俺が何したんだろう…
思い返すが思い当たらない
何がそうさせるのか…
何が彼女をそうさせるのか?
分からない。
Catharsis
第十九編 迷い、悩む
(1月15日 金曜日 水瀬宅)
「どうだった?祐一」
「別に…何にもなかったぞ」
先に家に帰っていた名雪は「おかえり」と言った後にこう続けた。
嫌われた…。
と言うにはいささか根拠に欠けている。
ほかの人が見たり聞いたりすれば、間違いなく嫌われたと答えるだろうが、俺にとっては
なぜかはっきりとそう答えれなかった。
嫌っているかもしれないが、表面上だけのようなそんな感じ。
って、まるで自信過剰な男みたいじゃねぇかよ。
「でも、どうしたんだろうね。御速水さん」
「さぁな」
「祐一?」
「俺、少し寝てくる」
「あ、ちょっとぉ〜」
名雪の声が後ろで聞こえてきたが聞き流し、部屋へと戻った。
鞄を置き、上着だけを脱ぐ。
そのまま、ベットに倒れこんだ。
頭がまだ、混乱している。
俺が何かしたのか?
何もしていない。
なら、なぜ?
なぜ?
なぜ?
何故?
何故?
ナゼ?
ナゼ?
………
『あなたはどっち』
―――何だ?
『境界線はいつも存在する』
―――どういうことだ?
『それを超えれば、向こうの人になる』
――死ぬって事か?
『違う。ただ、どっち?』
―――何が…どっちなんだ?
『超えれば彼方。残れば此方』
―――何がだ?
『“果テ無キ世界”はすぐそこ』
―――“果テ無キ世界”って何だ…?
ゆ…い…
『“クロキヨクボウ”もすぐそこ』
…うい…
―――なん…だ?“クロキヨクボウ”って…
…ういち
『あなたはどうするの』
ゆうい…
―――だから…何…なんだ
ゆういち
『あなたはどちらを選ぶの?』
ゆういち!
―――お…い! 待……て。何が…言い……たい…んだ!
「祐一!!」
「ん…」
「ご飯できたよ」
「あ、ああ、分かった」
「どうしたの?」
「いや…」
なんだったんだ?夢……?
でも、何だ……。すごいはっきりと覚えてる。
訳の分からない単語があった気がする。
「何が……なんだ?」
「ん? どうしたの?祐一」
「あ、いや、何でも…」
「早く降りてきてね」
そういうと名雪は俺の部屋を出て行った。
ベットの端に腰掛ける。頭がまだ混乱している。とにかく落ち着け。
単語を思い出すんだ…。
まずは…「果テ無キ世界」聞いたことがない。
次に…「クロキヨクボウ」これも聞いたことがない
なら、何でだ?
何故にこんな夢を見たんだ?
「ゆういちー」
名雪の呼ぶ声が聞こえる。どうやら、早く行かないとどやされそうだな。
とにかく、考えるのは後だ。
俺は名雪が呼ぶ声に従って、食堂へ向かった。
おいしそうな匂いが鼻を刺激した。
「祐一さん」
「はい」
「どうしました?」
食後、俺はのんびりとお茶をすすっていた。
普段どおりにしているつもりだったが、秋子さんにはそう見えなかったらしい。
名雪と真琴はすでにテレビ観賞を行っていた。
「別になんともありませんが?」
「元気が無いですよ」
「……」
「祐一さん」
「御速水に嫌われたみたいなんです」
素直に秋子さんに相談したほうが良いかもしれない。
年長者としてのアドバイスとか受けてみると案外、早く解決するかも…。
「御速水さんが、祐一さんを嫌うようには見えないんですけど…」
「そうでしたか?」
「はい」
秋子さんの目から見ても俺と御速水は仲が良かったらしい。
確かに良く泊まったり、二人で出かけたりしていたが…。
「でも、実際には話しかけてもこう…刺々しい口調で返されて…」
「無意識のうちにって事はありませんか?」
「それが…分からなくて、聞いてみたんですが、何にもないと」
「……祐一さんにはもしかしたら原因は無いのかもしれませんね」
「俺には無い…?」
「はい、多分、御速水さん自身に何か問題があるのかもしれません」
「……」
御速水自身に問題がある?
それは御速水が悩んでいるという事か?
でも、そんなそぶりは見せなかったし…。むしろ俺に近づかれないように突き放していたみたいだし…。
「祐一さんに関することで悩んでいるのかもしれませんよ?」
「俺に関することですか?」
「そうです。だから祐一さんに知られては困るからこそ、祐一さんを突き放したのかもしれません」
「……大丈夫ですかね…」
「心配なんですね。御速水さんの事が…」
「はい…何となくほっとけなくて」
「あらあら、ごちそうさまです」
頬に手を当てて微笑んでいるのは良いんですけど…。
赤く染めないでください。見ているこっちが恥ずかしいです。
「……」
俺はまだ知らない。
二つの単語が大きな事を起こすことを。
御速水が俺を拒絶する理由を。
平穏というものがどれほど幸せだったかを……
普通の人は平穏を知らない。
知るにはその反対を知らないと…。
彼はこれから反対を知るらしい。
大変だね。