雨の街―Prologue of Symphonic Rain――
「「「教室の隅で まるでそこにいないみたいに―――」」」
孤児院のみんなで12月24日のナターレのイベントに備えて音楽の発表会の練習をする。
私のいる孤児院では毎年かならずやるイベントで、この孤児院では一番のイベントでもある。演奏会では二つのグループに分かれる。
フォルテールの演奏をするグループと、歌を歌うグループ。フォルテールというのは魔道楽器という楽器のことだ。私も弾けないことはないけど歌を歌うほうが好きなので私は歌を歌うグループに入っている。
当日は一般の人達がたくさん見に来て、毎年大好評のイベントで毎年街の人や公共の人たちからたくさんのお金を援助してもらっている、去年ももちろん、今年もいい音楽を聞かせてくれることを祈って、援助してもらっているのだから期待にこたえなければいけない。
それにこの施設ではそれは貴重な収入源だった。
もしこれがなくなってしまったら、つぶれるのは時間の問題、と以前聞いたことがある。 だからこそ、みんなが一生懸命だ。
――でも私は、そんなのとは関係無しに一生懸命歌を歌っていた。
――ただ、歌を歌うのが好きだったから。私が歌う理由はただそれだけだった。
私はこの曲を今一生懸命歌っている理由はもうひとつある。今歌っているこの曲は私が一番好きな曲だった。
題名「リセエンヌ」私の名前の一部が入っていている曲。私がここの孤児院に来たとき、私が楽譜で持っていた曲だと聞いている。
しかも話によるとこの曲は一般には知られていない曲らしい。
だからこの曲は両親が私のためにつくってくれた曲ではないかと施設の人が教えてくれた。
だからこの曲は私にとって思い出の曲だ。
また、この曲の最後に「どんな夜にも星が瞬く」という部分がある。この部分は、どこにでも希望があることだと先生がいっていた。
夜がきても必ず朝が来るように、雨が降っても、必ず晴れるように、希望は必ず来るのだと。そういう意味の曲だと施設の先生からきいていた。
だから私は本当にこの曲が大好きだった。
「今日の練習はここまで」
そんなことを考えていると今日の練習が終わった。
「お疲れ様、リセルシアさん」
「お疲れ様です、ファルシータさん」
練習がおわるとファルシータさんから声がかけられる。
ファルシータさんはこの施設の中でいちばん歌がうまい人だ。それだけでなく施設の仕事をほとんどやり、子どもの面倒をすごく上手に見る人。
いつも引っ込みがちである私にとって憧れであり尊敬できる人だった。
「リセルシアさん、またうまくなったんじゃない?」
「いえ、ファルシータさんにはまだまだです」
本心から私はそういった。本当にファルシータさんの歌は上手だ。私なんかとはくらべものにならないくらい。
「ありがと……でも私がリセルシアさんの年の頃より今のリセルシアさんの方がずっとうまいわよ、だからもっと自信をもって頑張りなさい。あなたはその年で今の孤児院のメンバーでbQの腕前なんだから」
「ありがとうございます……」
ファルシータさんにそういわれて私はとてもうれしかった。たしかに私はbQの腕前だった。でもそれでもファルシータさんには遠く及ばない。
そのことは自分が一番良くわかっていた。
「そういえば聞いた?あの噂」
「あの噂……ってどの噂ですか?」
「今度のナターレの発表会に大貴族が来るって話」
ファルさんのその言葉を聞いて、私は思い出す。
今年のナターレには大貴族が来るという話を。実は毎年、貴族も私達の演奏会を見に来る。
彼らの目的は、演奏を聴くことではない。それもすこしはあるかもしれないけど、才能がありそうな子どもをひきとって自分が名声をあげるためだ。
音楽の盛んなこの国ではそういう貴族がいるということは私も知っていたけど、選ばれるなんて考えたこともなかった。
だって、私はそんなことのために歌を歌っているのではなく、私はただ、好きだから歌っているだけだから。
それに孤児院のみんなと離れるのは哀しいという気持ちもあった。
「はい、そういえば聞きました」
「その貴族に、私たち選ばれるといいわね?」
だからファルシータさんのその言葉は私にとって衝撃だった。
「え?」
「去年はどの貴族にも私達は選ばれなかったけど、先生もいっていたように私達、この一年に先生が驚くほど成長したじゃない?選ばれる可能性はあるわよ」
「い、いえ……そうではなくて……ファルシータさんはこの施設を出て行きたいんですか?」
私がそういうとファルシータさんは少し考えてからなにかに納得したようにうなづいた。
