彼女は雨が嫌いだ。

なぜなら、それは空を黒い雲が覆いつくし、果てのない空を隠してしまうから。

だからこそ、彼女は雨が嫌いだ。

見るだけで、気分が沈んでいくのを、彼女自身は自覚していた。

今まで、自分自身が犯してきた罪を、雨音が自身に自覚させるかのように。

だからこそ、彼女は雨が嫌いだ。

嫌な思い出を、全てまざまざと見せ付けられるような気がしてならないのだから。









雨の約束






「―――」


彼女、月代 彩は神社の中で何をするでもなくボーとしていた。

やることがない、と言えばそれまでだが間違いなく彼女はボーとしていた。


「―――」


雨。

彩にとって、雨とは非常に嫌なものだった。

暗い空は自らの心のあり方を見せ付けあれ、雨音は己が罪を自覚させられる。

だから、彩は雨が嫌いだ。

嫌いで仕方がない。

彼女自身に自由の夢を見させてくれる空を、覆い隠してしまうのだから。


「―――」


そもそも、なぜ自分はここにいるのだろうか。

ここにいる理由などない。

今まで、多くの人が自分の呪縛を解こうと頑張ってくれた。

だが、今だに呪縛に囚われた自分が言うと言うことが、彼らの努力が報われなかったと言うことに他ならない。

なぜ、自分はこうまで多くの人々と戯れ、そして多くの人々の命を奪ってきたのだろうか。

ただ、街を守る。

街を滅ぼさせないために。

そんな理由の元に数え切れない人々の命を生贄に捧げ、屠ってきた。

どんなに正当な理由を掲げようとも、自分が人を殺していると言う罪は消えない。

その罪の意識も、すでに慣れ、いつの頃からか罪を罪の意識として認識する思考力がなくなってきたように思う。

それも、いつのことだったか彼女には思い出せない。

ただ、随分と昔だったように思うのが、彼女の思い出と言えば思い出であり記憶なのかもしれない。

もっとも、彼女からしてみれば、それもまたどうでもいいことなのかもしれないが。


「―――」


ザーという音が響き渡り、独特の雨の匂いが鼻を突く。

目を閉じれば暗闇が広がり、感じるのは激しい雨の音と雨の匂い。

それらを感じ取りながら、彩は自らの心や体が少し冷たいのを知覚した。

季節は6月。

梅雨の季節ともなると湿気などが上がり、蒸し暑い日々が続くもの。

だから、今日もまた蒸し暑い日であった。

6月となると春と夏の境目の日ともいえる季節。

梅雨と言う日本特有のこの季節において、蒸し暑くない日々を感じない方が少ない季節だ。

典型的な着物を羽織った彩は、自分の肌に着物がへばり付くのを感じていた。

気持ち悪い。

非常に気持ち悪い。

肌の谷間などから出る汗が、着物に浸透して肌にへばりつく。

当たり前のことだが、彩にとってはこの当たり前のことさえ、今となってはどうでもいいことだった。

いっそのこと、この場で勢いに任せて自殺するか、と言う物騒な考えが過ぎる。

が、そんなこと出来るはずもない。

なぜなら、それをしてしまったら今まで自分が殺してきた人々に意味がなくなってしまうかもしれないから。

だから彼女は死ぬことが出来ない。

でも、こんなことをして意味があるのだろうか。

街を滅ぼさないと言うある意味正当な建前を持ってしても、彼女は人を殺していると言うことに変わりはない。

これ以上、殺したくないのなら、自分が死ぬしかない。

だから、彼女は死にたい。

矛盾する思い。

確定することの出来ない思い。

ああ、悲しいかな。

そのジレンマに、彼女は囚われ、また逃げ出すことが出来ないのだから。


「こんにちは」


不意に聞こえてきた声。

