夢は記憶…


夢は願望…


夢は現実…


夢は……










Catharsis

第十編 残夢
(1月11日 月曜日 登校〜学校)










「……」

何か夢を見た気がする…。それを物語るように、冬のはずなのに汗をかいていた。
悪夢だったのか?
外はいつもと変わらない白銀に満ちた世界。刺すような反射光に目を細める。

「……何にも覚えてねぇ」

夢なんて覚えてないのが普通なんだがな…。でも、悪夢ならまだ覚えてると思うんだが。

「とにかく起きるか…」

いつもよりも気だるく感じる体を強引に奮い立たせて起こした。
別に風邪をひいたわけでは無いようだし、ただ気分が優れないだけだろう。

「…名雪を起こして…」

身につき始めた習慣。
それが今日に限って鬱陶しく感じる。なぜか今日はおかしい。
やはり今朝、見たと思われる夢の所為なのだろうか。

「……」

名雪の部屋の前。そろそろ目覚まし時計が鳴り出すころだ。全てのスイッチを止めると
起こしにかかった。大きな声を出して…。大きな…。
駄目だ。大きな声を出す気がしない。夢だけでこれだけ酷くなるのは…相当、酷いもの
何じゃないのか? それなのに覚えていない…。一体……
俺は変な気分のまま食卓へ向かった。

「どうかしたんですか? 相沢さん」
「あ、秋子さん、おはようございます」
「おはようございます、相沢さん。それより、大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが?」
「ええ、大丈夫ですよ。どうも夢見が悪かっただけ見たいですから…」
「そうですか…なら、良いんですけど…」
「すいませんが、名雪をお願いします」
「ふふふ、祐一さん。名雪は私の娘ですよ?祐一さんは先に行ってください」

秋子さんはそういって、キッチンへ消えていった。
しばらくして、良い香りを漂わせたコーヒーとパンが運ばれてきた。
それをすぐに胃の中に収めると、家を出た。

「…御速水と一緒に行くか…」
俺は学校と逆の方向に歩みを進めた。
しばらくして大きなマンションが見えてきた。共同玄関のスロットにカードを通して鍵を
開ける。そして昨日一日中いた家の鍵を開けた。
そのままズカズカとリビングに入って驚かせようと思っていたのだが……。

「御速水ー! 早く行くぞー!!」

リビングの扉を開けた瞬間、目に入ってきたもの。それは……

「……」
「……」

お互い見つめ合う事しか出来なかった。
俺も言葉が発せなかった。なぜなら…そこにいたのは御速水だった。
そう、御速水なのだが、服装に問題があった。下着だった……。

「……」
「……」

出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込む、という思った以上に均整のとれた体だった。
なかなか美しいもの…。きれいだねぇ。

「…えっ、と……」
「……あっ……えっ…」

顔を赤くして俺を見つめる。微妙に口元が引きつっていた。そして…

「きゃぁぁぁぁ!!」










「すいません」
「今度から入るときは、リビングの扉を叩いてください」
「はい、すいません」

現在、御速水と一緒に登校中。
さっき俺が見てしまったものについて謝っているのだ。

「…本当に悪いと思っていますか?」
「おお、本当に思っているぞ」
「……分かりました。今回に限り許してあげましょう」

御速水は大きくため息をついてそういった。
ありがたや、ありがたや…。
しかし…本当にスタイル良かったな…こいつの体…。
俺は横に立っている御速水の事を見た。服を着ていても確かに悪い体つきではない。
制服の腰のあたりはゆったりとして体のラインを綺麗にあらわさないのだが、それでも
綺麗だと俺は思った。

「どうかしましたか?」
「えっ、あっ、いや、何でもないです」

考えていたことがばれたのか? いや、顔には出してないはず。なら…。

「……相沢さん? 顔色が悪いですが、どうかしたのですか?」

いきなり俺の顔を覗き込んでそういった。
それほど俺の顔色は悪いのか?

