白…
どこまでも続く白
果テ無キ世界
その世界の入り口
それが病院。
月宮あゆが眠るその地
Catharsis
第三十六編 刹那の永遠
(?月?日 ?)
白い城を連想させるような病院。
普段はなんとも感じないところが、そう感じてしまうあたり緊張が抜けていないのか…。
繁盛しているとまずい病院だが、この地域で唯一の大きい病院なのでたいていの人はここに来る。
子供、老人。治療を必要としている人が待合室に大勢いた。
待つことに飽きた子供がはしゃぐ。風邪をひいていようが暇なものは暇。
動ける元気があれば子供ははしゃぐ。そして大人はそれをなだめる。
そんな普通の病院の光景。
受付は…。看護婦が応対に忙しい中で、二人は話しかけた。
「すいません。ここに月宮あゆ、という子は入院していませんか?」
「月宮様ですか?少しお待ちください」
看護婦が奥に姿を消す。と、それに伴い急にあたりが静かになった。
子供の騒ぎ声も泣き声も話し声も…。
さっきまでの喧騒は?
振り返ると…。
「なっ!!」
人が一人も居なくなっていた。翡憐の存在を確認しようとする。
翡憐は無事だったようで、俺の傍にいた。
「翡憐」
「やられました」
あまり動じる事のない翡憐の顔が引きつっていた。
それだけ危険な状況にあることが分かった。窓の外を見る。
入り口から見える世界は真っ白な世界だった。どこまでも続く白。
何も無い事を証明するかのように広がっていた。
「外には出られません」
「……」
となると、あゆにあわない限りは…。俺は気を引き締めた。
確かに本拠地であることは分かっていたが、まさかここで仕掛けてくるとは…。
「前に進むしかない…ってことか?」
「はい」
走る…走る…ただ走る…。
何処へ向かうかは分からない。
どれだけ走ったかも分からない。
俺も翡憐も息は疾うに上がっており、すでに限界近くまで酷使していた。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
すぐ横で聞こえる息遣いが互いの生きている事を証明していた。そして互いの存在を証明していた。
突き当りを右に曲がる。そこには上に上がる階段があった。
どこに入院しているのか分からない以上、自力で見つけるしかない。
しかし、これで何階目の階段だろう。
すでに二十階は越えているはずだ。
この原理が利用出来れば家が広いだろうな…、場違いなことを考えている俺は自分の余裕が
ここまであるとは思っておらず、驚きと共に呆れも出てきた。
「どれだ……」
階段を上がって出てきた場所は十字路。後ろは階段。
「どんな理論で……組み立てられて…いるんだろうな?」
「私に…聞かないで…ください」
翡憐も息が上がっており、まともに喋れない。馬鹿な会話が出来る俺たちはまだ余裕があるようだった。
翡憐もこれだけ会話を出来るとは…まだ、心に余裕があるんだな。
「しっかし…広すぎる。人は見かけに寄らずっていうが…建物も見かけに寄らないって言うのは
どうかと思うぞ?」
「ごもっともな意見です」
「くそっ、しばらく病院嫌いになってやる」
「病院に罪はないでしょう」
いまだに出口の無い迷路をさ迷っていた。
何処をどう行けば、どうなるのか想像すら付かない。
一度、戻ると構造が変わるといった恐ろしい現象がその中で起こっていた。
「……病院の外に出たらレベルって1に戻るのか?」
「それならば武器のレベルはしっかり上げるべきです」
「スキル引継ぎは?」
「ありません。中に入ってもう一度、取得してください」
「むぅ、結構、面倒だな」
俺のボケにまともに答える翡憐。
ゲームの知識が意外とあった翡憐に驚きだが、俺とボケが出来るあたり、翡憐もどうやら
恐怖というものが無くなっているのかも知れない。
さらに白いその迷路を駆け抜けていく。あるときは左に曲がり、あるときは右に曲がる。
そんな事を繰り返してひたすらその迷路を駆け抜けた。
そうやって扉の無い白い廊下を走っていたとき、一つの扉を見つけた。
