いつからだろう。


私の心の中で雨が降り出したのは。


いつからだろう。


私がそれに気付いたのは。



最初の問いの答えは分からない。


物心つく頃にはそうなっていた。


二番目の問いの答えは分かる。


アリエスで彼……相澤涼太に出会ってからだ。


涼太に出会って、涼太の事を好きになってから私は私自身を知った。


そして、私はこう思うようになった。



私は……ずっと一人で泣いていたのじゃないかって。



ずっと誰かに助けて欲しかったんじゃないのだろうかって。





雨はいつか……





あのアリエスの事件からもう1年8ヶ月が経つ。

私はこの春涼太の薦めで涼太達と同じ中央士官学校の試験に合格した。しかも何故か涼太達と同じクラスに入れられていた。

まあ今まで学校というものに行ったことがなかったのでそれまでが大変だったが…。

ちなみに涼太達はつい最近復学した。アリエスの事件で暫く停学処分になっていてそれで出席日数が足らずに留年になったが……。

でも、私が中央士官学校の試験に合格した時、沙佳さんは嫌な顔をしていた……。まあ、仕方がないか。彼女も涼太のことが好きだから。

それで、沙佳さんとは今でも涼太のことでケンカをすることが多い。

……ってこれじゃあアリエスにいた時と殆ど変わらないか。

そう思いながら窓を見る。

「雨……?さっきまでは晴れてたのに。」

そう。外では雨が降っていた。

雨は嫌い。昔の私を思い出すから。

涼太と出会う前の自分を思い出すから。

そう思って憂鬱になる。

だが、そこで……

「……外を見てたそがれるのはいいが、今はどういう時なのか分かっているのかな?(怒)」

「はい……?」

私は声に反応して振り向くと……教官が額に青筋を立てながら私を睨んでいた。

しまった。今は講義中だったんだ。

「すっ、すみません。」

私は慌てて謝る。

「放課後、私の所に来るように……。(怒)」

「はい……。」

私は落ち込んだように返事をした。

そして、その時の周りの反応は……


「あいつ又かよ……。」

「これでもう何回目なんだ?」

「それだけじゃねえよ。ついこの間は射撃の指導教官を五階から逆さづりにしたし……。」

「へえ。そんな風には見えないけど…。」

「いや、あいつ銃の扱いだけならこの学校でトップクラスだぜ。だから、指導教官をナメてるんだよ。」

「ふうん。顔と胸はいいセンいってんのに。人は見かけによらねえなあ。」

「でも、あれで相澤君の彼女って言うから呆れるよね?」

「えっ、それホント?あの天才 相澤秀平の弟であのアリエスの事件で活躍した…。」

「うん、その時に彼女も一緒にいたらしいけどさあ何であんなのがって思うわ。」

「そうだね。あの時アリエスにいたのがあいつじゃなくて私がって思う時があるわよ。そうなっていたら私が今頃相澤君と付き合っていたかも知れないのに。」

「それはどうかと思うけど……やっぱ胸じゃないの?極限状態の中で誘惑してガバッとやったんじゃないのかな?」

「何か気になることを聞いたけど……でも、その考えは否定できないわね。彼女胸はロケットっちゅ〜かすいかっちゅ〜かとにかく大きいからね。」


結構冷たかった。

私がこういう時にドジをやらかすからだけど。

だが、女生徒の場合は私が涼太の恋人であると言うことにある。

涼太はあれで結構モテる。本人は全然自覚していないがモテる。

その大半は自分よりも年上の女性(ここでは先輩)だが……このことから日本人女性の殆どはショタコンだという話は事実だと思う。

って話が脱線したけど私と涼太が付き合ってるとバレた時、私は沙佳さんどころか中央士官学校にいる約70%女生徒を敵に廻してしまった。

寮のポストには不幸の手紙や剃刀が入った手紙が結構来るしパソコンにもイタズラメールが毎日のように来る。

又、この前は体育館の裏で私の経歴を知った女生徒に襲われた。

ナイフを持って「頼むから死んでちょうだい。」と言われた時は流石の私も驚いた。

まあ、その時はカウンターで後頭部に蹴りを喰らわせて気絶させたから良かったけど……。

こんな風にデンジャラスな毎日を送っている。

そして、こういう風にたそがれたりして教官に怒られるのも……結構多い。



「はあ、やっと終わった。」

私は溜め息をつきながら学校の廊下を歩く。

「今日は涼太とデートの約束をしてたのに……パーになっちゃったな。」

