優しい未来を夢見る人に、世間は厳しいです。
大抵は現実はどうだとか言われ、それでも夢見ることをやめない人は、
気持ち悪がられたり変な目で見られたりします。
夢見がちな人を愚かと笑うことは簡単です。
ですが忘れていませんか?
それはかつて、誰もが願っていたということを……。
その少女は、そんな未来を夢見て、現実に深く傷つき、信じることに恐怖を覚えながらも、
それでも、信じたいと思っていました。
ですから、草原で降りしきる雨を一身に受け続ける、ボロボロの羽根を持った天使の立ち姿を見た時、
少女は黙って通り過ぎることが出来ませんでした。
嵐の中で輝いて
「あの……」
少女はその天使……いえ、男の子に声をかけました。
ですが、返事がありません。
「あ、あのぉっ」
先程より少し大きめの声で話しかけてみましたが、やっぱり反応がありません。
それと、遠くからだと見えていた天使の羽根も今は見えなくなっています。
(一体どういう事なのかな? もしかして、幻?)
そんな風に少女が思っていると、一瞬ですが半透明に天使の羽根が現れて、そしてすぐに消えてしまいました。
その羽根は、近くで見ると一層痛々しくて、
少女はなんだか切なくなり、その子を抱きしめたくなりました。
でも、あんまりギュッとすると、怪我とかしていたら大変です。
なので、後ろからそっと抱きしめてみました。
どれだけそこにいたのか、雨を吸った服や雨に打たれ続けた肌はとても冷たく、
少女はその事に少し驚きながらも腕を解こうとはしませんでした。
「……お姉ちゃん、誰?」
すると男の子はようやく反応しました。
「え、あ、えっと、私はアヤ。そう言う君は誰なのかな」
「知らない人にいきなり名前を教えると思うの?」
「ふぇ? あ、あはは、そっか、そうだよね。でも、私は教えたよ?」
少女は、その身体同様に冷たい声で話す男の子に戸惑いつつ、せっかく口を開いてくれたのだからと続けて話しかけました。
「ま、いっか。それで、何をしていたの?」
「別に」
「風邪、ひくよ?」
「構わない」
「もぅ、いいわけないじゃない」
「いいの」
とりつく島もないと言った感じの男の子の返答に、少女は困ってしまいました。
「お姉ちゃんは……」
「んっ、何かな?」
「何で、僕に抱きついているの? 趣味?」
「あ……なんでだろ、別にそういう趣味とかはないんだけど、なんかそうしたくなって」
「変な人」
「そうだよ」
「風邪引くよ」
「どうして?」
「服、濡れる」
「平気だよ」
「そんなわけないじゃん」
「あるの」
さっきの仕返しをしながら、そう言えば何でこんな事をしているのだろうと少女は考えました。
気になるのは、やっぱり、背中の羽根のこと。
「あの、ちょっと訊いていいかな?」
「何?」
「ひょっとして、背中に羽根持ってたりしないよね?」
その言葉に男の子が一瞬ビクッとしたのを少女は肌で感じました。
「どうして?」
「見えた気がするから」
「どんな羽根?」
「白くて、傷だらけなの」
「……見た?」
「うん」
「そっか……」
そう言うと男の子は黙り込んでしまいました。
訊いちゃいけないこと訊いちゃったかな、でも、ごまかそうとしなかったし、大丈夫かなと
都合良く解釈して、少女は話を続けました。
「なんか、その羽根見たら切なくなっちゃって、それでこうしたくなっちゃったんだけど……迷惑だった?」
「………………」
「あ、寒くないの?」
「………………」
「えーと、ひょっとして、鬱陶しい、かな……」
「………………」
「うぅ、何か言ってよぉ……」
「………………」
しかし、男の子はうんともすんとも言いません。ついでに首も振りません。
少女はどうすればいいのか分からず、会話が止まったまま時間だけが過ぎてゆきました。
「……っくしゅん!」
「だから言ったのに」
「うぅ〜っ……」
どれくらいの時間が経ったのでしょうか、雨や風の音しかない時間は少女のくしゃみで終わりました。
「そろそろ帰った方がいいよ、時間遅いから」
「君は?」
「もう少ししたら帰る」
「そっか。風邪ひかないようにね」
「ひかないよ」
「油断大敵だよ?」
「ひかないの」
「もぉ……」
そう話しながら、少女は腕を解き帰ろうとしました。
「お姉ちゃんは」
「ん? なにかな?」
「優しいんだね」
「えっ、そうかな?」
「ばいばい」
「あ……じゃあね」
帰り際に突然そんなことを言われて、戸惑っている間に別れの挨拶に持って行かれて、
少し翻弄されつつも、時間のないこととこれ以上は話してくれそうになさそうだったので、
少女はそのまま歩いてゆきました。
「雨の日なら、いるから」
そして、後ろからそんな声が聞こえた気がして少女が振り返った時には、そこにはもう誰もいませんでした。
「ただいまー」
「おかえ……わ、なんかやけに服濡れてない?」
帰ってきた少女を見て、少女の姉は少し驚きました。
「うん。ちょっとね……」
「何かあったの?」
「えっと、びしょぬれの男の子がいたから気になってお話してた」
少女は話していいものか一瞬迷いましたが、まぁ大丈夫だろうと思い話しました。
「あらら。まぁ、とりあえずシャワー浴びて着替えなきゃね」
「うん」
そう言って少女は一度自分の部屋に戻り、着替えを出してお風呂場へ向かいました。
シャーッと言う音を立て、少し熱めのお湯を全身に浴びながら、少女は先程のことを振り返っていました。
降りしきる雨の中、傘も差さずに立ちつくしていた男の子。
服もずぶぬれで、身体もあんなに冷え切っていたのに、そういえば全然震えてなかった事や、
冷めているようで、案外そうでもないかも知れない性格、
なにより、あの傷だらけの天使の羽根……。
「うーん、何でこんなに気になるのかな……」
人見知りはするものの、明るく振る舞おうと意識している少女に友人は多いのですが、
今回のように自分から声をかけるなんて事は滅多にありませんでした。
もちろん異性に抱きついた事なんて初めてでした。
「……うぅ、思い出すと恥ずかしいかも」
そう呟く顔は真っ赤だったのですが、幸いにもお風呂場でのことなので誰にも見られることはありませんでした。
シャワーから上がった少女が長髪をドライヤーで乾かしていると、まもなく晩ご飯になりました。
晩ご飯が済み、部屋に戻った少女は、手早く宿題と明日の準備を済ませると隣の姉の部屋へ向かいました。
――トントン
「誰?」
「私だよ。お姉ちゃん、時間ある?」
「大丈夫だよ」
少女は姉の部屋に入り、ベッドの掛け布団をめくって座りました。
「で、今日は何のお話なのかな?」
「えっとね……」
少女は時々、このように外の出来事を姉に話していました。
それは大抵落ち込んだ時とかなのですが、優しい姉は嫌な顔せず聴いてくれ、時に励ましてくれるので、
少女にとってはとても大切な時間なのです。
今日も学校でちょっとショックを受けたことなどを話し、
その後思うところがあったのか、例の男の子のことを話し始めました。
「……それでね、今日の帰りなんだけど、そんな気分で草原を側を歩いてたら、
男の子が傘も差さずに立っていたの」
「あぁ、お話してたって言ってた子?」
「うん。お話って言っても、そんなに色々話した訳じゃないんだけど。
