なんとオオグンタマが売り切れだった
___華音駅前。
「……う…」
…葉は、目を覚ました。結局あのままベンチで寝てしまったらしい。
「…お?」
時計の針は8時を回っていた…が、それにしてはどう見ても空が明るい。
「て事は、15時間大爆睡かよ…」
…頭には雪が積もっていた。
「…っくし!! うわ、服凍ってるし…」
上着はガチガチに凍っており、動く度にパリパリと音がする。
「さ、寒…それにハラ減った…」
葉はゆっくりと立ち上がり、荷物を背負う。
「とりあえず、何か食わんとな…」
適当に辺りをぶらつき、店を探す事にした。
「ふー…食った食った…。」
松家で豚丼(290円)を食べ、外に出る。
「結局、迎えは来てたんかなー…」
自分が原因で迷惑を掛けてしまっていたなら、申し訳が立たない。
…まぁ、実際は迎えに来る以前に気付いてすらいなかった訳だが。
「これからどうすっかな……お?」
ふと山の方を見ると…森の中に太く巨きい大木が生えているのが見えた。
…1本だけ、明らかに高さが違う。
「………?」
…妙に、その大木に興味をそそられた。
その樹に、葉は何故か奇妙な違和感を覚えた。
「…ちょっと、行ってみっかな」
どうせ特にやる事も無いし…あの距離なら昼頃には戻って来られるだろう。
「迎えに来るとしたら昼過ぎだろうし。道は…まぁ、なんとかなるかな。」
…葉はそう言って、森の方へと歩き出した。
「はぁ……はぁ…。」
……思っていたよりも距離があった…疲れて息も大分上がってきている。
「うぁ、やっと着いた……。」
葉はすぐさま荷物を降ろし、大木の根元に座り込んだ。
「つ、疲れたー……。」
近くで見ると本当に大きい。ここからてっぺんが見えない程だ…。
「でも、良い所だな…。」
大木の周囲だけは他の木が生えておらず、辺りを覆う雪が太陽の光を浴びて、白銀に輝いていた。
「しかし、こうして見るとでかいな〜」
一際大きくどっしりと構え、逞しく聳え立つ大樹…この大木こそが、500年前に最凶の霊獣が封じ込められたと云われる恐山最大の神木だった。
ここから溢れ出る高濃度の霊圧の影響で、この周囲だけは植物が育ちにくい…故に、雑草程度の草以外はほとんど生える事が無かった。
葉がこの木に妙な違和感を覚えたのも、この溢れる霊圧故に…と言っても、葉本人は違和感の正体が結局何なのか全然解っちゃいないが。
「あー…疲れた…。」
『む……この巫力…「麻倉」か?』
突然、どこからともなく声が聞こえた。
「ん…誰だ?」
『ほう、我の声が聞こえるか…』
声…と言うよりはテレパシーだ。耳から聞こえるのではなく、頭に直接響いてくる。
「あぁ…良く聞こえるぞ。あんたは霊なんか?」
『…そうだな、霊には相違無い。』
声はくっくっと笑った。
「オイラを知ってんのか?」
『いや、知らないな…ただの勘だ。大昔に君と良く似た巫力の持ち主を見た事があっただけだ。』
「多分オイラの先祖じゃねえかな…確かにオイラは『麻倉』だ」
それを聞き、声は少し納得した様だった。
『ふむ、そうか…聞くが、今何年かね?』
「小学5年だ」
『…そうではなくてだな…いや、聞き方が拙かったな。今は西暦何年だね?』
「1995年…っつってもあと数日で1996年だが。」
『次の星祭まであとたった4年…もうそんな時期か…。』
声は懐かしそうな声で言う。
「ほしまつり?」
『今はシャーマンファイトと言うんだったか。』
「!」
突然出てきた聞き慣れた単語に、反応する葉。
『…おや、君も出場するのかね?』
「…ああ。」
『成程な、それでこの地へ…「水無瀬」然り、「水叉火」然り、「交司身」然り…恐山の麓だけあり、此処にはどうも特殊な血族が集まり易いらしい。』
「漢字が多くて分からねぇぜ…」
『…それに君は「真鬼」の血まで引いている様だな?』
「まき?」
確かに…父親、幹久の旧姓は『真木』だが。
「…会った事無い割には随分詳しいな…」
『そんなに濃密な巫力を振り撒いていれば嫌でも解る。伊達に数千年も過ごしてはおらんからな…。』
「数千年!?」
…て事はマタムネより凄い年上!?
