少年は切に憖う【ねがう】
罪の意識から逃れるために…
誰も責めない、そして誰も自分を咎めない
少女のところに身を寄せる。
Catharsis
第十一編 異変と切望
(1月11日 月曜日 放課後〜翡憐宅)
「授業の風景はなしか?」
「誰に言ってるの?」
どうやら放課後には起床できた名雪がそうつっこんできた。
もちろん、この俺様も名雪と共に夢の中にいた。という事で、俺は一切、授業を聞いていなかったのだ。
今更、追いつけそうに無い授業は受けない事に限る。
「誰にでも良いだろ? それより名雪、お前クラブなら急いだ方が良いんじゃないのか?」
「そうだよ、急がないといけないんだよ…」
そういって、のんびりと出て行った。口と体があっていない気が……。
さて…俺はどうしますか…。
商店街ではあの羽っ子と遭遇する恐れがあるし…。
まぁ、暇つぶしになるから良いか…。ついでに御速水も誘っとくとして…。
「なぁ、御速水…。商店街に行かないか?」
「どうかしたのですか? 私を誘うとは…」
「いや、少し暇つぶしにどうかなと思ってな。お前も今日の晩飯の食材を買いに商店街にお世話になるんじゃないのか?」
「確かにそうですが…面白くないのでは?」
「いやいや、どうせ九割の確率で面白い奴と遭遇するからな。ついでに荷物持ちもやってやろう」
御速水は驚いた顔で俺を見た。おそらくここにきてはじめて表情が変化した気がする。
しかし…何もそこまで驚くことはなかろうに……。
「何だ? その顔は…」
「いえ、失礼しました。余りにも突然で有り得ない事だったので…」
「まぁ、見逃しておいてやろう。それで、行くのか行かないのか」
「行きます。手伝っていただけるのは非常にありがたいので」
「ほほう、まぁ、良かろう。感謝するが良い。ついでに夕食もおごってくれれば、もっと良いんだがな」
「感謝はします。が夕食を作れというのはどうかと思いますが」
「この世はギブ・アンド・テイク。どうかね、御速水君」
「分かりました。あなたのことですから断ってもくるのでしょう?」
どうやら、俺の行動はお見通しらしい。さて御速水の腕前がどれほどのものか味わってみたいし今から楽しみだ。
俺は御速水と連れ立って、商店街へ向かった。
学校を出るまでの間、なぜかきつい視線を浴びた。御速水って人気があったのか?
「今日は一体、何を作るんだ?」
「ドライカレーですが、それが何か?」
「ふむ、ドライカレーか…。久しぶりに食べる気がするぞ」
「そうですか…。嫌いというわけではないのですね?」
「おお、好きだぞ。普通のカレーも好きだがな」
秋子さんに作ってもらっても…
そこまで考えて自分が恐ろしい考えをしている事に気づき思考を止めた。
また、常識の範疇を越える出来事に遭遇するかもしれない。
俺は大した量も入っていないスーパーの買い物袋を持って、そういう会話をしていた。
さっき、御速水が買い物中に俺は秋子さんに御速水の家で食事をしていることを連絡しておいた。
「そうだ。少し甘味屋によっていくか?」
「……あそこですか?」
露骨にいやそうな顔。
普段はここまで変化はしないものの、あの甘味屋はとてつもない拒絶反応が出るらしい。
とか言う俺もさすがに二度と行きたい気分にはなれない。
「いや、俺が見つけた新しい場所だ」
「それなら良いですが、一体どこにあるのですか?」
「少し奥まったところだが、雰囲気は結構、古風な喫茶店でお前の雰囲気にぴったしだな」
「喫茶店ですか?」
「おお、マスターも優しそうな人だったし」
俺は人通りが激しい商店街の通りから一筋ずれて、物静かな路地に入った。
しばらく進むと右手に古風な建物。
『喫茶店 まほら』
と看板が出ていた。
「ここですか?」
「おお、なんとも古風的な店だろ?」
「そうですね。雰囲気は非常に良いです」
「だろ?それじゃ、入るか」
扉を開けると“カランッ”と言う古さを感じさせる鐘の音を立てた。
小さな路地にあるが、角に建っており日当たりが非常に良かった。
「あれ? 君は…」
「こんにちは、マスター」
「やぁ、いらっしゃい。今日は彼女連れかい?」
「彼女に見えますか?」
別に見られて迷惑というわけではいないが、御速水のほうが迷惑だろう…。
「ああ、お似合いだと思うけどね」
「だと…」
俺は御速水に話を振った。振られた方の御速水は……照れるということは全くしておらず、
いつもの無表情で
「どういった答えを期待しているのですか?」
「どうって…言われてもな…照れるとか、恥ずかしがるとか出来ないのか?」
「…無理な注文です」
「確かに期待した俺が馬鹿だった…」
俺はため息をついて日のあたる一番、いい席に座った。
御速水は俺の席に前に座って外を眺めていた。
人通りが少ない通り。
それをただ見つめていた。何があるわけでもない。ただ眺めていた。
俺はそんな御速水を眺めてた。俺から見えるのはちょうど彼女の横顔。その普段は余り
見慣れない横顔は正面から見た時の顔と変わらず、厳しい雰囲気を漂わせていた。
しかし、最近、御速水の雰囲気に変化が出てきた気がする。
昔よりは柔らかくなったその雰囲気。
微かに笑っているようなそんな感じを受ける時だってあるようになったのだ。
「見惚れている所、悪いけど注文はなんだい?」
マスターの呼び声で現実に戻った。
「あ、すいません、俺はコーヒーで」
「私は紅茶とレモンのタルトをお願いします」
「分かったよ。それじゃ、ごゆっくり」
マスターはキッチンの方に戻っていった。
どうも全てをマスターがやっているようだ。それだけ客が少ないということなのか…?
