何事にも時があり、天の下の出来事には全て定められたときがある。


それは有名な書物の一節


成劫、住劫、壊劫、空劫


それは仏教の教え、四劫の考え


ここで起きたこと、未来で起きること。それは遥か昔に起きたこと、そしてまた起き得る事。


それは有名な哲学者の思想


時とは廻り、そしてそれは決まっているのではないだろうか?










Catharsis

第五編 時の一つ、選択…
(1月9日 土曜日 授業〜放課後)










朝の登校マラソン大会の後、ばてた体に鞭打って体を起こしていた。
俺にとってここ学校に来てはじめての授業が始まっているからだ。
さすがに授業初日早々、寝るわけにもいかん。
気合を入れた俺の意思を早々に砕いてくれた真実

「…教科書が違う」

俺の努力も無駄になったか…。

「しかも…俺の知らないところだ…」

授業スピードまで違うとは…これだけの条件が揃えばすることなど決まっている。
ふて寝決定だ。

「どうかしたのですか?」

寝る体勢に入ろうとしたとき、前に座っていた御速水がこっちを向いた。
ちっ、中途半端なタイミングで…

「……御速水。時間の流れは誰にも等しく流れるよな」
「体感は違うといえど、確かに時間は決まったスピードで流れます」
「時間は万人に等しく分け与えられている」
「真理です」
「だが、その与えられた時間の中で人はそれぞれ思い思いの事をする」
「そうでなければ自分と他人との差異がなくなり、自分を失います」
「そうだ、個が個である理由はそれぞれの差異で生まれる」
「差異があるこるからこそ意味が生じます」
「そうだ、だからこそ俺はここでここに居る人間とは違う事をして自らの意味を生み出そうと思う」
「……何がおっしゃりたいので?」
「ようは教科書が無く、授業スピードも違うからふて寝すると言いたいんだ」
「…」

おお…昨日、大盛況だった冷たい視線だ。
まぁ、これだけ深い哲学的なことをやって答えはこれだからな。
結構、頭を使うんだぞ?

「教科書を見せてくれるなら、ふて寝よりマシな事するんだがな」
「勉強はするのですか?」
「いや、しない」
「なら、見せる必要性が無いと思うのですが」
「いや、あるぞ。俺をまじめ君に見せるためには必要だ」
「…隣の方に見せてもらってください」
「ふーむ、確かにそれが一番だが…。名雪に頼むのは弱みを握られるようでいやだ」
「なら、その後ろの美坂香里さんに見せていただいたら如何ですか?」
「…いや、知り合いになったばかりで見せてもらい訳にはいかないだろ?」
「なら、諦めてください」
「お前が、俺に見せてくれるという選択肢は無いのか?」
「あると思っているのですか?」

冷たいなぁ…。俺とお前の仲じゃないか…なんて言葉にしたら多分、次の日から話してくれないんだろうな。

「いや…選択肢があって欲しいんだけどなぁ…」
「残念ながらありません」
「…作ってください」
「そんな事に労力を使うつもりはありません」
「使ってください」
「拒否します」
「…単純明快ですね」
「オブラートで包んだほうが良かったですか?」
「ぜひとも」
「残念ながらオブラートは切らせています」

…からかっているんだが…そう、からかっているつもりなんだが…
からかわれてる? もしかして俺のほうが受け身?

「…お前、只者じゃないな?」
「相沢祐一さんほどではありません」
「褒めないでくれ」
「貶しました」
「……本当にオブラートを切らしているのですね」
「はい、使い切ってしまっています。現在、追加注文中です。ちなみにいつ届くかは未定です」
「なるべく早く届くように業者に連絡を入れておいてくれ」
「善処します」

一区切りついた俺と御速水の会話。
あと、どれくらいでこの授業は終わるのか?
黒板の上で、律儀に時間の流れを計測している時計は授業時間の半分を消費した事を指し示していた。










本日の授業もこれで折り返し地点に差し掛かった二時間目の終了間際。
私は一時間目から体調の悪さに気づいていたものの、ついにこの時間でダウンのようです。
一時間目の相沢祐一さんとの会話が疲れたのでしょう。
さっきから気分が悪くて仕方ありません。
しかも、熱があるような気がしてなりません。おそらく、風邪かもしれませんね。

「………となるから、この答えはこうなるんだ」

先生の言っている事も耳に入っているようですが、どうも頭に残っていません。
意識を集中しようとすればするほど、なぜか拡散してしまい、さらに集中しようと…。
悪循環のループにはまったようです。今は早くチャイムがなることを願うだけです。
時計を見ると、あと数分もありません。後少し…。

「と、相沢祐一。これはどうなる」
「わかりません」

ストレートな返答で…。
先生が呆れているのが見えました。多分、次に当てられるのは私でしょう…。
もう少しでチャイムが鳴る…。
どちらが早いか。

「では、この問題を―――御速水」

やや睡魔が襲ってきたとき、先生から当てられてしまいました。
私が答えを言おうか、と思ったとき、

“キーンコーンカーンコーン”

