羽を持つ天使の少女と
創造主の少女
そんな二人の対話
結果は?
Catharsis
第十三編 第一種遭遇
(1月12日 火曜日 放課後)
今日は相沢さんより、一足早く家路に着いた私は、夕食の材料を買いに商店街に顔を出しました。
商店街にはいつもと同じく多くの人が来ていました。
最近は相沢さんと一緒にここを訪れていたので一人で歩いている今日は少し寂しさを感じました。
私としては珍しいこと…。
「今日は何にしましょうか…」
スーパーの食品売り場に陳列されている食品を見ながら、小さく呟きました。
栄養のバランスを考えて今日は野菜中心の献立にした方が、良さそうです。
最近は相沢さんが良く来ていたので、肉食中心の献立が多かった気がします。
「……ずいぶんと、主婦を満喫していますね」
肉と野菜のバランスを考えて買い物をしている自分に呆れを感じました。
買物を済ませた頃には日はかなり沈んでいました。
大した時間はかかっていないはずなのですが、やはり冬の一日。
日が沈むのは早いです。
マンションに帰ろうと思った時、
「うぐぅ〜!! どいて〜!!」
「えっ?」
奇声を上げて近づいてくるものの正体を見極めようと後ろを振り返った瞬間、脇腹に大きな衝撃を受けました。
そのまま、声を上げることが出来ず、飛ばされました。
ぶつかってきた方の少女も「うぐぅ〜」という奇声をあげて倒れました。
脇腹を襲った痛みは一瞬ですが、その痛みは呼吸を止めるのに十分なものでした。
数秒、呼吸が出来なくなり相沢さんではありませんが死ぬかと思いました。
どうも性格などが相沢さんに似つつあるようです。
痛む脇腹をさすりつつ、起き上がると私の買物をした物の中に散乱したなかにその少女が倒れていました。
(この少女は…)
私がかつて相沢さんと一緒に歩いていた時にぶつかりそうになった少女でした。
あの時の電柱衝突は見事でした。
「大丈夫ですか?」
少し戸惑いながらも彼女に触れました。
前回の違和感もあるので彼女に対する警戒心はありました。
今回も何とも言えない気持ち悪いザラッとした思いが伝わってきました。
しかし、それも最初だけのことでその後は何も無かったように普通の人間と変わらない感覚でした。
彼女は一体…。
「う、うん、ごめんなさい」
「私は大丈夫ですが、いいのですか? 急いでいたみたいですが?」
「あ、そうだよ! ボ、ボク、隠れるね」
そういってすぐ近くの路地に隠れました。
何からそんなに逃げる必要が…。
私は散乱した荷物を片付けつつ、羽リュックの少女を観察していました。
卵などを買っていなかったため、使えなくなる食材がなかったのが幸いです。
あたりをうかがう様子を見て追われているという事は分かりましたが、一体何に追われて
いるのかは、その様子からうかがえません。
「一体何から隠れているのでしょうかね…」
私は荷物をとりあえず片付けて、周りを気にしつつ羽リュックの少女の元に行きました。
彼女を探していると思われる人は傍にいないようです。
「どうかしたのですか?」
「うん、もう大丈夫みたいだね」
そういってまた、商店街の方に出ました。私も彼女の後を追います。
この少女の事はまだ何一つ分かっていません。
「あ、そうだ。大丈夫?」
「はい、大丈夫です。ぶつかったところはまだ少し痛みますが…」
私は彼女と商店街を歩きながら会話をしていました。
さすがに勢いを殺さないままの突撃はダメージが大きいようです。
とっさにぶつかる直前、軽く反対方向に跳んだもののほとんど威力は消せなかったようです。
「うぐぅ…ごめんなさい」
「お気になさらず。ところでまだ名前を聞いていないのですが?」
「あ、ボクは月宮あゆ。よろしくね」
「はい、宜しくお願いします。私は御速水翡憐と言います。以後、お見知りおきを…。確か、一度会っていましたね」
「えっ? そうかな? 覚えてないよ…」
思い出そうとして少し首を傾げる様子は愛くるしい天使のようでした。
羽根が付いているリュックもより一層、連想させました。
「以前、私が相沢さんと一緒に歩いていたときに電灯にぶつかったのはあなたではありませんでしたか?」
「あ…祐一君と一緒にいた人?」
どうやら思い出してくれたようです。
私としては忘れられない人ですから、覚えているのは当然ですが…。
ところで今、彼女は相沢さんの事を『祐一君』と言っていましたが…。
「もしかして相沢さんとお知りあいなのですか?」
「うん、そうだよ。とっても古くからの」
「とても古く? 一体、何時からなのですか?」
「七年前からの知り合いなんだよ」
歩いていた足が止まっていました。
七年前……。
この子も関わっているのでしょうか……。
相沢さんが落ち込んでいた事と何か…関係が…?
