水鏡に月が映る頃、物語は語られた











T.墓標の傍で始まる物語










ただ一緒に居たかった


   君といれればよかったのに


  でも君は許してくれないよね?


この娘と同じで、さ


……さぁ始めようか






  ────この悲しきの物語を










‡  ‡ ‡










私、明星月(あかほしつき)は広場に来ています

この広場はとっても広くて、遊具もたくさんあります

でも今日の目的は遊ぶためではありません

ここの隅の一角にはお墓があるんです

誰も知らない、そんなお墓

私はそのお墓に向かっているんです

ふと、隣を風が流れました


──彼はもう来てるんですね


その風を伝って道なき道を歩いていく

お墓がある一角は森のようになっていて、舗装されていません

けれどこの風が辿る場所は道になっています

……獣道程度にですけど

私が入ったのは広場の一番奥にある暗い森

その中をだんだんと歩いていくと、闇に少し光が差し込む

その光に入って最初に見えきたのは湖

森が開いたこの場所は木々で囲まれていて

雨雲から少し洩れた光が湖を照らしだす

そんな幻想的な世界に一人の青年と木でできている十字架が見えました


「来たか……」


「はい」


私は彼にこの場所に来てと呼び出された

"言いたいことがある"

その一言で


「あいつと俺の話。月には初めて聞かせるな」


「はい。……名前と噂しか知りません」


一応、彼女という"役"に一年程就いている私でも

遠めで見た、人から聞いた

そんな人のお話

彼──風操空(かぜあやくう)は私に背を向け

湖を見て、そしてこの雨雲に満ちた空を見て





「話そうか。──愚かな者達の物語を」

彼と彼女の物語が今、始まった










† † †









U.風が舞う、その中に君を見つけて









ただ迷っただけだった


    開けたそこには君がいて


ただ、君が映る水面と


   それと同じ色の空を見ていた


ただ僕はその姿が





   ────悲しいと思った










‡ ‡ ‡










「……迷った」




俺はとある広場に来ていた

ここの広場は広場というだけに物凄く広い

無駄に広い

一説によると森ごと買っていて、自然と触れ合えるようにしてあるらしい

初めてここに来た俺には迷惑以外のなにものでもないが

つまり何が言いたいかというと

迷子になるような作りにするな、ということだ

すなわち、俺は今迷っている


「くそっ! 木ばっかかよ」


こんなにも木を疎ましく思ったことも初めてだ

草が生い茂っていないだけいいのだが


「はぁ……。さてっと」


これを使うと疲れんるんだが、仕方ないか

目を瞑って力を、風を心に描く

ゆらりと流れる、そんな風を


「出口に俺を導いてくれよ、風」


背の方から風が吹いてきた

さて、これを辿っていきますか










‡ ‡ ‡










あれから歩くこと数分


「まだなのか……?」


余談だが、迷ってから数十分経っていたりする

まぁ、一人で散歩がてらに来たから大丈夫だと思うが

ただの散歩で迷子になっているというのはいただけない

だが……


「まだなのかよっ」


風を辿って歩いているのに、時間がかかりすぎている

いや風を辿っても時間が掛かるのは一緒だと思うが


「ったく、どこまで続いてんだよこの森はっ」


ぶつくさ言いながら歩き続ける

ふと、風に何かが混じった


「……声?」


はぁ、やっと人がいる場所に出るのか

少しずつ歩を進めていくと次第に声が大きく聞こえてくる


「……歌声か?」


耳を澄ますと一人で歌っていると分かった

が、普通に聞くと響いて大勢が歌っているように聞こえる

そしてその歌声で風が騒めいている

喜び、舞うように

それを耳にしている俺もだんだんと早足になってくる

すると──


「なっ……」


森の外にいつのまにか出ていた

いや

森が開いている、という表現が正しかった

見渡すかぎりに周りは木々で囲まれる

その開けた中心にあるのは湖だった

そして、湖の近く

そこには一人が独り佇んでいた

見た目は俺と同い年と思う少女

何をしているのかと少しずつ近づいていくと

歌っていることに気が付いた


(さっきから歌ってたのはこいつか……)


冬空に独り湖に佇んで歌う少女

周りに風が渦巻き、より幻想的にさせていた

俺は目の前の光景にただ見惚れていた

幻想的で少し悲しさを覚えるその歌が終わるまで










歌が終わり、風が静まった


「おい」


タイミングを見計らって俺は少女に声をかけた


「……ぇ」


俺がいることに気づいていなかったらしく

少女は驚きで目を見開いている


「歌、上手いな」


先ほどの歌の感想を少女に述べてみた

風がざわめくほどの歌は初めてだった

少女はうろたえながらも


「あ、ありがとうございます」


感謝の句を述べ


「それで……貴方は、誰?」


当然のことを聞いてきた

俺はそれを一番初めに聞くと思うのだが

……まぁ、いい


「風操空だ」


「氷花蓮(ひめはなれん)です」


ひめはな、れん……?


