「……なあ」
「なんですか?」
「まだ買うのか?」
「はい、まだ買います」
「そうか……」
本日三度目になる会話を経て、祐一はやはり本日三度目となる溜息をついた。
二人が現在いるのは華音唯一のデパート。
品揃えの良さと良心的な価格が人気を呼んでいる場所である。
これから暮らしていく上で、足りないものを買いに来た二人。
放課後の帰り道に立ち寄っているので二人とも制服なのだが、祐一の抱える紙袋の数を見るに、デートというよりはお嬢様とその使用人。
そんな風に見える二人だった。
「頑張ってください、あとは食品売り場で調味料やお米を買うだけですから」
「いや、調味料はともかくお米は重いんだが」
口では無理そうな発言をする祐一だったが、表情はまだ余裕があるように見える。
ルリが来る以前から春奈の買い物に付き合わされてきた祐一はこういったことに慣れているのだ。
まあ、それを差し引いたとしても、祐一はルリに誤魔化しの借りがあるので強く出ることは出来ないのだが。
「はあ、こんなところ知り合いに見られたら……って、あ」
「どうしました?」
『ぎょっ』という擬音を顔に貼り付けた祐一を疑問に思ったルリが祐一の視線を追う。
そこには、向かいの住人にして担任教諭の男が祐一と同じように多数の紙袋を抱えて立っていた。
好きな人が、できました
第7話 妖精さん、お買い物です。
「白鳥先生、こんにちわ」
「こんにちわ、先生も荷物持ちですか?」
ルリは普通に、祐一は同情的な視線を含みながら挨拶をする。
しかし、男は祐一たちを見て怪訝な表情を浮かべた。
「ん? ああ、違う違う。俺は白鳥九十九じゃないぞ」
「え?」
「まあ、いつものことか……俺は白鳥九十九の従弟だ」
「へ、そうなんですか?」
「ソックリとはよく言われるけどな……お前ら、兄貴のクラスの生徒か?」
「あ、はい」
「俺は大豪寺凱(だいごうじがい)。一応兄貴と同じで教師をやってる。クラス持ちじゃなくて体育担当だけどな」
ぐっ! と暑苦しい笑みとジェスチャーを決める九十九似の男に、祐一とルリは思った。
ああ、似てるのは外見だけなんだなぁ、と。
「体育の時に顔を合わせるかもしれんな、その時は熱血ってものを教えてやるぜ!」
「……あ、あはは、お手柔らかに」
どこまでも暑苦しさを全開にする九十九似の男。
祐一は冷や汗を流し、ルリは内心で溜息をつきながら声をかけるんじゃなかったと後悔しかけていた。
「け、けど、大豪寺凱って格好良い名前ですね」
「おっ!? わかるか、わかってくれるかっ!」
話題を変えようと、祐一が口にした言葉は薮蛇だったらしい。
水を得た魚のように食いつく九十九似の男。
後からはルリの無言の「余計なことを……」オーラが感じられて、祐一は冷や汗をタラタラと流す。
「この名前は俺の誇りだからな! いやあ、ガキの時分、俺はヒーローに憧れててな……んがっ!?」
長々と語りだそうとしていた九十九似の男の脳天に、フライパンの一撃が叩き込まれる。
当然、九十九似の男は轟沈され、床へと沈み込む。
その背後から現れたのは、ルリと同じ制服を身に纏った一人の少女だった。
「何が大豪寺凱、よ。お兄ちゃんの名前は山田次郎でしょ!?」
ビシィ! と九十九似の男改め山田次郎へと指を突きつける少女。
ちなみに、フライパンの一撃を放ったのもこの少女だったりする。
「な、何を言うんだ嬢ちゃん! これは俺のソウルフルネーム……魂の名前だぞ!?」
「思いっきり偽名じゃないの! 恥ずかしいんだからあんまりその名前で名乗らないで!」
少女の迫力に怯む次郎。
だが、少女の攻撃は収まらない。
有無を言わせぬ物言いで、少女は次郎を沈黙させるのだった。
「すみません、うちのバカが……」
申し訳なさそうに、少女が頭を下げる。