私はそう呟きながらエントランスを出る。だが、そこで唖然となった。

「あの授業の時よりも激しく降ってる。」

私はそう言って再び溜め息をつく。

だが、その時だった。

「はぁはぁ……。良かった、まだいてくれて……。」

「えっ……。涼太、貴方帰ったんじゃなかったの?」

「うん、講義が終わって外に出ようとしたら雨が酷くなっていたから急いで寮に戻って傘を取りに行ってた。僕は折り畳み傘を持ってたけど……ユウさんが心配だったから。」

涼太は照れながら言う。

「そう、ありがとう……。」

それに対して私も少し顔を赤くしながら礼を言った。

「別に、いいよ。デートの約束を反故にされたくなかっただけだから。」

「でも、ありがとう。」

私は再び礼を言った。そして……

「んじゃ、行こうか。と言っても、雨がひどく降ってるからいつもの喫茶店になるけど。」

「うん……。」

こうして私達は喫茶店に向かった。勿論手を繋ぎながら。



「お待たせしました。ホットコーヒーとココアになります。」

ウェイトレスの声が店内に響く。

今日は雨のせいなのかいつもよりも客が多い。

そんな中で私はアメリカンコーヒーを涼太はカフェオーレを飲んでいる。

だが、お互いコーヒーを飲み終えると黙ったままになった。喋ろうにも話題が見つからないのだ。

だが、数分経って涼太の方から話を切り出してきた。

「ねえ、ユウさん。雨の日に限って元気がないけどどうしてなの?」

「えっ?」

涼太のいきなりの問いに私は慌てた。

「いや、雨の日のユウさんっていつもより元気がないからどうしてなのかなって思ってさ。傭兵をやめたと同時に髪型も変えてから初めて会った時よりは笑うようになったけど……雨の日だけは最初出会った頃のユウさんって感じがするから。」

「……。」

私は涼太のその言葉に何も言えなくなった。

「だから、話して欲しいんだ。その理由を…。」

涼太はそう言って私を見つめる。

此処まで来たらもう理由を言うしかないようだ。

「まったく、涼太には敵わないわ。人付き合いに関しては鈍いのにこういうところで鋭いから。」

私はそう言って涼太の疑問に答えることにした。



「私が傭兵だったってことはもう知っているわよね?雨を見るとその時のことを思い出すんだ。傭兵時代と言うか貴方と出会う前の私を……。氷のように冷たい私を……。手が他人の血で赤く染まった私を……。」

「……。」

涼太は私のその言葉に何も言えなくなる。だが、暫くしてから口を開く。

「ユウさんは後悔しているんだね。自分が今までやってきたことを。」

「えっ?」

私はその言葉に唖然となる。

「何となくだけど分かるよ。あの時ボテインでもそうだったから。」

「……。」

そこまで分かっていたのは計算外だった。

「あの時のユウさん。僕を守る為なら死んでもいいって顔をしてたから。」

「!!」

そうだ。あの時は涼太の為に死んでもいいって思った。それが私の罪を清算できる唯一の方法だと思っていたから。

「でも、ユウさん。そんなこと気にしなくてもいいんだよ。僕はそんなこと気にしないから。僕の気持ちは……ユウさんが好きだと言う気持ちは絶対に変わらないから。」

「……。」

涼太のその言葉に私は何も言えなかった。

そして、その日のデートはここで終わった。



次の日の昼休み……私は一人兵舎の屋上で空を見上げて物思いにふける。

幸い今日は昨日と違って晴れているからこういうことができた。

「そんなこと気にしなくてもいい……か。そう言ってくれるのは嬉しいけど……やっぱ無理があるわよ。」

昨日の涼太の言葉を思い出して私は今までの人生を振り返ってみた。だが…

「……うまくは言えないけど、あまり人に褒められるような人生ではないことは確かね……。」

私はそう言って涼太のことを考えた。

涼太が私を受け入れてくれた時は嬉しかった。

好きだと言ってくれた時はすごく嬉しかった。

私が変わることができたのは涼太のお陰だ。

そう。彼の“優しさ”が私を救ってくれた。

でも……その彼の“優しさ”が“怖い”と思う時もある。

彼は本当に優しい人だから……私みたいな女と一緒にいて本当に幸せなのだろうかと…。

いつか私は彼の幸せを壊してしまうのではないのだろうかと…。

そう不安になる時がある……。

だが、その時だった。

キーンコーンカーンコーン!!

