頼れる男「カズ」
紅一点「ユカ」
極太運動神経「タク」
バカネモチ「シマ」
オールドタイプ「ザワ」
五人の小学六年生がくりばやしみなみ商店街を舞台に駆け抜ける。その光景、是非ごらんあれ。






外で遊ぼうっ!!〜おにごっこ〜






決戦前夜:土曜日

「なんか最近楽しいことがないなぁ……」

 少年は退屈していた。最近の日々の何もない単調な生活に。

「なんかこう、ぱぁ〜っと楽しいことを…あるじゃないか……」

 テレビの天気予報を見やり、少年はにやりと悪意の混じった笑顔を浮かべる。

「これだ……っと電話電話、まずはシマとノボル兄ちゃんからだな……」



―――そして伝説が始まる。



○月×日:日曜日 天気:雨

AM8:50

 台風が接近し、土砂降りの雨が降る中、
 くりばやしみなみ商店街のど真ん中に少年少女五人が立っていた。

「よく来てくれたな、カズ、ユカ、タク、シマ」

 少年はそう、四人に労いの言葉をかける。

「よく来てくれたな、じゃねぇよ、なんでこんな日に呼びつけるんだよ、
 昨日の天気予報見てなかったのか!?」

 一番背の高い少年、カズが真っ先に口を開く。

「そうだよ、おかげでプリキュア見逃しちゃったじゃないの!」

 続いてユカが文句を言う。

「さみぃ……」

 五人の中で飛びぬけて小さな少年、タクが震えながらも小さく非難の声を上げる。

非難の雨霰が、罵詈雑言の嵐が商店街に吹き荒れる。

そこにいままで口をふさいでいたシマがザワに非難を浴びせている三人に問いかける

「なあ、お前らなんで今日ここに来たんだ?」

 その瞬間、三人は口を紡いだ。そして三者三様のなにやら申し訳なさそうな表情が伺える。

「いや、その………」

「ちょっとねぇ……」

「さみぃ事情が……」

 どもりがちになる三人に頭に疑問符を浮かべて不可思議そうに見つめるシマ。

 その隣には、にやついた顔でしてやったりといった顔を浮かべるザワの姿。

「どういうことだ、ザワ」

 シマが問いかける先には笑い顔を必死でこらえるザワの姿があった。

「どうもこうもないよ、もしかしたら百万と副賞がもらえるかもよって言っただけだよ」

 そう言って、アハハハハハハと馬鹿笑いをあげる。

一通り笑いまくったあとで少しまじめな顔つきに戻ったザワはところで、と話を切り出した。

「今日、みんなを呼んだのは他でもないちょっとしたことなんだがね、

 これからの俺たちの関係において絶対に必要なことなんだ」

「必要なこと?」

 四人が首をかしげる。

ザワは間をおいて少しもったいぶる。

「いったいなんだ? 俺たちに必要なことって」

 寒さに震えながら、タクが質問した。

「雨にも負けず風にも負けず、子どもは風の子元気な子っ!!
 さぁ、みんなで絆を深め合おうじゃないか、八時間耐久おにごっこだっ!!!!!」


沈黙、雨音、静寂、雨音、沈黙、開口、衝撃、爆音


「「「ふざけんなっ!!!!!!!!」」」

 目の前に心臓の悪いお年寄りがいたら、それだけでショック死しそうな勢いで、三人は叫んだ。

「そんなことのために呼んだのかよっ!」

「わたしの時間返せっ! ってか家帰る!!」

「さみぃ…」

 喧々轟々、非難諤々、浴びせられる限りの悪口を叩きつけられる限り叩きつける。

「はいはい、ちょっと待て、シマを除いてお前たちは百万円と副賞のためにここに来たんじゃないのか?」
 ぴた、と非難の声が止まる。

 一時思考中止、状況判断開始、自己完結終了―――。

「しょうがないな……」
「しょうがないわね…」
「さみぃが仕方ない…」

 三人は納得したようだった。

「さて、じゃあおにごっこのルール説明といこうか」

 そう言ってザワはパチン、とカモンガンダムよろしく右手の指をはじいた。

「合意と見てよろしいですね」

 そう、ミスターうるちのような声がとこからともなく響いた。

五人全員がその声の方を見上げると、三石青果と書かれた看板の上に立つ

黒いシルクハット、黒いマント、黒いタキシードに白いマスクをつけた人影があった。

そう、これに薔薇があったらタ○シード仮面様とでもいうかのような格好の人間が傘も差さずにずぶぬれに
なって立っていた。心なしか唇が青ざめて、寒さに震えているようにも見える。

ふと、その人に思い当たる節があるのかカズがザワにたずねる。

「……あれ、ノボル兄ちゃんだよな?」
「うん、そうだよ。今日こういうことやるって伝えたら超乗り気でOK出してくれたんだ」
「ほんとにこんなことしてて大丈夫なのかよ………」

 カズの心配はもっぱらノボル兄ちゃんと呼ばれた人物に向かっていた。

実を言うとこのノボルという青年は遊びすぎがたたって大学を留年していたのだった。

地域密着型のこの商店街において、ひとたび情報が漏れると水面に起こる波紋がごとく凄まじい勢いで広がる。

それ以来、子どもたちとよく遊んでいたノボルの姿を見る人はいなくなっていたのだが―――

「心配御無用だっ! もう、一年のうち三百日を遊んで過ごすような真似はもうするつもりはない。あれか ら母親にこっぴどくしかられた俺に二度目はないのだよっ!」

 これでもかというほど情けない。

「というわけだ。さぁ、これで心配事話だね。じゃ、そゆことでルール説明お願いします」
「応、まかせろっ! と、ゆーことでルール説明をさせてもらう。
まずやることはおにごっことわかっているだろうが、
根本的なルールが違うことをまず念頭においてくれたまえ。
今回のおにごっこは一人の『こ』を『おに』が追いかけるというものになっている。
『こ』を捕まえた『おに』が今度は『こ』となって追っかけられるんだ。
それを午前十時から午後六時まで続ける。そして、午後六時の時点で『こ』だった人の優勝。
大まかなルールはこんなとこだな。さぁ、ここまでで質問はあるかい?」

そう言ってノボルは五人を見下ろす。

五人は皆顔を見合わせて、首を横に振った。

「好、じゃあ続けるよ、始めるときはまずじゃんけんで『こ』を決める。『こ』が逃げ始めてから五分したら『おに』が追いかけ始める。『おに』捕まった『こ』は『おに』になる。

 あ、ちなみに捕まって『おに』に変わった『こ』は三十秒間その場で動くことが許されません。
そして、『おに』が『こ』を捕まえたとみなす場合は『おに』の手首から上の部分が『こ』の身体、または身体の一部に触れることです。

身体の一部としては、衣服またはそれに準ずるものとします。衣服に準ずるものとしては手に持っている状態の傘とかだね。

要するにその一部分が身体に触れているものでその人が所有可能な大きさのものは全て身体の一部とします。さて、ここまでで質問は?」

大声で説明を続けたため、だんだんと体が温まってきたのかノボルはかなり上機嫌に見える。

一方の五人も、ただ説明を聞いているだけなのだがいつもとは少し異なるルールのおにごっこに興味を引かれたのかふんふんと頷きながら話を聞いていた。

「うん、ないよ」とカズの返事を皮切りに皆が納得した顔でそれに同意する。
「じゃあ最後にこのおにごっこの勝敗を左右すると言ってもいい、下準備の話と行こうか。
 
 時間は僕が合図をかけてから開始十分前まで、それまでの間にこのおにごっこで役立つものを売っていると思う店に行って、そこでお買い物をすることを許可します。

 ただし、行っていいのは一店舗だけだから、よく考えて行こうね。台風情報のおかげで全てのお店は今日は開店しないけど、そこらへんは各自で交渉してください。

資金は五万円までで、昼食のことも考えてお店を選んだほうがいいよ。質問はあるかい?」

言われて、ユカが手を上げた。

「はい、ユカちゃん」

ピッと指を差して指名する。
「わたし達お金なんか持ってきてないんだけど、そこはいったいどうなってるの?」

 もっともな疑問である。シマを除いた他の四人はそんなに金を持ち合わせているわけではない。

「そこも心配要らない。こちらの監視チームのにぃさんねぇさん方がそれぞれ五万円ずつ持ってるから彼らを利用するといい。

ちなみにその五万円は賞金百万円の中から差っ引かれるんでよろしく☆」

「監視チーム?」タクが尋ねる。

「そう、監視チームだ!」

 そう言って、ノボルは指を鳴らそうとするが指が濡れてて上手く鳴らせない。そのうち――、

「やべぇって、火薬がしけってて爆発起こせないじゃん」
「あれ、なんか音聞こえるけどこれって合図じゃないの?」
「ぜんぜん音聞こえねぇよ!」
「しょうがないじゃん、雨の日なんだから!」
「普通戦闘シーンとか登場シーンは爆薬使うから晴れの日にやるもんだろ?
 何でこんなの引き受けたんだよ!」
「しょうがないだろ、まともにやったって、うけないんだからせめて子どもたち相手になんとか練習しとかなきゃいけないんだからさ」
「まぁ、そりゃそうだけど……」

そんな大声の会話が三石青果の建物の上から聞こえてきた。

「あ〜わりぃ、出てきてもらえるか? 紹介しとかないといけないから」

「「「「「了解、特撮戦隊K大ファイブ出動しますっ!!」」」」」

 威勢のいい掛け声とともに子どもたちの死角に隠れていた赤、青、白、黄、黒のコスチュームを着た人たちが姿を現した。ちなみに背後に爆薬の煙はない。

「君たちが商店街の外へ出ないよう見張っててくれる心強い人たちだ。ちなみに彼らは全員、俺と同じK大学の人で戦隊ヒーローサークルに所属している人たちで今日のような日を心待ちにしていたりするんだ」