「たしかに、私もこの施設を出て行くのは少し辛いわ、でも、遅かれ早かれ、私達は出て行かなければいけない。そういうことを考えれば早めに貴族に拾われたほうがいいんじゃない?」
ファルシータさんのいうことはもっともだった。
この施設を出て行った人は読み書きもろくに出来ないのでまともな職業につけない、と先生に言われたことがある。
私もファルシータさんも読み書きをほとんど出来ない。――この施設でそれを教える人はいないのだ。
だからファルシータさんのいうことはもっともだということはわかる。――納得はできないけど。
「そう……ですね……」
だから私はそう答えた。ファルシータさんはそういう私をみて微笑んだ。
それから一週間、みっちりと練習をつんで、ナターレ当日。
今年もたくさんの人が集まってくれた。
そのことを舞台上でみつめる。
―――ただ、今年一つだけちがうのは。
「……」
何か難しい本を読んで私達が歌いだすのをまっている貴族の一人。
この人が噂の大貴族だということを。もっともいわれなくてもそれだけの態度を堂々ととるのだからわかった。
聞いた話によると、フォルテールの分野で非常に大きな権力をもった人で私達の演奏会のあと、フォルテールの演奏をする、と聞いていた。
「「「ひとつの夢のためあきらめなきゃならないことたとえば 今 それが恋だとしたら」」」
演奏会がはじまってもその貴族は本をみるのをやめなかった。
たまにこちらをみているらしいが、ただそれだけだった。私達は気にしないで曲を歌い続けた。
「「「明日などないかもしれないのに どうして今日をすごしてしまう―――」」」
「「「みつめていることさえ罪に思える―――」」」
次々に曲を歌い、最後にあの曲。
「「「―――どんな夜にも星がまたたく 星が瞬く」」」
最後の曲が終わると、会場は大きな拍手につつまれた。
それはおどろくほどおおきな音だった。
私達の演奏の後、グラーヴェのフォルテールの演奏が終り私達は互いの苦労をねぎらう。話を聞くと、今年の演奏会はいつもの演奏会より何倍も上手だったらしい。たくさんのお金が援助されることが既に決定されているとか。
その話をきいてみんな喜んだ。
そして――
「やったわね、リセルシアさん」
私とファルシータさんはあの貴族によび出されていた。
さっきの演奏会場で私達のことをまっているということを聞き、私達はそこに向かっていた。
ファルシータさんは喜々として向かっている。
でも私の気持ちは晴れなかった。 だって――
「どうかしたの、リセルシアさん?」
「え?」
「なんだかうかない顔をしていたわよ?やっぱり、孤児院のみんなと離れるのは辛い?」
「はい……」
やっぱりこんなときでも私のことを気にかけてくれるファルシータさんはすごいと思いながらうなづく。
「でもこの前も話したとおり、私たちはいつかこの施設を出て行かないといけないのよ?」
「わかって……ます」
わかってはいる、でも私は納得できない。それに……。
……どうしてあの貴族に選ばれてしまったのか、という気持ちが明らかに強い。
私はどうしてもあの貴族は好きになれなかった。
確かに私達の歌はプロと比べてうまくない。でもだからといってあの態度はどうかな、と思う。確かに彼のフォルテールの音はすばらしかったけど、私はとても尊敬できる人ではなかった。
でも、こんなことファルシータさんに話すわけにはいかない。きっと、ファルシータさんのことだからそれくらい我慢しなさい、というだろう。
それに貴族に引き取ってもらえるだけで十分幸せなんだから、そんなことでわがままいってはいけない。
「あら……?」
「どうしたんですか?」
「いえ……雨が降ってきた、そう思ってね」
窓の外をみるとたしかに雨が降っていた。
そういえば最近雨が降っていなかったな、と私はふと思い出す。私たちはなんとなくその光景をぼんやりと眺めていた。
――――――
――――
――
目が覚めた。
今見た夢は2年前の夢だった。
外をみると、『雨の街』ピオーヴァの名まえのとおり雨が降っていた。
私はぼんやりと外を眺める。
引き取られた後、私達は雨の街と呼ばれているピオーヴァにきた。
ファルシータさんは少し離れたところのアパートで生活する形で、私は貴族の娘として引き取られた。
そして、引き取られた当時、ファルシータさんは、ピオーヴァ音楽学院に通うようになり、私はその付属の学院に通っていた。
2年たった今では、私もピオーヴァ音楽学院に一年生として通っている。
ファルシータさんは、トラットリアという店でアルバイトをしながら生活費を捻出していて、私はアルバイトすることなく何不自由なく暮らしていた。文字もいい先生に教わったおかげで読み書きができるようになった。
