物語は書かれている。


登場人物はそれに従わなければいけない。


もし、従わなければ劇は失敗する。


なら、物語の筋を逸れた私はどうすれば


狂おしい衝動を抱えた私は…どうしれば…


私は………どうすれば……










Catharsis

第十八編 彼女がいない日
(1月15日 金曜日 朝〜放課後)










「朝だよ〜朝」

“プツッ”

最後まで聞く気が起きん。
目覚まし時計としては最悪の分類に入らないか? これだけのほほんとした呼び声で
起こされても普通は起きんだろ?

「さて、起きるか」

俺は普通じゃないから起きれるのさ。
まぁ、はじめの頃は名雪が入ってきたと思って起きていたし、今ではもう慣れたしな。
日課のようになった名雪起こし。
目覚ましの音が鳴る前全ての目覚ましのスイッチをOffにしてあとは名雪をたたき起こすだけ。
最近では数回の呼びかけで済むようになったのは俺の努力の賜物か?
名雪より一足先に食卓へ向かうとすでに準備された朝食が俺を待っていた。

「おはようございます、相沢さん」
「おはようございます、秋子さん」

普段のように繰り返す朝の挨拶。
また、今日もこれで始まるのか……。
ある意味、一日の始まりの合図みたいなものだな。なんて、俺は思っていた。
コーヒーの匂いがすでに俺の体を目覚めさせる合図になっていた。

「うにゅ、おはよう〜」

俺の朝食が胃袋に半分ほど消えた頃、名雪が起きてきた。
まだまだ寝ぼけ眼だが、なぁ起きてきただけマシってとこか。
ただ、ケロピーを持ってくるのはどうかと思うぞ?

「あら、おはよう。名雪」
「ふみゅ……ケロピー万歳」
「…秋子さん。娘さんの口の中にケロピーを押し込んでかまいませんか?」
「入るんでしたら、どうぞ」

笑顔で返す秋子さん……。というか、入れば押し込んでいいとは…。
さすがというかなんと言うか。
残りの半分の朝食も胃に収めると、名雪を急かして学校へ向かった。
今日も今日とて結局、学校までのマラソン大会を挑むことになってしまうとは…。
陸上部に勝てるはずなんて無いだろー!!
という俺の意見は聞き入られず、激しく呼吸を繰り返しながら何とか教室に辿りついた。

「あら、おはよう。お二人さん」
「あ、香里〜おはよう」
「お、おはよ……香里……」

さすがに息が切れる…。自分の机までたどり着くと、突っ伏した。
結構、ハードだ。しかも毎日…。名雪を放っていくか。

「ずいぶんとお疲れのようね。相沢君」
「味わうか?」
「私は遠慮しておくわ。もう、味わったことがあるから」
「……ご愁傷様」
「その言葉、今のあなたにそっくり返すわ」
「おう」

まさか香里まで味わっていたとは…。
まぁ、親友なら一緒に行くこともあるか。しかし、これは結構効くな…。
朝一の疲れを癒すために兎に角体を休めていた。と、目の前の席が空白だった。

「あり?」
「どうしたの?」
「いや、御速水が来てないとは珍しいな、と」
「あ、ホントだ〜」

机の横に鞄はかかっていない。いつも俺が来る頃には来てるはずなんだが…。
って、俺らより遅かったら遅刻確定だし。
とすぐに本礼が鳴った。しばらくして一時間目の教師が訪れて普段と変わらない授業が始まった。










「結局、来なかったわね」
「うん。どうしたんだろうね?」
「相沢君は何か知らない?」
「いや、とくに……」

昼休み。普段とは違った。
名雪が起きていたのだ。そう、名雪が寝ずに授業を受けてこうやって起きているのだ。
これは普段と違うといっても過言ではなかろう。
まぁ、そんなある種、小さいことは置いといて。
御速水が結局、学校にこなかった。遅刻でもしてくるのかと思ったんだが。
いつもなら御速水をからかうなりして遊ぶんだが…。
いないとこうも違和感を抱くとは。

「あら? 相沢君、寂しそうね」
「ん、おう、からかう相手いないとな」
「それだけかしら?」

見透かすような瞳で香里が俺を見つめる。
何が……言いたいのか……。
何となく分かる。だが、どうもそんな感じがしない
好きなのか? それでもない。何となくそんな感じじゃない。
いや、そうなのかも知れないが。そうじゃない気もするし…。

「んー、分からん」
「あら、好きなんじゃないの? 彼女のこと?」
「えー、祐一って御速水さんのこと、好きなの?」

驚きの声を上げる名雪。ってお前さんには関係なかろう?