俺たちはその前で止まると、息を整える。
不穏な空気を吐き出すその扉の前で立っていた。
「はぁ……はぁ……ここか?」
「何か…はぁ……違う…気が……はぁ……します」
あゆがいるかどうかはわからなかったが、それでも開けない事には何も始まらない。
一瞬、視線を合わす。再び、正面を向くと俺は引き戸を勢いよく開けた。
そこに広がっていた光景は、何の変哲も無い普通の病室の光景だった。
『私ハ生キタイ……私ハ…』
どこにでもある変わらない病院の一室で何かがベットの傍に立っていた。
入院しているときに身に着ける衣服。後姿だけでは誰なのか判断しがたかったが、雰囲気が
普通でない事だけは分かった。
「……なぁ、翡憐」
「はい」
「何とも嫌な予感がするんだが…」
俺の台詞に目の前に立っていた何かがゆっくりと振り返った。
悲しげな顔の少女。全体的にはかない雰囲気を出している長い黒髪を揺らしている少女。
『私ハ生キタイ……私ハ』
振り返りながら呟くその様子は俺と翡憐の本能を刺激した。
――――――危険だ
嫌な予感。
『自分ガ助カルナラ、他人ナンテ要ラナイ』
手足の言う事が利かない俺は振り返る少女を眺める事しかできなかった。
目が完全に捕らえた。ゆっくりと胴体もこちらを向く。
白っぽい服に赤い何かが付着していた。
『ダカラ私ノ為ニ、オ前ノ身体ヲ………チョウダイ…』
腹部には大きく切り裂かれ、内臓の一部が飛び出していた。
黒ずんで空洞になっている部分は一体、何なのか?
『チョウダイ………チョウダイ……』
「あ……ああ……」
『チョウダイィィィーー!!!!』
鬼のような形相で少女は飛び掛ってきた。腕を伸ばして俺の肩を掴もうとした瞬間、引き戸が閉められた。翡憐が勢いよく、扉を閉めたのだ。
ドンッという何かが扉にぶつかる音。それが相手の存在を肯定していた。
そのまま、翡憐は崩れ落ちそうになる俺を支えるとゆっくりと床に座らせた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
「少し刺激が強かったようですね」
「お前は大丈夫なのか?」
「大丈夫ではありません。心臓が早鐘のように打っています」
翡憐も隣に座り込むと、壁に頭を預けた。
「……少し休んだら行きましょう」
「ああ、そうだな」
再び廊下を走り出した。
一直線の平坦な道。端が見えないその廊下をひたすら走っていた。
やっと見えた右への曲がり角。目の前には階段があった。
「いい加減、上るにも疲れてきたよな」
「仕方ありません。とにかく、私たちに出来る事はあゆさんのところへ向かうだけです」
翡憐の言うことごもっともなんだがな…。飽きと疲れが出てきているんだよ。
まぁ確かにそれしか解決方法は無いんだよな。と心の中で盛大なため息をついた。
何階の廊下か分からないその廊下は今までとは全く違う光景が広がっていた。
「なっ!」
「ここは…」
人がその廊下にひしめくように歩いていた。いや、歩いていない。満員電車のように詰め込まれて
身動きが取れない人たちの光景だった。
無限に続くような廊下の端までその光景が広がっていた。
「どうすりゃいいんだ?」
「突き抜けるしかないでしょう」
「……」
確かに翡憐の言うとおりだが……ひしめく人の中をどうやって抜けるんだ?
「これが普通の人なら不可能でしょうが、普通と思いますか?」
「違うってか?」
「どこの世界に廊下で押し競饅頭をする人たちが居ますか?」
「……ごもっとも」
翡憐の言葉に従い、その廊下を占拠している人の一人に触れた。
何の抵抗も無く腕が入っていく。と
『アンナ奴、死ネバイインダ』
強烈な負の感情が中に入り込んできた。重油を一気飲みしたような吐き気と衝撃を受けた。
思わず、身体が仰け反り後ろに倒れこんだ。
「祐一、大丈夫ですか?」
「ぐっ……結構、ヘビーだぞ。これを抜けるのは」
「一体、何があったのですか?」
翡憐がそう聞いてくるが、吐き気が先に出てきてしまい、口元を手で押さえるだけだ。
あんなの二度と見たいと思わないぞ?