でね、その男の子なんだけど、天使の羽根みたいなのがあったの」
「えっ、天使の羽根?」
「うん。見えたり見えなかったりしたんだけど」
「へぇ〜」
少女の姉は、他の人なら馬鹿にしたり相手にしないような話でもちゃんと聴いてくれる人でした。
なので、少女はこのように信じて貰えるか分からない話でも安心して話すことが出来るのです。
「でね、その子の羽根なんだけど、傷だらけだったの」
「えっ?」
「傷だらけで、雨に打たれっぱなしだし、見ていると心が痛くて……」
「うんうん」
「声をかけても返事をしてくれなくって、ますます切なくなっちゃって、それでね……」
「うん」
「それで……えっと、お姉ちゃん怒らないでね?」
「へ? 何を?」
「あのね、その男の子のこと……後ろからそっと抱きしめてみたの」
「あぁ、なんだ、そんなことで私は……って、えぇーっ?」
「うぅ、やっぱりやっちゃいけなかった?」
少女は姉の驚きの声に少し不安を抱きました。姉の方は単純に大胆な行動に驚いただけなんですけどね。
なので、落ち着いて考えればそれが全く他意のない行為であることは姉にはすぐに分かりました。
「あ、ごめんごめん。ちょっとビックリしちゃったけど、別に怒ったりはしないよ。
そういう状況なら私もそうしたかも知れないし」
「え、お姉ちゃんも?」
「うん。だって、そういうのを見たら優しく包んであげたいってなるのは分かるし」
「あ、それで私はあんな行動に出たのかな……」
「あれ、何でそうしたか分からないの?」
「うん。何で私はこんな事してるのかな〜って思ってた」
「あはは」
「でも、そうしたら一応口は開いてくれたの」
「へぇ〜」
「冷たかったけど」
「あらら」
「あ、でもね、帰る時に優しいんだねって言われてビックリした」
「へぇ〜、良かったね」
「優しいかな、私?」
「優しいよ〜」
「まぁ、それはいいとして」
「流された!?」
「口を開いてくれたのはいいんだけど、あんまりちゃんとした会話にならなかったの。
それで、思い切って背中の羽根のことを聴いてみたら、何か驚いたみたいで」
「ふむふむ」
「私が見たって事を知ったら、また黙り込んじゃったの」
「ふーむ……」
「で、しばらくそのまま2人とも黙ってたんだけど、私くしゃみしちゃって」
「あら」
「そしたら風邪ひくし時間遅いから帰ればって言われて、あんまり遅くなるのもなって思って帰ってきたの」
「そっかぁ……」
「でも、誰だったのかなぁ、あの子……」
そこまで聴くと姉は少し考え込みました。天使の羽根というアイテムがあることは知っていましたが、
少女の話を聴く限りはそれではないようです。というより、それなら見えたり見えなかったりと言うことに説明が付きません。
となると一体どういう事なのでしょうか? 悩んでも仕方ないなと思い、
とりあえずは少女へかける言葉を考えました。
「うーん、誰だったんだろうね……」
「うーん……あ、なんか雨の日ならいるって言ってたかも」
「そうなんだ。じゃあまた雨の日に会いに行くの?」
「どうしようかな。気にはなるんだけど……」
「行った方がいいんじゃないかな。雨の日ならいるってわざわざ教えてくれたんだし」
「でも、その子が言ったかどうか分からないよ?」
「他に誰かいたの?」
「ううん、誰も」
「だったらきっとその子だよ」
「でも、空耳って事もあるし」
「もし空耳だったなら、それはアヤがまた会いたいって思ってるってことなんじゃないかな?」
「そっか……じゃ、次の雨の日は帰り遅くなっても良いの?」
「あんまり遅くなったらダメだけど、今日ぐらいまでならいいんじゃないかな」
「わかった。お姉ちゃん、ありがとね」
「あはは、お礼なんて良いよ。暇な時ならいつでも話聴いてあげるからね」
「うん。それじゃ、そろそろ寝るね」
「そだね。寝坊しないようにね」
「はーい。それじゃ、おやすみなさーい」
「おやすみー」
そういって少女が部屋から出た後、姉は先程の天使の話が気になったのか、
自室のパソコンをインターネットに繋いで少し調べてみました。
ですが、それっぽい話は見つからなかったため、それ以上追求することはやめて
その日は寝ることにしました。
次の雨の日、少女が学校の帰り道の途中にある草原に目を凝らすと、
この前見た時と全く同じ姿で立っている男の子の姿がありました。
「来たんだ」
「うん」
「何で?」
「気になったから」
「変な人」
「そうだよ」
「認めてるし」
「本当だもん」
近寄った少女に、今日は男の子の方が話しかけました。
この前はきっかけがない限り話してこなかったので、少女にとっては少し驚きでした。
「名前は、まだ教えてくれないのかな?」
「気分次第」
「そっか……」
この前と同じように素っ気なく返されて、少女は少々気落ちしましたがめげずに話しかけました。
「ねぇ、傘ささないの?」
「いいの」
「入れてあげよっか?」
「いらない」
「そう」
男の子がいいって言うならいっか、と少女は思い、それ以上気にしないことにしました。
「あ、そうだ。風邪は引かなかった?」
「大丈夫だよ。お姉ちゃんは?」
「私も大丈夫だったよ」
「くしゃみしてたじゃん」
「帰ってすぐにシャワー浴びたもん、熱いの」
「そっか」
そっけないけれど、さりげなく気にしてくれたりと、
冷たい感じもするけどやっぱりいい子なんじゃないかなと、
少女はそういう印象を男の子に持ち始めました。
その後、何となく会話が途切れたので
少女は男の子の容姿を少し観察してみました。
身長は少女の肩くらいでショートの髪に整った顔立ち、
服装はこの前と同じTシャツとズボンで、結構センスの良い物でした。
足は裸足でしたが違和感はなく、幼いながらもどこかしら高貴で儚げな印象を少女は持ちました。
途切れた会話が戻ることはなく、
言葉のない時間が経過し、そのまま少女が帰る時間になりました。
「えっと、そろそろ時間だから帰るね」
「うん」
「また来るよ」
「ご自由に」
「もぅ、冷たいわね」
「僕が決める事じゃないし」
「そうだけど……」
「ばいばい」
「あ、それじゃ、ね」
そう言って少女は帰ろうとしました。すると……
「僕の名前は、テルだよ」
「えっ?」
この前と同じように、後ろからそんなことを言われました。
そして少女が振り返ってみると、やはりそこには誰も居ないのでした。
「テル君、か……」
少女はそう呟きながら、暗くなりかけている中家路を急ぐのでした。
「やっぱさぁ、ウザいよな、もっと子供らしくしろとか」
「そうよねー、そのくせ何かあるとすぐにもう高学年なんだからとか」
「ね、アヤはどう思う?」
学校での少女は、明るく親しみやすいけど不思議ちゃんというイメージで通っています。
「うーん、子供らしいって何だろうね」
「そうだろ? 授業では現実はこうだとか言いながら冷めたことを言うとすぐに子供らしくしろとか」
実は意外と鋭いことを言ったりもするのですが、結構ずれた発言とかも多いので、
不思議ちゃんのイメージが変わることはありません。
なのでこういう大人数での話の場合、少女は聞き手に回るようにしています。
「そういえばさ、この前の将来の夢の作文って、みんな何書いた?」
「俺はサッカー選手になりたいって書いた」
