季節は6月。
気象台も先日梅雨入りを発表し、今日も今日とて窓の外ではざーざーと雨が降り続いている。
……のが、梅雨の本来あるべき姿。
「……あじぃ」
実際には連日快晴、雨なんて一粒たりとも降らない日々が続いていた。
そして本日も快晴なり。これで蝉の音が聞こえてきたら、完璧に夏真っ盛りなんだけど。


「何気だるそうな顔してんだよ」
昼食後、机に突っ伏してだるさを体現しているところへ、やたら機嫌よさげな雄二が話しかけてきた。
「実際気だるいんだよ。こう蒸し暑いと動く気力がなくて」
「お前随分ジジ臭いこと言うようになったな。このくらいの暑さでへばってたら、夏本番とかどうすんだよ」
「そりゃそうなんだけどさ」
今の暑さなんてまだまだ序の口と言ったところだろうか。
「それはそうと機嫌よさそうだな、雄二。何かあったのか?」
「何があったって、まぁしいて言うならば『夏が来たから』かな」
「?」
「とりあえず周りを見渡してみ? みんな夏服だろ?」
昼休みと言うこともあり、教室に残っている生徒の数はそう多くない。
が、残っている生徒たちは男女問わず皆、半袖の涼しげな夏服を着用している。
無論、俺と雄二も含めて。
「そりゃ今週から衣替えなんだし、そんな当たり前なこと言われても」
「カァー、貴明お前嬉しくないのかよ、男子はどうでもいいとしても女子の露出が上がってることが」
「ろ、露出?」
「半袖になり露わになった柔肌、いやそれ以上に薄い生地の夏服に変わることによって、うっすらと背中から見えるようになったブラの紐、これらに“夏”を感じないのか!?」
「夏を感じるって……」
薄着について熱弁をふるう雄二。中学生かお前は。
こんなことを声を大にして言うもんだから、心なしか俺達の周りからスゥーッと女子の気配が遠ざかったような気がする。


「あ、暑いと言えば全く雨が振らないからなぁー」
とりあえず話題を変えておこう。
また変なこと言われたんじゃ、こちらにまで被害が及びかねないし。
「確か梅雨入りはしてるんだよな?」
「そうそう。なのにまとまった雨って土曜の夜にバァーって降っただけだろ? ここらで一雨降ってくれれば少しは涼しくなるんだけどなぁ」
「ま、一雨ならいいけどな」
「ん? 何か不満があるような言い方だけど」
「何つーか俺、梅雨ってあんまり好きじゃないんだよな。いつもザーザー雨降っててうっとおしいしさ、それにあの湿っぽい空気も好きになれないし」
「まぁ雄二の場合、性格的に梅雨との相性が良くなさそうだけどな」
「性格的にって何だよ。つか梅雨と相性がいいなんて奴の方が少数派だと思うぜ? そう言う貴明だって別に梅雨好きな訳じゃないだろ?」
「まぁ確かに」
むしろ雄二と同様嫌いな方だし。
一人暮らしをしている身としては、洗濯物が乾かないのが何より困ることなんだよなぁー
なのでこうして快晴なのはありがたいことではあるが。
「ただ、ここまで降らないとなると逆に雨が恋しくなるんだよなぁー」
「いや、俺は晴れなら晴れが一番いいけど。あー雨自体が嫌いなんだろな、俺」
「でもそろそろ渇水問題とか言われてるらしいな。何かダムの貯水率もじわじわ下がりつつあるってニュースで言ってたし」
「渇水ねぇ……確かに水不足になるのは困るけど、それでも俺は晴れの方がいいな」
あくまでも晴天支持の姿勢を崩さない雄二。
だがその気持ちは、俺の次の一言で大きく揺らぐことになる。

「でも実際水不足になったら、真っ先に影響が出るのはプールだろうな。多分水泳の授業も中止になるだろうし」
「何ィ!?」

逆にこちらが驚くほどのリアクションを見せる雄二。
「え、そんなに驚くことだったか?」
「驚くも何も、プールが中止になってもらっちゃ困るだろ? うわぁーそっか、そこまで考えてなかったなぁ……確かに雨が降ってない状況は非常にマズイ」
「困るってお前、そんなに水泳の授業好きだったか?」
「もちろん大好きさ!!」
ものすごい爽やかな笑顔とサムズアップ。
「だって水泳の時間くらいしか生でスク水なんて拝める機会は無いぜ? それに高校生の成熟した肉体にむっちり食い込むスク水のコラボレーション……あれは堪らんぞ〜」
「……まぁそういうことだろうとは思ったけどさ」
予想していたとはいえ、ここまで露骨な答え方しなくてもいいのに。
あー何かまた、女子の気配が遠ざかった気がしないでもない。
「何だよ、貴明だってホントは見たいんだろ? いや、見たくないなんて言う男子はいないはずだ。いたらそいつは病気か何かだ絶対」
「そこまで言い切りますか」
反語表現を使ってまで男の水着に対する欲望を説く雄二。
そりゃ俺だって女の子の水着姿そのものに興味が無い訳じゃないけど、ここまで露骨に主張できる雄二はある意味凄いと思う。


