雨、というものはおそらく地球上にいる限りただ一つ存在するものだろう…とある人は考えた。
けれど、私はそうは思えなかった。
一口に、雨といってもたくさんの種類がある。
時代によってたくさんの雨が存在する。
私は一番心に残った雨は……
彼とであったときに降っていた、雨だった。
課題作文『雨』
『雨は様々なところでいろいろな解釈があるが、私の解釈は』
私はそこで、作文を書くのをやめた。なぜなら、これ以上先にちょうどいい文が考え付かないからだった。私の高校は、どうやら作文を書くことによって小論文を書く力をつけさせようとしている。ただし、それは本当に意味があるかは私は知らない。
ついでに私は、はっきり言っておこうと思う。
作文なんて嫌いだ。
鉛筆を置いて、外を見た。天気は最悪だった。雲で空は埋まってるし、いかにも雨降りそうだし。MDを取り出すと、イヤホンを耳につける。再生。
私が好きなものは周りとはよく縁がない。けれど、私はそれでもいいと思っている。他人と違うところが個性だって言うし。そういえばいつか読んだ本に、個性は何が欠けているかである、というのを見た。非常にどうでもよかったので、本の題名は忘れたけど。
ついでに言っておく。今かかってるのはクラシック。私が大好きな、クラシックである。題名は『月光』であるから他の人には敬遠されがち。
「…いいや、明日書こう」
立ち上がると、作文用紙をそのまま放置して、ついでに言えば鉛筆も放置して、カバンを手に取り教室を出る。MDは制服の内ポケットに。
外の天気は――
「うっわぁっ、さいってぇ」
――大雨。傘持ってない。私はあまりにも認めたくない現実が起きてしまった所為で単純な言葉で表してしまった。雨降ってるし傘持ってないし。置き傘は持ってくるのを忘れた。なんてタイミングの悪い…
ともかく下駄箱まで行こう。雷までは鳴らないだろう、怖くないけどさ。私は廊下を一人、歩く。友達は先に帰ったし部活してたし……それに何より私は居残りで書いていた。あぁ、これでまた国語の評価が落ちるかな…それとも他のも下がるかな。これ以上下がったらまずいんだよなぁっと。
下駄箱から靴を取り出し履き、上履きをしまって歩く。校舎から出る前に外を見た…というより、出る気が失せたって言うほうが正しいけど。とにかく土砂降り。傘差さずに帰ったら、本当に風邪を引きそうだ。もともと遅刻も多いからまずいかも。
腕時計で確認すれば六時半。私の帰る道のりは自転車で30分かかる。ただし……これは普段の晴れている日に限り。雨の日は傘差しでゆっくりなため、1.5倍はかかる。急げばいいんだけど滑るし、実に危なかったりするので実際は1.3倍ぐらいかかるんじゃないかと思う。そうすると大体40分。
絶対に風邪引く自信があるよ私は。風邪引かないのはもはや馬鹿でしょっと。
「…はぁ」
ため息。出る気も失せる。しかし帰らないとお腹がすく眠くなる。お風呂にも入りたいし親に怒られるのも勘弁だ。何でこんな時間帯まで残したのかわかんないねぇ、鈴木(国語担当兼担任)先生っ!
…言ってて悲しい。言ってないからむしろ考えてもどうしようもなかったりする。
しゃがみこむと、私は空を見る。限界まで雨模様だった。まぁ自分のスカートを短くするようなことはしないけどさ。茶髪にする気もないけどさ。お金ないし自分に自信ないし。そんなのはどうでもいい。とにかくどうにかして帰る手段を考えなきゃいけない。
携帯を取り出すと、メールを送る準備をする。親は期待しないし、友達はどうかなと思う。まぁとりあえず頼んでみよう。今どこにいるのっと。
返事はすぐに返ってきた。『下校途中だけど、そっちは?』……学校。送るとまたすぐ返ってくる。『迎えにはいかないよ、ごめんね』…謝るぐらいなら迎えに来てほしかった。携帯を閉じると、ため息。それからカバンを置いて、のんびり外を眺めることにした。MDは『新世界』を奏でている。
新世界って、何でそんな題名にしたんだろう。昔のことも昔の人物のことも知らないけど、まぁそんなことを考えることぐらいはいいと思った。考えるだけで口には出さない。出すと危ない人に見られることがあるので。聞く人なんてこの場には絶対いないけど。
「……はぁ」
本日何度目になるか忘れたぐらいなため息。どうやら濡れて帰らないといけないっぽい。明日は風邪引いて学校行くかなぁ。そんなこんな思いながら立ち上がる。カバン持つ。急いで自転車に乗ってこけるぐらいの勢いで走ればどうにかなる…といいねぇ。そういう風に思って一歩踏み出――
「おや、ななさん」
「うぇっ!?」
――し損ねた。くるりと振り向けば、そこには…委員長もとい、学級委員兼生徒会副会長……なんだっけ。名前忘れた。クラスメイトの名前なんて知らない。主に親しい人以外忘れるので顔と名前が一致してくれない。そういえばこの前の合唱コンクールで優秀賞とってたなぁ…ソロパートやってたっけ、彼。私とは大違いだね。
ところで向こうは私の名前を知っている。というより、私のあだ名まで。夏井
菜那美《なつい
ななみ》が私の名前であり、なぜ『なな』なのかはしらない。一番最初に理由をつけた友達いわく、『苗字と名前の頭が両方ともなだから』らしいけど…だったら名前で考えないのかなとか思った。
「どうしたのかな、こんな時間に」
まぁ、彼は……もてるかどうかよくわからない。美形ってほど美形でもないし、成績はいいんだけど。彼氏にするには…って程度。相当高ければね。ともかく、そこいらの平均男子高校生より少し上という容姿。彼にはあまり近寄る機会はない。まぁほら、近寄るにも近寄れないって言うの?
だからそれはおいといて。話しかけられたからには何か話さないといけないと思うわけで。
「居残りってとこ。あの担任に残されちゃってさ」
私は友達と話すように話す。そう、いつもどおりに。とはいえ、彼が友達って言うわけでもないんだけれど。
「大変だねぇ。あんまり成績悪くならないようにしたほうがいいとおもうけど」
――んなことは知ってるから、という言葉を飲み込んだ。一時の相手だから、そんなことは言わないほうがいい。劣悪な環境になる。
「こっちもがんばってるんだよ」
「なら、いいけど」
会話が終わる。私はふっと外を見た。やっぱり、その雨はやみそうにない。いい加減止まってほしいものだ。その私の願いは聞き届けられなさそうだった。
「あれ、傘は?」
やっぱり聞かれた。そういえば彼の手には傘が一本ある。一本あるが、それは彼が帰るために使うべき傘であり、私が使っていいはずがない。当たり前だけどさ。シックな藍色の傘。大きさも十分だとか思った。
どうでもいい話はおいといて。私は困ったように、頭をかきながら彼に答えることにする。
「無いよ。雨降るなんて思ってなかった」
「天気予報は雨降るって言ってたと思うけど?」
「……予報は信じられない」
事実だ。予報なんてもの当たるとは限らないので鵜呑みにはしないことにしてる。しかし今回ばっかりはそれが仇になったっぽい。その結果傘持ってないのに土砂降りの中帰る羽目になり…風邪ひくっつーの。誰かの傘ぱくって帰ろうかな。ばれた瞬間また成績さが――
「じゃあ、貸そうか」
――るんだけどなぁ。まぁこれはしかたな…ん?
