麻倉葉10歳___。
「ただいま〜」
学校から帰宅し、広間へと向かう葉。帰ってくるにはまだ早い時間帯だ。
「おお葉か、早かったな。また今日も学校さぼったのか?」
広間で新聞を読んでいた葉明が顔を上げ、問う。
「あはは、違うよじいちゃん。」
葉明の問いに苦笑しながら、ドサッとランドセルを降ろす。
「オイラ今日から冬休みなんよ。」
「ほう、冬休み。」
「ああーハラ減ったぁ、じいちゃん、何か食いもんある?」
言いながら戸棚の中を探す葉。
「ならば葉よ」
「ん、何だ?通信簿なら見ねぇ方がいいぞー」
「ふん、そんなモノどうだって良いわい。それより今日、木乃から連絡があってな。」
引き出しから煎餅を取り出した葉が顔を上げる。
「…青森のばあちゃんから?」
「うむ。葉よ、お前の嫁になる娘(候補)が決まった。」
「…ん?」
葉は固まり、うっかり煎餅を落っことした。
「学校が無いなら丁度良い。明日にでも会いに行ってやれ」
「んん…!?」
『ギャーーーッハッハッハッハッハーーッ』
許婚の一件は、どうやら家中に広まっていたらしい…部屋に入るなり、いきなりポンチとコンチの二匹から猛烈な冷やかしを受けるハメになってしまった。
『オイ良かったな葉!!』
「いてっ」
もう、どつかれるわどつかれるわ…痛いなもう。
『てめーそのトシでヨメ決まるなんてうらやましいぞコノォ!!』
「いや…だからオイラは」
『あぁ!?』
『何だコラ嬉しいなら嬉しいって素直に言えよこのムッツリ野郎!!』
………聞けよ、人の話。
「おやめなさい二匹共!!」
突然、小さな女の子が止めに入った…って、たまおか。
「葉様だって、何も好きで決めた事ではないんです…」
『あん……?』
「それにあなた達もこの家の持霊なら、少しは身分を弁えたらどうなんですか!」
……その言葉を聞いた二匹は…
『ああーーっ、こいつの嫁がどんなか気になるぜーーっ!!』
『てめェハートウォーミンな超カワイコちゃんだったらブッ殺すからなオラァ!!』
…………止まる訳無ぇよなぁ……(遠い目)。
「あー、気にするなたまお。こいつら絶対言う事聞かんから…。」
「ああ…すみません、すみません、私はせつないです…」
申し訳なさそうに頭を下げるたまおに葉は苦笑しつつ、考え込む。
「しかし前々から聞いてはいたものの、参ったよなぁ…まさかアレが本気だったとは。しかもいきなり会いに行けだなんて…」
『案ずるより、産むが易し。心配なんぞいくらしても足りぬもの…故に、会いに行くのである』
葉の迷いに答えるかの様に、何処からか声が聞こえてきた。
「…?」
『いざ霊場恐山、まだ見ぬヨメの許へと』
葉が辺りを見回すと、窓の外、屋根の上に服を着た一匹の猫が立っていた。二本足で。
……………。
「うわぁ、知らない猫がいる!!」
「霊です葉様! それもただの動物霊なんかじゃない…!」
奇妙な猫は葉へと向き直り、一礼しつつ話し始めた。
『や、失礼。小生ワケあって訪ねて来たのだが、騒がしいのが苦手でしてな。』
「はあ…。」
状況がよく解らん…が、とりあえず客らしいと云う事だけは解った。
『葉さん、少しばかり話がしたい。まずはそこの五月蝿いのを片付けては貰えんか?』
「!」
何でオイラの名前を…ってついさっきたまおが呼んでたか。
『小生、かような低俗霊と居ると頭が痛くなるのです。』
『何だとコラァ!!』
あ、そこの五月蝿いのがキレた。
『てめぇ…どっから来たかは知らねぇがよ』
『オレらァ死んで400年、とうの昔に精霊へと進化した、おきつねさまとおたぬきさまよ』
『ちったァクチが利けるようだが…たかがクソネコ霊の分際で』
『センパイに対するクチの利き方が出来てねえんじゃねぇかコラァ』
二匹は突然現れた猫に対して敵意を剥き出しにし、睨み付ける。
『…その前に何か穿け。』
『っせえなムレるんだよ!!』
激昂する二匹の威圧を軽く受け流し、呆れたように言う。
『やれやれ、弱い者ほど牙を剥くか…小生争いは好まんが、早々に私怨を断つには力を示すもまたやむなし…』
猫の目が鋭く光り、二匹を射抜く。
『…戦るか?』
『上等だァ!!』
…本当に一瞬。二匹が武器を構えた時には、猫はもう刀を収めていた。
「あ…?」
『すまんな。申し遅れたが…小生、この麻倉家に仕えること約1000年…。』
(…せん…ねん?)