「いや、だから…別にそういう訳じゃない。そういう訳じゃないんだが…。何か変な感じなんだ。
 好きなのかも知れないんだが、でも好きになっちゃいけない。そんな感じがするんだ」
「?? 祐一、何、言ってるのか分からないよぉ〜」
「私達にも意味が分かるように言ってくれないかしら?」
「すまん。俺もわからん」
「……聞いた私が悪かったわ」

呆れたように話を終わらせた香里。確かに俺もわからない。
何がどうなっているのか、自分のことなのに何も分からない。
別に御速水のことは嫌いじゃない。
むしろ好きかも知れない。
だが、なぜか好きになっちゃいけないとどこかで誰かが言ってきているような感じ。
だぁー!! 俺もわからん

「あきらめるか」
「何を?」
「考えること」

さすがに頭が疲れた。つぅか、勉強してるときよりも頭が疲れた気がする。

「ところで相沢君」
「ん、何だね。香里君」
「昼食はどうするのかしら? 出遅れたわよ」
「………しまった!!」

ときすでに遅し…。
結局、俺達は購買でパンを買って寂しい昼食となってしまいましたとさ。
うー、寂しい










「ねぇ、祐一…」
「ん? 何だ」
「こうやって帰るの久しぶりだね」
「そうか?」
「うん、いつも御速水さんと一緒じゃない?」
「……うーん」

確かに言われてみれば、御速水と一緒に帰ってる確率のほうが多いかもしれない。
というより、最近はほとんど一緒?!

「驚愕の新事実?」
「どうしたの?祐一?」
「いや、なんでもない。ただ、日常の新事実を発見しただけだ」
「良かったねぇ」

何か気の抜ける返事だ。
確かに御速水と一緒に帰ってる確率のほうが高いかもしれないが…。
だぁー!! もう!! 何で御速水が休んだだけでこんなに調子が乱れるんだぁー!!
最近は確かによく一緒にいたけどさ…。

「あ、御速水さん」
「えっ」

名雪のつぶやきで正気に戻った。
確かに名雪の視線の先には御速水がいた。
が、外を歩けるんだったら、何で学校に来ないんだ?
そう言えば……昨日も様子が少しおかしかったな。
何か俺を拒絶してるような何というか、近寄られることが迷惑、って感じだったな。

「名雪、先に帰っててくれ」
「あ、ちょっと祐一」

俺は御速水に昨日の事を尋ねるべく、走って彼女を追いかけた。

「おい! 御速水」
「相沢さん?」

御速水は驚いたような表情を見せた。あまり変化がないものの何となく感じ取った。

「大丈夫か?」
「何がですか?」

俺に呼ばれたときだけ、振り返って顔を見たが、それ以降は前を向いて今では顔すら合わせないようにしている。
何かしたか、俺?
思い当たる節は……ないんだが…。
もしかしてこいつの家に泊まったことがいけなかったのか?
近所で変なうわさが流れてしまったとか…。
ありえない話じゃない。
ふーむ、それを考え出すといろいろと浮かぶな。

「……何か御用ですか?」
「え、あ、いや、お前、学校を休んだだろ?それで風邪でもひいたのかと思ったんだ」
「それならこうやって外は歩きません」
「なら、どうしてだ?」
「相沢さんに関係ありますか?」
「……」
「……」

何かおかしい。昨日から俺につらく当たる。俺が何かしたのか?
多分、ふざけ云々でこうなるはずが無い。
おそらく、別の何か根本的なもの。

「なぁ、俺、何かしたか?」
「何かとは何ですか?」
「お前の気分を害するようなこと」
「…なぜですか?」
「お前が俺にやけにつらく当たってくるからな」
「別にきつく当たっていません。何か後ろめたい事があるからそう聞こえるのでしょう?」
「御速水……」

明らかに近寄るな、と言わんばかりの雰囲気を発していた。
普段の刺々しさに輪をかけてさらに酷くなっていた。
少し前なら、俺に対してもこんな風じゃなかったんだが…。
何が、あったんだ。

「なぁ、御速水…」
「何ですか?」
「いや……悪かった。何でもない」
「……」

そのまま、御速水は立ち去っていった。
これ以上、突っ込んでも答えは返ってこないだろう。
その後姿を見て、不吉な予感がした。
なんともいえない黒い感覚。
何か嫌な予感と言うか胸騒ぎがする。
世間一般にいう虫の知らせと言うものか…。

「何なんだ?」

そんな不安を抱えていながら、それでも話しかけられない自分が腹立たしかった。
雪がちらほらと舞い始めた。










やっぱり彼も崩れていた。
彼にも必要。
メトロノームは彼女かな?
だったら、彼女のメトロノームは彼?