再会の挨拶と


小さなお礼を兼ねたお茶会


そんな小さな日常


そんな小さなお礼











Catharsis


第二編 お茶会
(1月7日 木曜日 昼〜夜)











さて、商店街になら喫茶店の一つぐらいあるだろ。案内もしてもらったし、それぐらいのお礼はしとかないとな。
そう、俺はこれでも一応、英国紳士を自負しているのさ。

「御速水、ここら辺に喫茶店は無いのか?」
「ある事にはありますけど」
「案内してくれ」
「……はい」

商店街を駅側から抜けていく。思った以上に長い商店街に驚きつつも、何となく懐かしさがあった。
食料品、本屋…雪国でも普通なんだな…。しばらく、歩いていると御速水が立ち止まった。
そこはこの商店街内でも一際、目立つ異色さを放っていた。
普通の中にある異常だった。

「ここか…」
「はい」

どんな場所でも驚かないし、動じない俺だったがこれは正直、ひいてしまった。
隣にいる御速水も先ほどの返答を考えるとあまり行きたがっていなかった。
行きたがらないのも無理はないだろう。
男ならそれ以上に行きたがらない。
世間一般で言う、乙女チック丸出しの店であった。これで一応、客が入っているし
繁盛しているのであろうが…この北国の人間の感性は疑うべきものだ。
俺が今までいた地域ではこんな店、見たこと無いぞ?
そんな店を前にして俺は立っていた。
本能が危険を告げている。
これ以上ないほど警告があちこちでなっている。グリーンの部分を探すほうが難しい。
損傷は甚大だ。このままでは…やられる。
だが、父さん。俺は行きます。相沢祐一、吶喊します!

「…行くぞ」
「えっ……」

さすがに御速水も驚いた。だが、俺は決めた事を曲げるのは嫌いだ。
そう、一度決めた事を変える事は男として恥ずべき事だ。なら、この身が朽ちようとも行こうではないか!
店の扉の前に立つ。取っ手を握り……一呼吸おいて一気に押し開ける。
店内の光景を見た瞬間、店員の挨拶が右の耳から入り左へと抜けていった。
つーか、挨拶など気にしていられない。それ以上に店内に目が行く。
店の中に入ると更にひいた。何故かカップルが多いのだ。

「「……」」

俺たちは黙るしか無かった。
沈黙以外の言葉が思い浮かばず、その場に立ち尽くしてしまった。
だが、入ってしまった以上、何か注文しないといけないだろう。
俺も度胸があるほうだが、“失礼しました”等と言って回れ右をして帰れるはずも無く、
なんとも気まずい雰囲気を携えて適当に空いている席に座った。
これほど違和感たっぷりな二人組みも珍しいだろう。ほかはそれなりに明るい雰囲気で
テーブルについているが…。
俺と御速水の間には今までになりくらいの恥ずかしさと落ち着かない沈黙が流れていた。

「相沢祐一さん」
「駄目だ。喋るな。喋れば食われるぞ」
「…誰にですか?」
「ここの雰囲気にだ」
「…正直、貴方のそのボケには尊敬します」
「誉めるな」
「貶しているのです」

俺の人生最大の危機を回避するために考え出した最高のボケを貶すとは、何たる事だ。
もっと高度で切れのある、ボケじゃないとこの場を乗り切れないのか

「ふざけた事を考えないで下さい」
「何! 俺の考えを読めるとは、まさかエスパーか」
「相沢祐一さんの顔を見ているだけで何か企んでいる事ぐらい分かります」

馬鹿な…。マジシャンもびっくりのポーカーフェイスを誇る俺が見破られるとは…。
さすが御速水。只者ではないな。
そんな事を考えていると再び、冷たい視線が俺を刺す。
変な事を考えていると思われたのだろう。諦めて俺はその思考を止めた。
店員が水を持って、このテーブルにやってきた。
仕事熱心なのは良いが、寒い日に水はどうかと思うんだが…。
まぁ、それが普通だな。翡憐もどうやらここの雰囲気になれたようで、俺より先に
注文を決めて、さっさと伝えていた。
コーヒーだけを注文した。どうもこの店には俺の食えるものは置いてないようだったし。
さすがにケーキはどれも甘そうで頼む気が起きない…。
しばらくしていると店員がコーヒーと御速水が頼んだものを持ってきた。
…紅茶にモンブラン…。正しいといえば正しい注文かも知れんが…。
モンブランは甘いだろう? そんな俺の気も知らず、目の前に置かれたモンブランを切り分け一口、口に放り込んだ。
正直、モンブランを見ているとこっちが胸焼けを起こしそうになった。
まぁ、紅茶がミルクティーみたいに甘い飲み物じゃなくて良かった。

