少年は迷う


天使に連れられて…


迷宮をさまよい、出口を求める。


少年が行き着く先は


真実の待つ出口か?


それとも偽りの待つ出口か?










Catharsis

第十五編 捜索、そして虚実の入り口へ
(1月13日 水曜日 放課後〜公園)










私は舞さんと別れて家路につきました。
雪は地面を覆い尽くしており、歩道のコンクリートもほとんど隠されていました。
舞さんが、敵対行動を取らないという安心感から、少しだけ心に余裕が出来ました。
そうして、のんびりと歩いていたとき、後ろから呼び止められました。

「あれ? 御速水さん?」
「はい」

後ろを振り返ると部活帰りなのか、水瀬さんが立っていました。

「こんにちは、水瀬さん」
「祐一と一緒じゃないの?」
「今日は相沢さんとは一緒に帰っていませんが?」
「でも、祐一が『今日は御速水と帰る』って言って教室を出て行ったんだけど?」
「……私は先輩と一緒に帰ってきたのですが…」

何か嫌な予感というべきか、虫の知らせ。
その名雪さんの言葉で、第六感が相沢さんの危険を警告していました。

「とにかく、一度、家の方に戻ってみましょう。もしかしたら相沢さんは家に帰っているかもしれません」
「そうだね」

これが杞憂で終われば良いのですが…。
私と水瀬さんは水瀬家に帰ってみましたが……

「相沢さんはまだ帰ってきてないけど、どうしたの名雪?」
「御速水さんと帰るって言っていたのに、御速水さんは一緒に帰ってきてないっていったから、
 祐一に何かあったのかなって思ったの」
「…そうね…。少し待ってみたら?」
「うん」
これは水瀬さんと一緒に待ったほうが良いかもしれませんね。

「すいませんが、私もここで待たせてもらっても構いませんか?」
「ええ、良いですよ。御速水さん」

秋子さんに了承をもらい、私はリビングで相沢さんの帰りを待っていました。
出された紅茶に口をつけて待っていましたが、その紅茶に味がしませんでした。
別に紅茶が悪いわけではありません。むしろ高級品ともいえるものである事は分かっていたのですが、
気分が味わいを消しました。
そうやって私はしばらく待っていましたが、やはり帰ってくる気配がありません。
普段、気分が高ぶったりはしないのですが、今は少し気分が荒立ってきています
隣で水瀬さんも歩き回って心配しているみたいです。

「……祐一遅いね…」
「確かにそうねぇ」

時計を見ればすでに時間は七時…。
これは探しに行った方が良いかもしれません。
もし、この寒さの中で何かあったとすれば手遅れになる…。
可能性は低いですが、無い、と言い切れるほど確率が低いわけではありません。
何より、月宮あゆさんのことがあります。

『祐一君ハボクノ物ダヨ』

相沢さんが狙いである以上、どうなるか…。
推測ばかりで物事を語っても仕方ありません。
行動を起こさなければ…。

「……私は相沢さんを探しに行きますが、水瀬さんはどうします?」
「あ、私も行く」
「では、私は公園があるほうを探しに行くので、水瀬さんは駅の方をお願いします」
「二人とも風邪をひかないように祐一さんを探してきてくださいね」
「はい」
「うん、探してくるよ」

二人して外に出てみると空は綺麗に晴れ上がっていました。雲ひとつ無い夜空。
普段であれば、綺麗な空…と思いながら眺めているでしょうが、時が時です。
私と水瀬さんは商店街まで一緒に来ましたが、そこから逆の方向に分かれました。
こちらの方向で探すべき位置は……教会と公園。
教会のいる確率よりも……公園にいる確率の方が高いかもしれません。
まずは公園に行きましょう。










公園にくるとすでに人は全くいません。
あれだけ晴れていた空が急に曇りだし、今では雪も降り始めてきました。
これが嫌なこと予兆で無ければ良いのですが…。
公園の入り口から見渡しても特に人の影も無ければ、不可解な点はありませんでした。
さらに奥に…。

「ん…」

何か視界の隅に…。
噴水を取り囲むように作られているベンチに一人の制服を来た男の人が座っていました。
公園の備え付けの電灯がその男の人をはっきりと映していました。あれは高校の制服。
そして髪の色から相沢さんと判断して良いと思います。

「…相沢さん、心配かけないで下さい」

近寄ってみれば、確かに相沢さんでした。雪が降ったり止んだりしていた今日の天気で
雪が積もっているあたり長時間、ここに座っていたと見られます。

「……」
「相沢さん?」
「……」
「どうかした…」

肩を揺すろうと力を加えた瞬間、まるで糸の切れた操り人形のように崩れ落ちました。
そのシーンはまるでスローモーションのように私の目に映りました。

「相沢さん!!」

積もっていた新雪が舞い上がります。
倒れた体を持ち上げると、冷たくなっていました。
脈は……。
手首に触れると、とても冷たいですが、かすかに命の鼓動を感じられました。
呼吸も微かですがしています。
しかし、このままでは彼の身が持ちません。
私は自分が着ていたコートを脱ぎ、彼に着せてから公衆電話に向かいました。
まずは救急車の手配。そして、秋子さんの方に連絡をいれました。
その後は…少しでも体を温めるために彼の体をこすり続けました。










