過ぎ去った“時”は戻りません


“時”はただ進むだけ


戻ることが出来ないからこそ、人は輝ける。


だからこそ、人は後悔をする


今、私に出来ること…


それは後悔しない為に最善を尽くすこと。


たとえこの身が壊れようとも……。










Catharsis

第十四編 自分に出来るあらゆる事
(1月13日 水曜日 朝〜放課後)










あの人が来る前までの自分のリズムで、私は家を出ました。
今日は相沢さんも泊まりに来ていないので、ゆっくりと自分のリズムで用意をして、
雪が降り積もった道を一人で歩いていました。

「…油断は許されませんね……」

私は雪が降り積もった道を見つめながら誰に話し掛けることでもなく、呟きました。
昨日の出来事は私の中で根強く、そして戒めとして残っていました。
自分の行動を妨げるものがいた…。それは私の中ではありえないものでした。
どこで歯車が狂ってしまったのか…。どこで道を間違えてしまったのか…。
今は考えるより、行動かもしれません。考えて原因を突き止めることも必要ですが、
それは過ぎ去ったもの。出来ることは未然に防ぐ対応。

「……月宮さんの行動は気をつけないといけませんね」

あの言葉は明らかに私に対しての警告…。
どちらにしても良い事柄ではないと思います。
それに七年前の事柄……。
あの人は相沢さんにとって、とても肝心な鍵を握っていることは確かだと思います。
そして、あの人の触れた瞬間に感じてくる“ザラッ”とした普通の人に触れた時には
感じられない感触。手触りではなく、心に伝わってくる感覚。
(少なくとも私の味方となる人間ではなさそうです)
多分…一番の強敵…。
そして、相沢さんには有害しかもたらさない者。

「時間も気をつけておかないと…」

気づけば歩みがゆっくりとなっていました。
ゆっくりとしていた足取りを速め、学校へ向かいました。










「屋上で少し頭を冷やさないといけませんね……」

授業中、私はひたすら月宮あゆさんの事を考えていましたが、結局、余りにも情報が少なく
無限のループにはまっていました。
そんな頭を冷やすために私は屋上に行こうとしたのです。
しかし……階段を上り、屋上へ出ようと思いましたが……。
屋上前の踊り場にまるでハイキングにでも来ているかのようにブルーシートがひかれ、
その上で二人の女子生徒が座って昼食を食べていました。

「……」

雪国に常識はないのでしょうか?
それともこれが常識なのでしょうか?

「ふぇ? どちらさんですか?」
「……誰?」
「…二年の御速水翡憐と言う者です」

さすがに二人に聞かれては答えないわけにはいかないと思い、思わず反射的に答えてしまいました。
リボンを見る限りでは最高学年ですが…また変わった習慣がある方々のようで。

「あははー、私は三年の倉田佐祐理です」
「……私は川澄舞」

二人が名乗ったと同時に私の体はまるで針に刺されたような刺激を受けました。
チクチクと体に伝わってきた感情は負の感情。
悲しみ…それが二人から伝わってきました。

「ふぇ? どうしました?」
「いえ、何でもありません。それよりも屋上に出たいので少し失礼します」

倉田佐祐理と名乗った女性の後ろを通ろうとした時、その女性が私を止めました。

「屋上にはいけませんよ」
「えっ?」
「冬は寒いですから、屋上に出られないように施錠されるんです」
「そうですか…」

少し頭を冷やそうと思ったのですが、ここでは無理みたいなので中庭の方に出て頭を冷やしましょうか…。
私が階段を下りようとしたとき、倉田佐祐理さんが私に話しかけてきました。

「一緒に昼食はどうですか?」
「弁当は持ち合わせていないので…私は食堂ですが…」
「佐祐理のお弁当を食べてください。みんなで一緒に食べるとおいしいですから。ねっ、舞」
「……(こくん)」

たこさんウィンナーを口に入れつつ、そう答えていました。
どうもこの二人のペースにはかなわないみたいです。
相沢さんを相手にするのとはまた別の疲れが出そうです。

「分かりました。頂きます」

私は倉田佐祐理さんの提案に素直に従いました。
せっかくのお誘いなので断るのも気が引けますし、何より先輩のお誘いです。
それが私を従わせるのに十分なものでした。
ただ、断るのが難点であるというのも理由でしたが…
彼女は私に残っていた割り箸と、そして紙コップを渡してくれました。
それに彼女特製なのか、もしくは売っている物なのか、とても香りのよいハーブティーを注いでくれました。
気分がとても落ち着きます。
香りを楽しんでいると、倉田佐祐理さんが心配そうに覗き込んできました。

「お気に召しませんでしたか?」
「いえ、非常にいい香りだったので楽しんでいただけです」
「そうですか〜。良かったです。心配だったんです」
「本当にいい香りです」
「ご飯も食べてくださいね。お口に会うか分かりませんけど…」

そういって、お弁当のふたに幾つかのおかずをとってくれました。それにしても後輩に
対してここまで親切にしてくれる先輩は珍しい気がします。

「すいません、倉田佐祐理さん」
「あはは〜良いですよ。それより佐祐理のことは佐祐理で良いですよ〜」
「……舞でいい」

いままで黙っていた川澄舞さんもそう言ってきました。
つかみ所の無い人ですが、悪い人ではないみたいです。それにどうも、この人は……。

「分かりました。佐祐理さん、舞さん」

私はとってもらったおかずを口に入れつつ、二人の会話を聞いていました。
会話というよりもはや佐祐理さんが一方的に話しているような状態でしたが、それでも
舞さんは一言、返すか、うなずくかをしていました。
私は昼休みが終わるギリギリまで、佐祐理さんが作った料理を味わい、お腹がいっぱいに
なった状態で授業を受けました。










