膝を着き


疲れ果てている乙女に


手を差し伸べましょう


それは傍にいる少年の役目


疲れが癒えるまで


少年は傍で佇む










Catharsis

第六編 傷ついた烏羽玉の黒姫
(1月9日 放課後〜翡憐宅)










「まて…こんなに時間がかかったか?」

俺は保健室に辿り着いたのは、あれから二十分後であった。
ちょいまち…御速水と来たとき、これほど時間はかからなかった筈だぞ?

「ただ、俺が迷っただけか…」

気づくのが遅い。誰かに突っ込みを入れられた気がする…。と、それはさておき、俺は無遠慮に保健室の扉を開けた。

「やぁ、君か。彼女ならまだ寝ているよ」
「そうですか…。では、おきるまで…」
「いや、結構、酷いみたいだからね。起こして連れて帰って貰えないかい?」
「あ、はい、分かりました」

俺はお姫様が眠っているベットの周りのカーテンを開けた。
そこには……

「……寝顔は見ちゃいけないというが…。結構、可愛いなこいつの寝顔…」

まだ高い日が御速水の白い肌を照らし、美しく照らしていた。
そして、髪はその白い肌とは対称的に黒く闇のようであった。
その髪はベットのシーツと肌の白さと反発しあって、その存在を誇張していた。
その誇張は顔を際立たせ、普段見ているより凛々しくも美しい顔を目立たせていた。
まじまじと見る機会が無かったが…結構、くるな。

「……」

って、見とれている暇は無いんだった。俺は彼女を起こそうと、シーツをめくった。

「……大きい……」

俺よりも背は小さいので彼女の胸をまじまじと見ることは無かったが、こうやって見ると結構、発育は良いらしい。

「…今の俺は間違いなく変態の部類に入るんだろうな…」

俺は冷静に判断しつつも彼女を起こしにかかった。

「おい、起きてくれ。起きないとお前の顔に落書きするぞ」
「…う……ん………」

俺は顔に落書きするように御速水の顔を指でなぞった。面白い反応…。
普段とは違った口調に、失礼ながらも“女の子なんだぁ…”と思ってしまった。

「これが最後の忠告だ。起きろ、御速水」

俺は一気に御速水の肩を揺すった。小さい声の後、うっすらと目が開いた。

「相沢…祐一さん?」
「ああ、相沢祐一さんだ。ほら、さっさと帰るぞ」
「……私の寝顔を見ましたか?」
「ああ、思いっきり見せてもらったぞ」
「……私は何か言っていましたか?」
「んにゃ、別に」
「なら良いです…」
「寝て、少しは楽になったか?」
「はい、少しは」
「よし、それじゃ、帰るぞ」
「あ、鞄を忘れていますが…」
「安心しろ。俺もそこまでドジじゃない。ちゃんとお前の分も持って来てある。
 ついでに机の中にあった物を適当に詰めてきてやったぞ」
「…ありがとうございます」
「ほら、コートを着て…」

俺はせっせと御速水に服を着せて、学校を後にした。学校を出るまでは良かった。
まぁ、会話をしていた限り体力はあるようだが…。
安心していたものの…御速水の家に着く頃には…。










「はぁ……はぁ…」

と、息が結構上がっていて、おまけに寒そうな顔をしてやがるから、コートまで貸しているんだが…寒すぎるぞ…。
俺が凍死する。最近、凍死そうな経験ばかりしているぞ?ああ、南国が恋しい…。

「…大丈夫…ですか、相沢…祐一さん?」
「俺の心配するくらいなら、たったと歩いてくれ。俺が凍死する前にお前の家に入りたいんだ」
「…すいま…せん」

弱々しい声。さっきより悪化しているような気がする。俺はとにかく急いで彼女のマンションへ向かった。
共同玄関のスロットにカードを通し、暗証番号を打ち込む。
こういう時にカードと鍵を預かっておいてよかった…。もしかして…これを予見していたとか…。

