俺ニ力ガナカッタ。ダカラ…


知恵ハ力ニ勝ル。


ナラ、俺ニ知恵ガナカッタト言ウノカ?


……アレハ仕方ナカッタ事。アレハ…


黙レ!! 俺ハ変エタカッタンダ!!











Catharsis


第三編 物語の前奏曲
(1月8日 金曜日 朝〜放課後)











“朝だよ〜朝だよ〜。朝ご飯を食べて学校に行くよ〜”

「名雪! 俺の部屋に勝手に入ってくるな!」

半分絶叫気味に声を上げて目を覚ました。しかし、名雪の姿が見当たらない。
あたりを見回すが……やはりない。
あいつは忍びだったのか?
と、頭の上から名雪の声がした。まさかとは思うが…。

“プツッ”

目覚し時計のスイッチを試しに押してみた。案の定、音は切れた。再度、スイッチを押してみた。

“朝だよ〜朝だよ〜朝ご飯を食”

最後まで聞くつもりもない。途中でそれを切ると冷めた気分で起き上がった。
名雪が本物の忍びだったら……なかなかだったんだが…。
とにかく、朝飯を食ってさっさと学校へ行くか。
俺は『それ』を狙っておきてきたわけではない。偶然といえる。『それ』がおきる偶然の
タイミングで名雪の部屋の前を通り過ぎた。何度も言うが偶然だ。

“ジリジリジリジリジリジリ”
“ピピピピピピピピピ”
“ピロピロピロピロピロピロピロ”
“キュンキュンキュンキュンキュン”
“ピコピコピコピコピコピコピコ”

心臓が止まるかと思うぐらいのタイミングで訳の分からない騒音、いや爆音というべきか、なんにせよ人間がその中にいては正直、
耳がどうかするとしかと思えないような音がその部屋から聞こえてきた。
本能が“撤退しろ”と信号を発していたが、それに反して俺の体はその扉を開けた。
それはパンドラの箱を開けたようなものだったのかもしれない。
さらに大音量の音が耳に入ってきた。
おそらくこれ以上ここにいると、耳がイカれてしまうかもしれない。
とにかくさっさと名雪を起こしてこれを止めさせないと。

「おい、名雪起きろ」

一応、本気で叫んでいるのだが、実際には普通にしゃべっているよりさらに小さい声にしか聞こえていない。

「頼む、名雪起きてくれ」
「ぅん……」

数回の絶叫の成果により、何とか名雪を目覚めさせることに成功した。

「あとはそれを消してこいよ」
「ぅん…分かったよぉ〜」

まだ寝ぼけているようだが、目を覚ましたということで俺は安心して食卓へ降りていった。
耳がどうもおかしい…。こりゃ治るのに時間がかかるな…。
少し遠くなった耳を押さえつつ、今朝の朝食に想いを馳せた。










「なぁ……俺は…早起き…したよな」
「うん、してたよ」
「おまえは……遅かった…よな?」
「私は普通だよ」
「お前に……とって…あれが……普通…か?」

そう、今、俺たちは学校までの道のりを疾走している。走っているといった生半可な
物ではなく、本当に疾走という感じであった。
疾走して約十分が経過。そこにはゴールが見えてきた。
今日ほど校門がこれほど神々しく、そして晴れ晴れしく見えた日はなかった。

「ついたよ〜。今日も間に合ったよぉ〜」

間に合って無かった俺はお前をさらし首にするぞ。
ったく、転校初日『遅刻しました』なんて洒落にならんからな。

「ああ…間に合って……本当に…良かったぞ…」
「がんばったね。祐一」
「誰のせいだと思ってる!!」
「朝から校門でにぎやかね。名雪」
「あっ! 香里〜おはよう〜」
「ええ、おはよう名雪」

