平凡だった。
なんて事のない毎日だった。
自分が日常から少しずれた存在だと認識してはいたが、それでも彼――相沢祐一にとっては何てことない日常だった。
7年ぶりに雪の降る町に帰って来て、叔母と従兄妹2人の女だけの家庭で居候する事になっても、祐一は自分が平凡な日常を送っていると確信を持っていえるだろう。
中流階級の一人っ子として生まれた彼は、なかなかのルックスと持ち前の底抜けの明るさで、転校3日目にしてクラス中にその性格が知れ渡っていた。
彼女でもいれば平凡でない毎日でも過ごせていたのだろうが、生憎とそんなものは生まれてこのかたできたためしがない。それでも、いつかは人を愛する時がくるさとけっこうドライ。
そんな彼の悩み事といえば、色恋沙汰よりも勉学のほうがはるかに多く、中学や前の学校の時から超低空飛行を継続中。この学校では何とかしようと、授業を真面目に受けようとするも失敗続き。
しかし、ひそかに自慢なのは一度も補修を受けた事がないということ。勉強は嫌いだが補修はもっと嫌なので、ギリギリのラインで勉強するのだ。
その言葉を聴いて、本当は勉強できるのではないのか、とは現クラスメイトで同じように超低空飛行を続け、稀に墜落している友人のアンテナ小僧こと北川潤の言葉。
ちなみに、どっちも信じられないくらいのバカよ、とは学年主席で従兄妹の水瀬名雪の友人である美坂香里のお言葉。
そんなこんなで成績が著しく悪い祐一だったが、それは一応置いておく。問題なのは現在の悩みだ。
授業の大半を寝るかボーっとするかで過ごしている祐一にとって、ノートというものは白紙であってしかるべきものなのだ。しかし、現実というやつはそう甘くない。ノートがなければ勉強もできず、またまた超低空飛行を行ってしまう。
そこでいままでの授業のノートを名雪に借り、コピーしようとしていたのだが、このノートが問題だった。
忘れたのである、学校に。
どうしようもなかった、諦めよう。祐一はそう思ったが、毎日予習復習を欠かさずやっている名雪にはそうもいかなかった。
自分のノートならばどんな状況下でも取りに行くことはないのだろうが、名雪のノートでは仕方がない。
こうして午後10時を回っているのに外の町を走っているのは、単に名雪への罪悪感と感謝の気持ちゆえであった。
これを運命と呼ぶのか。
それとも宿命だと言うのか。
いやいや、ただの偶然という事だって考えられる。
ただ、
その日、
この町で、
相沢祐一の人生は、
2度目の転機を迎えた。