「もしかしてあんた、この木の精霊か何かか?」
『違うな。君等にとっては…この木に封印された悪霊、と言うのが近いかね…』
「…悪い奴なんか?」
『君は何を以って正しい、正しくないと定義するのかね?』
「…いや、今さっき自分で悪霊とか言ってなかったか?」
『人間の掲げる、人にのみ都合良く作られた「法律」とやらを正義とするなら、我の存在は悪なのだろう…君が我の事をどう思おうと構わんよ。』
「そっか…ならどっちでもいいや。」
『おや、良いのかね? もしかすると我はとてつもなく悪い奴かも知れんぞ?』
声が楽しそうに笑う。
「正しいとか、間違ってるとか…誰に対して気にするんだ?」
葉は苦笑した。
『ふ…ははははは! 成程、君は確かに麻倉の者だ!』
1000年前__我と共に過ごした人間、大陰陽師・麻倉葉王の子孫だ…!
「?」
突然笑い出した声に呆然とする葉。
「ワケ分かんねぇな…」
『いや、失敬…少々懐かしいものを思い出してな。』
「そ、そうか。突然笑い出したから何事かと思った…」
声はふふ、と笑うと、言った。
『我が名は「幻咬」だ。君の名は?』
「オイラか? オイラの名前は『麻倉葉』だ。」
『葉か。成程、気に入った…そうだな、手を出してみろ』
「?」
とりあえず、手を前に出してみた。すると…
「…お?」
上からぽとん、と鈴が落ちてきた。
「本物…みたいだな。また随分と古そうな…」
『1000年前、君の先祖から貰ったモノだ…くれてやる。』
ちりん、と鈴が鳴る。
「本当に良いのか? 貰っちまっても」
『元は何処に居るかが判る様に、暗闇の中でも居場所を見失わない様に、と着けて貰ったもの…葉王亡き今、我にはもう必要の無いモノだ。記念に取っておけ。』
「…そうか。ありがとな。」
大切なモノを失くさない様に…か。
……………。
………。
…。
「じゃ、オイラはそろそろ行くよ。」
『…そうか。』
「また、時間があったらここに来るから」
『あぁ、そうだ。確か次の星祭に参加するのだったな…』
「ん、そうだが?」
『それでは一つだけ助言をしてやろう…無知で愚昧な味方程に危険なモノは無い。賢い敵の方がまだ幾分はましだ、と云う事を覚えておけ。』
「んー…友達は選べ、って事か?」
『まぁ、そんな所だ。』
「そっか、ありがとな。」
『はは…それではな。』
「んじゃ、またな〜」
そう言って、葉は山を降りた。
…商店街で軽く昼食(350円)を済ませた後、駅前へと戻ってきた。
「さて、ヨメは来てるかな…と」
ふと朝座っていたベンチを見ると、少し年下位の女の子が座っていた。
「お? 誰かいる…?」
ショートカットの黒髪で、ポテトチップス(アッパーカット味)を食べている。
黒いワンピースに、チェック柄のストールを羽織り、スケッチブックを抱えていた。
「…どうやって声かけりゃ良いんだ?」
仮に「君はオイラのヨメ?」とか聞いたとして…人違いだったら最悪だ。
「………。」
…ちりん、と音がした…さっき幻咬から貰った鈴だ。
「…?」
鈴の音に気付き、顔を上げた少女と目が合った。
「……えーと…隣、座っても良いか…?」
「はい、構いませんよ?」
葉の申し出に、少女は笑顔で応じてくれた。
「…旅行ですか?」
葉の荷物を見て、少女が訊ねる。
「ん? ああ、そうだな。迎えが来る予定だったんだけど、オイラが途中で道に迷ってしまってなぁ…もしかして君がそうか?」
「いえ、私じゃないですよ。私はただの散歩です。」
……残念、人違いか…。
「…そっか。」
「顔は知らないんですか?」
「…実は、残念ながら顔どころか名前も判らんのだ…」
「はぁ、大変ですねぇ…。」
少女が苦笑する。
「…そう言う君はどうしてここに?」
「理由が無いと、お散歩に行っちゃダメですか?」
「いや、そういう訳じゃないが…寒いだろ? 外。」
「…実は少しだけ…でも、今日は割と暖かい方ですよ? 太陽も出てますし。」
それを聞いて葉が固まった。
「…これでか?」
