サァ、目ヲ醒マシテ下サイ……


貴方ノ望ンダ世界ガアリマス


ココカラ始マル、貴方ノヤリ直シタ世界


“私はαでありΩである。最初のものにして最後のもの、初めであり、終りである”











Catharsis

第一編 北国での朝
(1月7日 木曜日 朝〜昼)











“ドタドタドタ”

平穏な朝を迎えるはずが、廊下から聞こえる邪魔でうるさい騒音が聞こえてきた。
俺はそんな事でめげない。再度、眠りにつこうとした。

「お母さん、私の制服知らない?」

女の子の声が聞こえてくる。ああ、そう言えば…俺、確か引越ししたんだっけ?
まぁ、いいか、そんな事を考えながら眠りにつこうとしたが…

“ドタドタドタ”

「時間が無いよぉ」

“ドタドタドタ、バタンッ”

「だぁー、うるさい!」

俺はあまりの煩さに大声をあげて、起き上がった。そのまま蒲団を出ようとしたが…

「さむっ…」

さすが北国。ここまで寒いとは……。カーテンを開けると外は白銀の世界。
目に沁みるくらい鮮やかに反射していた。どおりで寒い訳だ。
とりあえず私服に着替えると、俺は自分の部屋の扉を開けた。
まぁ、ここまで煩くされたら起きるしかないし、それに完全に目が覚めた…。

「あ、おはよう、祐一」
「ん、ああ」

扉を開けた目の前に一人の少女が立っていた。外の騒音の原因はこいつだ。
万年眠り少女で俺の従兄弟の水瀬名雪だ。

「ああ、じゃなくて、朝は“おはよう”だよ。祐一」
「ああ、おはよう」
「うん、おはよう」

朝から笑顔を浮かべて…。
それよりいいのか? 制服ー!なんて叫んでいたのに、そんなゆっくりしていて…。

「ところで、何で学校なんだ? 休みじゃないのか?」
「うん、クラブだよ。陸上部の部長だから」
「すごいな、頑張れよ」

俺なら間違いなく、やめてるぞ。こんな寒い中出て行く気がしないからな…。
まぁ、相当暇であれば話は別であるが。
ついでに言っておくが、この相当というのは本当に気が狂うくらい暇な場合だから、まずありえないことだ。

「それより名雪、そんなにのんびりしてて良いのか?」
「ああ、そうだよ。祐一、私の制服知らない?」
「あのな、俺が知るはずも…」

もし、迎えに来たときにきていたあの真っ赤な服が制服ならば…昨日、俺がここに来た時、秋子さんが確か洗っていたような…。
あれだけ特徴的だから、忘れるはずも無いな。

「あの変な服か?」
「変じゃないよぉ…。それより、知ってる?」
「秋子さんが洗ったんじゃないのか?」
「あーっ」

名雪は変な一言を残して階段を下りていった。秋子さんに聞きに行ったのだろう。
しかし、妙な間、手持ち無沙汰になってしまった俺は、仕方なくその場で名雪が戻ってくるのを待っていた。
戻ってくると

「湿ってるよぉ…」

嘆き顔。まぁ、冬だから昨日の今日で乾くはずが無いわな。
ついでに乾燥機も無さそうだし…。

「コタツの中に入れておくと乾くって言う冬の生活における知恵の一つだぞ」
「そんなの嫌だよぉ。しわくちゃになっちゃうよー」

等と泣き言を言いつつ、部屋に入ると「うわぁー、冷たいよー」と声が聞こえた。
さて、俺は朝飯でも食べに行くか…。
俺は階段を下りていき、右手に外の風景を見ながら食卓に向かった。

白銀に染まりし世界。
残酷なまでに寒さが支配するその世界。
凍てつく風は身を切り、凍てつく空気は身を止める。
それを溶かすは一人の少女。それを解くは一片の言の葉

寒そうな景色…。
俺はそんなことを考えた。

「あら、おはようございます。祐一さん。今すぐ用意しますね」
「あ、おはようございます。秋子さん」

優しそうな笑顔を浮かべながら、キッチンへ入っていき俺の朝御飯の準備を始めた。
しかし、俺の母さんといい秋子さんといい、この家系の女性は若作りなのか…。
俺は椅子に座りながら秋子さんが朝食の準備が終わるまでの間、今日の予定を立てようと試みたが…
この町に最後に来たのは

