暖かい夕食


温もりあふれる家庭


それが当たり前の家庭


それが当たり前の家族


団欒のひと時


一人多い客人を向かえ


にぎやかに始まる。










Catharsis

第二十一編 温もり
(1月16日 土曜日 夕食〜夜)










「ただいま」
「お邪魔します」

おぅ、温い…。体がほぐれるー。

「お帰りなさい、祐一さん。あら、御速水さん、こんにちは」
「秋子さん、ご無沙汰しています」
「あの、秋子さん。夕食ですけど、御速水も一緒にかまいませんか?」
「了承」
「ありがとうございます」
「お世話になります」

一発OK。
さすが秋子さんの『了承』。それで全てが片付けられるあたりはすごい。

「ただ、祐一さん。御速水さんも一緒となると少し材料が足りないので買出しに行ってはいただけませんか?」
「あ、はい、分かりました。じゃ、そういうことだから御速水はのんびりしとけ」
「いえ、お世話になるのですから、私も付き合います」
「では、祐一さん。御速水さん。お願いします。鍋をするつもりですので、適当に具を買ってきてください」

では、かえって早々、出かけてきますか。
しかし…

「体の方は大丈夫か? 無理すんなよ」
「いえ、大丈夫です。安定していると言った筈です」

と、横を歩く御速水…。結構、頑固なんだな。新た一面。

「……っ…!」
「お、おい、大丈夫だよな?」
「はい、少し体に痛みが走っただけですから」
「…だけって、お前…頼むから外であんな絶叫を上げるなよ」
「分かっています。もうひいていますから」

心配なんだが…気づいてもらえないようで…。
とにかく、夕食を確保するためにも材料を買いに行くか。










商店街にはすでに買い物の時間帯と学生の寄り道タイムを過ぎており、空いていた。
これなら早く目当てのものが買えるな。
何事もなければ…。何事も…

「うぐぅーー!! どいてーー!」
「ターゲットロックオン。戦術レベル最大。攻撃を開始する」

後ろから聞こえてくる敵に対して俺は最大の攻撃を行う。
少しの待機のあと、御速水と俺は逆方向に避ける。
横をすり抜ける瞬間、

「とおっ」

と足を出すと、なんとうぐぅは空を飛びます。
そして、一秒ほどの滞空の後、

“ズサァァァーー”

ナイスヘッドスライディングだ。プロの野球選手も裸足で逃げ出すほどだ。

「セーフ」
「…大丈夫ですか? 相沢さん」
「えっ? うぐぅ星人じゃなくて俺を心配するのか?」
「訳の分からないことを呟いていましたから…」

御速水に本気で心配されてしまった。俺の茶目っ気たっぷりに気づかないとは…。
しかし、起きてこない…。あゆはついにお空に旅立ってしまったのか?

「短い間だったが、楽しかったぞ。未練を残さず旅立ってくれ」
「ボクはまだ死んでないよ!!」

がばっ、という効果音がぴったり合うくらいの勢いで起き上がった。
涙目と鼻頭が真っ赤なのはいつものこと。

「祐一君はボクのこと嫌いなの?」
「いや、何となくお前を見ているといたずらをしたくなって来るんだ」
「…最低だよ」

俺とあゆがボケあいをしてる横で御速水は黙って俺たちの様子を見ていた。

「御速水?」
「何ですか?」

少しきつめの雰囲気。
御速水が緊張しているのが分かる。殺気、というにはまだ弱いものだがそれでも敵対心はあるようだ。
あゆを見つめる視線がきついのがそれを物語っていた。

「御速水さん?」

あゆの声に御速水も険しい顔から困惑へと変化した。

「違う……?」
「御速水?」
「月宮あゆさんですか?」
「えっ? えっ?」
「お、おい、御速水? どうしたんだ?」
「……」

また、しばらくあゆを見ていると…。

「何でもありません。すいません、変なことを聞いてしまって」
「あ、ううん、良いけど…。大丈夫? 御速水さん」
「はい、大丈夫です。月宮あゆさんも気をつけてください。雪の上は滑りやすいですから」
「あ、うん。それじゃ、ボクは探し物があるから、それじゃあね」

というとまた雪煙を上げて去っていった。なんだったんだ?
あゆも不思議だが…。

「なぁ、御速水? どうしたんだ?」
「……なんでもありません」
「御速水」
「………」
「隠し事が多いな」
「……すいません」
「俺は謝罪の言葉なんて聞きたくないんだがな」

少しきつめに言ってみる。引いてばかりだと何にも分からないしな。
発作らしきことと言い、俺を拒絶したことといい、隠し事ばっかりだし…。

「……」
「また、言えないと」
「……はい」

俯き加減の御速水。
たぶん、俺を気遣ってのことだろうが……。そこまで頼りないか?