「はい、これでです。」
「そうか…これでもまだ暖かい方なのか…。」
葉は空を仰いだ。
「どこから来たんですか?」
「ん…島根県からだ。」
「うわ、遠いですね…」
「ああ、結構時間がかかった…けど、オイラは電車が好きだから別に移動は苦じゃなかったけどな。」
「そうですか…」
「…この街に住んでるのか?」
「はい、そうですよ。」
「…一緒に遊ぶ友達とかはいないんか?」
…少し、少女の表情が暗くなった。
「私…生まれつき体が弱くて、あまり学校に出られなかったんです。」
「………。」
「だからなかなか友達を作る機会もなくて…」
「……そうか…。」
…友達が少ないのはオイラと一緒か…。
「それに、私はちょっと普通じゃないですから…。」
最後に小さくそう言って、少女は俯いた。
「……?」
「いえ、何でもないです。」
「…すまんな、突然変な事聞いて。」
「いえ、気にしないで下さい。」
…少し、間が空いた。
「お姉ちゃんには、結構友達がいるんですけどね…」
「姉ちゃんがいるんか?」
「はい、年が1つ上の姉が一人。」
少女は本当に嬉しそうに言った。
「私とは違って、背も高くて、美人で、聡明で…私の自慢のお姉ちゃんです。」
「…そっか。」
つられて葉も微笑む。
「そうだ、これからどこか行く所はありますか?」
少女は、思い付いた様に言った。
「いや、今の所は暇だけど…」
「それじゃあ、私の絵のモデルになってくれませんか?」
「絵?」
「私、絵を描くの得意なんですよ〜」
そう言って、少女はスケッチブックを見せた。
「……別に構わんけど、オイラでいいのか?」
「はい♪」
「…じゃあ、お願いしようかな。」
「私、頑張りますから!」
…そう言って、少女は絵を描き始めた。
___同じく華音駅前。
名雪は友人と一緒にお出掛けしている最中だった。
「あ〜美味しかった〜」
「そうね、また今度来ようかしら?」
「そうだね〜」
「じゃ、次はドコ行こっか?」
「…あれ? あそこで絵描いてるのって妹さんじゃない?」
「え? …あ、ホントだ」
駅前のベンチで、女の子が熱心に絵を描いていた。
「声かける?」
「ううん、集中してるみたいだから、そっとしておきましょう?」
「…それもそうだね。」
「…?」
「どうしたの?」
「いや、隣にいる男の子誰だろうな…って。」
「あ、ホントだ。見た事な…あれ?」
会った覚えは無いが、何かどこかで見た事がある様な顔だった。
「あれぇ…?」
「どうしたの?」
「あの男の子、どっかで見た事あると思うんだけど…」
「…そう?」
名雪はえらく考え込んでいたが、結局最後まで思い出せなかった。
「誰だっけ…?」
「まあいいわ。こないだ出来たって言ってた、パティスリー955行かない?」
「あ、行く行く! イチゴパフェ〜♪」
…その一言で、名雪の頭の中から少年の存在は消し飛んだ。
「…出来ました♪」
「おお! 見せてくれるか?」
「はい、どうぞ!」
葉は少女が描いた絵を覗き込んだ。
………。
「ちょwww巨匠wwww」
…ある意味、神の領域であると言えた。
「あーっ、笑わないでくださいよ!」
「小学生みたいな絵だよwww」
「私小学生なんですけど!?」
「…そういやそうだったな」
「そうですよ、もう…」
「あははは」
「くすっ」
……………。
「そうだ! この絵、あなたにあげますよ。」
「いいのか? 貰っても」
「はい、私はまた描けますから。」
「派手な額縁に入れて部屋に飾ってやろう」
「……そんな事言う人、嫌いです…。」
「冗談だ、でも大切にするよ。」
「…はい!」
………。
「じゃあ私はそろそろ戻りますね。」
「帰るのか?」
「はい。気が付いたらもう2時間以上経っちゃってました。」
「ん? …ああ、ホントだ。時間が経つのって早いもんだな…」
「そうですね…楽しい時間は尚更です。」
「じゃあ、気を付けてな…カゼひくなよ?」
「…はい♪」
…そう言って、オイラは少女と別れた…ん? 少女?