七年前。

ほとんどといって良いほど記憶に無かった。
というよりも、なぜかこの町に関することだけ、不鮮明なのだ。
それ以外の記憶はそれなりに残っており、景色を見たり、人に聞いたりすれば、それなりに思い出すのだが…。
これじゃ、どうしようもないな。

「いってきます!」

どうやら名雪が学校へ行くようだ。やっと少しは自分の危機的状況を理解できたか?
やや切羽詰った声を最後に消えて言った。
その時、ふと一人の少女の顔が浮かんだ。
黒瞳黒髪の少女の顔。何故か鮮明に思い出された。名前は確か、御速水翡憐。
あいつは確か、本好きだったからな。学校の図書館にでもいるだろ…。ということで決まりだな。
食事の用意ができるまでに俺は今日の予定を立て終えた。










「そんなに遅くならないと思います。それと昼食は外で食べてきますので」
「分かりました。では、気を付けてください」

朝食を食べ終わった俺はそのまま学校へ向かった。いや、正確には周りの人に聞きながら何とかたどり着いたといった方が
いいのかもしれない。まぁ、全く覚えていなし…。
道を覚えれば二十分ぐらいでいける道だった。
学校はかなり広く、図書室ではなく、図書館だった。授業をする所とは違う校舎あった。
外の冷たく冷え切った冷気が俺を包み、冷徹に攻めていたが、その図書館の扉を開けた。
途端、暖かい温もりのある暖気が俺を包んだ。縮んでいた体が広がるのが分かった。
私服のまま図書館に入る。が、全く職員からお咎めがかからない。
どうやら問題が無いらしい。適当にあたりを見回すと、お目当ての人物が見つかった。

「よお、久し振りだな」

と言いながら驚かすように後ろから抱きついた。しかし、全く驚いた反応もなく、

「相沢祐一さんですか、お久し振りです」

七年ぶりにあったにもかかわらず、とても淡白な反応だった。もう少し喜ぶなり、驚くなりしても良いんだが…。

「…相も変わらず、反応が無いな」
「相も変わらず、いたずら好きですね」
「失礼な、これはスキンシップだ」
「スキンシップとは母親と子供の肌と肌の触れ合いをすることです」
「ふむ、なら本当に肌と肌の触れ合いをするか?」
「公共の場で、相応しくない発言だと思いますが」

何ともいえない冗談と本気の会話。俺の冗談を律儀にも本気で返してくる御速水。
滑稽な会話だが…。それにしても誰も傍にいないとは……。
昔から人付き合いが下手なのは知っていたが、今でもそれが治っていないな。
別に容姿が悪いからよってこないとかじゃない。容姿ならば間違いなく綺麗な分類に入ると思うんだが。
黒瞳黒髪、そしてその黒髪は肩ほどまであった。
スタイルも悪くない、といえば謙遜に取られるくらい、抜群のスタイルなのだ。
これで寄って来ないとは、ここの男は一体どう言う感性の持ち主なんだ。
まぁ、よってきたところで俺みたいな性格じゃないとやっていけないと思うけど…。
さて、軽い挨拶と彼女の容姿の説明はそれぐらいにして、本題に入るとするか

「案内してくれ」
「……応答に困るのですが……」
「いや、何。ただ、街を案内してくれれば良いだけさ」
「お願いですから、余りにも率直に言わないでくれないでしょうか」
「ふむ、善処しよう」

彼女は諦めたように読みかけの本をたたむと、それをカウンターに持って行った。
律儀に休日にも関わらず制服姿で、さらに鞄も学校指定のもの。
それに先ほどまで読んでいた本を詰め込むと、俺と御速水は図書館を後にした。

「どこを案内すれば良いんでしょう?」

先行する御速水は校門前でやっと俺のほうに振り返ると、そう問いかけてきた。

「うーん。一応、主だったところだな。何にも覚えてないし」
「分かりました」

御速水はそう言うと、先に歩き出した。しかし、ふと、その後姿に一瞬何か被るものがあった。
何が被ったのかわからなかったが、それでも何かが、被ったのだ。
多分、既視感。デシャビュやメモリーズオフと呼ばれる現象だろう。