「今なんて?」
「俺家近いから傘貸そうかって」
…見ず知らずの人に――って言っても同じクラスメイトなんだけど――借りるのも忍びないし。
「ぬれて帰る。他人から借りるの嫌いだから」
ちなみに、これは半分本音で半分嘘。返すことを忘れるから借りないだけ。よく人から借りたものを返さないのも私。私は返そうとは思ってるけど忘れるのね。他にも本当はいろいろあるけど、大きな理由はこの二つだから。
「そりゃ健康上よくないと思うぜ」
「それは居残らされた私の責任…話はそれだけ?」
確かに一応自分の所為なんだけどね。っていうか全面的に私が悪いっていう。もしくは居残りを命じたあの馬鹿先生。私としては後者がいいんだけど、そんなの認められないからねぇ。うん。ついでに念のために、話はこれで終わりかと聞く。
「話はこれだけだけど…まだこの話を終わらせる気はない」
「…へ?」
話を終わらせない? その言葉に私は、いろんな意味で呆れた。私としては、今すぐ帰りたい。ぬれるのが確定事項なのだから、つまりのところなるべく早く帰ったほうがいい。早く外に出ないと立っていることで体力使うし――まぁぜんぜん体力使わないけど――その体力が残ってる状態で自転車を高速でこいですばやく家へ。そうすればシャワーを浴びる時間もご飯を食べる時間も、十分に確保でいると思う。
……じゃあそれを何で言わないかって言ったら、正面から言えるほど人間できてないからなんだけどさ。
「なんでさ?」
私はとりあえず、その理由だけでも聞くことにした。
「なんつーか、夢見が悪い」
その台詞にも正直呆れた。私はすぐに、ストレートに返そうと決めた。というよりここらへんから適当に返したほうがいいかもとか思った。
「私の問題なのになんでさ?」
「目の前でぬれられるとなんかあれだから」
それがよくわからないっつってんのに。私は顔をしかめた。
「そんなの知らないかんね。私、行くよ?」
くるりと振り返り、私は外に向かって一歩踏み出し――
「だから待とうぜ」
――損ねた。またとめられた。私は器用に片足だけ出向いてる向きを変えた。少し間抜けな自分がよくわかる。
「…なぁに?」
自分の声に思えないぐらいに不機嫌な声だった。まぁたしかに私は少し機嫌が悪い。居残りさせられたこと、これからぬれなきゃいけないこと、この場で立ってなきゃいけないこと。いろいろと重なってる所為でね。
「だから使おうぜ。俺は遠慮とかじゃなくて、近いから遠い奴が使うって言うのが普通がと思ってるからよ」
「私はそれでぱくるけど」
冗談といえば冗談だが本音といえば本音だった。それが丸く収まるってものだと思ってる。それが通じるかどうかはどうでもいいとして、それだけは言っておくことにした。覚えている限り借りたものは返す。最も借りないのだけれど、今回は…どうだかわからない。
「……ったく」
小さくつぶやいた彼の言葉は、不機嫌にさせたことだと思った。けれど。次の彼の行動にびっくりするのは私だった。
「じゃーな」
その一言で、彼は一方的に外に出た。そう、傘を放置したまんま。あぁ、じゃあ彼はぬれて家に帰るわけだ、わざわざ傘を置いて――
「はぁっ!?」
私は大慌てで傘を拾い上げて外に出た。彼の姿は…小さかった。走るの速いね、将来の夢は陸上選手? 違う。そんなのはどうでもいい、事実をまとめれば『彼は傘を置いて走って帰っていった』ということになる。なんで?
唖然としながらも私はその後姿を見送る――いや見送っちゃいけないんだけど体が動かない。とりあえず傘を差そう。差す。青い大きな傘は私にとって、大きく見える。私が大きな傘を持つと重量感を感じる。当たり前だけど、これは人の傘であり私の傘ではないから、私にとって重苦しいものだということだ。でも。
『彼』が残してくれた傘のおかげで『私』はぬれずに帰ることができるのだ。
「…人の好意は無駄にはできないねぇ」
一人でつぶやいてみた。結構形だけで、本音も漏れてるけど。
私にとって大きな傘は、彼にとっては普通の傘。その普通の傘を私に渡して彼はさっさと家へ走っていく。私はそれをどうするともわからず、とりあえず彼の気遣いに心で感謝し。明日に何かお礼でも考えようとか思いながら……私は自転車をとりにいくことにした。
私の親は朝早くから仕事に出て夜遅くに帰ってくる。だから夕飯は自分で作る…ということにしている。朝ごはんは親が用意してくれているし、それをお弁当として詰めて学校に行けばお昼ごはんも困らない。他の家でも同じような情景があるだろうと思いながら、私はパンをもふもふ食べる。朝ごはんはしっかり用意されていた。私はそれでもパンを…バターだけ塗って食べている。
私の前の前にある机の上に、弁当箱は二つ並んでいる。私が簡単に思いつくことができた唯一のお返しは、お弁当を作る――とはいっても作ったのは親だけど――ことだった。そしてそれは、私の朝ごはんが非常に質素になるということでもある。今日の弁当はから揚げに卵、ブロッコリーとスパゲティの入ったごはんにふりかけつき…ちょっとだけ豪勢なお弁当。それを朝に食べることができないのは残念だと思う。まぁそんなこともあると思い。私はそれを学生かばんの中に入れた。そして、電気を消して窓の外を見た。雨が降っていた。
そう。あの時と同じ雨が降っている。いくら彼みたいな人でも傘は二つ持っている…そう思って、私はため息をついた。雨戸を閉めて窓の鍵を閉めて、私は家から出る。ちゃんと家の鍵をかけて。
「行ってきます」
誰に言うともなく私は挨拶をする。家に挨拶を律儀にする私は少し、変わってる気がする。どうでもよかった。外に放置してある二つの傘を手に取り、一つは差す。私の傘は黒かった。黒い傘だけど大きくはなかった。それを差して、私は左手に学生かばんと、彼から借りた傘を持って。自転車を止めた駐車場へと向かう。正確には、兼用の駐輪場なのだけれど。
今から行けば…始業ベルの10分前にはつける。そう願うことにした。
私の予想通りに始業ベルの10分前に下駄箱についた。クラスメイトに挨拶をしながら、私は教室に入った。それまではいつもどおりで、これから私は友達とおしゃべりを開始する予定…だった。そう、あくまで予定だった。つまりその予定は見事に覆ってしまったわけで。その原因はたった一つ。