ウェーブのかかった髪が特徴の少女が名雪に親しげに話し掛けていた。
どことなく落ち着いた感じを身にまとい、知的なその顔は彼女の顔にやや厳しさをかもし出していた。

「で、こっちの子は誰? もしかしてこの前、話していた従兄弟さん?」
「うん。祐一だよ〜」

おい、名雪さん。下の名前だけじゃ分からんだろ。
もしかして俺の名前は水瀬祐一?やめてくれ。違和感ありまくりだ。

「せめてフルネームで紹介してくれ」
「え? フルネームのほうがいいの?」
「当たり前だろ!もういい。俺の名前は相沢祐一だ」
「よろしく、相沢君。私の名前は美坂香里、香里でかまわないわ」
「なら、俺も祐一でかまわないぞ。なんなら祐君でもOKだ」
「遠慮させてもらうわ。それより、いいの?こんなの所でのんびりと自己紹介なんてしている暇は無いと思うけど?」

そう、美坂香里といった少女が言った瞬間、予鈴が学校に響き渡った。

「それじゃ、私は先に教室に行っているわ」
「あ、待ってよ〜香里〜」

と、俺を置いて名雪は走っていった…。って!!

「おい! 待て名雪! 俺はこの学校のこと全然、知らないんだぞー!」

俺の叫びは、朝の冷たく晴れ渡った空に空しく響いた。










いや…マジで焦った…。
現在俺は、一人の先生とともに歩いている。別に悪いことをした訳じゃなくて、ついでに
転校初日遅刻をしたわけでもなくて、そう、何とか間に合ったのだ。
それこそ、ギリギリ…。マジでギリギリだった。本鈴が鳴る約三十秒前に滑り込むように
教員室に滑り込んだのだ。

「くそ…名雪のやつ。明日は一人で行くぞ…」
「ん? どうした相沢?」
「あ、いえ、何でもありません」

独り言がどうやら先生に聞こえたらしい。
それにしても、もしかして俺はこれからずっとこんな調子で登校しなけりゃならんのか?
結構、ヘビーだぞ? 昔はのんびりゆったりと登校していたんだが…。
そう、学校で爆睡出来るだけの時間的余裕をもって登校していたんだぞ!
あの至福の時が味わえないのか!!

「ここだ、相沢」
「えっ」
「少しここで待ってろ」

ついた教室。
先生が先に入っていった。

「おい! 静かにしろ! 転校生を紹介する」

“ザワザワザワ”
急に男子がざわめき始めた。

「ちなみに男だ」

先生の発言に男子のざわめきが引いた。
おい、そこまで野郎が嫌いかよ!
……いや、嫌っててくれ。野郎に好かれるのはやっぱごめんだ。

「相沢祐一だ。入って来い」

扉を開け、入る。
むぅ、何ともいえない好奇心に満ちた視線を送られてもな…。
俺は何にもないんすよ?
たとえば、分身できるとか、二段ジャンプが出来るとか。
そんなことできりゃ、一躍有名人か?

「相沢祐一です。よろしくおねがいします」

そういって、俺はある人物を探した。一緒のクラスだと何かと厄介な気がする。
出来ることならいませんように…
って、名雪と香里がそこにいる。
にこやかに手を振っている名雪。
意味ありげな笑顔を浮かべている香里。
……その二人の行動に戦慄を覚えた。
名雪が何かをしでかした気がする…。

「不幸というべきなのか…」
「祐一は私の近くに座るのはいやなの?」
「何となくいやな予感がして恐ろしいんだ」
「あなたって結構、鋭い勘をしているのね」
「…何か名雪が言ったのか?」
「さぁ、自分で聞くなり、調べてみるなりしてみたら?」

俺はその言葉に先が思いやられた。










“キーンコーンカーンコーン”

古今東西、変わることの無い……と変わったかもしれないが、全国共通と思われる
古風で聞きなれたチャイムが鳴り響いた。
今日はこれで終わりである。言っておくが今日は始業式だ。先生の面白くない話。
これはおそらく古今東西、誰もが思っていることであろう。
それが終わると大きく背伸びをした。
縮こまった体が急激に伸びて、一定のループに陥っていた思考回路に新たな回路が
形成された。頭がすっきり。
前に座っていた御速水も帰る準備をしていた。
もちろん、そんな光景を見れば俺がすべき事は決まっている。
からかう、もとい親睦を深めるべきでしょう。

