「はぁ……私も意外とお人好しすね。祐一さんや春奈さんがうつったのでしょうか」
「んぐ? どうしたの?」
ベンチに座って先程自分に激突した少女を見やるルリ。
どうやら少女は鯛焼きをお金を払わず購入し、そのまま逃走―――――ありていに言えば食い逃げ犯らしかった。
当然数秒遅れて少女を追ってきた鯛焼き屋のおじさん。
それからは何故か成り行きというのか誰かの陰謀なのか、なし崩しに少女の代わりに代金を払ったルリなのだった。
「キミも鯛焼きいる? 焼き立てだからおいしいよ〜」
「というかそれの代金は私が払ったと私は記憶しているのですが、間違っていませんか?」
「うぐぅ……ごめんなさい」
しゅんとなる少女。
背中に背負った羽つきリュックの羽も心なしか少女の感情と連動してくてったように見えた。
(…………不思議な女の子ですね)
ルリは不思議だった。
正直なところ自分は見ず知らずの食い逃げ犯を助けるほど人情にあふれている人間ではない。
にも関わらず少女の鯛焼きの代金を払ってあげたのは何故?
ルリは急に目の前の少女に興味を持った。
「名前、聞いていいですか?」
「むぐ?」
「いきなり体当たりをされた挙句、鯛焼きの料金を立て替えをしたとあれば相手の名前ぐらい知りたくなるというものです」
「う、うぐ。そうだねっ」
少女はルリのもっともな言に納得すると頬張っていた鯛焼きを飲み込んだ。
「ボクの名前はあゆ。月宮あゆだよ、よろしくねっ」
好きな人が、できました
第5話 妖精さん、ふっきれます。
「ええっ!? ルリちゃんってボクと同い年なの!?」
「あなたも人のことを言えないと思いますよ、あゆさん」
双方の自己紹介を終え、たまたま歳の話になったところであゆの驚き声が辺りに響く。
二人が高校二年生に分類される同い年であったことに驚いているらしい。
ちなみにあゆは154cmとヒロイン中最も小柄なのだがルリは145cmとそんなあゆよりも更に低い。
大人っぽさの見える外国人系の顔立ちをしている彼女といえども祐一と同い年というのは一見では判断しがたい。
春奈がルリの年齢を設定したのだが、ルリの年齢を何故に判別できたのか謎なところである。
「けど、ルリちゃんの瞳と髪ってすっごい綺麗だね。なんか幻想的で妖精さんみたい……」
「私としては目立つだけだからあまり好きではないのですけど」
「でも、ボクは本当に綺麗だと思うな」
あゆはルリが身を動かすたびに流れるようにサラサラと流れる蒼銀の髪を羨望の瞳で見つめる。
祐一や春奈といった例外を除けば自分をそうやってじろじろと見られるのは好きではないルリだったが
何故かあゆに対してはそんな感情を抱かなかった。
ますます不思議な少女である。
一方、水瀬家では従兄妹での再会が行なわれていた。
部活から帰ってきた名雪が家にいた祐一に大喜びだったのである。
「それにしてもお前が陸上部、しかも部長とは……」
「う〜、久しぶりに会った従妹に対する言葉がそれ? 祐一極悪人だよ」
「ははは、悪い悪い。けどお前見違えたなぁ。確か前に会ったのは三年前…………だったか?
あの時は三つ編みだったのに今はストレートだし」
「うん、高校入学をきっかけにイメージチェンジしてみたんだ。似合うかな?」
そう上目遣いで問い掛けてくる名雪の表情は微妙に緊張していた。
そんな娘の様子を見ていた秋子は相変わらずあらあらと微笑んでいる。
何処か楽しげな表情であったが。
「ああ、俺的にはそっちの方が似合うと思うぞ」
「ほ、本当?」
「ああ、なんか大人っぽくなったなー。中身は変わってないみたいだけど」
「一言多いよ祐一……でも、褒めてくれてありがとね」
ぱあっ、と花を咲かせるような笑顔を祐一に向ける名雪。
祐一としては自分の一言でここまで喜んでもらえるとは思わなかったらしく、ちょっと驚いていたりする。
可愛らしく成長したそんな従妹の少女にちょっとドキドキだったり。
「でも、残念だったな。わたしも瑠璃さんに会いたかったよ」
「明日には学校で会えるだろ、多分」
「一緒のクラスになれるといいね」
「…………ああ、そうだな」
いや、別に一緒のクラスでなくてもいいんだが。
そんな言葉が出かかった祐一だったが名雪にまっすぐ見つめられてそう言われたのでは流石にそうは言えない。
相沢祐一、女性の押しに弱い男だった。
「―――――それで、あゆさんにぶつかったんです」
「そうだったんだ……」
何時の間にやら会話の方向がルリの相談になってしまった二人。
これまたルリにしては珍しいことであるが、あゆの持つどこか不思議な雰囲気に流されたのだろう。
気がつけば記憶喪失であることから今までの経緯をあゆに話してしまっていた。
「私は本当にここにいても良い人間なのか……それがわからないんです」
「難しいんだね」
「…………ときどき思うんです。記憶を失う前の自分は何を思ってどこで何をしていたのかって。
家族はいたのか、友達はいたのか、一日をどう過ごしていたのか……そんなことを」
あゆはただ黙って、そして時に相槌をうつのみにルリの話を聞いていた。
記憶喪失という奇想天外な出だしであるにもかかわらずその表情は真剣にルリの話を聞こうとする意思が見える。