『この度、葉さんの旅のお供に世界の股旅から戻って参った、猫又のマタムネと申す。』
『ねこ…また…!?』
好きなものは、マタタビ。
『以後お見知り置きを。』
「お、おお……。」
猫又のマタムネ。
突然現れたその猫は、なんと1000年も前から麻倉家に居たという、とんでもない奴だった。
どうやらじいちゃんが呼び出したらしいんだが、1000年も霊をやっていながら読書好きという変わり者でもあった。
ただ、流石に1000年も霊をやってるだけにその力も凄いらしく…いつも五月蝿いあの二匹でさえも、彼の前ではすぐに大人しくなった。
そしてマタムネはオイラの…初めての持霊となった。
勿論、持霊と言ったって形式上の話であって、オイラがどうこうできる様な相手では無かったけれど。
それでもマタムネは、オイラにとって初めての持霊だったんだ。
出発から数時間後___寝台特急・乙斗星内、個室。
「あはははははは」
電車の中で景色を見ながら、葉は嬉しそうにはしゃいでいた。
「すげぇなマタムネ! これ乙斗星だぞ、知ってるか? 上野から北海道まで直通の寝台特急だ!」
『………。』
一方マタムネは、ずっと静かに本(銀河鉄道の夜)を読んでいた。
「ロビーカーも食堂車もあるし、何げにゴージャスなんだぜ〜。それにツインDXだなんて、じいちゃんも意外と良い部屋取ったもんだよな〜♪」
『……葉さんは、意外と電車好き』
マタムネが本から顔を上げ、言った。
「ああ、そうだな。電車は形も風情もひっくるめて好きだぞ。最近は__」
葉はそれに満面の笑顔で答える。
『…淋しいのか?』
「………!」
…葉の表情が固まり、静かになった。
『や、これといった理由は無いが、そこはかとなく感じるものがある。』
マタムネはこの数日の間、葉の部屋や行動を見ていて思う所があった。
父親の残したレコードとプレーヤー。4年使っても綺麗なままのランドセル…。
『…おまえさんには友達が居ない。』
葉は一つ溜息を吐き…ゆっくりと話し始めた。
「…まぁな。家に帰ればじいちゃんも、かあちゃんも、たまおも居るが…確かに友達はいねぇ。」
視線を窓の外へと移し、続ける。
「この能力の所為にはしたくねえけど、お蔭で学校には話が出来る奴なんて一人もいねぇからな…」
『葉さ…』
マタムネは何かを言いかけたが、葉が遮った。
「いや、これも言い訳だな…どの道苦手なんよそういうの。だからその上嫁に会いに行くなんて事になって、もうどうしたら良いのかさっぱりだ…って、あはは、考えたらまた緊張してきた。」
マタムネは苦笑しつつ、時計を確認して提案した。
『…ふふ、今日はもう晩い。そろそろ寝たらどうだ?』
「…だな。」
そうして会話を打ち切り、二人は眠りに就く事にした……。
《青森―――札幌行き特急列車・乙斗星、青森到着です。お降りの方はお忘れ物の無い様、ご注意下さい。えー、青森―――青森――――》
プシュー………。
……………。
………。
…。
「危ねぇ…オイラ危うく寝過ごして北海道行く寸前だったぞ………。」
息を切らせながらorzの姿勢で葉が呟く。
『ふふ、昨夜は葉さん、晩くまで語らいましたから。』
ああ、いきなり疲れた……って今更気付いた。寒くねぇ?
