遠き過去の思い出
“ザーーー”
少し先も見えないような雨。
身にまとっているフード付のコートもその用を成さなくなりつつあった。
腰に携えた剣が重く感じる。
俺の隣では同じようなテンポで歩くアセリアの姿があった。
フードを深くかぶっているので表情は伺えないが、歩調を見る限り大丈夫そうだ。
とはいえ、ここ二、三日歩きっぱなしでろくに休みを取っていない。
『門』の位置は目立たない位置に存在しているとはいえ、山奥というのはきつすぎる。
もう少し町の近くにして欲しいもんだよ。
「大丈夫か? アセリア」
「ん…」
短い返事だが、しっかりと耳に届いた。
雨の音にかき消されないのが不思議だ。
任務で訪れたこの世界だが、かなりの割合で雨が降っている気がする。
「ユートは大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ」
多分、という言葉は飲み込む。
この世界に来てからどうも、気分が冴えない。
原因は……分かっているがどうしようもない。
こればかりはどうやっても直らない気がする。まぁ、昔に比べれば随分とマシになったからいいか。
「しかし、この世界、雨が多いな…」
「うん。でも、私は好きだ」
まぁ、そりゃ水の妖精だもんな。水の妖精が水嫌いだったらおかしいし。
「俺はこのベトッと肌に服が張り付くのが気持ち悪いし、それに…」
後を続けようとしたが、わざわざアセリアに心配をかけるのもどうかと思い、そこで俺はつぐんだ。
「それに…なんだ?」
心配そうな声色。
結局、心配かけていたらしい。
「それに冷たいから寒いんだよ」
適当に嘘を吐く。確かに雨が冷たくて体が冷えてきている。
誰かが、昔『嘘を吐くなら、多少の真実と嘘を混ぜろ』といっていたのを思い出した。
寒いのは違いないし、別に嘘でもない。はずだ。
「そうか…ユート。町に着いたらすぐに温まるほうが良い」
「ああ、そうさせてもらうよ。さすがにここんとこ、ほとんど雨に当たってるからな」
体力をずいぶんと削られて、さすがにエターナルとはいえ精神的にダメージが強かった。
【ユウトよ。それほどまでに雨が嫌いか?】
(ああ、何でかな)
珍しく『聖賢』が話しかけてきた。
考えていること、感じていることはこいつには筒抜けだ。だからといって不快感を感じないのはそれだけ
信頼が置けるからだろうか?
【ユウトよ、本気で気づいていないのか?】
(ん? ああ…気づいてないけど…予想は立ってる)
【そうか……。ユウトよ。一つだけ言っておこう。汝は一人ではない。そして逃げるな】
(『聖賢』…どういうことだ?)
【自分で考えよ】
といって一歩的に話を終わらせた。まったく、聖賢は何を考えているのかさっぱりだ。
「どうした? ユート」
「ん?」
気づけば、隣に立ってアセリアが心配そうな顔で覗き込んでいた。
「いや、なんでもない。大丈夫だ。さっさと町に行こうぜ」
「…ん」
俺はなるべく、顔を見られないようにして町に向かった。
後ろから聞こえる足音はどこか寂しげに聞こえたのは俺の気のせいか?
“コンッコンッ”
俺はこの世界でおそらく宿屋であろう場所の扉をたたいた。
すでに日は遥か前に暮れており、出てきてくれるかどうかすら危うい。
『はいはい…』
どうやら、人はいてくれたようで、声が聞こえた。
しばらく待っているとこの店の店主らしき人が出来てた。
「何だい、こんな遅くに」
「すいません。一晩、泊めていただきたくて」
「今頃かい?」
「すいません」
まったく、夜分遅くになんだよ。といった感じの店主に対して俺は下に出るしかない。
確かに遅すぎる時間なのだから、非はこっちにあるのだ。
「まずはフードを脱ぎな。怪しい人物にしか見えないよ」
言われたから気づいた。店に入ってから、俺はコートを着っぱなしだった。
「すいません」
フードを脱ぐと、コートにしみこんだ水が滴り落ちた。
結構、店を汚している。
「ふむ。まぁ、悪そうな人相じゃないね」
と一言を俺の顔を見てそういった。普通、そんなことを口にするのか?