「あんた、まさか『不二の華』でいう有名な……」


「んー、学校でそんな風に言われたことはあるけど」


やはりそうだったか

氷花蓮

うちの学校在籍中で確か俺と同じ中学2年生だ

その容姿は黒髪──というか稀に見ぬ烏の濡れ羽色

そして白い肌のせいかより映える紅の双眸

立ち振る舞いがまるで華のようだからと

『不二の華』とつけられたそうだ

……不二の理由は『これ以上の美人はいない』だそうだ


「それで貴方はどうしてここに?」


「うっ……」


その質問はやめて欲しかったぞ、出来るだけ


「まさか……」


「……あぁっ! 迷ったさっ! 迷ったんだよっ!」


ちょっと自棄になって言ってみた

なんか自分で人に『迷った』って言うと、悲しいな……


「ふ〜ん、迷ったんだ? ──なら一緒に行こう?」


「は?」


「私、もう帰らなきゃだからね。早く行こう?」


容姿と違って、なんか馴れ馴れしい感じがする氷花蓮

まぁ、案内してくれるそうだから帰りは迷わないだろうとは思う

だから


「お前に道案内任せるぞ、氷花」


「任せてよっ」





────これが俺、風操空と氷花蓮の出会いだった










† † †










V.桜舞う中で、また君と出逢って










  桜舞う季節に


君とまた出逢ったんだ


なんでだろう?


風の導き?


運命の悪戯?


  でもそんなものなくても僕は、





────君に惹かれてるみたいだ










‡ ‡ ‡










「くっそ……また迷った」




俺はまたこの広場に来ていた

何故だか知らないけど

俺は急にここに来たくなった

何故だろうか?

風のざわめきを聞いたから?

いや、そんな訳がない──と思う

それで広場をブラブラしていると

また森で迷ってしまったわけで


「しょうがねぇな……」


心に風を浮かばせる

これは俺が唯一出来る技能

自慢できる技能だ

それは……風という力

ある程度扱え上に、声も聞ける

そんなファンタジーな力

自分でも初めは信じられなかったがな

急に『遊んでよ、君』ってどこからともなく声が聞こえるんだから

幽霊か何かだと思った

その頃はまだ小学1年くらいだった

自分でもまだ純な時期だと思ったね

今──中2だが──はだいぶ捻くれてるからな

大人びてるとも言うと思う

今のように捻くれてると信じていないと思うが

その頃の純な俺はただ風と遊んでいた

で、そのまま今に至る


「よしっと」


後ろから風が俺を導いてくれる

だからそれについていくだけの俺

さて、この森から出られるといいんだが










‡ ‡ ‡










「……………………」


俺はその光景に見惚れていた

風を辿った先はまた森の開けた場所だった

そこまではよかった

でも、今回は


────前にも増して幻想的だった


開けた面の木々はすべて桜だった

そして湖に、あの時の少女──氷花蓮

前のように歌っていて、風が舞っていた

が今回は風につられて桜の花が散ってより幻想的だったのだ

前回同様、また俺は動けずにいた

風が花びらを纏い嬉々として踊る中に

彼女の姿は何故か悲しく見えた










「やっぱりすごいわ」


湖の傍で歌っていた彼女に拍手をしながら近寄っていった


「あ……風操くん?」


彼女は何故か不思議そうに俺を見ていた


「なんだよ?」


「えーっと……」


何故か言い辛そうにしている彼女

そんな言いにくいことなのだろうか?