「うーわっ、さあみいーーーっ! 流石青森、寒さが半端じゃねーなぁ…しかし、雪!」
駅から見える建物の屋根には分厚く雪が積もっており、眼下の道路も殆ど真っ白だ。
「すげえなマタムネ! 雪だ! 雪が積もってる!!」
ガチガチに震えながらも、眼前の雪の多さに思わずはしゃぐ葉。
『ここは青森で冬ですから。』
マタムネはベンチに腰掛け、さも普通、と言った風に答える。
「ちぇーっ、何だよ感動のない奴だなー…折角来たってのに本ばっか読みやがって…」
葉はつまらなそうにブー垂れる。
『小生、雪を見る事約千度目なれば___。』
が、それを聞いて、ハッ、と気が付いた様に言った。
「!…そうか、そういやお前千年も霊やってるんだったな…流石に飽きるか。」
『まぁ…』
「じゃああれか、って事は青森にも何度か来た事あるのか。世界中旅してたんだろ?」
葉が上着を羽織りながら尋ねる。
『うむ、これで9度目』
「……多いのか少ないのか良く判らん数字だな…」
荷物を背負い、準備を整えつつ話を続ける。
「んじゃ、これから行く『恐山』ってトコも初めてじゃない訳だ。」
『いや、初めてだが?』
「…意外だな」
『いや…実は小生、出来る事なら行きたくはないのである。』
『恐山』。
本州の最北端…下北半島に位置する、日本三大霊場、及び日本三大霊山の1つ。
かつての火山活動が作り出した硫気孔から蒸気と硫黄の臭気が立ち込める、殺伐とした風景。
その先にあるカルデラ湖のほとりには、真っ白な砂浜が広がる静まり返った光景。
その地獄とも極楽ともつかない異様な空間に人々は『死』を見出し、亡き人を思う現世の拠り所として、その山を名付けた。
そこは居場所を失った霊達が最後に行き着く、現世と幽世を結ぶ山___。
『…せつないではありませんか。』
…それを聞いてビビッた葉は、思わず息を飲んだ。
「な、何か怖ぇ所だな…そこにそのヨメは居るってのか…。」
その様子を見て、可笑しそうにマタムネが笑う。
『はっはっはっ、臆したか葉さん。霊を恐れるとは麻倉家の跡継ぎにあるまじきかな。』
「なっ、何だよ、お前だってたった今行きたくないっつってたじゃんか…つーか行った事無いのに何でそんな詳しいんだ…?」
『本ですよ』
手に持っていた紙を葉に見せる。
「観光案内…ってパンフかよ!」
『ですが百聞は一見にしかず…まぁそんな訳で小生もいよいよ決意した、と言った所でしょうか。』
マタムネはトン、とベンチから地面に降り、歩き出す。
『小生とて、居場所を亡くした霊には変わりない』
《8時43分発、特急スーパーはつかり、盛岡行き、まもなく到着します。黄色い線の内側まで、下がって、お待ち下さい___。》
駅のアナウンスが次の電車の到着を告げた。
『おや、次の電車が来た様だ。もたもたしてると今度は乗り遅れるよ葉さん』
「!…あ、ああ」
猫又のマタムネ。
あいつが千年前、何処で何をして、どうして今ここにいるのか…ちょっぴり気になった。
千年もの間麻倉に仕える精霊。なのに本ばかり読んでる妙な奴。
まぁ、その辺りの話は、追々聞いていけば良いか_____。
幹久とたまおは修業の為、船通山の断崖絶壁を登っていた。
「今回、葉様のヨメになる方はどういった方なんです?」
たまおが、岩に手を掛けて登りながら尋ねる。
「僕自身も本人の事は良く知らないんだけどね…でもこの縁談自体は前々から考えられていた事なんだ。」
「…前々から?」
意外、と言った風にたまおは首を傾げる。
「麻倉家が日本でも有数の霊媒師の家系だという事はたまおも知っているだろう?」
「ええ、それは…」
幼い頃から麻倉家に養われていただけに、その程度の知識はある。
「そういった家系はこの『麻倉家』以外にも三つ程あるんだ…とは言っても、その三つの中に選ばれていない家系が弱いという訳では無いし、選ばれているからと言って全てが麻倉家の様に大規模な訳では無いけれど。」
「…全部で四つですか?」
「そうだね、島根の『麻倉家』、滋賀の『国崎家』、青森の『水瀬家』、和歌山の『神尾家』…この四つだよ。」
「葉様が青森に向かったと言う事は…」
「察しの通り、相手は『水瀬家』の娘さんだ。」
幹久は振り向き笑顔で言う…が仮面の所為で表情は判らない。
「…何か特別な理由でも?」
「あるよ。でなきゃ葉をわざわざ青森まで行かせたりはしないさ。主な理由は『水瀬家』の血筋だけが持つ特異霊質だね。さっき僕が言った四つの家系には特殊な遺伝があってね…彼等にはその巫力そのものに特殊な性質が備わっているのさ。」
「葉様にもですか…?」
「勿論、ある…寧ろ濃い位だよ。『麻倉家』が持つ特異霊質は『種』…ありとあらゆる霊なるモノにきっかけを与え、現世への干渉を可能にさせる力。葉は幼い頃、霊媒師の修業を嫌っていたからね…未だに巫力が垂れ流しな状態だ。ポンチやコンチが物体に触れられるのは、長い間葉の巫力を浴び続けていたからだよ。」