午後の講義開始のベルが鳴り出した。

「もうこんな時間か。行こう。」

私はそう言って自分の教室へと戻った。



「今日も……雨?」

私はエントランスで愕然となった。

今日は涼太は風邪をひいて学校を休んでいるから昨日のようにはいかない。そこで…。

「雨に濡れるのは嫌だけど……走って帰るしかないわね。」

走って帰ることにした。


だが、10分後……

「やっぱダメか……。」

雨が予想以上に酷くなったので昨日涼太と入った喫茶店の前で雨宿りすることになった。

雨は……見ていて全然止む気配がない。

むしろさっきよりも酷くなってる気がする。

「……どうしよう。喫茶店に入ってもいいけど、一人じゃつまらないしな。」

そう呟いたその時だった。

「じゃあ、私が付き合ってあげようか?」

「えっ?」

私は声のした方向を向く。其処には七央さんがいた。

「ユウさん、お久し振り。先月の結婚式以来ね。」

彼女はそう言って挨拶する。それに対して私も…

「久し振り。」

と挨拶した。

そう。七央さんは涼太の兄である相澤秀平の奥さんだ。

ちなみに秀平は身体は何とか元に戻って先月二人は結婚した。

それから私と涼太はこの二人とちょくちょく会っている。いや、正確にはあの子をたして三人と言った方が正しいか。

「どうして七央さんがここに?」

私はさっきから気になっていたことを尋ねる。

「買い物の途中で泣き顔をした貴女を見かけたからかな?」

七央さんはそう言ってぺロッと舌を出す。

「……元気がない?」

「うん。元気がないよ。それでね…。」

彼女はそこまで言うと一旦言葉を区切る。そして…

ぐいっ!!

「話を聞こうと思ってね。」

彼女はそう言うと私の腕を引っ張って喫茶店の中に入った。

私は勿論抵抗したが無駄だった。

母は強しということか?



「お待たせしました。アメリカンコーヒーとハーブティーでございます。ごゆっくりどうぞ。」

店員はそう言って私達のオーダーを運び終えると別の客の注文を取りに行った。そして…

「じゃあ話してもらいましょうか。何で一人であんな顔をしていたその理由(わけ)を。」

七央さんはそう言って私に問い詰める。だが、そんなことは他人に話したくない。だから、こう言うことにした。

「そんなこと……七央さんには関係ないじゃない。」

私がそう言うと七央さんは少し悲しげな顔になる。

「……ごめん。言い過ぎた。」

私はそう言って謝る。それに対して彼女は……

「いや、こっちこそごめんね。貴女の気持ちも考えずに…。」

七央さんはそう言って謝る。だが……

「士官学校で何かあったの?」

「えっ?」

唐突に質問してきた。

「いや、士官学校で涼太くんのことで周りから目をつけられてるって沙佳ちゃんから聞いたから。でもまあ、射撃の先生を五階から逆さづりにしたのはやり過ぎだと思うけど……。」

「!!」

そこまで知られているとは予想していなかった。だが、彼女の話は続く。

「でも、理由はそれじゃあないみたいだね?ユウさんはそんなことで悩んだりしないと思うし。」

(わざとだ。絶対分かっていて言ってる。)

私はそう思いながら再び七央さんの話を聞くことにした。

「次に考えられるのは涼太くんとケンカしたの?ひょっとして別れたとか?」

七央さんは今度は軽い笑みを浮かべながら言う。

「いいえ……今の所は順調です。」

私のその言葉を聞いて彼女は肩をがくっと落とす。

おい、別れることを願っているのか?

だが、こんな漫才トークをいつまでも聞きたくないので正直に理由を言うことにした。

「雨を見て……思い出しただけよ。涼太と出会う前の自分を。傭兵だった頃の自分を…。手が他人の血で赤く染まった自分を……。」

私はそう言うと窓から今も降っている雨を見る。

「それで……思うんだ。そんな私がこのまま涼太と一緒にいてもいいのかって。いつか涼太の幸せを壊してしまうんじゃないのかって。」

私がそこまで話したその時だった。

バシッ!!