「御速水、胸焼けを起こさないか?」
「…女の人は男の人より甘い物に耐性があるのですよ」
「そーかい」

見ているこっちが胸焼けを起こしそうなんだが……。
それにしても普段、落ち着いているというか、冷たいというか、そんな彼女が
こうやって甘い物を食べていると、普通の女の子なんだな、実感する俺がいた。

「何か失礼なことを考えていませんでしたか?」
「いやいや、別に考えてはいないさ」
「……あなたがどんな目で私を見ているか知りませんが、一応、私は女性ですよ」

と溜め息混じりに呟き、目の前に残っていたモンブランを小さめに切り分けて、口に入れた。
その仕草にやや惹かれるものがあるものの、一瞬の記憶として脳に入り、即刻ゴミ箱行きが、
決定して消えて行った。そんな御速水の食べている姿をのんびりと眺めてコーヒーを
のどに流し込んだ。
苦さ九割八分、甘さ二分ぐらいのそれを舌で感じ取って、結構いけるな、と思った。
それから俺たちはしばらくの間、それぞれの昔話などをして時間を潰した。
もちろん、会計の時は全て俺が払った。
まぁ、御速水紅茶とモンブランといえど、高いものでは無いし、俺自身もコーヒーを一杯、
飲んだだけだったのでそんなに俺の財布に大きな損害はなかった。

「ご馳走様でした。相沢祐一さん」
「町を案内して貰ったお礼さ」
「少しは見直しました。少しは…」
「“少しは”を強調するな」
「気にしないで下さい」

御速水、お前もボケを言えるようになったか、父さんは嬉しいぞ。大きくなったな…。

「馬鹿な事を考えないで下さい」
「やはり、お前はエスパーなのか」
「だから、相沢祐一さんの顔を見ているだけで何か善からぬ事を考えている事ぐらい分かります」

最後の最後まで俺たちは冗談を言い合っていた。
そう言えばさっきの話によれば、こいつの家って俺の家の近くだったし、気づけば
暗くなってるから送っていくか。
空はすでに赤色が申し訳なさそうに存在しているだけで、大半が黒色に変わっていた。
さすが雪国。北のほうに位置しているだけあって、日が暮れるのも早い。

「さて、帰るか」
「そうですね」
「明日は学校だな」
「相沢祐一さんも学校ですね」
「おお、明日から転校生としてあの学校に通う事になるぞ?」
「同じクラスにならないと良いですね」
「……御速水」
「はい」
「お前、さり気無く酷い事言ってるだろ?」
「本音です」
「建前を立ててくれ」
「……」
「そんな悲しげな雰囲気を漂わせても意味無いからな」
「残念です」
「俺は残念じゃない」

くそ、性格がすげー悪くなってやがる。父さんはお前をこんな娘に育てた覚えはないぞー。

「…また善からぬ事を考えていますね?」
「いや、父さんは何も考えてないぞ」
「誰が誰の父なのですか?」
「俺がお前の父さんだ」
「……」
「本日、三回目の冷たい視線を俺に送らないでください。俺が悪かったです。
 俺が全面的に悪かったですから、その視線をやめてください」

たぶん、御速水の中でも最大の回数だろう。
俺がこんなお茶目な悪戯をしすぎた所為で『送ろう』と言う俺の提案をなかなか了解しなかった。
それこそ、しぶしぶと言った感じで引き受けた御速水は俺を家まで連れて行った。
俺の家の前を通り過ぎるときに、ここで良いと言い張る御速水を強引に黙らせ、
住んでいるマンションまで送る事にした。
彼女の住んでいるマンションは結構、大きく、一部屋も大きそうだった。
しかもセキュリティーもかなりのものだ。IDカードを共同玄関のスロットに通し、
その後、そのカードの決まった暗証番号を入れてはじめて扉が開く、とかなり万全の物だった。
もちろん、暗証番号は盗み見ているが…。

