俺はどうすりゃいい
みんなが居なくなる
俺をおいて…
やめてくれ…
俺を一人にしないでくれ…
一人は嫌だ…
Catharsis
第二十七編 狂走曲…
(1月20日 水曜日 病院〜水瀬家)
舞が病院に運ばれた…?
腹部を剣で刺し貫いて……。
「相沢さん!しっかりしてください」
「舞…」
体が傾ぐのが分かった…。俺も限界か?
「舞さんをご存知で?」
「あ、ああ……お前もか?御速水…」
「はい…兎に角、家に戻りましょう。休むべきです」
「……」
情けない。
俺は御速水に支えられながら家のほうに向かった。
秋子さんは安定しているらしいがこれからどうなるか分からない。
舞もまた病院で治療を受けている最中。
「家に着きましたよ」
考え事をしていると家に着いたらしい。
気分が悪い。
「ああ…」
家の中に入ると人の気配がいくつかあった。
どうも香里と北川らしい。
「大丈夫ですか?」
「ああ、悪いが一人にしてくれ…」
「分かりました」
俺は御速水にそう告げると部屋に戻っていった。
いっぺんにいろいろな事が起こって俺はどうすればいいのかわからない…。
「どうすりゃいいんだよ…」
ベットに倒れこみそう呟く。誰も聞いてないからこそ、呟けるのかもしれない。
「……」
『祐一君の好きにすればいいんだよ』
「!?」
『祐一君の好きにすればいいんだよ』
「あゆか!?」
頭の中にあゆの声が聞こえてきた。ついにテレパシーも身に着けたのか?
「俺の好きにすればいい…ってどうすりゃいいのか分からないんだ」
『祐一君はどうしたいの?』
俺はどうしたいのか?
これが偶然なら仕方ない。助かる事を願うだけだ。
ただ…偶然には思えない。何か人為的なものが絡んでいる気がする。
普通ならそうは思わないが出来すぎるタイミングで起きている…。
「分からん」
『これが誰かの意思で起きているならどうするの?』
俺の考えを読んだかのような質問。
「少なくとも許すつもりはないな」
『そっか…』
「あゆがしたのか?」
『ボクは何もしてないよ。ボクはね』
「…ボクは、ってことは他に誰かしたって言うのか?」
『さぁ…ボクはしてないよ。ただ、他に出来る人はいるのかな?って思っただけ』
「他に…」
あゆ以外にこんな事が出来そうな人物…。
そんな事が出来るのは…一人しか居ない。
俺の直感がそう告げる。確かにあいつが俺を助けるために力を使って事は知っている。
しかし、記憶を封じただけだ。今回みたいな大掛かりな事が起こせるか?
「御速水…」
それにまだ、あゆという可能性も残っている。今のところ、確かに確率的にはあゆの方が高い。
しかし、もしかして御速水が隠していたら…。疑い出せばきりが無い。
『少なくとも人為的ならボクか御速水さんだよ』
「……」
確かにそうだ。偶然を必然のように引き起こせそうなのは御速水とあゆを除いては考えられない。
ただ…どちらにもする必要性があるかだ…。
『祐一君。判断するのは君だよ。偶然と捉えるも良し。人為的と捉えるも良し。ボクがしたと判断しても良し。
御速水さんがしたと捉えるも良し。全部、祐一君が決める事だよ』
「……」
誰がした?何が起きた?分からない。俺はどうすればいいんだ?
『判断できないんなら、ゆっくりと考えて情報を集めたらいいんだよ。ボクも協力するよ』
「あゆの協力か…すげー頼りなさ気に感じるのは俺だけか?」
『うぐぅ…意地悪』
どんな事でもいい。あゆにでも協力してもらってやるしかない。
御速水は名雪の世話とかで動けそうにないし…。これ以上、迷惑はかけられんな。
「頼めるか?あゆ」
『うん、分かったよ』
そういうとあゆの気配が内側から消えた。
……頼むから御速水とか…。関わっているなよ…。
「あら?お帰りなさい。相沢君は?」
「部屋のほうに戻ると言っていました。一人にしてほしいそうです」
「そう」
美坂香里さんは私が相沢さんについている間、水瀬名雪さんと沢渡真琴さんの世話をしてくださっていたようです。
「名雪は相変わらずよ。あと一人女の子がいたんだけど、あいにくと私は良く分からなかったから…」
「はい、後は私がしておきます。いったん、家に帰られたほうが良いと思います」
「ええ、そうさせて貰うわ」
美坂香里さんは制服のまま、昨日から世話をしていたようで「少し休んでくるわ」と言って家を後にしました。
私はその後の仕事を引き継ぎ、水瀬名雪さんと沢渡真琴さんの食事の用意を作らないといけません。
「あうー、おなかすいた…」
振り返るとおなかを押さえた沢渡真琴さんが立っていました。
パジャマ姿が寝起きを表していましたが…。顔が少し赤いようです。
「いま、作りますから待っていてください」
「あうー、うん」
「ところでおかしなところは無いですか?」
「うーん、別に無いけど?」
「熱っぽくありませんか?」
「うーん、少ししんどい」
私は彼女のおでこに手を当てると熱を帯びた体温が伝わってきました。
少し平熱より高い気が…。
「少し熱があります。今日は休んでいてください。後で部屋まで食事をもっていきます」
「うん…分かった」
元気のない後姿を私に見せながら彼女は部屋を出て行きました。
彼女まで相沢さんのそばを離れていかないと良いのですが…。
病人に適しているであろう食事の準備をしていたとき…。
「……っ!」
体に電気が走ったかのように硬直しました。
かすかに震える腕が危険なものの到来を告げていました。
「相沢さん…?」
二階に居る相沢さんの様子を見に行こうとしますが、手足が言う事を利かずただ震えているだけでした。
人間の本能に語りかけるような絶対的な恐怖。
人間が動物としての本能が退化して久しいと聞きますが、今回ばかりはそれは当てはまらないと思いました。
ここまで完全にすくむという事はありませんでした。
「……」
ただ、黙ってその嵐を過ぎ去るのを待つしか…。
“カタカタカタ…”
ただ、吹き上げる内容物に反応してふたが暴れるその音だけがその場を支配していました。
一人の少女が病室から外を眺めていた。
どこまで灰色に濁った空。
そこから舞い降る雪を眺めて、何度目かのため息をついた。
どうしようもない運命というものが存在する。
どうやっても人間には逆らうこのできないその運命に少女は囚われていた。
諦めと死に対する決意。
その瞳はかつての翡憐の瞳と酷似していた。
幻想を持たず、全てを受け入れることにより、傷つくことを防ぐ自己防衛。
しかし、少女は幻想を抱いていた。
いつか助けに来る王子が来ることを…。
それは悲劇のヒロインを演じようとしているのか?