「でもそんな水泳の授業が中止になるなんて、クソ暑い中わざわざ学校に来る真っ当な理由を失うようなもんだぜ? うわぁーマジでヤバイって。なぁ貴明、何とかならないか!?」
「いや、何とかならないかって言われても。天気ばっかりはどうしようもないし」
「そっかぁ、そりゃそうだよなぁ……」
あからさまに落ち込んでいる雄二。そんなにスク水が見たかったのか。
「んー、とりあえず窓際にてるてる坊主を逆さにして吊るしておいたら?」
「ふれふれ坊主ってヤツか。ま、そういうものに頼るくらいしか手は無いしなぁー」
「気休め程度にしかならないとは思うけど。あと出来ることと言えば、天に祈るとか、雨乞いとか……」
ホントどれも根拠など無い気休めにしかならないものばかり。
雨乞いなんて単なる迷信みたいなものだし……

「それだっ!!」
「え?」
「雨乞い、そう雨乞いすればいいんだよ!! なるほどその手があったか……」
だが、雄二の捉え方はそうではなかったようで。
「い、いや、今の半ば冗談で言ったんだぞ? そんな雨乞いなんて何にも科学的な根拠なんてないし」
「そんなことくらい分かってるよ。だけど今は藁にでもすがりたい状況だし、雨乞いするのも悪くないんじゃないか?」
「だ、だけどお前、雨乞いのやり方なんか知ってるのか? 俺は知らんぞ、思いつきで言っただけだし」
「俺もそんなもの知らんさ。でも身近なところに、こういうことやるのものすごく向いてる人物がいるじゃないか」
「向いてる人物……? それって誰だよ?」
「お前の彼女さん」
「……え?」
「会長だよ、ミステリ研の」
「か、花梨〜!!?」










あめあめふれふれ










と言う訳で放課後の体育館第二用具室。
「え、雨乞い?」
早速俺は先ほどの雨乞いの件を定例会議の議題として提案していた。
「そう。梅雨だと言うのにここ最近ほとんど雨が降らない日が続いてるから、雨乞いするにはもってこいじゃないかなぁーと思って」
「うーん、雨乞いねぇ……」
案の定、怪訝な表情をするミステリ研会長こと笹森花梨。
「な、何か問題でも? 雨乞いだってれっきとしたミステリーだと思うけどな」
「それはそうなんだけど……うーん、でも何でまた急に雨乞いを?」
「そ、それはだから最近雨が降らないから困ったなぁーって思って……」
「じぃー」
「ぬぐっ……」
浴びせられる視線は明らかに疑惑に満ちている。
「いや、だからそれは雨が降らなくて……」
何か納得できそうな言い訳を考えないと。
ホントのことはさすがに恥ずかしくて言えないしなぁ……




話は昼休みの雄二とのやり取りまでさかのぼる。
「か、花梨〜!!?」
「そう。雨乞いとかって一応ミステリーだろ? それ即ちミステリ研の得意分野かと」
「得意分野って、いやどうか知らないけどさ」
「んで貴明の方から言っといてもらえないかなぁ、雨乞いでもやらないかって?」
「ハイ? いや、何で俺が」
「何でってお前ミステリ研の一員だし、それ以上にあの娘の彼氏だろ?」
「まぁ、確かにそうだけどさぁ……」
確かに雄二の言うとおり、俺が公私共に花梨の一番近くにいる人間であることは紛れも無い事実ではあるが。
「だから頼むよぉー、貴明だって困るだろ? 水不足でプールが中止になるのは」
「いや、俺はそんなに……」
別に雨乞いを提案することそのものに抵抗は無いのだが、それを花梨に言うということは、必然的に俺も雨乞いに参加しなくてはいけない訳で……
「俺もあんまり変なことしたくないんだよなぁー」
「何を今更」
「……」
それにその雨が降って欲しい理由がこれまた邪と言うか何と言うか……


