物語の歯車は…
狂狂(くるくる)と
大きく回りだす…
食い違い
噛み合わず
そして…
崩壊シテイク…
そんな物語の序章……
Catharsis
第二十二編 崩壊への序曲
(1月17日 日曜日)
そう、今日は休みである。
一日中、時間などに束縛されることはなく、ありとあらゆるものより解き放たれた日である。
「…何と至福のときと言えよう」
そう、束縛という文字はそこには存在しない。
開放という言葉しかない!
学校という言葉の鎖から解き放たれ、休日という名の下に俺は解放されているのだ!
「さて…どこへ行くかな?」
しかし、こうも開放されていると…何をするか悩むな。
たまにはCDでも買いに行くか…。
とりあえず、腹ごしらえをしてから。
俺は部屋を出ると、階段を下りた。階段の正面に広がる窓ガラスを通して外の景色が見える。
「……」
今日も白い。
真っ白だった。
寒そうだな…。と思った瞬間、その光景が白から赤に変色した。
真っ白な世界。
空から降ってくるは白い妖精…。それが完全な赤に染まった。
真っ赤な世界。
空から降ってくるは赤い妖精。
全ての音が消え、赤の無音の世界。
世界を覆う赤の世界。ただ、純粋な赤。
何の混じり気も赤。
そんな景色の中に声が混じってきた。無音の世界に響く声…。
“ボクハココダヨ…”
「…あゆ?」
“ボクノトコロヘ来テ…”
「どこだ……」
“ボクヲ思イ出シテ…”
「何をだ……」
“君ガ君デアル理由”
「どういうことだ?」
“今ノ君ヲ作ッテイル素材”
「……分からない」
“七年前ノ記憶…”
「!!」
“ボクノトコロヘ来テ…”
「どこだ! どこに行けばいい!」
“ソウスレバ、君ノ記憶ヲ返シテアゲル”
「待て!あゆ!どうすれば良いんだ!」
「どうしたの、祐一?」
意識が現実に戻る。目の前には白銀の世界。
生活の音。
外の喧騒。
普段の水瀬家。
普通だ…。どこにも変わりは無い。何の変化も無い…。
なんだったんだ?今のは…。
気付けば俺は窓ガラスに手をつけて外を眺めていた。
「……」
「祐一…誰に話しかけていたの?」
「名雪?」
「うん。どうしたの?大丈夫」
本気で心配してる名雪の顔。
そりゃそうか。誰もいない方に向かって話してりゃ。
「ああ、大丈夫。大丈夫だ…」
「うん……」
半分自分に言い聞かせるように呟いた。
頭を押さえる。頭痛がしてるわけじゃない。ただ…頭が重くなっていた。
眠い、というより重い。考えるのが億劫なくらいに使ったみたいに疲れていた。
心臓が妙に激しい鼓動を鳴らす。
早鐘のように鳴り響く。鼓動がうるさい…。黙れ……。
黙れ…
黙れ…黙れ…
黙れ…黙れ…黙れ…
黙れ、黙れ、黙れ、黙れ
「黙れ!!」
「わぁ!」
そばにいた名雪が声を上げた。
また、意識が飛んでいたらしい…。気を失っていたわけじゃない。
ただ、この世界につながっていなかったような…。
「ゆ、祐一…疲れてるんじゃない?」
「…大丈夫。飯食ったら、少し外に出かけてくる」
「う、うん。無理しないでね」
「ああ、大丈夫だ…」
俺は心配する名雪を置いて、先に食堂に向かった。
秋子さんには聞こえていなかったらしく、普段どおりに食事が用意されており、俺が来ると同時に
コーヒーがマグカップに入れられて目の前に置かれた。
白い湯気が立ち上る。
「……」
「どうしました?相沢さん」
「あ、いえ、何でもありません」
俺はコーヒーで目を覚ますためにのどに流し込んだ。
熱い焦げ茶の液体がのどを通り過ぎていく。
胃に広がっていく感触がはっきりと伝わってきた。
そんな些細なことが俺に安心感を与えた。
気分が少しだけ落ち着くと、俺は朝食を胃に納めた。
毎日の変わらない日。
平凡な日常。
それを再認識した。
「昼食は外で済ませてきますんで」
「はい、寒いので気をつけてくださいね」
「分かりました。では、行ってきます」
俺は白銀の世界へ飛び出した。
まず、あれが幻聴でなければ…。
いや、俺が作り出したものではなく、俺にあゆが語りかけたものならそれに答えなければならない。
とにかく、商店街へ向かおう。一番、あゆに遭遇する確率が高い。
「頼むから居てくれよ」
商店街を歩く。普段なら、あゆに遭遇しないように歩く。
だが、今日だけは会わないといけない。
確認しないと…。あいつが俺の七年前の記憶を知っているのなら何が何でも聞かねーと。
御速水が鍵だって言っていた。あの時「昔あったこと」とも言ってやがったのは覚えてる。
すなわち、七年前の関連だろう。
「頼む…あゆ」
“……”
「…あゆ」
頭に何かが響いてきた。かすかな音。
外部からの入力じゃない。内側だ。
「どこだ…あゆ」
“……ん”
「どこなんだ?」
“…う…ん”
「…もう少し大きな声で…頼む」
“こ……ん”
「……どこなんだ…」
あゆらしきものの声に耳を傾ける。もう少しで聞こえるんだ…。
ここで変に叫べばおかしいやつに思われる。
ゆっくり落ち着いて…落ち着け…。
“……えん”
「……公園か?」
“そ……そ…”
分かった。公園だな。
俺はきびすを返すと全力で公園へと向かった。商店街からは少し離れている。
