無常ヲ観ジテ以ッテ永遠ヲ探求セヨ













二日連続で降りしきる雨に、アリスはげんなりとした表情で空を眺めていた。

「は〜、今日も雨なんて……湿度が上がるじゃない」

深い魔法の森に住んでいるアリスにとってこの雨はつらいものだった。
森は日光をさえぎり、年中ひんやりとしているが、そのかわり湿度を逃がさない。
そのため、年中、この森は湿気が多い。
アリスは大切な人形が痛まないように、毎日手入れをしなければならない。
いそいそと、人形の手入れにかかろうと、部屋にこもろうとしたとき、家のドアがたたかれた。

『おーい』
「……正気?」

聞き覚えのある声に思わず、そうつぶやいた。
雨が降っている。土砂降りに近い雨だ。それでも来客など、気違いにもほどがある。

「……」
『おーい、聞こえてんだろ! アリスー』
「……」
『おーい、開けてくれー!!』
「……」
『…開けてくれないと撃つぞー』

馬鹿を言わないでくれ。そう思う。
彼女の放つ魔法はおそらく幻想郷最強にして最凶の代物だ。
曰く、放てば塵一つ残らないほどの破壊力があるらしい。博霊大結界もピンチな破壊力なのだ。

「あー! もう! 開けるわよ!! 開けるからそんな物騒なもの撃たないで!!」

アリスは叫びながら、玄関に向かった。
勢いよく扉を開けると、少し距離が離れた位置で魔理沙が発射体勢を整えていた。
冗談と思っていたことが目の前で現実に起きていた。

「……」
「……」
「……」
「よう」
「何しているの?」
「見て分からんか? ちと、撃とうと思ってな」
「そんなことされたら家が吹き飛ぶんだけど?」
「吹き飛ばそうと思ってたんだが?」

しれっ、と答える魔理沙にアリスは怒りと呆れをもってドアを閉じようとした。
しかし、かすかに残った理性がそれを食い止める。
もし、ここで閉めればまた魔理沙は無茶をするに違いない。
ドアが開かないからマスタースパークを撃つぐらいだ。下手をすればファイナルスパークまで持ち出しかねない。

「何か用」

辛うじて問いかける。

「飯を分けてもらいにな」
「……」

ここはレストランでもなければ食堂でもない! と怒鳴り散らしたい衝動を抑えて無言で招き入れる。
せめてもの抵抗といえば、黙っていることくらいか?

「おおぉ! 助かるぜ、アリス」
「半分は脅しでしょ?」
「まぁ、そういうな」

カラカラと笑って、魔理沙はアリスの開けたドアから中へ入っていった。
雨の中、わざわざアリス邸に訪れ、魔法を放つ体勢を雨のなかやったのだからずぶぬれの黒鼠…といった容貌になっていた。








「ふー、やっと飯にありつける」
「飢えているのね」
「うるせー」

魔理沙に手ぬぐいを渡すと、しぶしぶ料理を作り始めた。
大した物は出来ないが、それでもこの馬鹿には十分だろう、と思いながら作っていた。
これだけ、腹を減らしているのだ。少々、まずくともおいしいと感じるはずだ。

「なぁ、アリス。お前、最近人形に凝ってるのか?」
「ええ、曰く付の人形をね」
「ほー」

アリスがせっせと作っている中、魔理沙はアリスの棚を物色していた。
湿った帽子は隣の席に置き、乾かしていた。
同じように蒐集癖のある似たもの同士。気になるのは当然だろう。

「おっ、これはなんだ?」
「何よ」

アリスは台所から顔をのぞかせる。
魔理沙が手に持っていたものは青っぽい人形。

「それは料理する人形じゃなかったかしら?」
「そりゃ、すげー。くれないか?」
「あげないわよ。ちなみに、その人形は真夜中にしか料理を作らないわよ」
「…無駄だな」

そういって次のものに手を伸ばす。
次は全体的に緑色の人形。

「こいつは?」
「真夜中ににわとりの鳴き声をまねて、所持者を困らせる人形」
「…お前は起こされてんのか?」
「棚ごと封印してるから問題ないわ。料理をする人形も鶏声の人形もね」
「にしても、使えない代物ばかりだな。たとえば、魔砲を撃てる人形とか?」
「あんたみたいな莫迦がこれ以上増えると幻想郷がつぶれるわ」

魔理沙のような人間がたくさんいる。
気に食わなければ魔砲を放つ。いくら結界があってももたない気がする。
まぁ、あんな無茶苦茶な理論で放たれる魔砲などそうそう撃たれてたまるものか、というところだ。
ちなみに原理は魔理沙の体内に温存してある魔力を放つのがマスタースパーク。
体内に温存してある魔力と外部から変換した魔力を放出するのがファイナルスパークである。
後者のほうが断然、破壊力はある。そう回数は撃てないが、それでも十分だろう。
一発を耐えしのいだところで、かなりのダメージを負っているだろう。

