「ルリ、用意はできたか?」
「はい。では行きましょうか」
翌日、昼ご飯を食べた二人は水瀬家に挨拶をしに出かける予定だった。
祐一としては午前のうちに、と思っていたのだがルリは低血圧なのか寝起きがよくない。
そんなわけでルリが起きるのを待っていたら昼前になっていたわけである。
ちなみに、ルリの寝坊度は目覚し時計で起きる確率七割程度といったところである。
故に明日からは学校に通わねばならないルリは残りの三割の場合は祐一に起こしてもらわなくてはならない。
祐一としても朝食や弁当の問題があるのでそのあたりは了承済みだが。
―――――だが、祐一がそのことを後悔することになる日は近い。
好きな人が、できました
第4話 妖精さん、少女に出会う。
ガチャ
「…………」
「…………」
「…………やっほ♪」
扉を開けると眼鏡の女性が立っていた。
歳は昨日の白鳥夫妻よりは低めに見える、どこか人懐っこい印象を受ける女性。
祐一は何故かそんな女性に母親に通じるものを感じていた。
これで湊に続いて二人目である。
「えーと、どちらさまで?」
「あ、ごめんねー。私は209号室の天野光(あまのひかる)っていうの」
「あ、そうですか……これはご丁寧に」
「あはは、タイミングが悪かったみたいだね。まあいいや、これから同じ階に住む仲間としてよろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
ルリと一緒におじきをする祐一。
光はそんな二人を興味深げに見ている。
「祐一くん達って確か学生さんだよね?」
「はい、俺もルリも高校二年で明日から華音高校に通うことになります」
「へえ、ウチの妹と同じ高校なんだ。ウチの妹は一年なんだけどね」
「妹さんもここに?」
「ううん、妹は実家に住んでるの。ちょっと仕事の関係上一人暮らししてるってわけ」
光の言葉に内心ほっとする祐一。
流石に同じ所に同じ学校に通う人間がいたら気まずい。
話されている事情が事情だけに尚更である。
「お仕事ですか?」
「うん、二人は『HIKARU』って漫画家知ってる?」
「あ、私知ってます。『おね 〜しゃいんしーずん〜』や『月の空』を連載してる人ですよね?」
「あ、読んでくれてたんだ♪ えっとね、実は私がそのHIKARUなんだ」
「え、漫画家さんなんですか!?」
「まさかこんなところで作者さんに会えるとは思いもよりませんでした…………」
「他の人には内緒ね♪ 白鳥さんや舞呂須さんは知ってるからいいけど」
あっさりととんでもないことを暴露する光に驚きを隠せない二人。
祐一はその漫画自体は知らなかったがルリの反応から察するに結構有名な漫画家だと思ったからだ。
「そんなにあっさりとばらしちゃっていいもんなんですか?」
「まあ、これからネタにさせて―――――げふんげふん、同じ階の住むんだし構わないよ」
「なんか今微妙に聞き逃せない言葉を聞いた気が…………」
「気のせい気のせい♪ それじゃまたねお二人さん〜」
妙にさわやか過ぎる笑顔を残し去って行く光。
嫌な予感をひしひしと感じつつも、祐一とルリは出かけるのだった。
「お久しぶりですね、祐一さん」
「お久しぶりです、秋子さん」
何のイベント(?)もなく、水瀬家に辿り着いた二人。
そこで待っていたのは数年前に会った時と全く変わらぬ姿の祐一の叔母、水瀬秋子だった。
「初めまして、ホシノ・ルリです」
「初めまして、相沢春奈の妹の水瀬秋子です」
自己紹介しあう二人。
ちなみに秋子はルリのことを春奈から聞いているので事情は全部知っている。
娘である名雪には学校への建前と同じ説明であるが。
「そういえば名雪は?」
「あの娘はついさっき部活に出て行っちゃいました。祐一さんに会えるのを楽しみにしてたんですけどね、あの娘」
「それは残念」
従妹に会えないことを少し残念に思いつつも出された紅茶を飲む祐一。
芳醇な味わいが外で受けた寒さを和らげるようだった。
ルリも同じように紅茶を飲んでいた。
名雪の話題の際に心なしか反応していたようだがそれに祐一は気がつかなかった。
秋子さんはそんな二人をニコニコと見つめているだけだったが。
「祐一さん、そろそろ…………」
「ん、ああもうこんな時間か。秋子さん、そろそろ俺たちは帰りますね」
「あら、そうですか? そろそろ名雪が帰ってくると思うんですが…………」
ルリを交えてもできる会話で盛り上がっていた三人だったが、何時の間にか数時間が過ぎ、外は夕日になっていた。
「折角ですし、家で夕飯を食べていきませんか?」
「お誘いはありがたいですけどそういうわけにもいきませんよ。まだ引越しが完全に終わってませんしね」
「そうですか、残念ですね…………せめて名雪に会ってから帰るというわけにはいきませんか?」
「うーん、そうですね…………」
悩む祐一。
と、そんな祐一の横手からルリの相変わらず平坦な声がかかった。
「祐一さん、私が先に帰ってご飯の支度をしておきますから祐一さんは名雪さんを待ってあげて下さい」
「え、でもルリは名雪に会わなくてもいいのか?」
「私はまた機会もありますし、明日会えるでしょうから。けど祐一さんは久しぶりなんでしょう?