「言いたいんなら早く言え」


「う、うん」


決心してようで、やっと彼女が口を開いた


「風操くん、また迷ったの?」


その質問は俺の心の傷をより深く傷付けた


「……ああ、また迷ったんだ」


言い訳するのも面倒くさいので、素直に答える

と、彼女は笑って


「なら、また一緒に帰ってくれる?」


腰のあたりで手を組んで、くるくると回りながら聞いてきた


「──ああ。迷子になりたくないからな」


この時、俺は笑いながらそう口にしたと思う


「じゃあ、いこっか?」


そう言って歩き出す彼女の後ろを俺はついていった










† † †










W.君は白砂に抱かれて、僕の手は紅く染まって










君との出逢いは必然


 僕はそう思うよ


だからしょうがないじゃないか


でも、君との出逢いが偶然というなら


僕はこのことも偶然と思うから





────僕の許から離れていかないで










‡ ‡ ‡










「私、海って初めてなんですよ〜」


「……というか、そのために来たかったのか?」


「はいっ。──何か言いたそうですね?」


「ああ。──ガキっぽいな」


「むーっ。どうせ子供ですよーっだ!」




俺は氷花と近くにある海に来ていた

氷花が『海に行きたい』と駄々をこねたからだ

しかも学校で、昼休みに、教室で

尚且つ二人分の弁当を持って

……どう見ても恋人同士がデートの予定を立てているようにしか見えない

教室の皆は氷花がいきなり俺のところに現れたということで頭が一杯だった様だ

そこにそんなことが耳にでも入ったりしたら……


『何っ!? あの不二の華が風操とデキてたなんてっ!!』


そんな予想通りの展開で色々とあったが

なんとか教室を出て、屋上で話を決めた

で、今日がその海だったわけだが


「あはは〜っ」


あれははしゃぎすぎだろ、おい

バスケットを両手に持ってくるくると回っている氷花


「回るのが好きだな、お前」


「目が回るのが難点ですけどねー」


「そりゃそうだろ」


ちなみに、夏だからといってこの海に泳ぎに来たわけではない

氷花のご要望は『海でピクニック〜っ』だったからだ

ピクニックならその辺──というかあの場所でいいだろうと言うと


「あの場所は、空とあった場所だからっ」


と笑顔で言われた

容姿が綺麗なだけにその笑顔に見惚れてしまって

いつの間にやら名前を呼び捨てにされてることを何も言わずに終わってしまったが


「でー、どこで何するんだー?」


ただ歩いて、時間になったら飯食って、そして帰る

そんな風ではないと信じたい


「ん〜……海、見てたいですっ」


信じるだけ無駄だったようだ

こいつはこういうやつだったな

つーわけで


「俺、寝るからなぁー」


一応、パラソルとシートは敷いてあったりする(俺持参、設置)

そこに仰向けに倒れる


「わっ、空ひどいっ」


「だって休みなのに早く起こされたんだぜ?」


確か7時だと思ったぞ

約束はそんな時間にしたのも悪いのだが

いつもは9時くらいに起きるんだよ


「だから、あと2時間寝かせてくれ」


「だからってなんですか、だからって!」


うー、うるさいぞ氷花

それなら強行で寝るしかない


「2時間後、起こしてくれたら遊んでやるからな?」


「えー」


「2時間ピッタリだったら一日付き合おう」


「頑張りますよっ!!」


絶対にぴったしで起こしてみせますよっ

なんてバスケットを置いて砂浜を駆け出した氷花

さーて、寝ますかね……










‡ ‡ ‡










『起きて……起きてよ……』


頭の中でそんな声がした


『彼女が……大変なんだよ……』


彼女、という言葉で思いっきり身体を起こす

……って


「まだ8時……」


起きてすぐに見た時計は8時を指していた

なんか起きたのが馬鹿らしい

そう思って寝ようとしたが

ふと、俺を起こしたはずの人物がいないことに気付いた


「氷花……?」


周りを見ても見当たらない

前後左右上下を見てもだ


『彼女が……彼女が……』


また声がした

これは……風の声だ


「氷花に何かあったのか……?」


風が不安を表すことはない

ということはそれなりに大変なことが起こっているということ


「くっそっ!!」


あの時寝るんじゃなかったっ!

後悔からぶつくさ言いながらも俺は氷花を探すために走った

……って、すぐ見つかったし

「おい、氷花!」と声をかけようとしたとき

氷花の向こうに高校生くらいの男2人組がいた

……なるほどナンパか

そりゃ、『不二の華』って言われるくらいだけど──中学生の視点でな

それに高校生くらいのが手を出すなんて……幼女趣味のやつ以外にいないよな


「あの、連れがいるんで戻りたいんですけどー」


「いいじゃん、いいじゃん。そんなやつより俺たちといいことしない?」


「そうそう」


古典的なナンパなんて初めて見たな

上手くやれって訳でもないが


「おい、氷花」


俺は氷花を助けるために近づいて声をかけた


「あ、空」


氷花がこっちを向き、俺に気付いた

気付いたのはいいんだが……


「なんだ、このガキ」


「ガキはお呼びじゃないんだよ」


男たちも気付くんだよな

はぁ……


「こいつ、俺の連れなんでもういいですか?」


こんなんで引いたら氷花も楽だろうにな


「うっせーっ! こっちが先だったろ!?」


「どっか行けよ、ガキ」


やっぱり

なんでこんなやつらがいますかねぇ……


「幼女趣味よりガキの方がよっぽどマシだ」


「んだと、コラっ!」


あ、やべぇ

煽ったか、俺

しょうがないから氷花の手を握って


「走るぞっ!」


「え? あ、うんっ!」


逃げることにした

喧嘩なんてめんどいんでしたくないんだよ、俺は

氷花もいるから巻き込みたくないし

さーて、撒けるかな?