七央さんが私の頬を叩いた。

「ふざけないで。じゃあ、何で涼太くんと一緒にいる道を選んだの?」

「……。」

私はその質問に答えることができずに呆然とする。

「どうしてそう思うの?どうして涼太くんを信じてあげないの?涼太くんは貴女の過去を知ってるんでしょ?それを知ってる上で涼太くんは貴女を愛してる。違うの?」

彼女のその言葉に私は口を開くことにした。

「それは……今までの罪を償いたかったから。そして、涼太を……大好きな人を……私を救ってくれた人を守りたかったから……。それが私ができる唯一の償いであって涼太の為にしてあげられることだから。」

私はぽろぽろと涙を流しながら答える。そして…

「……ならどうして『答え』が見つかってるのに自分を責めるの?そんなことしても意味がないって貴女が一番分かってるんじゃないの?」

「そんなこと……分かってる。でも、雨を見ると……どうしてもそう思うのよ。意味が無いって分かっていてもどうしても……。」

私がそう言ったその時だった。

「貴女の気持ちは痛いほど分かるわ。でも……これだけは覚えていて。雨はいつかは止むものだってことを。止まない雨なんてないってことを。」

「それ、どういう意味……。」

「それを知りたいのなら涼太くんに会いに行ったら?その意味が分かる筈だから。」

私はその言葉を聞いて決意した。

「……七央さんありがとう。おかげでふっきれた。」

私はそう言って彼女に礼を言う。そして、気が付くと泣き止んでいた。

「その様子ならもう大丈夫みたいだね。」

七央さんはそう言ってくすっと笑う。

「ええ。心配かけてごめんなさい。」

そして、私も彼女を見てくすっと笑う。

「じゃあ私は秀平くんとななみちゃんが心配だから私は帰るわ。じゃあね。」

彼女はそう言って喫茶店を出た。だが、そこで私はあることに気付いた。

「彼女が飲んだハーブティーの代金私が払うの?」

やられた。

七央さんだから油断していた。今の七央さんはアリエスで一緒にいた時とは違うことを忘れていた。

結局私は喫茶店を出る時に彼女のハーブティー代も払う羽目になった。

まあ、いいか。相談に乗ってもらったから。

私はそう思って彼女のハーブティー代も払っておいた。



そして翌日……

「まだかな?」

私は男子寮の前でそう言って溜め息をつく。

だが、それでも私は待ち続ける。

やっと答えが出たのだから。

その時だった。涼太が出てきたのは。

「涼太、おはよう。」

私は彼に挨拶した。そして……

「ユウさん、おはよう。」

彼も笑顔で挨拶する。

他の士官学校生達は私達を見て騒いだり嫉妬したりしているが全然気にならない。

「ユウさん、今日も雨ってテレビで言ってたけど……。」

涼太は少し不安気な顔で言う。それに対して私は……

「大丈夫よ。もう雨を見ても昔の自分を思い出したりしないから。」

私はそう言ってくすっと笑う。

そう。止まない雨なんて存在しない。

私の心の中で降り続ける雨もいつの間にか止んでいた。

あの日、アリエスで涼太を好きになってから。

そして、そのことに気付いたのは昨日……七央さんと話してからだ。

「そっか、良かった。」

私のその言葉に涼太は笑顔で答えてくれた。そして……

「涼太は私のことを好きになって良かったと思う?」

意地悪な質問をしてみた。

だが、彼はそれをあっさりと答える。

「うん。好きになって良かったと思ってるよ。だって、ユウさんは僕の心を救ってくれた人だから。」

「なんだ。涼太も私と同じだったんだ……。」

ギュッ!!

私は涼太のその言葉を聞いて彼を後ろから抱きしめる。そして…

「んっ……。」

おでこにキスをした。

涼太はとっさに起きた出来事についていけず固まっていたが、すぐに我に帰る。

「ゆ……ユウさん。いきなり何を……?」

「別に。ただ、私を好きになって良かったと言ってくれたお礼よ。」

私はそう言って中央士官学校まで走る。

「あっ、ユウさんずるいよ!!」

涼太もそう言って私の後を追って走る。



雨はいつか止むもの。

止まない雨なんかない。

それは心の中に降る雨も同じ。

私は涼太や七央さんからそのことを学んだ。

私の犯した罪は消えない。

過去なんか変えられない。

でも……現在(いま)からだったら変えられる。

だから、涼太……ありがとう。そして、これからもよろしく。


〜Fin〜