「ところで、飯はまだか?」

我が物顔で質問してくる魔理沙に対してアリスは「あんたが呼ぶから作れてないわよ」とだけ返して台所に姿を消した。
まったくわがままな上に適当、最悪の性格だろう。性格だけならあの紅い悪魔ともいい勝負か?
そう思いながら、料理を皿に盛り付ける。
質より量の魔理沙にそれほど手間を掛けた料理など出すつもりは無い。

「はい、これでいいでしょ?」
「おお! 久しぶりの飯だ!!」

といってがっつく魔理沙をアリスは正面に座ってみていた。
どれだけ気に食わない相手とはいえ、自分の料理をこれほどの勢いで食べられては悪い気はしなかった。
まぁ、良い気分にもなれないが、普通といったところか?
アリスはそんな魔理沙の食いっぷりをなんとも言えない気分で見ていたが、飽きたのか外の景色に目をやった。
まだ、雨は降っていた。
湿気が高くなっている森のようすに人形たちは大丈夫かと思いながら、呼び寄せる。
いつもアリスのそばにいる人形は問題ないようで、ふらふらと飛んでくるとアリスの肩にとまった。

「雨がやむまでいさせてもらうぜ?」
「邪魔をしなければ構わないわよ? あと、勝手にいじらない。勝手に動かない」
「おいおい、私をここに縛り付けるつもりか?」
「ぜひ、そうしたいところだけど、やると後で面倒だから放っておくわ」
「はぁ、まぁ食後の茶をくれるなら構わないぜ?」
「あんたの図々しさには尊敬する部分もあるわ」
「おお、ぜひ尊敬してくれ」

アリスと魔理沙のいつものやり取り。
入れるのはアリスではないのだから対して問題は無いが…。
人形が台所へと姿を消す。それが入れるのだから大して問題ないといえばそうだ。

「ねぇ、輝夜はどうしていると思う?」
「何だ? いきなり」
「ふと、そう思っただけよ」

実際は魔理沙と人形が目に入ったからだ。
つい最近、柄になく動いたことを思い出し、少しばかり思いをはせた。
魔理沙と共に人形を操り、妖怪退治に出かけた。
月の異変の原因を見つけた二人は問答無用で月の民を黙らせると、こうして幻想郷に戻ってのんびり暮らしているのだ。

「永遠にこんな光景を見つめるのかしらね」
「さぁな、私は永遠の命なんて持ってないからわかんねーぜ」
「そうね。あんたに聞いたのが間違いだったわ」

人形がお盆に急須と湯飲みを二つ持って戻ってきた。
テーブルに置くと二つの湯飲みにお茶を注ぐ。少し甘いような渋いような香りが二人に届く。
それぞれの前に湯飲みをおくと、アリスの傍に浮かんで止まった。

「魔理沙は永遠が欲しい?」
「そうだな。欲しいぜ。永遠の時間があるならいろんなもんが集められるしな」

蒐集家の性格が垣間見えた。アリス自身も欲しいと思っていた。
魔理沙と同じように蒐集癖をもつ彼女にとって永遠の時間があればほとんど存在するものが手に入るだろう。

「でもな。お前のいう永遠なんてあるのかどうかだな。問題は」
「あるんじゃない? 輝夜とかそうなんだから」
「なぁ、アリス。外を見ろよ」

魔理沙に促されて上半身だけを外に向ける。
まだまだ雨は止む気配を見せない。

「何? 外に永遠でも落ちてるの?」
「雨ってのは、何だ?」
「水滴が空から降ってくることでしょ?」
「おお、分かってんじゃねぇか」
「馬鹿にしてんの?」
「おいおい、そうそう怒るなよ」

魔理沙はカラカラと笑うと、お茶に手を伸ばした。
ズズッ、と茶をすする。

「うまいぜ」
「話がそれてるわ?」
「そんなもん、日常茶飯事だ」
「戻しなさい」
「雨ってのは水滴が空から降ってくることなんだろ? だったら地に落ちた水を雨とは言わねえよな」
「もちろん、そうよ」

アリスも遅れてお茶をすする。
飲みなれた味に大して感慨もなく、魔理沙の話に耳を傾ける。
幻想郷の住人はどこかおかしな点を持っている。わけの分からない言い回しや、わけの分からない例え。
そんなものを多用されては相手の言いたいことが分からないことなど多々ある。