「あ、名前聞くの忘れた…」
そう気付いた時には、もう少女の姿は無かった。
___華音駅前。
「…あれ?」
少女は駅前に到着した。約束の時間まではまだ30分以上ある…にも関わらず、少年は既にそこに居て、少女が来るのを待っていた。
「…お? あゆあゆ(仮)か、早かったな…」
少年はからかう様に、微笑みながらそう言った。
「…あゆあゆ(仮)じゃないもん」
それを聞いて、少女は非難の視線を浴びせる。
「はは、だってまだちゃんと名前聞いてねぇしな。」
「…あゆ」
「…苗字は?」
「…月宮」
「月宮あゆか……なんだ普通だな」
「ふつう!?」
「オイラは麻倉葉だ。よろしく」
「……うん」
「んじゃ、早速行くか」
自己紹介も済んだので、商店街に向かおうと…
「………」
「ん、どうした?」
したが、あゆはベンチに座ったままだ。
「…うぐぅ」
「座ってたって商店街に着けないぞ?」
なんと あゆ は なにかをいいたそうに こちらをみている !
きいて あげますか ?
選択肢:1.はい 2.YES 3.了承 4.中耳炎
「…あの…昨日は、ありがとう」
…タイムオーバー!!
「昨日…ああ、いいよ。別に大した事した訳じゃないし」
あゆはふるふると首を横に振った。
「ううん、ボクはうれしかったから…」
…初めての笑顔だった。
「…笑うと可愛いんだな」
「……」
「泣いてるより、笑ってた方がいいと思うぞ」
「う…」
「じゃ、そろそろ行くか。」
「あ、うん」
そうして、二人は商店街へと向かった。
___華音市、駅前商店街。
昨日の屋台でたいやき(120円)を2つ購入し、二人で食べた。
「昨日よりもおいしい…」
「そりゃ、そうだろうな。」
「…なんで?」
「昨日は泣きながら食ってただろ? 泣いてる時に食ったって美味い訳ねえさ」
あゆはもう一度たいやきをかじり…
「…うん」
嬉しそうに言った。
……………。
………。
…。
たった8行で食べ終わってしまったので、二人は商店街を歩き回る事にした。
「…じゃあ、この町に住んでる訳じゃないんだ?」
「ああ、半分旅行みたいなもんだな。実家は島根県だし」
「うわ、遠いんだね…」
「本州の反対側だからな」
「…葉くん。あれ、何?」
あゆが何かを見付けたらしく、突然問いかけてきた。
「あれか? あれは安西先生と言って、ケンタッキーの前によく立ってる…」
「…違うよ、その隣のお店」
「隣…ゲーセンか?」
そこには、小さなゲームセンターがあった。そして、あゆが指を差しているのは店頭に置いてあるクレーンゲームだった。
「クレーンゲームだな。知らないのか?」
「うん、初めて見た。」
二人はクレーンゲームに近寄った。
「クレーンを動かして、掴んで取れた商品が貰えるんだ。」
「マジで!?」
あゆは嬉しそうに言った…けどキャラが違くないか?