「でもお前だって見たいだろ? 彼女の水着姿」
「……え?」
「プールが中止になっちまったらそれも無理になるわけだしさ」
「……いや、仮にプールがあったとしてもクラスが違うし、元から見ることは出来ないんだけど」
しかし雄二は人差し指を横に振って、俺の意見を否定する。
「チッチッチッ、分かってないなぁー。もし渇水になったら中止になるのは学校のプールだけじゃないんだぜ?」
「えっ?」
「そりゃそうだろ、学校が中止になってる中で市営プールが開いてる訳ないし。つまり、夏に彼女とプールでラブラブーな計画は頓挫してしまう訳よ」
「ばっ、だ、誰がそんなラブラブって……」
「焦ってるってことは少しは考えてたんだろ?」
「ぐっ……」
計画までとは行かないが、正直考えてたことは事実なので何とも反論ができない。
でも確かに、このまま雨が降らなければ冗談抜きで二人でプールの夢は潰えてしまうのか……
「だからお前にも関係ない話じゃないんだからさ。頼んどいてくれよ、雨乞い」
「わ、分かったよ……」




そして、今に至る。

「いやだから梅雨だと言うのに雨が降ってないこの状況は、雨乞いと言う不思議なモノの効能を確かめるのにもってこいなんじゃないかなぁーって思って……」
「そうじゃなくって私が聞きたいのは、何でたかちゃんが急に雨乞いに興味を持ったのかなぁーってこと。あまりにも唐突だったから」
「そ、それは……」
『このまま雨が降らずに水不足になったら、夏に花梨と一緒にプールとかで遊べなくなるからだよ』
カァー、こっ恥ずかしくて言えねぇー!!
「どしたのたかちゃん、顔紅いよ?」
ヤバイ、顔に出ちゃってるよ。いっそ素直にホントのこと言った方が……

しかし人間切羽詰った時にこそいいアイデアは沸くもので、ダメだと思ったその瞬間、咄嗟にいい理由が思い浮かんだ。
「そ、それは……地域に貢献して尚且つミステリ研の知名度を上昇させるためだよ!」
「え?」
いささか予想外の返事が返ってきたのか、きょとんとした表情を見せる花梨。
「まずさっきも言ったように、現在は梅雨なのに雨がほとんど降らず、ダムの貯水率も徐々に下がって、このままだと水不足になりかねない状況なんだよ」
「うーん、確かにニュースとかでも最近頻繁に言われてるね」
「そこで我々ミステリ研究会が、雨乞いの研究と銘打って実際に雨乞いを決行。これでもし雨が降る結果になれば、町は渇水の危機から救われたと言うことで地域貢献、尚且つ前の山火事の時みたいに一躍脚光を浴びるミステリ研! どうだ、一石二鳥だろ?」
「雨乞いしても雨が降らなかったら?」
「『あー雨乞いって単なる迷信だったんだー』で終わり。それでミステリ研が何らかのダメージを受けることは全く無し」
「でも仮に雨が降ったとしても、どうやってそれをミステリ研が雨乞いで降らせましたよーって証明するん?」
「え、あ、それは……」
ヤバイ、そこまで考えてなかった。
「そ……それはしょうがないんじゃないかな? べ、別に渇水の危機を救えれば知名度アップなんてどうでもいいんだしさ、ね!?」
「……たかちゃん、さっきと言ってることが全然違うんだけど」
「ぐあ」
あーやっぱり下手な言い訳じゃ通用しないかぁ……
仕方ない、これ以上何か突っ込まれたら本音を話そう。

だが密かにそう決心したのもつかの間、
「……ま、いっか」
の一言で花梨はあっさり引き下がってくれた。
「珍しくたかちゃんが自分から『これやりたい』って言ってきたからちょっと気になっただけ。確かに雨乞いも不思議だよねぇー」
「そ、そう、ミステリーだろ?」
「……うん、分かった! それじゃ今回のミステリ研の活動は、会員番号001番・河野貴明くんの強い要望で『雨乞い』に決定しました!! ぱちぱちぱちぱち〜」
「ぱ、ぱちぱちぱち〜」
毎度おなじみのまばらな拍手。
まぁ、万事まとまってくれたのでよしとするか。
「雨乞いに関しては私もあんまり詳しくないから、まずは資料集めだね。それじゃ、早速図書室へ向かいますか」
「お、おぉー……」
何かが決まればそこからの行動は早い、それが俺たちミステリ研。
……まぁ、何もかも済し崩しになっていると言われればその通りなんだが。