それともここではそんな風習があるとか?
「…何人だい?」
「良いんですか?」
「あのね。ここは宿だ。客を泊めない宿がどこにあるんだい? ただ、来るのが遅すぎるから大したもてなしは出来ないよ?」
「ありがとうございます。俺を含めて二人です」
「それじゃ、もう一人呼んできな」
「はい」
外に待たせていたアセリアを呼ぶ。
俺と同じようにコートを脱ぐと、ブルースピリットにふさわしい長い青い髪が姿を現した。
店の店主はそんなアセリアの髪を見て、不思議そうな視線を送っていた。
「へー、珍しい髪の色の嬢ちゃんだね。ここらでは見かけないよ」
そういってカウンターのほうへ入っていた。
「大丈夫か? アセリア」
「私は大丈夫。雨は気持ち良い」
「そっか」
屈託の無い笑みを浮かべて、そういうアセリアがまぶしく感じる。やはり、いつまでも
アセリアは純粋だな。
「ほい、お待たせ。ところで、部屋はどうするんだい? 一部屋? 二部屋?」
「ユート、どっち?」
「あ、二部屋でお願いします」
「良いのかい? あたしは別に一部屋でもかまわないんだよ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべる店主だった。
男女二人で旅をしているなら、まぁ、そんな関係を想像するだろう。確かにアセリアとは
店主の想像している関係だが、どうも乗り気じゃない。むしろ一人でいたい気分だった。
「いえ、二部屋でお願いします」
「あいよ。これ、二つね。部屋は二階の奥だから」
というと、カウンターの奥に消えていった。
俺とアセリアは店主の言ったとおりに、二階の奥を目指した。
それほど、広くは無かったが、小奇麗に整理された部屋と庶民的な作りは俺を落ち着かせた。
相変わらず雨はやむことなく、降り続けており、それが俺の神経を参らせる。
いい加減に止まないものか。
ふと、向かいにいるアセリアを思い出した。
『私は一部屋でも良い』
店主と別れてからアセリアはそう言った。ただ、俺としては、一人でいたかった。
こんな雨が降る日は特にだ。
『いや、俺が一人でいたいんだ。悪いな、アセリア』
『……ユートがそれで良いなら良い』
少し戸惑いがあったようで、一瞬、俺の目を見たが、すぐに何事も無かったかのように返した。
「くそっ……」
かすかなイラつきと、戸惑い。そして諦めが俺の中を渦巻いていた。
俺の奥底にあるあの記憶だろう。思い出したくない、といえばそうなのだが、思い出せるものでもない。
それほど昔の記憶が、今でも俺を苛む。
「こんなときには寝るに限る」
俺はコートを掛けると、上着を脱いでベットに入り込んだ。
思った以上に疲れていたようで、俺はすぐに眠りに落ちた。
【……リア、起き……い、ア…リ…。アセリア】
「ん……」
アセリアはベットのそばに立てかけてあった『永遠』の声に起こされた。
「どうした? 『永遠』」
敵襲ということではないのはアセリア自身が分かっていた。
長年、培われてきた戦士としての感覚はいまだ鈍っておらず、今でも敵襲の場合はすぐに気づけた。
だから、『永遠』に起こされることなど、ありえないのである。
それが今起きていることは、何か大きなことなのだろう。
【『聖賢』から彼の契約者に何か異常があったと…】
とだけ、聞くとアセリアは部屋を飛び出した。彼女にとってユートは何者にも代えられない存在であり、
自分の命より大切なものであった。
だから、すぐに飛び出したのだ。
【連絡がありました……といってもいませんね】
『永遠』は姿を消した契約者に苦笑と共に優しさのこもった声色を響かせた。
【アセリアの愛情はいまだ不変のようですね】
アセリアは扉を開けると、ユートをすぐに視界に納めた。
しかし、変わった様子は見られない。普段のユートがそこにいた。
「『聖賢』 何があった?」
ユートのそばに立てかけられている剣に話しかけた。
【ふむ、幼き水の妖精か。先ほどまで魘されておった】
「魘されていた?」
【そうだ。それもこの世界に来てから毎晩のようにな】
「気づかなかった…」
【無理も無かろう。ほんの数分の出来事だ。気づかぬおぬしに罪は無い】
「……」
大切な人の変化に気づけなかったことに落胆していたアセリアだったが、すぐに気を持ち直すと、
悠人を起こしにかかった。
「起きろ。ユート」
「………」
「ユート、ユート」
「ん……」
「ユート、起きろ」
「ん……アセリア?」
「ん。起きたか?」
「どうしたんだよ、こんな遅くに」
何事も無いかのように悠人は眠そうな目をこすりつつ、アセリアの声に反応して目覚めた。
“ザーーー”
『…っ………っ』
何か話し声が聞こえる。
『……っ……っ………』
いや、泣き声かもしれない。ただ、何か分からない。何だ? 何が起きてる?