「で、なんて返ってきた?」
「部活をもっと頑張れって」
「普通だねー。アンタは?」
「私はお花やさん。女の子らしくて良いですねって」
「意外と普通なの多いの? 私は歌手になりたいって書いたら現実を見ろって」
「うわ、ひどっ」
「でしょ。夢見たって良いじゃない、ねぇ」
「アヤじゃないんだから、現実を見ろはないよなー」
「むーっ、それどういう事かなぁ?」
自分の名前を不名誉な形で出された少女は、思わず口を出してしまいました。
「じゃあアヤはどうだったの?」
「あ、えっとね、もっとココロを大事にする世の中にしたいって書いたら、
素晴らしい考えではあるけどもっと現実を見なさいって書かれた」
(さ、さすがアヤだ……)
その場にいた残りの全員はそう思いました。
「アヤ、悪いけど俺でもそう書くわ」
「私も」
一緒に話していた他の人も無言で頷きました。
「えーっ、だって、この前も小学生の自殺とかあったし、
ネット見てるとひどい話とかも沢山あるし、
どうにかしたいって思ってもいいと思うでしょ?」
「それはそうだけど、具体的にどうやって?」
「それはこれから考えるって書いたの」
「ま、現実は厳しいからなー、夢見てるだけって思われても仕方ないさ」
「やっぱアヤだよなー」
「そうよねー」
「うーっ、何でそんなこと言うかなぁ……」
このように、他の人が思いも寄らない事を言ったりするので、
少女の話をまともに聴く人はあまりいませんでした。
「でも、現実は厳しいって何もしなかったらひどいまんまだと思うんだけど……わっ」
「キモいんだよ、夢見がちなことばかり言って」
「こらー、アヤをいじめるなー。今時夢見がちなこと言えるなんてある意味貴重でしょうが」
それに、最近は小学生にまでニヒリズム(冷笑主義)が浸透しています。
なので少女がこんな話をしていると、たまに紙くずが飛んでくることもあるのです。
幸い少女の親しみやすさから友人が多いため、そんなひどい目に遭うことはないのですが。
「お姉ちゃんは応援してくれるんだけどなー」
「アヤの姉貴って、あのキモイ奴だろ?」
「キモイとか言うなー」
「頭おかしいよな、あんなヒラヒラな格好しているなんて」
「そんなことないもん。可愛いでしょ」
「可愛いのは可愛いけど……一緒に歩きたくはないかも」
「えーっ」
「だって、コスプレだもんねぇ」
「コスプレじゃないよー」
ただ、いつもこんな感じなので少女からすれば複雑な心境だったりはするのですけどね。
「ロリータは乙女のファッションだってお姉ちゃん言ってたもん」
「え、お前の姉貴ってロリコン?」
「ちがーうっ」
少女の抗議に全員が爆笑しました。とまぁ、少女の学校生活はいつもこのような感じなのです。
「うーっ、私も着てみたいとか思ってるのに……」
「マジで?」
「テル君」
「あ、お姉ちゃん」
あれから平日に雨が降るたびに、少女は男の子と会っていました。
男の子はいつも同じ格好でそこに立っていました。
最初の頃はお互い無言になってしまうことも多かったのですが、
少女が姉に相談したところ、「だったらとりあえずアヤから色々話してみたら?」とのアドバイスをもらったので、
それ以後は少女が色々話して男の子が聴くみたいな形になっています。
男の子の返答は相変わらずなのですが、それでも少しずつ仲良くなっていってると少女は思っています。
ただ、最初に会った時に見た天使の羽根は、それ以後しばらく見ることはありませんでした。
「でね、そう訊かれたから……」
今日は、この前の学校の話をしているようです。
夢の話や姉の話に級友の反応などを一通り少女が話すと、
男の子は口を開きました。
「僕は、お姉ちゃんの夢、いいなって思う」
「え、ほんと?」
「だって、そうなったらもっといい世の中になると思うし」
「うん」
「必要なことだと思う。何もしないとひどいままっていうのもそうだし」
「だよね。嬉しいな、実際に会う人で分かってくれたの、テル君が2人目だよ」
「1人目は?」
「え? だから、私のお姉ちゃん」
「実際に会う人でって?」
「あ、私ね、インターネットで心理系の所行ってるから。相談乗ったりもするし、普通に書き込みもしてるの」
「危なくないの?」
「私の行ってるところは、管理人さんがしっかりしてるし、雰囲気もいい感じだから大丈夫。お姉ちゃんもいるし」
「ふーん」
「相談に乗ってお礼言われると、私でも力になれることがあるんだなーって。あ、それで、そこの人達は私の夢を分かってくれたの」
「そりゃそうじゃん。分かってくれるも何もそういう人達には切実な問題だし」
「あ、そっか。言われてみればそうだね」
「でも、お姉ちゃんって、凄い、変な人なんだね」
「それ、褒めてるの?」
「褒めてる。変な人だけど凄い人って意味だから」
「微妙だなー。でも、ありがと」
「なかなかそういう事が出来たりそういう考えが出来たりする人って、いないから」
「うーん、そうなのかな。私のお姉ちゃんは同じ事してるし」
「それはお姉ちゃんのお姉さんも凄い人だから」
「そうなんだ。まぁ、私のお姉ちゃんだしねー」
「いいお姉さんを持ってるんだ」
「うん。自慢のお姉ちゃんだよ」
「あんな事言われても?」
「私がそう思ってるんだからいいの」
「そういえば、ロリータってどんな服?」
「えっとねー、フリルとかギャザーとかって分かる?」
「何となく」
「そういうのとか、後レースも入ってたりしてすっごく可愛い服だよ。
お人形さんが着てたりメルヘンの女の子が着てそうな感じ」
「ふーん」
「変かな?」
「別にいいと思う。お姉ちゃんは可愛いって思うんでしょ」
「うん」
「だったら、それでいいんじゃないかな」
「そうだね」
話はそこで一度途切れました。
ただ、珍しく男の子が考えるような仕草を取っているため、少女は少し待ってみました。
「お姉ちゃん」
「何かな?」
「分かったことがあるよ」
「はぇ?」
「お姉ちゃんが、いつも泣いてる理由」
「え、私泣いてなんかいないよ」
「うん、いつも笑顔だから」
「でしょ。泣いてるわけ……」
「いつも笑顔で、心で泣いてた」
「えーっ、そんなことないよー」
「僕には分かるから」
「どうして?」
「分かるの」
「うーっ」
少女はうなりますが、男の子は構わず続けました。
「お姉ちゃんは優しくて純粋だから、
否定されたりして辛くても笑顔でごまかして、
でも未来を思うと悲しくて心では泣いてたんだよ」
「えー、純粋じゃないよ」
「僕が言うから間違いないの」
「むぅ」
そんなこと無いのにと内心思いつつ、
この言い方した時の男の子には何を言っても無駄な事をこれまでの経験で分かっているので、
少女は仕方なく続きを聞きました。
「それなのに僕にまで優しくするし。
分かっちゃうだけに僕も辛いよ。
何でお姉ちゃんは、そんなに頑張るの?」
「だって」
少女はいつもよりも少し暗めなトーンで返しました。
「辛そうなのは放っておけないし、気を遣わせるのは辛いんだもん。
それに泣いてる姿とか、つけ込んでくる人もいるし」
「で、帰りはいつも泣いてるんだ」
「うん……ばれてたんだね」
「ばれてたよ」
「いつから?」
「最初から。理由はようやく分かったけど」
「そっか……。まぁ、テル君だもんね」