そして意気揚々とやってきた放課後の図書室。
しかし、思いの他雨乞いの資料集めは難航していた。
「その年に生まれた子羊を一頭生贄に差し出し、夜通し太鼓のリズムに合わせて踊り狂う……、あ、これは戦士を供養する儀式だ」
読んでいた本を元あった棚に戻す。タイトルは『世界の奇祭大全集』
「雨乞いあまごい……いや、ホント何もないな」
世界史関連の本が並んでいるこのコーナーでは、雨乞いに関わる書籍は見つからなかった。
科学のコーナーはさっき確認したところだし、次は日本史のコーナーでも当たってみようか……
そう思っていた矢先、
「たかちゃんたかちゃん」
「ん?」
少し離れたテーブル席から、花梨が何か手招きしている。
図書室なので声のボリュームはだいぶ下げての呼びかけ。それでも静かな図書室の中ではよく通る。
「ん、何か見つけたの?」
トトトっと駆け寄ると、花梨はテーブルの上に一冊の分厚い本を広げていた。
「新事実発見だよたかちゃん! ねぇ、学校の裏山に神社があるでしょ?」
「ああ……いろいろと思い出深い」
あわや山火事で消失しかけたあの無人の社か。
「この本、この地方の郷土史の本なんだけど、何と! 室町時代にあの神社を舞台に雨乞いの儀が行われていたって書いてあるんよ」
「え、そうなの?」
「ほらほらここ」
顔を近づけて花梨が指差す箇所を読んでみる。
……確かに、日照りによる飢饉の際などは頻繁に雨乞いが行われていたと記載してある。
「まさかこんな近くで行われていたとはねぇ……」
「でしょ? それにその時の様子なんかも詳細に描かれたりして、これは絶対私たちに雨乞いをやれって言ってるようなものだって。ね、そう思うでしょ?」
「いや、それはどうか知らないけど……」
確かに何とも都合よくできた話だとは思ったりもするが。
「んー、たかちゃん何かあんまり乗り気じゃなーい。自分から言い出した企画なんだから責任持ちなさいよね?」
「わ、分かってるって……」
でも、この流れだと間違いなく俺も雨乞いに参加するわけだよなぁ……
それこそアレか、いつぞやみたくチャネリングっぽいことをやらされるんだろうか。
「……で、その行われてた雨乞いってのは実際どんなことをやるんだ?」
「うーん、まだ細かいところまでは読んでないんだけど、満月の夜に社の前でいろいろ儀式をするんだって」
「いや、その儀式がどんな物なのか……」
「ちょっと待ってね、フムフム……何か祭囃子に合わせて陽気に踊り、雨雲の神様を呼び寄せるんだって。天岩戸みたいな感じで」
「祭囃子……いやそれって、雨乞いと言うよりは単なる夏祭りじゃないのか? ちょっと雨乞いな要素は含んでるみたいだけどさ」
「確かに『村人達の親睦を深める役割を果たしていた』みたいなことも書いてあるね」
「祭りだ、それ。雨乞いでも何でもなくて」
やったところで大した効果は見込めないな。
そりゃまぁ他のどんな雨乞いだって利くぞって言う信憑性はないだろうけども。
だけどうちの会長様はすっかりスイッチが入っちゃったみたく、
「祭りでもいいじゃない、別に。それにUFOとの交信とかと違って、元々成功は見込んでない企画なんだから」
「いやそれは……」
異文化コミュニケーションの方が、よっぽど成功の望みは低い活動だと思うが。


「じゃあ早速準備とかも始めないとね、次の満月の日には決行できるように。たかちゃん、ちょっと新聞取ってきてくれる?」
「あ、あぁ」
言われた通り、カウンター付近にある新聞ラックから今日の新聞を一部取って戻ってくる。
「これでいいのか?」
「うん、ありがと。えーと、次の満月は……」
そう言いながら新聞をペラペラめくる花梨。その手が止まったのは、天気図などが記載されている面にたどり着いた時。
「え、天気面とかで月の状況なんて分かるのか?」
「うん、ほらここ」
「あ……ホントだ」
花梨の指差した先には、日の出日の入・月の出月の入が図入りで記載されていた。
「へぇー、新聞にこんなことも載ってるのか。知らなかったなぁー」
「む、ダメだよたかちゃん、ミステリ研の会員として基本事項だよ? しっかり覚えておくように」
「わ、分かった……」
基本事項なのか……これ。
「……で、次の満月は何時か分かったのか?」
「うん。えーと、明日だね」
「あ、明日ぁー!?」