「……」

悪戯をしようとした俺の腕が止まる。
御速水がこっちを向いたのだ。もう少しだったんだが…。

「…何をするおつもりで?」
「もちろん、いた…いや、親睦を深めようと…」
「最初のほうに違和感があったのですが、私の勘違いでしょうか?」
「ああ、敏感すぎるセンサーは時に故障する」
「相沢祐一さんには敏感すぎるくらいが良いくらいです」
「そんなに俺は危険かい?」
「イージス艦を配備しなければいけないくらいに危険です」
「俺のミサイルを迎撃できるかい?」
「……なぜか卑猥に聞こえます」
「むぅ、失礼な。紳士な俺に対する発言か?」
「それは他人が認めていますか?」
「自称だ」
「それならば、当てにならないでしょう」
「あ、祐一。御速水さんを苛めてる〜」

俺が御速水と仲良く話しているところに、名雪が声をかけてきた。
せっかく、俺と御速水の親睦会を無駄にするとは…。

「何を言う。俺は彼女と友好をふかめているのだ」
「そうだったのですか? 私も水瀬名雪さんと同じ意見ですが」
「周りから見ても苛めているようにしか見えないよ〜」
「ふむ、なら、少し手法を変えてみよう」
「別に変えなくて良いので、私に余り関わらないでください。相沢祐一さん」

冷たい一言。冷たいことを言わないでおくれ、マイシスターよ。

「また、良からぬ事を考えていますね?」
「何! さすがエスパーの力を持つ者よ」
「同じ事を言わせるつもりですか?」
「いや、今回は少しバージョンを変えて言ってくれ」
「……あんたの面、見とったら分かるんじゃい」

おおー、刺激的だが…。普段は猫を被っていたという事か、という事は剥いだらこうなるのか?

「……お前、本当に御速水か?」
「バージョンを変えてくれ、っと、言ったのはそちらですが、何かご不満でも?」
「いやいや、なかなか刺激的で良かったぞ。なぁ、名雪」
「え、あ、私、いつもの反応見たこと無いから何とも言えないよぉ〜」
「ノリの悪い奴だな。こう、もっとノリよくいこうぜ」

俺自身も何かノリノリのテンションになりつつあった。
飛ばしすぎると後々、つらいぞ。

「ところで、御速水さんも今から帰るの〜?」
「はい、そうですが…。それがどうかしましたか?」
「なら、一緒に帰らない?祐一も一緒だけど…」

どうも翡憐と名雪は友人のようだ。しかし、なんとも対照的な二人だな…。
似たようなところはあるが…。

「水瀬名雪さんと一緒に帰る事については特に不満もありませんが、相沢祐一さんも一緒にとなると話は変わってきます」
「なんだい、俺は邪魔者かい?」
「はい、邪魔者以外の何者でもありません」

冷たい視線…。何もそこまで言い切らなくても…お父さんは悲しいぜ。

「祐一のことは何とかするから、それならいいかなぁ〜?」
「はい、それならご一緒させてもらいます」
「俺、相当な邪魔者?」
「何度も言って欲しいのですか?」
「いえ…」

冷たい視線だけにとどまらず、冷たい声色…。痛いねぇ…この視線と声色。

「祐一、これから御速水さんに変なことしたら、これからずっと紅生姜だけになるよ」
「それはマジか?」
「それはマジ」
「……分かりました。しません」

紅生姜だけなんて、栄養のバランスもさることながら、多分、不味くて仕方ないだろ。
しかも、今、御速水に何かしたら本当に紅生姜になりかねんからな…。
俺は仲良く話す名雪と御速水の後姿を眺めながら、さびしげに家路についた。










まだ、よく知らない二人。
でも、これから良く知る事になる二人。
良い方向に転がると良いね…。