「僕だからね」
「テル君も似たようなものだしね」
「僕はそんなこと……」
「お姉ちゃんを甘く見てないかな?」
「う……」
いつも男の子にされているように、少女は有無を言わさぬ気迫で男の子の二の句を封じました。
「理由までは知らないけど、話す時の距離の取り方とかである程度分かっちゃうもん。
強がっているようで、実は優しくていっぱい傷ついてて、
でもそれを悟らせないように頑張って。同じじゃない」
「そんなこと……」
「あるの」
「うーっ……」
お互い少し睨み合い、しかしすぐにその表情を崩しました。
「お互い様かぁ」
「そだね」
「仕方ないから、我慢するのやめちゃおっか」
「お姉ちゃんがそうするなら」
「あー、私は家にお姉ちゃんがいるからここじゃなくても良いんだけどなー」
「でも、辛いでしょ」
「そうだけど、テル君人のこと言えない」
「まぁ、そうだけど」
「というか私より大変でしょ」
「そんなこと……」
「んっ?」
ないと言おうとした男の子を、少女はじとっとした視線で見つめました。
「……あるね」
「あ、認めた」
「お姉ちゃんのいじわる」
「だって強情なんだもん。いいじゃない、お互い様同士なんだしさ」
「なんかそれ、変」
「気にしないの。とにかく、泣いちゃおっか」
「そうする」
そう言うと、2人とももっと表情を崩して、そして涙を流し始めました。
少しの間黙って涙を流し続けて、そしてそのまま再び話し始めました。
「雨、好きなの?」
「こうやって、雨に打たれていると、汚れたものを洗い流してくれる気がするから」
「じゃあ、初めて会った日は迷惑だったかな、雨避けになっちゃったし」
「大丈夫だよ。お姉ちゃん、温かかったから」
「そっか」
「僕、お姉ちゃんの夢、好きだよ」
「ありがと」
「でも、そっか。お姉さんのおかげなんだ」
「へ、何が?」
「お姉ちゃんが頑張っていられる理由」
「そうかもね。私のお姉ちゃん、そういうの見抜いちゃうんだもん」
その後もぽつぽつと話しながらひとしきり泣いていると、少女が帰る時間になりました。
「それじゃあ、帰るね」
「うん」
「今日はありがと」
「僕の方こそ」
「じゃあね」
「ばいばい」
そう言って少女が帰り出すと、いつも背中から一言がかかります。
そして今日の一言は
「理由は、お姉ちゃんと同じだよ」
でした。
「ただいまー」
「おかえり……大丈夫?」
「え、何が?」
帰ってきた少女がいつもと様子が違うことを、少女の姉は見逃しませんでした。
「目の周りが真っ赤だもん。何かあったの?」
「ん、大丈夫だよ」
「気になるなぁ。ま、とりあえずシャワー浴びておいで。後で私の部屋ね」
「うん、分かった」
そんなやりとりを交わした後、少女の後ろ姿を見送りながら姉は考えました。
(でも、いつもほど無理してる感じもなかったし、何があったのかな?)
気にはなりましたが、まぁ考えてても仕方ないかと思い直して、
少女の姉はとりあえず自分の部屋に戻って用事を片付けることにしました。
その日の夜、いつものように自分の用事を済ませてから、
少女は姉の部屋へ行きました。
少女はその日あったいろんな事を姉に話しました。
「あー、それで目の回り真っ赤だったんだ」
「うん」
「そっか。結構鋭いね、その子」
「そうだね。ビックリしたもん」
「でも、どうりでいつもほど辛そうじゃなかったわけだ」
「え、そうかな?」
「うん。いつもはもっと無理して頑張ってる感じだったから」
「そうなんだ。あ、帰りにね、理由は私と一緒って言ってた」
「へぇ〜」
「どういう事なんだろうね?」
「それは、あれでしょ。その子もアヤと同じ夢を持っているのかもね」
「あ〜、そうなのかな」
「その子じゃないから分からないけどね。そんな気がするよ」
「ふーん」
「あ、もうこんな時間だ。そろそろ寝ないと」
「ほんとだ。じゃあ、もう寝るね」
「うん。おやすみー」
「おやすみー。お姉ちゃん、いつもありがとね。大好きだよ」
「私も大好きだよー」
そう言って少女が部屋を出た後、少女の姉は寝る前にすこしだけネットを繋ぎました。
いつものように軽くいろいろ回りながら、
(そう言えば、アヤの話す男の子ってアヤと結構似ているかも……)
なんて考えつつ、一通り見終わったので回線を閉じて布団に入りました。
「あ、お姉ちゃん」
「テル君こんにちはー、今日は寒いね」
「風強いからね」
次の雨の日は、その季節にしては気温も低く、風も強いため肌寒い日でした。
その日も少女はいろんな話をしました。
一通り少女の話が終わると、男の子が口を開きました。
「僕ね、お姉ちゃんと同じ夢を持ってるんだ」
「えっ?」
「僕も、もっとココロを大事にする世の中になって欲しいと思ってて、
でも、現実は厳しいから、無理なのかなって思ってた。
だけど、お姉ちゃんはそれでもまだそうしたいって思ってるし、
お姉ちゃんを見てると、まだ未来を信じてもいいのかなって」
「そっかぁ……。私ね、誰か1人でも夢や希望を持っていたら、
未来は信じてみても良いって思うの。
冷たい世の中に、それが現実だからって諦めたりする人も多いけど、
夢を持ち続ける人がいるなら、可能性だって消えないもの」
「ふーん。お姉ちゃんって、やっぱり凄いね」
「そうかな?」
「未来は、信じてるでしょ」
「もちろん。自分の夢は信じないと、ね」
「そうだね。あ、もう時間だよ」
「そっか、じゃあ帰らなきゃだね」
「うん、それじゃ、ばいばい」
「またね」
そして、いつものように一言を背中に受けてから、少女は家に帰りました。
(そういえば、テル君が自分のことを話したのって珍しいな)
そしてその道中、彼女はそんなことを考えていたのでした。
「ミク、早くー」
「あ、ナミちゃんちょっと待って」
その次の休日、少女の姉は友人と一緒にお買い物に行きました。
「それじゃ、行ってくるね」
「いってらっしゃーい」
少女は姉を見送った後、趣味のお裁縫をしばらく嗜んで、
ここは後でお姉ちゃんに訊かないといけないな、などと思いつつ、
キリのいいところで一旦止めてネットを繋ぎました。
「え……何これ……」
メールを見た少女は、思わずそう呟きました。
普段と比べて妙に沢山来ているメールの大半は、
この前心理系サイトに書き込みした内容に対する、
少女が知らない人達からの、ここには書けないような暴言でした。
最近メディアが自殺特集を組んだ影響か、
少女がよく行く心理系サイトも訪問者が増えていたのですが、
管理人の人に削除される書き込みも増えていました。
他にもそういうメールが送られてきた人がいたらしく、
そういうメールは無視するようにの注意書きを管理人の人がしていたため、
少女は返信こそしませんでしたが、その余りのひどさに落ち込んでしまいました
(中には彼女には意味が分からない類の暴言もあったのですが)。
(この人達は、どんな未来を見ているんだろう……)
そんなことを思いつつ、あちこちのサイトを回ったりしたのですが、
少女の心はなかなか晴れませんでした。
「ただいまー」
「あ、おかえりー」
姉の帰宅を、少女は平静を装って迎えたつもりでした。
ですがそこは少女の姉です。
(また随分無理して……なにがあったのかしら?)