彩が前を見ると、1人の女性が立っていた。

着物を着た、黒い髪が印象的な若い女性だ。

年齢は、だいたい20歳の達しようかという程度。


「こんなところで、何をしているの?」


「―――特に何も」


彩はそう答えた。

別に気にすることはない。

これもまた、いつものことなのだから。


「そう、なんだか随分と悲しそうだったから」


「悲しくなんて、ありません」


「そうかしら?」


「はい」


なんと言うか、味のない返答が繰り返される。

女性は温和な笑みを浮かべ、彩は無表情で興味ないとばかりに答える。


「私の名前はお市。近くで農家をやってるの。あなたは?」


「―――月代 彩」


「へぇ、ちゃんと苗字があるんだ。もしかして、何処かのお偉いさん?」


「そうかもしれませんね」


この時代において、苗字があるというのはそれだけでかなりの意味があった。

一部の特権階級の人間しか、苗字を持たなかったのだ。

苗字を持つというのは、その一部の特権階級の人間に許された至上の称号のようなものなのである。


「ねぇ、また今度ここに来るからさ、その時は何かして遊ばない

今日はちょっと時間がないから」


「―――」


彩は何も答えない。

このような言葉のやり取りは、彼女からしてみれば何度も繰り返されてきた。

だから彩は何も答えない。


「駄目?」


お市は少し形の良い眉を顰めながら彩に訊ねる。

彩は、その問いに特に何も答えずに、ポツリと呟いた。


「別に・・・どうでもいいですよ」


それが、いつもの彩の答えだ。

なぜなら、次の彼女の言葉が大体予想できるから。


「それじゃ、また来るからね。楽しみにしててね」


そう言うと、彩の返答も聞かずにお市は雨の中を走って去っていった。

そんな彼女の後姿を、彩は見続けるだけ。

ああ、やはり『いつも通り』の答えだった。


「―――」


なぜ、多くの人々が自分に関わるのだろうか。

彩にはそれがわからない。

自分に関われば、それは不幸の始まりだ。

だから、彩は極力人との関わりを避けてきた。

なぜなら、関わりを持てば持つほど、あとにやってくる悲しみは深くなるだけなのだから。


「―――」


あるいは、彩自身がそれを望んでいるのかもしれない。

悠久の孤独なんて、耐えられるはずがない。

人とは、他者がいあるからこそ、自己を認識する生き物である。

他者との違い、意見の違い、あり方の違い、考え方の違いを認識し自己のの考え、あり方、意見を確認する。

それが人という生き物のあり方である。

それをせず、他者と関わりを持たずに生きていくことなど出来ない。

それが出来ると言うのなら、それはすでにある意味において人というカテゴリーから外れた生き物だ。

あるいは、正真正銘の『化け物』のそれである。

そう言った意味で、月代 彩という少女は紛れもない人間だった。

だって、彼女はいつだって泣いているのだから。


「―――」


彩は何も言わないし、何もするでもなく時間を無為に過ごす。

それが、今現在、彼女の出来ることなのだから。












次の日。

彩は昨日と同じ場所で静かに空を見上げていた。

意味などない。

所詮、自分と言う存在が『罪』である以上、全ての事柄に意味など見出せるはずがない。

それは、紛れもない彼女の中の真実。


「こんにちは、彩さん」


昨日と同じ時間帯。

宣言通りに、紛れもなくお市は彩の前に現れた。

昨日と違うのは、雨期にしては珍しく空は晴れていた、ということだろうか。

だが、それも所詮は雨期の気まぐれ。