タオルで頭を拭いている『彼』がいた。
呆れて立ちすくむ。友達がよってくる。けどそれ以上に、彼が何をしているかが理解できてなかった。頭を拭いてる、なぜ? そりゃぬれたから。なんでぬれるの? 傘差してないからじゃないかな。何で傘差してないの? ないから。
そんな思考がつながった瞬間、私と彼の視線がぶつかり合った。
「よっ」
学生服がずぶぬれの状態のままで、タオルで頭を拭きながら、気軽に私に向かって手を上げて挨拶をする。それに挨拶を返す気は全然なかった。というか返せなかった。返す気もなかったけどあっても返せなかったと思う。学生かばんをその場に落とし――ついでに二本の傘も落とし――私は彼に歩み寄る。その距離がだいぶ近い、そんなところで私は。周りも顧みず。っていうかそんなの初めから視線も入ってないから無視して。
「ばっかじゃないのぉっ!?」
全力で怒鳴る。
「っていうか馬鹿でしょ絶対そうでしょ、傘一本しかないのに人に貸して自分濡れてっ!?」
私はとにかく怒鳴る、反撃なんてさせないさせる気もない、これでも作文論文の評価は高いほうだ。
「その前に自分の事気遣いなさいよ自分の体壊してたら元も子もないんじゃないのこの馬鹿生徒会副会長あったまおかしぃんじゃないのえぇおかしいね絶対そんなんで――」
「はいはいはいはいななストップ落ち着いて落ち着いて」
友達に腕をつかまれて仕方なく止まる。というか、まじおかしいよ。多分あのまま続けてたら殴ってる。
「はぁーっ、はぁーっ、ふーっ!」
ついでに反射的に威嚇もしてみる。彼は……少し引いていた。けど。
「……くはっ…っはっは…っ!」
笑い始めた。はっ、なんで? なんでさ? 私はそれに引いた。友達の顔を見た。よくわかんない。
「あんだよそんな風に感情ぶつけてくるたぁ思わなかったぞっ…くはははっ……やべぇはらいてぇっ」
しかも泣きながら笑ってる気色悪い。いやそういう意味じゃなくってどっかおかしい。
「…なによ、風邪引いて頭おかしくなった?」
「ばーか、俺の名前を忘れてるななさんが言えることかよっ、あははははっ」
「うっ」
図星。完全に彼の名前なんか忘れてる。しかしそんなこともお構いなしに彼は笑う、とにかく笑って。
「かはははっはっ! いやぁっ、学生生活かれこれ10年以上やってるけど、生徒会副会長の名前を知らない同学年なんてはじめてみたぜっ!」
「馬鹿にするなっ、私は人より少し忘れやすいだけだっ!」
売り言葉に買い言葉、また私は拳を振り上げ――ようとしたけどつかまれて振り上げられない。
「やべぇ傑作だ…っ、誰か、俺の名前をななさんに教えてやれよっ」
涙をぬぐいながら彼は誰かに言い放つ。私の横では友達がため息をついた。
「中条 七《なかじょう
なな》…でしょ。まったく、ななも中条くんの名前忘れるし」
そこまで来てようやく思い出した。腕をそれと同時に放してもらう。それから、ため息を私はつく。だいぶ、落ち着いた。
「……そういえばぐっさん言ってたね、生徒会副会長も『ナナ』だって」
ちなみにぐっさんは私の友達その二。一年で私の知り合いでもある。
ともかく、これで彼の名前を忘れることはなさそうだ。『ナナ』…つまり、私のあだ名と同じということになる。ややこしいったらありゃしない。
「っていうかあんた、何で傘一本しかないの?」
「最後の一本を、貸しちまったのさ。あると思ってたから」
本当に馬鹿だった。私はもう一度ため息をつく。それから学生かばんを拾い上げ傘も拾って、彼に向かって傘――彼から借りた、あの青い傘――を突き出す。
「返す。これでぬれないでしょ」
「さんきゅ」
彼はそれを受け取ると、左手に持ち直す。私は学生かばんをあさりだし、あれを取り出す。そう、私が盛ってこようと決めたお弁当を。
「あと、お返し」
有無言わさず受け取ってもらう気だった。彼は驚いた様子を見せて…それから、それを受け取る。
「…学食代が浮くとはいえ、人のかぁ……あんまうれしかねぇな」
「なら返せ」
「いただくさ」
笑顔ではっきりとそういう彼。ちょっと腹が立つけどそれはまだ許容範囲内。私はそれ以上会話をする気もなく、自分の机に歩き出す。学生かばんを置くのと、彼の言葉がちょうど一致した。
「床、拭いとけよー」
もっともだった。けど、私はそれに従う気が起きなかった。いつもならすぐにやっていたそれを……今はできなかった。
「恋、ですね」
「はぁっ?」
お昼。ぐっさんにその言葉を言われてつい反射的に間抜けな声で返してしまった。私は友達であるゆっきーとぐっさんと一緒にお弁当を食べている。そして、ぐっさんに説明し終わって最初の言葉がわけわかんなかった。
「はぁっ、いいですねぇ……ふとしたきっかけは下駄箱で、そこからはじめて進展する恋の物語…時間がたつごとにその恋心に気づき惹かれあって…うらやまし、あの噂の副生徒会長相手ならなおさらに」
そしてぐっさんは暴走してた。ドラマとかよく見る上にそういうことに関して暴走しやすい、ぐっさん。そのテンションに私はたびたびついていけなくなる。あまりにも夢見がちすぎるのだ。現実主義の人から見ればただの危ない人。
「でも、それはないんじゃない? ななに限って」
「いえそれは甘いですゆき様」
「ゆき様やめて」
暴走し始めると様付けまでするぐっさんは、正直たちが悪い。どのくらいたちが悪いかというと、男子体育担任の人の機嫌が悪いときぐらい。ちなみに女子は優しい先生なのでサボり放題。せんせの話はおいといて。ともかく私は箸を進める。から揚げおいし。
「誰々に限ってなんて言葉こそ、信じられないものはないですよ。そんな馬鹿なって思えるような人だからこそ恋のドラマに意味があるのです。きっと最終的に燃えるような否萌えるようなドラマが展開されるんですっ」
「ゆっきー、これもらうよ」
「あっ、こら人のとるな」
ぐっさんがトリップ状態な時にはおとなしく食べるのが一番、よって私は箸を進める。あっ、なにげおいし。味が少し薄めなのがちょうどいいね。また腕上げたんじゃないかなゆっきー。
バンッ!