少女が落ち込んでいることにすぐ気が付きました。
ひとまず夕食とお風呂を済ませた後、少女の事が気になったので
姉は自分から少女の部屋に行くことにしました。
「アヤ、入るよ」
「あ、お姉ちゃん」
姉が入った時、少女はTVゲームをしていました。
「お姉ちゃんが私の部屋に来るのって珍しいね」
「そういえばそうだね」
「で、どうしたの?」
「うん。何があったのかなーって」
「あー……えっと、ね、ちょっと待ってね、キリのいいところで止めるから」
そう言って少女は少しゲームを進めてからそれを止めました。
「えっとね、いつも行ってるとこあるでしょ、心理系の」
「うん」
「そこの書き込みにね、ひどいメールが沢山来てたから、ちょっと落ち込んじゃった」
「え、アヤにも来たの?」
「お姉ちゃんも?」
「うん、来てた。ひどいというか変なのが」
「私とお姉ちゃんって同じようなこと書くもんね、来ててもおかしくないか」
「あ、ごめん、よく考えていればアヤにも来るの予想付くのに気付かなくて」
「ううん、お姉ちゃんは悪くないもん」
「それは、そうかもしれないけど」
「それでね、この人達はどんな未来を見ているのかなとか考えたら悲しくなっちゃって」
「そっかぁ。まぁ、あまり気にしても仕方ないんだけどね」
「それはそうだけどぉ」
「アヤってば優しいんだから。あのね、気にしないというか、
そういう人達も夢とか見られるようにすれば、
その人達も違う未来が見られるようになるでしょ」
「あ、そっか……そうだね」
「そうだよ。だからあまり気にしなくても大丈夫」
「うん、わかった。それで、お姉ちゃん」
「ん? なにかな?」
「その……また、甘えちゃっていい?」
「いいよ。いくらでも甘えて」
「ありがと……」
そう言うと少女は姉の方に寄り、姉は少女を優しく抱きしめました。
「あぅ、おねぇ、ちゃぁん……」
少女は姉の胸の中で静かに泣いて、姉は少女の頭を優しく撫でてあげるのでした。
「落ち着いた?」
「うん。お姉ちゃんありがと」
ひとしきり泣いて、少女は姉の腕の中で顔を上げました。
「お姉ちゃんがお姉ちゃんで良かったなー」
「あはは、私もアヤが妹で良かったって思うよ」
「あ、そうだ。お裁縫で教えて欲しいこともあったんだ」
「うーん、それは今度にしよっか。今日はもう遅いし」
「わかったー」
「あ、そうだ。久しぶりに一緒に寝る?」
「うん」
「やったー。それじゃ、枕を持って私の部屋に行くよ」
「はーい」
姉の部屋に移動した姉妹は、ベットの中で少しだけお話をしました。
そして、まもなく夢の世界に旅立っていった少女に、姉は静かに声をかけました。
「アヤ……いつでも頼って良いからね。
アヤの夢が私の夢だから、
アヤが夢を見続けているから私も頑張れるんだよ。
何かあったら、お姉ちゃんが守ってあげるから、
できればずっと、優しくて純粋なアヤで居続けて欲しいな。
アヤ、大好きだよ……」
そう言って、姉は少女をそっと抱き寄せ、そのまま静かに寝息を立てるのでした。
「でね、朝起きたらお姉ちゃんに抱き寄せられてたの。
ちょっとビックリしたけど、結構嬉しかったな〜」
「ふーん」
次の雨の日、少女はいつものようにいろんな事を話しました。
一通り話が終わると男の子が話し出すのも、最近では当たり前になっていました。
「お姉ちゃん、僕のこと、知りたい?」
「え?」
突然、男の子がそう言ったので少女は驚きました。
「お姉ちゃんなら、多分、話しても大丈夫と思うから。嫌なら、いいけど」
「そんなことないよ。話してくれるなら教えてくれると嬉しいな」
「じゃあ話すよ。もしショックだったらごめんね」
「え……」
男の子はそう言うと、いつになく真剣な表情で話し始めました。
「初めて会った時のこと、覚えてる?」
「うん」
「背中の羽根のことも?」
「もちろん、覚えてるよ」
「あれ、本物なんだ」
「そうなんだ」
「驚かないの?」
「そんな気はしてたから」
「じゃあ、僕が天使なのも?」
「うん、そんな気はしてたよ」
「そっか。僕ね、正しく言うと修行中の天使なんだ。
天使の修行にもいろいろあって、僕の修行は地上に降りて人間の世界を見てくることだったんだ。
ただの修行じゃなくて、神様に地上の様子を伝える大事な役割もあるんだけど。
僕はね、人間って素敵な生き物って思ってた。だから、冷たい人とかが多くて凄くショックだった。
天使の羽根って、ココロが傷つくと一緒に傷ついてしまうんだ。
だから、ショックが大きかった僕は羽根もボロボロになって、空に帰れなくなっちゃったんだ」
「そうだったんだ……」
「一緒に修行に来たみんなは、もっとひどい目にあって死んじゃった子もいるし、
飛べなくなる前に戻った子もいるんだけど、僕はこんなはずはないって思って頑張ってたら、
ここまでボロボロになっちゃった」
そう語る少年の背中には、久しぶりに天使の羽根が生えていました。
「正直、もうダメかなって思ってた。空に戻れない天使は長くは生きられないし。
でも、そんなときにお姉ちゃんに会えたから」
「私に?」
「うん。お姉ちゃんは優しくて純粋で、素敵な人だったから。
人間にもまだいい人もいるし、未来にも希望があるって信じられるようになったら、
羽根もこれ以上は傷つかなくなったんだ」
「そうなんだ。テル君の役に立てたなら嬉しいよ」
「ただね、お姉ちゃんに会えてココロは元気になったんだけど、
羽根の傷はそれじゃ治らないんだ」
「え、それじゃ帰れないんじゃ……」
「それも、治す方法はあるんだ。ただ、僕1人じゃ無理だけど」
「そっかぁ。で、治す見込みはあるの?」
「うん。お姉ちゃんがいれば」
「えっ、私?」
「うん。僕達天使の羽根はね、自分が信じてお願いした人にココロを込めて羽根を作ってもらって、
それを半透明な状態の自分の羽根と重ねて、
作ってもらった羽根からココロを受け取ると治るんだ」
「へぇ〜」
「でも、もし作った羽根に邪な考えが込められていると堕天使になっちゃうこともあるし、
自分のココロと羽根のココロに反発要素があると死んじゃうこともあるんだ」
「えぇっ」
「だから、作ってもらう人はちゃんと選ばないといけないし、
選んだ人を信じてないと治らないんだ」
「そうなんだ。でも、それを私が作るって事でしょ? 私で大丈夫なの?」
「うん。お姉ちゃんなら絶対に大丈夫。
お姉ちゃんならそんなことはしないし、僕も信じられるから」
「そっか……そこまで言うなら作ってみるよ。
あ、形とかは別にその通りじゃなくても良いの?」
「うん。ココロを込めて、お姉ちゃんが思う天使の羽根を作れば大丈夫だよ」
「わかった。じゃあ頑張って作ってみるね。でも、
完成したらテル君帰っちゃうんだよね。ちょっと寂しいかも……」
「それは仕方ないよ、ずっといると僕死んじゃうし」
「そっか、仕方ないよね」
「心配しなくても、帰れたら時々夢の中に遊びに行くから」
「そんなことできるんだ」
「だって、天使だから」
「そっかぁ。じゃあ、頑張って作るね……って、私作り方知らないや……」
「別に心がこもっていれば形とかは問題ないよ」
「そうかも知れないけど、作るからにはちゃんとしたのを作りたいし……あ、
お姉ちゃんなら作り方知ってるかも」
「お姉ちゃんのお姉さん?」
「うん。お裁縫すっごく上手だし、服とかも作ってるから」
「そっか。完成したら教えて、僕も準備があるから」
「うん、そうするね」
「あ、ちょっと遅くなっちゃった。大丈夫?」
