少年と少女は出かける
雪が舞い散るその町を
そして出会う
この世界でもっとも可愛い
大敵に……
Catharsis
第八編 羽を持つ少女
(1月10日 日曜日 商店街)
「どこか出かけないかぁ〜」
私が家の掃除などを終わらせてやっと、くつろげるとなった時に彼はそう口を開けました。
病み上がりの私にはややしんどい作業でしたので、相沢さんの要望は私にとっては拒否したいものでした。
「すいませんが、疲れているので家の中にいる事を所望します」
「ふむ、火事でも消すのか?」
「それは消防です」
「掛け算か?」
「それは乗法です」
「何を使い切ったんだ?」
「それは消耗です」
「なら、無駄毛を処理する…」
「それは除毛です」
「なら…」
「もういいです。行きましょう」
これほどボケることができるのも、ある種の才能かもしれません。
しかし、相手をしている方は疲れてしまうので、もう少しマシにはならないのかと思う今日この頃です。
「ふむ、やっと行く気になったか…」
性質の悪いやる気を出させる方法です。
「準備をしてくるので先に外で待っていてください」
「寒いぞ。外は…」
「しつこい人は外で頭を冷やしてください」
「明日、お前の家の前に新聞記者が殺到するぞ?」
「何故ですか?」
「凍死体が発見されて」
「大丈夫です。そんな短い時間では凍死しません」
「なら、飛び降り自殺」
「するのですか?」
「しません」
「なら、外で待っていてください」
「よし、それじゃ、チャイムを鳴らし続けてやる。しつこいぞ?」
……今までの事は起きそうにありませんでしたが、最後の事はやりかねません。
「……玄関で待っていてください」
「それなら良いぞ」
そういって上着をもって玄関へ向かいました。
相沢さんを相手にするには少し疲れます。
私は自分の部屋に戻り、コートとマフラーを身に付け、財布を持って玄関へ向かいました。
祐一さんはすでに靴を履いて待っていました。
「で、どこ行くんだ?」
マンションの外に出て、祐一さんは訳の分からないことを言い出しました。
「待ってください。行く当てがあって私を散歩に誘ったのではないのですか?」
「いいや、何にも。ただ気晴らし…」
「…適当ですね」
行き当たりばったりの発言ばかりをする方です。
「誉め言葉として受け取っておこう」
「では、教会に行きますか?」
「教会…。肝試しか?」
「それほど肝試しがしたいのですか?」
「おお、ぜひ、お前としたいぞ。キャー、って抱きついてきてくれたなら、もう思い残す事はないぞ」
「でしたら、抱きついて差し上げますから、思い残すことなく去ってください」
「……御速水さん。冗談に聞こえないのですが…」
私は相沢さんの発言が冗談に聞こえません。
「ふむ、まあ、良いだろう。抱きついてくれないのは残念だが…。その前に商店街に寄っていかないか?
軽く腹ごしらえをするものを買いたいし…」
「分かりました」
私と祐一さんはその目的地に行く前に商店街によりました。
雪は降っておらず、空は快晴でした。
寒がりの相沢さんも太陽が出ていたおかげで少しは暖かかったようで、あまり寒いと
連呼していませんでした。
普通の家ではそろそろ昼食の時間であったため、人通りは少ない感じがしましたが、
それが違和感を受けるのは私の気にしすぎなのでしょうか…。
「うぐぅー! どいてー!!」
「んぁ?」
「えっ?」
私と祐一さんは後ろを振り返りました。向こうから羽のリュックを背負った小さな女の子が走ってきました。
なにやら茶色の紙包みを抱えています。
一方、その女の子はどいてー、と叫びながら私たちの姿が目に入っているのに全くと
いって良いほど走っている速度を落とさず、私達に向かって来ていました。
正直、身の危険を感じます。
「よけるぞ、御速水」
「はい」
「俺は右に、お前は左に避けろ。良いな」
「はい」
私達にぶつかる直前、私と祐一さんはそれぞれの方向に避けました。
彼女はそのまま、私達の間を駆け抜けて私達の前にあった電灯に大きな音を立ててぶつかりました。
“ガゴンッ!!”
電灯の上のほうが少しだけ揺れているのは目の錯覚でしょうか?
「うぐぅ〜」
「「……」」
……私が生きてきた中でおそらく一番綺麗なぶつかり方をした女の子だと思いました。
「死んでしまったか…」
手を合わせる相沢さんに思わず、同じように手を合わせてしまった私は相沢さんに感化されているのでしょうか?