「人の話を聞いてますかっ!?」
机をおもいっきし叩くぐっさん。弁当が少し浮いたし、ペットボトルが倒れそうになった。しっかりと支えて、それの蓋を開ける。ちなみに聞いてないふり。理由は、教室内…あと廊下からの視線が恥ずかしいから。できれば知らない人のふりもしたいけどできないのが悲しい。
「…ぐっさん、おちついて」
「そうだよ、ぐーちゃん」
私は冷静に――外側だけでも冷静に――説得し、ゆっきーは呆れて。でもぐっさんの暴走はもうちょっと止まりそうにない。
「これは死活問題なんですよっ!? これから燃える萌える恋のフラグが立つ所でまずはその概要を理解した上で、重点的にそのフラグ一直線で行くっ、これ以外に何があるんですかっ!?」
それでいろんな人は失敗してるんだよ――と心の中で思う。口に出すと酷い目にあいそうだから。それはゆっきーも理解しているだろうし。そんなときだった。
「にぎやかだなおい、外まで聞こえてるぞ」
噂の彼――中条登場。私にとってたぶん最悪なタイミングだと思いたい。私が逃げようとした。ゆっきーはお弁当を食べようとした。彼も彼で彼なりの行動をしようとした。それを見事に全てつぶしてくれたのはぐっさん。
「あっ、あたし用事ができましたのでゆき様と一緒にお外行ってきますほら行きますよゆき様っ!」
「あちょっ、あたしのお弁当の栄養分はぁっ!?」
「んなもんしりませんっ!!」
ぐっさんはゆっきーを連行してそのまま教室から出て行く。お弁当の中身は少し残ってた。なむ、ゆっきー。カビ生えないといいね。一気に静かになった教室。そう、あまりにも静かになりすぎてる。理由? そりゃ、私のいるこの教室の人が二人になったから。他の人は…ベランダから外に出て行った。ちょっと待とうよ。男子も女子もいないって何事。
「…いつでもにぎやかだねぇ」
「そりゃぐっさんだから」
私はできるだけ完結に簡潔に理由を説明してみた。文化祭でも体育祭でもとにかく何かあるとはっちゃけるぐっさん。巻き込まれる私とゆっきーの身にもなってくれるとうれしいね、無理だろうけど。えぇっとー、去年の文化祭でコスプレ喫茶を押し通した唯一のクラスはぐっさんがいたクラスだった気がする。学校内演劇一位をとったのもあのクラスの気がする。
ともかく、あのクラスは根本的に何かのネジが外れているのだ。十中八九ぐっさんのせいで。
「……そしてなんで他に誰もいないんだ?」
「全員逃げたからでしょうねぇ」
私は後で逃げた連中に嫌がらせをしてみたい。してみたいだけで、そこまでやる根性はなかったり。私チキンだからね。人間だけどチキン。こういう場合は頭の中だけで仕返しをしておこう…って、どんなくらい性格なんだろうね、私は。
…沈黙。理由は私が何もしゃべらないのと、彼がしゃべらないから。私はしゃべる気もないししゃべる話題もないからだし、向こうは何考えてるか知らないけど。冷静に観察を開始してみよう。そういえばちゃんと確認をしたためしがなかった。せっかくだし、今やっておこう。
じー。
「……ん?」
きっとにらんでるように見える私。一応観察中なのだけれど、それでも私はよくにらんでるとか言われる。おいといて。彼はもてる――のかどうかわかんないような感じ。私はとりあえず微妙といっておく。好みは年上なので。制服の着方は模範生徒になりかねないほどしっかり。確かにこれなら外を出歩いても恥ずかしくはない。身長も平均はあるし成績も優秀で体形もすらり。生徒会副会長になるのには申し分ないのは確か。
これなら確かに彼氏にするのもいいかもしれない。改めて思うと、もう一度彼の顔を見る。顔立ちも整ってるし、年より少しばかり大人びて見える……かな。その肝心の表情は、どことなくよくわかんなそうな顔してたから微妙なんだけど。
「…さっきから上から下まで何見てんのよ?」
「観察してる」
「はぁ?」
私は文字通りに観察しているんだけど…その意味をどうやら彼は理解できてないようで。けれどもう少し観察。髪の毛は短く整っていて、風が少し吹けば匂いがわかる。あっ、これ一度だけ使ったことがあるシャンプーの匂いだ。高くて買う気がしなかった奴なのに……
「観察ってなぁ」
彼の呆れてる声。うん、まぁいいか。私は心にそうなんとなく思って、ため息をついた。
「確かに、ぐっさんが目印をつけるわけだ」
「目印ぃ?」
私の自分を納得させるような言葉に、彼は鸚鵡返し。
「そ。何気に目をつけてるからね」
財布の中身はそれなりに、ルックスもよし。それでいて気遣いも――昨日の放課後に判明したあれで――ある。ただ…私にとっては少し微妙なんだよなぁ。性格とか、自分省みないところとか。自己犠牲っていうの? あれ、だめね。
「……あぁそうだ」
彼は背中のサブバック――なんで持ってんだろう――から、お弁当を取り出すと私に向かって。
「ご馳走様。卵はやっぱり甘めに限るね」
お礼と一緒に感想も一緒に、返してくる。私はそれを受け取ると、もう一度ため息をついた。そして、私の席を一瞥する。そう、私はまだお弁当を食べきってない。ゆっきーの残った――残された?――お弁当も残ってる。ついでに言えば、ぐっさんのお弁当代わりである菓子パンは一つたりともない。どうやらもって行ったらしい。
…卵は。
「やっぱり甘いのが一番よね」
「甘くないのはケチャップかけないと食えねぇな」
私は席に座ると、箸を手に取る。あぁ、いつの間に立ったのなんて質問はしないでね。そこは気にしないの。彼は近くにあった彼の席を持ってくると、それに座り込む。
「少し焦げ目がつくのがいいんだよね。四角い形の中にある調和って言うの? 白と黄色の甘みの違いとか」
「それはいえるよな。焦げ目って言うのは重要だ」
お弁当もふもふ。おいし。お昼は話しながらお弁当を食べる、あぁこれこそお昼の正しい生活……
「……なんで私はひーと話してるのでしょう」
「さぁ」
私の素朴な疑問はどうやらどうでもいいことらしい。その証拠に彼の視線は、から揚げに向いてる。だからそれは私のなんだってば。私のお昼ご飯だよ? ちなみにひーは英語の三人称、彼に値する。ってそんなこと誰でも知ってるか。
「から揚げはやっぱり皮が美味しい」
「焼き鳥だって皮がうまいだろ? あれの塩がまたうまくて」
「たれの方が美味しいんじゃない? 屋台によって違うみたいだけどさ」
私の素朴な疑問はどうでもいいとしても、彼と話していると話がよく進むのはなぜだろう。……まぁいいか。どうでもいいし。
私は気づいていなかった。彼と話がここまで進む、本当の理由を。
雨はまだ降っていた。帰り際に一緒に帰るような人もいない。作文用紙どこにやったっけ…記憶をたどる。……あ。いまさらながらに作文用紙がないのに気づく。どうしよう。こういう場合は何でも持っていそうな人に…っていないって。本当にどうしようとか思った。
机の前でボーっとする。掃除中なのも知ったこっちゃなかった。私にとって掃除よりも作文用紙を探すという大事なことがあるのだ。昨日のうちに書いておけばよかったなぁといまさらに後悔。
「なな」
「…うん?」
少し反応が遅れた。彼が『ナナ』という名前なので反応がどうしても遅れる。呼んでいる人で判断するしかない。この場合ゆっきーだから多分私。振り返れば、作文用紙を持ってる。
「あんがと」
「書こうね…ちゃんと。休みなんだから」
「わかってるよ」
受け取るとかばんに迷わず詰め込む。よし、これで家でかける…ね。じゃあ早速てった――
「ななさん、書こうぜ?」
「うっさいっ」
『ナナ』である彼にまで言われたのでとりあえず一蹴。だって本当のことだし……私は図星を指されると何も言い返せなくなるか誤魔化すかの二択だといわれたし。
私はさっさと帰ることにした、先生に捕まらないうちに。そう、そうすれば私には連休という言葉が待っている。よって私は帰る。
「んーじゃまた今度」
「また今度ー」
ゆっきーに挨拶して教室を出た。雨は…まだ降っている。ってゆーかー、強くなってると思うのは気のせいだろうか。気のせいってことにしよう。そう、私にとってそれがいいと思った。