葉はハオの半身と言うだけあって、麻倉家の中でもとりわけ性質が色濃いのだ。にも関わらずその莫大な巫力を操る術はあまりにも拙い…。
「あ……!」
あぁ、とたまおが納得した様に頷く。何か思う所があったらしい。
「さっき言った『水瀬家』が持つ特異霊質は『土』。霊なるモノの力を育み、巫力や霊力そのものを成長させる力…これは葉自身を強く成長させる為に必要不可欠な能力なんだ。」
「なるほど、それで…。」
葉には…何が何でも強くなって、ハオを倒して貰わなければならない。その為には『水瀬家』の持つ力が必要不可欠だ。双方既に、親族同士の了承は済んでいる。後は__。
「残るは本人同士の相性の問題だけか…馬が合うと良いんだが」
「ふーん…じゃあお前もばあちゃんと会うのは久しぶりなんだな。」
昼食のきつねそば(あったか〜い)を啜りながら、葉が言う。
『…最後に会ったのはもうかれこれ50年も前の事ですからね』
「ご、50年か…まあお前にとっちゃついこないだの事なのかも知れんが…想像つかんな。」
苦笑いしながら葉が呟く。
『それはお美しい方でしたよ。小生が会った時にはもう両目の視力を失っていましたが…』
「…あれ? ばあちゃんの目って元からじゃなかったのか?」
葉が意外そうに言う。
『いえ、キノさんは元々目が見えなかった訳ではありませんよ。戦争が彼女の光を…そして家族を奪ったのです。その後、身寄りの無くなったキノさんは盲目故にイタコの道を目指し、その力を認められ、麻倉家へと嫁いだ…それが小生との出会いでしたな。』
葉は難しい顔をして、逡巡した後に言葉を発した。
「戦争…かぁ、あんましピンと来ねえな…やっぱそういうのも沢山見てきたのか?」
『この1000年、全て』
マタムネは真剣な表情で答える。
「1000年、か。尚更見当も付かねえや…つーか1000年前っていつなんだ?」
『ふふ、それは大人になり自然に覚えて行けば良い事ですよ。興味の無い事を無理に詰め込もうとしたってまるで意味はありませんから』
本を畳み、ピョン、と座席から降りるマタムネ。
『ただね葉さん、これだけはお前さんにも知っておいて欲しいのです。』
「ん、なんだ?」
『この世の全てに答えなど無く、同じく等しい人間など一人も居ない。』
マタムネはすたすたと歩いて行き、振り向いて言った。
『お前さんの進むべき道はいつも心で決めなさい。これも一つの戦争…500年前のシャーマンファイトに参加した者からの心からのアドバイスです。』
「…マタムネ」
丁度葉も食べ終わったので、器を片付け清算に…
『では、葉さんとはここで一旦お別れです。』
「んあ?」
『いや、小生はキノさんの所に向かわなければならないのでね…なあに、許婚の方には既に連絡が行っています。駅で待っていれば、そのうち迎えが来ますよ。…では、失礼』
そういってマタムネは突然…
「あっ、ちょっ、おい!?」
…いなくなった。
「駅ってどっちだっけ…って、もういねぇ…どんだけ足速えんだよあいつ…。」
慌てて店の外に出たが、もうその姿はどこにも見えない。
「オイラはヨメの顔も名前も知らねぇぞ…」
困った様にぼそっと呟き、一つ伸びをして…
「ま、なんとかなるだろ…」
せっかくなので、適当にその辺を散策してみる事にした。
麻倉木乃の経営している旅館、『安井旅館』。
「…驚いたね。葉明の奴が葉にお供を付けるとは言っておったが、まさかお前さんが来るとは思わなかったよ。随分久しぶりになるじゃあないか…のう、マタムネ」
旅館に到着したマタムネを、木乃が出迎える。
『ふふ…こちらこそご無沙汰しておりますキノさん』
マタムネは帽子を取り、会釈する。
「まあそんなトコに突っ立ってないでさっさと上がりな、と言ってもこっちはお供え物くらいしか出せんがねぇ」
『では失礼』
木乃に案内され、マタムネは廊下を歩いてゆく。
『いや実に懐かしい…ここはいつまで経っても以前のまま。やはり思い出を大事になさるかキノさんは』
「これ、余計な詮索するんじゃないよ。単に建て替える予算が無いだけさ。」
マタムネはそれを聞き、楽しそうに言う。
『フッフフ、しかし何よりその毒舌ぶりが一番変わらぬ』
木乃はきょとんとした顔になり…苦笑した。
「ハッ、あんたも相変わらずイヤなネコだね…ネコの分際で落ち着き払いよって、千年も霊をやるとみんなそうなるのかい?」
マタムネは一考した後…
『まあ、元の飼い主が飼い主ですから』
と言い、微笑む。そうこうしている内に、二人は居間へと辿り着いた。木乃はお茶を出す準備をし、マタムネは大人しく席に着く。
「さて…それ程の腕を持つお前さんの事だ。数ある麻倉の持霊の中から、何故葉明がわざわざお前を選んだのか…もう察しはついておるのじゃろう?」
『まぁ…ね。』
マタムネはお茶を啜り、一息つく…って何で霊なのに普通に湯呑み持ってお茶飲んでるかお前?