しかし、悲劇のヒロインは物語の中だけ。
現実の悲劇のヒロインは喜劇のように運命に囚われることもありえる。
しかし、だ。
もし、この現実も物語ならば?
もし、これが誰かの夢物語ならば…。
もしかすれば、彼女は悲劇のヒロインとしてハッピーエンドを迎えることが出来るかもしれない。
そんな淡い思いを抱きつつ、空を眺めていた。
体調が崩れたためにまた入院する羽目になった。
姉は自分を嫌い、自分は姉を好いていた。
しかし、どれだけ思いを抱えていてもそれは伝わらない。
一方的な思い。
それはどちらも同じことであった。
「お姉ちゃん」
誰もいない病室で小さくつぶやいた。
緩やかに緩慢に、されど絶対的に訪れる死について受け入れざるを得なかった。
一人、死に立ち向かう中、尊敬し好いている姉にせめて少しでも話をしたいというのはわがままであろうか?
死というものはいつだって他者の死でしかなかった。
自分の死というものを絶対に理解できるはずがなかった。
彼女はどこまでも不明なものに立ち向かわなくてはならなかったのだ。
人というものは不明なものに対して、不安を抱く。
そんな不安に苛まれながら一人、立ち向かっていたのだ。
しかし……どうであろうか?
まだ、世界というものをほとんど理解できず、彼女が歩いた人生など二進法でやるならば片手で数えられるものだった。
そんな少女が死を受け入れられるだろうか?
答えは否。
受け入れるはず無い。それを少女は必死で受け入れようとしていた。
「……おねえちゃん」
【何を憖うの?】
少女が一人、病室にいた。
誰もいない。それなのに声が聞こえた。
どこか優しげでどこか冷たげな声色。そしてどこまでも透き通った美しい声だった。
「誰?」
【そう、あなたの憖いを叶える者】
「私の願いを叶える人?」
【そう、あなたが望むことを叶える者】
「どんなことでも?」
【そう、あなたが望むことを叶える者。叶えられない物など無い】
少女にとってその正体不明の声の提案は魅力的なものだった。
どんなものでも叶える事が出来る者の声。
ならば、姉と話したい。
ならば、この病を治したい。
ならば、外の世界を見てみたい。
様々な願いが彼女の中を去来する。しかし、どれが叶うのか?
「……分からない」
【そう、あなたは望むものが多すぎる。でも、あなたが望むことを私は叶える】
「……なんでも?」
【そう、何でも。あなたが望むことなら。でも、あなたの憖いは一つ叶えるだけで全てが叶う】
「……私は何を憖えば良いのか分からない」
【そう…でも、簡単。あなたが一番分かっているから……】
「……」
【そう、憖って。一番の望みを……】
少女は考える。
何が一番、叶って欲しいか?
何が全てを叶える為の憖いなのか?
「……この病を治して」
おそらくこれが全てだろう。
病が治れば姉と話せる。
病が治れば世界を知ることが出来る。
【そう、それがあなたの憖い?】
「うん……これが私の願い」
【そう……憖いはしっかり受け取った。世界が終わるとき、あなたの憖いは叶う】
「世界が終わるとき?」
【そう、すぐそこに来ている世界の終焉。そして世界の始まり。だから……】
それっきり正体不明の声は途絶えた。
少女は呆然としていた。
世界が終わるとは思えない。しかし、どこかあの声の言うことに信憑性があった。
だから……。
今更、もう一つぐらいの叶うことの無い夢を描いても構わない。
少女はそう割り切り、外に目を向けた。
やはり、それは灰色に濁っていたが、少し先に光が見えていた。
物語は一つとは限らない
もう一つの物語が始まった。
これはあの人の物語とは違う物語。
さぁ、これはどんな終焉を迎えるのかな?