「勝手に殺さないでよぉ〜」
ガバッ、という効果音が適切なぐらいの勢いで激突した女の子は身を起こしました。
鼻の頭は赤くはれており、電灯にぶつかった時の衝撃を物語っていました。
「大丈夫ですか?」
「あ、うん、大丈夫。ありがとう」
手を差し伸べますと、その女の子はおずおずとその手を掴んできました。
ミトンに覆われたその手から体温は感じられませんが、暖かい彼女の雰囲気は伝わってきました。
「気を付けて下さい。雪の降った地面は滑りやすいので急停止はできません」
「う、うん、ごめんなさい」
少し怖がっているみたいです。初対面の人には私の仕草や話し方は怒っていると取られたようです。
別に怒ってはいないのですが…。
「まぁ、それより良いのか? かなり急いでいるみたいだが?」
「あ、そうだよ。早く逃げないと!! それじゃ!」
相沢さんの一言で何かを思い出したのか、そういって嵐のようにその少女は去っていきました。
私が彼女に手を差し伸べてそれを掴んだ一瞬、不可解な感覚が私を襲いました。
そのときの感覚は…いままで感じたことの無い、湿り気を帯びた風のような感覚と、
暖かい春風を連想するような優しい感覚でした。
「しかし…よく、こんな寂れた場所が好きだな…」
「気分が落ち着きますので」
相沢さんはコンビニで買った缶コーヒーを一口、飲みました。
暖かさが身に沁みたのでしょう。白い吐息を空気中に出して遊んでいました。
「鐘すら鳴らんのだな」
「すでにここには誰もいらっしゃらないので」
同じくコンビニで買った肉マンを一口、頬張ります。
暖かい皮と、同じく暖かい中の具が私の体を温めます。
私達は寂れた教会の前に来ました。
雪に埋もれた教会は寂しげながらも、それが美しい雰囲気をかもし出していました。
それが相沢さんに感じられるかどうかは分かりませんが…。
「不思議なところだな」
「祐一さんもそれを感じましたか?」
「俺の第六感は電波を受信できるぐらいすごいんだぜ」
「では、がんばって受信してください」
せっかくの良い雰囲気が台無しです。
私達は教会の中に入りました。やや埃くさいですが、それでも正面のステンドグラスから
入ってくる光は美しく、神聖な感じを受けました。
寂れているとは言え、ステンドグラスに損傷はなく、美しさは現役のままでした。
「中も外と変わらず寂れてるな」
「はい、誰も手入れをしていませんから…」
「……ステンドグラスだけは綺麗だな」
「私はあのステンドグラスが好きなのです。優しくも暖かいあの雰囲気が…」
「そうだな。俺もそれは認めるぞ。確かにあのステンドグラスは綺麗だと思う」
普段、のんびりとする事のない私達ですが、今日のこの時間は非常にのんびりと、そして優しい時間を過ごしました。
「祐一さん」
「ん、どうした?」
「今日はどうもすいませんでした」
「どうしたんだ、急に?」
「無理強いをさせてしまったみたいでしたので…」
教会からの帰り道、さきほどから何となく厳しい雰囲気を放っている祐一さんに私はそう、話し掛けました。
「いや、別に無理強いはさせられてないぞ?」
「そうですか? 何となく身に纏っている雰囲気が厳しいものだったので…」
「いや、ちょっと考え事をな」
「何か重要なことなのですか?」
「いや、あの羽リュックを背負った女の子の事なんだがな…どっかで出会った気がするんだが…」
「他人の空似…なのでは?」
「ああ、多分そうなんだろうな…。まぁ、いずれ分かるか…。それより俺は商店街によるけど、御速水はどうするんだ?」
「私は家の方に帰らせてもらいます。では、ここでお別れですね」
ちょうど、商店街の入り口に着きました。
家にあるもので夜の食事の分は足ると思いますし、もし足りなかったとしてもコンビニでお弁当などを買えば良いので…。
「それじゃ、また明日学校でな」
「はい、では、また明日に…」
私は祐一さんに挨拶をしてから、家路に着きました。
歯車はまた一つ、狂ってしまいました。
今は小さな狂いですが後々にはどれほどの被害を出すのか…私にはわかりません。
しかし、一つ言える事、それは私にとって良くない方向に曲がりつつある、という事です。
予感は大切。
動物に備わっているもの。
大抵は当たるもの。
でも、当たらないと良いのにね。