『…っ………』
何だ…。これは? 無性に悲しい。何かが起きたはずなのに思い出せない。
いや、これは思い出すとかというレベルじゃない。
これは覚えているが、俺自身が拒絶している何かだ。
『……っ……』
誰だ? どこだ? 何が起きている?
何も分からない。ただ、雨の音だけ聞こえてくる。
“ザーーー”
『………』 『…き…。……ト』
黙ってる。誰か黙った。
“ザーーー”
『……っ』 『…ート、ユート』
また、何かを言い出した。何だ? 大きな声で何かを言っている気がする。
俺には聞こえない。
誰かの声が俺の邪魔をする。いったい、誰の声だ?
“ザーーー”
『……っ……』 『ユート、おきろ』
アセリアか? どうして……
「ん……アセリア?」
「ん。起きたか?」
「どうしたんだよ、こんな遅くに」
アセリアがこんな遅くに俺を起こすことなど無かった。
何より、アセリアが俺を起こすこと自体稀だ。
「『聖賢』がユートの異常を知らせてくれた」
「は?」
俺の異常?
俺は別にどこも悪くないし、問題ないぞ?
「おい、『聖賢』どういうことだ?」
【気づいておらぬのか?】
「何にだよ」
思い当たる節なんで無い。
むしろ、異常はお前じゃないのか?
【む、失礼なやつだな。ユウトよ。魘されていたやつはどこのどいつだ?】
「は? 俺が魘されていたのか?」
【そうでなければ、わざわざアセリアを呼ぶまい】
「……」
言われて気づく。
少しばかり、体が汗ばんでいた。外の気温は汗ばむほど暑くない。むしろ雨が降っているせいで
寒いくらいだ。
なのに汗をかいている。
「魘されて……いたのか?」
「ユート大丈夫か? 顔色悪い」
「えっ? そうか?」
自分では確認できない以上、アセリアの言い分が正しいのだろう。しかし、本当に俺は魘されていたのか?
夢見の悪いものなら、覚えているはずだが…何も覚えていない。
【果たして、そうか? ユウト】
「何?」
【お前は本当に覚えていないのか?】
「覚えて……」
いないと、言いかけて俺の中で突っかかりが見つかった。
ほんの小さな突っかかり。改めて思い出そうとしなければ見つけられないような小さな取っ掛かりだった。
「ユート。何がつらいんだ?」
「…分からない。ただ、何かなんだ」
多分、あのときの出来事だ。
俺の本当の両親が死んだときだ。俺はおそらくそのときの夢を見ていたんだ。
でも、そんなことは小さすぎて抽象的にしか覚えていないだろう。
【いや、お前ははっきりと覚えておるはずだ。時が流れても、だ】
『聖賢』の声で遥か奥底に仕舞い込んでいた忌々しい記憶が湧き上がってくる。
背中に久しい冷や汗が伝う。
これほど気持ち悪いものだったか?
「ユート…」
アセリアは胸元のリボンを解くと、タオル代わりにして俺の汗をふき取った。
礼を言うとしたが、それほど余裕が無いことに気づいた。
「……」
【思い出すが良い、ユウト】
「くっ……」
【どこか、覚えているだろう?】
『聖賢』の一言で入念にしまいこんでいた記憶の鍵が一つ、音を立てて壊れていった。
“パキッ……”
どこか?
白い建物だ。そう、白い……外壁の…病院だ。
俺はそこにいる。
そこで俺は何をしていた? 何が起きて、俺はそこにいたんだ?