いつ雨が降り始めるか分からない。


「―――また、会いましたね」


「うん、昨日、言ったでしょ? またこの時間に来るって」


「そうですね」


少なくとも、彩は彼女がこの場所にこうして来るのをなんとなくだが理解していた。

だって、彼女と知り合った人々は、いつだってそうした誠実な人物たちだったのだから。

本当に、これは神様の悪戯だろうか。


「どうしたの?」


不意に黙り込んだ彩を心配そうにしながら彼女の顔を覗き込むお市。

そんなお市の動作にハッと彩は気付いたような顔をした。


「なんでもありません」


嫌な風が吹く。

少なくとも、彩自身が嫌っている風だ。

自分の肌に纏わりつくような不快感。

まるで助けを求めるような『風』。

だから、彩はこの『風』が嫌いだ。

だって、自分の心を表現しているみたいだから。


「何をしてたの?」


「・・・・空を見てました」


「空は、好きなの?」


「はい」


お市の問いかけに何の躊躇もなく彩は答えた。

だって、彩にとっては紛れもなく、空は好きなものだったから。


「どうして?」


「空は、広いから。

私を、どこまでも連れて行ってくれそうだから」


そんなことありえない事ぐらい分かっている。

だって、そんな想いなどいつだって裏切られるものだから。

だから、きっとこの想いもまた、いずれ裏切られるもの。


「そう」


「はい」


それっきりだった。

2人は黙り続ける。

無為な時間。

意味のない時間。

だが、なぜだろうか?

この無意味な時間が、心地よく感じるのは。


「何も・・・・」


「ん? 何?」


「それ以上、何も言わないんですね」


「うん、何となくだけど彩さんは、こうしている方が好きのような気がしたから」


「・・・・・・そうですね」


確かにお市の言うとおりだと彩は思う。

自分はどちらかと言うと話しかけられるのは好きではない。

だって、そのほんの些細な言葉のやり取りから、自分の心を覗かれるのを恐れているから。

だからこそ、彩は話し合うと言う行為が嫌いだ。


「あなたは」


「ん?」


「あなたは、いいんですか? 農家の仕事、さぼっても」


不思議だ。

別に話しかけるつもりなどなかった。

だってそれは意味のないことだから。

こうして話すことは、相手に心を許すと言うことに他ならない。

だから、このやり取りはきっと間違っている。

少なくとも彩にとっては。


「うん、今年の年貢はすでに納めているからね。

時間は、ある程度できてるんの」


「・・・・そうですか」


「・・・・・・彩さんは、笑わないのね」


「笑う必要がありませんから」


そう言いながら彩は空を見続ける。

果てしない空。

果てのない空。

自分を自由にしてくれるかもしれない空。

それもまた、意味のないこと。


「あ・・・・」


ふと気付くと、すでに空は夕焼け色に染まり始めていた。

この時間の空は、とても美しいと彩は思う。

それでも彼女自身は昼間の空が一番好きだが。


「もうこんな時間、私、そろそろ家に帰るね。

また明日、会える?」


「・・・・お好きにどうぞ」


気付くと、彩はそんなことを言っていた。

なんて無様なのだろうか。

そんなこと、言うつもりなどなかった。

だって、そんなことを言えば、彼女にこちら側の事情を知られてしまうかもしれない。

そんなこと、許されるはずがない。

だが、それでも彩は気付くとそう返答していた。

本当に、ごく自然に。


「そっか! じゃ、明日もこの時間に来るね!

