春奈から聞いた住所にやって来た二人。

 そこで待っていたのは眼鏡をかけた人のよさそうなちょび髭おじさんといかつい顔の大男だった。



 「おお、あなたが相沢さんの息子さんとそのお連れさんでいらっしゃいますか?」

 「ええ、そうですが……あなたが母さんの言っていたマンションの管理人ですか?」

 「はい。おっと、これは失礼。私はこういうものです」



 ちょび髭のおじさんは笑顔のままで素早く名刺を取り出す。

 よほど手馴れているのかその一連の動作には全く無駄がなかった。



 「『ねるがる不動産建造物部部長  舞呂須 平久太(ぷろす へくた)』…………って部長さん?」

 「ははは、まあそのあたりは後々説明いたしましょう。

  あ、ちなみにこちらの男の方は堀井豪人(ほりいごうと)さん、警備員です」 

 「…………よろしく」

 「ま、ちょっとばかり寡黙な人ですが頼りになるので…………」

 「はぁ…………よ、よろしくお願いします」

 「よろしくお願いします」



 とりあえず挨拶はしておく二人。

 舞呂須は相変わらずニコニコしたままで堀井はじっとその影に控えていた。 



 「では、紹介いたしましょう! これが我が社が開発した新型マンション、『撫子』です!」






























好きな人が、できました


第3話  妖精さん、挨拶回りです。































 「……なんていうか、前衛的? なデザインですね」 

 「変な形ですね」

 「いやはや、お厳しい! ですが常識に囚われないというのがこのデザインのコンセプトでして」

 「囚われてなさ過ぎな気が……」



 正直に言い切ったルリと冷や汗たらたらの祐一の目の前には妙な形の建物があった。

 やたら下は広いのに上は狭かったり横に広がっていたりとまるでアニメに出てくる戦艦のような形である。

 構造的に大丈夫なのか、とツッコミを入れたくなる代物といえる。



 「さあさあ中へどうぞ! 新築だけあってどこもかしこもピカピカですよ〜」



 押されるようにして中へと案内される祐一&ルリ。

 堀井はその後をのっそりとついて来るのだった。















 「さて、ここが相沢さん達が住むことになる205号室です」

 「うわ、広っ」

 「流石に新築だけあってどこも綺麗でしたが……部屋ともなると更に凄いですね」

 「はっはっは、お褒めに預かり光栄ですな」



 一通り『撫子』の中を見回った二人は舞呂須に案内されてこれから住むことになる部屋を訪れていた。

 ちなみに撫子内には一階に温水プールやらトレーニングルームやらがあり、祐一を驚かせたりルリをあきれさせたりした。



 「私も管理人になってから見回りをした時はビックリしましたよ」

 「あ、そういえば舞呂須さんって部長さんですよね? なんでまた管理人なんですか?」

 「ああ、それはですな。実は私、新造であるこのマンションに実際に住んでみて住人の方々の評判を直接リサーチするのと

  自身での住み心地などを確かめるという仕事を会長から仰せつかってるのですよ。

  ま、私としては長期休暇を貰ったものと解釈して楽しませてもらうつもりですからあれこれ聞く気はないんですけどね」



 たはは、と笑う舞呂須。その表情は本気でそう言っているように見えるので普段の仕事がきついものである事が窺える。



 「あ、住人といえば……俺たち以外にここに住む人ってどれくらいいるんですか?」

 「部屋そのものは既に満室ですね。ただ、大半の方が住み始めるのは三月から四月にかけてなんですよ」

 「俺たちのようなのが例外ってことですか」

 「そういうことになりますな。まあ、受け入れ自体は十二月の時点で開始ですので数部屋ほど既に住んでいる方もいらっしゃいます。

  ここ二階では相沢さん達以外には三部屋ほど既に住んでいる方がいらっしゃいますし」

 「三部屋ですか。後で挨拶に行ったほうがいいですよね?」

 「ええ、是非そうなさって下さい。ああ、お二人の事情は既に先方に伝わっていますからお二人でいっても問題ないですよ」

 「―――――事情?」



 不穏な単語が祐一の耳を打った。

 そういえば明らかに兄妹には見えないにも関わらず自分たちのことを不思議そうにも怪訝そうにも舞呂須は見ていない。

 何か、嫌な予感が祐一の背中を走った。



 「あの、事情って一体」

 「おっと、案内も終わったことですしいつまでもお邪魔するわけにはいきませんな。

  荷物の紐解きなどもあるでしょうし私はこれで失礼させていただくとします」

 「あ、はい案内ありがとうございました」

 「どうも」



 ペコ、と頭を下げる祐一&ルリ。

 舞呂須は「いえいえ」と手を振るとやはりニコニコ顔のまま去って行った。



 「あ、ここの壁は防音設備はしっかりしているのでどんなに大きい音が出たとしても隣に伝わることはありませんのでご安心を」