俺たちは全速力で駆け出した

浜とは違う方向へ

連中も走って追いかけてくるが

何故か俺たちに離されている

どうも先輩方は運動不足のようだ

好都合

より一層足に力を入れた





……………………





………………





…………





……











「はぁ、はぁ……こんなもんでいいだろ」


息を整えてから引っ張ってきた氷花の様子を見る


「はぁ、はぁ……つ、疲れたよぉ〜」


まぁ大丈夫か

それよりもしつこかった

この付近──ここは浜からやや離れた場所だ──まで来たからな

途中諦めたのか、浜へ戻っていったようだが

一人失敗したなら他のとこに行けよ、うっとうしい


「大丈夫か、氷花」


「い、一応は」


まだ息を整えている氷花を確認し、一度付近を見てみた

……さっきの連中はやっぱり戻ったようだ


「氷花、荷物置いてきたから取りに戻らないといけないんだが」


「あ、あー……そうだよねー。それじゃあ戻ろ?」


「んっしょっと」と姿勢を伸ばし一息吐いた氷花が────くらっと倒れそうになった

慌てて腕で支える俺


「あ、ごめんね。空」


「いや……それよりも、本当に大丈夫か?」


「うん。もう大丈夫だよ」


俺の腕から起き、今度はちゃんと立っている氷花を見て一息


「じゃあ、行くか」


「うんっ」


ここからは少し距離があるので歩いているうちに調子もよくなるだろう

そう思っていた

この時、上では灰色の雲が陽を覆い隠そうとしていた










「大丈夫か?」


「だ、大丈夫だってっ」


隣で苦しそうにしている氷花

何故だか知らないが数分前から苦しそうな表情をし始めたのだ

はぁ


「おぶってやろうか?」


俺はそう氷花に訊ねた

さすがに調子が悪いのを歩かせるほど冷たいわけじゃない


「えっ。ほんとに?」


何故か嬉しそうな声が返ってきたが……まぁいい


「ほら、乗りきゃ乗れ」


身体を屈ませる

するとゆるゆると、なおかつ体重をかけて乗ってきた


「……重いな」


「失礼なっ!」


頭を軽くこつかれる


「振り落とすぞ」


「早く行ってよ〜」


おぶると言ったのは間違えだったろうか?

……まぁいい、歩くか

乗っている氷花に負担をかけないと思われるくらいの速さで歩く

……ゆっくり歩くというのは意外と疲れるものだな

それでも10分ほど歩くと元の場所に戻ってこれた


「はぁ……疲れたぁ〜」


屈んで、氷花を下ろすとへなへなとシートに座る


「お前、ほんとに大丈夫か?」


「大丈夫だって。ほら」


力瘤を作って元気とアピールする氷花


「顔、真っ青なやつがそんなことやっても無駄だぞ」


「……なら寝ますーっ。 12時になったら起こしてー」


ただいま9時

お前は4時間寝るのか?


「ちなみに昨日何時に寝た?」


「んー、10時?」


「……俺より多く寝やがってーっ!!」


ちなみに俺が昨日寝たのは12時だ


「それなのに4時間も寝ようとするなっ」


「えー、病人には優しくしてよ〜」


そんな阿呆丸出しで会話していると


「やっと見つけたぜっ」


「ガキ、死ねやっ!」


どっかで見た二人組が立っていた

……ああ、さっき氷花をナンパしてた先輩方ですか


「……何のようですか?」


何しに来たか薄々分かるが一応聞いてみる


「うっせーっ!!」


走ってきた一人が俺に向かってきた──ナイフを持って


「やばっ」


そう思って、避けようと思ったが体が思うように動かなかった

さっきの疲れが出てきたか?

鋭利な、人の身体なんて簡単に貫ける

そんなものが段々俺にと迫る


──間に合わないかっ!?


瞬間、瞳に飛び込んできたのは影

次に見えたのは、紅色

俺の体にかかる、その紅

ふと目をやった砂浜には氷花が倒れていた

白砂が紅で染まっていく……


「ひ、ひいっ!!」


紅く染まったナイフを持った男は連れと一緒に走って逃げた

だらしなく、悲鳴を上げながら


「ひ、氷花……?」


俺は倒れている氷花に近づく


──やばい


本能的に悟って、中学2年の識る限りの応急手当をする




「な、なんで血が止まんねぇんだよ……」


氷花の身体からは紅い、紅い血がどんどん流れてきて


「氷花────っ!!!」

この時、灰色の雲からはぽつぽつと雫が落ちてきていた










† † †










X.儚くも枯葉は散ってしまって、残されたものは何も無くて










   どうして君はあんなことをしてしまったの?