「しかし…疲れてきた」

彼女を支えることももちろんの事ながら、周りの視線が痛かった。
病人を担いで何が悪いんだぁーー!
俺は心で叫んでおいた。
実際に叫べば近所迷惑だしな。
しかし…こいつの家って一人暮らしの割に大きな家に住んでるよな…。
親が何処にいるか知らないが、娘一人に3LDKの家を与えるか?
とりあえず、まずは御速水の部屋だが、どこにあるんだ?
ここはトイレ、洗面所じゃない。
ここはタンスなどがおいてあるな…。
最後に開けた部屋が御速水の部屋だった。
緊急事態だから問題ないだろう。
その部屋は名雪とはまた違って質素な雰囲気を出していた。

「……」

別に女の子の部屋に入るのは初めてじゃないが…なんか、緊張する…。

「……ぅ」
「あーはいはい、失礼しました」

担いだまま見とれていたから、御速水が苦しそうな声を上げた。
さすがに立ったままだと辛いか…。
コートを脱がし、制服のまま寝かせる。
とにかく、暖めたほうが良いだろうと布団を着せた後、コートを上から掛けた。
他に布団などないだろうし…。

「うー、次は…」

定番といえば…頭を冷やしたほうが良いのか?
偏頭痛と同じような感じなら、頭を冷やしたほうが良いだろう。
体温が上がってるなら頭痛もあるかもしれないしな

「なら、タオルか」

タンスを開けるなといわれていたが、今は非常時だから良いだろう。
部屋の探索をしていたときにあった部屋…。

「タオル発見」

ちなみに泥棒のタンスの開け方として下から順番に開けるそうで…。
もちろん、タオルを発見するまでに目の保養となるものを幾つか見せてもらったが……。

「水、水…」

台所に向かって、お皿を洗うときに使われる桶に水を張って冷凍庫にあった氷を大量にぶち込んだ。

「うわっ…つめて!!」

そこにタオルを浸したのだが冷たすぎた。
室内であるため、それなりに部屋は暖まっているが…これは辛い。
とはいえ、御速水にとっては気持ち良いのかもしれない。
それを持って御速水が寝ている部屋へ向かった。
息は先ほどと同じように上がっており、おまけに咳まではじめていた。これは完璧な風邪だろ?しかも結構ひどいな…。
絞ったタオルを頭に載せる。
少し身を縮めた。冷たさに身を震わせたのだろう。ただ、体温が高いため、すぐにタオルも温まるが…
熱は体の中にいるウィルスを殺すために体温を上げ、それがいなくなれば、熱が下る。
それが確か、熱が出る理由だったはず。
……ここはその原理に従ってもらうか。どこかに毛布はないか……。
家を漁って発見してきた戦利品を御速水に掛けた。
これぐらいしか俺には出来ないな。

「後は秋子さんに任せるか…」

俺は出来る限りの事をして、秋子さんに連絡をとった。俺が出来るのはここまでだ。
服を着替えさせてみたい衝動に駆られたが、もし秋子さんにバレようものなら、

「家を追い出される…」

“プルプルプルプル”

数回のコールの後に、秋子さんが出てきた。

『はい、水瀬です』
「あ、俺です。祐一です」
『あら、祐一さん? どうしたんですか?』
「いえ、実は御速水が熱を出してしまって…。自分に出来ることはしたんですが、
 俺は料理が全く無理なんで、秋子さんに頼もうかと思ったんです」
『分かりました。すぐに向かいますから』

俺は秋子さんにこのマンションの場所と部屋番号、そして共同玄関の開け方を教えて、電話を切った。

「ごほっ、ごほごほっ」

遠くから聞こえてくる咳の音。少し心配になった。

「これで後は安静にしていれば治ると思いますよ」
「そうですか、ありがとうございます、秋子さん」

秋子さんがこの家に着いてから、主婦という者を見せてもらった。
一応、俺がした事は間違いなかったらしい。
秋子さんは、おかゆを作っておいてくれた。これならおなかが空いたとしても問題ないだろう。

「後は祐一さんの仕事です。明日丸々一日は彼女の付き合ってあげてください」
「分かりました」
「風邪が治っても、激しい運動はさせてはいけませんよ?」
「秋子さん?」

