「ここが……そうなんですか?」

 「ああ、ここが…………華音。二年ぶりだな……」



 雪の舞い降る街の駅前、少年と少女が立っていた。

 少年は懐かしそうに、少女は興味深そうに町を見渡す。

 二人とも目を引くほどの容姿の持ち主であったが周囲の視線を集めているのはもっぱら少女の方であった。



 「二年ですか?」

 「ああ、毎年冬休みに遊びに来てるんだよウチの家族。ただ、おととしは受験だったし去年は友達と旅行に行ってたから」

 「どちらから先に行きます?」

 「んー、荷物が届くのが三時だったよな?んで今が二時だから…………そうだな、マンションの方を先にしよう」

 「わかりました」



 少女は返事をすると二房の髪を―――――先程から注目を集める原因となっている白銀の髪を揺らしながら歩き出す。

 舞い降る雪の中を歩いていく少女。

 彼女のまるで妖精のような容姿と相成ってその光景はどこか幻想的だった。

 それは彼女が雪の妖精のようにそのまま雪の中に消えてしまうのではないかと思わず少年に思わせてしまうほどに。



 「…………ルリ!」

 「……? ……どうかしましたか?」



 くるり、とルリと呼ばれた少女が振り向き首を可愛らしく傾げつつ少年を見る。

 少年は数瞬そんな少女に見とれるも慌てて頭を振って自分に浮かんだ馬鹿な考えを振り払う。



 「あ、いや…………何でもない。それより、ルリが地図を持っているんだからあんまり先に行かないでくれ。

  万が一ルリを見失ったら俺は迷子になっちまう」

 「ふふ……そうですね。祐一さんは方向音痴ですし」

 「否定はしないけどな…………ま、んじゃ行こうか?」

 「はい」



 そして二人は歩き出す。

 これから二人の物語の舞台となる街―――――華音を。






























好きな人が、できました


第2話  妖精さん、お引越しです。































 「引越し!?」

 「そうよー」



 負け犬祐一が何とか復活した後、春奈はいつものようにのほほんと重大事象を言い出した。

 場はすでにダイニングに移っていて祐一の対面にルリと春奈が座っている状態である。



 「今度の転勤で祐馬さんも落ち着けるらしいのよー、それでようやくウチもマイホームが持てることになったよねー」

 「…………まあ、今更転勤だの転校だのにごちゃごちゃいう気はないが…………本当にいつも唐突だな」

 「まあ、今回で最後になるんだから細かいことは気にしちゃいけないわー」

 「んで、どこに引っ越すんだ?」

 「華音よー」

 「…………華音? ってもしかして…………」

 「そ、秋子と名雪ちゃんの住んでいるところよー」

 「…………?」



 聞きなれない名前が出てきたことにハテナマークを顔に浮かべるルリ。

 そんな彼女の様子に気付いた春奈は説明を付け足す。



 「秋子っていうのは私の妹、名雪ちゃんは秋子の娘よ」

 「要するに俺にとってはおば…………じゃなくて従兄妹とその母親ということになる二人なんだ」



 秋子のことをおばさん、といいかけて何か背中に不吉なものを感じた祐一は慌てて言い方を変える。

 またもや不思議そうな表情をするルリを尻目に春奈は『それでいいのよ……』といった表情を浮かべている。



 「それで家の方はあと二ヶ月ぐらいで建つ予定なんだけどー、取りあえず祐一、あんたは三学期が始まる前に華音に行きなさい」

 「…………は?」

 「あんたの場合高校生で微妙な時期だしねー、転校するなら早いほうがいいでしょ?」

 「ま、まあそうだけど…………家が建つまでの俺の生活はどうなるんだ?」

 「知り合いがマンションを経営してるからそこに住むのよー、ちなみに私は祐馬さんの都合もあるからついていけないわよー」

 「ってことはついに念願の一人暮らしかっ!?」

 「なわけないでしょー? 生活能力がまるでないあんたに一人暮らしなんてさせられるわけないじゃないのー」

 「…………じゃあ、どうするんだよ?」

 「……………………うふふふふー♪」



 ゾクリ



 祐一はその質問を発した瞬間、何ともいいがたい悪寒と不吉さを春奈の笑顔から感じる。

 いつもと変わりはない、変わりはないのだが春奈の笑顔が怪しい。



 (…………はっ!?)



 瞬間、祐一は一つの可能性に行き当たる。

 考えられる幾つかの選択肢の中から最も考えたくない選択肢に。

 ―――――マズイマズイマズイマズイ!

 祐一は本能の感じるままに母親の口を塞ごうとする。

 が、一歩遅かった。

 春奈の口から祐一の予想と寸分狂わぬ台詞が放たれる。



 「安心しなさい、あんたと一緒にルリさんにもついて行ってもらって二人暮しをしてもらうからー♪」















 ただ今、相沢家の時間が静止しているためしばらくお待ちください。















 ―――――そして、時は動き出す。



 「なっ…………なななななななななななななななっ!?」

 「まあ、そんなに喜んでくれるなんて母さん嬉しいわ♪ 大丈夫よ、全部公認だから♪」

 「何がだっ!? だ、だいたい二人暮しだなんて…………」

 「何が言いたいのー? …………ああ、言い方が悪かったのね? じゃあ言い直すわねー。

  コホン…………祐一、あんた華音でルリさんと同棲生活しなさい」

 「余計言い方が悪いわっ!!」

 「もう、ワガママねー! 何が不満なのっ!?」

 「逆ギレすんなぁーーーー!!」

 「何と言おうともうこれは(私と祐馬さんの中では)決定事項なのよー。

  こうなったら大人しく漢らしく、見るも語るも恥ずかしくなるようなラブラブ学園生活を二人おくりなさいなー、

  ちゃんとルリさんも華音高校に転入できるようにしとくから。あ、これ入学用のパンフと書類だから」

 「事後承諾かよっ!?」

 「うふふー♪」

 「そ、そんな果てしなく清々しくほがらかでありながらも裏になんかありそうな笑顔をしたって無駄だぞ母さん!