【ユウト、そこで何をしている?】
再び『聖賢』が話しかけてくる。
まるで誘導されているような感覚だった。ゆっくりと記憶の中にもぐりこんでいく。
二つ目の鍵が壊れた。
“パキッ……”
小さい俺が泣いていた。
ベットにすがりつくような形で泣いている。
小さい俺はそこでただ、泣くだけでそれ以上何も出来なかった。
ただ、泣いて、泣くだけで…。無力さに打ちひしがれながら、あたりを恨み、ただ俺は俺を憎んでいた。
「くぁ……!」
嫌な思い出だ。
絶対に思い出したくなかった光景だ。無力さに打ちひしがれ、死神と呼ばれ始めた頃の出来事だ。
「ユート」
呼ばれてかすかに瞳を開いた。
いつの間にか思い出そうとして目を閉じていたらしい。視界に入ったのはアセリアの淡い青色のリボン。
それは俺の汗で色が濃くなっていた。
それでも甲斐甲斐しく、アセリアは俺の汗を拭っていった。
「大丈夫か?」
「た…ぶん…な」
嫌な思い出を思い返す苦痛から、逃れたかった。
肉体的な痛みより、精神的な痛みのほうが苦しい。胸の奥がえぐられるような記憶の刃。
鋭く俺を傷つける。
【もう少しだ。ユウト】
『聖賢』の声が頭に響く。
もう思い出させるな。それが俺の本音だった。ただ、ここで逃げてはいけないと理性は告げる。
ただ、本能は逃げようとする。
【ユウトよ。逃げるな】
俺の本能を押さえつけるような威圧感のある『聖賢』の声。
最後の鍵に俺は取り掛かった。
“パキッ…”
最後の鍵が外れた。
雨の音が聞こえる。病室の外では雨が降っているらしい。
俺はそこで一人、泣いていた。
『父さん!! 母さん!!』
両親の遺骸に俺はすがり付いて泣いている。
不慮の事故。それで片付けられてしまった両親の事故。
俺は何も出来ず、ただ一人助かっただけ。
『目を覚ましてよ!!』
ただ、泣き叫ぶ俺の姿。
それをかき消すように、ただ雨だけが強く降りしきる。
『なぁ!! 何とかしてよ!! 医者なんだろ!!』
俺は無力だった。それ故に他人に頼るしかなかった。
そばにいる医者に俺は食って掛かる。それでも医者はつらそうな顔をするだけで何もしてくれなかった。
いや、何も出来なかったのだ。
完全な即死。これでは医者の手には負えない。
それを知らない俺はただ、医者に当たるだけだった。
『なぁ!!』
小さい俺はそこで叫ぶ。
これが俺の見ていた夢。
「ユート」
アセリアの呼ぶ声で俺は現実に引き戻された。
心配そうな面持ちで俺を覗き込む。ブルーの瞳が不安で揺れていた。
「アセリア…」
「ユート、我慢するな」
「……」
「ユート」
泣くべきか?
考えたが、俺は泣くのではなく、話すことにした。
ただ、思いつくままに。流されるままに…。
「嫌な夢だったよ」
「……」
「俺の親が死んだときの夢だった。俺はただ泣いているだけで、無力で…。医者に当たっていた」
「……」
「多分、それしか出来なかったんだ。叫んでも変わらないのに、声がかすれるまで叫んで…。結局、何も変わらず諦めた」
「……」
「その頃からだよ。俺が死神と呼ばれ始めたのは…。ただ、まだそういう風に呼ぶ人間は少なかった。でも、それでもいた」
「…ユート」
「雨が降っていたんだ。親が死んだとき」
「…それで、雨が嫌いなのか?」
「多分な。……いや、そうだ。だから、嫌いなんだ。これを思い出すから」
そう、無力な自分を知らされること。
そして、一人になることの恐怖。
今まではその恐怖を一人でいることで克服してきた。
最初から、一人なら失うものもないし、恐れが無い。
雨の降った日はなるべく一人でいた。そうすれば、恐怖を感じなくてすむと思っていた。
でも、実際は違った。
今日子もいたし、光陰もいた。佳織も俺のそばにいた。
だから、一人にはなれなかったし、一人であるはずがなかった。
それでも俺は一人でいようとしていたのだ。
「だから、一人になりたかったんだ。俺の傍にいてくれた友人を雨の日だけは無いものとして、佳織もいないものとして…」