「結構話してたもんね。多分大丈夫だよ」
「そっか。それじゃ、ばいばい」
「またねー」
時間が遅いと言うことで小走りで帰っていく少女の背中に、
少年は「ありがとう」とだけ声をかけてその姿を消しました。
家に帰った少女は、シャワーと夕食を済ませた後、姉の部屋へ向かいました。
「お姉ちゃん、天使の羽根って作ったことある?」
「天使の羽根?」
「うん」
「うーん、天使の羽根はないよ。難しそうだし……」
「そっかぁ……」
「作りたいの?」
「うん」
「じゃあ、調べておくね」
「ありがとー」
「でも、どうして突然天使の羽根?」
「それがね……」
少女は男の子のために天使の羽根を作らないといけないことを説明しました。
「そっかぁ。そういうことならちゃんとしたのを作らないとね」
「でしょ?」
「あ、ひょっとしたら私の持ってる本にあるかも」
「え、ほんと?」
「分かんないけど、探すの手伝ってくれる?」
「うん」
そう言って姉妹は本棚のファッション誌やソーイング本を片っ端から調べましたが、
天使の羽根自体は載っていたものの作り方まで書いてあるものはありませんでした。
「なかったねー」
「うん」
「まぁ、調べておくから安心して」
「うん、お願いね」
「それじゃ、そろそろ寝ないと時間遅いよ?」
「そうだね。じゃあ、おやすみなさーい」
「おやすみー」
少女が部屋を出た後、姉はネットで天使の羽根の作り方を検索してみました。
ですが、出てこなかったのでソーイング仲間の掲示板に天使の羽根の作り方を尋ねておくことにしました。
その書き込みは功を奏し、知り合いから作り方を教えてもらえた少女の姉は、
まず自分で一度作ってみてから少女に作り方を教えることにしたのでした。
それからというもの、少女は時間がある時はいつも天使の羽根を作っていました。
元々お裁縫が上手で普段から少女に教えている上に
少女に教えるためにわざわざ自分でも作ってみた姉の教えは分かりやすく、
いろいろと難しい部分はあったものの比較的良いペースで作業は進んでゆきました。
少女はココロを込めるため、教えてもらう時以外はずっと1人で作業をしていました。
ただひたすら男の子のためにと天使の羽根を作る彼女は、
初めて他人のためにお裁縫をしているということもあってか
今まで趣味でお裁縫をやっていた時とは比べ物にならない集中力を発揮していました。
その集中力たるや、大好きな姉がご飯に呼びに来ても
勝手に扉を開けられるまで気付かないくらい凄いものでした。
少女は男の子のためと言うこともあって、これでもかと言うくらい慎重に作業を進めました。
それでもペースが落ちることはなく、学校との兼ね合いで取れる時間が少ない事もあって日数こそかかりましたが、
その分出来上がりは素晴らしい物となりました。
「お姉ちゃん、出来たよー」
「おーっ、どれどれ……わ、すごーい。ものすごく綺麗だよー」
「えへへ」
「これならその男の子も喜ぶよ、きっと」
「お姉ちゃんが教えてくれたからだよ」
「何言ってるの、アヤが気持ち込めて作ったからこれだけ良いものが出来たんだよ。
はっきり言って、私が作ったのより綺麗だし」
「それはお姉ちゃんは作り方だけ見て初めて作ったからでしょ。
私のは作り方だけじゃなくてお姉ちゃんの教えもあったもん」
「でも、アヤだって作るの初めてだったじゃない。やっぱり気持ちこもってる分だって」
「そうなのかな」
「そうだって」
謙遜しながらも、しかし姉にここまで褒めてもらってまんざらでもない様子の少女は、
姉からのお墨付きも出たその天使の羽根を大事にしまっておきました。
羽根作りを初めてからも雨の日には少女は男の子に会っていました。
少女が色々話してから会話になると言うパターンは相変わらずでしたが、
最近はその話題に羽根作りのことも加わっていました。
羽根が完成してから最初の雨の日、いつものように少女がいろんな話をして、
2人での会話になって、そして羽根の話題になりました。
「そうそう、羽根出来たよ」
「出来たんだ」
「うん、自信作だよ」
「へぇ〜」
「見たらビックリするよぉ〜」
「そうなんだ。楽しみにしておくね」
「うん」
「じゃあ、次の雨の日?」
「そうだね、準備して待ってる」
「帰っちゃうんだねー」
「時々会いに行くよ」
「うん。あ、もし駄目だったらごめんね……」
「お姉ちゃんが作ったなら大丈夫だよ」
「ありがと」
そしてまた少し会話をして、帰る時間になりました。
「あ、そろそろ時間だよ」
「そっかぁ。なんか時間が惜しいなぁ」
「仕方ないよ。僕も帰らなきゃだし」
「そうだよね。それじゃ、またね」
「うん、ばいばい」
お互い別れの挨拶を交わし、少女は家に向かって歩きます。
その背中に男の子は「お姉ちゃん、大好きだよ」とだけ呟いて、その姿を消しました。
そして、次の雨の日がやってきました。
「台風3号は現在――」
(困ったなぁ……)
その日は、季節外れの台風の接近で大荒れの天気でした。
土砂降りの雨はもちろん、風もとても強いため、傘はおそらく役に立たないでしょう。
学校はもちろん臨時休業となり、昼食が終わった後、
少女はニュースの台風情報を見たり、雨戸のない廊下の窓から外を眺めていました。
(あ、もうこんな時間なんだ)
ふと少女が時計を見ると、ちょうど学校が終わる時間でした。
(テル君、待っているのかな……)
少女は迷っていました。学校がお休みになるくらいひどい天気なのに、
外に出たりなんかしたら危険ですし、親にも怒られます。
それに、こんなにひどい天気ですから男の子もひょっとしたら来ていないかも知れません。
(でも、もし来ていたら……)
もし来ていたら、そして待っていたのに行かなかったら、
男の子は少女に対する信頼を失うかも知れません。
そうなったら、男の子は帰れなくなってしまいますし、
何より少女とも会ってくれなくなるかも知れません。
(よし)
少女は決心しました。
大事に包んだ天使の羽根を鞄にしまい、
クローゼットからレインコートを取り出して羽織ります。
誰かに見つかったら止められてしまうかも知れないので、
見つからないように玄関まで行き、長靴を履きました。
「ちょっと行ってきます」
「え、ちょっとアヤ、どこに行くの、やめなさい」
何も言わずに出ていくのはさすがに気が引けたのか、
出かける旨だけ伝えて少女は外に飛び出しました。
母親が止めるよう言いますが、今回は従うわけには行かないのでした。
少女の姉は、母親の大声を聞いてぞっとしました。
そして、同時に自分が重大なことを失念していたことに気付き後悔しました。
(台風って言っても、雨なことには変わりないじゃないのよ)
ですが少女が出かけてからそれに気付いても手遅れでした。
とりあえず階段を駆け下りて母親のいる居間へ向かいました。
「あ、ミク、大変、アヤが……」
「聞こえてたよ。行き先も予想付いてる。とりあえず電話使うよ」
「ええ」
少女の姉は早口でそういうと親友の家に電話をかけました。
距離的には彼女の家の方が草原には近いからです。
「もしもし」
「もしもし、私、真中と申しますが、小早川さんのお宅でしょうか?」
「はい……って、ミク? どうしたの?」
「あ、ナミちゃん? 大変、アヤが草原に行っちゃったの」
「こんな天気で? どうして?」
「事情は後で説明するわ。とりあえず、見つけたら一緒にいてあげて」
「連れ戻すんじゃなくて」