「相沢さん、感じの良いマスターですね」
「ああ、初対面の人でもああやって接してくれるから、こっちも接しやすいんだ」
「『恥ずかしがる』……」
「ん、何だ、突然」
「いえ、先ほど相沢さんが言った事です。私は感情を表に出すのが苦手なので、どうしてもそういった行為が出来ないのです」
「そうか…まぁ、ゆっくりと慣れていったら良いじゃないのか? 感情を表に出す、って言うのは慣れてないと難しいもんだろうからな」
「……そうですね…私は特にそうかもしれません」
すっ、と御速水の雰囲気にかげりが指した気がする。
それを気にしているのか、それとも別のことが気になっているのか…。
「ん、どういう意味だ?」
「お気になさらず。個人的な事情ですから」
「聞きたくなるんだがな」
「…すいません。話をしておきながら、中途半端に止めてしまって…。この話題は触れられたくないのです」
普段ならきっぱりと拒絶する彼女がこの話題に関しては謝りながらその話題をそらした。
相当、知られたくない話題なのだろう。さすがの俺もこの話題に対して、これ以上は突っ込む事をしなかった。
「ういー、美味かった。ごっそうさん」
「はい、お粗末さまでした」
御速水の家で夕食を食べたのだが…秋子さんに及ばずとも非常にうまかった。
標準のラインは上回る成績だ。
食後のお茶をすすりながら、窓の外を見ようとした。
が、この時間帯、どこもカーテンが閉まっている。御速水の家も閉まっていた。
「……」
カーテンを開けたら…世界がないんじゃないのか? そんな愚かな事を考える。
有り得ない事だろう。そんなことがあったら世界の存在を疑わなきゃならない。
そうなれば自分の安心すら失われる…。
俺はそんな愚かな事を考えて、恐怖にとらわれた。今日の俺はどうかしている。
そんな事で恐怖を感じるなど…。
いや、今日の朝からおかしいのだ。俺は何もしていないと思っている。
なのに、名雪に恐怖心を抱く。
だからこそ、家に帰りたくないのかもしれない。
しかし、明日は学校があるし、ここは女性の家だ。
しかも一人暮らし……。一つ屋根の下で男女が一夜を共にする……。
「危険、極まりない行為だな」
「はい? どうかしましたか?」
「いや、独り言だ。気にするな」
「……まさか、泊まって帰ろうという魂胆ではありませんか?」
「おお、そうだ…って、どうして考えていることが当たったんだ?」
「……帰りたくない、って言う雰囲気を強く感じましたので」
「安心しろ。俺は帰るから」
「帰るのが辛いのでしたら、こちらに泊まっても構いませんが」
普段よりも優しげな彼女の声。どうやらそれに惹かれたらしい。
帰るのが辛い…そうかもしれない。
今朝、名雪の顔を見るのが怖かった。夢の所為でしんどかった。という理由もあったが、
今朝になって何となく名雪の顔を見るのが怖かった。
何か罪悪感みたいな物を受けるというか、何と言うか…。
責められるような気がしたのだ。
それに昨日、俺が拾ってきた真琴という少女の顔も見ると恐怖を感じる。
別に怖い顔をしているわけではないのだが、何かが俺の本能に訴えかけてきた。
「わりい……」
「いえ、何となくそんな顔をしていたので…。そのかわり襲わないでくださいね」
「善処する」
「帰ってください」
「すいません。しません」
「…秋子さんには私のほうから連絡をしておきます」
「おお、ってそれは良いんだが、俺の寝るところはあるのか?」
「床ですね」
「……」
「ソファーでも結構ですが?」
「……」
「布団はありませんよ。私は客人を止めることを前提に布団を買っていないので」
「……今日は冷え込むし、今は冬。しかも北国なんだがなぁ…」
「……」
「どうしてこうなるのですかね」
「さぁ、でも、温いぞ」
「……」
結局、あれだけ言われたが現在、俺は御速水と共にベットで寝ている。
よく了承してくれたなって? 俺が強引に入ったんだ。
これぐらいでもしないと、寝かせてくれるはずがないだろ?
「変なところを触らないで下さい。もし、そうなった場合、外に出しますから」
「…はい、善処します」
「外に出しましょうか?」
「ま、待ってくれ、不可抗力というものもあるだろっ! それを考えてくれ!」
「……仕方ありません。今回だけは大目に見ておきましょう」
「サンキュ」
結局、いろいろなことを言い合いながらも俺達は眠りについた。
正直なところ、俺は彼女の傍にいると心が落ち着く…。不安も恐怖も全て拭われて、
俺の心に残るのは温もり、優しさだけである。
それは俺が彼女にどんな想いを抱いているのかを示していた。
そして、それは今後の俺にとって大きな悲しみの始まりだった。
近づきすぎた二人
近づけばあとは傷つくだけ。
二人は傷つけあい、そして舐めあう。