「あの人形かわいい…」
…かわいいか? かわいいのかアレ?
「1回、やってみるか?」
「うん!」
葉は300円を投入し、あゆに操作を促した。
あゆ「まだ、心の準備が!!」
「…こーゆーのは準備するだけ無駄だ」
「え〜!?」
と文句を言っているが、意外にも操作は上手い。
「…これ、取れるんじゃねぇか?」
「ボク、頑張るよ!」
しかし、 あゆ の こうげき は はずれた !
「我が体、撃沈!!」
あゆは真っ白になって椅子に座り込んでしまった。
「…オイラがやってみようか?」
「やったコトあるの?」
「一応、取れた事は何度かある」
300円を投入し、レッツプレイ!
………。
「我が体、撃沈!!」
葉は真っ白になり椅子に座り込んだ。
「やられたー!」
「こうなったらオイラの奥の手を見せてやるぜ!」
これがラストチャレンジ。300円を投入…
式神には、こういう使い方もあるんだ!!(犯罪です)
ウィーン…ぽとん
「!?」
「おーし!」
あゆが信じられない、といった表情で目を擦っている。
「…ねぇ、葉くん。」
「どうした?」
「今、人形がものすごいズレたよ…」
「…き、気のせいじゃないか?」
そんな、たかが30cm動かしたくらいで大袈裟な…
「……ありえない掴み方だったよ…」
って、目茶苦茶怪しまれてるな…
「じ、実はな、この人形はただの人形じゃないんだ」
「?」
「なんと、願いを叶えてくれる不思議な人形なんだぞ」
「……じー」
じーっとジト目で見つめるあゆさん。信用できない、という目だ。
「ホントだぞ。願い事を3つまで叶えてくれるんだ」
「じゃあ一つ目、叶えられる願いの数を100個に増やしてください」
「それは無理だ。ワタシの力の範囲を大きく超えている…他の願いを言え」
「えー!? 何で」
「叶えるのはオイラだからだ」
「がーん!」
あゆ は ショック を うけた !
「だからオイラにできない事は叶えられんぞ」
「…じゃあたいやきたべたい」
「それは無理だ。ワタシの力の範囲を大きく超えている…他の願いを言え」
「なんで!?」
「お金が足りない…」
現在の所持金:80円
「……ホントだ…。」
よく考えなくても絶望的だ。ジャンプも買えないじゃないか…。
「これはひどい」
…夕飯どーすんだ一体?
「ねぇ、葉くん」
「ん、なんだ?」
「葉くんは、用事が済んだら自分の街に帰っちゃうんだよね…?」
「ああ、そうだよ」
あゆは少し逡巡した後、言った。
「……じゃあ、一つ目のお願い。」
「お、何でもいいぞ。」
「…葉くんが自分の街に帰った後も、ボクのことを忘れないで下さい…」
「……!」
「この街でボクと出会った事を…時々で良いから、思い出して下さい…」
「………。」
「…っていうのはダメかな?」
事実上の、友達宣言だった。
「……なぁ、それって…『友達』って事で良いんか?」
葉が半放心状態でそう聞くと…あゆはきょとんとした顔で答えた。
「うん、だってもう葉くんはボクの友達でしょ?」
初めて。初めて…人間の友達ができた。
「……ああ、分かった。忘れたりなんかしねえよ…絶対に…。」
一筋の雫が、葉の頬を伝った。
「…あれ、もしかして泣いてる?」
「な、泣いてねえよ…」
葉が慌てて目を背ける。
「目、赤いよ」
「うるさい」
「あはは、昨日と反対だね…」
「……う」
葉は赤くなり、黙り込んだ。
「…ねぇ、葉くんって…友達少ないの?」
「……ああ。一人もいねえ。」
「……そっか…。」
暫しの沈黙…そして、あゆは残念そうに呟いた。
「あーあ…葉くんと同じ学校に通えたら良かったのにな…。」
「………。」
同じ、学校か…それができたらどんなに良いか…
「んー、学校…」
どっちにしろ冬休み。学校は無い…ん?