「…俺は頼りないか?」
「……」
「御速水」
「……相沢さん。あなたは鍵です」
「は?」
「鍵なんです。過去に起こった事、今から起きる事。それらの鍵なんです」
「鍵…。俺が?」
「はい、だから、必ず知る事になります。ただ、今はまだ…」
「その時じゃない。そういう事か?」
「そういうことです」
「……分かった。今は何も聴かないことにする。ただ、必ず話せよ。まだ、時じゃない。
 とかと言って引き伸ばしだけはしないでくれ」
「はい、お約束します」

しっかりとした瞳。うそを吐いてるようには見えなかった。
ただ、喋らないあたりが困るんだがな。何でもかんでも自分ひとりで抱え込もうとする癖があるからな。

「…一人で抱え込むなよ?」
「何か仰いましたか?」
「いや、聞こえてないならいいさ」

俺の呟きはどうやら聞こえなかったらしい。まぁ、聞こえてなく良かったと思う。
聞こえていたら絶対に会話が出来ねぇだろうな。
あんだけ恥ずかしい台詞を吐けるとは…。
どうかしてるぞ…俺。浮かれてるのか?










「ただいま」
「遅いよぉ〜祐一」
「遅いわよ!! 何やってたの! ってその女、誰?」

すげー出迎え。暴言しか聞こえないのは俺の気のせいか?
真琴とか御速水のこと「その女、誰?」だもんな。まるで浮気を見つけた彼女のような聞き方だぞ?

「同級生の御速水翡憐だ」
「はじめまして」
「あ、あぅー」

無表情の御速水にたじたじの真琴。
真琴の弱点見つけたかも…。

「こいつは居候で記憶喪失中の沢渡真琴だ。ついこの間、拾ってきた」
「記憶喪失ですか…」

御速水の瞳が険しくなった。また隠し事だろう。
必ず喋るといった以上、俺は何も聞かない。何も聞くつもりは無い。

「祐一〜。御速水さんと出かけてるなんてぇ〜」
「秋子さん、鍋の具を買ってきました」
「祐一〜」

無視。名雪の言ってることに一々、気にかけていたら体が持たん。
さぁ、暖かい鍋を囲んで平穏で団欒な食卓を……。

「あー! それは真琴の!」
「知らん」
「じゃあ、私はこれ」
「ま、待て、それは俺のだ!」
「大丈夫ですよ。ちゃんとありますから」
「……」

団欒? どう考えても争乱だろ?
ならば、争乱を制するのはこの俺だ!
俺が勝者となる!
ターゲット補足。脳みそよ! 俺に未来を見せてくれ!!

「もらった!」

俺が肉を取ろうとした瞬間

「渡しません」

横から御速水の箸が伸びてきた。レンジ外だと思っていたが…。
俺の狙っていた肉を掻っ攫っていった。

「な、何!」
「これは私のものです。相沢さんといえども渡しません」

落ち着いた様子で自分の手元へ持っていく。

「ぐ……」
「あ、真琴が貰う〜」

“スカッ”

「あうー…」
「渡さないと言った筈ですよ」
「これは私が貰うよぉー」
「学習能力がありませんね」
「では、私が」
「お世話になっている身ですが、渡せません」

…………御速水最強? あの秋子さんさえもあしらうとは……。
鍋のときは御速水を招くわけにはいかん。俺の存在意義が危ぶまれる。

「く、くそ…あきらめんぞ!!」
「あきらめてください」
「ぬぉーー!」
「……」

冷静にまたあしらわれてしまった。
……ここは戦略的に撤退が有効であろう。

「くっ…覚えておけ」
「月並みな台詞ですね」

ぐぁ! 俺は…俺は負けたのか…。俺は敗者なのか!
否、敗者などいない。人類全てが敗者なんだ!