一日経って、私に異変が訪れた。
――何この、暇さ加減。
つまり要約すると、私はとてつもなく暇になってしまったというわけなんだけど。今日の予定が片っ端からキャンセルされた上に友達にほっとかれた気分…とでもいえば説明がつくだろうかな。今日は珍しく親が休みと聞いたからどこかに無理やりにでも連れ出そうかと思ったら仕事の横槍が入り結局二人ともいないし、ゆっきーはなぜか旅行に出かけてるし、ぐっさんは今の時間間違いなくドラマ見てるし。作文もかけないし。外に行こうにも行く場所がなぁ……
「暇」
口に出す。あんまり面白くなかった。テレビを眺める、面白くない。本を探す、見つからない。携帯いじくる、やることがなくなった。
「……だぁもうひまぁっ!!」
キレて八つ当たり。
「――ったぁっ!?」
むちゃくちゃ痛かった。そりゃ机に蹴り叩き込んだら痛いですわ。じゃなくって。ベットに倒れこむ。本当にやることがない。暇で暇で死んじゃいそう。
…ゆっきーに嫌がらせでもしよう、そうしよう。私はメールを送る。『暇』という言葉だけ入れて。それを二回三回と繰り返しまくる。四回目を送った直後にゆっきーからメールが返ってくる。『うるさい』…それはひどいと思うんだけど。いやこっちからやったから文句は言えないけどさ。もう一度、暇つぶし提供してっと……今度はすぐに返ってきた。『この電話番号にでもかけてれば?』…誰? 誰の電話番号? まぁいいや。
私は迷わずその電話番号を打ち込んだ。そして少しだけ躊躇して、それをかけた。電話は…とられた。
『はいもしもし、中条ですが』
「うぇぇっ!?」
はめられた。一番最初にそう思った。そしてその場の勢いで通話解除。携帯が宙を舞ってベットに着地した。私がベットをたたくと、携帯はまた宙を舞った。やばいやばい、そういえば非通知にするの忘れてた。ってことはかけてくるんじゃ向こう…
私の携帯が、知らない人からかかる電話を告げる『エリーゼのために』を奏でだす。それをとるかとらないかは私の選択なのだけど…仕方ない、とろう。
「もしもし」
『やっぱななさんのか、登録してないわけだ』
ばれてた。どっちにしても、私が声出した時点でばれててもおかしくないんだけどね。私はため息をついて寝転がる。
「…なにさ」
『かけてきたのそっちじゃん?』
「かけさせられたのさ」
『誰によ? ゆきさん?』
「そー」
元をたどれば私が暇だからなんだけど。電話番号を教えたのは、ゆっきーだ。よって全ての現況はゆっきーだ。以上、私の八つ当たりは終わり。
『ふぅん? じゃあななさん暇なんだな』
「暇も暇よ。って何でそんなことわかるのよ」
『そんな気がした』
…馬鹿じゃないの? とか思った。どのくらい馬鹿かっていったら、ぐっさんぐらい。わからないか。
「…まぁ暇だけど」
『暇だからといって俺は話題を提供できそうにないけど』
「クラスの中での話題の豊富さは何、それは私に対するあてつけ?」
『違うって』
「じゃあなんなのさ、ブロッコリーとニンジンの因果関係でも説明するの?」
『できるかっ、俺ができるのは大根とおでんだけだっ』
できるのね…ため息。私は彼に対しての感情を改めなければいけない。何でもできる生徒会長…じゃなくて、いろんな意味で馬会長。ちゃんと『バカイチョウ』って読むこと。
「んじゃ説明して。原稿用紙二文字分、頭には空白で句読点含む」
『普通に説明させろよっ!』
「いいからやりなさい」
『んじゃ先に説明しろっ!』
「こっちができないから説明してって言ってるんじゃない」
ここまで言って私はまた不思議に思った。何で私は、彼と話すとき…ここまで盛り上がれるのだろう。ゆっきーやぐっさんの時とは、違う。他の友達と話してるときとも、違う。あれ? じゃあ……なんで?
私の疑問は、当分晴れそうにないけど。でも、話していれば暇もつぶせるだろう。そう思って、彼と話す。そう、いろんなことを、携帯電話をはさんで。その時間は気づけば――本当は気づいてないんだろうけど――すでにぐっさんがドラマを見終わっている時間だっただろうに。
私が電話を切ったとき、時間は……
「…げっ、13時!?」
あまりの時間の経過に私は唖然としていた。ぇー? ちょっとまとうよ、確か話し始めたのは9時だったよね……じゃあ。私は四時間も彼と話していたって言うこと? うっそぉ。電話のパケ代は確か使い放題だったと思うから電話代は気にしないし、電話してる分だけむしろ得なんだけど…いやっ、違うよね。論点がずれてる。えぇと、論点は……
「…そうだ」
なぜ、『彼』と話したとき…それは毎回、話が弾む。そう、毎回――といっても、話した機会はこれで四度目だけど――話が長く続いた上に、時間まで忘れる。そしてそれに、私は驚愕するのだろう。なんでだろう。
いつになく高揚している気がする。自分の胸に手を当てたら、それが本当にわかった。
――恋、ですね――
その言葉を否定した私がいた。けれど…私が今、そのことを否定することはできないと思った。本当に、そうとしか思えなくなってきている。これが……恋、なのだろうか。だとしたら、少しばかり機会が遅すぎる気がする。けれど。
「ばっかじゃん私」
そんなの気にしないほうがいい。そうに決まってる。そう思い返して、私は立ち上がって部屋から出た。お昼ご飯の用意だ。ご飯を今から炊くのは、とても美味しくない。というかそこまで耐えれない。よってここは、みんなの味方ファストフードに限る。一人で食べるのもあれだけど、ぐっさん呼ぼうにも方向逆だし。雨は降らないように願おう。
いつもどおりに、そう。いつもどおりに私は自分を着飾る。ジーパンにジャケット、あとシャツなシンプルスタイル。他の人みたいに流行に合わせて物を買うほど私にお金はない。というか余裕がない。最後に黒い帽子をかぶって、外出。空の天気は曇り。早めに食べるほうがいいと思った。けどたまには違うお店に行こう。私は自転車をとりに、いった。
私のいきつけなファストフードは三つある。モクドナルド、ケントッキー。そして、喫茶店が一つ。どこに行こう。そう思いながらも自転車は風を切る。目指すは、私のいきつけへ。
そして結局そこへついた。結局モクドナルドにしてしまった。やっぱりポテトとバーガーにコーラの組み合わせは美味しいから。そこに入って注文し、すぐに来たそれを手に持って店内を見回した。それから、窓際の場所をとった。そして、ハンバーガーを食べならがのんびりと外を眺める。よく考えたらこれはこれで暇つぶしに困るんだよねぇ。もふもふ。
…そうか。こういうときこそメールだよね。ゆっきーに恨みのメールと、ぐっさんに暇暇メールっと。どうせどっちかはすぐに返ってくるよねとか思いながら。やっぱり帰ってきたけど、ゆっきーのだった。『いいじゃんべっつにー』いやよくないってば。とりあえず返しておこう。よくないっつーのっと。
ハンバーガーを食べ終えてしまったのでポテトを食べる。このぽりぽりーって言うのがいいね。メールが届けばまたゆっきーだった。『んじゃいいってことにしてよ、いい出会いでしょ?』いやよくないから。反論してからまたポテトをもぐもぐ。しっかし、おっそいなぁぐっさんの返答。久々に長文になるかな? さて……もぐもぐ。ゆっきーからのメールだ。『ぐーちゃんじゃないけど、そういうのは大事にしておきなよ?』よけーなお世話です。
とそこで、ぐっさんからメールが届いた……けど。内容を見た瞬間頭が痛くなった。ドラマについて、ずらずらずららーっと文字がびっしり。読む気がうせた。けどこれを読めば、きっと時間が…つぶせるはずっ! よって読むことに決定して読み始める。
書いてる内容はドラマについて何だけど、後半はぜんぜん違う。そう、後半は出会いの重要性と恋愛のふとした出会い。…文章力あるよねぇ、ドラマのことについてだけ。私はそれを眺めてポテトを食べた。コーラを飲んでから、また読み始める。
「お、ななさん」
「っなぁっ!?」
ガシャッ
こけた。というか席から落ちた。むっちゃくっちゃ痛いんですけどっ!! って言ってる場合じゃなくてっ!?
