最初は小さなずれが
時間と共に大きくなる。
早く直さなければ
それは手に負えなくなる…
Catharsis
第二十八編 小さな勘違い、大きなすれ違い
(1月20日 水曜日 水瀬家)
私は震えが止まると二階に上がりました。
まずは沢渡真琴さんです。
一番奥にある部屋をノックすると「あうー」という小さな声が聞こえてきました。
「大丈夫ですか?」
「ちょっとしんどい…」
「そうですか」
私は持ってきたおかゆをそばに置くと沢渡真琴さんを起こし、冷ましたそれを口元に持って行きます。
小さく口が開いたところに流し込みます。どうも体全身の感覚が希薄になっているようで
熱さも冷たさも特に感じてないようでした。
いったい、彼女に何が起きているのか分かりませんが、あまりいいことではなさそうです。
月宮あゆさんがかかわっているとは思えませんが、それでも大事でしょう。
これは…どうなるか少し心配ですね。
「寒くありませんか?」
「あうー、大丈夫…」
「少しお休みなってください」
「うん…」
沢渡真琴さんはおとなしく布団の中に入るとすぐに眠りについていました。
寝顔は幼いのですが……やはりどこか危なさを秘めていますね。
特に私の感覚は普通の人の変容とは捉えていません。
むしろ、人では無い者の変化な気がします。まるで世界から拒絶され存在が不安定化しているような……。
とはいえ、今の私ではどうしようも無いのでこのまま置いておくしかないようです。
次に私は隣の部屋の水瀬名雪さんの部屋に行きます。
今の状況はほとんど心が閉じている状態でした。
すでに父親がおらず、唯一の肉親であった秋子さんが危機的状況にあるとなれば当然の自己防衛でしょう。
外部からの入力でそれに対応した出力に応じるもの、外部からの入力がなければ
何の行動も起こさないようになっていました。
食事を全く取らないよりましですが……。
このまま悪化しないことを…。
最後に相沢さんの部屋です。
“コンコン”
「ん?御速水か?」
「はい」
ベットで寝ていたのでしょう。私が入ると体を起こしている相沢さんの姿がそこにありました。
「食事の用意が出来たので…」
「おう、分かった」
そう返事をしたもの動かない相沢さんでした。
「どうしたのですか?」
「…いやー、御速水って仲居さん属性?」
「は?」
「…いや、メイドさん属性だな。『ご主人様ー』って」
「……」
「いや、俺が悪かった」
はぁー、どんなときでもボケる事だけは忘れないようです。
どこまでも相沢さんは相沢さんのようです。
私は呆れ、相沢さんを放って先に下に下りてきました。
家に帰ってきたときよりも元気になっている姿は落ち着きました。
ただ……。
「あゆさんが来ませんでしたか?」
リビングに下りて来た相沢さんに私は食事を用意するとそう尋ねました。
私の直感があの危険人物の到来を告げていました。
寒気と共に訪れた嫌悪感。
あれは明らかに月宮あゆの到来を告げていました。
「来るなら玄関からだろ?」
「……」
相沢さんは何かを隠している感があったのですが…。私に知られたくないのでしょう。
一人で抱え込まないといいのですが…。
少し疲れが溜まっているようで、体が少しだるく、睡眠を欲していました。
「相沢さん」
「ん?何だ?」
「少し眠るので何か御用があれば起こしてください」
「安心しろ。お前が次に目覚めたときには別世界に居るぐらいにしといてやる」
「原型はとどめておいてください」
「家の強度によるな」
何を考えているのでしょう。この人の考えはいまだに分かりません。
とにかく、本当に何かあれば起こすでしょうから…。
私はソファーに横になるとすぐに意識は堕ちていきました。
それだけ疲れていたのでしょう…。
―――偶然?
この事象を偶然と捉える?
―――偶然と必然の差異は?
…あると考えるの?
―――差異がなければ言葉に意味は無くなる…。
そう。ならば意味を思い出して…
―――知っている…。偶然と必然の差異を…。
そう。だから…思い出して…
―――自然を否定する…それが偶然の生まれ、自然を肯定する…それが必然の生まれ。
そう、生まれ来るもの、この世に起き得る事象に意味の無いものなど無い。
―――なら、この事象にも意味が?
この世に意味の無いものなど無い…。
―――なら、どんな意味があるの?
……浄化……
―――浄化…誰のための?
あなたに一番、近い人の…そして、この世界の中心…。
「おーい、起きろー、御速水」
「ん……っ」
意識が急激に表層面まで浮上…。
頭がまだぼーっとしています。何かが目の前で踊って……
「…何をしているんですか?」
「いやー目覚め爽快の踊り?」
「……」
「そんな冷たい視線を送らないでくれ。俺の心まで凍っちまう」
「存分に凍ってください」
「冷たいなぁー。俺とお前の仲じゃないか」
「どんな仲ですか?」
「言葉で言い表すには大量に文字を伏せなければいけないようなそれぐらいの仲」
「……」
「すいません。俺が全面的に悪かったです。俺に非があることを認めますから、
どうかその殺気をぶちまけるのは遠慮してくださいませ」
はぁ、相沢さんと一緒に居ると疲れますね。
「ところで私を起こした理由は?」
「いやー、結構、遅いからな」
「え?」
時計を見ると……長針が上をさしていて……。
あれ?短針の姿が見えません。
「…相沢さん。短針はどちらに?」
「御速水。斬新なボケだな。今、短針はお前とかくれんぼ中だ」
……。
「昼ですか?」
「今まで太陽が出てたら残業手当を出さんと怒られるぞ」
……かなり寝ていたようです。確かに体は軽くなりましたが…。
このままでは生活のリズムが完全に狂ってしまいます。
「結構、寝ていたみたいですね」
「おう、気持ちよさそうにな」
「では、私はこれくらいで…」
「ああ、それじゃあな。また明日」
「はい、相沢さんもお気をつけて」
「おう」
私は相沢さんに挨拶をして家を後にしました。
すれ違い。
どちらにそれは傾く?