「雨の寿命は降っている間だけだ。せいぜい、数分もありゃ良いほうじゃねえのか?」
「さぁ、雨がどれくらいで地面に到達するのか調べたことが無いから分からないわ」
「つまりだ。雨の寿命は数分。だから、永遠なのさ」
「途中が抜けているわよ」
「気付けよ」
「気付いているわよ」
「なら、注意なんてする必要ねぇじゃねぇのか?」

魔理沙の瞳がかすかに細くなる。
鋭い視線がアリスを射抜くが、アリスもそれに気付いて笑みを浮かべた。

「輝夜から見れば私たちは雨のようなもの」
「空から降って大地に衝突する運命の雨なんだぜ?」
「輝夜よりも寿命の長いものが見れば、輝夜もまた雨」
「そういうこと」
「諸行無常ってことね」
「まぁな。命も変わるのさ」

見方の変えるだけでそうなる。
人から見れば雨は須臾。
雨から人を見れば永遠。
輝夜からアリスたちを見れば、それは須臾。
アリスたちから輝夜を見れば、それは永遠。
永遠も須臾も紙一重ということだ。

「言い換えるわ。輝夜のような寿命が欲しい?」
「おお、欲しいぜ。永遠のようなあるのか無いのかわかんねぇ物よりはな」
「なら、蓬莱の薬でももらう?」

アリスは冗談でそう言った。自分たちも人間よりは遥かに長い寿命を持っているが、輝夜の前ではほとんどないに等しい。

「んにゃ、遠慮させてもらうぜ。私は妹紅みたいにはなりたかねぇからな」
「あんたなら大丈夫よ。図太い神経をしてるんだからまずなりえないわ」
「おいおい、私の神経はマスタースパークより太く、ファイナルスパークより細いんだぜ?」
「十分、太いわよ」

自分の体よりでかい神経の図太さなら問題ないわよ。とアリスは口に出さずにいた。

「それに、私には頭が付いてるんだ。それをつかわねぇと意味がねぇだろ?」
「自分で蓬莱の薬でも作るのかしら?」
「そんな陳家なものは作らねぇよ。目指すは永遠の薬さ」
「ずいぶんと大きく出たわね」
「当たり前だぜ。私を何様と思ってるんだ?」
「魔理沙」
「わかってんじゃねぇかよ」
「当たり前でしょ」

アリスと魔理沙、両者が自分の湯飲みに手を伸ばした。
冷めてしまったお茶を一気に飲み干す。
お盆に戻すと人形が台所に戻していった。

「目指せ、永遠だな」
「でも、魔理沙。あんたは最初に永遠は見方によっては須臾になるって言ったわよね」
「ああ、言ったぜ」
「矛盾してない?」
「私が目指してるのは永遠と須臾の越えた永遠さ」
「永遠と須臾を越えた永遠?」
「あいつの永遠は対が存在する永遠さ。そんなもんは雨にでも飲ましとけって」

魔理沙のいう『永遠』と蓬莱の薬が持つ『永遠』にどれほどの差があるのか?
アリスはそう思った。どちらも永遠には変わりない。ならば、魔理沙のいう永遠と蓬莱の永遠は同じに聞こえた。

「どっちも同じじゃないの?」
「んにゃ、違うぜ。無常を知らねぇものが作った永遠だ。所詮はそこまでの永遠なんだよ。
 私が求めてるのは無常を知った上での永遠さ」
「無常を知った上の永遠?」
「質問が多いぜ、アリス。ちっとは私の理屈を理解しようぜ」
「あんたの言っていることが根本的に分からないからよ」
「“無常ヲ観ジテ以ッテ永遠ヲ探求セヨ”ってね」
「月の民は無常を知らないと?」
「ああ、私たちより長命だからな。無常の意味なんて知る必要がねぇんだよ。あの蓬莱の薬もマッドサイエンティストの暇つぶしだろうよ」
「私たちはあいつらより、寿命が短いから無常を知っている。だから永遠に近づけると?」
「そういうこと。無常を受け入れないと結局は永遠にたどり着けないのさ」

人形が台所から戻ってくると、そこにはまた新しいお茶が入れられていた。
それぞれの前におかれる。
魔理沙はそんな人形に「アリスの人形の割には素直だな」と小さい頭をなでた。
アリスは置かれたお茶を先に啜ると魔理沙に話を続けるよう促した。

「それで魔理沙は無常を受け入れて永遠を手に入れるの?」
「ああ、永遠は存在するからな」
「あんた、永遠は無いって言ったわよね」
「そりゃ、お前が考えていた永遠はねぇよ、ってことさ。私のいう永遠はあるさ」
「どんな永遠よ」
「無常の永遠さ」
「…また、見方の違いってことね」
「諸行無常って言えば分かるか?」
「そういうことね」
「お、分かったか?」
「これはね。見方の変化ぐらいなら分かるわよ」