 「は?」

 「とはいえ、お二人ともまだ学生の身分なのですし、一応ここにも風紀というものは存在しているのでほどほどに」



 そんな、祐一の嫌な予感を増長させる言葉を残して。















 ―――――ガチャン



 やけに大きな音で扉が閉まった。















 「なあ、ルリ」

 「なんですか?」

 「ひょっとして、知ってるのか?」

 「何をですか?」

 「母さんが何をしたか、だ」



 荷物を紐解き、整理しつつ祐一は先程から気になっていることをルリに問う。

 舞呂須の態度から察するに自分の母親はまたとんでもないことをしでかしてくれたのではないかと推測したのだ。



 「いえ、知りません。ですが……」

 「ですが?」

 「予測は出来ます」



 おそろいのマグカップを取り出す手は黙々と動いていた。

 家具の配置を考えているその表情にも特に変化はない。

 ただ、僅かに赤く染まっていたルリの頬に気付くことが出来なかったのは祐一の不覚と言えよう。



 「予測?」

 「はい、春奈さんの今までの行動・言動パターンから分析すればおのずと答えは限定されるかと」

 「で、それは一体……」



 追求する祐一。

 と、そこでルリの表情が崩れた。

 困ったような、言いずらそうな、それでいて微妙に嬉しさが感じられるかのようなそんな不思議な表情。

 顔を伏せているので祐一には見えないが頬の赤みは少し増していたりする。



 「い、一応確認のために言っておきますが、これはあくまで私の予測です」

 「ああ、それでいいから言ってくれ」

 「つ、つまり……」



 ぴんぽーん



 ルリにしては珍しくどもり気味に言葉を発しようとしていたその時、チャイムがなった。

 祐一としてはルリの様子が気になったのだが来客とあらば出迎えねばなるまい、と腰をあげて玄関へと向かう。



 「ん、舞呂須さんかな?」



 ガチャ



 「こんにちは♪」

 「向かいの208号室の白鳥という。舞呂須さんからこの階に住人が増えたと聞いたので挨拶に来たのだが」



 扉を開いた先には一組の男女。

 明るく挨拶してきたのはスタイル抜群でちょっとお水っぽい雰囲気の漂う二十代くらいの女性。

 堅苦しい感じの挨拶をしてきたのは真面目一本槍といった雰囲気のやはり二十代くらいの男性だった。



 「あ、これはご丁寧に。すみません、本当ならこちらが出向かないといけないのに……」

 「何、気にすることはないさ。見たところまだ荷物を整理していたのだろう? 我々が少しばかり早かっただけだ。

  おっと、自己紹介が遅れたね。私の名前は白鳥九十九(はくとつくも)と言う。

  こっちは、私の妻の湊(みなと)だ。近所ということもあるし、これからよろしく」

 「湊よ、よろしくね」

 「あ、はい。よ、よろしくお願いします」



 挨拶と一緒に湊に手を握られてドギマギの祐一。

 そんな祐一を表面上は何もないかのように見つめているルリ。



 「どうも、星野瑠璃といいます」

 「こんにちは♪ …………ね、突然だけど瑠璃ちゃんのことルリルリって呼んでもいい?」

 「遠慮しておきます」

 「えー、残念ね。でも、いつか呼ばせてね?」

 「機会があれば…………で、祐一さん。いつまで手を握っているのですか?」



 鋭い視線と言葉が祐一に突き刺さった。

 どうやら変わりがないのは表面上だけだった模様。



 「え、あ、はっ。す、すみません!」

 「うふふ、いいわよ別に。けど、気をつけないと君の妖精さんに嫌われるわよ?」

 「え、えっ」

 「そんなのじゃありません」



 慌てる祐一と冷静に否定するルリ。

 そんなルリを見てちょっとガッカリな祐一だったり内心は穏やかでなかったりするルリだったり。

 湊はそんな二人を楽しそうに見ているのだが。



 「湊さん、それくらいにしておいたらどうでしょうか?」

 「ふふっ、そうね。これから長いお付き合いになるんだし、ね♪」



 たしなめる九十九を尻目に二人にウインクを飛ばす湊。

 瞬間、祐一にはそんな彼女に自分の母こと春奈の姿がオーバーラップしていたりする。



 「さて、それじゃあなた達も忙しいみたいだし私たちは引き上げるわね」

 「何かあったらいつでも訪ねてくるといい。私も湊さんもいつでも力になろう」

 「そうね、特にあなた達はまだ若いんだし…………瑠璃ちゃんにもその辺のことも今度教えてあげるわよ♪」

 「なっ!?」



 声をあげたのはルリではなく祐一。

 そして彼はそこでようやく気がついた。

 自分とルリが二人で暮らそうとしている。

 どうみても兄妹には見えない自分らは客観的に見れば同棲を始めようとしているカップルだろう。

 が、ルリは大人びて見えるとは言えその身長の低さ故に祐一と同い年に見えるのが精々だろう(実際同い年だが)

