明らかに違う心の声だった。
(何があったの?)
翡憐は不安に思いながらさらに歩調を速めた。
住宅街では人がほとんど歩いてこない。だから、それほど集中しなくても人の声が入ってこない。

【……】
「……祐一」

祐一の家にたどり着いた。
距離にして心の声が聞こえない距離ではない。
ならば、なぜ祐一の声が聞こえないのだろう? 翡憐は不思議に思いながら目標を七夜に変えた。

【今日も篭っているのね……。何があったのかしら?】

七夜の声を聞いて祐一に何かあったことを知った。
しかし、自分に何が出来るのだろうか?
そう思うと、うかつにインターホンを鳴らすことは出来なかった。
何かあった…。でも、何があったのだろうか…。
少しの恐怖があった。
もし、ここでインターホンを鳴らす。
多分、そこまでは良い。
でも、祐一は誰にも会いたがっていない。篭っているのだから…。
それで冷たく拒絶されたら……。
それが翡憐の恐怖だった。しかし、今まで祐一から与えてもらったものは多くある。
独りである事の寂しさを教わり、二人でいることの楽しさを教えてくれた。
前に出ることの勇気を教わり、人の心の醜さと綺麗さを知った。
そして、今、自分が感じている恐怖もまた祐一から学んだものだった。
拒絶されることの恐怖。それは一人になることである。
どれも祐一がくれたものだった。
だったら、祐一に拒絶されても祐一の心を癒したい。
翡憐は背伸びをしてインターホンを鳴らした。

『はい、相沢です』
「御速水……です」
『翡憐ちゃん? ちょっと待ってね』      【祐一は翡憐ちゃんも拒むのかしら?】

七夜の声が少し落ち込んでいたのは翡憐のことを気遣ってのことだった。
それでも翡憐は前を向いて、最悪の可能性を胸に秘めて向かった。

「こんにちは、翡憐ちゃん」      【いつも大人しそうな子ね】
「こん…にち…は……」
「ごめんね。祐一は今、ちょっと…」      【今の祐一ならこの子まで傷つけそうね】
「…部屋に……連れて…行って…ください」
「……翡憐ちゃん」      【この子、何か知っているのかしら?】
「祐一が……心配…だから」
「……分かったわ。でも、祐一は…」      【この子…なんて目をしているの?】

そこまで言って、七夜は翡憐の瞳にある種の決意と諦めがあることに気付いた。
子供が持つにはあまりにも大人すぎるその瞳に七夜は恐怖と悲しみを覚えた。
相当なことがなければ、こんな幼い少女が持つことの無いはずの瞳だった。

「……七夜さん」
「分かったわ。でも、翡憐ちゃん。そんな目をしてはいけないわ」      【祐一。真剣にあなたを考えているのよ。この子は】

七夜は翡憐の決意に負け、部屋の前まで案内した。
あまりにも大人すぎる瞳に七夜は困惑と共に悲しみを覚えていた。

「翡憐ちゃん」      【何があなたをこうさせたの?】
「はい……」
「……ごめんなさい。何でもないわ。祐一はこの部屋にいるけど…。多分、出てこないわ」      【聞いてはいけなさそうね】
「いい……です」

翡憐をおいて七夜はリビングへ戻っていった。
祐一の部屋の前で翡憐は祐一に話しかけた。

「祐一……」
「……」      【誰だよ……】
「祐一……」
「……」      【……あいつか……?】
「祐一……」
『…翡憐……』

再三の呼びかけにやっと答えた。
しかし、翡憐の記憶に残っているあの利発的な声ではなかった。
弱弱しい、自分のような声色だった。

「……何があったの?」
『言わなくても分かるだろ?』      【お前は心が読めんだから…】
「祐一……」
『分かってんだろ!!』      【聞くなよ! 分かってんなら!!】
「……分から…ない。祐一が……苦しんでる……理由を……考えない限り……」
『……』      【来んなよ! 中を覗くなよ!!】

翡憐には祐一の考えていること、思いが嫌というほど分かった。
ダイレクトに伝わってくる祐一の負の感情。
何がそうさせるのか分からない。
しかし、祐一が何かを悩み、そして覗かれることを拒絶している。
となると、出てくる答えは忘却。
何かしらの記憶の忘却だった