 僕はそんなこと望んでいなかった


  君が傷ついて、僕は空を抱く


君がこれで散ってしまうというなら





    ────僕もすぐに散ってしまいたい










‡ ‡ ‡










「君が、風操空君かい?」


ここは病院のある一室

あの時、氷花が俺の代わりに刺された

それを見ていた人が携帯電話で救急車を呼んでくれたそうだ

ついでに言うと氷花を刺した二人組はすぐに警察に捕まったそうだ


「……はい、そうですが」


名を呼ばれて顔を上げると

中肉中背の中年男性とその妻だと思われる人が立っていた


「そうか……君が蓮の言っていた子か」




そうこの男性は言った

氷花の名前は蓮だったから……


「氷花の、ご両親ですか……?」


「そうだ」


やはりそうだったか

と、俺はすぐに椅子から立ち上がり頭を下げた


「済みませんでしたっ!!」


病院内に響くような声で

迷惑も顧みず、ご両親に頭を下げ、謝った

俺が氷花を寝かせていれば、最低限こんなことにはならなかっただろう

いやそもそも初めから氷花と遊んどけばナンパされずに済んだ

つまり、俺も悪い

そう思った

けど


「──君ではなく、蓮を刺した男共に謝ってもらいたいよ、私は」


「空君? 貴方が悪いわけではありません。自分を責めるようなことをしないで」


優しく、諭すように声をかけてきてくれた

それが少し嬉しかった


「それに私達は少なからず感謝しているのだよ」


「は?」


この時はほんとに間抜け面をしていたと思う

俺がご両親に会うのは初めてだ

だから感謝されるようなこともしていないはず


「君は蓮の心を晴らしてくれた。──それは私達が出来なかったこと」


「ど、どうしてですか?」


こんな娘想いの良さそうな両親が?

あんな蓮が心は曇らせていた?

信じられず、俺は両親に問うていた


「……それは私達のことを話さないといけませんね」


悲しそうに言う氷花の母親


「言いたくなければ言わなくてもいいのですが」


だから止めようとしたが


「いや、聞いてくれ。──君には聞く義務がある」


義務、か

つまり俺はこの家族に深く入りすぎていたのか


「さて、話そうか。……昔話を」





私達は会社を営んでいてね


毎日が忙しかった


それでも、蓮が生まれたときは喜んだよ


ほとんど付きっ切りだった


けれどね


ある時、蓮が指を切ったことがあったんだよ


幼心から刃物に興味を持ったようでね


その時はまだ鋏だから多少良かった


私達はすぐに手当てをした


したのだが、血が止まらなかったのだよ


慌てて病院に連れて行き、その診断結果は





「白血病だったのだよ」


「白血病、ですか?」


「私達もよく知らなかったのだが、白血病は慢性と急性とあってね」


「あの子は慢性だったのよ」





慢性骨髄性白血病


それが蓮の持っていた病気の正式名称だ


慢性は緩やかに進行していくらしく


3段階ある中で慢性期と呼ばれるもので


始まりの段階だった


けど、私達は怖かった


いついなくなるかも分からない子だ


それが堪らなかったから、仕事に精を出した


家を早く出て、遅く帰る


蓮は祖父たちに預けていたから大丈夫だと思った


その生活が数年続いてある時


蓮はどこかに行くようになった


私達の目を掻い潜ってとでも思っていたのだろうか?


