ざわざわ



 教室内にざわめきが起こっていた。

 理由は明快、本日この二年C組に季節はずれの転校生が二人もやって来るからである。

 一人は水瀬名雪の従兄であると彼女本人の口から情報が伝わっている。

 しかし、もう一人の帰国子女らしき女子に関しては外国人っぽい容貌であるとしか判明していないのだ。



 「よくもまあ転校生ってだけで騒げるものね」

 「そういうなよ美坂。季節はずれの転校生ってだけでも珍しいのに、その片方は水瀬の従兄。

  もう片方はクォーターだっていうじゃないか。これで騒ぐなって方が無理な話だよ」

 「まあ、この娘がこうなってるくらいだからね…………」

 「え、何?」



 先ほどからニコニコ顔の水瀬名雪にあきれたような視線を送るのは学園一の才女として名高い美坂香里。

 ちなみに香里と話していた男子生徒は北川潤、頭のてっぺんにあるアンテナがトレードマークである。



 がらっ―――――ざわ



 扉が開くと同時にざわめきが収まった。

 同時にクラス内全ての視線が扉の方を向く。



 「……やれやれ、どうやら情報は伝わっているようだな。いいか、騒ぐなよお前等。

  相沢、星野。入ってきなさい」



 クラスの反応に苦笑しつつ扉の外に向かって手招きをする担任の白鳥九十九教諭。

 そして入ってくる二人の男女。



 ―――――瞬間、教室が沸いた。






























好きな人が、できました


第6話  妖精さん、転校初日です。






























 ほう…………と大半の男子生徒が溜息をついた。

 「可愛い」と何人かの女子生徒が呟いた。

 どちらの反応も宝石のような美しさを見せる白銀の女子、すなわちルリに向けられたものである。

 ルリはそんなクラスの反応を我関せずな表情で、祐一は自分が見られていないことを苦笑を持って見つめていた。

 まあ、例外として名雪は祐一に手を振っていたりするのだが。



 「お待ちかねの転校生だ。では、相沢から自己紹介を頼む」

 「相沢祐一です。よろしくお願いします」



 ぺこり、とおじぎをして簡素に自己紹介を終える祐一。

 ルリに注目が集まるこの状況では余程のインパクトを与える自己紹介をするしか立つ瀬がない。

 例えばルリが自分と同居しているとか許婚だとか。

 が、祐一はわざわざそんなことをするほど酔狂な人間ではないので無難にまとめることにしたのである。



 「星野瑠璃です。よろしくお願いします」



 祐一と同じくおじぎをして自己紹介を終えるルリ。

 おじぎをする際に白銀の髪がサラサラと流れ、見るものの目を釘付けにする。

 全く同じことをしておきながら祐一とは雲泥の差の反応であった。



 「簡単に説―――――ごほん、事情を話しておこう。

  星野は幼少の頃は日本にいたのだが、親御さんの都合でここ数年は母方の故郷である北欧に在住していた。

  が、つい最近日本に戻れることになってな、まだ親御さんの方は仕事の事情で日本には帰って来ていないのだが

  星野を少しでも日本に慣らしておきたいとのことで私の家で預かることになった。

  ちなみに相沢とは日本にいた頃の幼なじみだそうだ。

  星野はまだ日本に来て日も浅いのだからあまり騒ぎ立てないように」



 嘘八百を並べ立てる(九十九はそれを事実だと信じているのだが)担任を見て頭を抱えたくなる祐一。

 と同時にここまでの嘘を他人に信じ込ませる話術とコネを持つ母親に戦慄を感じていた。

 ルリはそんな祐一の表情を気の毒そうに、それでいて微笑ましそうに見ていたのだが。















 「わ、凄いことになってるね」

 「そうね」

 「まあ、あの容姿だからね」



 人の群れに囲まれたルリの方を眺めつつ緊迫感のない調子で呟く名雪と相槌を打つ香里&潤。

 そんな三人を見つつ苦笑する祐一は二人の名前を聞いていないことに気がつく。



 「お前等はあっちに行かなくてもいいのか? えーと」

 「美坂香里よ。これでも一応名雪の親友をやっているわ。」

 「北川潤だ、みんなからは名前の方で呼ばれることが多いから相沢も名前で呼んでくれ」

 「香里、一応って…………」

 「ああ、あたしと潤君がこのクラスの委員長をしているからわからないことがあったら聞いてね」

 「う〜」

 「ちなみに僕が副委員長だから」

 「潤君はサポートの達人って呼ばれているんだよ」

 「水瀬、その呼び名はやめてくれないか……」

 「わかった、香里と潤だな。で、なんで二人はこっちにいるんだ? 名雪はわからんこともないが……」



 人垣を横目で見つつ不思議そうに問う祐一。

 視線の先ではルリが無表情に次々と投げかけられる質問にテキパキと簡潔に答えている。

 普通、ルリのような態度を続けていた場合根暗に思われたりと印象を悪く取られがちなのだが

 どうやらルリの容姿と雰囲気がそういったことを感じさせないらしい。

 内心ほっとする祐一だった。



 「あたしは人ごみが苦手なのよ。それに今じゃないと彼女と会話できないってわけじゃないし」

 「僕も美坂の意見に賛成。まあ、みんなの気持ちもわかるんだけどね……」

 「瑠璃さん、凄く綺麗だもんね。あの蒼みのかかった白銀の髪なんてすっごく綺麗でうらやましいよ〜」

 「北欧の血が入ってるのよね? そういえば相沢君は星野さんと幼なじみだったらしいけど…………どうなの?」