「今、私の家族になってくれている人達は本当に良い人達なんです。
こんな記憶喪失で素性不明の私を本当の家族みたいに扱ってくれる、そして私もそんな彼らに感謝している」
「うん」
「何故かはわかりませんが私は記憶をどうしても取り戻したいわけじゃないんです、なのに自分の過去の生活が気になる。
おかしいですよね、こんなの」
前髪がさらりと音をたてて流れ、ルリの瞳を覆った。
「警察にも病院にも行こうとせず、ただ好意に甘えているだけ…………卑怯ですよね、私って」
「ルリちゃん…………」
「……ごめんなさい、こんな話聞かせてしまって」
「ううん……ごめんね」
「何故、あゆさんが謝るのですか?」
「だって、せっかくルリちゃんが相談してくれたのにボクは何も答えることができない」
「いえ、私が勝手に話したことですから気にしないで下さい。
…………長々と話し込んでしまいましたね。あゆさん、話を聞いてもらってありがとうございました」
顔を上げてぺこり、とおじぎをするとベンチから離れようとするルリ。
その姿は夕暮れの儚さに溶けてしまいそうで酷く哀しい光景だった。
「ねえ、ルリちゃん」
ピタ、とルリの足が止まった。
「ボク、あんまり頭良くないし……ボクはルリちゃんじゃないからえらそうなことなんて言えない」
「…………」
「けど、ルリちゃんは今いる場所が好きなんだよね? その想いは嘘じゃないんだよね?」
「…………はい」
小さく、そして儚い声。
だが、その声はしっかりとした強い想いを奏でてあゆの耳に届いた。
「なら、その想いに従えばいいと思うよ。自分が居てもいい人間なのか、とかそんなのは関係ない。
自分の居場所っていうのは自分がその場所にいたいって願う気持ち、それが一番大切だとボクは思うから」
そう言ってにこっと笑うあゆが、ルリには一瞬本当の天使のように見えた。
何故なら……その言葉はすっとルリの曇っていた心を晴らしてくれたから。
「ありがとう、ございます…………凄く、参考になりました」
「ううん、どういたしまして。じゃあ、また会おうね!」
「はい、その時を楽しみにしています」
「うん、祐一くんにもよろしくね」
挨拶を交わし、別れる二つの影。
だが、ルリは気がつかなかった。
話していないはずの祐一の名前があゆの口から出てきたことに。
そして―――――
「…………それと、ごめんね」
今度は夕暮れに溶けない一人の妖精の姿を見送りつつ、あゆがポツリと呟いていたことに。
「あれ、ルリ?」
「……祐一さん?」
『撫子』の205号室前でばったり出会う二人。
偶然帰宅のタイミングが一緒になった模様。
「なんで俺より早く帰ったはずのルリがここに?」
「いえ、ちょっと…………」
「? まあいいや、早く部屋に入ろうぜ。外は寒い」
扉を開いて部屋へ入っていく祐一。
ルリはそんな祐一を見届けると続いて自分も玄関の中へと入っていく。
すると、先に入ったはずの祐一がルリを見ていた。
「どうかしたんですか?」
「ん、やっぱこれを言っとこうかと思ってな」
「?」
不思議顔のルリに、祐一は勿体をつけるようにごほんと一つ咳をつくとやや照れたような表情で言った。
「おかえり」
「…………え」
「む、何故にきょとんとする」
「い、いえ…………驚いてしまって」
「確かに唐突だったかもしれないけど…………ここはルリの家で、俺は家族なんだからおかしくないだろ?」
そんなことを平然と言う祐一が、ふと遠い日に見た『誰か』の笑顔と重なって
けれどもそれは違うものであって
だけど何故か無性に嬉しくて
ああ、私はここにいたいんだなと思えて―――――
「…………ただいま、です」
ルリは心からの―――――きっと、この世界で初めての笑みで返事をするのだった。
「…………う」
「どうかしましたか? 顔が赤いようですが」
「い、いや、なんでもない。多分、外が寒かったんだ。そういうことにしておいてくれ…………」
「…………? はい」
まさしく妖精の微笑みと形容するに相応しいルリの微笑み。
それを真正面から見てしまった祐一は名雪の時以上にドキドキしてルリから目をそらすのだった。
「くーん」
「…………ん? 今なんか言ったか?」
「いいえ、けど私にも聞こえましたね…………何か動物の鳴き声のような」
「テレビはまだつけていないはずだが…………」
「あ、祐一さんの足元」
「え?」
ルリの指摘に足元へと視線を向ける祐一。
そこには…………
「くーん」
と、鳴く一匹の狐が鎮座していた。
あとがき
なんか出来がイマイチかも…………
結構重要なシーンだったのになぁ(汗
あゆの台詞は我ながら気にいってるのですが(苦笑
さて、今回は名雪とあゆが登場です。
名雪ファンの皆さまに言っておきます…………この話のヒロインはルリです、以上。
これだけで察しのいい方は私が何を言いたいかわかってくれるに違いない(マテ
あと、作中でルリの身長を145cmと明記しましたが実際は不明です。
一応調べては見たんですが…………どうやら140台であることは間違いないようなので中間にしてみました。
ですので正式なデータを知っている人は気にしないでもらえるとありがたかったり。
次回は『妖精さん、転校初日です』の巻。ひょっとしたら前後編になるかも?