使いのものを行かせると、森で迷ったといった





「ああ、あそこの森か……」


「私達も行った事があるのだが、迷ってしまった挙句広場に出てしまう」


「空君はどうして?」


「……広場に入ったら迷って森に入っただけですね」


「……確かに迷うが」


「広場でなんて、ねぇ?」


「早く先に」


「あ、ああ」





今年の冬


久しぶりの家族の食事


私達は顔を合わせない様にしていたのだが


蓮が『今日、お友達ができたっ』と言うんだ


その時の蓮の顔はすごく輝いていた


だからつい『どんな子だい?』と聞いていた


そうすると蓮は


『風を纏わせてる子。冷たい感じだけど安らげる子』


と言った


それからは本当に数年来の会話になったよ


そして次の日、検査を受けに行った


もちろん家族でね


その検査の結果は、急性転化したと言われた


急性転化は慢性骨髄性白血病と診断されてから3〜4年でなるそうだ


所謂末期状態だ


残りの命は半年だと、そう言われた


入院しなさいと、手遅れになる前に手術を受けなさいと言ったのだが


『もう一度、空に逢いたい』


そう言って聞かなかった


最終的に私達はその初めてだと思われる娘の我侭を聞いた


普段通りの生活


学校に行き、森に行き、食事をし、お風呂に入り、眠る


毎日の終わりに『空、また居なかったなぁ〜』と零して





蓮は『また空に逢えたっ! そういえば一緒の学校だったよっ』


なんて私達に見せる笑顔よりも輝いていた


その時から蓮は森に行かなくなっていた


どうしてだ? と聞くと『空とは学校で会えるから!』


なんだか君に蓮を盗られたみたいだったよ


森に行かなくなった分、君の話が多くなったしね





君と海に行く約束をしたと、気合が入っていた


もう命が無くなりかけていると思うのに


笑顔を絶やさなかった


そして……





「この事件、ですか」


一息話が終わったと思われた

あいつ、そんな病気を患っていたとは

だからあの時、あんなに苦しそうにしてたのか


「ああ。君には悪い思いをさせたね」


「いえ……」


一番辛い思いをしているのは氷花だろう


「……………………」


「……………………」


沈黙

話が終えた今、あとは氷花の手術のことだけだ

頼むから、生きててくれ氷花っ!





……………………





………………





…………





……











とんとん

肩を叩かれた

いつの間にか眠っていたらしい

目を開けると氷花の親父さんがいた


「はっ。氷花はどうしたんですっ!?」


親父さんの顔を見て思い出した

氷花は手術中だった


「……もう手術は終わったよ」


親父さんの何故か沈んだ声


「それで?」


突き詰めて聞くと


「手術は成功。だが白血病が治ったわけでは……」


親父さんは俯いてしまった

俺もただ呆としていた


「氷花さん」


そこに看護士さんの声がかかる


「……なんでしょう?」


覇気のない親父さんの声


「娘さんが目を覚まされました」


それでは、とナースセンターへ戻っていく看護士さん

親父さんはすっと立ち上がり


「さぁ行こうか、空君」










氷花の居る病室の前で俺は待つ

親父さんに一緒に入らないかと言われたが

俺には構わずと言って、先に入ってもらった

俺も心配だけど、親父さんたちの方が心配しているだろう

家族なんだから


「そういえば……」


親に連絡をしていなかった

夕方には帰ると言ったが、それ以上にかかっていそうだ


「電話してこよう……」


病院内にあると思われる公衆電話を探し始めた

公衆電話は近くのナースセンターの前にあった

……気付かなかったぞ

早速家に電話してみると誰も電話に出ない

つまり両親は出掛けているようだ

近くに買い物にでも行ったのだろう

受話器を戻し、病室の前に戻る

するとタイミングを見計らったように氷花の両親が出てきた


「どうしたんです?」


声をかけると


「どうも蓮が君と話したいそうでな」


どうもご指名らしい


「なら話してきます」


「頼むよ」


そう言って廊下を歩いていく氷花の両親の背を見送り

氷花の病室のドアに向かい、立つ

こんこん、とノックすると

開いてます、と声が返ってきた

失礼します、と入っていくと

服以外何も身に着けてない氷花がいた


「……え?」


「何が『え?』なの?」


「いや……」


普通重病者、しかも刺されたとあったら機械に繋がれているかと思ったのだが


「それよりも、空は驚いたよね?」


「……色んなことにな」


氷花は外を見ている

俺も釣られて見ると、外は雨が降っていた

どんよりとした雰囲気

嫌な天気だ……


「この雨さ」


「ん?」


「空(そら)が泣いているからなんだって」


いきなり何を話すかと思えば……


「……俺とそんな迷信を話すなら家族と話せばよかっただろ」


くだらないと、そう含んで言うと


「いいから聞いててっ!」


重病者とは思えないほどの力強い声で怒鳴られた


「……その涙が溜まって湖が出来るんだって」


「……海は?」


「海は星の涙で出来てるんだって」


幼い頃に親から聞かされるような

童話にあるような、そんな話を氷花はずっと話してた

瞳を輝かせて、時には暗くして

まるで最後の思い出を作るように────


「ねぇ、空」


先ほどの元気な語りはどこへ言ったのだろうと思わせるか細い声


「なんだ?」


「空はさ、私の為に泣いてくれる?」


短い間だったけどさ、と氷花

俺はそれに


「……当たり前だろ。友達だろ?」


そう答えた

それを聞いた途端に氷花が


「友達、なのかぁ……」


と呟いた

二人しか居ないこの空間でその呟きは十分に俺に伝わった


「嫌なのか?」


「嫌」


はっきりと答えられた

が、続きがあった


「せめて恋人がいいなぁ〜」


ね、空?