「ユート」
「今日だってそうだ。アセリアがいないものとして…一人でいて、失うものがないと思い込みたかったんだ」
これ以上、俺の周りの人間が消えていくのは怖かった。
雨の日以外は友人を求め、雨の日は友人を遠ざけた。多分、それはパラドックスというものだろう。
矛盾を矛盾のまま、原因を突き止めようともせず受け止めていたのだ。
「うん。分かった」
アセリアが隣でそう言った。
何がどういうことなのか? 聞き返そうとしたとき、俺の頭はぬくもりに包まれた。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
右側には暖かい感触。左側にはなでられる感覚。
「ア、アセリア?」
「ん、どうした?」
「いや、これって…」
「うん。ユートは一人では嫌なのだろう?」
「……ああ」
「だから、私がいる」
俺の質問の答えになっていない答え。
でも、おそらく俺の本質的な質問に対する答えかもしれない。
「ユート。ユートはどうして『聖賢』を持ったのだ?」
「…みんなを守るため…。そのために『聖賢』を持ったんだ」
「うん。そうだ。だから、ユートはみんなを守るために剣を振るえばいいし、楯になればいい」
「そうだ…」
そう、俺はみんなを守りたいために剣をもう一度握ったんだ。
「ユート。私も『永遠』を握っている」
「そうだな」
ゆっくりとなでられる感覚は不思議と落ち着く。
恥ずかしさなんてない。ただ、心地よさがある。普段は手甲に隠れているアセリアの腕だが、
今は華奢な女性の腕だった。
「私が『永遠』を握った理由はユートを守るため。……うん、ユートのために握った。だから、ユートの力になる」
そういうと、さらに腕に力をこめた。
暖かさに満たされる。
「アセリア…」
「ユート、寂しい時は一人でいるな。私がいる。言ってくれれば、ユートの傍にいる。いつまでもいる」
【ユウトよ。言ったであろう? 汝は一人ではないと】
ここに来るまでの道中で『聖賢』がそう言っていたのを思い出した。
これに気づけということか?
「ああ、そうだな」
「ん? どうした? ユート」
「【聖賢】に言われた。一人じゃないってな」
「うん、気づくのが遅い。いつもユートはそうだ」
少し拗ねたような口調で非難する。
俺は頭を擁かれたまま、両腕をアセリアの背中に回した。しっかりと抱きしめる。
それで初めて雨の日なのに穏やかな気持ちになれた。
「ユート。私がいる。私はユートのためにいる」
「ああ……サンキュ、アセリア」
「ん…」
心持ち、俺を抱きしめる強さが強くなった気がする。
それに答えるように俺も少しだけ強く抱きしめた。アセリアの匂いが俺を落ち着かせた。
穏やかな気持ちのまま、しばらく抱き合っていた。
「もう落ち着いた」
そう言って、俺はアセリアの腕から抜け出した。
少し残念そうな顔をしてるのは気のせいじゃないはずだ。
「ど、どうしたんだ?」
「……」
しばらく、アセリアは俺を見つめていたが、何を思ったのか布団を剥ぐと、入り込んできた。
「ア、アセリア?」
「ユート。今日は一緒に寝る」
「は?」
「これから雨の日は一緒に寝る」
「あ、あの、アセリア?」
「うん、決めた」
勝手に決めて、アセリアは寝る体勢に入っていた。
布団に寝転がりながら、こちらを見つめる。
「ユートは寝ないのか?」
我が道を行く。
そんなアセリアを見ていると、思わず笑いがこみ上げてきた。
悩んでいたことがまるでちっぽけなものに感じられる。
急に笑い出した俺をアセリアは不思議そうに見つめていた。
「寝るか?」
「うん」
「おしっ」
隣にアセリアの存在を感じながら、俺は眠る体勢に入った。
これから、雨の日はこうやってアセリアと寝るのだろう。
今まで嫌いだった雨の日が、好きな日に変わった。
この世界は雨が多いらしいが、どうやら毎日、寝る時間が楽しい時間になりそうだ。
「おやすみ、アセリア」
「ん、おやすみ、ユート」