翡憐は手を伸ばして、俺が触れたように同じ場所に手を伸ばした。
何の抵抗も無く入っていった。
少しの間、その中で手を動かしたが祐一と同じように衝撃を受けた。
が、倒れこむことなく何とか立っていた。
「………イド……」
「何だ、そりゃ」
「人間の本質です。本能や快楽に従うものであり、不快を避け快楽を求めます。世界的な秩序などは
全く関係ありません。快楽こそが原則というものです」
「……よく分からんが、人間の本能みたいなものか?」
「そう捉えていただければいいでしょう」
「人間の本能は汚いものだな」
「綺麗な本能もどうかと思います。大体、他人を考えるものではありませんから」
翡憐は後ろを振り返りながらそういった。他に道は無いのかと模索しているようだった。
「で、どうする。このままじゃ、一生ここに居る事になるぞ?」
「そうですね。突っ切るしかないでしょう。後ろは壁になっていましたから」
翡憐のその言葉に振り返る。駆け上がってきた階段は姿を消して白い壁が立ちはだかっていた。
すなわち、後戻りは出来ない。あゆの元にたどり着かなくてはならないらしいな。
二つの条件より導き出される結果は、目の前にひしめき合っている通り抜け可能な人の中を
駆け抜けてこの廊下の終着点に行かなければいけないという事である。
しかし、あんな事の繰り返しなら…。全然、先に進めないだけでなく体調不良で途中で力尽きるのでは、というのが落ちだろうな
「私が先に行きます。祐一はその後を付いてきてください。そうすれば少しでも祐一の負担が減るでしょう」
「おいおい、お前にそんな事させられるかって」
「祐一が鍵なのです。鍵穴があると言うのに鍵が無ければ開きません。鍵を守るのは当然でしょう」
確かに翡憐の言うとおり、俺が鍵である以上、鍵は大切に扱わなければいけない。
でもな、理屈じゃないんだよな。
「いや、そうかも知れんが…俺としてはお前に余り辛い目にあって欲しくないんだが…」
「小言は全部、終わってから聞きます。今はあゆさんのところに向かうことだけを考えてください」
「ま、待ってって俺としてはやっぱり女には辛い仕事をさせたくないんだって」
「ならば、私を女と思わず、物とでも思えば良いでしょう。もう一度言いますが、あゆさんの
所に向かうことだけを考えてください。行きます」
祐一の抵抗むなしく、翡憐はその人の壁に突っ込んで行った。何の抵抗も無く入っていくが、顔を歪めるあたりやはり辛いものがあるのだろう。
「お、おい」
「声を掛けるくらいの余裕があるのでしたら、私の傍を離れないように気を配ってください」
強引に抜けていく翡憐を覆うのは、あの丘で見た赤と青の光だった。
あの力を使ってるのか?
「翡憐…」
「祐一のことは気遣えません。無茶を覚悟で行きます」
切羽詰った翡憐の言葉に俺は黙る。
こりゃ、黙って着いていったほうがいいらしい。
とにかく、負担を軽くするためにも急いだほうがよさそうだ。
翡憐が時折、体を休めながらも強引にその人の流れを突破した。
「……なぁ…ボス前って何か合図があるもんだよな」
「無い場合は偶数階か、規定回数で発生するものです」
「あとは…ボスに由縁のあるところだよな」
「はい」
連戦の翡憐にとってつらいものであったが、少しだけ休憩して最後の関門の前に立っていた。
俺たちの目の前に広がっているものは、外とは正反対の黒さがあった。
どこまで続いているか分からない空間。
飛び込むにはいささか勇気の居る事だった。
「…飛び込むか?」
「ここがゴールとは限りませんよ?」
「……人の決心を鈍らすか?」
「真実を述べたまでですが」
「……時には真実を黙っていてくれるとうれしい」
「知らぬが仏。聞かぬが花。私の嫌いな言葉です」
「猪突猛進、乾坤一擲が俺の好きな言葉だ」
「石橋を叩いて渡るが私の好きな言葉です」
「どうも正反対らしいな」
口元に笑みが浮かべる。
こうも正反対だと面白いよな?
俺は翡憐にむけて笑顔を浮かべる。さぁ、行くか?
「反対が居てこそバランスが取れるものです」
翡憐も珍しく笑みを浮べていた。純粋な笑みではなく、俺と同じようにたくらみを秘めた笑顔だった。
俺は翡憐の手を取ると、その黒い穴に飛び込んだ。
(どうにでもなれ!)