そういう瞳で見てくる

……確かにそう冷やかされた事はあった

が、氷花に恋愛感情を持っている

そうは思ったことがなかった

けど……


「なら今日から恋人でいいんじゃないか?」


氷花なら別にいいかなと思った

好きかは分からない

けど、嫌いではないと思うから

俺が好きになればいい


「なら今から名前で呼びあっこしよっ?」


「何故?」


「空ってほら。私のこと名前で呼んでくれないから」


「……蓮」


「もう少し大きな声でどうぞ〜」


「蓮」


「もう一声」


「蓮っ」


「その調子っ」


「蓮ーっ!!」


「……ここ病室だよ、空」


何故やれと言った蓮に窘められるかが分からないが

それはそれで悪い気はしなかった





──意外と、心の奥底では蓮のことが好きなのかもしれない





「ねぇ、空」


「ん?」


夕方になった

雨はまだ降り続いていて

俺は未だ蓮の病室にいた


「私をあそこまで連れてって」


「あそこって?」


「空と、初めて会った場所」










† † †










Y.会いたいとそう願う僕に、留めた彼女は君に似ていて










物語は終結へと走る


僕は君を求めた


      少ない時間


けど絆は確かにあったでしょう?


     さぁ飛び立とう


   そんなとき、声がかかって


       振り向くと





 ────君(彼女)がそこにいた










‡ ‡ ‡










「やっぱり綺麗だよねぇ……」


あの後

ご両親に話してみた

さすがにそれだけは一存に俺だけでは頷けなかった

するとあっさりと肯定された

それに俺がいいのかと聞くと


『あとは娘の思うようにさせてやってくれ』


だから今日、ここに

蓮と俺が初めて逢ったあの場所にいる


「雨の中っていうのも乙だねっ」


そう

あれからすぐ出てきたので雨が降っている

先ほどよりは酷くなく、小雨程度にだが


「ねぇ、空。風、操れるんでしょ?」


唐突な質問


「一応は。……大それた事は出来ないけどな」


確か、春の半ばに教えたか

あれ以来この力は使っていなかったな


「なら使ってみて。私、見てみたいなぁ」


はぁ……

力を使うのだから疲れるんだがなぁ


「今日は特別だぞ、お姫様」


瞳を閉じてイメージは初めて逢った時の幻想的な光景

蓮の歌声に、同調するかのような、そんな風の舞を


「わぁ……」


瞳を開けて見ると、イメージ通りではないが

雨を纏わせて流れる風が蓮の周りを舞う

まるで水の羽衣を纏わせ踊る天女に思わせた


「蓮。歌ってくれ」


だからか

俺はその光景の中、彼女が歌っている姿が見たかった


「え?」


「だから、歌」


早く聞きたいから、蓮を急かす


「しょうがないなぁ……一曲だけだよ?」


「ああ」



一息吐いて、蓮が歌いだした

その歌を聞くと先程以上に風が舞う

中学2年とは、重病者とは思えない

そんな力強い声、されど透き通った声

そこらのポップス歌手よりもいいと俺は思う


「──もういい?」


ふと歌声が止み、そんな声が聞こえた

俺は聞き足りないのだが


「……ああ」


そう答えた


「……………………」


「……………………」


沈黙

ただ湖の傍、二人は座っている

そんな時間が暫し続いた


「……風操空君」


沈黙を破ったのは蓮

しかもフルネームで呼ばれた


「……なんだ?」


なんとなくだが、嫌な感じがする


「冬に逢ってから今まで、楽しかったです」


蓮の言う言葉は、まるで別れの言葉──


「私は、空に逢えてよかったですっ」


「何を言って──」


と見た、蓮の瞳には涙がうっすらと光っていて


「ねぇ、空。私、眠るから……」


「……ああ。眠れよ」


多分、死にたくなってなかったんだ

でも死期を覚ってしまったんだ


「ありがとね、空……」


蓮は瞳を閉じて────眠った

一生起きることはない眠りに堕ちた

なんとなく分かった、分かってはいたけど


「蓮────っ!!」


涙を流して、だらしなく叫んで

強まる雨の中、ただ蓮の体が冷えないようにと抱きしめて

この雨は次の日まで止むことなく降り注いだ










‡ ‡ ‡










「今日はご参列、有難う御座いました」




あいつの葬式に来ていた

学ランを来て、黒い靴下、白いカッターシャツ


────ああ、あいつ死んだんだ


思うたび、ただ悲しかった

短い間

友達として、恋人として

俺はちゃんと思い出を作ってやれただろうか?