四人はベンチへと移動していた。
大声を出し合っていたために、四人注目の的になっていたのである。
まあ、祐一とルリには何の責任もないので巻き込まれただけなのだが。
「じょ、嬢ちゃん、仮にも年上に向かってバカは」
「いい年しておきながらバカなことやってるバカにはバカで十分っ! 全く、いっつも迷惑ばっかりかけて……」
ぶつぶつ、と呟きながら次郎を睨む少女。
と、その視線が戦々恐々と様子を窺っていた祐一とルリに向く。
瞬間、少女はきょとんとした表情になる。
そして数秒ほど何かを思い出すかのようなポーズをとり、唐突に手をポンと叩いた。
「ねえ、間違ってたらごめんね。ひょっとしてあなた……星野瑠璃さん?」
「え? あ、はい、そうですけど」
いきなり名前を当てられ、狼狽するルリ。
だが、少女はその答えが予想通りだったことが嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべると祐一の方を向いた。
「ってことはあなたは相沢祐一?」
「え、ああ」
「へー! 凄い偶然! でも……ふんふん、あなたたちが……」
興味津々といった様子で祐一とルリを見比べる少女。
当然、そんな少女の行動に戸惑いをうけた祐一たちは狼狽することしか出来ない。
「あの……」
「あ、ごめんね、ジロジロ見ちゃって。私は白鳥雪菜(はくとゆきな)。白鳥九十九の妹で、これの従妹なの」
「こ、これ扱い……?」
これ扱いを受けた次郎が落ち込むのを他所に、雪菜は事情の説明を始めた。
自分も祐一たちと同じ『撫子』の住人であること。
自分は九十九の妹ではあるが、新婚生活の邪魔をしたくないからと次郎の部屋に厄介になっていること。
そして、九十九から二人の事情を聞いていること。
「んで、星野さんの外見が話に聞いた通りだったから」
「なるほど、そういうことでしたか。あ、私のことはルリで構いませんよ。同じ学年なんですし」
「あ、そう? じゃあ瑠璃も私のことを雪菜って呼び捨てでいいよ」
「いえ、呼び捨ては慣れていないのでさん付けで」
「うーん、ちょっと堅苦しい気がするけど、ま、いいか」
歳と性別が同じせいか、あっという間に意気投合する二人。
しかし、祐一はいないとばかり思っていた同じ学校の住人に頭を痛めていた。
事情は既に聞いているとのことだが、その事情が問題である。
よりにもよって同年代の女の子に許婚だの婚約者だのという言葉が吹き込まれているのだ。
雪菜が喋るようなタイプでなかったとしても、知られているというだけで祐一としては恥ずかしいことこの上ない。
むしろ普通に喋っているルリの神経を疑いたくなる、と祐一は切実に思った。
肩を落とす祐一。
何時の間にか祐一の背後に回っていた次郎はそんな祐一の肩を掴んで、こう言った。
「少年、つらいこともあるだろうが、努力と熱血があれば大丈夫だ。頑張れよ!」
祐一は何故か泣きたくなるのだった。
「で、同棲ってどんな感じなの?」
「ぶっ!」
雪菜の質問に、祐一は吹いた。
次郎はジュースを買いにパシらされているのでいないのだが、出てきた言葉は人目を気にするのに十分なもの。
祐一は思わずキョロキョロと周囲を見回してしまう。
「お、お前な……そういうことを人のいるところで」
「えー、いいじゃない。興味あるし。で、どうなの?」
目をキラキラと輝かせ、雪菜は二人―――――主にルリへと迫る。
祐一は言葉につまり、ルリが何というつもりなのか内心ドキドキであった。
ルリが下手なことをいうとは欠片も思ってはいないが、問いが問いだけに冷静でいることはできないのである。
「と、言われましても……別に普通ですよ? ご飯を一緒に食べたり、テレビを見たり」
「いや、二人っきりだしさ、色々あるじゃない」
「色々?」
「よ、夜とか?」
ビシッ!