だからと言っていかない訳にはいかない。
御速水ばかりに負担をかけてられん。
十分ほど走ると目的地が見えてきた。
ラストスパートをかけた時、目の前で閃光がはじけた。
「うわぁっ!!」
手で顔をかばい、目を閉じる。
急激に足元が崩れる感覚に陥った。倒れる。いや、倒れると言うより中に投げ出されるような感覚。
衝撃か何かが襲ってくるのかと思ったが……。
一向に何もこない。
腕を解き、目を開ける。そこに広がっていた光景は…。
「……どこだ?」
先ほどまでの雪国とは似ても似つかない光景。
異世界にしては程遠く、現実にしては存在が希薄すぎた。
どこまでも続く白い砂浜。
延々と続く海。
雲ひとつ無い、透き通った青い空。
ただ、その三種類だけで構成された世界。
気温も感じなければ、湿度も感じない。
聞こえるのは波がやってきては返す細波の音だけ。
“あ、来たんだ。祐一君”
「あゆか?」
人の声が聞こえた。孤独、というにはいささか大げさな感じがするが、実際そうであった。
俺以外に人の姿は無い。聞こえてくるあゆの声だけが俺を少しだけ安心させる。
“うん、ちょっと待っててね”
しばらくすると後ろで砂を踏みしめる音が聞こえた。
振り返るとダッフルコートに羽リュックを背負ったあゆの姿があった。
「朝。話しかけてきたよな」
「うん、祐一君にここに来てもらいたくて…」
「…記憶。お前が持っているのか?」
「ボクは持ってないよ」
「おいおい、なら朝、言ったことはウソか?」
「うーん、持ってないからウソかな。でも、記憶は祐一君の持ち物だからボクが持っていたらおかしいよ」
「…確かに」
あゆの言うとおりだ。記憶は俺の物だからほかの誰も持ってるはず無いわな。
って、俺の知能はあゆ以下?
ちょっと祐一君ショックかも…。
…駄目だ。話がそれた。
「なら、あゆ。どういうことだ」
「祐一君の記憶を戻してあげよう、って言うことだよ」
「戻すって事は…俺は誰かに何かされたってことか?」
「うん、祐一君の記憶は御速水さんに封じられてるんだよ」
「…何?」
御速水?……御速水が、俺の記憶を封じた…?
そんな馬鹿な。御速水が…どういうことだ?
「混乱してるみたいだね」
「…どういうことか俺にはさっぱりだ…。御速水が?」
「そうだよ。本人に聞けば話してくれるかもしれないよ。ただ、今はそれが重要じゃないんだよね。
祐一君の記憶をどうするかだよ。思い出したい?」
「当たり前だ。俺の記憶は俺の物だ。勝手にいじくられて堪るか!」
「ボクに当たっても仕方ないよ…。怒るんだったら御速水さんに怒って」
あゆが苦笑する。
何かあゆじゃない気がする。御速水の行動が少しだけ分かった気がする。
あの時、俺が空を飛ばしたあゆと今のあゆにはあまりにもギャップがありすぎる。
ただ…ここでこの疑問を口に出して良いか否か。
「……」
「どうしたの?祐一君」
「お前…あゆか?」
「大丈夫?ボクはあゆだよ」
「……そうか、なら良いんだ」
一歩踏み込む勇気が今の俺に無かった。それに今、それを聞いて記憶が戻らなきゃ意味が無いし…。
いや、それはただの言い逃れだな。勇気が無いんだ。
もし、あゆじゃなかったら。他の何かだったら…。
それを不安に感じるんなら、記憶だけでも取り戻さないと何にもならない。
御速水に問い詰めたいこともあるが、それ以上に御速水の負担にはなりたくない。
少しでも負担が軽くなるなら。
「あゆ、俺の記憶を…」
「うん、分かったよ」
そういうとあゆは俺の目を見つめてきた。
それを見つめ返せと言う事か?
あゆが俺を見つめる。
俺もあゆを見つめる。
あゆの瞳に俺が映る。
………
“チカッ”
「??」
「目を逸らしちゃだめ」
「お、おう」
何かが光った気がした。それを確かめようとしてあゆに咎められた。
どうなる。俺の記憶は…。
「じっとボクの目を見て」
「……」
“チカッ、チカッ”
「……くっ…」
「もう少しだよ」
“チカッ、チカッ、チカッ”
「……ぐぅ…っ!」
頭が割れそうなくらい痛む。
脳内のシナプスが限界以上に騒いでる。スパークする量が半端じゃない。
情報処理能力の限界を超えたパソコンみたいにフリーズする寸前だった。
考えられない。
ただ、頭の中で何かが生まれそうな勢いである。
痛みがきつすぎて吐き気がする…。
なのに、あゆの瞳から目を話すことが出来ない。目を閉じることすら出来ない
「アイタヨ…」
あゆのその言葉と共に頭が限界を超えた。
目の前がフラッシュする。
真っ白。
目の前が真っ白になると同時に脳が燃える。
抽象的な例えだが本当に熱かった。頭が融けていきそうなくらいの激痛と熱さ。
「ぐぅううぅああああああ!!!!」
耐えられない…。頭を抱えて俺はその場にうずくまった。
その後の記憶は無い。
ただ、最後に見たものだけは記憶していた。
どこかで見た光景。
思い出せない光景。
タダ、一本ノ桜ガ満開ノ花ヲ散ラセテイル光景ダッタ。
歯車は噛み合う。
本来なら噛み合わないはずのところに…。
結果は壊れるだけ。
どこで壊れるかな?