今度は魔理沙がお茶を啜った。
先ほどとはまた違った味のお茶のようで、違うことに驚きを覚えていた。

「無常という永遠でしょ?」
「それが変われば、別の永遠の証明になる」

魔理沙は笑みを浮かべ、アリスを見つめる。
そしてアリスもまた魔理沙に向かって笑みを浮かべる。
互いに言いたいことが分かるとこうである。

「でも、無常は概念でしょ?」
「死もまた概念だぜ?」
「そう? 身体機能が停止した時点で終わりじゃないの?」
「だったらお前はどうなるんだ? お前は魂を人形に移している。だったらお前に死はないはずだぜ? 人形が朽ちても入れ替えればいいだけのことなんだからよ」
「…言われれば、ね」

アリスの体に魂は存在していない。彼女の魂は傍にいる人形に入れ込まれている。
ということは、アリスの理屈で行けばアリスは永遠の命を持っていることになる。
しかし、彼女自身そうでないと分かっている。
ならばいったい何が死を告げるのか?

「魔理沙。あんたはどうするつもりなの?」
「死という概念を失くしゃいけるぜ?」
「魔理沙らしい考え方ね」
「簡単だろ?」
「そうね。魔理沙の言うとおりだわ。でも、概念をどうやって失くすのかしら?」
「私は何だ?」
「莫迦」
「おいおい、アリスよ。そりゃねぇだろ」
「不承不承、魔法使いと言ってあげるわ」
「そう、魔法使い。だったら概念を魔法で殺しゃいい」
「言うは易し。するのは難しいわよ」

アリスは傍にいる人形に手を伸ばす。
自分の魂が込められた人形。永久とは程遠いものの長寿の証。

「まぁな。それでもやってみたいぜ? それが私のしばらくの目標にすっかな」
「ずいぶんと余裕ね」
「理屈が分かってんだ。あとはそれに沿うように組み立てれば言いだけさ」
「それが大変なのよ」

楽天的に考えている魔理沙にアリスはため息を吐きながら、お茶を啜る。
確かに魔理沙の言うとおり、死は概念であり、それ以上のものでもないと思っている。
ならば、その概念を見つけて失くせば、不老不死になる。
老いとは死までの道のり。死がなくなれば道である老いも消える。

「まぁ、そんな悩むことか?」
「永遠にたどり着くには結構苦労すると思うわよ」
「いいさ。たどり着かなきゃそれまで。雨のように地面に落ちりゃ良い」
「須臾で満足?」
「当たり前さ。分相応に生きたいからな。うまくいけば永遠を手に入れる。その程度でいいんだよ」
「ずいぶんと永遠を軽んじているのね」
「それが無常を観じるってことさ」
「そして永遠を探求する」
「お前の場合はまずは無常を観じることからだな」
「手に入れたくなったらそうするわ」

気づけば雨の音が消えていた。
ひと段落着いた会話から意識をそらすと、外に目をやる。
まだまだ曇り空だったが、雨は小休止のように止んでいた。またいつ降り出すか分からない。

「魔理沙。止んでるわよ」
「ああ、邪魔したな」
「邪魔だったわ」
「いい話し相手だったろ?」
「とりあえず暇はつぶせたわ」
「そりゃ良かったぜ。永遠をせいぜい探求してくれ」
「あんたは言ってることが無茶苦茶よ」
「性格から無茶苦茶なんだ。言動も無茶苦茶に決まってんだろ?」

開き直っているというのか、自分の性格を把握しているというべきか。
魔理沙はそういうと席を立った。
傍に置いてあった黒い帽子をかぶると、嫌そうな顔を浮かべた。
まだ乾いていなかったようだ。

「二度とこないでね」
「おう、また邪魔させてもらうぜ」

アリスは見送らず、自分の部屋に戻る。
魔理沙はそんなことも気にせず、アリスの家を後にした。
どこからともなく箒を取り出すと、それにまたがり典型的な魔法使いの格好で空に消えていった。
少々、がさつなところが普通の魔法使いとは違うところか?













人から雨を見れば須臾。
雨から人を見れば永遠。
それはただの『須臾』と『永遠』の比べられる『永遠』
本当の永遠はそれを超越した『永遠』
対が無い『永遠』こそ本物の『永遠』だろう。
対があれば見方によって変化する。
しかし、対がなければいつまで経っても、どのような見方をしても『永遠』は『永遠』のままでとどまる。
それこそ絶対の永遠では無いのだろうか?