そして翌日。
「乾物って、こんなもんでいいのかなぁ……?」
買い物袋を二つ片手に、日も沈んでだいぶ薄暗くなってきた神社への道を歩む俺。
一つ目の中身はアジの干物。放課後帰宅前にスーパーで買ってきたものだ。
二つ目の中身はサンドウィッチ。道中コンビニにて買ってきたものだ。
もちろんタマゴサンドも含まれている。
「でも、こんなもんで本当に効果あるんだろうか……」
いや、元から雨が降るなんて期待しちゃいないけどさ。
放課後のやり取りを聞く分にはねぇ……




「……何これ?」
体育館第二用具室、そこで俺は花梨から一枚のメモを渡された。
「今夜の予定と持参物。昨日あの後わざわざ借りて調べたんだからね?」
「いやちょっと待て、あの本って貸し出し禁止じゃなかったか?」
「男がそんな細かいこと気にしないの」
「花梨は女だろうがぁー!!」
あー、また例の如く押し付けられて、俺がこっそり返しに行く羽目になるのか……
「で、メモに書いてあるように、雨乞い決行は今夜の8時、場所はもちろんあの社で」
「……この持参物のとこに書いてある乾物って何だ?」
「それが儀式に必要な物なんだって。乾いたモノを奉げることでより雨雲を呼び寄せるとか何とか。とりあえず魚の干物とかでいいと思うよ」
何かものすごい適当だよなぁ……、貢物、それに儀式自体も。
「あと……タマゴサンドってのも貢物か?」
「うん、それは私への貢物」
「って何で神様じゃないのに貢がなきゃならないんだよ!?」
「だって私の方がすっごい頑張ってるんよ? こうして調べてきたのもそうだし、実際の儀式の際も巫女舞ってのがあって、これは女の私がやらなきゃいけないんだから」
「み、巫女舞?」
「だーかーら、適当に踊るしか用事の無いたかちゃんは貢いで当然なんだから」
「……まぁ、タマゴサンドくらいいいけどさ」
干物と合わせても大した値段にはならないと思うし。
「じゃ、そういう訳で本日は一旦解散」
「え?」
突然告げられた解散宣言。まだ部室に集まって5分も経ってないんだが……?
「ちょっといろいろ用意があったりするから一旦解散するね」
「用意?」
「そう。たかちゃんと違ってこっちは忙しいんだから」
どことなく妬みがこもったような言い方。
普段なら『さいですか』の一言で流すのだが、一応自分から振った企画なので、手伝いを申し出てみた。
「え、そんなに忙しいんだったら手伝おうか?」
しかしやんわりと断られる。
「いやいやいや、ちょ、ちょっと私だけで準備したいこともあるから……」
「そうか?」
妙な慌て方が若干気になったが、あまり突っ込まない方がいいような気もしたので、素直に引き下がっておくことにした。
「そ、それじゃまた今夜8時にね〜」
「お、おう……」
慌てた感じを引きずったまま、花梨は部室から逃げるように出て行った。
「……何企んでんだかなぁ」




「ふぅー」
午後7時50分、目的地到着。
今宵のお空にはまんまるお月様。その月明かりに照らされて、照明も無いのにウソみたいに明るい社前の広場。
そこに花梨の姿はまだなく、俺は社の縁側へと腰を下ろした。
「家からだと意外と距離があるんだなぁ……」
結構な距離を歩いたおかげで空腹感に襲われる。そういや夕飯食べてないんだっけな。
おもむろにコンビニの袋の中からサンドウィッチを取り出す。
「……2個あるし、1個くらいいいよな」
リクエスト通りタマゴサンドの含まれるモノを購入。
ちょうどうまい具合に、タマゴサンドは2つ含まれていた。
「たまには俺だって食べたいんだから……」
そして一つを手に取り、いざ口に運ぶため腕を上げ……

「もーらいっ」

スッ
「あ、ああー!?」
一瞬にして俺の右手からタマゴサンドが消える。
しかももう一つのタマゴサンドも無くなっていて、残されているのはハムサンドのみ。
「現れて早々人の食事を邪魔してからに……」
世の中にこんなことをする犯人は一人しかいない、そう思ってガバッと顔を上げると……
「タマゴサンドは全部貢物なんだからねー」
「……か、花梨?」
そこにいたのはもちろん花梨。
だけど、いつもと違って……何故か巫女装束を身にまとった花梨の姿がそこにあった。