雪菜の質問に祐一が固まる。
流石にその質問は恥ずかしかったのか、雪菜も頬を赤らめていたりする。
それでも撤回をしない辺り、興味が強いのだろうが。
「何もしてませんよ? 普通に寝てます」
「一緒の布団で?」
「いえ、部屋は別々です」
「えー? 婚約者なんでしょ? それっておかしくない?」
いや、おかしいのは母さんなんだ。
祐一はそういいたくなるのを懸命に堪えた。
意味がないことだし、事態がややこしくなるだけなのだから。
「婚約者だからこそ、です。その……そういったことは、結婚した後と決めてますので」
ね? と同意を求める視線を祐一に向けるルリ。
当然、その動作は演技なのだが、流石に照れているらしい。
ルリの新雪のような肌に朱が散っていた。
「え、あ、ああ……そうなんだ、うん」
そんなルリの新鮮な様子に目を奪われながらも、祐一はなんとか返事をする。
はっきりいって二人の言動は三文芝居そのものだったのだが、雪菜は何か納得したように頷いていた。
挙動の不審さよりも、二人の初々しさに注意が向いたのである。
「はぁ〜、いいなぁ。ラブラブじゃない」
「あ、いえ、その……」
「ごめんね、変なこと聞いちゃって」
「え、そんなことは……」
「ううん、聞いといてなんだけど、興味本位で聞いていいことじゃなかったもんね。でもよかった。最初聞いた時は嘘だと思ってたもの」
その勘は大正解です。
心の中でハモった祐一とルリは心なし顔を引きつらせた。
「昔ならともかく、今の時代に私たちの歳で許婚とかやっぱり珍しいじゃない? だから無理矢理とか二人の意思に関係なく……とか思ってたんだよね」
「いえ、そういうことは」
「うん、ないんだよね? 見ててわかったよ。だって二人は本当に仲がよさそうだし……あ、もちろん他の人には言わないから安心して?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「お礼なんかいらないって。当たり前のことなんだから。あ、でも……」
言葉を切ると、雪菜はニッコリと微笑む。
それはまるで悪戯を思いついた―――――春奈のよくする表情だった。
「二人の結婚式には呼んでね?」
「くーん」
「よう、真琴。出迎えご苦労さん」
どさっ
大量の荷物をリビングの床に置いた祐一は駆け寄ってきた一匹の狐の頭を撫でる。
昨夜、何時の間にか部屋に潜り込んでいたこの狐をルリが思いのほか気に入ったので急遽飼うことになったのだ。
どうやら知能は高いらしく、特に問題を起こすように見えなかったので祐一もそれを承諾。
狐は昨日付けでこの部屋の第三の住人となっていた。
名前は真琴、祐一の発案である。
「祐一さん、調味料とお米を台所に運んでおいてもらえますか?」
「了解、しかし今日は最初から最後まで騒がしかったな」
「転校初日ですからね、仕方がないですよ」
「……つーか白鳥の存在は予想外だったぞマジで」
「ええ、私もびっくりしました」
「その割には冷静に対処してたじゃないか」
「内心は結構焦ってましたよ? 祐一さんにはわからなかったのかもしれませんけど」
テキパキと荷物を取り出すルリ。
当然、その姿からは焦りの二文字を感じることはできない。
「しかしなかなかに勢いがあるっていうか騒がしい奴だったな」
「そうですか? 私は嫌いじゃありませんけど、ああいう人」
「そうなのか? てっきり俺はああいうタイプは苦手なんだと思ってた」
「確かに騒がしい人は苦手なんですけど……嫌いじゃありませんから」
何かを思い出すかのように微笑むルリ。
それは記憶の片隅に残る失われた友人の記憶だったのかもしれない。
無論、記憶が戻っていない彼女にとっては自覚のないことだったのだが。
「俺はちょっと苦手かもしれない……大体いきなり結婚式に呼べはないだろ……」
「あの時、物凄いリアクションでしたね、祐一さん」
「し、仕方ないだろ。普通あんなこと言われたら誰だって驚くって……それにルリだって」
赤くなってたじゃないか。
そう言いかけて祐一は口を開くを止めた。
思い出してしまったのだ。
からかわれて、自分ほどでないにしろ頬を赤く染めたルリの姿を。
それは単に羞恥故のことだったかもしれない。
ただ、それが違う理由故のことだったのならば。
そう思うと、祐一は言葉を続けることが出来なかった。
例えそれが自意識過剰だとわかっていたとしても。
「…………」
そんな祐一をつぶらな瞳で見つめる真琴。
その首にかけられたペンダントからは、透き通るように光るクリスタルが輝いていた。
あとがき
ていうか七ヶ月ぶりです(汗
もしも待っていた人がいたならごめんなさい……
今回は熱血教師とその従妹が登場。
彼らもやっぱりどこかで見たことがある人です。
一応言っておきますと、次郎さんは雪菜の荷物持ちでデパートにいました。
久しぶりなせいかまったりと話が進みますね……
次回は『妖精さん、お昼ご飯です。』の巻。祐一のお弁当についてのお話です。