ぶっきらぼうで冷たい

そんな感じ接し方をしていたけれど


「我が娘、蓮は────」


親父さんや小母さん

それに葬式に居た人たちの声

そんなのも耳に入らず

ただずっと、蓮のことを考えていた










「今日、来てくれて有難う」


「……いえ、当然のことですから」


葬式・火葬も終え、親父さんと話している


「私は蓮に思い出を作ってやれただろうか?」


そんな親父さんの問いに俺は


「家族なのですから大丈夫ですよ」


そう答えた

そして思う

悲しいのは親父さんも小母さんも一緒なんだ

だって家族だから


「……そう言ってくれると助かるよ」


「いえ……」


俺は家族じゃなかったけど

あいつには思い出を作ってやれたと思う


「空君、もう家に帰るかい?」


「いえ、もう少し居たいかと」


「そうか」


私は戻っているから、と親父さんが去っていく

俺は外を見る

あの日からずっと曇り、または雨という天気

晴れたと思える日は一度もなかった

ふと下を見る

高い

何故なら屋上だからだ

そりゃあ高いに決まっている

今度は見上げる

高い、広い空

あいつはこの空にいるのかな?

何故かそう思って、柵に足を掛け、外に乗り出そうとして────










† † †










Z.例え面影を求められたとしても、私は貴方を愛しています










貴方を止めたのは私です


好きでもなんでもありません


  けど、止めたかったんです


私に違う影を追ってもいいですから


だからお願いです







────精一杯、生きてあってください










‡  ‡ ‡










「この後はお前の知ってる通りだ」


空さんのお話が終わりました

愚か、というよりただ悲しい

そんなお話でした


「そういえば、なんでそこに蓮さんのお墓が?」


ふと疑問に思ったことを訊ねる

先程の話の流れからだと

蓮さんの両親がお骨を持っていると思うので

ここに建てる意味はないと思うんです


「ああ、お骨をここに埋めたから」


「……え?」


「だから、お骨をここに埋めたから」


……驚きました

まさかそこまでしてるとは

先程の話からすると蓮さんの両親は譲ってくれたと思いますが


「もうこれで用はないから」


帰るぞ、と彼は言った

私はそれに、少し残りますと言った

空さんの足音がだんだんと森に消えてゆきます

私は先程空さんが立っていた場所

蓮さんのお墓の前に立ちます


「蓮さん……」


この人とは、本当に似ていると思いました

鏡を見た姿見と同じだったんですから

ただ、私の髪の色が白金色(プラチナ)だったということ以外は

性格も違いますね

蓮さんの方が明るく活発でしたし

……病気を患っていることすら見せずに

私はそんな貴女が凄いと思いました

憧れで、羨ましくて、そして──憎かった


「なんで、空さんの心まで持っていってしまったんですか……っ」


空さんの心は貴女に縛られたまま

私では触れることさえ出来ていない

触れさせてはもらえなかった

そんな貴女が憎い、憎い、憎いっ!

だって、だって……


「私も、彼を愛してしまったから……っ!」


初めは彼に生きていてもらえばと思ってです

だって人の死を目の前でなんて、私は耐えられません

けど、その頃から貴女の役をやってきて

だんだん彼のさり気ない優しさが

貴女に向けられてると分かっているのにっ

辛かった、辛すぎた

目の前にいる愛しい人は私を見てくれないのだから

だから、貴女が憎い


「ふぅ……」


柄にもなく、熱くなって、叫んで

空さんの前では出したこともない感情を引き出して

だから、すっきりした

こんな気分は初めてだと思う


「……空さんを見守ってあげてくださいね」


そうお墓に言い残して、私の独白が終わった

もう遅いから家に戻ろう

空さんじゃないけど、森に迷ってしまうかも

そんなことを思ってふと見上げてみると

雨雲は少し晴れていた

空が晴れた

それだけのことが何故か堪らなく嬉しかった






帰りの道のり

森の中で私は声を聞いた

それは歌声だった

女の人の声

力強くて、透き通っていて

思わず足を止め、聞き入ってしまった


『ありがとうね、月ちゃん』


あぁ

歌ってる人は彼女なのか

ふと浮かべてみた

空さんの言っていた情景を

たぶん今もそうしているのだろう

湖の辺で、風が彼女の歌に合わせて舞う

その姿を私は綺麗だと思った

あの場所はただ入るだけでも目を惹き、心惹くのだから





──後日、誰もいない森で歌声が聞こえたと噂が飛び交うのはまた別の話