なら会っておいたほうがいいと思います」
「一人で帰って大丈夫か?」
「ええ、道は覚えてますし、まだ十分明るいですし平気ですから」
「わかった。くれぐれも気をつけろよ? ルリは目立つしな」
「ええ、祐一さんも」
どうもおじゃましました、と軽く会釈してリビングから去って行くルリ。
祐一はそんなルリの姿をしばらく見つめて、姿が消えるのを確認するのだった。
「ふふふ、祐一さんはルリさんのことが大事なんですね?」
「え?」
「だって本当に心配そうですよ? 今の祐一さんの顔」
「あはは、まあ、あいつは秋子さんも知っての通り、俺や母さん、あと父さん以外に知り合いなんていませんからね。
普段はああいう風に平坦というかそっけない感じですけど…………きっと色々あると思うんですよ」
「記憶喪失、ですか」
「ええ、名前以外に自分を示すものがない……俺がそうなったらと思うとぞっとしますよ。
なんせ自分を知る術もなければ知り合いが一人もいないわけなんですから」
「確かにそうですね……話してみて少し思ったのですが、ルリさんは私にはどうも心を許してなかったようですし」
「すみません」
「ふふ、祐一さんが謝る必要はありませんよ。それにルリさんの態度ももっともです。
そういう意味では信頼されている祐一さんは凄いと思いますけどね」
微笑んでそう言う秋子さんに少し照れる祐一。
自分としては大したことをしてないと思っているので人からそういう風に言われるとくすぐったいのだ。
「でも、ルリはいつもあんな感じなんですよね。
感情の起伏が少ないって言うか……だからたまに不安になったりもします。俺はルリの助けになれてるんだろうかって」
「ふふふ、大丈夫ですよ。少なくとも私が見た限りでは」
「あはは、そう言ってもらえると助かります」
(ルリさんは感情の起伏が少ないと祐一さんは言っていましたが……あれはただ意図的に抑えているだけでしょうね。
あの歳でしっかりとした娘ね。祐一さんが関わることではそうでもないみたいだけど……名雪、敵は手強いわよ?)
祐一を励ましつつ、笑顔の裏でこんなことを考えている秋子さんなのだった。
やはり春奈の妹、只者ではない。
(…………なんで、一人で帰るなんて言ったんだろう)
並木道を歩きながらルリは悩んでいた。
春奈の妹だけあって秋子さんはいい人だった。
なのにあの家にいることが何故か嫌だった。
(嫉妬、なのかな)
秋子に名雪―――――彼女らは自分の知らない祐一や春奈の家族だった。
自分ではない家族という存在が、ルリの心に一つの影を落としたのかもしれない。
無論、祐一や春奈なルリを大事に思っていてくれていることは理解している。
だが、祐一や春奈以外にこの世界で繋がりがないルリには秋子と祐一が眩しかった。
名雪と会わなかったのもそうだ。
自分の知らない祐一を知っていて、祐一が他に大切に思う人に会いたくなかったのかもしれない。
まだ―――――彼女はその感情を『家族の繋がり』という意味での嫉妬だと解釈していたが。
ルリは実際のところ、それほど記憶を取り戻すことに必死ではない。
無論戻ることに越したことはないが、それに対して何か恐怖を感じるのだ。
それは、この世界が記憶を失う前の自分のいた世界でないと無意識で認識していたから。
それと、ルリはこの場所が好きになったのかもしれない。
春奈が、祐馬が、そして祐一がいてくれて楽しい生活がおくれるこの世界が。
だから、今のままでもいい―――――そう思っていた。
(だけど…………ここは、私がいてもいい場所なんだろうか)
「うぐぅ〜」
思考の渦にはまりかけていたルリの耳に謎の悲鳴(?)が届いた。
ルリは周囲を見回し、誰もいないことを確認するが「うぐぅ〜」と言う声がまたもや聞こえる。
そして、ルリが後を振り向いた瞬間。
「うぐぅ、そこどいて〜」
「え―――――きゃあっ」
二人の少女は激突したのだった。
あとがき
今回はちょっぴりシリアス。
やはりルリの心情もある程度は表現しておかないといけませんので。
色々複雑なのです。
いきなり恋愛一直線にしないあたりがこの作品は私にしては珍しいかと(笑)
そして今回登場の天野光嬢、やっぱり彼女もどっかで見た人です(笑)
何気に妹がいるという設定にしましたが…………皆さんはおわかりですね?そう、あの人です!
本編中ではおそらく出てはきませんけどね〜
あと、最後に出てきたのも皆さんの予想通りのヒロインです(笑)
次回は『妖精さん、ふっきれます』の巻。ルリの居場所は…………