草木も眠る丑三つ時。
日本を代表する霊媒師の名門・麻倉家の地下にて、麻倉家当主・麻倉葉明が占いに勤しんでいた…。
500年に一度開催される、星の王を決める為の戦い…シャーマンファイト。
星の王、シャーマンキングとなる為に、1000年前の大陰陽師…麻倉家の始祖・麻倉葉王が再び現世に転生し、その戦いに参加しようとしている事が判明した。
葉明はそれを阻止する為、葉王の転生先を突き止めんと占っていた。
「…来る!」
…何度も繰り返してきた、占いの結果が出た。
「1000年前__忽然と姿を消した大陰陽師・麻倉葉王…やはり貴様が再び望むこの世の肉体は、己の血流るる麻倉を選んだか!!」
葉明は呼吸を整えてから、木乃に尋ねる。
「木乃よ、して茎子の容態は?」
「ハラの子なら、順調に育っておる…それが葉王と見て間違いないのじゃな?」
「…ワシは今日のこの日まで幾度となくこの占いを繰り返した…」
葉明は悔しげにドンッ!と床を殴り付ける。
「だが結果は全て同じだった!! おのれ葉王め…よもや我が娘の身に宿るとは何と大胆極まりない事よ!!」
「麻倉が守ってきたこの強き巫体は、葉王にとっては何より好都合だと言う事か…」
「…だが、ワシらとてその血によって奴がこの世に来る事を予知出来たのだ。ならば手の打ちようも無い訳ではない。茎子には可哀相だが…やむを得ん。」
幸か不幸か、葉王が生まれるのは自分の目の前。ならば…!
「奴の魂が宿ったその赤子が生まれ落ちたと同時に…殺すのだ。」
そうすれば、葉王を完全に転生を終えた上で倒す事ができる。この方法ならば葉王の魂は死んだ後に一旦グレート・スピリッツの許に還らなければならず、今回のシャーマンファイトには間に合う事は無くなる。
中絶では、転生の儀が不完全なまま生を受ける前に肉体だけが死んでしまう為、グレート・スピリッツの許に還る事なく別の肉体に転生できてしまう。それでは意味が無い。
ただ、この方法を取る以上法律を犯さざるを得ないが…こればかりは仕方がないだろう。
…しかし、ここで思いも因らない問題が発生した。
「…じゃが葉明。もしその赤子が双子であったら?」
予想外の言葉に驚愕し、葉明は振り向いたまま立ち尽くす。
「……何…じゃと……?」
「茎子を医者に診せたよ。」
木乃は言葉を続ける。
「男児が二人。それも一卵性双生児だという事じゃ。恐らく見た目では見分けがつくまい…尤も、先に生まれた方か、後に生まれた方か…お前の占いで判るのならば、話は別だがね…。」
葉明は愕然としながら、弱く言葉を紡ぐ…
「……無理だ…。大きな気の流れを読むのならともかく、一つのハラに授かった子のどちらかなどと、そこまでは…。」
「……………。」
…沈黙。幾許かの時間が経った後、木乃が静かに口を開いた。
「…葉明、決めるのはお前だよ。」
「………!」
葉明は遅疑逡巡した後…。
「…構わん。両方とも殺すのだ…!」
…決断した。
麻倉家、広間。
いよいよ赤子が生まれる。
出産の為に茎子と幹久は麻倉家へと集まった。
漸く陣痛も終わり、茎子が浅い眠りに就いた頃…。
「……………」
「陣痛の波も去り、漸く眠りに就いたか茎子…可哀相に、ここが病院なら促進剤でも打って楽にしてやれるのに…。法を犯し、赤子を殺す以上、そういう訳にもいかんでな…。」
「仕方あるまい。あの男だけは法の通じる男ではないのだ。奴を生かそうものなら、その能力の前に全ての壁は無意味だろう…中絶しようと、二人の間に一生子供を作らなかろうと、あの男は他の誰かの体に宿り転生を果たす。」
葉明は俯きながらそう言い…顔を上げた。
「だが、ここで奴を殺す事が出来たなら…仮に次の転生を果たせたとしても、今回のシャーマンファイトに間に合う事は無い。」
「…尤も、母親にとってはこれ以上の苦しみは無かろうが…これも『麻倉家』の宿命なのだ…。」
恐らく今夜中には生まれるだろう。もう少しで……来る。
「よくぞ今日のこの日を逃げずに迎え入れてくれたね…幹久。茎子。」
…コチ…コチ……と時計の針の音が室内に響く。
「本当にお前達には感謝している。この決断はさぞ辛い事だったろう…。」
「…僕は構いませんよ、お義父さん。僕より辛いのは茎子の方なんですから…。」
幹久は答え、眠っている茎子を見つめながら続ける。
「それでも彼女は言うんです。私は小さな頃から麻倉葉王の事を聞かされて育ってきた、例え自分がどうあれ葉王を甦らせる事だけはあってはならない…この運命からは決して逃れられない。立ち向かうしかないんだ、とね。」
幹久は顔を上げ、葉明に言う。
「…正直、僕は逃げたい気持ちでいっぱいでした…ですが、これでも一応麻倉の人間ですからね。」
「…大したものだ。その点、ワシときたら情けないものだよ。」
「?」
自嘲する風に言う葉明を見て、幹久は怪訝な表情を浮かべる。
「いや、気にするな。それよりそろそろ来る頃だ。」
麻倉家の始祖にして、忌むべき大陰陽師・麻倉葉王。
その転生の輪を止める事は出来ずとも__。
(現世の野望、麻倉の続く限り阻止してくれる!!)