「「「「「……………なんか気の毒な人生送ってるね」」」」」

 全員一致の感想だった。

「(なんか哀れみの目をしてるんだけど、あの子達)」
「(え? いまの子どもに戦隊モノってうけ良くないの!?)」
「(なんかそういうものの見方じゃないと思うんだけど……)」
「(いや、でもここまで来たらやるしかないだろ…)」
「(そりゃね、これだけやってなにもせずに引くのはさすがにな〜)」
「こらそこ、ひそひそ話はいいから、子供たちの目の前に降りてって、君らがついて行かないと金なくって子ども達がお買い物できないでしょ?」
「まてよ、じゃあ俺たちがここに上った意味ってなんだったんだよ!!?」
「演出の都合上そこに上ったほうがいいって言ったのは誰なんだ?」
「「「「「……………………………」」」」」
「はい、とっとと降りて来い」

命令された五人は後ろのほうへと消え、数秒後には三石青果の横の路地からその姿を現した。

「じゃあ、その五人を適当に振り分けてくださいな、ちなみに先着順だよ。

 あ、集合場所は商店街の一番北の希望の鐘のところね、少しでも遅れたら一番最初に『こ』になれなくなるから注意。一番最初に『こ』になると不利は多いけど、その代わりちょいと有利な面も出てくるんで、そこんとこよろしく。じゃ、一足先に希望の金で待ってるよ」

 そう言ってノボルは五人(正確には十人)に背を向け駆け出してゆく。

取り残されたのはカズ、ユカ、タク、シマ、ザワ、赤の人、青の人、白の人、黄の人、黒の人たちだった。

「それでは少年たちよ、君たち自身の担当する色の人をそれぞれ決めてくれたまえ」
赤い人がこもった声で五人(子ども)に告げる。
「ほいじゃ、オレこの赤の人」とカズ、
「じゃあ、黒い人」とタク、
「わたしはそっちの青い人」とユカ、
「オレは一応主催者だから先にシマ選んでいいよ」
「じゃあ、黄色」とシマ、
「オッケー、じゃあオレは白ね」とザワ。

 結果、赤・カズ、青・ユカ、黄・シマ、白・ザワ、黒・タクという組み合わせが完成した。
ちなみに、特撮戦隊K大ファイブの面々は、この晴れ舞台で非常に大きな後悔をすることになるのは少し後の話。

そして五人はそれぞれここぞ、という店を考え、そこへと向かった。

カズの場合

「やっぱこういう激しいことやるときの道具そろえるなら、あそこしかないだろう」

 そう豪語するカズの向かった先は『登山用具の速水』だった。

慣れた足取りで裏口へと回るとインターホンを鳴らす。

[はい]

「あ、おじさん、オレです」

[カズ坊か、ちょっと待て]

 ガチャッ、ドアが開く。中から体格のいい男が出てきた。年の程は四十半ばといったところである。

「カズ坊、こんな日になんの用だ?」

「実は今日この商店街を全部使っておにごっこをやることになったんです。
 それでおじさんに五万円でおにごっこに絶対に勝てるような装備を整えてほしいんです」

 カズの話を聞いた男の顔つきが、厳しいものへと変わる。

「無茶苦茶なのはわかってます。だけど……勝ちたいんです!!」

 言って、頭を下げる。

ちなみにカズの勝ちたい理由はもちろん約百万円のためであることは言うまでもない。

「誰も悪いなんて言ってねぇだろ、入れ、とびっきりのやつを用意してやる………その後ろの赤いのはなんだ?」
「この人がお金払ってくれるんです。あんま気にしてても仕方ないですよ」

 玄関に上がり、傘を閉じていたカズが答えた。

「……暑くないのか?」

 K大レッドに対して店主・速水が尋ねる。

「………暑いです。滅茶苦茶としか言いようがないほど蒸し暑いです」

 やや間があって、レッドの素の答えが返ってきた。息苦しさも相当なようだ。

「ご苦労さん、上がってけ、冷たい麦茶馳走してやる」
「ありがとうございます」

 速水の心遣いにレッドは心から感謝していた。

シマの場合

「ここです」

 シマはその店を指差す。『山崎究極薬局』と書かれた金色の看板を

(……胡散臭いことこの上ない。と言うかこんな薬局あったっけ?)

 K大イエローは訝しげに店の看板を見つめる。

「韻の踏み方が素敵だと思いませんか?」

「そ、そうだね……」

 シマもまたこの建物の裏へと回り込む。裏口の前に立ったシマは傘を肩とあごで挟み込み、ポケットから細いL字型の棒と長い針の連なったキーホルダーを取り出した。

カチャカチャ…カチャ――ガチャリ

「さ、開きましたよ。あとは空前絶後の道楽薬剤師さんから色々と薬品を買うだけです。こっちですよ」

 慣れた動作でピッキングにより鍵を開けたシマは靴を脱いで中へと入っていく。

「(お、おじゃましまーす)」
 小声で断りつつ靴を脱いでK大イエローもシマのあとを追いかける。彼はこの後、空前絶後の道楽薬剤師山崎により色々と悲惨な目に会うがそれはまた別のお話である。

ユカの場合

「お姉さん、こっちです」

 ユカに誘われるがままK大ブルーがあとをついて行く。

どんどん細い路地へ、路地へと隙間を縫うようにして躊躇いもなく進んでゆく。

(どこに行くつもりなのよ一体……。大体こんな道の先にお店なんてあるわけけないじゃない)

K大ブルーは疑念1000%でユカの背を見ていた。それでもなお、ユカの足は止まることなく路地を進み行く。

「着きました。ここです」
「………正直な意見をひとつ言わせていただくと、怪しいわね」

 そうK大ブルーが言うのも無理はないほどその場所は奇妙だった。

 深緑色の看板に茶色の文字で『占いの館』と明らかに手書きとわかる乱雑な文字で書かれており、
誰も人を寄せ付けないような裏の裏の裏手に店を構えていることが、その奇妙な店の雰囲気をより一層強くしていた。

 さらに、本日一日は商店街全体で台風警報のため休んでいるはずであったのにこの占いの店は普通にその門を開いていた。

「やっぱり開いてる。流石にかおりさんには私が今日ここに来るのは分かってたか……。

そうそう、おねぇさん、ここのマスターは本当に一流の魔女なんですよ。

今度水曜日にでもお友達を連れて来て占ってもらったら良いと思います。

かなり正確に色々と先のことから人の思いやらなんでも当ててくれますから」

 そう言って傘を閉じると店へと入っていった。

(魔女って……そんな人に占ってほしくはないなー)

マスクの下で苦笑しながらユカに付き添い店へと入っていく。

ザワの場合

「さて、ついたよ」

 ザワは『日曜大工の子安』の勝手口に着いてすでにインターホンを押している。数秒の間をおいてジーーという音がしてブツリと切れる。

(はぁ……この姿を子どもたち以外の人に見られるとは思ってもみなかったわ)

 K大ホワイトはため息をつく。

(大体、一日の実入りが良いから引き受けちゃったはいいけどなんかすごく辛そうな気がするんだよなぁ。こんなことなら自分でやれって強く言っときゃよかった)

 ちなみに白いコスチュームをつけた女性、K大ホワイトは風邪を引いた友人の代わりである。
突然の友情出演ご苦労様です。

ウォンウォンウォンウォンウォンウォン―――――――低く、けたたましいエンジンの唸りが聞こえる。

 そして、そのエンジン音は、

――――ドルルルルルルルルルルルル!!!!!

モーターが唸り何かが回転する音が響き渡る。

「ええと、白い人。危ないからドアの真ん前には立たないようにしてください。そしてできれば俺の後ろ辺りにいたほうが安全ですよ」

(―――え?)

 まったく訳が分からないまま、その身をドアの真ん中から一歩分右に、
ザワのほうへと動かす―――バリバリバリバリバリ

 K大ホワイトが身の位置を少しずらした直後、彼女の目の前を鈍色の唸る刃が通り過ぎた。

腰を抜かしたK大ホワイトはすとんと座ると声を上げることもできず気絶した。

「おじさん、いつもながらやりすぎ」
「うるせぇ、俺が客人を迎えるときはいつもこのやり方だって知らないこの小娘が悪い。

それにしても何でおめぇがここに来るんだよ。それもこんな日に」

白い仮面をつけたおじさんと呼ばれた男はチェーンソーを肩に担いだまま答える。

「友達とおにごっこをするんでね、おじさんのジェイソン変身セットを五万円で一日貸してほしいんですよ
「それはいいが、この特注チェーンソーだけは貸さねぇぞ」
「承知してます」

タクの場合
「さみぃ……」
「だよねぇ……」

 傘を差して歩くタクの隣をK大ファイブの中で最も身長の高い男、K大ブラックが歩いてゆく。

「なぁ?」

 タクは横を向くことなく呟くようにたずねる。

「なんだ?」
「なに食ったらそんなにでかくなれるんだ?」
 小学校六年生にして身長130cmしかないタクは自分の身長の低さがコンプレックスであった。
タクは自分より50cm以上も高いK大ブラックに畏敬の念を抱いていた。

「特にこれといって覚てねぇな。強いて言うなら好き嫌いがなかったぐらいだ。お前、好き嫌いとかは?」
「してねぇ、でかくなりたけりゃなんでも食えって言われてなんでも食ってきた」
「なら後はよく寝ることと運動することぐらいしかないな。それだけやったら天に任せるしかない」
「むぅ……」

 それ以上ない答えにタクは唸って沈黙した。会話がまったくないまま淡々と歩いてゆく。
しばらく歩いたところでK大ブラックがタクに尋ねた。

「なぁ?」
「なに?」
「どこの店行くつもりだ?」
「駄菓子のユートピア」
「鈴置さんとこか……なんでまたそんなとこに?」
 駄菓子のユートピア鈴置商店は駄菓子やスナック菓子、ありとあらゆる市販の菓子を安価で提供する子どもたちにとってまさにユートピアとも呼べる店であった。店は老夫婦が営んでおり子どもたちが喜ぶ顔が見たいからとどこのスーパーよりも安くお菓子を売ることをモットーとしていた。