「なっ、なっ、なんでいるのさっ!?」
そこにいたのは、私と同じ『ナナ』の生徒会長。とりあえず私は立ち上がり、改めて椅子に座る。そこにはまぎれもなく、私と同じセット物を頼んだ彼がいる。のはいいけど。ほんとに彼が何でいるか気になった。
「…いやいるからでしょ」
「んなんで納得いくかぁっ!!」
「ほらっ、とりあえず声を小さくして…ちぃとばかしはずいぜ」
そういわれて周りを見回し…視線がこっちに注目していたのを見て……恥ずかしくなった。うつむいてコーラを飲んで――
「げほっ、けほっ」
むせた。やばい、私むちゃくちゃあせってる。こんなときに炭酸なんか頼むんじゃなかった。コーラじゃなくてオレンジにしておけば。
「だーいじょうぶかい」
「ぜっ、ぜぜん」
正直胃袋にダメージが。というか鼻とか喉とかに痛烈なダメージが。痛い。
「……やれやれ、ちとシュールだな」
背中をさすってもらうと、少しだけ楽になる。人の体はこうも簡単にできているのがうらやましい。いや私も人なんだからそんなこといっちゃいけないんだけどね。まぁおいといて。
「どーも…楽にはなったよ」
「どういたしまして」
そして、改めて彼の確認をする。あぁたしかに中条という姓に七という名の彼がいる。見間違いでもなければドッペルゲンガーでもないと思いたい。これで双子とかいわれたら相当びっくりするけど、そうしたら私の名前を知っているはずがないわけだし。
…だから何で彼はいるんだろう。
「やっぱり聞きたそうな顔……聞きたいのか?」
「当然じゃん」
私は即答で返す。気になるもんは気になるのよ? それをわからないようじゃ、私にとっては失格だと思うね。なんのかは教えないけど。
「飯。持って帰ろうかと思ったけどななさんがいたから急遽予定変更しただけ」
「……は?」
私がいたから? んなわけないでしょ。私は信じないことにした、迷わず。
「…まぁいいけどさ。何で私に合わせるのよ」
「別にいいじゃん」
そりゃ他人の勝手でしょうね……心の中でため息をついていこう。私はそれから、ポテトをかじる。
「どうでもいいことだからね…言っておくけど、私は食べ終わったら帰るからね」
「ご自由に」
隣に座り込んだ彼を眺めて、それからコーラを飲む。飲んで、彼が持つあの青い傘を見て。私は外を見た。雨が降っていた。…あっ、どおりで彼が傘を持ってるわけだ。
――つまり、私はまた傘がない状態で帰らなきゃいけないわけだ。最悪。しかしそれを表情に出す気はない。出したらまた彼が傘を渡しそうだ。今回はそれを避けたいという心がある。私のせいで、彼が風邪を引く必要なんてどこにもないし、雨にぬれる理由もないから。
私は食べ終わると、片付ける。その間に彼との会話はなかった。でも、なぜか。私は片付けた後に、また先ほどと同じ席についてしまった。そう、なぜか。自分でもわからない、さっさと帰ればいいのに。
別に雨宿りでもいいか。
「…食べ終わったんじゃないのかい?」
「食べ終わったわよ」
彼に何気なく声をかけられて、それを即答して返す。本当の事実だから仕方がない。少しだけ気分が落ち込む。
「じゃあ、前と同じか」
「そうよ、悪い?」
「べーつに?」
ちとカチーンと来るその言葉。けれどそれに反応すれば私の負けな気がする。だから、私は仕方なく、外をボーっと眺めた。
「……猫」
「はぁ?」
唐突の彼の言葉に間抜けな声を出した。それから彼へ振り向く。ハンバーガーを食べながら、彼はもう一度私を見ながら。
「……うん、猫だ」
納得するようにそういった。
「何が」
「君が」
沈黙。というか絶句した。私が? 猫?
「どういう意味よ」
「猫みたいな性格」
そして二度目の絶句。私が猫みたいな性格してるぅ? 冗談でしょ? あんな気まぐれで一人うろうろしてるような、しかも周りかえりみないんでしょ? ……合ってるかも知れない。否定しきれないのが悲しかった。
けれど、私は猫…とは思えない。どっちかっていうと犬のような気がするんだけど。犬でも…ないか。んじゃあ、なんだろうなぁ。今度動物占いでもやってみたほうがいいかもしれない。
「……んで、決断は?」
「はぁっ?」
顔を上げて彼を見る。決断って何が?
「ぬれて帰る? それとも傘借りる? もしくは、一緒に帰るか?」
どれも本当は遠慮した――一緒に帰る?
「何で一緒に帰んなきゃいけないのよ!?」
「両方ともぬれねぇ」
いや確かにそうだけど、私は自転車であんたも自転車じゃ。そう思ったところで考え直し。よく考えたら、彼が自転車できたという確証もないし、自転車だったとしても私が降りていればすむ話。少し帰るのが遅くなるけど…それを考慮に入れれば、十分な条件。彼もぬれないし私もぬれない。け・ど。
「だったらぬれて帰るわ」
「……つまんねー」
なにがよ――その言葉を必死で押さえつけた。ここでとめないと、私はまた会話を続けてしまう。とめなきゃいけない。とめなきゃ……私はまた、変な気分で困ることになる。
「帰る、お先」
ちゃんと言葉を言うこともできずに、私は外へ出た。雨にうたれて私は頭を冷やすことにする。自転車に迷わず飛び乗り、全力でこぎだした。後ろを向けば…彼の姿が一瞬だけ見えた。次には私は曲がっていた。
その雨の中も、家に帰るまで全力でこいでいた。雨の大切さが、わかった気がした。なぜ私の涙が流れているかも知らないで、それを『雨』は隠してくれる。私は泣きたくもないのに泣いていた。その理由もわからないままに。
――私のせいじゃないよ、『ナナ』が悲しみ寂しく見えたのはっ!!
