All the world's a stage, And all the men and women merely players.
(この世はすべて舞台、男も女も役者に過ぎない)


劇に、アドリブを入れてもかまわないはず


私は躊躇わない


もう、物語がまともに終焉を迎えないなら…


私は最後まで私であり続ける。


どんな事があっても…










Catharsis

第二十三編 決意
(1月18日 月曜日 朝〜放課後)










「っ……う」

まだ、頭が痛む。
記憶は戻った気はしないんだが、それでも不足感はなく何かの衝撃で思い出せるかもしれない。
しかし、すげー頭、痛い。
何とか帰って来た俺はベットに倒れこむとすぐに眠りに着いた。それだけ早く寝たにも関わらず
昨日のあれが頭の芯に残っていてすっきりしない。

「……」

俺の記憶にどれだけの意味があるのか分からんが、それでもないよりましだな。
それより、今日は御速水に聞いてみない。
あいつが何故、俺の記憶を封じたのか?

「そうと決まれば…」

俺は立ち上がると制服に着替えると部屋を出た。
早く行けば御速水に逢えたはず…。
名雪は悪いが、放って行くぞ。急いでるんでな。












「…ついに相沢君は名雪を捨てたのね」
「人聞きの悪い事いうな」
「ずいぶんと軽薄なやつなんだな」
「南川に出番は無いぞ」
「俺の名前は北川だ!」

始業時間まであと20分。
予鈴まであと15分というおそらくこの学校に転校してきて以来、最速の登校だろう。
しかも、俺が来ている事でほかの連中は遅刻したと思いやがる。
全く不愉快だ。実に…っと。あれは…
香里たちと話していると御速水が登校してきた。
香里たちの方が少し早いというわけか。

「……」

……あんたまでかい、御速水さんよ…。
そんなに時計と俺の顔を見比べなくても良かろう。

「…天変地異の前触れですか?」
「失礼極まりないことを本人の前で吐くなっつーの」
「事実を述べたまでです」
「確かに御速水さんのいうとおりかもしれないわね」

俺…友人の選択間違えました?

「どうして、こんなに早く登校したのですか?」
「お、そうだ。当初の目的を忘れるとこだった」
「そうね。名雪を見捨ててまでの登校とはよほどのことのはずよ?」
「…いや、別にあいつと一緒に登校となるとマラソンだ。少し疲れたから中休み」
「それだけの事?」
「いや、御速水に用事があった」
「私に、ですか?」
「愛の告白かしら?」

香里さん、さり気無い爆弾投下ですよ。しかも直球。北川とか固まっているし…。
御速水に…変化はなしっと、あるはずが無いわな

「それだったらどうする?」
「それはもちろん、友人として祝福するわ」
「祝儀は三万ぐらいで」
「式のご予定は?」
「近日公開予定です」
「決まり次第、連絡を頂戴ね」
「ああ……って、誰か止めろよ!」

誰も止めてくれないボケほど悲しいものはないぞ?
ずーっと、ボケなくちゃならないんだからな。

「…私にそれを求めるのですか?」

すいません。御速水さん。あなたには不可能そうです。

「……」

くそ、役立たずの北川め。お前の出番はこれくらいしかないんだぞ?

「あら、本気じゃなかったの?」

香里さん、俺と一緒にぼけていたんじゃないんですね。

「美坂香里さん。すいませんが、私の精神はそこまで強くありません」
「…そう、相沢君の規定外行動に対応できるのはあなただけと思っていたんだけどね」

御速水さん。冗談に聞こえないんですけど…。
しかも、香里まで俺の行動を規格外と言うか?

「なぁ、たった今、俺は一つの疑問が沸いた」
「何?」
「何でしょう?」
「何だ?」

復活すんな北川。

「……俺を一体、どんな目で見ているんだ?」
「質問があります」
「どうぞ、御速水さん」
「ストレートで良いのですか?」
「思っていることをどうぞ」
「保健室行きになった場合の理由はどうしたら良いのかしら?」
「…保健室行きにしないでください」
「俺に発言権ってあるのか?」
「無し」

少し考え込んでいる御速水と香里。
すっかり白くなってしまった北川は机に撃沈。

「よし、それで、お前さんたちは俺のことをどう思っているんだ?」
「「「ただの馬鹿」」」
「お前には言われたくない」

北川を再び、机に撃沈させる。
しかし…俺ってそんな馬鹿ですか?