重力から束縛から解放され、宇宙空間に居るような感覚に陥る。
完全な黒のため翡憐の手すら見えない。盲目の人ってこんな感じなんだろうな。
俺はそんなことを考えながら翡憐の手を握り締めた。
体が急激に沈んでいくのが分かった。
見えない中で自分の手が強く握られる感触は最後に残った。
“ザザァ……ザザァ……”
潮騒の音。
静かなその音は母なる海の二つ名を証明していた。
意識が覚醒して最初に聞いた音がその音だ。かつて来た事のある場所。
「……ここって…」
あやふやな記憶が固まりだす。そう、かつてあゆに呼ばれてやってきた場所。
俺の記憶が取り戻したところ。
「目覚めましたか?」
「翡憐か…」
「はい」
かすんで見える先にいる黒髪の少女。まだ、はっきりとは見えないが間違いないだろう。
「…あゆの世界か?」
「正確に言えば、どこにも属さない世界にして、どこにも属する世界」
「…目覚めたばっかりで思考が働かないんだ。もう少し噛み砕いてくれ」
「馬鹿な祐一には分からないでしょう」
「…ストレートっすね」
「自分で認めたはずですよ」
雪国には見られない夏独特の青空。
そして、砂浜。どこまでも続く青い海。
リゾートで来るならこれほど理想的なところはないだろう。しかし、状況が状況だ。
「…あゆは?」
「まだ、姿を見せていません」
あたりを見渡す。前回、来たときと全く変化が無かった。
同じように三つの風景で出来上がった場所。
青い空。青い海。白い砂浜。
その他はただ白くなっているだけ。言い換えれば、白と青の世界ともいえる。
「何処にいるんだろうな?」
『ここだよ』
「「!!」」
響いてきた声に俺たちは反応した。姿はどこにも無い。しかし、声だけは聞こえる。
前回と同じだった。
「もしかしてこの世界自体?」
「それは無いでしょう」
『御速水さん。ボクに祐一君を返しに来てくれたの?』
また、どこからとも無く聞こえてくる声。翡憐は驚く事なく対処した。
俺としてはそんなに冷静に対処は無理だぞ?
何処にいるんだ?
「返す?ご冗談を。祐一は私の物です」
『ずいぶんと強気だね。でも、今の君に何が出来るの?』
「……」
『ろくに力も無い君に祐一君を守る事が出来るの?』
耳に聞こえてくるわけじゃないから、俺には無理だ。気持ち悪い。
直接、頭に語りかけられる事は不快なもんだな。
翡憐はそんな俺の様子を見て赤い『何か』を放っていた。
砂浜の砂が飛び散る。
最近は躊躇うことなく使ってる力だな。
『そんな事をして意味があるの?』
「……」
『まぁ、良いけど。ボクには痛くもかゆくも無いから』
「いい加減、姿を現したらどうですか?あなたの大事な祐一君が苦しんでいますよ」
空気が震えた気がした。
すると、先ほど抉った場所に何かが構築されようとしていた。
足元からゆっくりと姿を成していく。
「御速水さんってせっかちなんだね」
「大切な人の心配をしただけです」
「へぇー」
何かを見通すような視線。
全てをボクは知っているよ、とでも言いたげな視線を向けていた。
俺も頭の不快感が無くなってあゆの方を向き直った。
「なぁ、あゆ。お前って何が望みなんだ?」
「簡単だよ。祐一君、それがボクの望み」
「名雪たちの事故はお前の仕業か?」
「うーん、ボクの仕業というより、御速水さんかな?」
鋭い視線が翡憐を貫く。
そんな視線すらも涼しげにやり過ごすのは翡憐自身も覚悟をしているからか。
俺も翡憐の方を見る。
特に表情に変化は見られない。ただ…少し寂しげなのはどこか後ろめたさがあるからか?
「そうだよね。御速水さん」
「……」
目を閉じる。数秒の沈黙のあと、小さくうなずいた。
あゆが無垢な笑みを浮べる。いたずらに成功した子供のような笑顔。
翡憐、いつも俺を信じて俺を常に一番に考えてくれたんだ。
バカを見ることになってもお前を信じてみるさ。絶対にお前は理由なしに他人を傷つけない。
はぁ、俺もどうしてここまで他人を盲目的に信じれるかな?