きっと周りからみれば私はうらやむ存在なんだろう、と思う。
私は私に関する全ての費用は援助してもらっていたし、食事も施設にいたころとは比べ物にならないくらい豪華なものを食べていた。
でも――
私はファルシータさんがこの上なくうらやましかった。
――だって、私は許されていないのだ。
歌を、歌うことが。
呼び出されたあの日私達は、こういわれた。
『フォルテールを演奏しろ』と。
私達二人はわけのわからないままフォルテールを演奏した。
フォルテールにかんしても、ファルシータさんは一級の腕前を持っていた。対する私は、そんなに上手ではなかった。
それなのに。
ファルシータさんは、歌を歌う存在として、私は、フォルテールを演奏する存在として引き取られたのだ。……私はその日から、歌を歌うことが許されていない。――お父様がいうには私には才能があるからフォルテールをひくものとして引き取ったのだといっていた。
たしかに私はフォルテールを演奏することが嫌いではない。
でも、それ以上に歌を歌うことが好きなのだ。
それなのに、私には歌を歌うことが許されていない。
歌を歌う暇があるのなら、フォルテールの練習をしろ、そういわれ、たたかれたことは何度もあった。
――あの、私の思い出の曲「リセエンヌ」の楽譜もとられてしまった。
お父様はそこまでして私をフォルテールの演奏者にしたいみたいだった。
私は、今の学院に入ってからフォルテールの演奏者として、有名な歌手となんどもコンクールに出場した。
フォルテールの腕前はまだまだだと自分でも十分わかるのに、どうしてそんな大会に出るのかわからなかった。
お父様にその理由を聞いたら
『私がでろ、といったらお前は出ればいいんだ』
といわれるだけだった。
でも、そのことが、私の生活をさらに悲惨なものにした。今フォルテールの演奏をするにしても、私と一緒になって練習してくれる人はだれもいなかった。
入った当時は、少しはいてくれたのだ。
こんな私に接してきてくれる人はいたのだ。孤児院のときのファルシータさんと同じように。
でも
『あんた、あんなことまでして、自分の名声をあげたい?』
ある日、そういわれた。
なんのことか、わからなかった。だから私はなんのことか聞いてみた。そういうと相手はますます怒り出し、
『とぼけないで!あなたこの前、有名歌手のアーチといっしょにBUGを発表していたじゃない!無理やり勝手に親の権力傘に来て出場して!わたし見ていたんだからね!』
それだけいって、友人だった人は私の前から去った。
このときになって初めて、私はお父様が私を無理やり色々な大会に出させていることを知った。
この噂が広がって、今では私のそばにいる人は誰もいない。
授業中も誰も組めない。
食事を取るのも一人きり。
こんなことは施設ではなかった。
それだけならまだよかった。
音楽室、一人きりでもいいから練習しようとしたとき、中に入るとみんなが出て行くようになった。
いきなりあったこともない人からたたかれることもあった。
泣きたくなった。だから泣いた。
歌を歌ってつらいことを忘れたかった。でも、歌を歌うことは許されなかった。
歌を歌っているのがばれたらお父様に何度も何度もたたかれるから。
あんな想いは、もう二度と味わいたくなかった。
だからもし――歌を歌いたかったら、細心の注意を払わなければならない。
私は哀しい気持ちのまま朝食をすませ学院に向かうため家を出た。
雨はあいかわらず降っていた。
ふと、さっきの夢に出てきた「やまない雨はない」という話を思い出す。
夜が来たらまた朝が来るように、雨がふったら、必ず晴れになるように、必ず人間には希望が与えられる。
だったら――『雨の街』であるここにはいつになったら希望が訪れるのだろうか?
今のお父様に呼び出されたとき、空に雨が降っていたときから――私の雨は上がっていない。
全ての授業が終わり、私は旧校舎に向かう。雨は相変わらず降っていた。
旧校舎。施設は古いがまだまだちゃんとつかえる場所。施設が古いせいで、誰も人が訪れることはない場所。
この学院の入学前に訪れたときにあったラッセン=ナートさんにこの場所を教えてもらい、この場所で歌を歌った時のことをふと思い出した。
今では卒業してこの学院にいないけど、私はすごく感謝している。
私は一つの教室にはいりいつもどおり歌いだす。
「教室の隅で まるで そこにいないみたいに――」
歌い終わると人の気配がして急いで振り返った。
そこには年上らしい一人の男性がたっていた。
「あーいや、ごめんなさい、驚かせちゃったかな」
――これが私とクリスさんとの出会い、だった。
To be continued Symphonic rain…