「……パクリはいかんよ」
「隙ありー」
「貰ったよぉー」
「祐一さん、隙だらけですよ」
「な…!」

俺が考え事をしている間に、真琴や名雪までに取られてしまった!
く、くそー
横でのんびりと食っている御速水が憎らしい。
なんと憎らしいことか!

「どうしましたか?」
「お、お前が憎い! なんと憎いことか!」
「お肉を取られただけで大げさだと思いますが」
「ぐぉおおぉ!」
「相沢さんらしいといえば聞こえが良いですね」

御速水は呆れたように自分の取り皿に乗っている肉と野菜をゆっくりと味わっていた。

「おいしかったです、秋子さん。ご馳走様でした」
「いえいえ、お粗末さまでした。また食べにきてくださいね。次は負けませんから」
「ありがとうございます。私も負けません」

……何だ? 最後、物騒な言葉が聞こえたんだが…。秋子さんが宣戦布告?
御速水、どうもお前は最強の人を本気にさせたようだな…。
しかも、お前は対抗しようとしてるし…。

「御速水…死ぬなよ」
「どうしました?」
「いや、俺はお前が最強に思えて仕方ない」
「??」
「祐一さん、御速水さんを送っていってあげてください」
「わかりました」
「あ、待って、祐一」

リビングから名雪が姿を現した。こうやって並んでいると親子だって実感するな…。

「私のノート知らない?」
「は? ノート? 俺は知らんぞ?」
「祐一に貸したでしょ?」
「……」

名雪に借りたノート……?

「…すまん、学校に忘れてきた」
「……取ってきて」
「はい……」

まぁ、御速水を送るついでに行って来るか。どうせ外に出かけるんだ。

「それじゃ、いってきます」
「いってらっしゃーい」
「はい、気をつけてください」
「お邪魔しました」










「学校は反対方向でしょう?」
「まぁな。まぁ、気にすんな。秋子さんに送れって言われた以上、送らないとな」
「しかし…二度手間でしょう?」
「夜道をお前一人で歩かすのは怖いんだよ」
「自分の身ぐらい自分で守れます」
「倒れたときはどうするんだ?」
「……」
「ついさっきまで苦しんでいたんだ。倒れられると困る」
「……分かりました」

御速水は送られることを断っていたが、倒れられるのは御免だしな。
御速水の気遣いはうれしいんだが……俺が送らなかったせいで帰り道の途中で
凍死なんてされた日には家にもいえてもらえないだろうし。なにより後味が悪すぎる。

「ここでいいです」

マンションの下までという俺の要望は何とか聞き入れられ、送ることに成功した。

「それじゃぁな。また明日…」
「明日は日曜です」
「…また月曜に」
「はい」

御速水がマンションへと姿を消していった。
何となく不安もある。ただ、胸騒ぎは完全に消えていた。
嫌な感覚が消えただけでもよしとするか…。










部屋に帰ってくると、異臭は少しだけ残っていました。
たぶん、しばらくはベットで寝られないでしょう。
私は寝室に入ると吐しゃ物と血で汚れたシーツを洗濯機に入れようとしましたが…。

「……」

かなり広範囲に広がっているようで洗っても取れるかどうか…。
捨てたほうが良いかも知れませんね。
とりあえず、眠れるようにしなければ……。
今日はソファーで眠ること確実のようです。
異臭も消え、部屋の様子が少し前の落ち着いていた時のようになると私はシャワーを浴びに向かいました。
体のラインにそって流れる水。
一定の音しか聞こえないその空間。
焦り、混乱を取り払い、落ち着きを取り戻させてくれました。

「月宮あゆさん…」

今日、出会った“月宮あゆ”は“月宮あゆ”であってそうでない。
私が敵対している“月宮あゆ”は今日、出会った方ではない、としか考えられません。

「二重人格であるか…二人存在しているか…でしょうね」

敵対心むき出しの“月宮あゆ”とは感覚が明らかに違い、今日は柔らかい雰囲気を持っていました。

「……どうなるか、ですね」

彼女がどう動くかでこれからも変わるでしょう…。
間違いなく相沢さんを狙って動くと思います。
相沢さんが記憶を取り戻したとき、それが私と彼女の戦いの始まりでしょう。
私はそう結論付けるとシャワーを止めました。
今更立ち止まれません。後は進むだけです…。










進む先。
多分それは予想と明らかに違う場所。
迷子にならないように…。