 「どうなの、って?」

 「相沢君と星野さんの現在の関係よ。幼なじみってことは仲が良かったんでしょ?」

 「あ、そういえばそうだね。わたし、祐一にあんな友達がいたなんて聞いたことなかったよ」



 どこか面白そうな香里と口調とは裏腹にプレッシャーを感じさせる名雪の視線に挟まれる祐一。

 助けを求めて潤に視線を送るが目を伏せられてしまう、どうやら助けはない模様。



 「か、関係っていっても……俺とルリはただの昔なじみなわけで」

 「呼び捨てなのね、これは怪しいわ」

 「怪しいって、幼なじみなら普通じゃないのか? 現に名雪だってそうだし」

 「ふふ、まあ今はそういうことにしておくわ」

 「今は……?」



 冷や汗を一筋頬に流しつつあせる祐一。

 春奈やルリと違い、彼は隠し事は苦手だったりする。



 「あ、そういえば祐一って今は何処に住んでるの?」

 「へ?」

 「だってお母さんがうちに居候してもいいって言ってたのに…………」

 「ああ、俺はマンションでル…………いや、一人暮らしだよ。前から一人暮らしがしてみたかったんでな。

  秋子さんの料理は捨てがたかったんだがやはり一人暮らしはこの年頃の男の夢だからな」

 「そうなの?」

 「うん、僕らくらいの年頃なら確かに一人暮らしはしてみたいね」



 潤が羨望の眼差しを祐一に向けつつ名雪の問いかけを肯定する。

 名雪はまだ納得しきれていない様子だったがあまりしつこくするのも悪いと思ったのかおとなしくなるのだった。



 「ねえ、マンションってひょっとして星野さんの住んでるマンション?」

 「え、な、なんで?」

 「だっていくら白鳥先生のところに住んでるっていっても星野さんってこっちに来たばかりでしょう?

  なら知り合いの近くにいたいと思うんじゃないかしら?」



 どう? と自分の推理を披露する香里。

 祐一としては「ああ、そうだ」と答えればよかったのだがついついどもってしまう。

 そんな態度が香里に疑惑を抱かせることになるのだが。



 「あい―――――」

 「そうですよ」



 更なる追撃が届く寸前、救いの女神が降臨した。















 香里に祐一が追い詰められる少し前、ルリはやや辟易としていた。

 なくなることのない人垣と質問の嵐が流石に鬱陶しくなってきたのである。



 (ま、こうなることは予想してはいたんだけど)



 見通しが甘かったかと反省するルリ。

 自分の容姿が目立つのは百も承知、最初はその物珍しさに好奇の視線が集まるのは覚悟していたのだが、

 覚悟はしていてもやはり人に注目されるのはあまり好ましくないのだ。

 祐一が同じクラスでなければやっていられないとすら思う。



 (少しの我慢ですね)



 珍しさは最初だけ、時間がたてば自分に関わろうとする人も少なくなるだろうと予想する。

 好き好んで自分のような無愛想な人間に関わろうとする人間は少ないだろう。

 そういう意味では最初に出会ったのが祐一さんでよかったな、と返事をしつつ考えるルリだった。



 「ねえ、マンションってひょっとして星野さんの住んでるマンション?」



 と、祐一の席の方からそんな会話が聞こえてきた。

 周囲のクラスメイト達に気付かれないようにこっそりと視線を送ると祐一が困った顔をしていた。

 聞こえて来た内容から察するに住居について突っ込まれているのだろう。



 (祐一さんにはポーカーフェイスは無理なようですね)



 くすり、と内心で微笑む。

 しかし、このまま放っておいて祐一にボロを出されても困るので助けてあげようとルリは席を立つ。



 「ほ、星野さん?」

 「ごめんなさい、ちょっと席を外させてもらいますね」



 困惑するクラスメート達を尻目に祐一の席へと向かうルリ。

 その時、ルリが微かに微笑んでいたのを見たのは様子を見ていた九十九だけだった。















 「へえ、そんな生活をしていたの?」

 「ええ、でも私は日本のほうが個人的には好きなんですけどね」



 あっという間に意気投合した香里とルリ。

 どうやら頭の良いもの同士ウマがあうらしい。

 ただ、会話の仕方が友達のものというよりは論議をしているようなのだが。



 (助かった…………)



 一方、ボロを出す前に救われた祐一は早くも疲労の極みだった。

 これからの学校生活は本当に大丈夫だろうかと不安が湧きあがってくる。

 ルリとは別の意味でルリが同じクラスなことに感謝する祐一なのだった。















 (貸し、一つですからね祐一さん)

 (…………了解)



 そんな視線のやり取りがあったことは余談ではあるが。




 あとがき


 ルリが微妙に春奈さんに染まっていってるー!?
 何気に九十九さんが担任です。これはフォローのためですね…………春奈さんが手を回したんですが(笑
 他にも某キャラたちが先生役として出てくるやもしれません。湊さんもいますよー
 現時点では後は保険医と体育教師が出てくると思われ(w

 今回は美坂チーム登場。
 どこか違和感があるとお気づきの貴方、大正解です!(笑
 北川が某副艦長になっています。外見だけは北川ですが性格や能力は全く別物です。
 や、これは名前が潤(じゅん)なところから思いついたネタなんですよねー

 次回は『妖精さん、お買い物です。』の巻。放課後の話になりますねー