「うまい棒全部揃えて食いたいから…」

ちなみに鈴置商店ではうまい棒も全種類揃えている。

「なるほどな。でもうまい棒全部揃えたいだけなら五百円あれば事足りるだろ?」
「うち、お年玉は全部親が管理してるし小遣いももらってないから……お菓子だって他の家いったときぐらいしか食えないし」
「それでか…なるほどそれでこの機会に、と言うわけね」

 K大ブラックはふむふむと頷くとタクに提案をした。

「多分、他のとこはそんなに食料の重要性に気づいてないはずだ。だから俺がお前が勝てるようにいいお菓子教えてやる。だめか?」
「いいの?」
「おにごっこ前の協力はルール上何も問題ない。ならいいんじゃないのか?」
「……ありがとう」
「礼はいいからがんばって勝て」
「うん」
「じゃ、鈴置のじぃさんばぁさんとこにさっさと行こうぜ」

二人は、少し早足で鈴置商店へと向かった。

AM9:50
「お、全員来たか?」

10時十分前、申し合わせたかのように五人の少年少女がくりばやしみなみ商店街の北端にある希望の鐘に集まった。

カズは軽めの登山用品でその身を固め、ユカはその身を魔女っ子としか言いようのない格好でそろえ、タクはレインコートを着ている以外に何か持っている様子はなく、シマは紫色の白衣に身を包みそのポケットはごつごつしたふくらみを持っている。そして、ザワはジェイソンだった。

この時点で、傘を差しているのはユカただ一人。あとの四人の少年たちは土砂降りの雨の中、傘も差さずにじっと立っている。

それが、このおにごっこに対する彼らの覚悟にも思えた。

「好、時間だ。十時五分前に一番最初の『こ』を逃がすからまずはじゃんけんで『こ』を決めてくれ」

 五人は静かに頷くと円状に立ち、そして――――

「「「「「さいしょはグー、じゃんけん、ぽん!!」」」」」


おにごっこが始まる。




AM9:59

場所:一番区

 最初の『こ』はザワに決まって、五分前にすでに逃げ始めていた。

「それじゃあ、俺がこの鐘を鳴らすからそれを合図にザワ君を捕まえていいよ」

 そして、午前十時そのときが来た。

「おにごっこ開始!!」

――――ゴーン、ゴーン、ゴーン!!!

降りしきる雨の中であろうとも商店街全体に響くほどの轟音を立てる希望の鐘。

その音を確認すると、チェーンソーを担ぎ、白い仮面をつけた少年、ザワを追って四人の少年少女が走り出す。

「さて、俺も追っかけるか。審判だしね」

 四人の姿が視認できるかできないかという距離まで走ってゆくのを見届けると、ノボルもまた、彼らを追うために走り出した。



AM10:06

視点:ザワ

「おじさん、あんなに軽々と扱ってたからもっと良いもんだと思ってたのに…」
 ザワは、すでにばてていた。10Kgを優に超えるチェーンソーを背負い、呼吸の厳しい白いマスクをつけて全力疾走したゆえの結果であった。

 彼は大きな誤算をしていた。よく知る男、子安が軽々と担いでいる様子を見て、自分にもできると勘違いしていた。

「ふぅ、最初に背負ったときはいけると思ったんだけどな……」

 どれだけ走ったか、ひとまず細い路地に入り、隠れて体力の回復を図る。

(疲れた……)

 雨が、彼の体力を奪う。

AM10:10
視点:カズ

(あんな重そうなもの背負ってたからそんなに走り続けらんないだろう)

そう予想したカズは、誰よりも早くザワを捕らえ、その後ずっと逃げ切る作戦を考えながら一定の速度を保ち走っていた。


くりばやしみなみ商店街は南北に大きく広がる三本の歩行者天国を有し、
西側からくり通、中央のはやし通、西側をみなみ通という分かりやすいのか分かりにくいのかいまいち分からない名称がついていた。
それぞれの間には北から一番に始まり十八番までの各通りをつなげる中道と呼ばれる通があり、その道のに挟まれたそれぞれの区には隣へ繋がってるということ以外はどこへ繋がっているとも知れない複雑な路地があった。


 カズはいま、はやし通りを七番から六番に向け南下している。

辺りを見回し、路地を人が通った気配があるか確かめながら、走る。

もうすぐ七番筋というところで、カズはふと足を止める。

左手には路地、(誰かいるな)そう思ったカズは静かにそちらへ近づいてゆく―――

同時刻

視点:K大レッド

(あれは気付いたみたいだな)

 ザワのいるほぼ真上、とある建物の屋上にK大レッドは伏せて不正がないか監視をしていた。

ザワが移動を始めて約十五分、といっても移動したのはその半分ほどで、残りの半分で体力回復とこれからの逃亡についての計略を練っていた。

どこへつくとも分からないと言われる商店街の路地の中ほどあたり、はやし通りに対してL字に曲がったところにその身を構え、ザワは警戒していた。

(あ、行った!)

 カズがその路地に向かって走り出した。

ザワがそれに反応して立ち上がり、ポケットの中からこぶし大の黒い何かを取り出しカズのいるほうへと向かって転がした。

(あれって……手榴弾!?!?)

 ジェイソン変身セットのアイテムのひとつにあった手榴弾。それを臆面もなくザワは使用した。

――カラン、カラン、カラン、冷たい金属音が響く。

その金属音に危機を覚えたのか、カズが路地から離脱する。

その瞬間―――ドーーーーーンッッッ!!!

手榴弾が炸裂した。

爆発の轟音と光でホワイトは数秒、感覚が麻痺する。

レッドの視覚が回復するころにはすでにザワは路地を反対側へと駆け出していた。

「ジェイソンは手榴弾使わねぇだろ!!」

がなりたてるカズの声。

その声を聞きながらもレッドははザワを監視すべく走り出した。



AM10:12

視点:ザワ

「ジェイソン変身セットの付属のあれってほんとに使えたのかよ……」
 冗談半分で使った手榴弾が本物と分かり内心狼狽しつつも、ザワはみなみ通へと繋がっているであろう路地を進む。

右、左と路地を曲がってゆく。そして、みなみ通が見える位置までザワはやってきた。

みなみ通に出る前に、ザワは半身を出しながら周囲の様子を伺う。

そして、一歩を踏み出した。

―――瞬間、ザワの体は微動だにしなくなった。

同時刻

視点:ユカ

「よし、かかったぁ!」

何かを感じ取ったユカは、ザワのいるみなみ通、六番筋付近の路地へと向かった。



AM10:14

視点:K大ブルー

(まさかあの魔方陣みたいな変な模様が実際に利くとはね。今度あの占いの店行ってみよっかな)

 ブルーの視線の先にザワ、その足元には直径1mほどの円、その中には不思議な幾何学模様が描かれていた。

「ふっふっふ、奇跡の魔女っ子の力を見たか!」

 傘を差したまま、優雅にユカはザワの前に立つ。

「どういうことだ…」

 体を動かすことができず。

「なぁに、理屈は簡単よ。あんたの下にあるその魔方陣に捕縛効果が付加してあるってだけ」
「なんだってーっ!?」
「はいはい、そのMMRみたいな旧時代的な驚きかたしなくっていいから。とりあえずこのはやし通からみ
 なみ通にかけての道の路地全部に(まだ八番筋から先には仕掛けてないけどね)この魔方陣が仕掛けてあるってわけ。

これ仕掛けるの大変なのよ。それぞれに違った呪文を唱えなきゃ同じ効果でも狙った効果が引き出せないんだもの。

マハリクマハリタとかテクマクマヤコンに始まり、体は剣でできている〜なんて呪文まで総動員させる羽目になりそうよ」

 得意げにザワの前で魔方陣についての講釈を行うユカ。

「それを話してどうするつもりだよ。要するにこの円いのをふまなけりゃいいってことだろ?」

 鬼の首を取ったかのように不敵に笑い、余裕を見せる。

「残念、あたしはまだまだ説明してないことがたくさんあるのよ。

この魔方陣なんて、序の口中の序の口よ。砲撃のあとに『やったか!?』なんていってたら次の瞬間には殺されるわよ?」

 言い終わって、ザワの右肩に右の手のひらを乗せる。

「はい、捕まえた。言っとくけどその魔方陣は捕まえたものを小一時間ほど離さないからね。
それじゃ、バイバイキーン」

 振り返ったユカは六番筋へと小走りで向かった。

(やれやれ、すごい子ども)

 まったくです。



AM10:15

視点:ノボル

(なんか大波乱の予感って言うか、すでに波乱に満ち満ちてるおにごっこだな…………なんかこのおにごっこ終わったあと何事にも驚かなくなりそうだな…)

「おっと、報告報告っと」

 足元にビニールをかけておいてあったメガホンを手に取り、大声で叫ぶ。

『こが交代いたしました!! ただいまのこはユカさんですっ!!!』

 全身を震わせ、体が発声するためだけに存在するのではないかと思わせんばかりにその声を張り上げる。

『繰り返しますっ! こが交代いたしました!!! ただいまのこはユカさんですっ!!!!!』

(ふぅ〜、きっつ〜)

 全身に軽い疲労感、これがあとどれほど続くものかそう考えると先が少し思いやられるノボルであった。

そんなに辛いんならもっと楽な方法とりゃいいじゃねぇか。なんて冷淡な突っ込みはなしの方向で…



同時刻

視点:シマ

『繰り返しますっ、こが交代いたしました! ただいまのこはユカさんですっ!!』

 どこまでも響くその声はくり通九番筋付近にいたシマの耳にも届いていた。

(ザワが捕まったか…雨音で聞き取りずらかったけど、さっきの爆発音はザワかユカか?)