意味ありげな笑みを残して去っていたが……。
激しい運動って……

「…そんな仲では無いんですけどね…」










目を覚ましました。
すでに外は漆黒が支配をしていて、昼間に比べ静かになっていました。
(今は一体、何時なのでしょうか…)
私はゆっくりと布団から出ました。少しふらつきますが、大して問題もないと思います。
ただ、布団の上にかかっているコートと毛布が気になります。
さらに言えば、自分がいつの間にか制服からパジャマに変わっていることです。
そのまま自分の部屋を出ると、真っ暗な家でした。

「……寂しいものですね」

私は誰もいない部屋で独り言を呟きました。
暗いその部屋は普段、何も感じなかったのですが、今日に限って寂しく、そして冷たい、という感じを受けました。
私は部屋に戻ろうかと思って体を反転させたとき…。

“ガチャ”

「えっ?」

私が驚いていると、玄関からリビングまで迷う事無く、その足音は近づいてきました。

「おおっ、御速水、治ったのか?」

それはコンビニの袋を抱えた相沢祐一さんでした。

「はい、ほとんど問題ありません」
「ほー、そりゃよかよか」

彼は袋からおにぎりを取り出すと、外のシートと格闘していました。
相沢祐一さんは相も変わらずですが……。

「どうしてここにいるのですか?」
「秋子さんに“付き添ってあげなさい”って言われてね」
「……今は何時ですか?」
「ほなはのひじ…」
「…すいません、食べ終わってから言ってください」

私が質問したときにはすでに口におにぎりを入れた後だったみたいです。
しばらく、口を動かして…

「丑の刻参りをする時間」
「縁起でもない事を言わないで下さい」
「なんだ、苦手か? この手の話は…」
「得意ではありません」
「ふーん、お前も苦手な事があるんだな」
「私も人です」

含み笑いをしている相沢祐一さんですが…何かをたくらんでいますね。

「ふふふ…これで俺も怖いもの無しだ」
「……」

余計な事を言ってしまった気がしますが…。
まぁ、借りもありますから、これでチャラにしましょう。
しかし…このなぞは解かないと…。

「相沢祐一さん」
「おお、何だ?」
「質問があります。どうして私はパジャマに変わっているのですか?」
「ああ、それは汗をかいていたからな。秋子さんが着替えさせた」
「相沢祐一さんは一切関わっていませんね」
「安心してくれ、お前の肌は見てないぞ」
「……」
「いや、ホントだって」
「…分かりました。信じましょう」

キッチンを見れば、鍋がありました。本当に秋子さんが来たのでしょう。
相沢祐一さんに料理が出来るとは思いませんし…。

「ん? 腹でも減ったのか?」

キッチンを見たことをどうもお腹が空いた事と勘違いしたようです。
確かに半分、事実ですが。

「少し…朝だけでそれから食べていませんから」
「それなら秋子さんがおかゆを作ってってくれたから大丈夫だぞ?」
「相沢祐一さんは?」
「俺はこれが」

先ほど買ってきたビニール袋を掲げて言いました。
どうも、今の今までこの家に居たようです。

「ま、お前が寝てたから、さすがにこんな時間には起きてこないと思ったんだがな」
「別に私の面倒を見なくても、家に帰っていただいても結構だったのですが」
「いや、秋子さんに言われたからな。今日と明日は傍にいてやれって」
「……明日も、ですか?」
「何だ、その嫌そうな声は」
「実際に嫌なのです。何かしそうですから…」
「安心しろ、一応、病み上がりの人間に対しては手加減してからかってやるから」
「からかっていりません」
「残念」

心底、残念そうに言っているあたり、本気だったようです。

「まぁ、ここにいるのは決定事項だから」
「分かりました」

おそらく、水瀬家に帰れば強制的にここにまた行くように言われるか、もしくは極寒の地に
追い出されるのでしょうね。

「何もしないでください」
「安心しろ、からかわないさ」

また、一口手に持っていたおにぎりを口に入れました。
私も秋子さんが作ってくださったおかゆでも食べて寝ましょうか。










物語の登場人物
主人公とヒロイン。
この物語では二人がそれに当てはまるのかな?