「この天気でわざわざ出てるのよ? 多分、聞かないわ」
「そう。ミクも来るの?」
「私が行かないわけないでしょ」
「そっか。じゃあ草原で合流する?」
「うん。急ぎだから、切るね」
「分かった。気をつけて」
電話を切った姉は急いで外に出ようとしますが、母親に呼び止められます。
「草原ってどういう事? というか、私が連れ戻してくるからミクは待って……」
「お母さんじゃ駄目なの。今回は事情が事情だから私が行かないと。
洗濯物、増えちゃうけど許してね」
「ちょっと」
「多分6時くらいになるからお風呂湧かしておいて。帰ったら先に入るから。
あと玄関にバスタオルと籠用意しておいて。それじゃ」
そう言うと紐で止めるタイプのサンダルを履いて少女の姉も外に飛び出しました。
(うーっ)
少女は外に出たものの、暴風雨を前になかなか草原にたどり着けないでいました。
(早くしないと、テル君待ってるかも知れないのに)
そうは思うもののこの天気ではどうしようもありません。
(とりあえず、少しでも進まなきゃ)
そう思い、少女が歩いていると前方から人影が迫ってきました。
「あ、アヤちゃんみーつけた」
「ナミお姉ちゃん? どうしてこんな所にいるんですか?」
「それはこっちのセリフよ。どうしたのよこんな所で、今日は台風なのに」
「どうしても、行かないといけないところがあるんです」
「そっか。じゃあ、一緒に行ってあげる」
「え、いいんですか?」
少女にとっては嬉しい申し出でした。
少女よりも背丈のあり、体力もあるだろう姉の友人がいれば
1人で歩くよりは速くたどり着けそうだからです。
「ただ、ちょっと待っててね、先に行くように言われたけど、やっぱり心配だから」
「え?」
姉の友人の言葉に疑問を感じつつ、1人で先に行くわけにも行かないので待っていると、
今度は後ろから人影が迫ってきました。
「って、お姉ちゃん、何してるの?」
「ミク、ひょっとしてそのまま出て来たわけ?」
「だって、この風じゃ傘さしても無駄だし、私はレインコート持ってないもの」
少女の姉は水色基調のロリータ服をずぶぬれにしながら歩いてきていたのです。
「私に任せれば良かったのに」
「そういうわけにもいかないでしょ」
「お姉ちゃん、ごめんね、勝手に出て来ちゃって」
「いいの。台風も雨と言えば雨って気付かなかった私もドジだし。
それより、あの子が待ってるんでしょ? 早く行かないと」
「うん。ありがとう」
「ねぇ、あの子って誰なの?」
草原へ向かいながら、姉妹は姉の友人に対していきさつを説明しました。
「その子、ほんとにいるの? こんな暴風雨でも」
「わかんないです。でも、もし待ってたら裏切ることになってしまいますから」
姉の友人はその男の子……いえ、天使自体にも疑いを持ちました。
ですが、姉妹が実際に行動を取っているのなら、あるいは本当なのかもとも思いました。
「着いたわよ」
「よく見えないね」
「うん。とりあえず行かなきゃ」
少女達は草原へと足を踏み入れました。
草原に入ると、心なしか雨風共に弱まったような感じを少女達は受けました。
そしていつも男の子がいる場所に近づいていくと、
そこには天使のような服装をした男の子の姿がありました。
「テル君」
「……来たの?」
男の子は少女の声に、少し驚きつつも答えました。
「だって、もし待ってたらどうしようって思って」
「無茶するね」
「これくらい、無茶じゃないよ」
「1人じゃないし」
「あ、お姉ちゃんと、そのお友達」
「1人じゃ無理だったんじゃん」
「うっ……そういうテル君だって、何で待ってるのよ」
「もし来てくれたらどうしようって思って」
「無茶してるじゃない」
「無茶じゃない」
「嘘。いつもは立ってるのに今日は座ってるじゃない」
「うっ……」
2人のやりとりを、姉とその友人は静かに見守りました。
「何だ、またお互い様なんじゃない」
「そだね……」
「優しいんだから」
「お姉ちゃんもね」
そう言うと、2人は見つめ合って、そして笑い出しました。
ひとしきり笑った後、また会話に戻りました。
「あ、勝手に他の人つれて来ちゃったけど、良いのかな」
「いいよ。悪い人じゃないんでしょ?」
「うん。紹介しても良い?」
「いいよ」
「お姉ちゃん、ナミお姉ちゃん、この子がテル君。私を待っていた子だよ」
「こんにちは、アヤの姉のミクだよ」
「私はミクの友人のナミね」
「こんにちは。ミクお姉さんはアヤお姉ちゃんから話は聞いてます。
無理させてしまってすみません」
「いいよ、固くならなくて。アヤと仲良くしてくれてありがとね。
あとね、私が好きでやってることだから無茶じゃないよ」
「でも、ずぶぬれじゃないですか」
「アヤのためならこれくらい平気なの」
「お姉ちゃんのお姉さん、ホントに凄いね」
「まぁ、私のお姉ちゃんだしね」
「まぁ、シスコン姉妹だしねー」
「へ?」
「ナミちゃん?」
「あ、なるほど」
「君、納得しない」
「あれ、テル君シスコンの意味知ってるの?」
「うん。シスコンの意味は……」
「わー君言っちゃダメー」
「いいじゃないミク、別に変な意味じゃないんだし」
「そうかなぁ?」
「あれ、シースルーコンセントじゃないんだ?」
「アヤちゃん、それはないと思うよ……」
「お姉ちゃん、本当にお姉さんに愛されてるんだね」
「えへへ」
会話に少女の姉とその友人が加わり、
いつの間にか4人での雑談となっていました。
「ロリータって、そういう服なんですね」
「うーん、ずぶぬれになっちゃったからなぁ。
本当はもっとふわふわしてて、スカートももっと膨らんでいるんだけど」
「でも十分可愛いですよ」
「ほんと? 嬉しいな、ありがとう」
「良かったわね、ミク」
「うん、まぁロリータって天使のイメージあるからねー」
「そうなんですか?」
「そうだよー」
「言われてみればそんな気もしますね」
と、会話を交わしているとあっという間に時間が過ぎていきました。
雨はいつの間にか小雨となり、風も心地よい程度に弱まっていました。
「さて、そろそろ帰らなきゃ」
「あ、そうだね……」
「羽根、持ってきた?」
「うん。自信作だよ」
「出して」
そう言われて、少女はナイロンで包んである羽根を取り出しました。
「凄い……これ、お姉ちゃんが作ったんだ」
「作り方はお姉ちゃんが教えてくれたんだけどね」
「でも作ったのはアヤだよ」
「ありがとう、こんなに綺麗なの作ってくれて」
「だって、テル君のためだもん。あ、ナイロン取らなきゃ」
「いいよ、そのままで。綺麗だから、濡らすの勿体ないし」
「でも、テル君の羽根でしょ?」
「僕が受け取るのはココロだけだよ。羽根自体は残るから。
お姉ちゃんのお姉さんがつけたら似合うんじゃないかな」
「そうなんだ。じゃあ、このままにするよ」
「うん」
「じゃあ、背中に当てて」
「こう?」
「うん。じゃあ、始めるよ?」
男の子は、半透明で傷だらけな天使の羽根を出しました。
そして、その羽根が少女の羽根と重なると、
その部分が輝いて傷がふさがっていったのです。
「すごい……」
「綺麗……」
少女の姉とその友人は、後ろからその様子を眺めながら思わずそう呟きました。
やがて輝きが消えると、男の子の背中の羽根は半透明なままながら傷一つ無い状態になっていました。
「もう、大丈夫だよ」
「これ、どうするの?」
「持って帰っていいよ。自分でつけてもいいし、お姉さんにあげてもいいし」
少女が羽根を片付けると、男の子は背中の羽根を実体化させました。