家に帰ってきた後私は走って脱衣場に入ろうとして転んだ。相当あわててた。それはわかってるけど、とめられなかった。服を急いで脱ぐと、そのまま風呂場に入る。勢いよく扉を閉めて、シャワーのコックをひねる。シャワーの水がかかっても、雨よりぜんぜん暖かい。それが暖まりお湯になって出てくるまでそう時間はなかった。
「――あっつぅっ!!」
またあわてて水をひねる。少ししてから心地よいほどの温度になり安堵する。それを頭から浴びて、それから私はまだ頭が完全に冷えてないことを自覚する。ぜんぜん頭が冷えてないわけだ。っていうより冷えてるわけがないね。あんなに全力でかっ飛ばして、あげくあそこで転んでるし。
…でも。
また思い出してしまった。『彼』の表情を。また、ぼろぼろ涙が出てきてしまう。歯を噛み締めて耐えようと思っても、次々とあふれ出てしまう。
「……なんでっかなぁ…」
止まらないのはなんでっかなぁ。何でこう出るんだろう。出てしまうんだろ。
シャワーを止めた。私にとってまったく意味がないことがわかってしまった。体が冷たいんじゃない。別の何かが冷たいんだって、思った。脱衣場に戻ると、備え付けのバスタオルを手に取り、体を拭く。それから携帯を取り出すと、私はメールを送ろうとした。そのとき、電話が鳴り響いた。このメロディは――私がメールを送りたかった相手だ。
「もしも――」
『なっちゃーん、なーにしけてるんですかー』
ぐっさんの能天気な声に私は少しだけ引いた。けど、それが逆になんだかうれしかった。私はバスタオルを体に巻きながら会話をする。
「いろいろあったのよ…」
『ずばり、副生徒会長の『ナナ』さんですねーっ』
体が止まった。
『…やっぱりずぼし、ですかー……はいはい。んじゃ今からそっち行きますから話は聞きますから』
その言葉と一緒に、携帯の通話は切られた。
「……はぁ」
私は小さくため息をついた。誰にもばれない場所で、誰にもばれないぐらい小さな。こんなにも最悪な気分は、今まで味わったことがない気がする。なんでだろう。いまさらにこんなことがおきるなんて。私は誰の手も借りるつもりはなかった。今までもこれからも。けれど、その考え方はぜんぜん甘かった。誰かの手を借りなきゃ、私の気分は戻らない。その手を借りる相手も…いないとおもうのに。
脱衣場から廊下を抜けて、私の部屋を目指す。迷わず目指す。着替えを探さなきゃ。いいやもう寝る準備しよう、明日考える――着替えはじめてからふと気づいた。ぐっさん…私の家、知ってるの?
携帯を取り出してから、メールを送る。私の家知ってるの? 答えは……すぐ返ってきた。『はい知ってます』…その解答は予知できない。っていうか普通知らないと思った。けど、なぜか。いつもなら呆れるだろうその言葉が、とてもうれしく思えた。
心置きなく寝る準備をするために寝巻きに着替える。短パンはいて、パジャマ代わりに半纏着て。よし完璧いつでも寝れる。そう思ったとき。
ぴんぽーん
……早い。あまりにも早すぎる。狙ったぐらいに早すぎる。なんで? なんでぇ? でも…まぁいいか。とりあえず玄関まで出る。居留守を使えば、たしかにぐっさん。うーん、教えたためしはないんだけどなぁ。私は玄関の扉を開けた。
「ちはなっちゃん」
確かに本物のぐっさんがいた。ただし。
隣には『ナナ』がいる。
……――っ!?
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!?」
全力で玄関を閉めた。はぁっ、ちょっとたんまえぇあれなんでぐっさんだけじゃっ!? うわうわうわぁっ!!
っていうか見られた見られたよね私の寝巻き姿見られたよねっ!? やっばっていうか前はだけてたよわわわわわっ!?
「ちょぅっ、ぐっさんなんでいんのよそこの人がっ!?」
「途中で誘いました」
「はぅぁ帰れ帰れっいややっぱりいい帰るなそこで待ってれ帰ったらマジ切れるよっ!?」
「……あー」
彼の言葉の最後も聞こえてない私は一方的に全力で叫んで部屋まで走る。やばい火が出るぐらいに恥ずかしい。っていうか初めてはだけ姿見られたよ他の男の人にうわぁっ!!
ずべしゃっ
「いっ、いたぁっ…」
もろにすっころんでとてつもなく痛かった。けど何とか部屋に到着してから、急いで半纏を脱いで上に一枚シャツを…あぁもうブラ忘れたつけなきゃっ! ええいめんどくさいこの際セーターでいいやっ! シャツの上にセーターを着てその上に半纏を羽織って、それからまた玄関まで走る。…膝が痛い。もろすりむいたし。最悪。
ともかく玄関にようやく到着して、私は扉を開いた。
「あーもう……ぐっさんのばーかばーか、死んじゃえ」
「そゆこといわないでくださいってお邪魔しまーす」
「…あがっていいのか?」
流石に引いてる『ナナ』。けれど、その気持ちはわからないわけじゃない。主に、目の前の私のあわてっぷりとか。っていうか本気でふざけんなぐっさん。
「いーよ…さっきのこと忘れて」
「なんとかやってみる」
普通に彼には上がってもらったところで私もリビングに移動する。移動してから私は救急箱を探すことにする。はぁ……今日の運勢、絶対悪いんだろうなぁ。
「あれ、怪我したんですか?」
「誰のせいよ」
「なっちゃんですよね」
あんたと彼で9割、残り1割私よ。その言葉は飲み込む、これ以上ややこしくなりたくない。
「…元気そうで何よりです」
「ってか話が違うんだが」
ぐっさんの言葉はどうでもよかったこの際。でも、彼の言葉に少しばかり気になった。話が違う? 何の話なの?