「なぁ、あゆ。あゆん家ってどの辺にあるんだ?」
「ボクの家? あの山の向こう側…歩いて1時間くらいの所だよ。」
山…今朝登ったあれか。丁度良い、それなら…
「あっちで良いんだよな?」
「うん。そうだよ」
「なるほど…わかった、できるぞ。」
葉はそう言って、歩き出した。
「え? 何が?」
「いいから行くぞ、日が暮れちまう!」
「ちょっと、待ってよー!」
……………。
………。
…。
それは朝、何となく気になって歩いていたら見つけた所。
未だかつて見た事がないほど大きな樹。
幻咬と出会い、鈴を貰った秘密の場所。
知る限り…この街で最も綺麗で、何より幻想的な場所。
「…おーし、着いたぞ〜」
何とか、日が暮れる前に着く事ができた。
「うわぁ…」
木に積もった雪が黄昏の夕日を浴びて、オレンジ色に染まっていた。
「大きい…それに、すごくキレイ…」
昼に1回来たとは言え、夕焼けを浴びた木はやはり同じ場所でも全然印象が違う。
『…む? 何だ、また来たのか。』
「ああ、友達を連れてきた。」
「…?」
あゆが訝しげな顔でこちらを見ている。
『友達…ほう、烏族の混血とはまた珍しい』
「んあ?」
ウゾクってなんぞや?
『ふむ、気付いていないのならそれも良い。ヒトに翼が生えた所で空を飛べる訳でもない』
「…何を訳の分からん事言ってんだ?」
「葉くん誰と話してるの…?」
ふとあゆを見ると、訳が分からないのはオマエだと言わんばかりに怪訝な顔をしている。
ああ、そうか。あゆに霊の声は聞こえないのか…。
だからと言って幽霊と話してると言った所で信じて貰える訳でもなし。ここは…
「…読者?」
「意味わかんないよ…」
うん、言ってるオイラも解んねぇ。
「この場所、どうだ?」
「…すごくキレイで、ボクは好きだよこういう所。」
「気に入ったか?」
「うん! ここまで歩いてきただけの価値があったよ。」
「じゃあ、ここをオイラ達の学校にしないか?」
「学校?」
丁度良く先生もいる事だし。
『…今、何か不穏当な事を考えなかったか?』
んーん、考えてないよ?
「オイラ達だけの自由な学校。遅刻はないし、試験もないし、病気も何にもない。」
「病気はあるよ…」
「するどいな」
「でも…良いねそれ。明日からこの場所に通おうか?」
「ああ、決まりだな。」
『学校…ねぇ』
「葉くん、ちょっと後ろ向いててくれる?」
木をじーっと眺めていたあゆが突然そんな事を言った。
「いいけど、何するんだ?」
「いいからいいから〜」
「?」
「テリーを信じて〜」
言葉の意味は良く判らないがとりあえず後ろを向いた。誰だよテリー。
………。
「もういいよ〜!」
と言われて振り向いたが、肝心のあゆの姿はない。
「ドコ行ったテリー?」
「上だよ上〜!」
…上?
「…うわ」
あゆは木の上に登っていた。SUGEEEEEEEEE!!
「葉くんも登っておいでよ〜! 凄く良い眺めだよー!」
うふふー…無理をおっしゃる。
「…オイラは高所恐怖症なんだ」
「あれ、そうなの?」
「あー、降りるのは平気だけど登るのは無理だ…。」
『…また珍しいな。普通逆ではないのか?』
「…そうなんか?」
「それじゃ仕方ないね…じゃあ、すぐ降りるから後ろ向いてて?」
「ん? ああ、分かった」
そう言われてまた後ろを向く。
………。
「ふう、もういいよ〜。」
良かった、ちゃんと降りられたようだ。
「お前、よくあんなトコまで登れるなぁ…」
「途中までだからね、てっぺんまではさすがに無理だよ」
「そりゃそうだ。ここからじゃてっぺんが見えない。」
「あはは、でもあそこからでも街がほぼ全部見渡せたよ。できれば葉くんにも見せてあげたかったんだけど…」
「なら、今度写真撮ってくれれば良いさ」
「んーん、あの景色は写真じゃわからないよ。」
あゆは首を横に振り、否定した。
「…そういうもんか?」
「そーゆーもんだよ。」
・・・・・ミュージックスタァート!!!