もしかしたらはち会うかもしれない。と考えたシマはユカを捕まえるべくひとまずみなみ通へと向かう。
残念ながらこのシマのもしかしたら、は当てが外れているのは少し前のお話。



同時刻

視点:カズ

「くそっ! ユカのやつ……」

 まさかザワが手榴弾を持っているとは思わなかった。そして手榴弾が自分の目の前に転がってくるとは夢にも思っていなかった。

カズは悟った。自分の甘さを、このおにごっこについてを……

情け容赦は一切しない。すれば自分が負ける。

カズは心に誓った。

(ユカは俺が捕まえてやる)と



AM10:34

視点:ユカ

「ちょろいね〜、このまま一気に逃げ切って優勝もらいだよ。絶対、だいじょうぶだよってね♪ へへ〜」

 上機嫌でみなみ通のど真ん中を歩いて北上するユカ。

まだまだ大丈夫だよ、と余裕たっぷりに歩いている。

(にしても捕縛結界をもはや使っちゃうとはねぇ、これで残りのカードは二つかぁ。よく考えて使わないとまだ七時間以上あるんだよね)

少し、ユカの顔つきが厳しくなる。

「くりまで行くかぁ……」

 前後を確認する。視界は200mもない。これならと感じたユカは四番筋を少し過ぎたあたりの路地へと身を滑り込ませる。

彼女の逃走は、まだ始まったばかりだ



AM10:43

視点:K大ブルー

「すごい、こんな道あったんだ…」

 普段滅多なことでは(というか普通は)上らないビルの屋上を駆け回り、ユカを追跡する。

入り組んだ路地を右に左にと曲がるユカは追いかけるのも一苦労だ。

いつもの近道を使うように躊躇いもなく曲がっていく。抜けた先に誰が待っているとかそういったことを気にしている様子がないユカは淡々と先へ進んで行く。

歩き始めて数分、ユカはその身をはやし通へと躍らせる。

「おいおい、警戒心ゼロっすか」

 まるで警戒する様子のないユカの代わりに(?)ブルーが辺りの様子を確認する。

「誰もいないみたいだからいいけど、よくもまぁあんな大胆に行動できるわね」

 そう口にはしてみるがブルーは薄々感づいていた。

このおにごっこは、おにごっこというよりも隠れる人の移動するかくれんぼであるということだ。

しかしながら、逃げるときはやはりおにごっこである。

いかにして見つからず、そして逃げるときにはどんなことをしてでも逃げる。

このどんなことをしてでも逃げるというのが中々のネックだ。

さっきのやり取りを見ただけでブルーは十分よく理解していた。

開始約十五分で手榴弾とよく分からない魔法陣が飛び出すおにごっこ……

そんなものが飛び出すおにごっこだ、これから先何が起こるかわからない。

(まったく、小学生のガキのやれることなんか軽々と飛び越えやがって、うらやましいぞコラ)

そう思考している間にもユカはくり通へと向かうために適当な路地を見つけ入り込む。

(おっと、こうしちゃいらんないや、追うのがあたしの仕事です〜っと)

 おにごっこが始まった直後、ノボルにより渡されていた鉤縄をビルの端に引っ掛け、確認。

それを伝ってゆっくりと降りる。下につくと、縄を大きく縦に揺らし、ビルに引っかけた鉤をはずし、さらにそのまま大きく揺らして一気に引っ張り鉤の部分を下に落とす。

「よし、さてと、ユカちゃん追っかけますか」

鉤縄をまとめたブルーはユカの走っていった方向に向かって駆け出し、程よい高さの建物にめぼしをつけ、
再び鉤縄をかけて上る。

あっという間に上りきる。そして、ブルーはユカの追跡を続ける。



AM10:58

視点:シマ

(見つからないな。別の通か? それとも南へ行ったのか?)

 ユカを探しひたすら歩き回ったシマはみなみ通一番筋まできていた。

(まったく、ちっとも見つからな…ん?)

 はやし通の一番筋付近でシマはその影の存在に気づいた。

「カズ、ザワどうして一緒にいるんだ?」

 歩み寄ってシマがたずねる。

「ユカを探すために協力しようと思ってな」
「俺もカズに言われて今更ながら気づいたんだ。このおにごっこは協力して『こ』を追い詰めて、その上でいかにして自分以外の『おに』を出し抜けるかってのがミソだってな」

 カズとザワはそれまで自分たちがどれだけ歩いてもユカの影を捉えることができず、さらにはこうしてシマに会うまでにどれだけ苦労したかを説いた。

「確かによくわかった。協力するのは別にいいけど、ユカをどうやって捉えるつもりだ?

あともうひとつ……タクは、どうした?」

 ユカをいかにして捉えるか、それよりもシマの関心事は何よりもこの場に顔を出していたないタクの存在についてだった。

「あいつはどうにも見っからないんだよ……」

 声のトーンを落とすザワ。

「タクは最初の時を除いてずっと見てないからな。あいつが動かないなんて信じられない。けど実際あいつはどこにも見当たらない」

『極太運動神経』神経は太いほうが体は速く動けるらしいというシマの情報によりタクにつけられた二つ名である。

事実、タクの運動神経は並外れたものがあり、単純な膂力はカズに劣るが、敏捷性や瞬発力を求められる事態においてタクの足元に及ぶ者はいなかった。

一度『こ』を見つければタクから逃れられるものは多分誰もいない。その暗黙の了解がある中でのタクの沈黙は不吉なものがあった。

三人の顔に不安の色が宿る。

「とりあえず。その問題は後回しにして、いまはユカを捕まえることに専念しよう」

 真剣な面持ちでカズが場を取り直す。

「捕まえるったってどうやって?」ザワが問う。

「三人いれば一人一つの通を見ていくことができるだろ? それで何とかしよう」カズが作戦を提起する。

「「わかった」」二人はほぼ同時にその作戦を認め、うなずく。

「けど、見つけたときの連絡方法はどうする?」
「これがある。これをできる限り遠くへ投げ捨てろ。そうしたら居場所はすぐに分かる」
「じゃあ、シマのこれを合図に……」

二人は、シマから小さな何かの詰まった小瓶を受け取るとポケットにしまいこんだ。

「誰がどこに行く?」
「俺はくり」
「んじゃオレはみなみで」
「おれははやしだな」

カズ→くり通
シマ→はやし通
ザワ→みなみ通
三人の分担が決まる。

「誰が捕まえても恨みっこなし。行動開始だ」
「わかった」
「ラジャッ!」

三人は別れ、行動を始める。ユカを捕まえるために。



AM11:11

視点:ユカ

「ふゎ〜、こうしてただ雨の降る中歩くだけってのも暇ねぇ……」

 くり通とはやし通の間の路地を通り、三番筋へ向けてひたすら歩く。

第二、第三の切り札を隠し持つユカにとって、それをいつ使えるかが目下最大の楽しみであった。

それでも、やるからには最大限見つからないように、と路地の間を縫うように進む。

どこへ繋がっているかはいざ知らず。ただ前へと進むのみ

(こりゃ、百万円は楽勝っぽいわね)

そう思うユカに最大級のピンチが訪れる。

ピキーーーンッ!

(……まずい…トイレ、どこにあったっけ………)

強烈な尿意を覚え、必死に思い出すユカ。


くりばやしみなみ商店街は深夜まで営業している飲食店が多い。
当然、吐き出してしまう人もいるわけで、衛生上不可欠との理由から、この商店街にはあちらこちらに公衆トイレがある。
しかし、普段使わない施設を覚えているはずなどなく肝心のトイレがどこにあるのかまったく思い出せない。

(みっかるかなぁ…)
だが、ためらっている暇はないとユカは路地を抜け出し、くり通に出る。
ユカは左右を確認―――

「いたーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

 ユカの右手側から叫び声に近い大声。そこには、カズの姿があった。

(この忙しいときになんで!!?)

 しかし、そんなことを考える余裕もなくカズは追いかけてくる。

必死で逃げるユカには振り返る余裕すらない。

二人の距離、約10m

(よし、あとはこれでっ!)

 ユカの後ろから、カズは先ほどシマに渡された小瓶を力いっぱい前方に投げた。

大きく弧を描き雨に負けることなく飛び続ける小瓶。

そして―――

ゴォオォォォオオオオオンッッ!!!!!!!

小瓶がその大きさからは信じられないほどの爆発を起こした。

 爆風が周囲の空気を押しつぶすように進み、生暖かい風が通り過ぎる。

落下点と思われる場所のアスファルトは粉々になり、小さなクレーターが出来上がっている。

目の前の爆発に圧倒されたユカはその場にへたり込んでいる。

爆風によってだろうか、ユカの手に傘はない。

「ニ、ニトロだっ!」

 ユカは自らの心を、この光景はなにかの間違いであると、誤魔化そうと叫ぶ。

投げた本人のカズは目の前の出来事に呆然としている。

カズが呆気に取られていたその間に、ユカは急に立ち上がると一目散に逃げ出した。

ハッとしたカズは慌ててユカを追いかける。

ユカに残されたタイムリミットが近づく。

動けば、まして走りなどしたらその時間は加速度的に消費する。

しかし、ユカは走らねばならなかった。

(こんだけ走って、カズに捕まったら……)

その先について、ユカは考えたくはなかった。しかし、カズとの距離は近づく一方で、ユカはタイムリミットが近づき、走る速度がどんどんと落ちてゆく。

(絶対に、逃げ切らなきゃ。後で捕まってもいいからトイレまでは逃げ切る!!)

覚悟を決めたユカは、走りながら言葉を紡ぐ。

『I am the bone of my sword.Steel is my body,and fire is my blood.

 I have created over athousand blades.

 Unaware of loss,nor aware of gain.

 With stood pain to create weapons.Waiting for one's arrival.

 I have no regrets.This is the only path.