「えええぇ!? 何で巫女さんの格好!?」
「エヘへ……、どう、似合うかな?」
少し恥ずかしそうにうつむき加減で尋ねてくる花梨の姿は当に萌え。
似合う似合わないで言えば問答無用で似合っている。
「あ、あぁ、よく似合ってると思うけど……」
「本当!? よかったぁ〜わざわざ用意してきて」
「用意って……あの放課後言ってたことか?」
「まぁ……そういうこと」
「にしてもそんな巫女装束なんて、用意しようと思ってすんなり手に入る物じゃないと思うんだけど……」
「実は親戚に神社の神主さんやってる人がいてね、その人の伝手で借りることができたんよ」
何その実に都合のいい裏設定。
「でも何で巫女装束に?」
「え、そ、それはやっぱり雰囲気を出すためにはそれ相応の格好をしなくちゃいけないと思ってね、うん」
「……で、それ相応の格好って言うのが巫女さんか」
「そそ、そういうこと。本当ならたかちゃんにも神主さんスタイルでやって欲しかったんだけど、そこまでは用意できなくて」
「い、いいよ俺は……」
お正月とかに神社にいる人の格好だよな。
いや……多分俺には似合わないって。

「……でもホントよかった、たかちゃんに似合ってるって言ってもらえて」
「ん、何か言った?」
「い、いやいや何でもないって!! ささ、ちゃっちゃと雨乞い始めちゃおっか」
「あ、あぁ……」
心なしかさっき以上に花梨の顔が紅くなってるみたいだけど……気のせいかなぁ。




空き地の中央にポツンと置かれたアジの干物。
その周りに五方星をかたどるように小石を配置する。
「……なぁ、日本の雨乞いに五方星ってのは何か間違ってるような気がするんだけど」
「まぁまぁ細かいところは気にしないの。じゃ、後は音楽だね。カバンからラジカセ取ってきてくれる?」
「いや、気にしようよ……」
まぁ何を言っても無駄なのは分かっているので、言われた通りにラジカセを取ってくる。
「で、これは何に使うんだ?」
「巫女舞とかする時のBGM。そんな本格的に人を集めて祭囃子なんてできないからね」
「しかし今時カセットか。何か久しぶりに見た気がするぞ」
「もう文句ばっかり言ってないでそれは境内のとこに置いて。要領を教えるから」
「はいはい」
元はと言えば俺から言い出した企画だが、いつの間にかすっかり彼女のペースに飲み込まれている。
まぁ、ある意味この形が俺達の関係として一番自然なんだろうけどな。
「……ハッ!?」
「ん、どしたのたかちゃん?」
「い、いや……何でもない」
「?」
つか今気付いたんだが、この半従属的な形を望んでいるとは……実は俺ってマゾなのか?
「いやいやそんなわけは無い、そんな虐げられたい願望なんて……」
「ホントどうしたの? さっきから何かぶつぶつ言って」
「い、いやいや何でもないんだってハハハハ」
「……まぁいいけど」
……とりあえずこの件に関してはまた後ほどにじっくりと熟考するとして。


「じゃあ雨乞いのやり方なんだけど……」
空き地の中央に集まって、巫女さん花梨の講習を受ける。
「まずはこうして両手を天に向かって挙げて、あ、手のひらはパーの状態ね」
「……こうだよな」
「うんうん、上手だよたかちゃん。一回で理解するなんて飲み込みが早いよ」
いや……このポーズ、過去に何回かやらされた記憶があるんだが……
「で、次は大きな声でこう唱えるの。『べんとらー』『べんとらー』って」
「……やっぱり」
両手を上に挙げろと言われた時点で何となく予想はしていたが。
「これ、雨乞いじゃないだろ。UFO呼んだって仕方が無いんだからさ」
「で、でも彼らの超能力で雨ぐらいちょちょいのちょいって降らせてくれるかもしれないし……」
「んな友好的な異星人だったらな」
例えば口癖でるーるー言う人種とかならともかく。
「もう、ジョークが分かんないんだからぁー。じゃ、本当の雨乞いのやり方教えるね」
「ジョークだったのかよ」
「まぁ、とは言っても音楽にあわせて適当に踊ればいいだけなんだけどね。要は面白そうだなぁーって雨雲を呼び寄せればいい訳で」
「……うん、もろに天岩戸だなそれ」
ホント、何もかも適当と言うか。ホントにあの本郷土史の本か?