ソン!
ズンズビズバンバズンズビズバンバ
ドコドコドコドコドコドコドコドコ孤独なリズム!
私は孤独な踊り子さ!
シュンシュンシュンシュンシュンシュンシュンシュン
「あ、5時のチャイムだ」
「今のが!?」
「うん」
昨日そんなもん鳴ってたか?…ってそうか、昨日は5時前にぶっ倒れたんだった。
「じゃあ時間も時間だから、ボクはそろそろ帰るよ。」
「ああ、分かった。気を付けろよ!」
「うん!」
あゆはそう言って、自分の街へと走って行った。
『麻倉葉。ここが学校、とはどういう事だ?』
「いや、あゆがオイラと同じ学校に通えたら良いな…とか言ってたんでな。」
この街の地理に詳しくはなくとも…ここが人の寄り付く場所でない事くらいは判る。
『ふむ…他愛もない只の戯れか。』
「身も蓋も無ぇな…」
葉ががっくりと肩を落とす。
『しかし、よりによってこの場所を秘密基地にするとはな…』
「…何かマズイ事でもあるんか?」
葉がそう聞くと、幻咬は軽く溜息を吐いた。
『…あぁ、成程。この街に訪れて間も無い故に此処の事を良く知らんのか…少なくともこの街では、この場所は立入禁止区域に指定されているぞ?』
「…そうなんか?」
『そうだ。近隣の住民の間では既に暗黙の了解となっていたと思うのだが…どうやらあの少女はそれを知らなかったらしいな。』
「そうだったんか…初めて聞いたな」
『最早この近辺の常識だからな…質の悪い不良でさえも決して近寄ろうとはせん。』
…確かに。こんな広いスペース、不良の溜まり場に丁度良さそうなものだが…。
「何が危険なんだ?」
『此処に満ちた濃密な妖気だ。この樹の周囲に草の1本も生えていないのは人の手による加工では無い。此処の妖気に毒され、端から自然と枯れていったのだ。』
そう言われ、葉は初めて周囲を『視』た。
「……ホントだ。とんでもねぇ量の妖気が溜まってる…」
霊視。
葉は巫力のコントロールがヘタなので、普段から霊が視えっ放しではあるが…その辺に漂う妖気や霊気のシャットダウンくらいならできる。普段から…相変わらず霊体は視えたままでも、意思を持たない霊気だけは視えない状態にしていた。
今、それを開放したのだが…凄い。この場所自体が雪に埋もれて大分高い位置にある筈なのに、腰の辺りまで紫色の瘴気が渦巻いている。
体から勝手に漏出している妖気のお蔭で自分の体には届いていないが…じゃあ、あゆはどうだったのだろうか?