 My whole life was“unlimited blade works”』

ユカが一息ついて前を睨む。

「(ヨルナサワルナハジケテトブサ)」

 ユカが小さく、囁くようにそう一言だけ言うと全てが変わる。

 黒い帽子が溶け、ユカの髪に絡みつく。黒いマントとローブが溶け、ユカの体に絡みつく。肘まである黒い長手袋が溶け、ユカの腕に絡みつく。黒タイツと黒い靴が溶け、ユカの足に絡みつく。

全てが溶け、全てがユカに絡みつき、そして一つとなる。

ユカの装飾物全てがピッタリとユカに絡みつき、ボディスーツのようになる。

 そのボディスーツが、ユカの髪が赤く染まったとき、轟音とともにユカの姿は消え失せてた。

ただあるのはユカが走った跡と思われる抉れた地面が一直線に道を刻んだ跡だけ。雨風に備えて降りていた
店のシャッターがことごとく風圧でガシャガシャという音を立てている。

全てが、理解の範囲外のことであった。



AM11:15

場所:十三番区女子トイレ 視点:ユカ

「ふぅ〜、ぎりぎりセーフ」

 なんとかトイレに間に合ったユカは至福のときを過ごしていた。

「いやそれにしても二枚目の切り札あんなとこで切ることになるとは思わなかったよ。やっぱり最後に大逆転が理想なのかな……」

 トイレに座ったまま独り言をするユカ。

音速を叩き出し、商店街を滅茶苦茶にして一目散に逃げ去り、カズとの距離はかなり離したはずだ。と安心しきっている。

「それにしても本当に速かったわねー」

ユカはこの魔法を教えてもらったときのことを思い出す。


『速く走れる?

 そう、とっても速く走れるようになるわよ。ただし走れる時間は詠唱時間に比例するけどね。

 この魔法も呪文は適当、切り替えスイッチは頭でってこと?

 そういうこと、なるたけ長い呪文を利用することをお勧めするわ。
 例を挙げるなら“竜破斬”とかね。

 それは時代的にちょっとねぇ〜

 なら何を使うの?

 “無限の剣製”でしょ!

 なるほど、でもあれ英語よ? 詠唱できるの?
 
 小学生と侮るなかれ、ちゃんとお姉ちゃんに唱え方教えてもらったから問題なし!

 なら、これも問題なし、と。じゃあ最後の魔法を叩き込むわよ―――』

「負けらんないわよ…」

 そう心に染み込ませるように呟き、覚悟を決めて立ち上がる。

「さて、逃げるわよー」

 トイレの蓋を閉め、奥にあるレバーを足で踏み、水を流す。

その水が流れる音を背に、雨の降る商店街へと繰り出そうとする―――が、

「あれ、傘、傘、傘……」

 逃げるときに落として、そのまま走ってきたためにユカの手元に傘はない。

「しょうがないか、雨に打たれてってのも悪くはないよね」

 そう言って足を踏み出す―――

「捕まえた」

ユカの右肩に、厚めの皮手袋をつけた左手。

「えっ!?」
「ばーか、トイレに逃げるにしてももう少し考えろよ。見てみろよ、コレ」

 そう言ってカズが顎で示す方向には、長く、長く、抉り取られた地面があった。

「ドンだけ速く逃げたって、こんな跡を残してたらばれるに決まってるだろ。それもトイレ手前でこの跡が消えてるんだ、待ち伏せされて当然だろ」
「自分で自分の首を絞めちゃったわけか…」
「そういうことだ。それじゃ、俺は逃げる――」

 言い終わらないうちにカズはユカに背を向け走り出す。

あっという間に、ユカの視界からその姿は消え去った。

「ふん、今のうちに精々逃げておきなさい、まだカードは一枚残ってるんだから……」

 余裕のある台詞を吐くユカの表情は、とても悔しそうだった。



AM11:16

視点:ノボル

(もっと小学生らしく、『こ』の交代の早いおにごっこだと思ってたのに、随分とイカレてて素敵な展開じゃないか)

 ノボルはくり通の惨状を目にしながら楽しげに笑う。

カズがニトロを爆発させて地面に穴を開け、ユカが人知を超えた速度で走りくり通のアスファルトを滅茶苦茶にひっくり返した。

(この被害からして、明らかに音に達したかそれ以上の速度を出したみたいだな。まったく、平穏な世の中に魔法なんか復活させおってからに……おっと、連絡連絡っと)

 思い出したようにメガホンを手に取り、口に当てて吼える。

『ただいま、こが交代いたしました!!! ただいまのこはカズくんです!!!!!』

 開始から一時間強。いい加減に子どもたちを追い掛け回すのに飽きていたノボルはここぞとばかりに声を張り上げる。

先ほどよりも強く、雄雄しく

商店街に響き渡るその声は次の日、五月蠅かったと商店街の人々から非難をもらうのはまた別のお話。



AM11:44

視点:カズ

「ちょろいなー、屋上登って適当に移動してるだけで誰も追いつけないなんて。つまらないけど、これでおれの勝利確定かな?」

建物の屋上から建物へ、駆けるように飛び移りまた次の建物へ、筋をを超えるときに

 この商店街の建物は景観への配慮からすべての建物はその高さが制限され、三角屋根が許されないという奇怪極まりない規則により建設されていた。

つまり、この商店街は高所から見下ろすと、それはきっちりと区画整理された、四角い建物が密集している不思議な町並みとなっているのである。

平らな屋根で高さは同じということは屋上を好き放題走り回ることができることを意味している。無論、一昔前はこの上を伝って走り回るといった遊びが流行したこともあった。

しかし最近になり危険であるとの理由からどの店も屋上に登れなくすることとなっていた。

その子どもを危険から未然に守るためのきまりも、このおにっごこがぶち壊しにしているわけだが……

「つまんねぇ、でもいっか」

 道を超えて隣の区画へ移動する際には降りる必要があったがタクには及ばないまでも足の速いカズはユカ、ザワ、シマの追随を許すことなどなく、余裕で移りきる。

北へ、北へ、北端に着いたら悠々と体力回復。回復したら次は南へと走り出し南端でまた体力を回復する。という行動プランの下でカズは動いていた。次にどこへ行くか悟られていようがいまいが関係ない。

屋上へ登る手段のないであろう三人に追いつかれる道理もないのだと思いつつも、あくまでおにごっこらしくするためにお遊びでカズは走り続けていた。

カズの購入した登山セットの中には栄養補給のための食料や鉤縄、携帯トイレや酸素ボンベも用意されていた。

あくまでこのおにごっこために用意したセットのため総重量はそれほど重くはない。学校に背負っていくカバンを少し重くしたぐらいの重さしかないそれは走るに当たってもさほど気にならない。

それでもしっかりとカズが考えて用意したそれらのアイテムに無駄はほとんどなかった。

「つまんねぇ、つまんねぇ、でもこれで百万円もらえるならいっか」

ユカを捕らえた十三番道から十二番道へ十一番道から鉤縄を使って屋上へと登りそこからはひたすら屋上を伝って逃げてきた。

そう、カズがつまらないといってから数分後まではこの商店街はまだ『平和』だった。



AM11:47

場所:全域

「かぜが、きた」
「ぶっちゃけ……ありえない」
「おれの時代が来たぁーーーー!!!」
「風が強くなってきたな。これを使う機会がいよいよ出てきた」
「すー、すー、すー」
「荒れるぞ、荒れるぞ、荒れるぞっ!! ここからが本番だぁ! さぁ、楽しませてくれよガキども」
「おっと、そういえば午後から巨大台風接近とか天気予報で言ってたな」
「あらら、こりゃまた素敵な展開になってきたわね」
「ミホならともかく何で私がこんな目に会わなきゃならないのよ。もう帰りたいよ……」
「うひゃヒャひゃヒャ……あぶねぇ、人格乗っ取られるとこだった。と、随分と風が強くなってきたな」
「さぁ、あと二時間強、がんばれよ。まだまだ我慢だぞ」

 南南東の風が、商店街一帯の街を覆う。巨大な、本州の四分の一を覆う巨大な台風がいよいよくりばやしみなみ商店街のある三塚江市にその爪を伸ばしたのだ。

生暖かく、重たい空気が屋外にその身を晒している全員の感覚を刺激して止まない。

圧倒的な質量を感じさせるその風はこのおにごっこをより危険なものへと変える。

『こんな日に外出てて大丈夫かな』

と、ザワとノボル以外の人間はそう思っていた。



PM0:00

場所:全域


プォオオオオーーーーーーーー


 三塚江市に響き渡る正午を告げるサイレン。

少年たちも、監視している青年たちにも『空腹』の二文字が浮かび始める。



PM0:34

視点;カズ

 ただいま追い風に乗せられひたすら北上中。

風の向くまま、背を強烈な雨風に押されてカズは数多の建物の屋上を走る。

(やべぇ、てかあぶねぇ)

風に押されるまま走るはいいが、なかなか止まれない。

体力を使わなくていいが、一歩間違うと風に飛ばされて地面と激烈に強烈なキスをしかねない。

(降りて走ったほうが賢明だな……)

 くり通とはやし通の間の建物の間を駆け、七番道へとたどり着く。

カズは降りる前に鉤縄を取り出すとそれにこしから取り出した液体をかける。その後、慣れた手つきで鉤縄を引っ掛け、下へと降りる。

そして、胸ポケットからマッチを取り出し縄に火をつける。みるみるうちに縄は燃え上がり、たちまち黒い物質となる。

(ボンベと合わせ技と行きたかったんだがな、この天候じゃしょうがない)