 そんな彼女と自分の組み合わせは世間一般的に見れば奇異なことであり良識のある大人であれば怪訝に思うのが当然なのである。

 が、眼前の二人にはそれがない。

 というか湊に至ってはむしろ応援しているかのようだ。



 「あの、それは一体どういう…………」

 「君達はまだ若い。これから色々と困難が待ち受けているだろう。しかし愛があれば大丈夫だ!」

 「へ?」

 「まあ、許婚で婚約者って聞いてたからどんな二人かと思ってたけど……仲は悪くないみたいだし、安心ね」

 「許婚!? 婚約者!?」

 「許婚なんて前時代的だと思ってたけど、二人がラブラブなら問題ないわよね♪」



 「ちょっと待てーーーーーーーーーーーー!?」















 「どーいうことだおいっ!?」

 『ま、親に向かってなんて言葉の聞き方かしらー。私、育て方間違えた?』



 数分後、祐一は受話器に向かって怒鳴っていた。

 それはもう親に対して親の仇の如く怒鳴っていた。



 「っていうか普通そんな説明するか!? なんで俺とルリが許婚で婚約者なんだっ!」

 『だってそれが一番手っ取りばやかったんだものー』

 「アホかー!?」

 『じゃあ、他にどう説明しろってのよー。祐一に二人で住んでも問題ないような代案あるのー?』

 「うっ、そ、それは…………」

 『ないでしょー? ああ、安心しなさい。学校のほうにはルリさんは私の友人の娘ってことにしてあるから』

 「はぁっ!?」

 『だからー、あなた達は婚約者ってことになってるけど、それは騒ぎになるから秘密でー、対外的には昔馴染みの友人って設定。

  ご両親の都合で預かった外国帰りのルリさんが昔馴染みで唯一頼りになる祐一の近くで暮らすのは当然でしょ?

  けど同棲は流石にまずいから白鳥さんとこでルリさんは暮らし、あんたはその向かいで一人暮らしってわけー』

 「そんな細かい設定考えてるなら最初からルリを白鳥さんとこに預ければいいだろうがっ!」

 『それじゃ面白くな…………げふげふ、白鳥さんは新婚なんだから邪魔しちゃ悪いでしょ?』

 「くっ…………」

 『それじゃ納得したわねー? じゃ、おやすみー。二人きりになったからってルリさんを襲っちゃ駄目よー?

  ちゃんと段階を踏まないとー。あ、でも祐一は甲斐性なしだから無理かしらー』

 「あ、おい、ちょっと待て! こら、切『ツーツーツー』…………りやがった」



 絶望の二文字を背負って受話器を置く祐一。

 ルリはそんな祐一を気の毒そうな目で見つつ夕食を並べていた。 



 「祐一さん、食事の用意が出来ましたが」

 「サンキュ。なあ、ルリは…………」

 「寸分の狂いもなく、予測通りでした」

 「そうか。いや、そうだよな…………」

 「ですけど、現実的に考えても春奈さんの取った策しかないと思いますよ?」

 「わかってる。わかってるんだ…………けど、納得いかないことってあるだろう?」

 「心中、察します」

 「…………っていうかルリも当事者なんだけど」

 「予測していた、と言ったでしょう?」



 あくまで冷静なルリ。

 そこには、この状況に対する戸惑いは見受けられなかった



 そう、彼女はこの状況を拒否していない。嫌がっていないのだ。

 数人の人から見て、自分達が許婚で婚約者で同棲している、というこの『設定』を。



 そんな目の前にいる小さな少女を見ていると、自分の中のもやもやしたものが急速にしぼんでいくのを感じる祐一だった。















 「また、料理の腕をあげたな」

 「…………そう言ってもらえると、嬉しいです」



 こうして、二人の初日は過ぎていくのだった。





 あとがき


 なんかどっかで見たことがあるような人達でいっぱいです(笑)
 きっとまだ出てくるに違いない(笑)
 ていうか結局挨拶回りしてないし…………
 ううん、もっとルリを全面に出したいなぁ
 
 前回、Kanon設定はほぼ無くなっています、と言いましたが…………
 そうするとKanonヒロインズを出す意味がないような気がしてきて困ってます(汗)
 物語そのものに関わるとなるとあのヒロインとあのヒロインくらいしか出さなくていいし…………
 ま、進めつつ考えよう(適当)

 次回は『妖精さん、少女と出会う』の巻。少女の名は…………