それだけ惚れたって事かもな。
「……翡憐」
「…言い訳はしません」
「なら、信じてやる」
「「えっ?」」
どちらも驚いた。喜んでいたあゆも笑顔のまま固まり、翡憐もまた驚きの表情を浮かべていた。
そうだろな。俺も自分で言っていて驚きだ。まさか、あれだけみんなを傷つけられていても信じていられるんだから。
やっぱり、誠心誠意の言葉と態度が俺の心を揺さぶるんだな。
人間、お人よしはバカを見るというが、バカを見る余裕がなければ生きていけないな。
いいさ、これが人生最大のバカになっても良いと思えるな。翡憐、バカを見せてくれるならとっておきを見せろよ?
「翡憐は考え無しにしない。なら、今回の事故もお前と関係あるんだろ?あゆ」
「…祐一君」
「悪いが、俺は翡憐を信じているつもりだ。いつも迷惑をかけていたんだ。たまには返さないと割りに合わないだろ?」
「……」
俺が出来る誠心誠意の思いだ。これ以上のことは出来ないぞ?
だから、俺を信じてくれ、翡憐
「祐一…」
「さすがに二度もお前を傷つけるわけにはいかないさ」
翡憐はどこか呆けた状態のまま、俺を見つめている。なかなか、見ることの出来ない翡憐の様子だな。
無防備すぎて可愛い。ただ、これがこんな場所じゃなければ良かったんだがね。
名雪、舞、真琴、秋子さん、佐由理さん。これで終わるはずだ。もう少しだけ辛抱してくれ。
翡憐もそれが分かったのか。呆けた顔からキリッ、と普段の引き締まった顔に変わった。
呆けた顔も良いが、普段の凛々しい顔も良いもんだな。
「信じているぞ」
「…はい」
「…祐一君は御速水さんを選ぶんだ…」
「ああ、悪いな。俺にとってお前より、翡憐の方が大切なんだ」
「……ボクを見捨てた罪はどうするの?」
「いいか?俺は翡憐を選んだ。もちろん、罪は償わないとは言わん。俺の意思は翡憐を選んだ。
お前への罪の償いはちゃんとしてやる。俺がほしいんだろ?」
「祐一!」
「まぁ、何だ…。その俗に云う『心までは支配できません』ってやつか?」
恥ずかしそうに言う俺に対して翡憐は驚きを表した。
あゆは予想外の展開に戸惑いつつも、手に入ることで再び笑顔に戻った。
「じゃあ、祐一君はボクの物なんだね」
「ああ、それがお前の望みなんだろ?それがお前に対しての罪の償いだ」
「うーん、でも、全部が手に入ったわけじゃないしね」
何か思案をする。いたずら子がいたずらを思いついたような笑みがそこに浮かんだ。
「じゃぁ、心はいらない。だから、壊せば良いんだ」
「えっ?」
手に入らなければ壊せ。無かったものにすれば良い…。恐ろしい思考があゆの中で起きていた。
普通のものならばそれを考えても行動には移さない。しかし…。
「じゃあね。祐一君」
「あゆ?」
一瞬、何か俺の中に入ってくる。
何だ? この異物は…?
気持ち悪い……。
俺はそこで急に意識が薄れていくのが分かった。
「祐一!」
体が支えきれなくなって思わず、膝をついた。下の砂ってあまり痛くないんだな。
そんなことを考えていると、意識がさらに早いスピードで薄れていくのが分かった。
最後に俺の体を抱きかかえ、心配そうな声で呼びかける翡憐の姿だけが見えた。
俺も結構、心配されてる?
「後は待つだけ。どれくらい持つかな?」
あゆの無邪気な感想に翡憐は体を震わせた。
翡憐自身の周りの空間が膨張を始めた。ものみの丘で見せた力とは桁違いの強大な力。
不可視の揺らぎは赤と青の光の揺らぎとなって爆発した。
祐一を抱きしめたまま力を行使する。
あゆも翡憐の変化に気づいたものの、勝利者の余裕の如く、にこやかな笑みを浮べていた。
空間が割れる。
あゆが造っていたあの世界から舞台は白い世界へと移行した。
そこで翡憐とあゆは対峙する。
創造者と破壊者の正面衝突。
世界の崩壊は近い…。