鉤縄の縄が燃え尽きるのを確認した数は風に流されるまま北上する。



PM0:50

視点:シマ、ザワ、ユカ

「オレ、そろそろ無理」

ぜぇぜぇと苦しげに息を吐きながらザワが不平を言う。

「情けないわね、てかそんなチェーンソー背負って走るからでしょ」
「同感だ、重いものが必ずしもいいものというわけじゃない。童話に学ぶんだな」

 意を同じにしてユカとシマがザワの状況を批判する。そう、いまだにザワはそのチェーンソーをどこかに打ち捨てることなく担いだまま行動しているのだった。

「ちきしょう、やっぱ根性見せないわけには行かないな」
「なに勝手に一人で熱くなってんだか」

 呆れ顔で隣のザワの顔を見やる。横を向くと、時折風にあおられて飛んでくる雨の雫が時折目に入るようで、ユカはしきりに瞬きをする。

「それよりもカズは北上を続けていると思うか?」

 シマが問いかける。

「それならまず間違いはないわ、この風の中で南下するのがどれだけ大変かってのは分かってるでしょ?」
「そうだ、まず無理というほかない」
「そうだな……」

 カズを追いかけ北上する。三人は追い風に急かされるように走ってゆく。

―――現在、カズと三人との距離は約一区画分の差がある。



PM1:37

視点:カズ

(疲れた、少し休むか)

 一番道を超え、商店街の北端となる区画にたどり着いたカズは、くり通とはやし通の間にある路地の一つにその身を忍ばせていた。

ポケットの中からベタベタに溶け、銀紙にべっとりとついていると見て間違いない真っ赤な紙箱の板チョコを取り出す。

(うわ、食いずらそうだな)

ポケットの中で人肌程度に温められたそのチョコを舐めとるようにして食べる。

「あまーーーー」

 温かいチョコは甘い。それが人肌程度にまで温かいとなるとその甘さは尋常ではない。

しかし、体力を回復せねば残り四時間半以上あるおにごっこに体がついてこないだろう。との思いが彼にそのクソ甘いチョコを食べさせる。

「あぁ、一粒三百メートル一箱のほうがまだましだったかもな……」
 路地の壁に体を持たれかけ、うつらうつらと頭を縦に揺さぶり始めるカズ。

(疲れてんなぁ…ねみぃ……)

そして、カズは浅い眠りにつく―――



PM1:51

視点:シマ、ザワ、ユカ

あれから三人はそれぞれの通を路地まで詳しく調べながら一番道で落ち合うという約束の下、カズを探していた。

そして、三人は一番道で落ち合った。

「みんな普通に集まったってことは――、」
「ああ」
「いなかった」

 三人の共通見解は『カズはこの先にいる』となった。

「ここでカズを誘き出すためにちょっとした策があるのだが、いいか」
「なに?」
「なんだ?」

 シマの提案を聞く。
「ここに、混ぜるな危険のマークがついた洗剤を二つ用意します」

 そう言うと背中のリュックサックの中から塩素系漂白剤と酸性の洗剤を取り出した。

「ちょっと待てや!!!!?」
「カズを殺す気!!?」

 まったく同時にシマに突っ込みを入れる。

「だめか?」

 はて、何か問題でも? といった風にも取れる反応をシマは見せる。

「だめに決まってんだろ、それをこの風の中風下のカズに向けて使うんだろ?」
「その通りだ。よく分かったな」
「だから、カズを殺す気なの!!?」
「何を言っているのかよく分からんな。混ぜるな危険により発生するガスはとは冗談ではないのか?」

 シマは、次亜塩素酸ナトリウムの恐ろしさを知らない。

もとい、その恐ろしさを実際に知っている人間などそういるはずもないのだが、この混ぜたときに発生する次亜塩素酸ナトリウムは実際に人を殺傷する能力を備えている。

ザワとユカはそういった詳しいことは知らなかったが、なんとなく人が死ぬような気がしてそう叫んでいただけであった。

(なんて言ったら止められるかなぁ……あ!?)ユカが、何かに気づいた。

「冗談かもしれなくても、そればら撒いたら商店街の人が迷惑するからやめなさい」

 シマにユカは強く言い聞かせる。

(あ、そうか!)

 ユカの発言にザワも気づく。

「そうだよ、なんてったってガスが発生するんだぜ。商店街の人たちに迷惑が掛かるからやめたほうがいいと俺も思うぞ」

 語調を怒鳴らない程度に強く、シマの間違いを嗜めるようにザワが言う。

「商店街の人たちに迷惑、か……そうだな、ガスはやめとくか」


 シマは自分たちが遊んでいるときに他人がその遊びによる被害を被るのを嫌う人間であった。

その情に訴えかければ『混ぜるな危険』を止めるのは容易であった。

「ならしょうがない………ひとつ、聞いていいか?」
「なんだ?」
「これらの薬品は大丈夫なのか?」

そう言ってシマは様々な薬品を足元に並べ始める。


硝酸、水酸化ナトリウム、王水、硫酸、過酸化水素水、青酸ソーダ、亜ヒ酸ソーダ

そして、三硝酸グリセリン。メジャーで危険な薬品がずらずらと並べられた。

「「…………だめに決まってんじゃん!!!!!」」

 二人揃って見事に突っ込む。

「そうなのか、ならこれは使わないであとで返しに行くことにするよ。でも、この三なんとかグリセリンってのはだめか? せめてこれだけでも使えるようにしてほしいんだが」
「それなら、まぁ…いいよな?」
「よくわかんないけど、いいんじゃない?」

三硝酸グリセリン。いわゆるニトログリセリンである。

『困ったときにはこれを遠くに投げろ、そしたら必ず逃げられるから』

 シマにはそう言われて渡された薬品であった。

「じゃ、これだけは使って良しと…」

 その小瓶をベルトについている小さな大量のホルスターにしまってゆく。

「シマの準備ができ次第、普通に捕まえに行くぞ、いいな?」

 ザワが呼びかける。

「何勝手に仕切ってんの?」
「いや、いいだろこれぐらいは」
「今回だけね。アンタに仕切られるのってなんかやだからやめてもらえる?」
「じゃあ、カズは俺が捕まえてお前と協力体制取れないようにしなくちゃだめだな」
「言ってなさい」
「じゃ、行くか」

 シマは用意が整い立ち上がる。

「じゃ、それぞれ適当に行きますか。誰とかぶっても文句なし!」
「「誰が捕まえても文句なし」」

カズを捕まえるべく少年たちは走り出した。



PM1:53

場所:一番区

「っっくし!!」

 くしゃみ一発、カズは目を覚ました。

(やべ、風邪引いたかも…)

 起きたカズは立ち上がり、伸びをする。

(そろそろ動き始めるか、一箇所にとどまってるとロクなことにならなさそうだしな)

しかし、台風による南風は強い。南へ一区画分移動するのも相当の徒労となるであろうことがよくできた。

(なんて馬鹿だったんだ。南にいって待機してればそれだけで十分な時間が稼げたのに……)

ちっと舌打ちをしたカズは移動を開始する。

(路地をなるたけ多く通れば風の影響もそんなに出ないだろう)

 そう思ったカズは東西に通っている路地を移動し、南北に通る道を探す。

―――カズは気づいていない。
   シマ、ザワ、ユカの三人が一番区に辿り着いていることを
   今まさに探している最中だということを



「おれはこっちの路地を行くことにするよ」

 シマは一緒に歩いていたザワにそう言い置くと、さっと走り出しくり通に繋がっている路地へと入る。

「おう、じゃな」

―――直後、シマはカズと遭遇することになる。

「「あっ!?」」

 ばったりと出会って思わずカズとシマは声を上げる。

二人は何も言わず、逃走と捕獲を開始した。

もと来た道を戻って逃げるカズ。そのカズをシマが追いかけるがジリジリと、少しずつ離されていく。

(くっ、やっぱりおれじゃ追いつけないか!?)
(やっぱり、南に逃げていたほうがよかったみたいだな。クソ、失敗した。でも―――)

 この追いかけられている状況でなおカズは小さな勝機を見つけていた。

(俺を見っけても連絡する様子がない、てことは三人揃って個人で探してるな。このままユカにもザワにも見つからずに一番道まで行ければ、今度は一気に引き離せる!!)

 複雑に入り組んだ路地、蛇の道と表現するのがふさわしいその道を抜けていく。

(だけど、このまま行ったら北に着くな。それだけは避けたい…)

 そして、カズが次の分かれ道で左に曲がると開けた空間がそこにあった。
(よし、通りに出た。あとはこのまま逃げ切るだけ、頼むから誰もいませんように!!)

 ザワがくり通に出る。すぐさま一番道へと向かうべく左を向くと―――

そこに、気だるげに歩いているユカの姿があった。

「あ!?」

 目の前数m先に突如として現れた自分のターゲット、やりぃとカズの前に立ちはだかる。

「おめぇなんかに捕まってる場合じゃないんだよ!!」

すぐさま方向を右に変え、追い風に乗りさらに北上する。

(くそ、これじゃあ!!)