「大丈夫? 相沢君」
「心配するくらいなら言うな」

…ところで…俺って何でこんなに早く着たんだっけな?
確か、御速水に用事があって、それで香里とボケて…。

「って、話がずれてる!」
「やっぱり馬鹿ね」
「そうですね」

分かっててやっていましたか、お二人さん。
とにかく、御速水に伝えておかないと。

「御速水」
「はい」
「好きだ」
「はい」
「……」
「……」
「……」
「……」
「すいません。ボケました」
「分かっています。それで、何の御用ですか?」
「あゆについてだ」
「……」

柔らかい雰囲気だった御速水の空気が一瞬にして凍った。
殺気にも似た強烈な圧迫感。
これが世の中でいう威圧か? すごい、息苦しい。
あの香里でさえ、この空気に冷や汗を流していた。

「……落ち着け」

俺の搾り出すような声に御速水は普段のように戻った。

「すいません」
「いや、良いか?」
「分かりました」

俺は御速水を連れ立って、教室を後にした。
クラスはまだシンッとしていた。










「……」
「……」

少し寒いが中庭に来ていた。ここなら誰も聞いてないだろうしな。

「……」
「どんなことですか?」

俺よりも少し中庭中央よりに立っている御速水は背を向けていた。
さっきよりも落ち着いているもの、それでも御速水の周りの空気は明らかに異質なものだった。
冷たい炎ってこんな感じなんだろうな。

「あゆが記憶を取り戻したくないか? って言ってきた」

背中が少しこわばった気がした。
記憶を隠したことを何か言われるかと思ったのか、どうか知らないが…。
これは聞かないと俺の気がすまない。

「……それで相沢さんはなんと?」
「……取り戻したいと言った」
「そうですか」

振り返り、俺と視線を合わせた。動揺も困惑も無い。ただのいつもの瞳の色。

「何か言うことは無いか?」
「何か言うことがあるのですか?」
「……あゆが『記憶はお前に封じられた』って言っていた」

顔色すら変わらない。それが当然の事の様に…。

「……」
「……だんまりか?」
「……相沢さんはどんな答えがほしいのですか?」
「御速水。人の記憶を如何こうして良いと思っているのか?」
「前提を疑うことはしないんですか?」
「前提を否定したら、お前の隠し事自体が否定される」
「……」
「答えろ。御速水」

御速水は視線を俺に絡ましたまま、何も答えない。
動揺も悲しみも怒りも何も無いその瞳は空虚に感じられる。だが、だからと言って視線を逸らすわけにはいかない。

「答えろ」
「確かに私は相沢さんの記憶を封じました。ただ、それは相沢さん、あなたが望んだからです」
「俺が?」
「はい、どんな記憶かは私も知りません。ただ、封じたいと願った以上、つらい記憶だったのではないかと思います」
「…そうか…悪い」
「相沢さんが怒るのは無理の無いことだと思います」
「……」
「すべて終わったとき…分かると思います」

御速水はそのまま俺の横を通り過ぎ、校舎へ消えていった。
俺はチャイムが鳴るまで冬の冷たい風に当たっていた。
冷たさが俺の体にしみる。それで初めてここに居るという実感を得られた。
それだけ、今の俺にはここの存在するという実感が薄まっているという事なのか?










私は放課後、中庭に立っていました。
ここに人は来ることがあまりないのでのんびりと考え事が出来ます。
ただ、少し寒いことが欠点でしょう。
相沢さんは記憶を取り戻しつつあります。
おそらく、それをきっかけに彼女とは穏便に済ませられなくなるでしょう。
これからは少しの気の緩みが命取りになるでしょうね。

「なぁ、御速水…」
「どうしました?」

深刻そうな顔の相沢さんがそばに立っていました。
言葉が分からず、悩みながら言葉にしてきました。

「あゆ…って誰なんだろうな」
「……」
「いや、誰っていうか…」
「月宮あゆとは何でしょう? の方が正しいと思いますよ」
「…そうだな。それで御速水はどう思う?」
「……分かりません」
「隠しなしでか?」

ある種の非難を含んだ相沢さんの質問。
確かに相沢さんの言うとおり、隠し無しか? と聞かれれば隠し無しと答えられるほど
綺麗ではありませんが…。

「…概ね、分かりません。と訂正しておきます」
「ということは何か知ってるという事か。教えてくれ。俺は当事者なんだぞ?」
「…何も知りません。ただ、推測の範疇止まりの情報しか…」
「……御速水。それだけでも良いから教えろ」

気が立っているのでしょう。相沢さんの口調が普段になく厳しいものになっています。
私が黙ったのを見て、自分が焦っていることに気が付いたのでしょう。

「すまん…」
「いえ、気が立つのは当然でしょう。自分の分からないことが動き出そうとしている。
 自分もそれに巻き込まれているにも関わらず、何も知らずに踊らされている…気が立つのは当然です」
「……なら、教えてくれないか?」
「教えられることはありません。私が知っていることは相沢さんと同じことだけです。
 ただ、根底の部分が私と相沢さんには決定的な違いがあるからでしょう」
「その違いは何だ?」
「夢物語と現実の違い」
「……」
「…俺はどっちにいる?」
「知りたいのですか?」
「…当事者だと言ったはずなんだけどな」
「夢物語、です」
「そうか…」
「何も言わないのですね」
「言う事が無いからな」

私と彼の間には沈黙が流れました。
何も話す事はありません。相沢さんには何も知られず、そして何も分からないまま、
全てが終わって欲しいと思っているのですが…。
好奇心の強い人は困りものです。
ただ、月宮あゆさんがどうしても私に関わってもらいたいという感じを受けます。
だからこそ、相沢さんにいろいろな情報を漏らしているのでしょう。
あなたの願いは何ですか?










ちょっと事態は進展。
ちょっと真実に近づく。
ちょっとだけの変化。
それが積み重なって結論に到達。
どうなるかな?