不思議な休日


二人はのんびりと過ごした。


互いをよく知り合う為


互いとは言いにくいものであるが…


しかし、これは神しか知らない運命の出発点でもあった。










Catharsis

第七編 二人の不思議な休日
(1月10日 日曜日 朝食)










「…ぐっすりと眠っていますが…起こした方が良いでしょうね」

私はソファーの上でぐっすりと眠っている相沢祐一さんを見つめて独り言を呟きました。
どうやら私が眠りについた後、しばらく起きていたようですが、そのまま心地よき睡魔に
誘われて眠ってしまったようです。
リビングに置かれているテーブルにはおにぎりのフィルムが転がっていました。
暖房がかかっているとは言え、さすがに冬の雪国で私服のまま寝るのは寒いでしょう。
ソファーに倒れこんでコートを被って寝ている彼は丸まっていました。
気持ちよさそうな寝顔をしていますが、現在は午前十時。
私もさすがに日曜日ともあってのんびりと寝られました。
ついでに私の風邪は大方、回復したようです。

「ZZZ……」
「人の寝顔を見るというのは面白いものですね」

私も一度、相沢祐一さんに寝顔を見られた経験がありますが、おそらく相沢祐一さんの
気分もこんな感じだったのでしょうか…。

「…本当に起こさないといけない時間ですね」

私は台所からフライパンとお玉を持ってきて……
それではいささか古いアメリカのホームドラマを連想しますが、残念ながら私はそれを
再現するつもりはありませんのでお玉は持ってきていません。
別に音を立てなくても人は起きます。
相沢祐一さんには音というほど生易しいものでは起きないと思いますし、何より多少の
無茶があっても普段の恨み…を晴らすということで…。
フライパンを持ってきて、それを………頭、目掛けて一気に振り下ろしました。

“ガンッ!!!”

やや、鈍い音。少し迫力に欠けますが、人の頭なので我慢しておきましょう。

「……!!!!」

一方、鈍い音をたてる頭の持ち主は声も無く目を覚ましたようです。
ガバッ、という効果音が着いてもおかしくない勢いで起きました。
一体何が起きたのか分からない様子であたりを見渡しています。

「………」
「どうかしましたか?」
「……俺をどうやって起こしたんだ?」
「これで起こしました」

私は右手に持っていたフライパンを相沢祐一さんに見せました。
彼はこのフライパンを見て、目を見開いていました。

「……俺を殺すつもりだったのか?」
「いえ、目を覚まさせてあげようと思っただけですが…それが何か?」
「俺がお前を起こしたときはもっとやさしく起こしたはずだが?」
「私もやさしくあなたの頭を叩いたつもりですが?」
「…それで叩かれてやさしいも何も無いだろ?」
「ありますよ。まず、やさしく叩いて普通に目覚める」

指を一本上げました。「そして…」と続けてもう一本上げました

「少しきつく叩いて水辺のほとりを眺めてから目覚める。そして最後にすでに死んでいる
 親しい方に『まだ早いよ』と言われてから戻ってくる。この三通りがありますが…」
「……俺を殺すつもりか?」
「いえ、ですから一番やさしい方法で起こしましたが?」
「…もういい。それより今何時なんだ?」

どうも、少し強すぎたらしいです。頭をさすりつつ、時間を聞いてきました。

「午前十時十二分です」

いつもの癖でつけてしまったデジタルのやや無骨な腕時計を見ながら答えました。
私には余りにも似合わないものではありますが…

「ふーん、お前も結構、若者なんだな」
「失礼な言い方ですが、私にも先ほどの非があるので聞き流しておきましょう」
「おっ、自分に非があると認めたか…ならば、その誠意を見せてもらおうか」
「なら、何をすればよろしいのですか?」

こういう人は認めれば大抵、ひくものです。
それでも無理であれば実際にやればひくでしょう。
相沢祐一さんの性格を考えれば…まぁ、後者まで行わなければ無理でしょうけど…。

「お、ノリ気だな…では…裸踊りでも…」
「分かりました」
「えっ??」

私は服に手をかけました。部屋には暖房がかかっているので裸になったところで
たいした問題は無いでしょう。
確率的に言えば、相沢祐一さんが止めに入る確率が高いですね。

「え、お、おい…本気か?」
「しろと、言ったのはそちらですが、それが何か?」

そう言いながらブラウスのボタンをはずしました。下はハイネックのセーターを
着ているのでまだ脱がないといけませんが…。
ブラウスが床に落ちました。

「い、いや! 冗談だ、冗談だって!」
「そう言うと思っていました」

私はハイネックのセーターの裾を握っていた手を離して、言い返しました。
相沢祐一さんはこういう人であるのは大体想像がついています。
案外、いたずら好きでありながら絶対に一線は越えない。そんな人なのは分かっています。
私は落ちたブラウスを拾い上げ、近づきながらそれを着直しました。