「ありがとう。お姉ちゃんのおかげで羽根も元通りになったよ」
「いいよ、お礼なんか。これで帰れるね」
「うん。本当に、会えてよかったよ」
「そうだね。私もテル君に会えてよかったよ」
そう言うと、2人はお互い見つめ合って笑いました。
「何か最後まで同じ事言ってるね」
「そうだね」
「また、会えるでしょ」
「うん、夢に出るよ」
「そっか、楽しみにしてるね」
「神様には、こんなに素敵な人達がいたって伝えるよ」
「えーっ、何か照れるよぉ」
「え、私達も?」
「はいるの?」
「もちろんです。お2人も、僅かな時間ですがお世話になりました」
「いいよ、お礼なんて。アヤがお世話になったんだし」
「私もそんなに言われるほどのことしてないよ」
「いえ、最後に希望を膨らませてくれたのはお2人ですから」
「そっか。そうなったなら嬉しいよ」
「私も嬉しいわ」
「それじゃ……あっ」
「きゃっ」
その時、突如として強い風が吹き抜け、少女の身体を持ち上げました。
「お姉ちゃん」
「アヤー」
「アヤちゃん」
舞い上がった少女の身体はゆっくりと地面へと落ちてゆき、そして……
「ふぅ、大丈夫?」
突然飛び出した影に受け止められました。
「……あれ、私、生きてる?」
思ったよりも柔らかい衝撃に少女が驚いていると、
少女を抱えた影はそのまま3人の所へと降りてゆきました。
「ごめんね、私がちょっと制御誤ったから……」
少女を降ろした影――女性天使はそう言いました。
「あの、あなたは……」
「私はラン。テルの監視役を命じられていたの」
「監視役?」
「そう、試験中の天使には監視役が付いて、行動を観察したりもし死んじゃった時は事後処理とかをするの。
自分の裁量である程度のサポート入れるのは許可されているから、
このあたりだけ天気マシにしてみたんだけど、
ちょっとドジ踏んじゃって隙間作っちゃったから風が集まっちゃったみたい、ごめんね」
「いえ、アヤを助けていただいて有り難うございます」
「気にしないで、私のミスで死なせちゃったなんて事になったら大変だもの。
それにしてもテル、いい人達に出逢えたわね」
「はい。これで神様にもいい報告が出来ます」
「そうね。彼女たちみたいな人がいるなら、人間もまだ捨てた物じゃないわ。
アヤちゃんって言ったわね。特にあなたには感謝するわ。
あなたがいなければテルも死んでいたし、
私達も人間を信用出来なくなっていたかもしれないから」
「そ、そんな。私はただ自分の気持ちに従っただけです」
「そんなこと無いわ。あなたがココロを大事にするということを貫いていたからこその結果だから」
「そうだとしても、それは私1人で出来た事じゃないです。
お姉ちゃんやテル君が支えてくれたから私もそれを貫けたんです」
「でも、アヤがそういう人だから私も支えてるし、私も頑張れるんだよ」
「僕もだよ、お姉ちゃん」
「あれ? 私は?」
「ナミお姉ちゃんは私のお姉ちゃんを支えてくれています」
「ふふっ、本当にいい人達ね。私も会えて良かったって思うわ」
女性天使はそう言うと男の子の横に立ち、そして少女達の方に向き直りました。
「そろそろ時間なので私達は戻ります。
天使の羽根をここまで復元出来る少女がいることは、きっと天界でも大きな話題となるでしょう。
私達天使は、皆様みたいな方を影ながら応援しています。
辛いこともあるかと思いますが、その時は私達の事を思い出してください。
皆様の夢が叶うよう、私達も願っています。
いずれ力尽きた時に私達が迎えに行けるように、
その夢を信じ続けてくださいね。
それでは、またお会いできることを祈って」
「アヤお姉ちゃん、ミクお姉さん、ナミお姉さん、
短い間本当にありがとうございました。
ミクお姉さん、ナミお姉さん、アヤお姉ちゃんの事、よろしくお願いします。
アヤお姉ちゃん、時々夢に遊びに行くから楽しみにしててね。
それじゃ、ばいばい」
「またねー。私、待ってるからー。絶対遊びに来てよー」
少女は空へ帰って行く天使に、そう叫びながらいつまでも手を振っていました。
「さぁ、帰ろっか」
「うん」
姉の声に少女が答えました。
少女達の帰り道は、周りは暴風雨なのにもかかわらず
まるで道のようにそこだけが穏やかな小雨となっていました。
「天使って、本当にいたのね」
「でしょ? だから言ったじゃん、妥協でいないなんて言ったら失礼だって」
「そうだね。やっぱりミクって凄いわ」
「私のお姉ちゃんですからねー」
「でも、その天使と仲良くなって、さらには羽根まで治せちゃうアヤはもっと凄いよ」
「あはは、そんなことないよー」
「ほんと、凄い姉妹と付き合ってるんだなぁ、私って」
「ナミちゃん、そんなことないよ」
「よく言うわよ」
「あはははは」
そんな会話を交えつつ、まずは姉の友人の家に着きました。
「それじゃ、またねー」
「ナミお姉ちゃん、ありがとうございました」
「あはは、私達の仲なんだから気にしないの。ミク、アヤちゃん、またねー」
姉の友人と別れた姉妹は自分達の家へと帰ります。
「でも、お姉ちゃんがロリ服ずぶぬれにしてまで来るとは思わなかったよ」
「何言ってるの、アヤのためならこれくらい平気だってば」
「ありがと。大好きだよ、お姉ちゃん」
「私もアヤの事、大好きだよ。そうだ、お風呂一緒に入る?」
「うん」
仲の良い会話をしつつ、家に着いた姉妹は少しだけ戸惑いました。
「お母さん、怒ってるかな……」
「私も怒られるかも……まぁ、どうにかしてみるよ」
そう言って2人は玄関をくぐります。
「「ただいまー」」
「おかえり。さっき女の人から電話があってね、2人は私達を助けるために家を出たので
どうか暖かく迎えてあげて下さいって言ってたの。
詳しい事は言えないって言ってたけど、何があったの?」
どうやら女性天使が連絡を入れていたようです。
2人は顔を見合わせて、そして口を揃えてこう言いました。
「「5人の秘密です」」
「っくしゅん!」
「お姉ちゃん、大丈夫」
思っていたよりずっとあっさり母親から解放された2人は
早速お風呂に入りました。
長時間雨の中、特に姉の方はずぶぬれのままでいたものですから、
ひょっとしたら風邪を引いてしまうかも知れません。
「んーっ、暖まるー」
「お姉ちゃんはずぶぬれだったからなおさらだね」
「ロリータ用のレインコートがあればいいのに」
「いっそ作っちゃう?」
「あ、その手があるね」
ほのぼのと会話を交わしつつ、姉妹は夕食までゆっくりと暖まりました。
その後の生活は、雨の日に少女が草原に寄らなくなった以外は特に変化はありませんでした。
姉妹はお互いが大好きで、姉の友人を含めた3人でも仲良しで、
少女は親しみやすい不思議ちゃんで、姉はロリータを着続けています。
あの日の思い出の天使の羽根は、少女の部屋に大切に飾ってあります。
少女は時々、男の子の夢を見るそうです。
少女はその夢を見るたび姉に報告し、
姉はいつもそれを優しく聴いています。
この物語はここまでです。
少女がこれからどんな道を歩むのか、少女の前にどんな未来が待っているのか、
それは、皆様のご想像にお任せする事にしましょう。
優しい世界を夢見る人に、世間は厳しいです。
大抵は現実はどうだとか言われ、それでも夢見ることをやめない人は
気持ち悪がられたり変な目で見られたりします。
夢見がちな人を愚かと笑うことは簡単です。
ですが忘れないで下さい。
それが未来への、大事な架け橋になっている事を……。