「じゃ、早速雨乞いやってみよっか。ラジカセの再生ボタン押してくれる?」
「え、でも電源は?」
「しっかり新品の電池入れてるから大丈夫。ささ、ポチッと行っちゃって」
「あ、ああ」
小走りで境内の方まで走り、ラジカセの再生ボタンをぐっと押し込む。
ガチャっと言う前時代的な機械音と共に、スピーカーからはザーッと言うノイズが流れてきた。
「押したら戻ってくる! もう音楽流れるんだから」
「わ、分かったって」
とてとてと干物の側まで戻ってきたちょうどその時、静まり返った空き地の空間に陽気な音楽が流れ始めた。
「こ、これは……」
「さ、たかちゃんもステップ踏んで、ハイ」
「いや、この曲って……」
とりあえず誰しも一度は聞いたことがあるだろう徳川幕府八代将軍がラメ入りの着物で歌って踊るアレだ。
「ハイ、♪サーンバ・ビバ・サーンバ〜」
「ちょっと待て、これ祭囃子でも何でもないじゃないか!?」
「いいんだって、楽しそうな雰囲気が伝われば。♪オーレ〜オーレ〜」
「……ちょっとステップ上手いしさ」
もうこうなりゃ自棄だ、そう思って俺も花梨と一緒になってムチャクチャに踊りだす。
夜の8時の森の中、干物の周りをサンバのリズムで踊りあかす巫女さんと男。
傍から見たら絶対に怪しい集団だよなぁ……
「つか、巫女装束着てくる必要ってあったのか?」
「ア、アハハハハ〜」




その時だった。

ドシャーン!!!

「キャッ!!」
眩い閃光が夜空を照らし、少し遅れる形で大地を劈く雷鳴が聞こえてきた。
「……雷」
「ビ、ビックリし……あ」
「雷が鳴ったってことは……って、あ」
二人同時に「あ」と声を上げる。
気が付けば側に、いやもとい俺の腕の中に花梨がいた。
「ゴ、ゴメン、急に飛びついたりなんかしちゃって!」
「お、俺の方こそこんな抱きしめたりなんかして……」
お互い口ではそう言うものの、離れよう・離れさそうと言う意識が全く無い。
「……」
無言で見詰めあう二人。……これ、ちょっといい雰囲気なんじゃないの?
幸いラジカセの音もいつの間にか途絶えているし、当に今この場には俺たち二人っきり……
「……花梨」
「た、たかちゃん、ダメだよこんな所で……誰か来ちゃうって……」
「大丈夫、こんな時間に誰も来ないって。ホラ、聞こえてくるのも犬の遠吠えだけだろ?」
あおーん、あおーん
今宵の満月に興奮したのか、先程からやたら犬の遠吠えが耳に入ってくる。
「そ、そうだけど……」
俺の腕の中で軽く身体をくねらす花梨。
これがまた巫女装束なもんだから余計……
「花梨……」
「たかちゃん……」
そしてどちらからとも無く唇を接近させていく。
あおーん、あおーん
しかし何処のバカ犬か知らんが、その声がだんだん大きくなっているような……

「あおーん!!」

「ゲハッ!!」
「た、たかちゃん!?」
突然の背後からの衝撃に、俺の身体は前方へ押し倒される。
当然二人の唇は重ならぬまま。
「痛つつ……、な、何なんだよ……って、えぇ!?」
何とか身体を起き上がらせ、衝撃の来た方向を振り返るとそこには……
「ゲ、ゲンジ丸!?」
「ヲフッ!!」
よーく見慣れた大型犬の姿があった。
「な、何でお前こんな所に……」

「あれ? タカくん?」
「え?」
これまたよーく聞きなれた声。案の定、振り返れば幼馴染。
「あ、ゲンジ丸もいた。もうー、急に走り出すんだからー。それはそうとタカくんも何でここに?」
「それはこっちのセリフだ。何でこのみもこんな所に?」
「何でって、ゲンジ丸の散歩だよ。珍しく素直に動いてくれたと思ったら、急に走り出しちゃってここに」
「そうなのか……ってアレ?」
振り返るが俺を押し倒したゲンジ丸の姿は無い。
「またどっか行っちゃったんじゃ……」