「行くのでしょう。相沢祐一さん」

ぼー、としていた俺に御速水が話しかけてきた。はっ、と現実に戻る。

「え、あ、ああ、では、頼む」










俺は御速水に連れられて、まず、公園。

「なぁ…冬場って人が来るのか?」
「一部の物好きだけ、とだけ言っておきます」
「そうだろうな…」

閑散とした公園だが…確かにこんなに寒ければ誰も遊びに来ないだろう。
いくら雪国になれた人といえどここに遊びに来るなんて無茶にも程があるだろうな。

「お前は来るのか?」
「物好きに見えますか?」
「…コメントは控えさせていただきます」
「……」
「すいません。俺が悪かったです。ですから、その絶対零度の視線を俺に向けないでください」

真冬に絶対零度の視線は辛いぞ。真夏ならまだ涼しくなって良いだろうがな。
ただ…雪国の真夏がどれくらいの暑さか知らないが。

「…噴水が止まってる」

公園を歩いていたとき、公園の中央部分にある噴水が目に入った。
最初、ただのオブジェと思っていたのだが…。

「もし、水など出していたら凍ってしまいます」
「…まぁ…そうだが…噴水を作る必要性は」
「私に聞かないでください。私が公園を造ったわけではありませんので」
「…冬になれば噴水もその存在が否定されるんだな」

水の出ていない寂しげな噴水が妙に俺の頭に引っ付いた。
あまりの切なさにこれは忘れられないな。
そのまま、俺たちは公園の傍を通っている細道を抜けて教会にやってきた。
とてつもなく寂れた教会が俺の目の前に現れた。
今にも西洋のお化けが出てきてもおかしくないぐらいのレベルだ。

「なぁ……ここ」
「教会です」
「何で案内したんだ? まさか、俺と一緒に肝試しでもするつもりか?」
「昼から肝試しをするのですか? あまり、怖さを感じないのですが」
「ほら、幽霊にも変わり者がいて、夜が怖い幽霊もいるかもしれないぞ。昼しか活動しません。って幽霊がいたっておかしくないはずだ!」

力説している俺を冷ややかな視線で返答する御速水。
何か妙に俺に冷たい気がする。
そんな俺のボケを冷たく凍らさなくても良いじゃないか。

「ごっほん。まぁ、ボケはこれくらいにして、どうしてここに案内したんだ?」
「お気に入りですから」

…お気に入り? ここが?

『この寂れ具合がなんともいえないんです』

…やめてくれ。そんな御速水は見たくないぞ。この寂れた外壁に頬ずりする御速水の姿なんぞ。
この寂れた場所の何処がいいのやら…。まだまだ俺も未熟者だったな。
誰も来なさそうな場所が好きとは……。
いや、待てよ…だからこそか?
ここで夜な夜な禁断の儀式を行っているとか?
それこそお子ちゃまは禁止ですよ、な伏字たっぷりの事を行っているとか…。
御速水…いい仕事してるぜ。

「相沢祐一さん。変な事を考えていませんか?」
「……なにも考えていません」
「……では、何故、目が泳いでいるのですか?」

ちっ、俺のうそを見抜くとは…。さすがは御速水だ。

「まぁ、良いじゃないか。大丈夫だ。口に出していないんだから」
「出していたら、この世界から消し去ります」
「落ち着こうな、御速水。俺が悪かったから…。その微妙にスタンバイ完了な鞄を下げてくれ。
 それはさすがに痛いから。とにかく、次を案内してくれ」

御速水を何とかなだめて俺が昨日、凍死になりかけた駅前へ向かった。
そこの光景は昨日と変わらない。憎憎しいほど変わっていない。

「……鬼門だ」
「はい?」
「ここは俺にとって最大の関門であり、最大の敵だ!」
「なにかあったのですか?」
「三時間ベンチで待ちぼうけ」
「……」

御速水の視線に憐れみが混じった…。そんな悲しそうな目で見ないでくれ。
俺も悲しくなってくる。
確かに思い出せば壮絶だった。駅前で凍死体発見なんて文字が新聞の見出しになったら
どうしようと本気で思ったぐらいだ。
それぐらい体がやばかったんだぞ?
足先と指先の感覚はなくなってくるし、何となく眠たくもなったし…。

「…雪国って怖いな」

そんな俺の言葉に視線を逸らす御速水。確かに同意できることじゃないけどさ…。

「相沢祐一さん。ご愁傷様です」
「……」

視線を逸らしたままでその言葉はすげー傷つくんですけど…。
俺は傷ついた心を持ったまま、御速水につれられて次の目的地へ向かった。
次の目的地は商店街である。










因縁の場所。
ここの記憶は多く占める。
さぁ、どうする?思い出す?