ふと、気が付いた俺がいたのは、商店街だった。
御速水に誘われて帰っていたはずなんだが…。
それにこの商店街は俺が普段、来ている商店街よりやや古ぼけている気がする。
何より、人がいない。
人がいない商店街って怖いもんだな。

「ここは…?」

“商店街だよ。今より少し古いけど”

「えっ?」

誰もいない商店街からいきなり声が聞こえてきた。この声は…

「あゆか?」
「うん、そうだよ」

いきなり俺の前に表れた。テレポーテーション?

「祐一くん…変な事を考えてない?」
「何! やはり、お前はサイキッカ−か!?」
「…祐一くんの顔を見てたらわかるよ」
「何! 御速水か!」
「ボクはあゆだよ。御速水さんとは違うよ」
「ん?あゆ、お前、御速水の事を知ってるのか?」
「うん。偶然、商店街で出合ったんだよ」

驚きだ。あの御速水とこのあゆが顔見知りとは…。
俺が推測するにあゆが食い逃げした時にぶつかったといった所だろう。

「そんなことより、祐一くんはこの風景に見覚えはない?」
「風景? そりゃああるに決まってるだろ。昔の商店街の姿だろ?」
「それじゃあ、何年前の姿か分かる?」
「七年前だろ。それ以外は考えられんし…」

なんせ、俺が最後にこの町に来たのは七年前何だからな。
それより最近には来た記憶がないし…。

「う−ん、ちゃんとした記憶から思い出したわけじゃないんだ…それじゃあ、これはどう?」

景色がゆがむ。
昔のゲームのワープを再現したようなエフェクトの後、景色は一転していた。
次に俺が立っていた場所はとても見晴らしの良い丘の上だった。
町が一望できる、景色の良い丘。
青空がどこまでも続き、気分を晴れやかにしてくれる。

「それでここはどこ何だ?」
「覚えてない? 祐一君はここを知ってるはずだよ?」

知ってる?
そうだ…知ってる気がする。どこかで見た覚えがあるような…。
しかし、こんな場所は来た覚えがないはず…。

「ああ、憶えてないけど…思い出せそうで思い出せない位置にある」
「うーん…でも、そのうち思い出すと思うから…次に行ってみる?」
「ああ」
「うん…それじゃ…ここはどうかな?」

また景色が変動する。
この古典的なワープのエフェクトはどうにかならんか?

「ここはどう?」

金色に染まった麦畑。
夕暮れが赤ではなく黄色に見えるのは麦穂のせいでもあるのか?

「…いや、覚えてないが……どこかで見たような気がする」

そう…これは…どこかで見た記憶がある。
忘れちゃいけない。忘れる事は駄目だったはずなんだ…。
なのに忘れてしまった場所…。

「すまん。思い出せそうで思い出せない」
「うーん、もう一押ししてみるよ?」
「ああ」

次に俺が訪れていた場所。
それは大きな木だった。林のど真ん中にある、一際年を取っていそうな樹木。
俺はその下に立っていた。
ここにも見覚えがある。おぼろげな記憶。不完全さが極まりないその記憶にいらだつ。

「くそっ…」

毒づいたところで変わらないが、思わずそうしたくなるくらいもどかしい。
あと少しでこれを思い出せそうなんだが…。

「まだ、駄目かな?」
「ああ…」

あゆの声がするほうを見る。
赤い太陽が目に突き刺さる。まぶしさに目を閉じたとき、赤が頭を支配した。
赤…紅……。
そうだ…。それに覚えがある。何の赤か思い出せないが、赤が重要だったんだ。

「祐一君。思い出して。自分で思い出す事に意味があるんだよ」
「ああ、分かってる」
「どう? 何か思い出せた?」
「……赤色。それが気になるんだ」
「うん、そうだよ。でも、そこまで思い出せたなら上出来だよ」

あゆが赤い太陽を背景に優しく微笑む。
そうだ…何かこんな景色に覚えがある。

「…これくらいにしとく?」
「ああ…」
「みんなが心配してると思うから…。それにこの事は目が覚めたら、忘れるから余り
 多くの事をやっても思い出すので大変だと思うし……」

そういうと、急にまばゆい光が広がってきた。目を開けていられない…。
これが夢なら俺は更に夢の中に沈むように意識を失っていった。
この夢が俺の過去を知る重要な手がかりになるとは…このとき、俺は知る由も無く、
夢をそれほど重要視していなかった……。










大切と思うから捨てられない。
でも、大切と思わなかったら捨てられる。
彼は捨てたのかな? あの夢を…