「コラー!! 食べるなぁー!!」
「え?」
二人して声のする方を向くと、そこではゲンジ丸が何かを貪り食っていた。
「それお供え物なのにぃー!!」
その隣で地団太を踏んでいる花梨。どうやらアジの干物が食われてしまったようだ。
まさか干物の臭いに釣られて来たんじゃねぇだろうなぁ……
「で、タカくんは何でここに? それにあれ……巫女さん?」
「え、あぁ……どう説明したらいいだろうなぁ」
普通に雨乞いしてると言ってもいいものだろうか軽く思案していると、このみの手に一本の傘が握られていることに気が付いた。
「お前、何で傘なんか持ってるんだ?」
「お母さんに今晩雨が降るから持って行きなさいって言われて」
「雨?」
雨ってそんな、この雨不足な時に降るわけなんて、そもそも天気予報もそんなこと……
いや、そもそも天気予報なんか見てきたっけ、俺?
「うん。何か降水確率80%だって言ってたけど」
「は、はちじゅう!?」

「ヲフッ!!」
「あ、コラ、ゲンジ丸ー!!」
そうこうしてる間にもまたゲンジ丸は、ドタドタと巨体を揺らしながら元来た道へと走り去っていく。
「たまに散歩連れてったらこうなんだからぁ……。あ、それじゃね、タカくん」
そう言ってこのみもまた、ゲンジ丸の後を追って走り去っていくのであった。
何か、嵐のような襲来だったなぁ……




「たかちゃーん、貢物食べられちゃったよぉー、どうしよう」
「いや、そんなことより……」
気になったのはこのみが持っていたあの傘、それに先程の雷。
「なぁ、今夜の天気予報って見たか?」
「え!? い、いや、見てないけど……雨が降らないからこうして雨乞いしてるんだよね?」
「……いや、今晩の降水確率80%だって。ちょうどそのラジカセをラジオに合わせたら天気予報くらいやってるんじゃないか?」
「あ、アハハ、そ、そうだねぇー」
「?」
先程から花梨のリアクションに何とも違和感を覚えるのだが……


しと……しと…… ザァァァー……


「って言ってる側から降ってきやがった、とりあえず屋根の下へ」
「う、うん……」







雨は一向に止む気配を見せないでいる。
「参ったなぁ……これじゃ帰れないじゃないか」
尚且つ満月も雨雲で隠れ、照明の無い辺り一体はすっかり闇に包まれていた。
「まさか雨乞いの成果とは言わないけどさぁ……降水確率も80%だし」
「……」
と、隣にいる巫女服花梨が何かカバンの中をあさっている。
「あー……あったあった」
「ん?」
そして取り出したのは……
「じゃーん、折り畳み傘ー!!」
「……え」
「こ、こんなこともあろうかと用意してたんよ、これなら雨が降っても大丈夫でしょ?」
「……」
適当な雨乞い、天気予報に対しての妙な反応、そしてちゃっかり用意されていた折り畳み傘。

「……なぁ花梨、ホントは今夜雨が降るって知ってたんだろ」
「ギクッ!!」
……ものすごく分かりやすいリアクションありがとう。
「ハァー、だったら最初っから雨乞いなんかやる必要なかったじゃないか」
「いや、そもそも雨乞いやりたいって言い出したの何回も言うけどたかちゃんの方じゃない」
「まぁそうだけどさぁ、雨が降るんだったら別にねぇ……」
「ホ、ホラ、そうやって言うと思ったから黙ってたんよ。せっかくいろいろと用意したんだし。それに……」
「それに?」
「……巫女服も用意できたから、できればたかちゃんに見て欲しいと思ったから」
雨音でかき消されそうなか細い声でそう告げる花梨。
「……ふぅ」
何とも可愛らしい理由を聞いてしまったからには、起こる気もすっかり失せてしまった。
いっつもこんな具合で振り回されっぱなしの二人の関係だけど、
「……ま、こういうのもいいかもな」
止まない雨を眺めながら、誰にともなくつぶやく俺であった。








「あ!? たかちゃん、今見た!?」
「……え、何を?」
「今東の空を光る物体が通り過ぎたんよ!! あれは絶対未確認飛行物体、そうUFO!! 急いで追っかけないと!!」
「ってコラ、まだ雨降ってんだぞ!? しかも巫女装束のままで!!」
前言撤回。
やっぱり普通の娘がよかったです、ハイ。
















ちなみに。
その夜からこの地方も本格的な梅雨に突入したらしく、水不足の懸案は一気に解消されたのだった。
だが。
「雄二よ、残念な知らせだ。今日の体育も雨のためプールは無し。体育館でバスケだって」
「NOー!!! これで何週連続だよ!? チキショー、俺のスク水がぁー!!」
このバカのささやかな願望は、雨が降ろうと降るまいとまだまだ叶わない宿命だったようで。