  はっ、そうだ! ルリ! ルリからも何とかこの愚母に言ってやって…………」



 と、言いかけて祐一の動きが止まる。

 視線はルリ。

 しかしその瞳は驚愕に見開かれていた―――――ように春奈には見えた。



 「…………あらー?」



 未だゴスロリ服のままだった渦中の人、ルリ。

 彼女は…………



 「ふう…………ええと、一応私に書ける部分の必要事項は書いておきましたので。

  …………あれ、祐一さん? どうしたんですか、固まっちゃって?」



 祐一と春奈の口論(?)の間に書類を完成させていた。

 手に持ったくまさん模様のボールペンが妙に可愛らしく見えた、と後に祐一は語る。















 「しかし、あの時は本気で驚いたよ…………」

 「そういわれても…………祐一さんと同じように学校に行ってみたかったですし」

 「ルリは学校に行ったことがないのか? ってそもそも記憶がないんだよな」

 「はい。ですけど…………実は前々から興味はあったんですよ?

  とは言え私は居候の身なので流石に言い出せはしませんでしたが…………」



 雪道を歩く祐一とルリ。

 駅前の時から変わらず周囲を行く人の視線を独占状態であった。

 もっとも、会話に夢中な二人には自分らに注がれる好奇の視線は気付きようもないものであったが。



 「母さんのことだからその辺のことを読んでいたとは思うけど……本題はそこじゃないだろう?」

 「と、いいますと?」

 「……はぁ……あの時はうやむやのままに押し切られたけどさ…………いいのかよ?」

 「これから約一ヵ月半、二人で暮らすことですか?」

 「うっ……そ、そんなにはっきり言われるとあれなんだが……」

 「祐一さんは嫌なのですか?」

 「ううっ!」



 ルリが淡々と言ったその一瞬。

 瞬きも許されないほどのほんの一瞬のことだったがルリの表情が悲しそうに歪んだ。

 祐一はそんなルリの表情には気付かなかったものの、嫌だと肯定の言葉を言えるはずも無く(様々な意味で)

 かと言ってはっきりと否定できるわけでもなく沈黙。



 さく、さく、さく―――――



 それっきり沈黙が二人に続き、雪を踏む音のみが二人の耳に響いていた。

 何時の間にか早足になっていたルリが祐一の数歩前を歩く。



 「…………私は」



 不意にルリが立ち止まって口を開く。

 祐一も立ち止まる。

 ルリは前を向いたままなのでその表情は祐一には見えない。



 「私は、嫌じゃありません」

 「……え?」



 どういう意味だろう、と祐一は思った。

 もちろん、聞き間違いかとも思った。



 「な、なんで…………?」



 声が震えていた。

 鈍感と言われる類の人間である祐一だったがここまでの意味深発言には流石に反応する。



 「祐一さんのことは信用していますし…………それに」

 「それ、に……?」

 「祐一さんは春奈さんがいたとはいえ私が一緒に住んでいても何も出来ない甲斐性なしですから」



 ―――――ピシィッ!!



 祐一は固まった。

 それはもう、かつてないくらいに。 



 「…………と、言ったのは春奈さんですが」

 「ほ、本当だな!? 今の台詞は母さんが言ったんだよな!? 決してルリの主観とかは微塵も入ってないよな!?」

 「はい」

 「…………なら、なんでこっちを向いて目を合わせてくれないんだぁぁっ!?」

 「…………何故でしょうね?」



 それは僅かながらも春奈に影響されてきた性格のせいなのか、それとも先程から熱を持った紅い頬のせいなのか、

 本当のところはルリにもわからない。



 「…………ううう…………」



 ここにいる頭を抱えた少年には間違いなくわからないことではあろうが。















 「あ、もしもし秋子ー? そろそろ祐一達そっち着いたと思うからー、打ち合わせ通りによろしくねー」

 「わかりました。けど、姉さんも人が悪いですね。別に私は二人でも預かるのには問題ないのに…………」

 「ま、そうだけどあんたの家には名雪ちゃんがいるしね。

  まあ、それはそれで面白そうなんだけど私はルリさんが一番気に入ってるからねー♪」

 「ふふ、姉さんったら変わりませんね…………」



 同時刻、某姉妹の会話であった。





 あとがき


 約三週間ぶりの執筆です……そのせいか今回は萌えが弱い気が……
 これはあくまでラブストーリーものなのでギャグは控えないといけないのに(汗)
 春奈さんが出てくるとどうしてもあんな展開になってしまいます。
 まあ、次回からは出番は減るので大丈夫ですが(笑)

 ちなみにKANON設定はほぼ無くなっています。
 あゆは落ちてないですし舞は普通ですし栞は死ぬほどの病気持ちではありません。
 あと、美汐は出しません。
 …………だってキャラかぶるし、ヒロインじゃないし(笑)
 舞と佐祐理さんも出演は微妙かも…………

 次回は『妖精さん、挨拶回りです』の巻。マンションの住人登場!