 追いかけられる人数が二人になり逃げるのがさらに困難になったカズ。

流石にこの切迫した事態に陥っては鉤縄を使う余裕さえない。

寝起きで体が思うように動かないカズは少しずつ、シマに追いつかれている。

そして―――


「捕まえた!」

 シマの手がカズの背に届いた。

「ちっ、捕まったか…」

 カズが悔しげに声を漏らす。

「よし、いよいよおれが逃げる番だな。なかなか大変だったぞお前を―――」
「―――はい、そこまで!!」
「え?」

 シマの背にはユカの手が押し当てられている。

「残念でした。これであたしが逃げる番だよ」

 あっと言う間に『こ』が交代してしまった。

後にこれは彼らの間で『シマの壱秒天下』と呼ばれることになる。

「へっへー、あまいあまい、これでまたあたしが逃げる番だね♪」

 クルッと振り返り駆け出そうとするユカの目の前には―――ザワの姿があった。

ポンと頭に手を置くザワ。

さらに『こ』が交代する。

後にこれを『シマの壱秒天下』に対して『ユカの参秒天下』と呼ばれることになる。

「ほいじゃ三人ともまったねー」

 声の妙に明るいジェイソンが逆風の厳しい中走り去ろうとする。が、その歩みはひたすら遅かった。

散々利用した追い風が今は向かい風となってザワの身を襲う。

必死で走ってはいるものの、その姿はとても哀れなものであった。

そして、三十秒の禁が続々と解かれ、ザワを追いかけ始める。が、追いかける三人の走りもまたあくびが出るほど遅いものだった。



―――それから30分

 逆風に無理やり逆らい走ってゆくおにごっこは泥沼状態にあった。

誰かが捕まえてはすぐに誰かが捕まえる。

そして誰かが逆風の中を逃げるという状態から四人は抜け出せずにいた。

もし、追い風に乗って距離を離そうと思えば、すぐさま追いつかれて捕まる。そういう風になることもすでに確認済みであったため、『こ』となったものはひたすら逆風の中を走るのであった。

この風の中で、逃げながら、または追いかけながらそれぞれの購入したアイテムを使おうというのも無理な話で、泥沼の逆風おにごっこがひたすら続いていた。

この状態、見てる側からしても面白くないもので、ノボルはすでに誰が捕まったというのを叫ぶのはとっく
にやめ、ただひたすら観戦(監視)に回っていた。



PM2:36

場所:十八番区 視点:タク

ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリrrrrrr

目覚まし時計の音が鳴る。

「時間か…うん、ちょっと体さみぃけど問題ないね。行くよ、黒の兄ちゃん。おれがこのおにごっこで必ず優勝してやる」

『いいか、適当な時間までは休んでるんだ、ずっとね。

 そして、みんなの体力がもう持たないだろうと思う時間、そうだな二時か三時ごろでいい、

 それぐらいになったら、活動を始めるんだ。

 体力に自信があるんだろう?

 ならこの作戦で勝って親孝行してやりな!!』

「勝つよ、黒い兄ちゃん」

『極太運動神経』タクが超暴風雨の中、アクションを起こす。



PM3:14

場所:七番区

 いまだ逆風に逆らって必死で走っている人の影、その数はたった一つとなっていた。

午後三時、十数分前に泥沼の争いに転機が訪れていた。

カズが、その持ち前の体力から三人を引き離し、独走態勢に入っていたのだった。

(もう誰も追いつけないかな?)

 そう思って、走る速度を落とし、歩き始めた。

傘がないため、目に飛び込んでくる雨から目を守る手段を持たないカズは下を向いて歩く。

そのため、カズは気づかなかった。

向こう側から追い風に乗って走ってくる影に、五人の中で誰よりも速く、誰も追いつけない速度を持つ少年タクの存在に。

ゴオオオと耳に入ってくるのは風の音ばかり、この台風がカズの聴覚を徹底的に奪っていた。

タッタッタッタッタッタッタ――――、

「捕まえた」

 タクの手がカズの肩に置かれる。

「!!!? いつの間に!? というか一体今までどこにいた!!?」
「いつの間にだと? 僕が小さいからって馬鹿にしてんのか!!? 僕より足が遅いくせに威張ってんじゃねぇぞ!!」

 タクは怒声を張り上げる。

「悔しかったら僕を捕まえてみな、じゃあな」

追い風に乗り、速く、疾く、どこまでも速く駆けて行くタクはあっという間にカズの視界から消え去った。



PM3:16

場所:ほぼ全域

(動いた! おにごっこが動いたよ!!)

 カズのあとを追いかけていたノボルの心はどんどん高揚していくのを感じた。

楽しい、これは楽しいことになるぞ。と

(これは報告する義務があるね)

 カズのいる位置のすぐ傍の建物の上からノボルはメガホンも使うことなくその声を響かせる。

『ただいま『こ』が交代いたしました!!! ただいまの『こ』はタクくんです!!!!!

 繰り返します!!! 『こ』が交代しました!!!! ただいまの『こ』はタクくんです!!!!!!』

 追い風に乗り、声が運ばれる。もちろん、シマ、ザワ、ユカの三人もこの報告を聞くこととなる。

「タクが動いた!!?」
「やべぇ、あいつ捕まえる体力なんて残ってねぇぞ」
「体力を温存していたのか…」

 三者一様の反応。おにごっこももう半分が過ぎ、カズが南へひたすら逃げたため、半ば途方にくれていた三人を絶望の淵へと持っていくには十分すぎる情報だった。

「カズと協力しよう。全員で協力して手を尽くせばなんとかタクに勝てるかもしれないから…」

 苦しげに、シマが言う。

「それしかないよな……どうする?」

 ザワも同意見だった。そして、更なる同意を求めてユカの方を向く。

「あたしはまだ切り札があるからパス。あんたたちだけで勝手にやって。ちょうどいい機会だから私もそろそろこのパーティから離脱させてもらうわ」

 あっさりと、ユカは離脱を宣言し、クルッと反転し追い風を背に北へと向かう。

「しょうがない。オレ達はオレ達でタクを捕まえよう。そのためにはまずカズと合流だ」
「ああ、じゃなきゃ話にならない」
「ならここで待つか?」
「そうしよう。疲れたしな」
「ついでにタクを待ち伏せしてみないか?」
「お、それいいね! タク……待ち伏せしてみっか」

そう言って二人は立ち止まる。タクを待ち伏せするために。



PM3:17

場所:六番区

 タッタッタッタッタッタッタ

タクは全速力で北へと向かって駆ける。どう逃げるなどという考えはもはや彼の頭にはない。

誰が、どこから来ようとも、今の自分なら逃げられる。

そんな自信が彼にはあった。

(俺に追いつけるやつはいない。俺が最速だ!!!!)

 その自負は何よりも彼を速く走らせる。

そして、そんな彼の目の前に二つの人影。シマとザワであった。

タクの存在に気づくと二人は構えた。

「たった二人で俺を止められると思うなよ!!」

 二人と接触するまで3mほどのところでタクは体を沈み込め、

そして、前方に向かって跳躍した。

体をいっぱいに広げ、風をうけ前に飛ぶ。

ザワとシマの身長は150cm程度で大体同じくらい。

その二人を、風に乗ったタクは跳び越えたのだった。

呆気にとられているザワとシマはそれを呆然と見送るしかなかった。

横を抜いてくると思っていた二人は、まさか跳び越えるなどという発想はなかった。

跳躍した際にバランスを崩したのか、タクは転がるように着地する。そしてすぐさま体を低く起こすと一気に駆けていった。

「勝てねぇ〜〜」
「あれはいくらなんでも手強過ぎる」

 言い訳を挙げるならば、それはタクのせい。
そうすることでしか二人のこの敗北感は和らげることができなかった。



PM3:20

場所:五番区

 六番区一気に走りぬけたタクはただいま五番区を爆走中。

そのタクの進む先に、真っ黒い格好をした人影を確認する。

ユカだなと気づいたタクは、小さないたずらを思いついた。

「よっ!」

ユカの肩をポンとたたいて追い越す。

「ああ、うん……って、えぇぇええぇ!? 待ちなさい!」
「僕より遅い人間に捕まる気はさらさらないんでそこんとこよろしく」

 言い残してタクはそのままのスピードで駆けて行く。

無論、ユカに走って追いつけるはずもなかった。

(なんか悔しい……)

 そんなお話。

それから一時間後、タクが一番区にてカズ、シマ、ザワの三人に発見される。



PM4:20

場所:一番区

カーン、カーン、カーン、カーン、カーン、カーン―――――――

タクは、希望の鐘を好き放題鳴らしていた。自分はここにいるぞと自己主張を込めて、また、これからの時間をすべて逃げ切るぞという自らの覚悟を示すかのように。

「見つけたぞ!」
「今度こそ捕まえてやるからな」
「(タク相手なら容赦なくニトロも使えるな…)」

 体は三つ、心は一つ。タクを捕らえるということに執心した少年たちはもはやおにごっこの目的も忘れ、
各々の意地だけで体を動かしタクに挑戦する。

「三人がかりか、ユカもいなきゃ僕はつかまらないよ」

 自信たっぷりにタクが応じる。

「こっちだってお前を捕まえるために体力を回復させて、策を練ったんだ。お前に逃げ切れるかな?」
「逃げ切ってみせるさ」

身構えたタクは三人に向かって走りこんでゆく。地面すれすれに走るタクには風の影響はほとんど見られない。先ほどまでのような速度は出るはずもないが、それでも十二分に速かった。

「この人数を抜けるかよ!」

 三人が一斉に飛びかかる。

「遅いにもほどがある」

 そういうと、体を左右に揺さぶり、細かなフェイントをかけて三人の心に虚を作る。

う、と三人の体が強張った瞬間を見逃さず、タクはカズとザワの間を手でこじ開けつつ抜き去った。

「逃げきれるわけねぇ、その先にはワイヤートラップが仕込んであるんだからな」

ザワのジェイソン変身セットの七つ道具のひとつのピアノ線により、


タクの行く先には三種類のワイヤートラップが仕掛けられていた。

一つ目は引っかかると引っかかった方向に反応して、後ろから音もなくチェーンソーが襲ってくるというもの。

二つ目は引っかかった瞬間、手榴弾のピンが抜けるというブービーとラップ。

三つ目は引っかかったあとに前方20mほど先で、シマの持っているすべてのニトログリセリンが爆発するというものだった。

タクはそのトラップの存在に気づくことなく走り去ってゆく。


(どれか一つでもいい、引っかかれ!!)