「……ドラマの展開にするには、自分がとってもお邪魔虫かと思いますけど…どうします?」
「むしろ俺が帰りたい」
正直言うならぐっさんだけ帰れ。でもそれじゃいろいろと不便なので。私は絆創膏を取り出すと、それを膝につけながら。
「とりあえず二人とも残ってて。お茶ぐらいは用意できるから、多分」
ういしょ。ゴミをゴミ箱にぽいっと。
「んじゃ自分、あっまーいロシアンティーリンゴ味を所望します」
「自分で入れろばーか」
「ひどいですねぇ、後輩に向かって言う言葉ですかぁ?」
「当然じゃん」
私の大事なもの奪った上にそれでまだ細かい注文をする後輩なんか面倒見てられないって言うものよ。大体私が指定したのは普通のお茶なのに、なんでロシアンティーなんてものを指定するのよ。
「…んで副会長殿、何を所望します?」
「……そうだな、水所望」
のりがいい人で助かる。私はコップを無造作に出すと、そのまま水道水をコップに注ぎ込む。それから、彼の前において…後、私の分の水を――やっぱお茶に変更。まだ緑茶が残ってるはず。ポットの奴をそのままいれてっと。
「んで、結局ぐっさんは何に」
「どうせスルーされるからお水を所望します」
その答えに仕方なく私がもう一つコップを出す。当然私の分のは机において。
「氷でパッキャパッキャに冷えてるやつ作ってください」
「いやよ」
やっぱりスルーして、私は水を入れて。それから、ぐっさんの前におく。その上で改めて私は自分の席に着いた。すでに彼は水を飲んでいる。
「けっこうさっぱりしてんのな」
水から口を離して、それからの彼の言葉は以外にも普通の感想だった。たぶんリビングに対してなのだろうけど、それが私に何を意味するかはよくはしらない。
「親がいるからじゃない、それ」
「いんのか」
「今、仕事中」
彼の言葉に説明を加える。親がいなければたぶん、もうちょっと散らかってる。まぁそれくらいはいいけど。少なくとも私の部屋のほうが散らかってるし。主に服とか机とか椅子とかいろいろ、本にMDもあるし。
「仕事、ねぇ。そりゃ自由性があっていいな」
「自分もうらやましいですね。こういう家に住みたい、ドラマっぽくて」
どうドラマっぽいのか説明してほしいけど、そういうとまた時間かかりそう。
「……んで、結局のところ何のようなのよ」
私は唐突に、本題を聞いた。そうしたら、ぐっさんけろりと。
「なっちゃんに会いにきました。様子見に。とっても元気そうで何よりです」
「…拉致られた」
納得した。確かにぐっさんはきたし、彼は拉致られた。それは理解したけど……
「…ぐっさん、一つ聞いていい?」
「その前にトイレ借りますね、おトイレどこですか?」
私はむっとしながらも、とりあえずトイレの方向を指で示す。それを確認して、ぐっさんはリビングから出て行く。お茶を飲み…沈黙。珍しくない彼との沈黙が、この空間を制す。彼は非常に落ち着いた様子を見せている。私は、もう一度お茶を飲み…それから。
「やっぱ、『ナナ』は優しいね」
私は心から、そういった。
「…あ?」
彼は意外そうな表情をみせた。ため息をつくと、私は改めて。
「断れるじゃん。ここまで来るのに。けど、あんたきたじゃん。お人よし」
多分それを言ったとき、私の顔は笑顔だったと思う。本当に、そう思ったのだから。彼はお人よしで自分がどうなってもいいぐらいの自己犠牲に、その上しっかりとした心の持ち主だと。
「けどさ。あんまり、そういうことしないほうがいいと思うよ。何事も程々にってこと」
呆けた表情をする彼を見て、私は笑う。本当に、笑ってしまう。だっておかしいんから、彼の意外そうな呆けた表情がとても。だから、笑った。
「あんたのお人よしには私も負けた。こんなに優しい馬鹿なんて、初めてだよ」
彼は私の言葉を、悪口ととるだろうか――とらないだろうなぁ――そう思うけど。理由は単純、お人よしだから。
「それは褒め言葉なのか貶し言葉なのかの理解に苦しむぜ」
「どっちでもどーぞ」
私の表情はニヤニヤしてるんだろうなって思う。彼の言葉を聞いてると楽しく思えてくる。一つ一つの反応が、私にとって面白く感じてきた。何でだろうね。んなもん知らないけど、これが恋なのかも知れない。そんな細かいことはどうでもよかった。今この時間だけは――
「けど、そういう性格嫌いじゃないよ」
――彼と話していたい。他でもない、『ナナ』と。
「そらどーも」
彼も笑った。私も笑ってる。この時間が愛しい。
だからこそ、私はその言葉を彼には言わない。私の信念と私の欲望のぶつかり合い、私の約束と私の感情がぶつかり合う。
――告白するのはガラじゃない、やっぱり言わせなきゃいけないじゃん?
「まぁ、俺もお前みたいなの、嫌いじゃないけどな」
――そ。私と、貴方。あたしと、あんた。そして…『なな』と『ナナ』。どっちか根折れするかの、勝負でもあると思うよ。もっとも私の妄想かもしれないけどね。
「――で、そこで覗き見してる馬鹿後輩」
「ばれてましたっ!?」
「丸見えだったな」
私はぐっさんをにらむ。彼は呆れている。
「さて俺も時間が押してくるし、なんかあったら明日連絡くれよ」
「悪かったわね、時間とらせて」
「おう、じゃーな二人とも」
手を振って部屋から出て行くその様子を、私は満足に見送る。引き際も心得てくれてるようだし。私は、それが嫌いじゃないってーの。
彼が出て行って、少し経って。
「…ドラマみたいな展開、ですね」
「違うわよ」
ぐっさんの言葉にため息混じりに私は答える。だってこれはさ。
「現実《リアル》の話でしょ? 仮想《ドラマ》と比べないでね」
割り切った私の言葉は、普段のぐっさんなら反論されるだろうその言葉。しかしその言葉をぐっさんは、笑って納得していた。珍しく「それもそうですね」と肯定していた。
「……あと、今日はこれで帰るように。明日の予定を空けるために、私は宿題を終わらせるの」
「はいはーい、ゆきさんにも連絡しときますー。ではでは」
ぐっさんが部屋から出て行くのを、私は見送る。
見送った後に、私は宿題を持ってきてその場に原稿用紙を広げた。私の手にあるのは一本のシャーペン。消しゴムなんていらない、消すような事だってないもの。私は、雨に対する課題作文を書き始める。
『雨って言うものは悲しいことを流してくれると、そうばかり思っていた。けれど真実は違うものだと私は気づいた。実際にありえる雨としては存在しないけれど、自分の体に降り注ぐ雨とは違う、心に降り注ぐ雨というものが存在するということを。私はそれを見つけた。私にとって忘れそうにないいつもと違った雨が、気づく二日前から降っていた。実体験を踏まえた、雨に対する考察文を書きたいと思う。』
課題作文は、論文として評価される。その論文で、優秀作品は賞状や商品をもらえることになっている。私は、高校生活初めての賞状をもらった。最優秀とまではいかないけれど、なかなか良い所までいったらしい。先生にもそこは褒められたし――っていっても提出期限が何気過ぎてるからそこは怒られたけど――、親にも一応褒められた。けれど、それ以上に。
私がとてもうれしく感じた、誰かの言葉は――
「ゆっきー、集合場所ここ?」
「そうだと思う。ぐーちゃん、だよね」
「そうだと思います」
私たちは休日に遊びに出ていた。集合場所を決めて、私たちはそこに来ていた。大きな公園、動物園。街も近いし食べるところも困らない。それぞれ遊ぶのも団体で遊ぶのも、何よりはっちゃけるのにとってもいい町がそばにある。買い物もよし。食い倒れもよし。ゲーセンもよし。カラオケもよし。
友達と一緒に遊ぶにはこの上ない場所だ。
「…あれじゃない? あの三人組」
「自分もそう思いますゆえ、行ってみるのを所望してみます」
「はいはい。んじゃ行きましょか」
私たちは歩き出す、その男子三人組のところへ。
天気は快晴、おそらく悪くなりようがない。
一人がこちらに気づき、手を振る。二人の男子はその様子を見てこちらに振り向き、それから手を振ってる一人を殴る。面白かった。
――そういえば。私は大事なこと、忘れてる気がするけど。それはすぐ思い出せるだろう。
「うらやましぃねぇ副会長どのぉっ」
「くぉら俺らにも分けろっ」
「いて殴るな馬鹿っ!」
私もついでに殴る。ゆっきーも殴る。ぐっさんも殴る。
「今日は自分たちが主賓ですから、好き勝手暴れますよ」
「ちょうどまわりたいとこ、大量にあんだよね」
「あぁっ、ちょいまてっ!」
私は、彼の後ろにもう一度回りこむと、もう一度だけ殴った。それから、私は堂々と言うことにした。彼に言わなきゃいけない、『ナナ』に言わなきゃいけないその言葉を。
「どっちが先につぶれるか、勝負よっ」