「祐一……」
『来るな!! 覗かないでくれ!!』      【やめろ!! やめてくれ!!】

翡憐は自分の能力に祐一がおびえていることが悲しかった。
それ以上に、能力の所為で祐一に近づけないでいることがもっと悲しかった。
助けてくれた祐一に恩を返そうにも、祐一に近づけない。
近づこうとすればするほど、祐一を苦しめることになる。
だったら……。

「覗か…ない……」
『嘘だ!』      【もう来ないでくれ!】
「………」
『やめてくれ! もう覗かないでくれよ!!』      【お願いだ……覗かないでよ】

翡憐に対する強烈な拒絶から最後は懇願に変わっていた。
祐一に理由を聞いて、それを取り除く、といった方法が不可能だった。
正面から完全に否定されている以上、翡憐が出来ることといえばこちらからの一方的な手法だった。

「祐一……」
『もう話しかけないでくれ!!』      【もう……やめてよ】
「これが……最後…だから。祐一とは……もう…会わない…から」
『……』      【もう……覗かないでよ】

翡憐が見えるのは完全な拒絶。
祐一が悲しんでいる理由なんてものは欠片も見えない。
ただ、翡憐に伝わってくるのは拒絶と懇願。

「祐一……憖ってねがって……祐一が……望む…ことを」
『……』      【もう…話しかけないでよ】
「祐一…懐っておもって…祐一が……望む…ことを」
『……』      【もう…来ないで】
「祐一……これで…最後…だから……。私が……話し…かけるのは…。お願い…祐一……。憖いねがい懐っておもって……祐一が…望むこと」
『……』      【……望むこと…】
「……」
『……』      【忘れたいんだ…あれを…】
「……」
『……』      【忘れたいんだよ!!】

翡憐は確かに祐一の思いを受け取った。
祐一が心の底から望むこと。完全な記憶の忘却を…。
絶対的な記憶の封印を。
今の翡憐が持ちうる全ての力を使って、
祐一の確かな願望を受け取ると、翡憐は瞳を閉じた。
かすかに体から光が漏れ出す。
赤と青の光。
それが翡憐を包む。
そして、その光が祐一の部屋に入っていく。
ひざを抱え、ただ忘れようとする祐一の体を二つの光が包んだ。

「祐一…全てを…忘れて……。北国での…記憶……。全てを封印して……」
『……』      【あれ……僕は…なんでこうしてるんだろ?】
「私との……記憶を…代償に……祐一の…苦しみを……取り除いて……」
『……』      【僕は……いったい……何があったんだろ……?】
「忘れて…私との記憶……。忘れて…北国での……記憶」
『……』      【……眠くなってきた……誰の声だろ? 部屋の外から聞こえてくるのは…】
「全てを…忘却して……。そして、私の…記憶を……忘れた…ことを…忘れて……」

翡憐の願いと、祐一の願いが一致したとき。
そのとき、祐一は北国での出来事と翡憐のことを忘却した。
その日以来、祐一は北国での出来事を忘れた。
七夜は不思議に思ったものの、祐一が元気になったことに安堵した。
昔の祐一に戻ったと七夜は思っていた。
しかし、そこには決定的な違いがあった。
祐一の中にあの北国での出来事が完全に忘れ去られ…。
翡憐という人物の記憶が完全に消え去っていたのだ。
以来、祐一は丘に出かけることは無くなり、翡憐も祐一のところに訪れることは無くなった。
祐一と別れた翡憐は、出会う前と同じように一人、丘の上にある桜の下でたたずんでいた。
ただ、祐一の無事を憖って……。


桜の花びらが舞い散る中。
ただ一人たたずむ。


桜が散り、葉桜となり暑くなった風の中
ただ一人たたずむ。


葉が緑を失い、枯葉となって舞い散る中
ただ一人たたずむ。


葉が無くなり、雪が舞い降り、冷たい風が吹き抜ける中
ただ一人たたずむ。










桜が舞い散る中、翡憐はただ一人、桜の下でたたずんでいた。
黒い服を身にまとい、街を眺めながら…
帰ってくることの無い人の平穏を憖いながら……