「どうしたの?」
「いえ、少し考え事をして立ち止まっただけです」
急に足を止めた私を不安そうに月宮さんが覗き込みましたが、私はその顔になるべく
表情を出さないようにして答えました。
「あ、そうだ。鯛焼き食べる?」
先ほどから大事そうに抱えて袋包みから一個の鯛焼きを出してきました。
彼女にとって、鯛焼きはとても大切なもののようです。
焼きたてのようで、おいしそうな煙を上げていましたが、私としては今まで鯛焼きを
食べたことが無いのでどういった味のものなのか興味が湧きました。
「そうですね。一個だけ頂きましょう」
「焼きたてはおいしいんだよ」
「そうかもしれませんね」
どうやって食べるものなのか…?
月宮あゆさんの方を見るとおいしそうに頭の方から頬張っていました。
私も彼女に見習って…
頭からパクッ、と一口。
柔らかい皮の内側にはねっとりと甘いアンコが入っていました。
「……」
「ふむ、ひょうひぃたの? ひひゃひゃひぃひゃん」
「口の中の物を食べてから言ってください。何を言っているのか全く分からないので」
しばらくモグモグと口を動かしていました。
私のほうは…ケーキなどの甘さなどに対しては問題ないのですが、和風お菓子などの
甘さはどうも苦手です。
このあんこのねっとりとした甘さが苦手なのです。
「どうしたの? 御速水さん。もしかして嫌いだった?」
「少しアンコが……」
「無理に食べなくていいよ。あとでボクが食べるから」
「大丈夫です。この一個だけは頂きます」
「そう? では、ボクは二個目に…」
またまた袋から鯛焼きを取り出すとうれしそうに頬張りました。
それにしてもおいしく食べる人ですね。
これなら食べてもらっている鯛焼きも、それを作った人も喜ぶでしょうね。
沈みかけた夕日が目に染みるほど赤くなっており、白いはずの雪が赤く染まっていました。
「あ、ボク、そろそろ帰らないと…」
茶色の袋は綺麗に折りたたまれている所を見ると、中身は綺麗に私と月宮あゆさんの
おなかに消えていったという事でしょう。
「方向が同じでしたら途中まで送って帰りましょうか?」
「あ、うん。じゃ、一緒に帰ろ」
私は月宮あゆさんと共に途中まで帰りました。
私が知らない相沢さんの過去についていろいろと話を聞きながらとても楽しい一時でした。
どうもこの鯛焼きが好きなわけは相沢さんが関わっていたそうです。
そして…
「あ、ボクはこっちだから」
「では、また」
「うん、またねー」
私と月宮あゆさんは共に家の方に足を向けましたが、最後の呟きを私は聞き逃しませんでした。
先ほどまでは普通の声で、そして楽しげに話していたあの声とは全く別のもので、とても
恐ろしく、私の心に深く染み込むような声で彼女は呟いていました。
『祐一君ハボクノ物ダヨ……』
“ゾクッ”
寒気が走り、振り返りましたがそこに月宮あゆさんの姿はありませんでした。
「……」
しばらく震えが止まるまで私はそこに立ち尽くしていました。
(あの人は一体……?)
私は震えが完全にひいてから家路につきました。
(妨害…しようとしているのは確かなようですね)
ゆっくりと瞳を閉じ、そしてもう一度、開けました。
気分も落ち着き、あとは準備を整えるだけ…。
あの人が望む世界のために……。
この出会いが全てを決める出会いでした。
そして、この出会いは歯車が狂った事を示した具体的なものでした……。
やっぱり狂った物語
でも、それもまた物語には違いない。
気づくかな?
新しい物語になった事を…。