 タクはそのまま二番区へと行こうとする。が

「おっと、アブね、こけるとこだった」

 ワイヤーに足をとられ、躓く。しかし走ることを止めようとはせず、前へ前へと進む。

それが功を奏し、一つ目のトラップはタクが動いた直後にその跡を通過した。

続く二本目のトラップも足をとられ、転びそうになる。その横で手榴弾が爆発する。が、その音はタクの耳に届くことはなかった。

速く走ることに酔っていたタクは周りの音など一切聞こえてはいない。

あるのは前を見据え、ひたすら速くその一歩を踏み出すこと。それだけだった。

そして、三本目のトラップに差し掛かる。がタクはそれに足をとられることなくあっさりと通過した。

「おい、引っかからなかったら意味ないだろ!!」
「大丈夫。そんなこともあるだろうと思ってそれぞれのトラップには別の発動方法もあるから」
「「なら最初からそれで狙えばよかったじゃねぇか!!!」」
「気にしない、気にしない。それじゃあ、タク、吹っ飛んでくれ」

 ザワは手元にあったワイヤのうちの一本を引く。


直後―――


ゴgッゴゴオオオォォォゴオォォオゴゴォゴォ!!!!!!!


目を焼く閃光、爆音に告ぐ爆音。これ以上ないほど破壊に満ちた音が響き渡る。おそらくは、三塚江市全域
でも聞き取れるのではないかともすら思える。

そして、圧倒的な暴力を伴う熱風。

すべてが規格外の威力だった。

「………タク、死んでないよな?」
「多分……」
「ニトロって怖いね」
「それ、いまさら言うのは反則だよ」

 三人はたぶん爆風に吹き飛ばされたであろうタクの存在を確認する。

「いた、よかった。生きてはいるみたいだよ」
「それ大丈夫って言わないんじゃ…」
「あれだけの爆発の中生き残ってるとは、流石タクだな」
「いや、死んでたら洒落にならねぇって……」

 爆風に煽られ。その身を飛ばされたタクはそれでも前を見据える。前進する。進む。そして、走り出した

「ちょっとマテや!!?」
「やべ、追っかけないと」
「捕まえるのが最初の目的だろうに…」

そして三人の追跡が再び始まる。



 二番区に移ったタクは、後ろを確認して路地へと入る。それを追ってカズが路地に入り、残る二人は二手に分かれて路地の出口付近を先に抑えることにした。

(そう簡単に逃げ切れると思うなよ!! ………え!? いない!?)

 左に折れた直後、距離の差は5mほどあったがそんなに見失うほどの時間はたっていないし、ここを曲がった先は10mほどの直線で曲がるところは他にない。

(一体どこ……上!?)

 ふと思いつき見上げた先には、路地の両壁に両手両足をそれぞれ押し付けて登っていくタクの姿があった

(どんな体力してんだよあの馬鹿)

 みるみるうちに上りきったタクはその姿を消した。

慌てて、路地を出たタクは大声で二人と連絡を取る。

「やべぇぞ!! タクのやつ屋上に行った!!!」

 カズが手をメガホン代わりにして大声で叫ぶ。

「は!!? マジかよ、どうやって登ったんだ!!!!?」

 ザワの応答の声が響く。

「んなことどうでもいいっ!!!! それよりも早く二番道抑えろ、逃げ切られるぞ!!!!」

叫びながらもカズは全速力で走る。



 二番道を押さえるべく、ザワとシマもまた全力で走っていた。

互いにはやし通とみなみ通の路地を押さえる予定だったものがタクの奇行いや、機動力によりことごとく打ち破られていた。

二人が二番道へ到着するころ、タクの身は宙に浮いていた。


((えぇっ!!?))


さらに下へ、下へと、タクの身が落ちてゆくのをコマ送りで見る二人の目。

風に煽られ、少し押し返されながらもタクはバランスを保ち地面に吸い込まれるように落ちてゆく。


((あれはヤバい!!))


そう思った二人は、しかし動けずただ見ているしかできなかった。

タクの足が地面に触れる。
膝が折れ、右外脛を打ち、さらに同腿を打ち、左側の背を打つ。さらには両肩を打って転がる。
そして、そのまま何もなかったかのように両足でタクが立ち上がる。


「なんでだよ、なんでなんともないんだ!?」

 一部始終の光景を見ていたザワが思わず叫びだす。

その声も空しく、タクの姿は十秒後にはザワの視界から消えていた。


「逃げ切られたか……」
「あの機動力人間のものと考えないほうがいい」
「しかもなんでここらへんの建物の屋上から飛び下りてすぐに走り出せるんだ!?」
「そんなこと言ってても仕方ない。だめもとで追いかけよう」
「だな…」
「そうしよう」

 すでに彼らの背は敗色しか写っていなかった。



PM5:55

場所:???

「あと五分。あと五分で僕の勝ちだ」

 ひたすら逃げ回り、体力を消耗しつくした感が今のタクからは伺えた。

そう、時間はあと五分。

逃げ疲れたタクは壁にその身をもたれかけ、最後のときを待つ。

「ありゃりゃ、随分お疲れみたいね。どう、あたしの手をとってみない?」

 タクの目の前に、前から居たかのようにユカがその身を現していた。

「どういうことだ?」
「どうもこうもないわよ、これがあたしの最後のカード。
『言葉に思いを乗せ、その力を以て定められし場所を自らのものに』て言われた魔法よ。
ようするにこの商店街のどこでも好きな場所にワープできるようになる魔法ってとこかな。
完成させるのに時間の掛かったこと掛かったこと、今さっき完成させてこうして出てきたわけ」
「ご説明どうもありがとう。それで? 僕を捕まえてハッピーエンドか?」

 タクは自嘲的に笑うと座ったままユカを見上げて尋ねる。

「いやいや、それがねこの魔法を完成させちゃった時点でわたしの楽しみが満たされきっちゃったわけ、わかる? つまり、物欲に対してえらく寛大というか無頓着になっちゃってねもう正直どうでもいいのよ百万円についてはね」
「百万円についてはと言ったが、じゃあどうしたいんだ?」
「このおにごっこに素晴らしいエンドをってね」
「素晴らしいエンド?」
「そう、素晴らしいエンド。あと二分後にあなたがわたしの手を取った瞬間それで素敵に終われるの」
「どういうことだ?」
「やればわかるわよ。どうする? このままわたしに負ける? それとも面白おかしく終わらせる?」
「ここまできたら、僕が勝って終わりだとでも言いたいとこだけど、残念ながら体が動かせる気がしない。いいだろう、その素晴らしいエンドを迎えてやろうじゃないか」

 言って、タクはユカの手を取った。

「これで、何が起こるって言うんだ?」
「もう起こってるわよ。このまま終了まで待ちましょう」
(―――?)

 そして、時間は午後六時を迎える。

カーン、カーン、カーン、カーン、カーン、カーン

希望の鐘が六回打ち鳴らされる。

つまり、これでおにごっこは終了というわけだ。

「結局何もないじゃないか」タクが口を開く。
「あるんだな、これが」ニシシ、とユカが笑う。
「わかんねぇな……」
「と、終了したことだし。みんなここに集めるね」

 ユカは靴の踵をコンと地面に当てて鳴らす。

するとユカの後ろに、カズ、シマ、ザワ、ノボル、K大ファイブのホワイトを除く四人が揃っていた。

「ユカちゃん、これはなかなかやってくれたねぇ。まさかこのおにごっこの盲点を突いてくるとは」
「なに言ってるの、それをわざと用意したのもノボルさんでしょ?」
「でもこれは一応は予想外の出来事なんだけどね」
「どういうことだ」と皆が尋ねる。
「つまりはね―――」
「このおにごっこは、ドローゲームとします」

 ユカに次いでノボルがこのおにごっこの結果を告げる。

「「「「「「「「なにーーーーーーーーー!!!!!?????!?!?!?!?」」」」」」」」
 皆の顔が驚きと困惑に満ちたものになっている。と言ってもK大ファイブの四人は顔を見ることができないが

「最初に説明しただろ、『おに』と『こ』の交代条件を」ノボルがカズに問いかける。
「でも三十秒動けなくなるって………そういうことか」
 カズは気づいた。このおにごっこの例外、いや、もしかしたらおにごっこ全体に対して言えるかもしれない矛盾に

「どういうことだ?」タクが真剣な面持ちでたずねる。
「簡単なことさ、誰も『おに』と『こ』が交代できなくなると言ってないよ。交代して『おに』になった人が動けなくなるとは言ったけどね」

 ノボルがそれに答える。

「つまりは『おに』と『こ』同士が互いに捕まえあう状態ができたとき、その瞬間ドローになるということか?」
「正確に言うとこれに第三者が加わらない限りと言っておこう。誰かがこの状況で動けなくなている人に触れたらその人が次の『こ』になるわけだからね」
「で、これが素晴らしいエンドか、ユカ?」
「そういうこと、優勝を競って争ってたのに優勝の存在そのものが消えるってなかなか素敵だと思わないかしら?」

 飄々とユカは答える。その顔は先ほどから変わらず満ち足りた笑顔だ。

「おかげで今日一日潰したことを考えると頭が痛いけどな」

 タクは苦笑いで返すだけで精一杯だった。

「でも、これでみなの結束がより強まったと思わないか?」

 首謀者ザワが四人に問いかける。

「「「「それは思わない!」」」」

四人の息はぴったりと合っていた。



























エピローグ?

質問者:とある小学生 回答者:ノボル



Q「そういえば、K大ファイブの人たち最後四人になってたけどどうして?」
A「なんてことないよ、ホワイトの人が疲れて勝手に帰っちゃっただけ」
Q「なんか勝手だね」
A「あれについてこれる人のほうが不思議なんだよ(苦笑)」
Q「まぁね」


Q「そういえば商店街のたくさん壊しまくってたけど、あれってどうなったの?」
A「シマくんが自分の銀行預金の3%を使って全部責任もって修復いたしました」
Q「お兄さんが責任持ったわけじゃないじゃん」
A「いいの、シマくんが『楽しいおにごっこだったからおれが払っとくよ』って言ってくれたんだから」
Q「シマがお金出さなかったら今頃どうなっていたことやら」



Q「てか犯罪的なこと多くない?」
A「シマくんのお父さんに握りつぶしてもらいました♪」
Q「うわ、最低」
A「しょうがないだろ、それが現実ってもんさ」
Q「確かにそこんとこだけは現実的だったね」