「ん、チャイムが鳴ったか、まぁいい、答えは次に言うから、ちゃんと考えて置けよ」

先生はそういって出て行きました。
保健室に行けば良いかもしれませんが…。あまり好きではありません。
あのアルコールの匂いがどうしても好きになれません。
ちなみに病院も同じ理由で嫌いです。
しかし、ここは仕方ありません。気分は乗りませんが、保健室で大人しくしているのが
賢明な判断かも知れません。
ゆっくりと体を動かして保健室へ向かおうと教室を出ました。
休み時間のために人々が思い思いの会話を繰り広げていますが、その声が頭に響きます。
頭痛がするという事はそれだけ熱があるという事でしょう。てて。気分は乗りませんが、保健室で大人しくしているのが良い

「御速水?」

知っている人には誰にも合わずに保健室まで辿り着けると思っていたのですが、
よりにもよって一番厄介な人と遭遇すると思ってもいませんでした。

「相沢祐一さんですか?」

あまりにも急に動けない体のため、ゆっくりと声のしたほうに振り返りました。
かなりの熱のようです。

「ああ、そうだが…。お前、何か顔色悪いぞ」
「別に気のせいです」
「そうか……だが、これならどうだ?」

私と一気に距離を詰めると相沢祐一さんがいきなり額に手を当ててきました。
回避しようにも急激な行動が出来ない私はそのまま触れられました。
ひんやりとした感覚が伝わってとても心地よい気分になってきました。
気持ち良いと感じるとは、相当熱が出ているみたいです。

「かなり熱いが、これでも気のせいと言い張るつもりか?」
「……」
「とにかく、保健室へ行くぞ」
「…分かりました」

私が一歩踏み出したとき、さっきまでゆっくりと動いていたのですが、今回は急激に行動を起こしてしまいました。
その行動に体が耐え切れなかったのか、眩暈が襲ってきます。
視界が揺らぎ、体の平衡感覚が正確に作動せず踏み出した足から崩れ落ちそうになりました。
地面に倒れこむと思っていた体は胸に圧迫感を感じてとまりました。

「おいおい…こんな体でよく歩けたな。支えてやるから保健室まで行くぞ」
「…すいません」
「謝るくらいなら、もっと早く保健室へ行け。それと謝る体力があるなら歩く方に意識を向けてくれ」

相沢祐一さんがそういうと、私の右腕をつかみ首に回して私を支えると、ゆっくりと歩きはじめました。
余りにも近くに男の人の顔があるのはやはりドキドキします。
普段はこれほど近くに男の人の顔が来ることはありませんから…

「どうかしたのか? 俺の顔をまじまじと見て…」
「いえ…何でもありません」
「そうか、なら良いんだが…まぁ、余り男と引っ付きたくなんか無いよな」
「……何とも言えませんね」
「そうか…まぁ、嫌ってくれてもかまわないが、頼むから倒れないでくれ」
「……他人の事ばかり気にするんですね」
「生憎とそれが俺の性分でね。あきらめてくれ」
「……」

まだまだ、話せるくらいの体力はありますがそれでも体力は少しずつですが確実に削られているみたいです。










「すいません…」
「ん? どうしたのかな?」

彼は私を担いだまま、何とか保健室に辿り着きました。それにしても思った以上に遠回りをして保健室に来た気がします。

「彼女がかなりの高熱を出していて…」

先生の手が私のおでこに触れました。ひんやりとした感覚。先ほど相沢祐一さんに触れられたときより、気持ちよく感じました。

「ふむ…確かにかなりの熱だね…。これは寝かせておいた方が良いね」
「では、ベットまで運んでおきますから…後はお願いします」
「任せておいて。それでは放課後、また来てくれるかな?」
「あ、はい、分かりました」

彼は私をベットに寝かせると、掛け布団をかけてから出て行きました。
ひんやりとした布団は一瞬、私の体温を奪いましたが、熱くほてった私の体はそれ以上の速さで布団を暖めていきました。

「それじゃ、放課後、迎いに来るからな」
「…は……い」

猛烈な睡魔と、熱から来る体全身を包み込む懈怠感からあやふやな返答と共に意識は深い闇の中に消えていった。












紅く染まった桜。

薄い紅色のはず…。

でも、それが赤…。

紅く染まったそれが降る中、私は立っていた。

空も赤く染まり、そして桜の木に隠れるように一人の少女が立っていた。

顔だけを出し、まるで私の様子を覗うように…。

私はその子を知っていた。

いや、私はその子を今でも知っている。











「うしっ…授業が終わったぜ」

気合を入れて席を立ち上がった…が、いきなり立ちくらみ…。
それほど俺は低血圧ではなかった気がするんだが…。

「くー…この感覚は好きになれんな…」

と、のんびりと言っている暇はなさそうだ。何と言っても俺にはお迎えに行かないといけない人物がいるしな…。

「さて、黒髪のお姫様をお迎えに行きますか」

独り言を散々言ってから、席を立ち御速水の荷物を持って保健室へ足を向けた…。










これで一歩近づいた。
どうなるかな? 彼女もヒロインの仲間入り?