「……お前も案外、大胆な奴なんだな」

げんなりと肩を落としていました。
普段はからかわれているので、たまの反撃です。

「あまりからかわれてばかりなので、少しくらいは抵抗などしないと割にあいませんので」
「……体を張った芸だな」
「ええ、相沢祐一さんに対して効果を発揮できるのはこれくらいなので…」

私は彼の横に座ってそういいました。彼もあきれたように私を見ましたが、完全に負けを
認めたようで、大きく息をつくと「俺の負けだ」と言いました。

「素直ですね」
「たまには負けを素直に認めんとな。しかし…腹減った」
「分かりました。パンでも良いのでしたら用意は出来ますが?」
「おお、頼むぞ。お嬢さん」
「…もう何も言いません」

少し懲りたのかと思いましたが、本人は全く関係ないようでした。
私は半分、脱力した気分でキッチンに向かいます。
トースターにパンを二枚入れてスイッチを入れて、飲み物の準備。

「相沢祐一さんは何を飲みますか?」
「ふーむ、コーヒーで頼む」
「分かりました」

乾燥機の中からマグカップを一つ。ダイニングのところにある食器棚からもう一つの
マグカップを取り出し、インスタントコーヒーの粉を適当に入れました。
パンが焼けるまで、少し他の物でも作りましょうか…。

「相沢祐一さん。卵アレルギーは持っていませんか?」
「ああ、持ってないから心配なく作ってくれ」

彼は気づいたらテレビをつけて勝手に見ていました。
ここまで堂々としていたら、呆れを通り越して関心の域まで達するものです。
私は冷蔵庫から卵を二個取り出し、ベーコンを取り出しました。
油を引いてそれらを焼きます。
トースターの方ではそろそろパンも焼けるみたいです。

「まだか〜」

後ろから催促の声がかかりました。あつかましい限り…とはいえ、それが相沢祐一さんという人なのかもしれません。

「もう少しですので、待って頂けませんか?」
「おお、はよう作れよのぉ〜」

間抜けな声を後ろに最後の仕上げをしました。
焼きあがった目玉焼きとレタスを皿に乗せて、焼きあがったばかりのパンにバターを塗ります。
そしてマグカップにお湯を注いで完成です。

「出来ましたよ、相沢祐一さん」
「おお、今行くぞー」

普段は一人の食卓ですが、今日はいつもより一人多くいます。普段よりなぜか心の奥が暖かくなりました。

「それじゃ、頂きますか」
「はい、どうぞ」
「「いただきます」」

普段の相沢祐一さんから考えにくいのですが、こういったところでは律儀なようです。

「…ふむ、バターの味が少し違うな」
「市販のものなのですが…」
「……」
「……」

私たち二人の動きが止まります。
おそらく、地雷を相沢祐一さんは踏んだようでした。

「……あれもか?」
「多分…そうでしょう」

ほかの会社のものなのでは?という思いが一瞬よぎりましたが、お茶の葉すら自家栽培です。
バターが手作りでない確率のほうが低いでしょう。

「…秋子さんって今更だけどすげーと思うんだ」
「それは私もそう思います」

家にあるもの大半が手作りであるような気がします。
…………家まで手作り?
まさかそんな事は有り得ないでしょう。
いえ、有り得ないと思いたいです。

「どうした? 顔色が悪いぞ?」
「いえ、触れてはいけない事に触れてしまって少し恐ろしくなっただけです」
「……御速水、これ以上秋子さんの事について深く考えないほうが良いぞ?」
「全てを受け入れるべきですか?」
「そうしないとやっていけない」
「はい」

あそこに住んでいる相沢祐一さんが言うくらいですから、本当に危険なことなのでしょう。



「くしゅん」
「お母さん、大丈夫?風邪でも引いたの?」
「御速水さんの風邪をもらったのかしら?」

そんな朝の水瀬家の光景……。



「話は変わって、御速水に一つ言いたい事があったんだが」

彼はそういってパンを一口かじりました。

「何でしょう?」

もぐもぐと口を動かして、ゴックン。パンを飲み込んでから今回は話し始めました。

「俺の名前をフルネームで呼ぶの、やめてくれないか?何となく堅苦しいんだ」

さらにお箸で目玉焼きの白身の部分を切ってそれを口に…

「分かりました。では、相沢さんでよろしいですか?」

またモグモグ。次に食べる分を切り分けながら言葉は続きます。

「出来ることなら祐一。何なら祐君で…」
「…相沢さんにさせてもらいます」

私もパンを一口かじりました。
祐一……。祐君……。
どちらもしっくり来ませんね。
やはり相沢さん。
今はこれが一番、呼びやすいようです。
そのあとは世間話で盛り上がり、少し遅い朝食を済ませました。










ささやかな朝の光景。
暖かい光景。
いつまでも続くと良いね。