じゃ、また明日!」


そう言って嬉しそうに走り去っていくお市。

その後姿を見ながら、彩はため息を吐くと再び空を見上げた。

そらは少しずつ、夕闇の色に染まり始める。

と、ポツ、ポツと何かが当たる音。

数刻もしないうちに、ドシャ降りの大雨と化した。

所詮、雨期の気まぐれ。

このような現象など、別に不思議ではない。


「―――本当に、嫌な音」


誰もいない空間で1人、彩はそう呟いた。












時間が経てば、人は移り変わっていくもの。

それが世界にとって当たり前。

が、ある意味において彩は時間から放り出された存在だ。

時間と言う概念は彼女を成長させることはない。

それは、体も、そして心も同じだった。

彼女は永遠に、時の呪縛に囚われたままなのだ。

少なくとも、今は。


「久しぶりね、彩さん」


いつの間にか、彩の目の前に、かつて自分に話しかけてきたお市が立っていた。

少し老けたと思う。

当然だ、初めて出会った頃から、もう10年になる。

出会ったあの日も、このような雨の日だったと彩は考える。

それもまた、どうでもいいこと。

こんなことも、また戯言に過ぎないのだから。


「そうですね」


ただ、彩はそう答えると立ち上がった。

黒い葬服を羽織、その手には愛用の抜き身の刀が握られている。


「そう、その刀で私を殺すのね」


もう30歳を超えたであろうお市は、笑顔のまま彩を見つめた。

年月を重ねても、決して変わることのない笑み。

変わるものがあれば、変わらないものも存在する。

そして、お市の笑みはどんなに年月を変わることなどないのだろう。

そう、出会ったときの笑みを、変わることなく自分に向けてくれる。

それが、彩には堪らなく辛い。

いつだってそうだ。

自分に殺される人間たちは、相似の笑顔を自分に投げかける。

それが、彩には辛い、辛くて堪らない。

でも、逃げることはできない。

なぜなら、そう定義されているのだから。


「逃げないんですね」


「ええ、逃げたって無駄でしょ?」


「そうですね」


ゆっくりとした動作で、彩は静かに刀を構えた。

いつもの行為。

慣れた作業。

彩にとっては、当たり前の行い。


「安心してください、この刀で殺された人は、皆の記憶から消滅します。

だから、あなたを悲しむ人はいなくなります」


「そう、なら安心して逝けるわ」


「―――」


彩には理解できない。

なぜ、そうして笑顔でいられるのか。


「どうして、笑っていられるのですか?」


つい、戯れで彩はそんなことをお市に聞いた。

この問いかけに意味などない。

そう、意味などない。

所詮、ただの戯れだ。

人は、自らが死ぬと言う事態に直面した場合、手段を問わずに生き延びようとするはずだ。

だと言うのに、今まで自分が殺してきた人々も、そして目の前の彼女も笑っている。

それが、彩には理解できない。


「こうなることがわかっていたから。

そして、後悔もないし、楽しかったから」


「楽しかった、から?」


理解できない。

まったく理解できない返答。

楽しい?