「少しいいですか?」
「ああ、いいけど…どうかしたのか?」
「付いてきてください」

と、マンション内に入ると俺と御速水はエレベーターに乗り込み、彼女の家に向かった。
結構、高いところに住んでるんだな…。
家の前に着くと「ここで待っていてください」と寒い中、俺は外で待っていた。
まさか、悪戯しすぎた所為で名雪と同じような刑に処されるのか?
『極寒の地で三時間耐久の刑』
もう嫌だぞ?今度はまさか…
“マンションの一室の前で凍死体発見”
なんていう、見出しになるんじゃないのか?このまま、御速水が出てこなかったら…。
早急に御速水に謝る事で命を守ろう。そうじゃなきゃ…。
近くにあったチャイムを鳴らす。
“ピンポーン”

『はい』
「御速水。俺が悪かった。だから、刑を減刑してくれ」
『…何をおっしゃっているのですか?』
「俺を凍死させる気なんだろ? だから、外で待たせているんじゃないのか?」
『お望みならば、凍死させますが…』
「お望みじゃありません。お望みじゃありませんので助けてください」
『……別に殺すつもりはありませんから、そこで待っていてください』
「せ、せめて玄関に」
“ブツッ”
「……切られた…」

こ、この世に神はいないのか! 俺はこのまま…凍死…。
玄関で凍死するのか…。そんな…まだ俺は青春を謳歌してないんだぞ?
ああ、せめて死ぬ間際には女の子の腕の中で死にたかった…。

「先立つ不幸をお許しください」

手を組み、今は会えぬ両親に挨拶を済ませ、覚悟を決めた。
“ガチャ”
ベストタイミングです、御速水さん。まさか覚悟したとたんに開けてくださるとは。
両親よ、息子は助かりました。

「……何しているのですか?」
「いや…ちょっと今は会えぬ両親に別れを…」
「別れを告げてどうするつもりですか?」
「いや…死ぬと思って」
「ここから飛び降りるつもりですか?」
「いや…お前に殺されると思った…ってすいません。俺の全面的誤解でした。
 御速水様には一切の非がありません。すいませんでした」

マジで殺されそうだったからここは謝っとかないと…。
御速水が家に戻った理由はカードと鍵を渡すためだったらしい。

「私の家に用事がある事もあるでしょうから、一応、私の家の合鍵と共同玄関を開ける為のIDカードを渡しておきます。
 勝手に家の中に上がってもらっても構いませんが、タンスの中を覗いたり、私の部屋には勝手に入らないで下さい」

何のためか分からんが受け取っておく事がベストだろう。
何たって女の子の部屋に勝手に入れるんだからな。
まぁ、世間体があるからそれは気をつけないと…。
馬鹿してる俺だが、一応、一般常識は身に着けているからな。

「ああ、でも、良いのか? 男が勝手にお前の家に上がりこむんだぞ。近所の人に変な誤解を与えるかもしれないぞ?」
「相沢祐一さんにしてはまともな意見を述べていますね。大丈夫ですよ。別に近所の人との交流はありませんし、
 それに信用…いえ、信頼していますから」
「分かった。まぁ、そこまで言われたならそれなりに控えておくよ」
「何を考えていたんですか?」
「いやー、勝手に家に上がってお茶でも飲もうかと…」
「まぁ、相沢祐一さんらしいといえば、らしいです。好きにしてください」

お、おお、許可が出た。
んじゃまぁ、お言葉に甘えて時折、訪れてお茶でも飲むか。

「そんじゃ」
「はい、では…」
「ああ、また明日学校で、だな」
「そうですね」

俺は御速水の、マンションから出て、自分の家に向かった。
距離にして全力疾走12秒ほどだった。
遠くない距離だし、これから何かとお世話になるだろうな。
ポケットの中に突っ込んだ手で、さっき預かった鍵を遊ばせていた。
すでに名雪も帰ってきており、食卓にはほとんど、夕食の準備が整っていた。
電話を入れなかったがどうやらタイミングよく帰ってきたらしい。
俺の歓迎も含めて、食事は豪勢に作られていた。こりゃ…腹が膨れるな。
俺は夕食後、風呂にはいってから明日に備えてダンボールから勉強道具と制服を取り出した。
まぁ、制服はどこでも同じだから問題ないだろうが…。
勉強道具はどうか知らないが…。まぁ、大丈夫と信じて出しとくか。
ついでに名雪から目覚し時計を借りると、普段よりも少し早く眠った。
とは言え、この家の中では一番遅かったが…。
名雪は論外的な速さで眠りについたし…。










学校が始まる前の前哨戦。
明日から本戦。
勝てるのかな?それとも負けるのかな?