『葉さんの身体から溢れ出るあの巫力の量は…異常だ』
木乃の表情が少しだけ険しくなる。
「ハオの半身であるが故に、生まれ持った巫力の量は莫大…じゃがそれを操る術はあまりにも拙い。葉の身体から周囲に撒き散らされた巫力は多くの霊に影響を与える…それはお前さんとて例外では無かろう?」
マタムネはバツが悪そうに苦笑する。
『…気付いていましたか』
「当然さ…アタシゃ目が見えない代わりに霊感が強いんでね、お前さんの霊質が変わっている事くらいすぐに判る…。実体化が進んでるね?」
『ふむ…確かに。今は多少ならば物を掴む事もできますね。』
湯呑みを揺らしながらマタムネが答える。
「…ここは日本で最も多くの霊が集まると言われる恐山だ。もしそれらが一斉に葉の巫力を浴びる様な事があれば…。」
『霊達は次々と実体化し…彼等に襲われる人間も出てくるでしょうな。』
だが、霊とて決して危害を加える者ばかりでは無いし、霊達にとっては恐山からわざわざ人里に下りる事に意味など殆ど無いに等しい。これだけでは、彼等がわざわざマタムネを呼び寄せなければならない程の脅威に成り得るとは思えない…。
「問題なのは…そこに『土』の巫力が付加された場合さ」
『ではやはり葉さんのヨメとなる方は…』
「そう、『水瀬家』の末裔さ…それも、始祖である『水瀬裏葉』に劣らぬと言われる程の強大な巫力の持ち主だ。」
木乃は残った茶を飲み干す。
「麻倉家にとっては恐らくこれが最後の好機。より強い巫力は、更により強い巫力を目覚めさせる…それが『水瀬』のそれなら尚更だ。だからこそ私はあの娘を敢えて嫁の候補として選んだ。葉には、何としてもハオを倒して貰わねばならんからね…。」
二人の関係が上手く行けば、それが何よりも僥倖。
例え失敗したとしても、決して無駄に終わったりはしない筈。
ただ____。
「ただ、嫁にもちょっとした問題点があってねぇ…」
『問題点、ですか?』
マタムネが意外そうな顔で問う。
「うむ…あの子は葉と違い昔から霊媒師関係の修業をきっちりこなしていただけあって、巫力のコントロールはちゃんと出来てはいるんじゃが…」
『が?』
木乃は少し頭を抱える。
「感情が高ぶると巫力を御し切れなくなり、暴発してしまうんだよ…その巫力の爆発に被爆した霊は霊力が一時的にハネ上がり、激情に駆られて人を襲う。彼等が霊感の強い者にしか触れられないのと、この街に居る霊感の強い人間が、私や『水瀬家』等といった戦闘能力の高い者ばかりなのが救いだけどね…」
…それを聞いて、マタムネは自分が呼ばれた意味を察した様だった。
『もしそこに葉さんの巫力が上乗せされ、彼等が実体を得たなら…』
「ああ…恐山に住まう数多の霊達が凶暴化し、一斉に街を襲う事になりかねないね。」
『…小生はその最悪の事態に対処する為の保険と云う訳ですか』
マタムネは納得がいった風に頷いた。
「まぁ…そうならない事を祈ってはいるけどね。」