A.D.1985年、5月12日A.M.0:05……ついに生まれた。
それと同時に、葉明は多数の式神を召喚し__。
「式神!その赤子を取り殺すのだ!!」
だが…生まれたばかりの赤子の泣き顔を見て…
(…なんと、まあ………許せ。我が孫よ…)
…一瞬、躊躇した。その瞬間。
『 小 っ ち ぇ え な 』
突然…全ての式神が爆散した。
式神を消し去ったのは、赤く燃える人型の精霊だった。
「バカな…!!」
この赤い精霊は…葉王の持霊だとでもいうのか。
葉明の身体に無数の傷が入り、鮮血が迸る。
(呪詛返し…! 間違いない、この赤子こそが…!)
追撃の炎弾が葉明を襲う。
「危ないお義父さん!!」
葉明との間に幹久が割って入り…
「ぐっ…おぉおおおっ!!」
「あなた!!」
顔面に炎弾の直撃を受けた。
「…気を付けろ茎子! こいつが葉王だ!!」
幹久は身体を焼かれながらも、精神を集中し…
「カラリンチョウ・カラリンソワカ、護法山神!!」
狐と狸の精霊、イマリとシガラキを召喚__!!
「行け! あれを仕留めよ!!」
二匹の攻撃が炸裂したかと思うと、赤い精霊は霧散し…消えた。
「何!?」
『ハハハ、そんなものじゃS・O・F(Spirit of Fire)を捕える事は出来ないよ。何せ媒介が酸素だからね…勿論そこいら中にあるものだから転生にはもってこいだった。』
突然、声が聞こえた。心に直接話し掛けるような声。いや、声というよりは寧ろ、テレパシーと言うべきか。
「!」
幹久が振り向くと…そこにはさっきの赤い精霊が赤子を抱え上げ、浮いていた。
『尤も、持霊を連れての転生は中々難儀でね…お蔭で折角手に入れたS・O・Fも殆ど素霊状態になってしまったよ。ハハハハハ』
「…いつの間に、赤子を…」
「…この心に響いてくる声…。これが…大陰陽師、麻倉葉王……!」
『如何にも、僕が葉王である。…出産たる大儀、ご苦労であったな、茎子』
「…何を!!」
「おやめ、茎子。あんたの中にはまだもう一人いるんだ。」
「!」
「じたばたして流産でもする気かい?」
「………。」
『フフ…キミの言う通りだ。何せそれは大切な…僕の半身なのだから。』
「………?」
怪訝そうな表情をしながらも、茎子は葉王を睨む。
『しかし、待ち望んでいたこの身がよもや双子であろうとは…これも現世での戦いに与えられた試練なのかもしれないな。』
赤子の葉王が目を開く。
『僕の半身は、やがて自ら王となる道を選ぶだろう。だが、もしそうだとしても…僕は僕の半身を取り戻し、更に偉大な力を得る事になる。それまで精々大事に育てておくんだね…。ハハハハハ』
葉王はそう言い残すと…姿を消した。
葉明はその場の全員に対して、深く頭を下げていた。
「…済まない。全てはワシの責任だ…。あの時ワシが一瞬躊躇しなければ、こんな事にはならなかったのだ…!」
「…どうか頭を上げて下さいお義父さん。僕なら全然構いませんよ…だって躊躇したのはここにいる全員も同じなんですから。」
「……しかし…。」
「やはり赤子を殺すという事自体出来るものじゃなかった。それに…運命というものが本当にあるのなら、僕は心から信じたいと思う。」
「………。」
茎子が赤子を抱き、無言で微笑む。
「あの時…もしお義父さんが人間らしさを失っていたら、この子がこうして生きている事は無かったんですから。」
葉明が頭を上げ、俯きながら言う。
「運命…か。確かに生まれる順序が逆だったらと思うと今でもぞっとする。もしこの子が葉王の言う通り葉王の半身なのだとしたら…裏を返せば、葉王に匹敵するだけの力を秘めている、という事も有り得る。」
「…えう?」
葉明が赤子の頭を優しく撫でる。
「運命から逃れる事は出来ない…この子には辛い思いをさせるだろうが、最早立ち向かうしかあるまい…。」