自分と一緒にいて、どこが楽しかったと言うのだろうか。

自分はついぞ、この瞬間まで目の前の女性に対して笑顔を見せなかった。

春の桜の日も、夏になった暑い日も、秋の紅葉の日も、冬の雪に覆われる日も。

そう1秒たりとも、笑顔を見せなかったと言うのに。


「そう。

そして、あなた自身も楽しそうだったわよ」


「・・・そんなはず、ありません」


そうだ。

その台詞を認めるわけにはいかない。

なぜなら、それを認めるということは、今の自分のあり方を壊しかねないことだから。

それは、今までの自分と自分の行いを否定することに他ならないのだから。

だからこそ―――認めるわけにはいかない。


「そうね、確かに彩さんならそう言うと思ったわ。

ねぇ、彩さん。

彩さんは、雨は好き? それとも、嫌い?」


あまりに唐突の質問。

その唐突さに、彩は一瞬だけ呆然としてしまった。

が、すぐに真剣な顔になって刀の切っ先を静かにお市に定める。


「―――私は雨は嫌いです」


「それはなぜ?」


「雨は、空を見えなくするから。

私の罪を、まざまざと見せ付けられる気がするから」


「だから、雨が嫌いなの?」


「はい」


所詮、戯言に過ぎない。

こうしてやり取りをしていることもまた、戯れ。


「私は、雨が好きよ」


「―――どうしてですか?」


「だって、雨は恵みだから」


「・・・・・・・」


「雨が降れば、草木が育ち、それを虫が食べ、その虫を動物が食べ、その動物を私たちが食べる。

また農家にとって、雨は米を作る際に必要なもの。

だから、私にとって雨は至上の恵みなの」


「だから、なんなんですか?」


「あなたにも、雨を好きになって欲しいの。

私のことは、すぐに忘れるかもしれないけど、それでも私の言った戯言を心の隅でも良いから覚えておいて欲しいの」


「―――」


本当に、戯言に過ぎない。

彼女のいっている言葉に、意味など全くない。

それでも、なんとなくだが、お市の言葉が心の片隅に引っかかるのを彩は感じた。


「私は、あなたを救おうと思ってる」


今までに何千何万と聞いてきた言葉。

多くの人が、それをなそうとして、結局なせなかったこと。

いらない希望など持たない方がいい。

なぜなら、それがなされなかった時の絶望感を彩は今までに数え切れないほど味わってきたのだから。

だから、彩の答えは決まっている。


「そうですか」


それだけだ。

それ以外に言うことなど、何もない。

だって、目の前の女性は、今この瞬間、自分の手によって殺されるのだから。


「私じゃ無理だったけど、必ずあなたは将来助けられるわ」


「・・・・それは予知夢ですか?」


お市の能力は予知夢。

それも何百年も先を見通せるほど強力な能力。

だからこそ、彼女は犠牲になるのだ。

その強力な能力ゆえに。


「ええそう。あなたが将来誰かに助けられるのは、確定した未来よ」


「―――なら、自分の未来も分かっていますね」


「ええ」


笑顔でお市はそう答えた。

その笑顔が、彩には辛い。

耐え難い。

だから終わりにしよう。

彼女との戯れも虚言も、ここで終わり。


「そうですか。

では、さようなら」


そう言って、彩はお市の胸を刀で突き刺した。

瞬間、お市の体は光に包まれて消滅する。

元から存在しなかったかのように。

ただ、空から降る雨だけが、彼女の死を悲しんでいるようにも思えた。


「―――」


なんてことはない。

いつも通りの作業。

この作業自体、慣れたものだ。

だから、悲しむとか哀れむと言った思考回路はすでに麻痺している。

初めの頃は泣いたものだと、今となってはある種懐かしい思い出だ。

いや、悪夢だろうか。

どちらにしても、戯言であることは変わりはない。


「―――雨、ですか」


微かに空を見上げる彩。

黒い雲から降りしきる雨は、責めるように彩の体に降り注ぐ。


「やっぱり、好きになれそうにありません」


ただ、悲しそうな彩の言葉だけが、辺りに響き渡っていた。









季節は巡る。

巡り、巡り、巡り続ける。

春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来て。

そうして1年が巡り続ける。

『人』であるならば、変わらないわけがない。

変わらないと言うのなら、それは『人』ではない。

だからきっと、彼女は『人』なのだろうか。



「ふぅ、雨だな」


彩の隣に立つ青年、丘野真は静かに空を見上げた。

季節は雨期。

梅雨とも呼ばれるこの季節において、雨が降らない日の方が珍しい。

だからきっと、こうして突然雨が降ってきたのは別に不思議なことではない。


「彩、濡れてないか?」


「大丈夫ですよ、真さん」


そう言って彩は真に屈しない笑みを浮かべた。

そう、昔とは違う。

かつて罪に手を染め上げ、そうして罰を与えられもせず過ごしてきた地獄の日々とは違う。

いや、罰は与えられ続けてきた。

『生きる』と言う、この上ない罰を受け続けてきたのだ。

そうして、彩は真と出会い、そして救われた。

ああ、本当に彼女の言っていた通りだった。

遠い未来の今において、紛れもなく自分は救われたのだから。


「真さんは、雨が好きですか? 嫌いですか?」


「ん? どうしただよ彩? 突然やぶから棒に?」


「そうですね、気まぐれです」


「そうだなぁ〜」


真はそう言いながら二度三度と悩むような仕草を取り、静かに答えた。


「俺は、わからない、かな?」


「わからない、ですか?」


「ああ、それが一番正しい答えだと思う。彩は?」


「私は」


彩は答えかけて、ハッと気付いた。

なんてことはない。

いつかの約束を果たせた、それだけだ。

そう、それだけのこと。

だからこそ、彩は、その言葉に想いを乗せて宣言した。


「私は、雨が好きです」


雨は静かに、見守るように降り続けた。