「なぁ、あゆは…大丈夫なんか?」
『…案ずるな。アレばかりは例外だ。何故あんなモノが華音市では無く隣町に居るのかがどうにも解せん。人妖と言えど、祖の格が余りに異常過ぎる…』
「…どういう事だ? あゆは普通の女の子じゃないってのか?」
『普通…? 君は麻倉家の者でありながら、アレが普通の人間に見えたのか?』
「?」
葉はきょとん、とした表情で首を傾げている…幻咬は軽く溜息を吐いた。
『……どうやら本気で気付いていなかったらしいな…教えてやる。アレはな、恐らく八咫鴉を先祖に持つ人妖の末裔だ。』
「…やたがらす、だって?」
「…な訳あるか。八咫鴉は神鳥だぞ。大体、霊と人の間に子孫を残せる訳が…」
『この場所に特殊な血族が集まり易い、と云う事はもう話したな。君は「人妖」と云うモノを知っているか?』
「人妖…? いや、初耳だ」
『…そうか。まぁ、人妖が存在する場所は三大霊場近辺しか無い上、その数も年々減少しているのだから麻倉が教えんのも無理は無い。星祭とはほぼ無関係と言っても差し支えの無い話だからな。』
「で、その人妖ってのは何なんだ?」
『君でも、「妖怪」の存在は知っていよう? 鬼、火車、天狗、雪女、河童、木霊、鵺、猫又…人に害成すもの、幸を齎すもの…今でこそ姿を見せる事は殆ど無いが、彼等はかつて確かにこの国に存在した。』
「妖怪か…それなら知ってる。オイラの家にも居るからな。」
つい昨日まで一緒に居たマタムネがまさにそれだ。
『人は妖と比べて脆弱で愚かしく、鈍重だ…だが、彼等には妖にはない「進歩」があった。』
「進歩?」
『成長と言い換えても構わん。人はより良い明日を求め、妖は今日と変わらぬ明日を求めた…ならばどちらが勝り、劣るかは自明の理。そして…遂に妖の時代が終焉を迎えた。』
黒船来航からの一連の歴史の変動。つまり日本で最も重要な歴史上の出来事…
「文明開花、ってやつか?」
『そう、明治維新だ。これは文明が急激な進歩を遂げた瞬間であると同時に、妖の存在がこの国の人間の生活から不要となった瞬間でもある。』
故に…妖は今まで通りの生活を送る事は出来なくなった。
『妖達は三つの選択肢の内、何れかを選ぶ事となった。一つは、このまま妖として生き続ける道…もう一つは人に化け、人として生きて行く道…そして最後は、成仏し、幽世へと魂を移す道…大多数の妖は、人として生きて行く道を選んだ。』
妖の能力など、人の技と術理の前には不要であると理解したが故に。
「妖怪は…そうやって消えていったのか?」
『そういう事だ。意外な程にアッサリと消え去り、人の世界へと溶け込んでいった。彼等は妖としての能力を捨て、ヒトに成り、家族を作り、子を産み育んだ…だが、やはり血までは欺けん。ヒトの血と妖怪の血は混じったが、此処の様に強い霊脈のある土地では妖怪の血が目覚め、突然変異を引き起こす事が稀にある…それが人妖と呼ばれる存在だ。』
「その子孫が…あゆなのか?」
『そうだ…が、八咫鴉がヒトとの間に子を成したなどと云う話は聞いた事が無い。しかし…まだ翼は生えていないが、あの霊圧は八咫鴉のそれと余りに酷似している…どうにも解せんな。』
「八咫鴉の眷属の…鴉天狗の霊力とは違うのか?」
『違う、それなら妖気は効かずともただ弾かれるだけだ…だが、妖気はまるであの娘に道を空ける様に自ら避けて行った。鴉天狗ならばああはならん。』
「つまり、あゆは変なのか?」
『……合ってはいるがその言い方は違うな…』
「まぁいいや。変だろうと何だろうとあゆはあゆだ。」
葉はそう言うと、立ち上がった。
「じゃ、今日は色々とありがとな。暗くなってきたからオイラは帰るよ。」
『…そうか、判った。』
「また明日な〜」
葉はそう言って、山を降りた。
「おかーさーん」
2階から降りてきた名雪は、母親に声を掛けた。
「あら、どうしたの名雪?」
「今日の夕御飯はなぁに〜?」
「今日はマーボー麺よ」
「マーボーMEN!!」
久しぶりのメニューに、名雪は目を輝かせた。
「…あらあら、麻婆豆腐を作ろうと思ったらバナナが足りないわ。名雪、ちょっと買って来てもらえる?」
「うん。わかった、買ってくる〜」
そう言ってお金を貰うと、名雪は買い物に出て行った。
……………。
………。
…。
「ただいま〜」
「あら、早かったわね。」
「インド産のしかなかったよ…」
「ううん、それで大丈夫よ。ありがとうね?」
「…うん」
…やっぱり誰も葉の存在に気付く事なく一日が終わってしまったのだった。