「いや…夢見が悪かっただけだ」
「……気分はどうですか?」
「別に悪くは無いが……どうしてだ?」
「少し失礼します」

そういっていきなり俺の頭を両手でつかむと、俺の額は御速水の額につけられた。
急に頭が重くなったかと思うと、続いて急に軽くなった。

「……何をしたんだ?」
「はい? 特に何もしていませんが?」
「……サンキュ、頭が軽くなった」
「そうですか、それは良かったです」

普段と変わり無い表情であったが、周りの雰囲気が微かに和らいだと感じた。
(笑えば結構、可愛いと思うんだが……)
そんな俺の思いは心の中にとどめておいた。

「早く行かないと遅刻すると思いますが?」
「そうだな、急ぐか…」










「……昼休みだ…」
「そうだな……」
「多いぞ…」
「それでも俺たちは行かないといけない」
「そうだ。俺たちはチキンではない」
「ならば、する事は一つ」
「「ガンホー!!」」

さぁ、俺も北川も戦闘準備は完璧だ。いつでも来い!

「あなた達、何をやってるの?」

香里から冷たい一言……。結構、効くんだよ…その一言が…。
一方、朝、放って来た名雪は……横で気持ちよく眠っていた。

「おい、起きろ。飯を食いに行くぞ…」
「ケロピーは食べられないよぉ〜」
「…寝てろ」

俺は北川と香里を連れて食堂へ向かった。相も変わらず、人の海が広がっていた。
どこでもこの食堂風景は変わらないらしい。
今日の当番は北川が注文、香里がそのサポート。そして俺が席の確保なんだが……。
空いてない…どこを見ても…っと、御速水発見。しかもその周りには三つの空席。
俺はそこを確保するために海を泳いでそこへ到達した。

「よぉ、寂しく食ってんな」
「相沢さん。どうかしたのですか?」
「席が空いてなくてな、この席、三つとも使ってもいいか?」
「はい、構いませんけど、他にいるのですか?」
「ああ、今は俺の分を取ってきてもらってる。ここでは作業分担が飯を食うための効率良い手段だからな」
「確かにそうかもしれませんね」

俺が翡憐と話していると、どうやら食料の調達に成功したらしく、俺の姿を探していた。
俺は手を上げて自分の現在位置を知らせた。二人とも俺と同じように海を泳いできた。

「あら、御速水さん。こんにちは」
「はい、こんにちは、美坂香里さん」
「相も変わらずね。その呼び方」
「癖ですので…呼び方を変える事も出来ますが?」
「それで良いわよ。何となく気分が引き締まって気持ちがいいから…」

どうやら、香里と御速水はそれなりに仲が良いらしい。それより、こいつが北川の事を知っているのかだ…。

「こんにちは、北川潤さん」
「あ、ああ、こんにちは、御速水さん」

どうやら、御速水は北川の存在を認識できたらしいが……。
北川の方はガチガチに固まってるぞ、おい。

「なぁ、ところで御速水はいつも一人で食ってんのか?」
「大抵は、相沢さんはいつもこのメンバーで?」
「おお、まぁな」

北川たちが手に入れてきた昼食に俺は手をつける。
さすが学食。値段相応のうまさだな。
高けりゃうまい。安けりゃ…まぁ、それなりの味だな。
ちなみに、俺はちょっと豪華だったりする。

「ところで、相沢君だけ呼び方が違うのね」
「そう、呼ぶように言われましたから」

香里は御速水の隣に座ってそう話しかけた。
御速水は目の前の食事から目を逸らさず、答えた。

「あら? 少し仲良くなったからと思ったんだけど…勘違いだったかしら?」
「…少しは仲良くなったかもしれません」

言われてみれば確かに俺と御速水は急に近づいた気がする。
まぁ、確かに家に泊まっていたらそれなりに仲良くはなるけど…。

「相沢君の相手も大変でしょう」
「はい、疲れます」
「二人揃って辛辣っすね」
「あら、本音はそんなものよ」
「真実は人に厳しいものです」

…二人揃って言いますか?

「相沢…お前は水瀬さんだけでなく御速水さんまで汚すのか!!」
「黙れ」

食堂の床へ北川を沈める。さすがに勘違いなどされたら…

「あら、御速水さん。汚されたの?」
「美坂香里さん。発言は考えてください」
「相沢君よりは考えているわ」
「俺も考えてるんだが」
「なら、性質悪い方向に考えているのね」
「……」

ぐうの音も出ないというのはこういうことか?
思えば、御速水と香里のコンビは最強タッグに感じるんだが…

「「良からぬ事は考えないほうが身のためよ(です)」」
「…すいません」

やはり最強タッグだった。
俺達は結局、名雪の代わりに御速水を入れてその日の昼休みを過ごした。
そんな暖かな昼食。
時はまだ春の暖かい木漏れ日…。