「川澄舞さん……」

彼女の中に私は同類の力を感じました。
おそらく、彼女も私の力を感じているでしょう。
…あの人も月宮あゆさんと同じように私に敵対するのでしょうか…。

「……そうなれば厄介ですね…」

これ以上、敵が増える事は望ましくないのですが…。

「御速水……」

昇降口に来たとき、誰かが私を呼ぶ声がしました。
あたりを見渡しても誰が呼んだのか、どこにいるのか…全く見当がつきません。

「こっち……御速水」

微かに方向が分かりました。私の右斜め前方の方からみたいです。
ちょうど人が多く出入りしている入り口付近に私と同じような黒髪が見えました。
私が探していた舞さんのようです。
靴を履き替え、すぐに向かいました。

「どうかしましたか? 舞さん」
「…少し話がある」
「付き合え、という事ですか?」
「そういうこと」
「分かりました」

これ以上、敵が増えない事を願いましょう。










私は舞さんと一緒に商店街を歩いていました。
舞さんの話によると、人に聞かれるのは嫌だ、という事なので人気が少なく話しやすい場所。
条件を満たす場所としてマスターには悪いですが、あの店に行きましょう。
相沢さんに紹介をして貰ったあのお店です。

「少し横道に入りますが、構いませんか?」
「構わない」

ストレートな物言いは私と似たところがあるようです。
同属嫌悪という言葉がありますが、不思議と嫌悪感を抱かないのは、私とはまた違うものを
持っているからでしょうか。

「ここです」

相沢さんに連れられて訪れた喫茶店まほら。
今日も客はおらず、マスターには少し失礼かもしれませんが、話す場所としては
とても良い場所です。

「…」

舞さんは特に感想は無いのか、黙っていました。

「お気に召しませんか?」
「悪くない」

恐らく、大丈夫と言うところなのでしょう。私達は中に入ると前に座ったあの日の当りの
良い場所である角の席に座りました。

「お話とは何でしょう」
「…」

舞さんは黙ってメニューを見ていました。
どうも頼む気でいるらしいです。
マイペースな部分は佐祐理さんの性格に影響を受けているのでしょうか。
マスターに注文を終えた私は再度、舞さんに質問をしてみました。

「お話とは何でしょう」
「…貴女は誰?」
「私は御速水翡憐と名乗ったはずですが?」
「違う。そういう質問じゃない。あなたは人間?」
「人ではない。そう思うのですか?」
「思う」

やはり舞さんも力の持ち主のようなので、私の中にある力を感じ取ったようです。

「何故、そう思うのですか?」
「大きな力を感じる。人として内包するには無茶があるくらいに大きな力」
「でも、私は内包しています」
「だから、人間か、どうか聞いた」
「人と言い張れば人です」
「言い張らないといけないと思っているなら、人じゃないことを認めている」
「……」
「翡憐、答えて」

舞さんには生来から兼ね備えている野生の勘と、何らかの戦闘行為から身についた感覚。
二つが合わさって出来た天然のレーダー。
そして、舞さん自身が持っている力。
おそらく、それらが私の力は脅威と反応したのでしょう。
無言の圧迫感。彼女自身から放たれる圧力が私を責める。

「舞さん」
「……」
「非常に良い感覚を持っている事は認めます。ただ、舞さんは勘違いをしているようです。
 あなたは力を完全には使いこなせていない。しかし私は違います」
「!」
「……」

舞さんはただ、膨大な力が内包されているだけと思っていたようです。
そこは大きな勘違いです。
内包しているだけに見えるのは力の制御が出来ているから。
力を行使しないのは必要性がないから。
私が力を少しばかり行使しただけで素直に引き下がりました。

「舞さんの勘は賞賛に値します」
「翡憐…何が目的」
「舞さんに言うつもりはありません。ただ、一つ。舞さんが私に手を出さないという事でしたら、私も手は出しません。
 それは約束しましょう」
「……」
「……」
「分かった…」
「ありがとうございます」
「……二人とも、ここに注文の品を置いても構わないかな?」

声によってはじめて気づいたマスターの存在。
舞さんの方に意識を取られすぎて、マスターの存在を忘れていました。
緊迫した雰囲気を察していたのでしょうか、それが終わるまで待っていたようです。
注文したコーヒーが舞さんの前に置かれるとそれ少し飲みました。
極度の緊張でのどが渇いていたのか、それとも間を繋ぐためかはわかりません。
ただそれにより場の雰囲気が少し変わりました。

「…佐祐理には手を出さないで……」

それほど、大事な人間なのでしょうか…。
舞さんの瞳には明らかな敵対心がそこにありました。例え、どれほど強大で敵わない敵でも、
佐祐理さんに手を出す者には容赦しない。
そう、言っていました。

「私は手を出さない人に対しては敵対しません」
「……」
「佐祐理さんにも手を出さないと約束しましょう。
 ただ、佐祐理さんの行動が私に対して敵対行動であると判断した場合は約束できません」
「……」
「それは了解してください」
「分かった」

佐祐理さんが私の敵になるとは思えませんが、牽制しておく事に越した事はないでしょう。
陽が傾き、店内を赤く染めました。










“黄昏時”の別名は“大禍時”
大きな禍がありませんように…。